デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第九二話『愛する者へ捧ぐ弔いの剣』

 「ようやく止まったか……」

 好き勝手に暴れるためにわざわざ夕騎を人工島から呼び出し、止めることに成功した夕陽はほっとして一息吐く。あのまま暴れられたままではこの街の皆殺しに今まで以上の支障を来たしていただろう。

 一先ずこれで安心かと思えば何かを察知した夕陽は七罪を抱えてその場から飛ぶ。

 数瞬経たず過ぎ去ったのは莫大な斬撃。

 「どわぁ!?」

 あまりの一撃に抱えられている七罪が素っ頓狂な声を上げるが今はその声に反応してられない。

 こんな大雑把な斬撃を放つ精霊が誰なのか、夕陽にはすぐにわかった。

 「――やあ十香、何の用かな?」

 「どうしてここまでのことを出来るのだ、夕陽」

 霊装に身を包んだ十香が身の丈ほどの大剣〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構えて空中に浮遊している。

 その表情は憤りに彩られており、言葉を交わさずとも今にも襲い掛かってきそうだ。

 だが夕陽は余裕を持った態度で宙を浮遊する。

 「大したことはまだしてないよ。例えるなら、勉強する前に机の上に物が乱雑に散らかっていたら片付けるでしょ? それと同じ感覚だよ」

 「……貴様は狂っている。そんな感覚で人を殺せるなど」

 「大丈夫、この世界は新たな世界としてやり直される。今十香が怒ってるのは友達が死んだからでしょ。でも十香や他の精霊が奪い返した霊力をもう一度引き渡してくれるならその友達も新たな世界に新たな生命として顕現してあげる。十香が理想とする世界も作ってあげるからさ、どう?」

 「――ふざけるなッ!!」

 激昂した十香は一瞬で肉薄し、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振るう。

 「ふざけてるわけじゃないんだけどなぁー」

 疲労している夕陽だがこの程度の攻撃を回避することなどどうということではない。

 だが消耗している分、少し休憩が欲しいところだ。

 「どうすんの、夕陽?」

 「そんな不安がらなくてもいいって。バトンタッチするよ――折紙、その力を試してみ」

 「待て!!」

 連続で振るわれる〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の巨大な斬撃を躱していくと不意に夕陽の姿が消える。

 消えた、ではなく瞬きするよりも早く移動し人工島へ戻ったのだろう。

 代わりに現れたのは――

 「…………」

 「鳶一、折紙……?」

 十香の目の前に降り立ったのは幻想的な純白の衣装に身を包まれた――折紙だった。

 夕陽が放つ雷とは違う眩さを持つ光が雲を裂いて降り注ぎ、その神々しさをより一層際立たせる。

 纏っている衣装のことを十香は誰よりも密接に知っているだろう。

 何故ならそれは――

 

 「鳶一折紙――何故貴様が精霊になっている!?」

 

 精霊であるならば必ず身に纏っている――霊装。

 十香が知らないところで鳶一折紙は完全な精霊と化していた。

 「……六玄夕陽は示してくれた。精霊がいない世界、誰もが理想とする世界、それらの世界を作る方法を。だから私は例え憎んでいた精霊になろうともそれを果たすために戦う」

 「シドーはどうするのだ?」

 「彼もいる。あなたもいる。もう誰も不幸にならない世界にやり直す」

 「シドーはそんなこと望まないぞ!! 夕陽が今しようとしているのは自分の理想を押し付けようとしているだけだ!! 貴様は見ていなかったのか!? 亜衣達同じ教室にいた人間が殺される瞬間を!」

 「…………ッ! でもそれは()()()()()。何かを叶えようとすれば必ず何かが犠牲になる、ただそれだけのこと。捲くし立てることはない」

 「……何が小さな犠牲、だ」

 折紙の言葉に心のどこかでまだ留まっていた鎖が音を立てて切れる。

 「貴様達が行おうとしていることは間違っている! だから私は貴様を殴り飛ばしてでも止める!! 話はそれからだ!!」

 憤慨した十香は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構え、折紙は頭頂部にある王冠<絶滅天使(メタトロン)>を分離させて戦闘態勢を整える。

 「――本気で行くぞ」

 大剣による斬撃、半自立端末として動く王冠の一撃、二つが交じり合い大きく衝撃を生み出す――

 

 ○

 

 暴力的な光が雨の如く大地を貫いていく。

 「<絶滅天使(メタトロン)>――【日輪(シュメッシュ)】」

 頭上に配置された王冠が踊るように回転し、そこから放たれる夥しい光の弾丸。

 光の弾丸は下界に存在するものを何一つ不平なく平等に刺し貫き、砕いていく。

 手数に置いて十香は圧倒的に不利だった。

 一撃必殺、それが十香の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉ならば折紙が持つ<絶滅天使(メタトロン)>は全てが必殺の一撃。

 単発で放つ〈鏖殺公(サンダルフォン)〉も限界を迎え、捌き切れない光の矢が左腿を貫く。

 「ぐッ……!」

 通常霊装をもってすればあらゆる攻撃は防げるはずだ。

 現に十香の持つ霊装『神威霊装・十番(アドナイメレク)』は精霊の中でもトップに近い防御性能を持つ。

 だが折紙の<絶滅天使(メタトロン)>はそれを容易く砕いてくる。

 要するに今の折紙は持ち前の才能で<絶滅天使(メタトロン)>を完全に制御し、前々から精霊であった十香と同等の戦闘能力を持っているということだ。

 今まで彼女達の差を広げていたのはただ一つ。人間か精霊か、種族が違う戦闘能力のみ。

 互いに同じ領域に立てば実力が拮抗するのは必然だった。

 「そこまで本気なのか、折紙ッ!!」

 雨の如く降り続ける光の矢に対し、地を蹴り〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で弾きながら肉薄した十香は返す刀で大剣を振るうが斬撃が折紙に触れたところでまるで手応えがない。

 見れば斬ったと思った相手が間合いを空けた場所に瞬間的に移動していた。

 「…………何だ?」

 「…………?」

 不審に呟いた十香に折紙自身も不思議そうに自分の掌を見つめている。どうやら折紙自身にも意外な出来事のようだった。

 「【光剣(カドゥール)】!」

 しかし留まっている暇はない。

 どんな方法で躱したのかは不明だが戦闘は続いている。

 分離した<絶滅天使(メタトロン)>は各自意思を持っているかのように縦横無尽に動き、様々な角度から十香に向かって何条もの光線を放つ。

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振り回す十香だがそれでもやはり手数が違う。

 腕、脚と突き刺さる光の一撃、十香は苦悶の表情を浮かべるが地を踏む力を緩めずに飛び立てば再び折紙に斬りかかる。しかし手応えがなく、また間合いを空けた先にいる。

 どうにもこれは自動的な回避行動のようだ。

 十香はそう確信すればすぐさま折紙を追撃し、間合いを詰める。

 <絶滅天使(メタトロン)>の間合いは近距離よりも遠距離を得意としている。

 だからこそ距離を常に詰めておけば折紙は攻撃をしにくくなり、全方位から攻撃しようにも自身を巻き込まないために方向も限られてくる。

 「【刃刈光(クリンゲ)】」

 分離していた<絶滅天使(メタトロン)>が数本束なれば作り出される光の刃。

 それはまるでレイザーブレイドのようで折紙にも馴染みがあり、違和感なく振るう。

 だが『腕力』という一点において折紙は十香を下回っており、こう距離を詰められて斬撃を振るい続けられれば折紙も顔を顰める。

 「どうした折紙! 貴様の理想にかける『想い』はこの程度なのか!!」

 「……黙れ、黙れぇぇぇぇぇぇッ!!」

 折紙らしからぬ咆哮を上げ、彼女は防御を捨てた。

 <絶滅天使(メタトロン)>は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉との打ち合いの最中に分離し、一条の光線を十香に向かって撃ち放つ。

 真正面からの一撃を浴びるわけもなく十香は身体を逸らして躱せば過ぎ去る光線。

 代わりに袈裟斬りで斬撃が折紙を捉えるもその一撃もまた転移して躱される。

 それでもその転移は折紙の読み通りであり、また十香の読み通りでもあった。

 転移して躱した先、折紙の視界にはすぐ傍まで迫った拳があった。それを躱す術はなく折紙の頬に吸い込まれるようにして直撃し、その華奢な身体を殴り飛ばす。

 転移するのは必ず間合いを空けた直線状の位置。二回でそれを掴んだ十香は袈裟斬りの途中の時点ですでに間合いを詰めるために直進していた。

 それが功を奏し、折紙に一撃を浴びせたのだ。

 しかし、十香は失念していた。何故折紙が防御を捨ててまで一条の光線を放ったのかを――

 「【光仇(シャフト)】ッ!!」

 地面に引き摺られるように飛ばされながらも叫んだ折紙に十香は嫌な予感を感じ、咄嗟に後ろへ振り向いた。

 そこには分離した<絶滅天使(メタトロン)>が傘の骨組みのように広がっており、先ほど放たれた光線をさらに威力を高めて幾条にも分散して再度放つ。

 ――躱せないっ!!

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振るう暇もなく放たれた夥しい光線に十香は大剣を盾にするように構え、どれだけ身体を貫かれ激痛が続こうとも耐えた。

 膝をつき、決して軽傷ではない十香はそれでも〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を地面に突き刺して杖のようにして自身を支える。

 折紙の方も普通の人間ならば頭が木っ端微塵になっているほどの一撃を受けたのだ。脳震盪を引き起こしており、それでも覚束ない足取りで十香に接近する。

 「その様子だとあなたはもう剣を振るえない……でも私はもう一発だけ放てる」

 吐きそうなほど脳が揺さぶられているものの両手を十香に向かって前に構えれば王冠に純白の光が収束していく。

 【砲冠(アーティリフ)】。その絶大な威力を秘めた必滅の一撃をこうも間近で放とうとしている。

 絶体絶命の危機。それでも十香は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を地面から抜き、隣に顕現させた玉座を斬り裂く。

 分散した玉座の部位が〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の刀身へと纏われあまりにも長大な剣を生み出そうとしている。

 【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が持つ最強最大の一撃。

 しかし――折紙の方が一手早かった。

 漆黒の光が刃に纏わりつく前に折紙の方が先に充填を終えてしまった。

 「消えろ……っ!!」

 「――させない!!」

 放たれた極大の光線。

 触れれば一瞬で消滅するだろう一撃は乱入してきた第三者によって強引に光が捻じ曲げられ、目標としていた場所からあらぬ空の方向へ飛ばされる。

 「に、二条……っ!」

 十香の前に現れたのは灰色の長髪を揺らし、霊装に身を包んだ二条。

 その手には杖のような武器が握り締められており、先端がまるで蜃気楼のように歪んで見える。

 二条は折紙の方を見れば悲しそうな表情をする。

 「キミからは色んなにおいがするよ。ボクはそのにおいを頼りにやってきた。怒り、哀しみ、憎しみ、キミはずっとそんな感情から()()()()()()()()()()()()()

 「…………っ」

 二条の言葉が折紙の心に嫌に刺さる。

 何も知らないくせに知った風な言葉を吐く二条に折紙は不愉快な気分を抑えられないがどうにも今戦うのはあまりにも不利だ。

 折紙は一歩下がると<絶滅天使(メタトロン)>の分離した部位を背中で翼状に束ね、飛び立つ。

 一瞬にして姿を消した折紙の背中を見て十香は何か言おうとするがそのまま前のめりに倒れそうになり、二条はその身体を受け止める。

 「頑張ったね、十香」

 「……二条、さっきのは何をしたのだ?」

 さっきとは先ほどの極大の一撃を捻じ曲げたことについてだ。

 問われれば二条は自身が持っている杖を指し示す。

 「ボクの天使<征服元帥(ラツィエル)>は重力を操るんだ。さっきの光は重力を操作して無理矢理軌道を変えたんだよ。その気になれば『うちゅー』にある『いんせき』ってのも落とせるよ」

 「凄いな二条は……すまない、感謝する」

 「ううん、これはボクの勝手な行動だったから。それに十香が無事で良かったよ」

 二条はすっかり重くなった十香の身体を重力をなくして軽くすると支えそのまま宙に浮かんでいく。

 「まずは怪我を直さないとね、戻ろ」

 「……ああ」

 瞼が重くなってきた十香は二条に身を委ねると一先ず眠りにつくことにした――

 

 ○

 

 ――通じない。

 零弥と夕騎の三度目の戦いはおおよそ『戦闘』と呼べるものではなかった。

 どれだけ白盾から砲身を出して光線を撃ち込もうとも聖剣で斬りかかろうにも夕騎の鎧には一切通じない。

 鎧を傷つけるどころか触れる前にその部分が消滅させられている。

 「どうした零弥、もっと本気で来ていいぞ。『敵』はここにいて、逃げはしない」

 「……っ!」

 猛攻を仕掛ける零弥だが未だに夕騎は一度も反撃してくる様子はない。まるで零弥の全ての攻撃を受けきり、格の差を知らしめようとしているかのように。

 零弥は怯まず篭手から霊力爆破し加速して一撃を夕騎の顔面に打ち込むが最強の鎧であるはずが夕騎に触れるまでに篭手が消滅し、生身の拳のみが打ちつけられている。

 「ぐ……っ」

 殴った側だというのにじんわりと痺れる感覚が拳を伝い、上手く握り締められなくなる。

 だがわからないことばかりではない。わかったこともある。

 ――今私は生身なら夕騎に触れられた……?

 今まであれだけ打ち込んだ攻撃は全て<聖剣白盾(ルシフェル)>が関連した攻撃だった。しかし先ほどの一撃は篭手による打撃。篭手は消滅したものの夕騎の身体に拳だけは触れられた。

 「……霊力を介した攻撃の無効化。まさか<精霊喰い>の力が牙だけじゃなくて全身に……?」

 「そうだ。俺は【霊喰竜の鎧(アイン・ハーシェル・ダァト)】を纏わずとも今は精霊(おまえ)らの霊力による攻撃に、天使による攻撃に、絶対的な拒絶体質になってる。だから零弥、お前が俺を倒すには生身による攻撃しかないってわけだ」

 「でも、その鎧が私の打撃を通さない」

 「ああ、正解だ」

 夕騎は淡々と零弥に『詰み』だということを知らせる。

 今まで零弥は心のどこかで夕騎よりも自身の方が強いと感じていた部分がある。だがこうして<精霊喰い>の本領を見せ付けられれば実力差を肯定せざるを得ない。

 それでも零弥は退かない。諦めないことの大切さをきのが教えてくれたから。

 「ねえ夕騎、あなたはきのが死ぬところを見ていたかしら?」

 「……見てた」

 「どう思った?」

 「どうも思わない。勝てるわけもない戦いに命を捨てて、お前らに霊力を戻したところで絶対に勝てない。俺にも、夕陽にも。だからアイツは()()()()()()()

 「…………そう」

 零弥は心のどこかで期待していた。

 過去の夕騎は言っていた。きのは頑張り屋な後輩だと自慢出来る後輩だと。

 それなのに今では『無駄死に』だと、あれだけ頑張っていた後輩(きの)を切り捨てた。

 涙が出そうになった。あれだけ優しかった夕騎は今では後輩の死にさえ何も思わなくなってしまった残忍な人間になってしまったことに悲しみが止まらない。

 鎧を消した零弥は悲しげに表情を歪ませて言った――

 「――あなたはもう、私が知っている夕騎じゃないわ」

 こんな言葉を吐かなければならない時が来るとは思ってもみなかった。

 兜の下でどんな表情をしているのか、夕騎の表情は誰も知ることが出来ないが夕騎は一歩踏み出す。

 

 「言っただろう。俺は、月明夕騎は、嘘に塗れた――ただの『化物』だって」

 

 躊躇いもなく一○もの尻尾のうち、一本が大剣となって零弥の身体を貫く。

 返り血を浴びた夕騎の兜に滴る血はまるで彼の涙を示すように地面に向かって滴っていく――


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