デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「ここは……<フラクシナス>の医務室、か」
士道が目覚めた場所は<フラクシナス>の医務室だった。
この白い天井には何度か覚えがあるので上体を起こし周りを見渡せば両側のベッドに誰か眠っているのが見てわかった。
「十香……? 零弥……?」
目に入ったのはところどころ包帯が巻かれた十香、呼吸器が付けられている零弥の二人。
自分が眠っている間に何があったのか、困惑する士道に医務室の扉からノック音が響く。
『……入るよ』
それは酷く静かな声で、入室してきたのは白衣を着た令音だった。
令音は士道が起きるのを知っていたかのようなタイミングで現れると士道がいるベッド付近にあったパイプ椅子に座り込む。
「……シン、君がどれほど眠っていたかわかるかい?」
「わかりません。十香や零弥に何があったんですか……?」
「……順を追って説明しよう。まず君は夕陽に刺され、丸々一週間眠っていた」
「っ!?」
まさかそこまで自分が眠っていたとは思ってもいなかった士道は驚愕する。
令音は動悸が激しくなる士道の肩に手を置き、落ち着かせる。
「……あれから夕陽は琴里を拉致し、人類の滅亡を提議した。人間を皆殺しにし、そこから世界をやり直すのだと言っていた」
「琴里は無事なんですか!? み、みんなは!?」
「……琴里の安否はわからない。それに<フラクシナス>にいた我々や精霊達は無事だが地上にいる人間は――もういない」
「…………え?」
あまりにも唐突過ぎる話に士道はついていけなかった。
現在地球の人口は七三億人を超えていると伝えられている。一分に一三七人、一日で二○万人、一年で七○○○万人と増え続ける一方であるはずなのに、令音はいないと断言したのだ。
「……夕陽が『人類の絶滅』を実行に移してから『滅亡』までに一日も掛からなかったよ。彼女が何を思って我々を残しているのかはわからないがもう地上には人間の生命反応は一つもない」
「そんな……」
タマちゃん先生、殿町、亜衣麻衣美衣、その他のクラスメート。今まで共に学校生活を送っていたみんながいなくなってしまった事実を淡々と告げられ士道は衝撃を隠せない。
「……十香や零弥、他の精霊達はその『滅亡』を止めるために懸命に戦った。だが結果的に十香は精霊となった折紙と戦い負傷、零弥もまた夕騎と戦って負傷した」
「折紙が精霊になった……?」
「……ああ、見事に夕陽に引き込まれてるよ。十香の治療はすでに済んでいる。直に目を覚ますだろう。だが零弥は少し危ない状況だ」
零弥は十香とは違って呼吸器を付けられているので何かが違うと士道も感じていた。令音の表情を見るにあまり状態は芳しくないものと思われる。
「……剣で貫かれたが不思議とその傷痕はない。だが<精霊喰い>の力なのか零弥は一切目覚める様子がないんだ」
「零弥……」
眠っている零弥の表情はどこか悲しげなもので目尻からは涙が伝わっていた。
それもそうだろう。最愛の者が敵として現れ、整理もろくについていなかっただろう。
士道は立ち上がると指で掬うようにして零弥の涙を拭い、拳を握り締める。
「令音さん、他のみんなはどうなんですか?」
「……安心したまえ、怪我はしていない。行くつもりなのだろう、夕陽達の元へ」
「はい、どうしても決着を着けないといけないと思って。俺と琴里の過去に、全ての因縁に」
握り締めた拳を見つめる士道にも思うことはある。
過去に自らも原因の一環となってしまった天宮市で起こった大火災。
あの火災が原因で家族を失ってしまった夕陽が自分や琴里を恨み、憎み、憤るのは至極当然のこと。
だが過去から目を逸らし何もかも上書きした世界でやり直す、というのは違うと士道は考えている。
過去とは向き合うもの。決して目を逸らさず向き合うもの。
そうすることで現在への糧とし、希望とし、前へ進む力へと変える。
生きるということはそういうことなのだ。
だから、自分も琴里もあの火災という過去に向き合いながらも現在を生きようとしている。
士道は十香の髪を軽く撫でると医務室を後にする――
○
「みんな、聞いて欲しいんだ」
「夕陽のところに行くつもりなんでしょ、士道」
「注意。耶俱矢、士道は何も言っていません。ですからまだ確定ではありません」
「でもさー、あたし達で話し合って行くって決めたし? 士道が何言おうと結局行くじゃんあたしら」
艦橋に入り真面目に提案しようとした士道だがすでに精霊達や<フラクシナス>のクルー達はそれぞれ話し合っていたようですでに覚悟を決めた眼をしている。
美九も何やら不満そうに口を結んでいたがやがてきょとんとしている士道にやや苛立たしげに口を開く。
「みなさんあなたの言葉を待っているんですよぉ。だーかーらーさっさと言っちゃってくださいよー、『どうか哀れなわたくしめにどうか皆様のお力添えをー』って涙鼻水流して懇願すればいいんですぅ」
「お、おい……」
「士道、そんなこと言わなくてもキミが力を貸してくれって言ったらボクも美九も勿論力を貸すよ。だってユーくんの真意を知りたいからね。それにおっぱいオバケは何だかんだ言って士道のことユーくんの友達でユーくんと同じくらい精霊を大切にしてくれてるって知ってるから認めてるんだよ?」
「あーっあーっ! 余計なこと言わなくていいんですよぉ二条ちゃんっ! あとせっかく名前で呼んでくれたと思ったのにどうして言い直すんですかぁ! 罰としてちゅーしてあげますー!」
「にゃーっ! 触るなおっぱいが
相変わらずじゃれ合うことの多い美九と二条の二人に少しばかり暗くなっていた雰囲気も一気に和み、笑みが零れる。
美九の機嫌も二条に引っ付いたことによって上機嫌になったのも加えてようやく言える雰囲気になった。
士道は全員に向かって頭を下げる。
「こんなことになってしまったのは俺のせいでもある。どうやって償っていいのかもわからない。だけど、どうか皆の力を俺に貸してくれ。頼む……」
頭を深々と下げて懇願する士道にこの場にいる全員が賛成しているのだが誰が初めに声を掛けて良いのかわからずにいると艦橋の扉が開く。
「――無論だシドーっ!! 必ず夕陽達を止めるぞ!!」
「と、十香!? おま、怪我は!?」
「もうどうってことないぞ!」
元気良く現れた十香が快諾してしまいすっかりタイミングを逃してしまったが四糸乃はその言葉に頷き耶俱矢も十香の肩を軽く叩く。
「ナイスタイミングだ我が眷属! さあ、あの傲慢な駄々っ子にお灸を据えてやろうではないか!」
「賛成。夕弦も十香の言葉に異論はありません」
「が、頑張り、ます……」
『零弥お姉さんの分も頑張っちゃうぞーっ!』
えいえいおーっと拳を振り上げるよしのんに合わせて四糸乃も手を高く掲げる。
美九も二条もそれに合わせて拳を高く挙げる。
「十香ちゃんがその気なら私も頑張っちゃいますよー」
「やってやろうよ十香!」
気合いが入る艦橋の扉がまた開いたかと思えばそこにいたのは真那だった。
「私も当然行くでいやがりますよ……」
「でも真那、お前体調が悪そうだぞ。大丈夫なのか?」
「…………」
<フラクシナス>できのと一番仲が良かったのは真那だった。
真那もきのが塵一つ残さずに消される場面を見てしまっていたのだ。
身近な人間の死に泣いていたのか両目は若干充血している。
「ちょっと泣いただけでいやがりますから心配ねーですよ。それよりあの人工島には<ナイトメア>がいるってことはわかっていやがりますし私が行かなくて誰が行くんだって感じでいやがります」
すでに準備万端のようで真那は着ている衣服の下に着てあるスーツをちらりと見せる。
これで艦内全員が夕陽達がいる人工島へ乗り込む決意を固めた。
『――やあ、乗り込む決意は決まった?』
「……夕陽」
タイミングを見計らっていたかのようにモニターの映像が切り替わる。
そこには玉座に悠々と座った夕陽。左右には広がるように折紙、狂三、七罪、零那、夕騎が立っている。
『人類はあんたらを除けばもう絶滅した。まだ諦めてないわけ?』
「…………ああ、当たり前だ。夕陽、琴里はどうしたんだ?」
『さあ? 確認したければこっちの拠点に来ることだね』
「ああ、行くよ。お前の計画を壊しに、必ず」
光が灯っている士道の目に夕陽はここまで来てもまだ心が折れていないことをこの上なく不愉快に感じる。
琴里の持てる希望を根こそぎ剥いで絶望させて殺すのが夕陽が思う最大限の復讐だ。
画面越しでも殺そうと思えば簡単に雷を落として殺すことも可能だがそれでは完全な復讐とはなり得ない。
一切の妥協なく、絶望を与え、その上で嬲り殺す。それこそ夕陽の夢の達成ライン。
夕陽は士道の揺るがない眼差しにしばし考え、やがて答えを切り出した。
『面白いねぇ、色んな因縁があるわけだ。つまんない答えとかすでに諦めてたらここから雷落としてはい終了だったんだけど難関が多いほど達成された時に感情が沸き立つもんよね』
人類を皆殺しに出来たのは良いことだが結局夕陽の目的を達成するには全ての精霊の霊力が必要となってくる。
まだ相手に抗う余地がある。ならば希望の芽を最後まで千切り尽くす。
『乗り込んで来られるものなら乗り込んできなよ。その時はまともに戦ってやる。文字通り最後の戦いさ、負ければあんたらは皆殺し。私は全ての精霊の霊力を得て新たな世界を創り出す』
「させるかよ、そんなこと」
『だったら見せてみなよ、あんたらの「意思」が! 私の「願い」を超えてるってところをさぁ!!』
その言葉を最後に映像がブツンと切られ、元のモニター画面に引き戻される。
見事に宣戦布告した士道に他のメンバーも改めて覚悟を決め、人工島に乗り込む決意をする。
「そんじゃあたしらは外から<フラクシナス>を守ってあのうざったいバリア破ってやるし」
「肯定。夕弦と耶俱矢はそうすることにします」
「む、急にどうしたのだ?」
「何でもないってーの」
耶俱矢ははぐらかすように怪訝そうにする十香の頭を乱雑に撫でると夕弦を連れて艦橋の扉から通路へと出て行く。
夕陽は言っていた。色々な因縁があると。
現に八舞姉妹にも因縁はある。今はどこにいるかもわからない少女だが、夕陽の放送を受け必ず動いてくることを確信していた。
「夕弦、緊張してる?」
「首肯。はい、少しだけ緊張しています。夕弦はちゃんと兆死に向き合うことが出来るのか、わかりません」
見れば夕弦の手は緊張からか、不安からか、少しばかり震えていた。
兆死は数多もの人間を殺してきた狂三を超える最凶の精霊。
『孤独』に支配され、殺すことでしか相手を見られなくなっても誰かから愛されたいと精霊達の『怨恨』の想いから生まれた『
普段表立って感情の変化を表さない夕弦だが半身である耶俱矢にはわかる。
耶俱矢はそっと手を夕弦の手に重ねる。
「あたしもいるから大丈夫だし。言ったでしょ、あたしと夕弦は二人で一人。二人一緒なら何だって出来るって」
「同意。はい、耶俱矢となら何でも出来ます」
「よぉし、気合いも入ったところで行きますか!」
震えが収まったことで不安がどこかへ消し飛んだ二人はハイタッチすれば<フラクシナス>から飛び立つ。
○
『二人共配置につきましたね?』
「ああ、ついたとも」
「首肯。はい、つきました」
夕陽は自身の能力を使ってあらゆるものの位置を特定している。下手な小細工は必要ないと<フラクシナス>は透明化をすることなく全ての魔力を動力源に回し空を浮遊していた。
先導する八舞姉妹は早速遠目にだが人工島の全貌を発見。あちらも透明化する気はなく堂々とその姿を晒している。
「くく、よほど自信があると思えるな」
「提案。耶俱矢、最後の戦いなのですから素でも良いのでは?」
「う、うるせーし! 最後だからこのキャラで貫こうと思ったのにもうっ!」
お互いにこれが最後だということはわかっている。
戦いだけではない。精霊としても最後なのだと心のどこかで理解している。
「ふふ、もしさ。こんな凄い力なくしちゃったらあたしらどうなるかな?」
「断言。何も変わりません。夕弦達は士道達の元で楽しく過ごします」
「確かにそうだね。――ねぇ兆死、いるんでしょ?」
何気ない会話だったが風の流れで八舞姉妹は気付いていた――忍び寄る一つの存在に。
「ふふ、ひ、きひ、ははは……っ!!」
何もないはずの前方の風景が突如として歪み電気のように霊力が迸れば現れる長身の少女。
地上に生体反応がないと伝えられた時は八舞姉妹は二人共不審に思ったが、異空間から様々なものを出していた彼女ならば自身を異空間に身体を移しておくのも可能だと二人は考え付いた。
血で染めたような長髪。返り血塗れのセーラー服。背中から少し間を空け尾のように長々しく伸びる背骨には夥しい種類の翼が生え、頭上に浮かんでいるのは眼が描かれている黄金の石盤。
前と変化しているのは身長くらいだ。二メートルほどあった身長は一七○センチほどまでに縮小されている。
凄絶に歪んだ表情に八舞姉妹は動きを止めて視線をやる。
「すぐに【
『耶俱矢、その子は……?』
「説明。夕弦達が救うべき子です」
「あは、はははは……行かせるわけないじゃんっ!!」
ノーモーションで<
「あんたの相手はこっちだし!」
耶俱矢は爪の一撃を止めたのはいいが妙な違和感を抱く。疑念を晴らす前に、そのうちにも夕弦がペンデュラムで兆死を拘束する。
「宣誓。<フラクシナス>には近づけさせません」
「邪魔しないでよ!! キザシはあの雷のお姉さんにキザシの理想とする世界を作ってもらうの!!」
闇が溢れ出すようにして兆死が暴れればペンデュラムで縛っているはずなのにその動きに引っ張られそうになる。
「あんたが思う理想の世界って何なのさ! 何もいらないって言ってたろ!!」
「やり直して、キザシはまた、パパとママと一緒に過ごすの! 今度は利用されても何も思わないもん!! キザシはママの都合のいい存在で愛してもらって! パパにもいっぱい褒めてもらうんだ!! 本当の家族になるんだっ!!」
「そ、れの、どこ、がほん、とうの家族だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
重い一撃を放つ<
「そんなの愛じゃない! そんなの家族じゃない!! そんなこともわかんないのあんたは!!」
耶俱矢はそのままの勢いで兆死に肉薄し、その頬を拳で殴りつけて吹き飛ばす。
「夕弦行くよ!」
「肯定。はいっ!」
「「【
突撃槍とペンデュラムが合わさり顕現された極大な弓が人工島に向かって撃ち放たれる。
先に向かった<フラクシナス>よりも早く人工島のバリアに直撃し、追うようにして<フラクシナス>が艦頭を放たれた突撃槍にぶつけ、バリアを突き破って突入していく。
「よしっ!!」
「歓喜。やりました」
ハイタッチして突入を喜び、これで兆死に集中出来る。
そう思った途端、二人に見えたのは兆死の涙だった。
「キザシだってわかってるよ……愛じゃないって。家族じゃないって」
心の中ではわかっている。だが兆死にはもうどうしようもない。
そんな形でしか誰かに見てもらえないほど兆死の手は見えない血で穢れている。
しかし、夕弦は不器用ながらに笑みを浮かべた。
「教授。兆死、愛は『もらう』ものではありません。『与える』ものです。夕弦は士道からそう教わりました」
或美島で二つの選択肢しかなかった八舞姉妹に士道は新たな選択肢を与えてくれた。その結果があってこそ、夕弦はこの答えを見つけるまで他の精霊や人間と関わりあえた。
「……だったら、キザシに与えてよ。抱きしめて……ぬくもりが、欲しいの……」
弱々しい兆死の声。兆死は霊装を消し、涙を流して潤んだ目を夕弦に向ける。
夕弦は何も疑わなかった。
「了承。いいですよ」
何の迷いもなく即答すると夕弦はそっと兆死の方へ近付いていく。耶俱矢も本心だと考えていた。
しかし――耶俱矢には見えてしまった。
兆死の身体を抱きしめる夕弦の背後に――空間が歪みを生み出しているのを。
「夕弦!!」
もうそこからは意地だった。
夕弦を死なせたくないと兆死の身体ごと横から夕弦を突き飛ばした。
「え…………?」
何が起こったのか、夕弦にはわからなかった。
「…………ち、くしょー……」
「……か、ぐや……?」
そこにいたのは<
「――きひ、は、あははははははははははははははははははははははははっ!!」
夕弦の耳に何も聞こえなくなっていく寸前に聞こえたのは、涙を浮かべていたはずの兆死の笑む声だった――