デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第九話『プリンセス』

 「で、話を聞かせてもらいましょうかお二人さん?」

 「「すみませんでした司令ッ!」」

 〈フラクシナス〉艦橋にて二人の男が中学生の少女に向かって見事なジャパニース土下座を繰り出していた。日本人が誇る伝家の宝刀が出されたということは事態はそれなりに深刻なことである。

 「私に黙って〈フォートレス〉に接触していたとはねえ。他のクルーからも確かめたけど訓練中にも情報を交換してたらしいわね。……へえ、随分と舐めた真似してくれるじゃないの」

 「いやぁ……あのぉ……えっとですね、ハイすみませんでした。ことりんに推測だけの情報を渡すわけにはいかないと思いまして……すみませんでしたえへへー」

 琴里から放たれる剣呑としたオーラに気圧されたのか夕騎は次々に白状していく。

 神無月は神無月で土下座のまま動くなと命令されたので土下座態勢からピクリとも動かない。

 「何が『えへへー』よ。十香に集中してたから神無月が叫ぶまで〈フォートレス〉に気付かなかったわ。まったく二人揃って好き勝手してくれるわね」

 「〈プリンセス〉は十香って名前なのか。あ、〈フォートレス〉は零弥って名前だったぞー」

 「あらそうなの、ちなみに十香の名前は士道が付けたのよ……じゃなくて!」

 危うく夕騎のペースに巻き込まれそうになった琴里はゴホンと大きく一度咳払いし、状況を整える。

 「推測の話を聞かせてちょうだい。それが今回の零弥との遭遇に繋がったのだから仮説とは言いにくくなったもの。こちらは少しでも情報が欲しいわ」

 「う……了解」

 夕騎は状況が状況なので神無月との仮説である静粛現界について琴里や令音に説明し始める。

 その説明を聞いた二人はふむと頷きながら聞き、やがて言う。

 「……確かにユキたちの推測は充分に考えられるかもしれない。そうなれば〈フォートレス〉の零弥は精霊が現界していたたびに静粛現界していた可能性も否めなくなる。過去の記録をすべて見直さなければ」

 「で、零弥とは何を話したのかしら?」

 「デートしようぜー的な話をして了承を得た以外は普通に会話してたわ」

 「……何いきなり物凄い展開になってるのよあなた。え? デート?」

 「……ユキの映像を見てみよう」

 令音がそう言うとスクリーンに夕騎と零弥との対面した時の映像が流される。

 ちょうどその場面は零弥にチョークスリーパー(夕騎Ver)を決めていた場面で琴里は何とも言えない顔になり、一旦映像を止めて話しかけてくる。

 「どう話し合えばチョークスリーパーになるのかしら?」

 「いやいやー士道っちと十香の話がイイところらしかったみたいで神無月くんが止めてください! って言ったからチョークスリーパーを……」

 「それで解放する交換条件にデートを所望したわけね」

 先ほどから床に顔を伏せたままで話しているため映像がまったく視界に入らないがいま思えば映像さえ見れば零弥の容貌を確認できるのではないのか。

 そうだ。映像で取れているということは琴里たちはいま零弥の容姿を確認しているはず。

 「あー顔上げていいなんて言ってないわよ。本人も見て欲しくないみたいだしここは零弥本人の意思を汲むことにするわ」

 「ぐわぁあああああああ! 確認できると思ったのにぃいいいいいいいいいい!」

 「……そんなに悔しがらなくていいじゃないか。見たところどこからどう見ても紛れもない美少女だよ彼女は。なのに君に顔を見せたがらない……何故かは少し考えたらわかるはずだよ」

 「少し考えたらわかる……?」

 映像を見終わった琴里は再び夕騎の方へ視線を向け、

 「デートは明後日、ね」

 「良かった良かった、明後日ならDEM社からの給料前払いがギリギリ間に合うんですよー」

 それを聞いて琴里心底呆れるようにため息を吐く。

 「まあいいわ。デートの約束までしたのなら上出来だわ。これからは私に対して秘密ごとがないように」

 「「はい司令!」」

 ようやくお許しをもらった二人は顔を上げ、琴里を崇めていた。 

 

 

 

 次の日、予想通り学校は休校。

 時間を持て余してしまった夕騎は陸上自衛隊天宮駐屯地に近接している特別演習場にて後輩である未季野きのに何故か呼び出され、対人戦闘を想定した訓練をしていた。本来なら顕現装置(リアライザ)を用いて演習をするために魔力処理の施された場所なのだが朝早くなので燎子から許可を得てほぼ貸切状態で使用している。

 「さすがですね夕騎先輩ッ!」

 「しばらく体動かしてなかったから鈍ってるなさすがにッ!」

 互いに戦闘しながら会話する二人だったが何打かめで夕騎の攻撃がきのに当たり始める。〈精霊喰い〉の能力を開花させたあとDEM社でやらされたことといえばこう言った対人訓練だった。さらに言えば素人相手に最初から軍人を仕向けるDEM社は頭がおかしいと思ったが、ただの人に勝てないのであれば精霊にも勝てるわけがないという考えは大方納得ができた。

 「顕現装置(リアライザ)を扱う訓練も大切ですけどこういった対人訓練も大切ですよね!」

 「まあたまにはイイんじゃねえの? でも防具付けてもらわないと手加減しても怪我させてしまうかもしれねえしコッチとしては難儀なモンだっつうの」

 「なら私は本気でいかせてもらいます!」

 「よっと!」

 訓練なのに喉元を狙ってきた相手の突きを膝を曲げて重心を下に傾け躱すと、きのの腹部に肘を打ち込む。

 「ぎゅッ!?」

 防具越しだというのに衝撃が直に伝わったような痛みが走り、きのは尻餅をつく。

 「イタタ、防具つけてるのに直接受けたみたいに衝撃きましたよ! 何ですかいまの拳法ですか!?」

 「へ?」

 ――何かいまの一撃いつものと違ったな……。

 目を爛々と輝かせながら立ち上がって寄ってくるきのにただの偶然だった一撃だと言えないまま夕騎は苦笑いしかすることができなかった。

 

 

 

 「んにゃー暇だ暇だ」

 「と言いながらちゃっかり司令の席に座ってるのは対した根性ですね」

 きのとの訓練後、さらに暇になってしまった夕騎は〈フラクシナス〉艦橋の司令官が座る椅子にぐてえっと身を預けていた。

 「何か面白いこととか起きねえかな、たとえば士道っちが誰かとデートしてるーとか」

 「やけに具体的なたとえだな」

 ちょうど時同じくして艦橋にいた恋愛マスター・〈早過ぎた倦怠期(バッドマリッジ)〉川越が反応してくる。

 「あ、そんな感じで一回チェックしてみようぜ士道っちの動き!」

 「下手すればただのプライバシーの侵害ですねこれ」

 知ったものかと夕騎はカタカタとコンソールを操作して士道の現在位置を特定し、モニタリングしていく。若干ぎこちない手先になるが無事に操作できていることに神無月たちは驚く。

 「器用ですね、初見でしょう?」

 「ASTんところに同じようなものあったかららくしょーらくしょー」

 士道がいたのは天宮大通りのカフェだった。

 「え? 休校だからって一人でカフェっスか」

 「別に構わないじゃないですか。一人でカフェに行って心を安らげる……司令もいますね村雨解析官も」

 「ソッチだってちゃっかりことりんの位置特定してんじゃねえかよう。みんな同罪だな」

 「「「ええッ!?」」」

 艦橋にいた神無月以外のクルーたちが仰天の声を上げる。

 すると何の前触れもなくピロロロロ! と司令官の席にある通信機が鳴り響く。琴里はいない、司令官が不在のいまこういったものは副司令官である神無月が取るべきなのだが夕騎はとりあえず司令席に座っていたのでボタンを押して応答する。

 「へいこちら〈ラタトスク〉が管理する〈フラクシナス〉っスー、ただいま司令官は不在なのであとから連絡して――」

 『……私よ、何しているのかしらあ・な・た・は!』

 「おぅふ、ことりんかよ……スンマセンでした要件は何でしょう!?」

 『緊急事態よ。――作戦コードF―08・オペレーション「天宮の休日」を発令。総員すぐに持ち場について』

 ――まさか本当に士道っちが誰かとデートを……。

 

 「みなさん聞きましたかことりんの指示を! これはガチで士道っちが誰かとデート……いや〈プリンセス〉十香とデートに繰り出している! 作戦コードF―08・オペレーション『天宮の休日』発令! みんな配置につきましょう!」

 

 「「「了解」」」

 何故か夕騎の号令からドタドタと慌ただしくクルーたちが移動していく。作戦コードF―08・オペレーション『天宮の休日』とは〈ラタトスク〉がありとあらゆる事態を想定した一〇〇〇以上の作戦のひとつである。

 クルーたちが街の住人たちに溶け込み、陰ながら士道を支援する。このためにクルーたちは最低一ヶ月以上の劇団訓練をさせられている。

 無論、夕騎はそんな訓練をしているわけがないので司令席に座ったまま状況の変化を見ていく。

 「さて俺は何をすればいいのやら」

 『夕騎、あなたは何かあればすぐに士道を守れるように準備しておきなさい』

 「つまり心の準備だけしておけばいいってコトか」

 「私たちはモニタリングに集中しておきましょう。司令もそろそろ〈フラクシナス〉に転送されてくることですし席から離れておかないと椅子の温度でバレてしまいますよ」

 「だよな」

 「ええ、そうね」

 「……あらまことりん」

 「そぉいッ!」

 「ぐぼろぁッ!?」

 席から立ち上がったところで琴里が地上から〈フラクシナス〉に帰ってきており、見事な正拳突きを受ける。鳩尾にヒットした夕騎は地に伏して悶えていると絶対零度の視線で見下ろす琴里は言う。

 「ふん、ぐぼろだって。遠距離攻撃か突進しか能がない雑魚じゃないの」

 琴里は自分の席に座ると、

 「さあ私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 

 

 

 その後も士道と十香によるデートは何の問題もなく順調に進んでいく。

 令音が解析した数値は非常に安定しており、恋人とまではいかないものの十香にとって士道は信頼できる友人にまでランクアップしている。

 ――俺もここまで零弥とわかり合えるのか。

 〈フォートレス〉とのデートを明日に控えている夕騎に不安がないわけではなかった。何せデートなんて生まれてから一度もしたことがない。

 「なーに、不安なのかしら?」

 モニターに注目していた琴里が夕騎の心情に気づいたのか悪戯な笑みで話しかけてくる。

 「まあぶっちゃけ不安だな、何すればイイかあんまわかんねえし」

 「大丈夫よ、明日はデートの初めから全力でサポートするわ。私たちは何としてでも精霊を救う、それが〈ラタトスク〉の意向なのだから」

 「そりゃあ心強いざんす」

 「ほら士道たちのデートもいよいよ大詰めよ。ここでしくじらなければ〈プリンセス〉の力は士道に封印されるわ」

 見れば士道と十香は夕日に染まった高台の公園にいる。二人の他に人影はなく、自動車の音やカラスの鳴き声以外は静かなものだ。

 十香にとって見るものすべてが珍しいのだろう。先ほどからあれやこれやと指差しては移動に問いかけている。士道もそれを微笑ましく思いながら答えていた。

 士道の説得、十香の否定。

 精霊と人間がわかり合うためにはこうしてわだかまりをすべて壊していくしかない。

 そんなことが零弥とできるのだろうか。いや、しなければならない。

 琴里やクルーたちとともに彼女とわかり合わなければならない。零弥はいまでも激しい空虚感に苛まれている。

 ――必ずやってやるさ。

 映像では本当に大詰めになっている。

 『握れ! いまは――それだけでいい……ッ!』

 士道はバッと自らの手を十香に向けていた。

 十香は数秒間思案に明け暮れたあと俯かせていた顔をあげ、士道の方へそろそろと手を伸ばしていく。

 『シドー――』

 だが、

 モニターで映し出されている映像で夕騎は小さな光を見つける。

 それは夕日でもなく、明らかに何かに反射してできた本当に微々たる小さな光。常人には目を凝らしても見えるはずのない、そう、スコープの、

 猛烈な悪寒に駆られる。

 「狙撃だ士道っちッ!」

 それは一瞬の出来事だった。

 士道は十香の名を読んだかと思えば返答よりも先に突き飛ばす。

 夕騎の声に反応してからでは遅かったぐらいに彼の行動は早かった。

 彼の体は大きな風穴を空け、天を仰ぐようにして倒れた。

 

 

 

 「遅かったか……」

 一発の銃撃音により艦内が物静かになったが、映像ではすでに状況は絶望的と言っても良いほどに荒れ果てていた。

 十香の最強の矛たる天使が顕現し、全長一〇メートルはあるであろう少女が手に持つには長大過ぎる剣。

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉――【最後の剣(ハルヴァンヘレブ)

 それを顕現させた十香を止められる者などこの世界にはいない。

 夕騎であっても止められない。何故なら――殺すしか方法がないからだ。

 彼女の怒りはもっともだ。この世界に対する希望を士道という人間に教えてもらったというのに、誰よりも信頼していた士道という友人を人間に容易く奪われた。

 士道を撃った張本人の折紙も呆然として反応に遅れている。

 「司令……ッ!」

 「わかってるわよ。騒がないでちょうだい。発情期の猿じゃあるまいし」

 民間人の避難もいまだに住んでいないまま始まってしまった精霊とASTの戦闘。

 次々に破壊されていく開発地。

 士道という切り札を失って、部下の狼狽もわかるが琴里は兄を失ったのにも関わらずいつもと変わりない調子で言う。

 「いいから自分の作業を続けなさい。ここからが士道の本当の仕事よ」

 「あれは……燃えてる?」

 琴里の言葉で士道を映しているモニターに視線を移すと士道の致命傷となった傷を中心に燃え上がっていたのだ。そして舐めとるようにして燃え終えた炎のあとに見えたのは――

 『…………ぉ熱っちゃぁぁぁぁッ!?』

 完全に再生された士道の身体。未だに少しくすぶっていた炎をバンバンと手で払うと士道は跳ね起きる。

 「ワケわからんぜコレ」

 「士道は一回くらい死んだってまたニューゲームできるのよ。どこかの配管工みたいにね」

 クルーたちの怪訝そうな視線はすべて無視して琴里は指示を続ける。

 「――彼女を止められるのは士道だけよ。夕騎、いまからあなたを地上に転送するから士道を十香にブン投げちゃってちょうだい」

 

 

 

 「俺――何で生きてんだ……?」

 「気にするな士道っち、とりあえず生きてて良かったぜ」

 「てか、何だよこの態勢!?」

 地上に転送された夕騎は士道の言い分を何一つ聞かずに投擲態勢に入っていた。まるで槍投げのように士道を軽々しく持っており、士道の身体はピンと伸びている。

 「いいか、ソッチの言い分は聞かねえけどコッチの言うことは聞けよん。十香はいまお前が殺られた怒りでシャレにならねえほど激怒ぷんぷん丸になって超デケエ剣振り回しながらASTを殺そうとしている。止められるのはYOUだけなのだYO」

 「ところどころふざけてて緊張感がまったく伝わってこないんだけど……?」

 「十香を救うには某白雪姫みてえにキスしてこい以上、それじゃあ投擲ぃいいいいいいいいヒャッハァアアアアアアアアアアア!!」

 「覚えてろよてめぇえええええうわぁああああああああああああ!!」

 詳しいことは夕騎にも説明されていないのでとりあえず琴里が伝えろと言ったことはすべて伝えた、ということで夕騎は思い切り士道をブン投げる。

 軌道は山なりに進んでいて十香が下手に動かない限り届くだろう。届かなかった場合は……やり直そう。

 きちんと十香に着弾したのを見送ると夕騎はほっと一息つく。

 急いで出動したためにインカムから盗聴できないがこれでキスさえすれば十香の力は封印される。

 ――と思った矢先、

 制御を誤ったであろう【最後の剣(ハルヴァンヘレブ)】の刃から光が雷のように漏れ出、地面を穿ち始める。

 「んがッ!?」

 飛び散っていた雷の一部が夕騎の口元に直撃する。

 「……これはこれで酸味が効いててイケるな。狂三の霊装はまったりとした口溶けだったが……じゃなくてッ!」

 思わず【最後の剣(ハルヴァンヘレブ)】の味に酔いしれそうになったのだがいまはそんな場合ではなかった。

 あちらがどうなったかと目を凝らしてみると士道と十香が見事にキスをしていた。

 すると剣にヒビが入り、十香の霊装が光の粒子になって消えていく。精霊の力が士道の身体に封印されているのだ。

 そして夕騎は、

 「インカム着けてくれば良かったチックショォオオオオオオオッ!!」

 そのプロセスを知るためにインカムを着けてこなかったことを果てしなく後悔したのだった。


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