デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

86 / 110
第八四話『大切だった者に似ている』

 「二条……」

 夕騎と別れた後、<フラクシナス>に戻った十香によって医療室で眠らされている二条は未だに目覚めなかった。

 十香はすぐ傍に座って二条の様子を見ているがあれから変化は起きていない。

 外の戦いがどうなったのかはわからないが<フラクシナス>にはすでに零弥、四糸乃、美九、きの、真那と次々と帰ってきており、それぞれ治療と検診を受けている。

 十香は二条と離れたくないと懇願し、霊装を纏ったままこの場にいるのだが士道は心配そうに十香を見る。

 「十香、お前も休んだ方がいい。無傷じゃないんだろ?」

 「大丈夫だシドー、こんな傷大したものではない」

 士道に何を言われようとも十香は動く様子を見せない。

 反転体と化した二条との戦いは決して無傷で終わったわけではないのだ。

 見れば顔に青痣があり、他にも腕や脚にも同様な痣や切り傷がある。霊装越しでこれほどのダメージを負っているのだ。見ているだけでも痛々しく、早く診て貰った方が良いというのに十香は頑なに二条の元から離れない。

 「――二条の様子は……?」

 「まだ目覚めてない」

 ノック音が響き中に入ってきたのは治療と検診を終えた零弥。彼女も顔に湿布を貼っており、エレンとの戦いが決して楽ではないことを示している。

 零弥を迎えた士道だが十香は入室してきた零弥に気付かないほど二条の身を案じており、零弥はそっと十香を後ろから抱きしめる。

 「大丈夫、きっと夕騎が助けてくれるわ」

 「…………うむ」

 傷口はとうに塞がっているというのに目覚めないということはやはり精霊にとって霊結晶(セフィラ)は精霊という存在の核となっているのだ。零弥も治療中に聞いたが夕騎は二条の霊結晶(セフィラ)を取り戻すためにウェストコットと交戦したとのこと。

 夕騎なら絶対に勝っている、零弥はそう強く確信していた。

 

 「――待たせたな、みんな」

 

 「夕騎!」

 何食わぬ顔で<フラクシナス>の医療室に現れたのは夕騎。

 にこっと笑んだその手に掴まれているのは灰色の霊結晶(セフィラ)

 「言っただろ? 俺は負けないってな」

 「ああ、ああ!」

 夕騎の言葉に何度も頷く十香を見て夕騎も一度頷くと今も眠っている二条の元へ寄る。

 「二条、お前の『トモダチ』が寂しがってるぞ。だから早く起きてやれ」

 そっと霊結晶(セフィラ)を二条の身体の上に置くと本来の持ち主の元へ戻ったことで簡単に溶け込んでいく。

 そこから一分ともかからなかった。

 今まで深い眠りについていた二条の瞼はゆっくりと開かれていき、上半身を徐々に起こす。

 「……あれ、ここは……? ユーくん……? 十香……? どうしてボクはこんなところに……?」

 「――二条っ!!」

 「わ、わわ!? どうしたの十香!?」

 目覚めた二条に涙を堪えきれなくなった十香は半ば飛び出すようにして二条を抱きしめる。

 「ちょ、ちょっと、十香……。く、苦しい……」

 「二条! 二条! 本当に良かった!」

 割と強めに背中を叩いてギブアップを示す二条に対し喜びから声が聞こえていないのかさらにぎゅっと力を込めて抱きしめる。

 「ぎゃーっ!」

 「十香! せっかく目覚めた二条がまた倒れるから落ち着きなさい!」

 このままだと再会の喜びで背骨をへし折られそうになっている二条に零弥もさすがに止めに入って一旦十香を二条から引き離す。

 「十香……その顔」

 「む、これか? 気にすることではない。二条が戻ってくれればこんなのはどうでも良いことだ!」

 反転体となった精霊のほとんどが反転体の時の記憶を持っていない。だから十香の傷がどうしてついたのかわからない二条は頭に疑問符を浮かべるが夕騎の姿を見ると目を見開く。

 「え、何でユーくん生きてるの!?」

 「えー。今さらかよー」

 意識が途切れる前に夕騎の身体に風穴が空いてそのまま倒れたのは覚えている。

 この場にいた夕騎以外の全員がそういえばと思い一斉に夕騎の方を向けば夕騎も反応に困る。

 「助けて貰ったんだよ、妹に。それとキャラ崩れてるぞ二条」

 「あっ……、ぶ、無事で何よりですユーくん」

 「夕騎の妹……見てみたいものね」

 あれだけの致命傷を治せるのだから相当なものだと思った零弥が夕騎の妹――夕陽に興味を持つと夕騎は呟くように声を出す。

 「……もうすぐ会えるさ」

 「え……?」

 「――二条ちゃんはどうなったんですかーっ!?」

 「ぎゃ、おっぱいオバケ!」

 夕騎の言い方に何か曇りを感じた零弥だが大きな音を立てて扉を開けた美九の乱入によりそれ以上追及出来なくなってしまう。

 美九は入ってくると同時に二条を抱きしめようとするが十香の時とは違って二条は腕をクロスさせる。

 「バーリアっ! はいこれでおっぱいオバケはボクに触れないよ!!」

 「むむー。バリアを張られたら触れませんねぇ、残念ですー」

 子供かとツッコミたくなる光景だが美九にしてはやけにおとなしく引き下がったかと思えば今度は夕騎の方へ振り向く。

 「だーりーんっ!」

 「はいはいおいでハニー」

 腕を大きく開いてこちらへやってきた美九を抱きしめ頭を撫でていると二条はぐぬぬ……と唸り声を上げ、思わず腕を解除してしまう。

 「わーっ! やめろーっ! ユーくんを離せーっ!」

 「はいバリアは解けちゃいましたねー」

 「謀ったなおっぱいオバケ! ぎゃーっ!」

 巧妙な罠にかかった二条は美九に抱きしめられ、抵抗するものの頭を何度も撫でられる。

 「……本当に良かったですぅ」

 「うぬぬ……」

 心の底から二条が帰ってきたことに喜びを示されると二条も振り払うに振り払えなくなってしまい、色んな感情が入り混じった表情になる。

 「くくく、かような無邪気な小娘が新たな精霊か?」

 「挨拶。どうも、夕弦も耶俱矢も今戻りました」

 そこに今戻ってきた八舞姉妹も参加して二条は美九に絡まれながらも八舞姉妹を見れば――

 「すっごい破廉恥な格好してる! ち、痴女だ!!」

 「なっ!? 痴女じゃねえしこんにゃろーっ!!」

 「きゃーっ!」

 二条の言葉に初対面で素が飛び出た耶俱矢はそのまま二条の方へ突貫していき、飛び込んでボディプレスをして戯れ始める。

 「お前ら一応怪我人なんだからあまり暴れるなよ……」

 「まあいいじゃねえの、何か平和が戻った感じでよ」

 ベッドの上で戯れる精霊達を見れば士道も夕騎も何だかおかしくなってくる。

 すると次に入室してきたのは琴里と四糸乃。後ろにはきのと真那も顔を覗かせていた。

 「その様子だともうみんな平気なようね」

 「ああ、みんな無事で良かったよ本当に」

 「……すげえ、ここにいるほとんどが精霊だ」

 二条、四糸乃、琴里、八舞姉妹、美九、十香、とおよそ七人が精霊という圧巻な光景を目の当たりにしていると夕騎の視界の下からぴょんぴょん跳ねながら存在をアピールするきのがいた。

 「何だよきの、ひまわりの種でも食いてえのか?」

 「唐突にハムスター扱いですか!?」

 「きの二等兵は<精霊喰い>に褒めて欲しいんですよ。それと真那から一発」

 「ごふぅ! な、何故に!?」

 いきなり真那から腹パンを食らった夕騎はわけがわからず身悶えるが真那は尚も拳を握り締めている。

 「迷惑料と……心配させた分でいやがります」

 「真那ちゃん……キスしてやろうか?」

 「何でそうなるんでいやがりますか!?」

 急によくわからない展開になった真那にルパンダイブする夕騎。

 零弥が止めようとした刹那――夕騎に銃口が向けられる。

 「他の精霊さんならまだしも真那さん(にんげん)に手を出してはダぁメですわよ、夕騎さん」

 「く、狂三!?」

 「<ナイトメア>ッ!」

 すぐにでもCR―ユニットを展開しレイザーブレイドを構えようとした真那だが影から現れた狂三達に取り押さえられる。

 さらに狂三は分身体を展開し、他の精霊達には拳銃の銃口を向ける。

 「ただでさえ狭い部屋だってのに……何の用よ狂三?」

 「あなたに用はありませんの炎の精霊さん。用があるのは――二番目の精霊、あなたですわ」

 「はい、そうだと思いました」

 出会ってすぐに振り切ったので狂三の疑問に答えなかったもののここまで追ってくるとはよほど知りたいことがあるのだろう。

 「みなさん、ボクは大丈夫ですからこの人と二人にしてくれませんか?」

 「だが二条、狂三は……」

 「そんなに心配でしたら夕騎さんなら同席を認めますわ」

 夕騎の方を一目見た狂三はそう言うと笑みを浮かべ、夕騎も頷く。

 「まあ俺もいるし狂三が危害を加えるってのはなさそうだからみんな一旦出て行ってくれ」

 警戒する零弥にも大丈夫だと手振りで示すと零弥は息を吐き、十香達を引き連れて部屋から出て行く。

 「何かあったらすぐに駆けつけるわ」

 「おう、ありがとな」

 零弥を見送ると部屋の中に残されたのは狂三、夕騎、二条の三人。

 あれだけ騒がしかった室内も一瞬で静まり返ると狂三はスカートの端を軽く抓んで一礼し、挨拶する。

 「改めましてわたくしは時崎狂三、よろしくお願いしますわ」

 「ボクは二条……沙耶です」

 狂三の苗字と名前を聞けば何を張り合ったのか二条も自ら唐突に『沙耶』と名前を付ける。

 「では早速質問させていただきますわ。あなたは精霊の中で唯一『始源の精霊』についてご存知なのでしょう? あなたの知っている『始源の精霊』ついて全て教えて貰いたいのですわ」

 「……それを知ってあなたはどうする気ですか?」

 「殺すために、わたくしは知らなければなりませんわ」

 「あなたがどんな思いで始源の精霊(あのひと)を殺そうとしているかはわかりません。ですがやめといた方がいいですよ、何故なら――」

 二条によって語られる『始源の精霊』については狂三にとってとても有益な情報(もの)とは――ならなかった。

 突き付けられる様々な現実に狂三の『始源の精霊を殺す』という野望を果たすための希望が薄れていく。

 「つまり直接殺すのは精霊(わたくし)では不可能、というわけですわね」

 「そういうことですね。それに関わること自体やめた方がいいです」

 「そういうわけにはいきませんわ」

 何があっても必ず『始源の精霊』を殺害する。そして過去を変える。

 何を言われようとも狂三の目的に変更はない。

 狂三は過去に縛られている、夕騎は真剣な表情を浮かべる狂三を見てそう思った。

 ここで自身が士道ならば未来を見て生きろと狂三の復讐に近い野望を止めようとするだろうが夕騎は何も言わなかった。

 夕騎もまた過去に縛られている者だからだ。逃げられない過去に囚われ、未来を見ることなどもうないからだ。

 「…………」

 あと少し、夕騎が夕騎ではなくなる日はすぐ傍まで来ている――

 

 ○

 

 「……時崎狂三」

 「あら、零弥さん」

 狂三を真っ先に殺そうとしている真那もいるというのに呑気なものだと零弥は通路の壁に背を預けながら話しかければ狂三も気付き、そちらを向く。

 満月が浮かぶ夜。二条と話を終えたはずの狂三は未だに<フラクシナス>の中へ留まっている。

 目的はわからないがまだこの中に留まっているなら零弥にとって好都合だ。

 「夕騎は?」

 「二条さんが甘えたそうにしていましたので二人きりにして差し上げましたわ。二条さん、見た目以上にわかりやすい方ですわね」

 「時崎狂三もわかったのね」

 「うふふ、二条さんはまだまだ外のことを知りませんからわかりやすいですもの」

 笑って、狂三もまた通路の壁へ背中を預ける。

 狂三の様子を見て零弥は狂三の変化を感じ、つられて笑みを零す。

 「こんな時だから言うけど、初めはずっとあなたのことを警戒してたわ」

 「あらら、随分と急なお話ですわね」

 「あなたと二人ってそうないじゃない。だから本音で話し合おうと思って。駄目かしら?」

 「今日は月もお美しいことですし、しんみりと本音を語り合うのも悪くありませんわ。どうぞ続けてくださいまし」

 互いに顔を向けず、されど離れることなく狂三にそう促されれば零弥は一度軽く頷けば続ける。

 「何を考えているのかわからなくて、人殺しの精霊で、そんな精霊が夕騎や士道に何かの目的があって近付くなんてこれ以上に警戒することはないでしょう?」

 「零弥さんにそんな風に思われていただなんて悲しいですわァ、泣いちゃいますわァ。えーん」

 「――でも、いつの間にか私はあなたのことを認めていたわ」

 目元に手を当ててわざとらしい泣き真似をする狂三を零弥は完全無視し、述べれば狂三も自然と泣き真似をやめる。

 「してきた行いは決して善行ではないにせよ、あなたは真っ直ぐに信念を持って行動している。そういうのは嫌いじゃないわ。それに、ただ精霊ってだけじゃなくてそういうところがあるからこそ夕騎もあなたに惚れたんじゃないかしら?」

 「ふふ、そう言っていただけると嬉しいですわね。零弥さんが話してくださったのでわたくしも少しだけ本当のことをお話しますわ」

 口元に手を当てて上品に笑む狂三はそう言うと一拍空けて話し出す。

 「わたくしは初めからずっと零弥さんに嫉妬していましたわ」

 「あなたが……?」

 「はい。零弥さんはいつも夕騎さんと一緒にいて、幾多もの思い出を作って、とても羨ましいと思いますの」

 「それならあなたもここにいて夕騎と一緒にいればいいじゃない。霊力を封印すればあなたもきっと夕騎と色々な思い出を作れるはずよ」

 羨ましげに言う狂三に零弥が提案を伝えると狂三は一瞬目を丸くするがすぐに首を横に振るう。

 「わたくしはまだ<刻々帝(この力)>を失うわけにはいきませんの。どうしてもしなければならないことがありますから」

 「さっき二条に聞こうとしていたことに関係あるのね」

 あれだけ精霊がいる空間に乗り込んでくるほど狂三が二条に聞きたがっていたということはそこまで重要なことなのだ。

 零弥の推測に狂三はそっと頷く。

 「この際だから同じ殿方に惚れた誼として零弥さんにはお教えしますわ。わたくしの目的は『始源の精霊』を殺すことにありますの」

 「……殺してどうするのかしら?」

 「過去を変えますの。ですが二条さんから精霊(わたくし)では『始源の精霊』を殺すことは出来ないと知らされて今は消沈中ですわ」

 「今のあなたを見ているととても消沈しているようには見えないわね」

 「うふふ、もう次の手を思いつきましたので」

 「そもそも消沈してないじゃない」

 そう言って二人は揃って笑みを零す。

 出会って当初はこんな風に笑い合うことなど絶対に不可能だったはずだが夕騎という繋がりが歯車の合わない二人の間に新たな歯車を作り出し繋いだ。

 笑い合う中、不意に狂三は声を漏らす。

 「……零弥さんと夕騎さんは似ていますの」

 「…………?」

 「わたくしの姉とその婚約者に、とても……」

 寂しそうな声音を放つ狂三にはいつもの余裕はなく、こんな狂三を見るのは初めてのことだった。

 そんな狂三に零弥も思うところがあったのか華奢な狂三の身体をそっと抱きしめる。

 「過去のあなたに何があったかはわからないけれど今はこうしてあげるわ」

 「ふふ、こういうところも……似ていますわね。でもありがとうございますわ」

 どこか懐かしさを感じながら狂三は零弥に少しだけ身を預ける。

 零弥はぽんぽんと優しく狂三の背中をあやすように触れながら伝えるべきことを思い出す。

 「明日夕騎にちょっとしたサプライズをするの」

 「サプライズ、ですの……?」

 「ええ、いつも頑張っている夕騎へのお礼にね。少しでも人手が欲しいところだから時崎狂三も手伝ってくれないかしら?」

 「はい、真那さんがわたくしに手を出さないように配慮してくだされば一向に構いませんわ」

 「交渉成立ね」

 どこか甘えるように身を寄せてくる狂三に零弥はしばし抱きしめたままでいたのだった――


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。