デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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六玄ワールド
第八六話『動き出す復讐者』


 「ほんっとうに長かったよ、この五年は」

 夕陽はそう言うと雷光の剣を士道から引き抜き、その身体を軽く押す。

 たたらを踏んで士道は後退してき、倒れそうになるが慌てて立ち上がった十香に受け止められる。

 「ぶ、無事かシドー!?」

 問いかけても士道は苦しそうに息を漏らすだけだ。本来ならここで士道の中に封印されている琴里の霊力でこんな傷などすぐに治るはずなのだが――今回に至って治らない。

 「どういうこと……?」

 不審そうに呟く琴里に夕陽は近くにあった椅子を引いては座り、脚を組む。

 「簡単なことだよ。元々繋がれていた経路(パス)に霊力で介入して五河士道の中にある精霊の霊力を根こそぎ奪った。それだけ」

 「そんなことすればあなたの身が――」

 「何のための五年間だと思ってんのよ、人殺し」

 「っ!」

 人殺し、その言葉を投げかけられれば琴里は押し黙る。

 静まり返る空気の中、唐突に現れた夕陽に未だに状況を飲み込みきれない零弥は思わず問う。

 「夕騎は……? 夕騎はどこにいるのかしら……?」

 「いないよ、今までここにいた月明夕騎は――ただの残滓さ」

 それは何の冗談でもないことは夕陽の表情が物語っている。

 夕陽はそっと琴里に指を差せば状況を飲み込めない精霊達に真実を話し出す。

 「月明夕騎……私の兄貴は五年前、この五河琴里に焼き殺された(、、、、、、)

 その話をし始めれば琴里はまるで苦虫を噛み潰したような表情で口を結む。

 「五年前って言えばこの天宮市で未曾有の被害を生み出した大火災が起きたんだ。鳶一折紙の両親もこの日に死に、私の家族もこの日に死んだ。どうしてそんな火災が起こったと思う? わかるかな?」

 手を向けられ答えを求められたのは狂三。狂三は問いに頷けば静かに答える。

 「炎の精霊が誕生したから、ですわ」

 「うん、正解。そこの女が精霊になって制御しきれない力のせいで街を焼き尽くした。でもその中で一番初めに被害を受けたのは兄貴だった――本当は覚えてるんでしょ、五河琴里」

 「…………」

 「だんまりかよ。泣いてるあんたを慰めて励ましてくれた兄貴をお前は精霊の力を得て一番に焼いたんだろうが」

 棘のある言葉で攻め立てれば琴里はいつもの高圧的な態度はそこにはなく、ただ顔を逸らすだけだ。

 「五河琴里が精霊になったあの日、私も精霊になった。五河琴里を殺すために、でもそこに今倒れている野郎のせいで邪魔されて私は殺せなかった」

 憎しみを込めた視線を士道に向ければ十香は守るように士道を抱きとめる。

 過去に夕陽は確かに琴里を殺そうとしたが士道に阻まれた。その際に偶然士道の中に封印されていた琴里の回復能力を得ていたのだ。だからこそ零弥に斬られた夕騎の傷に回復能力が発動していた。

 「そして私は堕ちた、暗い暗い闇の底に。でも『あの人』は私に手を差し伸べてくれた。そして教えてくれた、これから私はどうするべきなのかを」

 「『あの人』……?」

 「私の天使の力を底上げするために【充電(ラーデゲレード)】を発動させて私は眠った。発動中動けない私の代わりに『あの人』は『私』という存在に<精霊喰い>の力を持った『月明夕騎』を上書きしたのさ」

 心の底から絶望し、いつ反転してもおかしくなかったあの時夕陽の前に現れたのは一人の女性だった。

 ノイズが掛かっていた人物と同一人物なのかはわからないが目的を失った夕陽に天啓を授けてくれた。夕陽はその言葉を唯一の心の支えとし、彼女に従った。

 「上書きしたのがどうして兄貴だったのかはわからないけど、その日から私の身体は心身ともに『月明夕騎』に生まれ変わった。そこから兄貴はDEM社に、そしてこの街に戻ってきた。あんた達が出会い、今まで過ごしてきた『月明夕騎』って人間はすでに殺されて()()()()()()()()()()()だったんだよ」

 「――っ!!」

 告げられた事実に衝撃が迸る。

 あのおちゃらけた態度も楽観的な思考も何もかもすでに存在しなかったと、ここまでの思い出が夕陽によって全否定されたのだ。

 「『あの人』の狙いは<精霊喰い>の力の向上。私の【充電(ラーデゲレード)】をするにあたってとても好都合だった。私の【充電(ラーデゲレード)】は傷を負う度にその傷を霊力に変換することが出来るんだから」

 <精霊喰い>の力を強化していくにあたって必ず傷を負うことがある。死というリスクは夕陽の天使には存在しない。

 『あの人』は<精霊喰い>の力を強化出来る。夕陽は復讐の準備を効率良く勧められる。互いに利益があったということだ。

 「本当はもっと早く出てくるはずだったんだけど上書きされた兄貴と約束してね。それまでは行動出来なかったんだ。オーシャンパークの時は少し顔を出せたけど完全にじゃなかったしね。でもこの点はウェストコットに感謝だね、彼の謀略のおかげで兄貴は二度目の死を迎えてくれた。おかげで出て来られたよ」

 凄絶な笑みを浮かべる夕陽だが今にも飛び出してきそうな八舞姉妹に人差し指を立てる。

 「おっと動かない方がいいよ。風より光の方が速いからね、下手な行動をすると――殺すよ」

 「ぐ……っ!」

 それでも動こうとした耶俱矢に軽く静電気程度の雷を与えれば耶俱矢は全身に痺れるような感覚が走り、その場で膝をつく。

 「それに今全員分の霊力を持ってるのは私だしやめといた方がいいよ。まあ霊力が返っても五年分の【充電(ラーデゲレード)】し終えた私には勝てないよ」

 過信ではなく確信。

 夕陽の表情には余裕しかなくただでさえ力を奪われている精霊達は抗うことが出来ない。

 「あなたは何のために出てきたの……?」

 「そんなの決まってるよ、復讐と……やり直しだよ」

 零弥の問いかけに答えた夕陽はあっさりと自らの目的を告げる。

 「鳶一折紙とは違って私の家族を奪ったのは五河琴里だとわかってるからね。過去の私が失ったもの以上に失わせて、絶望させて、殺す」

 「そんなこと――」

 「意味がないって言いたいんでしょ、十香?」

 折紙が琴里の命を狙ってオーシャンパークに乗りこんで暴れたことは無論夕陽も知っている。夕騎はシルヴィと戦っていたので夕陽もそちらで何が起こったかはわからないが彼女の性格からするにそんなことを言ったのだろう。

 しかし、自分は折紙とは違う。

 「意味はあるよ、他人(ヒト)の家族を奪っておきながらのうのうと笑って生きてきたクソガキに地獄を見せてやれば私の煮えたぎった気は少しぐらい冷める」

 そこには確かな憎しみが湧き出ていた。

 何を言われようとも絶対に許さないという確固な意志を持って。

 「でも琴里は力を上手く制御出来なかったんだぞ!」

 「あれは上手く制御出来なくて不可抗力だったんだー、私に霊結晶(セフィラ)を渡したあのノイズが悪いんだー。なんて通じるわけないでしょ。どんな過程があるにせよ私から家族を奪ったのは事実だし、許せるわけがない」

 十香の言葉は完成された憎悪を持つ夕陽の心を揺るがすことが出来ず、夕陽は一息吐くと言葉を続ける。

 「それで復讐と同時に世界をやり直す」

 「世界を、やり直す……?」

 「そう。誰もが一度は『やり直したい』って思うでしょ? それを実現するのさ――まずは()()()()()()()()()()()

 夕陽から紡がれた言葉に一番早く反応したのは狂三だった。

 そんな狂三の反応に気付いてか夕陽は十香から視線を外すと狂三に向ける。

 「『始源の精霊』を殺して精霊のいない世界に過去を変えたい、狂三の目的と私の目的はある種一致してると思うんだけど。良かったら一緒に来る?」

 おそらく夕陽の言う『精霊なんていない世界』にする方法は狂三が思っている以上のものなのだろう。

 だが今の狂三では『始源の精霊』を消滅させる良い手段が浮かんでいない。

 「……駄目よ、時崎狂三」

 「零弥さん……」

 夕騎はすでにいない人物だと伝えられても平常心を保っている零弥は諭すように狂三の名を呼ぶ。

 だが狂三の中ですでに答えは決まっていた。

 「――その話、乗らせていただきますわ夕陽さん」

 「狂三!!」

 「零弥さん、申し訳御座いませんわ。ですがここで絶好の機会を逃すわけにはいきませんの」

 「オッケー、それならこっちにおいで」

 巫女服姿から霊装へ変化させると狂三は立ち上がり、夕陽の後ろへと行ってしまう。

 奥歯を噛みしめる零弥に夕陽は視線を向ければ彼女にとって有益な情報を漏らす。

 「さっき兄貴はそもそも死んだって言ったけど実は一つアテがあるんだ。私が顕現したってことはもう一度会えるかもしれないけど、零弥も来る?」

 「…………行かないわ。ここには私が守るべきものが沢山あるの。かもしれない、それだけの情報で全てを捨てて行くわけにはいかないわ」

 「あ、そう。それじゃあいいや、他の精霊達も私に付く気はないみたいだし。今回はこれまでにしておこっと」

 よっと椅子から立ち上がった夕陽は特に手出しをすることもなく踵を返して背を向ける。

 琴里が目の前にいるというのに手を出さないということはまだ復讐の準備を終えていないからだろう。

 最後に夕陽は振り向くと――

 「――思い知れ五河琴里、私の怒りを」

 そう言って夕陽は狂三を連れて去って行った。

 残されたメンバーは途方もない殺意と威圧感から解放され心臓が今も高鳴るがあまりにも損害が大きすぎた。

 夕騎、士道、そして精霊全員の霊力、もはや夕陽に立ち向かう術はないに等しかった――

 

 ○

 

 「…………私のせいよ」

 『集中治療室』と書かれた部屋の前で琴里は額に手を当てて今にも零れ落ちそうな涙を懸命に堪えていた。

 ここで涙を流してしまえば今まで黒いリボンを着けている時の『強い自分』さえ瓦解し、『弱い自分』へ戻ってしまうと思ったからだ。

 あれから士道は<フラクシナス>に運ばれ今も治療を受けている。何せ刺された箇所が雷光の剣で焼かれ、不自然に癒着されて治療用の顕現装置(リアライザ)でさえも助かる確率は五分五分といったところらしい。

 座っている面々の表情はどこも重苦しいものだ。帰ってきたと思えばまた夕騎を失い、士道は生死の狭間に立たされている。

 夕陽と狂三はあれから完全に姿を潜めた。どこにいるのかもわからず、こちらは後手に回ることを強いられている。

 先手を取れたとして出来ることなど皆無だ。

 士道が倒れていなかったとしても夕陽の好感度は地の底、そして単純な戦闘能力にしても精霊八人分の霊力を持つ夕陽の方が圧倒的に上。

 夕陽を止める術は――本当にない。

 「どうすれば……」

 「大丈夫だ琴里、シドーはきっと助かる。だからいつまでもくよくよしてはシドーが哀しんでしまうぞ」

 「十香……」

 十香も士道のことが心配でたまらないはずなのに琴里に気を遣い、励ましてくれる。

 「…………私は」

 思えば過去の夕騎もこうしてくよくよ泣いていた自分を同じように励ましてくれた。

 あれは士道と些細なことで言い合いになり公園で一人ブランコに乗っていた時のことだ。

 (よっちびっ子、泣いてんのか?)

 (……だれ?)

 (俺の名前は夕騎、月明夕騎。そんでどうしたんだ?)

 突然現れて隣のブランコに乗った夕騎は見ず知らずの琴里の話を聞いてくれた。

 どうすれば仲直り出来るのかと相談すれば何も迷わず琴里の悩みなど小さなものだと笑い飛ばす。

 (喧嘩したなら謝ればいいべ。兄っつうモンは妹にとことん甘いんだ、だからきっと許してくれる)

 (……ほんと?)

 (ああ、本当さ。俺にも妹がいるからよーわかんだ)

 せっかく勇気を貰ったというのに琴里はそんな夕騎を――殺してしまった。

 途方もない罪悪感に押し潰されそうになった琴里を他所に集中治療室の扉が開き、中から令音が現れる。

 「……終わったよ」

 「シドーはどうなったのだ!?」

 「……安心したまえ、峠は越えた。後は時間が経てば意識を取り戻すだろう」

 「ありがとう……ありがとう、令音」

 令音は今にも崩れそうな精神状態の琴里をそっと抱きしめればまるで母親のように頭を優しく撫でる。

 「……諦めなければ必ず活路を見出せるさ」

 しかし、この時は誰も知らなかった。夕陽がどこまで本気なのか、を――

 

 ○

 

 「夕陽さん、これから一体どこへ向かいますの?」

 「まずは行動の拠点となる場所を取ろうと思っててね。さっきもアテがあるって言ったでしょ」

 天宮市から出た夕陽はどこかにアテがあるのか狂三を先導するように飛んでいる。

 夕陽の態度は士道達から離れれば棘がなくなり、声音も柔らかなものとなっている。狂三から見れば歳相応のものだ。

 「ここからこの速度だと……少し時間がかかるかな。狂三ちょっとこっち寄って、速度上げるから」

 「はい、わかりましたわ」

 手招きした夕陽は狂三の身体を包むように抱きしめれば霊装を顕現させる。ボディスーツのような服にドレススカート。上半身に巻きつくベルトに三六○度材質不明の光のマントのようなジャケットが身体を覆う。

 「それじゃあ飛ばすよ」

 夕陽の姿は一瞬にして残像も残さず消えたかと思えば抱えられている狂三が目で追えないほどの直進する。

 そこから数秒にも満たさなかった。

 狂三には見えなかったが夕陽はそのまま目標地点に突撃し、衝突音と共に雷撃が迸ったかと思えば夕陽の靴裏は地面を抉りながらも着地する。

 「はい、到着」

 「ここは……」

 「狂三は見覚えあるんじゃないかな」

 確かに夕陽に言われた通り狂三には見覚えがあった。

 過去に兆死が持ってきた情報を元に一度来たことがあるDEM社が管理する人工島の一つ。

 人間の想いから生まれた精霊が守護し、最後には空中に浮かぶようになりバリアが張られていたはずだが夕陽が無理矢理押し開けたのだろう。

 「ここに何が……まさか」

 「察しが良ければもうわかったよね? ここを拠点にすると同時にもう一つ目的があるの」

 狂三が兆死と共にここへやってきたのには一つの目的があった。

 例の病室にいる瀕死の重傷を負った人間の正体を確かめる、それこそ目的としていたがあの精霊が思いの外地の利を得ていたおかげで追い出されたのだ。

 「さ、ちょっとこのままの体勢で行くよ」

 バチバチとジャケットから稲妻を迸らせつつ何かを察知した夕陽がその場から飛び退けばそこから土で形成された槍がいくつも飛び出す。

 「<土寵源地(ゾフィエル)>ですわ。すでにあの方はわたくし達に気付いていますわね」

 「つまりこの島全体が『敵』ってわけね」

 枝分かれして襲い来る土の槍に夕陽は狂三を抱えて躱し、さらに稲妻を迸らせれば敵の正確な生命反応を感知する。

 「ちょうど二人……動く気はないみたい」

 「どうしますの? 躱すだけではわたくしの二の舞になりますわ」

 「わかってるって」

 夕陽は攻撃を躱しながらも身体に巻きついているベルトからピックに似た形状を持つ武器を取り出せばそれに雷撃を纏わせる。それはまるで牙のような形になると夕陽は挟むように指で構える。

 「【雷轟喰牙(ラスカティ・グローマ)(ワン)】」

 投擲された一撃は土の槍を容易く貫通し、そのまま一直線に閃光を描きながら突き進めば夕陽は笑みを零す。

 「よし、到達した」

 「…………?」

 狂三が疑問符を浮かべるが夕陽はそれを説明するよりも実行するよりも早いと思い、狂三から少し手を離して手を勢い良く合わせればその姿はまるで瞬間移動したかのように消える。

 次に狂三が見たのは前にも見たことがある白い病室。

 前と変わらず一人の少女と寝かされている包帯だらけの一人の人間がそこにいた。

 夕陽の足下には先ほど投擲した武器が突き刺さっており、これを印に転移してきたのだと狂三は確信する。

 「出て行って」

 少女は相変わらず敵意に満ち溢れているが今回はどこか余裕がなさそうに見える。

 それを知ってか夕陽に退く気配はなく反対に手を軽く構えれば少女も警戒して構える。

 「危害を加える気はないよ。それに壁に覆われているならまだしもこうして面と向かった時点でもう詰みだよ」

 「…………」

 先ほどの猛撃を躱したあの速度は確かに少女が出せるものではない。

 このまま戦えば勝ち目は薄いだろうがそれでも少女は眠っている人間を守るために細剣(レイピア)の切っ先を夕陽に向ける。

 「何があろうと、私はこの人を守る。絶対に手出しはさせない」

 「違うよ、私は戦いに来たんじゃないんだ。私ならその人を救える」

 「…………」

 「信じてもらえない、か」

 何があろうとも警戒心を緩めない少女に対し、夕陽は実行に移した。

 見えない速度で眠っている人間の場所まで移動すればその頬にそっと触れる。

 「――触るな」

 その行為が少女の逆鱗に触れたのかあらゆる速度を上回る夕陽でも一瞬焦るほどの突きがすぐ傍を過ぎ去っていく。

 「落ち着きなって!」

 表情は変わらないが怒りに満ちた少女は夕陽の言葉を聞かずに再度攻撃を放とうとするがその手に触れる者がいた。

 「っ!」

 今まで動きもしなかった眠っていた者がぎこちなく左腕を動かし少女の腕に触れていたのだ。

 すぐに少女は細剣(レイピア)を放せばその手を掴むと頬へ誘導する。

 「これで証明されたでしょ? 私の言葉信じてくれたかな?」

 「…………」

 「でもタダじゃない。見返りとして私を手伝って欲しいんだ」

 夕陽の言葉に救ってもらった立場である少女は肯定するしかなかった――


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