デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第九一話『苦しみの果ての邂逅』

 「ぐっ……はぁ……はぁ……」

 【雷騎(ドンナー・シュラアク)】に命令を出してすぐに夕陽はその場で膝をつき、息を荒げる。

 本来ならば篭手の効果がなくとも霊力の引っ張り合いに負けるはずはなかったがきのの妨害行為も相まって余計に体力を使うことになった。それに加え十香達の霊力が抜けたことによってその分脱力し、今は少し休憩が必要だ。

 「夕陽っ!」

 「……七罪、どうしてここに?」

 「急に膝ついたから心配したのよ。わ、悪い?」

 <贋造魔女(ハニエル)>で姿を変身させずに夕陽がメイクアップしたそのままの姿で現れた七罪は小柄ながらに夕陽の身体を支える。

 わざわざ駆けつけてくれた七罪に夕陽はどこか可笑しくなって笑みを零す。

 「……ありがとね」

 【雷騎(ドンナー・シュラアク)】がすでにいくつもの生体反応を消している中で凄惨な光景を目の当たりにしているというのに傍にいてくれようとしてくれることに夕陽は素直に感謝する。

 「ところで装置の修復は終わったの?」

 「まだ終わってない。あの島に何か干渉しようとしたら零那が絶対に阻んでくんだもん」

 「あー、そっか。私から言っても……聞かないか」

 反転化によって装置は壊されてしまったものの七罪の<贋造魔女(ハニエル)>ならば他の物質を使ってもう一度作り直せる。土でも変化させればすぐにでも装置を作り直せるのだがあの島全体が<土寵源地(ゾフィエル)>の能力を受けているために七罪ではどうしようもない。

 夕騎を復活させた際に行った取引は『拠点となる場を貸すだけ』、それ以外は一切干渉することはないとあちらが言ってきたのだ。

 夕騎の傍にいる精霊はどれも一癖も二癖もあると夕陽は頭を悩ませるがどうすればいいかはすでに答えが出ている。

 「兄貴に直接頼むか」

 零那は不思議と夕騎の言うことだけは絶対に聞く。

 だから何かあれば夕騎に頼んでそこから手伝ってもらえばいいのだ。

 「――まだまだあの琴里(ガキ)には苦しんで貰わないとね」

 あの装置と砲台を使って琴里自身を人類滅亡の薪とする。どこまでも憎しみが収まらない夕陽は額に汗を滲ませながらも何一つ変わりはしない――

 

 ○

 

 「何なのよこいつら!」

 「もう無理……走れない……」

 「マジ引くわーっ!!」

 亜衣、麻衣、美衣の三人は地下シェルターの中を出口に向かってひたすら走っていた。

 地下シェルターにいれば安心だとされていたが映像で出ていた少女が呼び出した雷の騎士はそんなもの知ったことかと言わんばかりに地上からシェルター内に現れたのだ。

 そこからは思い出すだけで吐きそうになる光景だった。

 生徒を庇おうとしたタマちゃん先生は一瞬にして消えてしまった。他の生徒もその雷の騎士に触れる度に次々に消されていく。

 助けなど誰に求めればいいのか、もう何もわからず三人は走る。

 すでに生徒は半数以上消えてしまい、残すのはほんの一握りの生徒達だけ。

 「開いてよ! 今ホントにヤバいんだって!!」

 どれくらい走ったのかわからない。だが亜衣達は何とかシェルターの入り口まで辿り着くが残酷なことにシャッターが完全に閉じられている。

 どうやっても人の力では重厚な扉を開けることは叶わない。

 もう何もかも始末し終えたのか雷の騎士は軍勢で亜衣達に迫ってくる。

 終わった――三人誰の頭も同じことを考えていた。せめて最期も三人一緒に、そんなことも考えた。

 しかし――爆音と共にあれだけ堅固なシャッターに突如として大穴が空いた。

 「な、何……?」

 「また別のやつ……?」

 「マジ引くわー」

 シャッターに空いた大穴、そこから飛び出し亜衣達の前に立ったのは格好に身を包んだ――十香だった。

 「十香ちゃん!?」

 「え、何その格好……」

 「マジ引くわー」

 「助けに来たぞ、亜衣麻衣美衣っ!」

 自身が精霊だと曝け出そうとも十香は三人の前に立って〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振るう。

 霊力の斬撃に【雷騎(ドンナー・シュラアク)】達は吹き飛ばされ、粉塵が舞い散るシェルター内。

 「無事だったか?」

 「わ、私達は無事だけど殿町達は……」

 「みんなあの変な雷に……」

 「マジ引くわー……」

 「……そうか」

 十香は事態を飲み込んだ。

 自身が精霊であると今告白しなければならないと思ったが先ほど吹き飛ばされた雷の騎士達は何の損傷もなく再び十香達へと迫る。

 「く……、今は逃げるぞ!」

 刹那に十香は理解した。あの雷の騎士達は実体を持たない霊力の塊なのだと。

 だからどれだけ攻撃しても無駄だと、即座に勘付いた。

 十香は亜衣麻衣美衣の三人の身体を抱えるとすぐに踵を返して外へ飛び出す。

 他の精霊達も霊力を取り戻し天使を顕現すればすぐに人命救助のために飛び立ったがすでに犠牲者はあまりにも多く出過ぎている。

 せめて亜衣麻衣美衣の三人を守ろうとする十香だが三人抱えて飛ぶのは初めてで失速はどうしようもなかった。

 転送に指定された位置にはまだ遠い。それなのに一瞬で間合いを詰めた雷の騎士はその腕らしき箇所に装備された槍を振るう。

 「十香ちゃんっ!」

 凶槍迫る中――咄嗟に亜衣麻衣美衣は同時に十香を同じ方向に突き飛ばして十香を回避させる。

 突き放された十香は守るべき立場だったというのに反対に守られてしまった。亜衣麻衣美衣の三人は槍に貫かれ口端から血を零す。

 「亜衣! 麻衣! 美衣!」

 「……あのね、十香ちゃん。ありがとね」

 「何を言っているのだ、助けられたのは私の方だ! 礼を言わなければならないのは私だ!」

 「ううん、それだけじゃなくって。今まで色々楽しかったし、そのお礼……?」

 「マジ引くわー……じゃなくて。例え十香ちゃんが『精霊』でも、私達はずっと十香ちゃんの『友達』だよ」

 「待ってくれ……待ってくれ!」

 今わの際のような言葉を述べる三人に十香は懸命に手を伸ばすがその手は誰にも届かなかった。

 塵一つ残さず消された亜衣麻衣美衣の三人。

 無二の友を奪われた十香は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉をがむしゃらに振るって【雷騎(ドンナー・シュラアク)】を吹き飛ばそうとするがもう標的を失ったのか別の位置へ移動し始める。

 どうしてここまで出来るのだろうか。

 確かに自分も士道に出会うまでは人間のことを『敵』だと認識していた。

 しかし、ここまで徹底して殺そうと思ったことはない。

 「……ゆ、うひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 血が出んばかりに拳を握り締めた十香は怒りを轟かせた――

 

 ○

 

 「………………」

 夕騎がいる人工島でも天宮市で行われている虐殺の映像が展開されていた。

 虐殺は日本で始まり世界各国に広まり、どの国も自分のことで頭がいっぱいになっている。

 逃げ纏う一般市民を片っ端から殺していく【雷騎(ドンナー・シュラアク)】。

 いくら霊力を取り戻した精霊でもその一方的な虐殺は何も止められない。雷で形成されている雷騎には一切の物理攻撃が通じない。

 だからどれだけ頑張ろうともこればかりはどうにもならない。どんな国でもどれだけ抵抗しようが世界中で数を増やす雷騎に歯が立たない。

 「………………」

 ただ一方的に人間が殺される光景を夕騎は見ていた。

 狂三も隣で見ていて互いに何も言わない。

 何かを変えるためにはそれ相応に何かを犠牲にしなければならない、そのためにどれだけの咎であっても背負わなければならないことを二人共知っているからこそ黙っていた。

 何か言ってしまえば迷いが生まれてしまうと思ったからこそ黙っていた。

 「…………夕騎」

 しかし、零那だけは違った。

 彼女は遠くから夕騎の様子を逐一感知していたが虐殺が始まってからというものの夕騎の様子がおかしくなっている。

 零那としてはどんな小さな不安でも拭ってあげたいと思うからこそ問いかける。

 「これが夕騎の望む世界に繋がるの? 何も出来ない人を皆殺しにして、そうして積み上げた屍の先に夕騎の作りたい理想郷があるの? 誰かを踏み台にしないと叶えられない夢に本当に価値はあるの?」

 「………………」

 最後の言葉は自身がウェストコットに言った言葉に近しいものだ。どうして零那がそれを知っているのかはわからない。

 夕騎は何も答えない。いや答えられないと言った方が正しいのか。

 歯を食い縛り、土を握り締め、ただただ何かを懸命に堪えている。

 「……零那さん?」

 気付けば零那は人工島から下界を見下ろし、狂三はまさかと思い声を掛けるが零那の中で何をするのかすでに決まっていた。

 「――夕騎が苦しんでるのなら私が助ける。彼を守る、私はそのためだけに生きてる。だから私は――夕騎のためだけに戦い、夕騎のためだけに死ぬ。そう決めた」

 そう言って零那は人工島から飛び降りた。

 たった一人のために零那は全てを捨てる覚悟で戦う――

 

 ○

 

 「だ、誰か……」

 まだ生き残っていた一人の女性がか細く助けを求める。

 目の前には複数の【雷騎(ドンナー・シュラアク)】が槍を構え、今にも女性の命を奪おうとしている。

 「<土寵源地(ゾフィエル)>【避雷土槍(ラントエンゲ・ヴリッツ)】」

 しかし、突如として降り立った一人の少女が細剣(レイピア)に霊力で練った土を纏わせ雷の騎士達を次々と貫いていく。

 あれだけ物理攻撃が効かないとされていた雷騎は不思議なことに貫かれれば一瞬にして霧散し、消え果てる。

 「あ、あなたは……?」

 「………………」

 別にこの人間を助けたわけではない。

 もしこの場所の映像を見ている夕騎が人間が死ぬところを見てさらに苦しんでしまうことを懸念しただけのことだ。

 【避雷土槍(ラントエンゲ・ヴリッツ)】は夕陽と出会い彼女が『雷』を操るとわかってすぐに創り出したものだ。受けた雷を槍の中で循環させ自身の霊力に転換する。

 それによって物理攻撃が効かない雷騎を取り込み、霊力に戻して零那の力へと変えているのだ。

 「まだまだいる」

 何も細剣(レイピア)に纏わせるだけではなく地面を隆起させた土の槍も同様の効果を得られる。

 地面がうねりを上げて次々に街で暴れる雷騎を刺し貫いていく。

 零那の目的は人間を守ることではない。

 夕騎を苦しめる原因の雷騎を天宮市から消すことさえ出来ればいいのだ。夕騎が見ていたのは天宮市の映像だと確信しているからこそ、この場での敵の一掃に迷いはない。

 縦横無尽に振り回される土の槍に雷騎は数を減らしていく。

 それによって犠牲者が減るわけでもないが確実に夕騎の元で流れている映像から『一方的な虐殺』はなくなる。

 零那の視界範囲外にいる雷の騎士も無論感知し、土の槍で一掃していく。

 『ちょっと零那! 何してんのさ!!』

 雷騎相手に無双する零那の頭に夕陽の声が聞こえてくる。

 霊力を利用して声を頭に届けているのだろうが零那には知ったことではない。

 夕陽とは『契約』を結んでいるものの『仲間』ではない。

 何より零那にとっては夕騎が全てなのだ。その他がどうしようとどう思おうとどうでも良いことだ。

 「夕騎が見たくないものを消してる。それだけ」

 『それだけ、じゃないって! 生きてる人間を殺すためにしてんのにあんたが邪魔してどうすんのよ!』

 「知らない。夕騎は見たくないの。そんなものに存在価値はない」

 激昂する夕陽に零那はそんなこと知ったものかと自らの意見を述べる。

 あまりにも話を聞かない零那はそのまま存分に<土寵源地(ゾフィエル)>を振るい、流石に放置しておくことも出来なくなった夕陽は妥協案を出す。

 『わかった! 映像消すから止まれ!!』

 「止まらない。夕騎が『もういい』って言うまで止まらない」

 『もう何なんだよこいつ!!』

 どこまでも夕騎遵守な零那は夕陽の言うことを聞かない零那。夕陽はもう最終手段だと零那との連絡を切る。

 邪魔者がいなくなったことで零那は思う存分夕騎のために行動しようとするが新たな人影が視界に入る。

 「あなたはさっきの映像に出てた――」

 「…………」

 遭遇したのは一般市民に<聖剣白盾(ルシフェル)>の白盾を掛けていた零弥だった。

 『個』を守る精霊――零那。

 『群』を守る精霊――零弥。

 守るという点では近く、守る対象という点では遠い。

 そんな根源は同じでも性質はまるで違う精霊同士が邂逅する――

 

 ○

 

 「……どうしてあなたがここに? あなたは夕陽の元にいて人間を守る必要なんてないはずなのに」

 零弥や他の精霊達が一方的な虐殺から一般市民を守るために戦うのはわかる。

 しかし、零弥にはどうして今零那が【雷騎(ドンナー・シュラアク)】と戦っていたのかわからなかった。

 零那はその問いかけに単純に答える。

 「望まれたから。『彼』がそう、望んだから」

 「『彼』……?」

 「教えない」

 いつもなら『彼』とは言わず『夕騎』と呼んでいるはずなのに零那は少しばかり独占欲を出した。

 零弥と会うのは無論これが初めてだ。だが零弥も零那も何故か相手のことを知っている、そんな気がする。

 だからこそ零那は零弥の『性質』を知っている。

 「『彼』は私だけ(、、、)が守る。『群』を守るあなたには『彼』に関わらせない」

 まだ敵対行動も見せていない零弥に対し、零那は細剣(レイピア)の切っ先を向ける。

 その宣戦布告に零弥も驚かされる。

 「待って、あなたの言う『彼』が誰だかわからないわ。だけどその『彼』がこんな一方的な虐殺を望んでいないなら私達と一緒に来て夕陽を――」

 「私と『彼』は絶対にあなた達の味方にならない。他の人類なんてどうでもいい。私には『彼』だけがいればいい。『彼』も私だけがいればいい」

 零弥としてはあわゆくば零那という強大な味方を得たかったところだが零那にその気は一切なく、肉薄すれば細剣(レイピア)の猛烈な突きが放たれる。

 零弥もその一撃に対し迎撃しようとするが――

 

 「待て、零那」

 

 突如として上空から降り立った者は放たれた細剣(レイピア)の突きの手首を掴んで止める。

 その容姿に零弥は唖然とする。

 「――夕騎…………?」

 酷い火傷の痕、右腕を失っているがその姿は紛れもなく――夕騎。

 夕陽が言っていた『アテ』は本当のことだったのだ。どうしたかはわからないが夕騎は生きている。

 「どうして……」

 「五年前に身体を焼かれてから一応生き続けてた。まあ死んでるも同然なんだがな」

 「夕騎、退いて。彼女は敵、だから――」

 「下がってろ、零那」

 「…………」

 零弥は敵、すでにそう頭に入っている零那は夕騎を守るために続いて攻撃しようとするが夕騎の手を振り払えない。

 夕騎は零那の行動を見れば呆れたように息を吐く。

 「――聞こえなかったのか? 下がってろって言ったんだ」

 「っ!」

 今まで聞いたことのないような低い声音で言う夕騎に零那の両肩は震え、慌てて武器を引っ込めて夕騎の後ろへ下がる。

 「下がった。だから……その、怒らないで」

 「少し言い方が悪かったな。守ってくれるのは嬉しいが今は必要ない」

 「……うん」

 嫌われることを大きく恐れているのか零那はすぐさま下がると夕騎の機嫌を窺うように上目遣いで見て言葉に首肯する。

 今零弥の目の前にいる夕騎は士道達の元にいた頃とはまるで別人のようだ。

 夕騎は改めて零弥の方へ向き直す。

 「久しぶりだな零弥。知ってるかどうかは知らないが俺は夕陽の味方をしている。だからお前とは『敵』なんだ」

 「夕陽は人類を皆殺しにしようとしてるのよ!? 学校のみんなもすでに殺された。どうして兄であるあなたが妹をとめようとしないのよ!!」

 「…………剣を取れ、零弥。どれだけ言葉を交わそうとも俺はお前らとは道を二度と同じくすることはない」

 夕騎は静かに目を伏せれば静かにそう告げる。

 そして纏ったのは【霊喰竜の鎧(アイン・ハーシェル・ダァト)】。精霊達を守るために纏うべきはずの鎧を――精霊を討つために身に纏う。

 「どうして……」

 あれだけ精霊を愛していたはずの夕騎が、どうして精霊である自分に牙を向けるのか。

 零弥にはどうしてもわからなかった。

 だが、夕騎は言った――精霊(零弥)のことを『敵』だと。

 「【花弁揺蕩う明星の鎧(アルマ・フロウ・ルシファー)】」

 戦うしか、ないのだ。

 零弥は最愛の人物に牙を向けられ、哀しむ暇もなく最強の鎧を身に纏い戦いに身を投じる――


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