デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第八三話『大切な者への宣言』

 この世には『持っている者』と『持たざる者』がいる。

 ウェストコットは自身が『持たざる者』に生まれたことを年齢が二桁に達するまでに気付いていた。

 大企業の創始者である両親の元に次男として生まれた。

 歳の離れた兄はとても優秀でいつも比べられながら生きてきた。

 両親も兄に期待し、ウェストコットには――何も期待しなかった。当然ウェストコット自身も知って尚、兄の背中を追っていた。

 初めはいつか追い越してやろうと思って、しかし次第に両親はウェストコットに微塵も期待を持たなかった。どれだけ時を過ごそうがウェストコットが兄を越えることなどないと確信したからだろう。

 何をしても兄を越すことも出来ないし、両親はウェストコットを見ない。

 ウェストコットはいつも考えていた。

 ――何故世界にはこんなにも要素が入り混じっているのだろうか。

 人間は他者を愛することのみを出来ない。必ず他者を憎む感情がありウェストコットのいる環境では他者と比べ、その者の価値を見ることなく見下す。

 世界も矛盾しているものばかりだった。

 多くの戦争から多数の犠牲を得たことで世界平和を謳い、その実戦争による利益で成り立っている国は一向に戦争を止めようとしない。

 平和を望んでいるくせにその裏では戦争を終わらせたくないのだ。それのどこが平和を求めているのだろうか。

 先ほどの愛憎反転もそう。

 愛しているが故に愛が憎しみに転ずるきっかけは至って些細なこと。

 そんな些細なことで愛しているはずの者を殺してしまうという報道を何度か目にすることがあった。

 おかしい。愛するだけでいいというのに、何故正反対の憎しみへ変化するのか。

 この世の中には『だけ』、というものが存在しない。

 必ず何か有毒物(ふじゅんぶつ)が混じっている。

 いつしかウェストコットは心の内でずっと考えるようになっていた。

 ――どうすれば世界から有毒物(ふじゅんぶつ)を取り除けるのだろうか。

 自分が両親から愛されず、見放されているのはそういった有毒物(ふじゅんぶつ)が世界に入り混じっているからだ。だが一度疑問を持ってしまったウェストコットにとって家族などすでに些細なものだった。

 自身に圧倒的な力さえあれば一瞬で世界を一度全て洗い、有毒物(ふじゅんぶつ)を根こそぎ落とすことが出来るだろう。

 しかしそんな力など所詮空虚な妄想に過ぎない。具体的な案が出ないまま時は経ち、気付けばウェストコットは両親が経営している企業の取締役(マネージメント)に就任していた。

 このまま疑念を持ったまま何もない人生を過ごしていくのか、そう思われたある日。ウェストコットにとって天恵とも思える莫大な変化が起きることになる。

 (お前は人知を超えた存在というものを見たことがあるか?)

 (…………人知を超えた存在?)

 ろくに会話したことがない兄に珍しく呼び出されたかと思えば突然突拍子のない単語を投げかけられる。

 怪訝そうなウェストコットに兄は頷く。

 (ああ、そうだ。数週間ほど前に起きた不可思議な現象のことは知っているか?)

 そう言われて思い返せば奇妙な報道があったことを覚えている。

 とある荒野で突然地面に巨大なクレーターを生み出して跡形もなく周辺を吹き飛ばしたと。

 報道では隕石の可能性を示唆していたがその日地球に迫る隕石など一つも確認していない。

 (未知の可能性を感じ、何よりも早く私の方で調べさせたが気になるものを発見した。それは何だと思う?)

 (未確認生物(エイリアン)でも見つけたのかい)

 (近いな。しかし容姿はまるで私達『人間』と変わらない)

 (何だって?)

 そんなことは当然報道されていない。兄が金を使って完全秘匿にしているからだろう。

 (話はこれからだ。人間にしても格好はまるで人間とは違う。見たことのないような材質のドレスに身を包み、幻想的な姿から『精霊』と我々は称することにした)

 (そんな話を私にして何があるんだい?)

 (話はこれからだ。弱っていた精霊を捕らえた我々に精霊はさらに新たな可能性を見せてくれた。まるで魔法を扱ったような奇妙な力を扱ったのだ)

 (…………?)

 (それを『霊力』と仮名した。話はここからだ。我が社の更なる利益に繋がる霊力を基にし、魔法の力を科学の力で再現する顕現装置(リアライザ)の開発を始める)

 (顕現装置(リアライザ)……)

 (お前は取締役として今回のプロジェクトを指揮しろ。ウッドマンと共に必ず結果を出せ)

 精霊、霊力――顕現装置(リアライザ)

 奇しくもウェストコットの理想を実現するための要素は整いつつあった――

 

 ○

 

 (これが……精霊)

 地下の施設にて旧友のエリオット・ボールドウィン・ウッドマンはガラス越しで驚きの声を上げる。

 隔離され逃げられないように堅固な壁で覆ったその部屋の奥にはまるで罪人の如く磔にされた女性の姿があった。

 捕らえてからすでに数週間、一睡もしていないのか目の下にはすでに隈が出来ており表情はやさぐれたものへとなっていた。

 (なあウェストコット、彼女は――)

 (様々な実験をされているよ。傷を受けた場合再生するのか、人間と同様に妊娠するのか、未確認生物に対しての興味はつきないからね)

 (どうしてそんなことを……。もっと友好的に接するべきだっただろう)

 (ふ、この世界において人間より残酷な生き物など存在しない。これが人間の本性(サガ)だよ)

 戦争にしても捕虜の扱いと言えばこんなものだ。

 必ず待遇は良くない。拷問にかけられるのは当然、女性ならば陵辱を受ける。

 弱者に対する人間の態度などこれが当たり前なのだ。

 しかしウッドマンはウェストコットのこの言葉から疑念を抱くようになっていた。彼とは夢を語り合い、ウェストコットの『差がない世界』に同調し、その一歩になる顕現装置(リアライザ)の製作に尽力を尽くそうと思った。

 それなのに今のウェストコットの表情を見ればとても良い世界を作ろうと思っている者に見えなかった。

 ウッドマンの疑念を感じていたものの何も言わないウェストコットに始源の精霊は虚ろな目でウェストコットの双眸を見つめる。

 (……この世界に不満を持っているようだね)

 (っ!)

 中は完全な防音性のはずなのに精霊の声が鮮明にウェストコットの耳に届く。

 隣のウッドマンを見ても聞こえていないようでどうやら精霊はウェストコットにだけ話しかけているようだ。

 (……君達の作り上げようとしているものはもうすぐ完成するようだね。それで、完成した場合私の身柄はどうなるんだい? このままいつまでも実験台にされるのかい?)

 深く考えなくとも兄の性格を知っているウェストコットならわかる。

 顕現装置(リアライザ)の第一号が出来てそれから精霊が不要になろうともこのまま逃がすわけがない。逃がせば何をされるのかわからないというのにわざわざ損する道を選ぶこともない。殺すか、このまま実験体になり続けるのがいいところだ。

 (……そうか。私はこのままになるのか。しかし君はどうかな? このまま私が殺されてしまえば君の『夢』を叶える可能性は潰えてしまうよ)

 まるでウェストコットが考えていることを汲み取っているかのように精霊は尚もウェストコットに語りかける。

 (君達は知らないだろうが精霊の力の元は霊結晶(セフィラ)によって成り立っている)

 (……霊結晶(セフィラ)

 (それを持ち主が絶望すればするほど力を増し、その状態の霊結晶(セフィラ)を手にすれば君の夢は叶えられる力となる。『有毒物(ふじゅんぶつ)のない世界』、『差がない世界』、それが君の夢なんだろう?)

 全てを見透かしているようにウェストコットに語りかけてくる精霊。

 確かにこのままここにいて精霊でただ実験し続けたとしても夢が叶うことはないだろう。

 彼女の言う通り霊結晶(セフィラ)を得ることによってそんな力を手にすることが出来るのならば今すぐ目の前にいる精霊から確実に得たいところだが何せここは邪魔が多い。

 一度逃がして精霊が数を増やせばその分霊結晶(セフィラ)を得る機会も多くなる。

 その頃には顕現装置(リアライザ)の兵器化成功し、精霊がどれほど力を持っているかは不明だが対抗策にもなっているだろう。

 それならば――

 (くくく……乗るしかないな)

 (……ウェストコット?)

 ウッドマンの声も聞かずにウェストコットはそっと精霊の前から一旦立ち去れば顕現装置(リアライザ)に関するデータの全てのバックアップを取っておく。

 そして精霊の監査室に行けば――

 (…………?)

 突然現れた重役に監査人達も怪訝そうな表情を浮かべるがウェストコットは構わず拳銃を懐から抜いて引き金を引く。

 叫ぶ声もなくモニターに血の花が次々と描かれ、ウェストコットは凄絶な笑みを浮かべる。

 (これが私の『夢』への第一歩だ……)

 (ウェストコット!! 何をしているんだ!!)

 遅れてやってきたウッドマンはウェストコットの突然の行動にわけがわからずそう問いかけるもすでにウェストコットの手は精霊の拘束しているものを制御するコントローラーに触れていた。

 (私の『夢』を叶えるんだよ。そのために精霊の解放が必要なのさ)

 (やめ――)

 精霊はあれだけの実験台にされたのだ。今解放すれば確実に人間に憎しみを抱いたまま解き放たれることになる。

 ウッドマンはウェストコットの愚行を止めようとしたが間に合わず、精霊を拘束しているロックが全て解除される。

 一瞬にも満たなかった。

 ユーラシア大陸の中央、当時のソビエト社会主義共和国連邦、中華人民共和国、モンゴルを含む一帯が一夜にして消失した。

 これは後にユーラシア大空災と呼ばれる――空間震という災害を最も如実に表すものとなった――

 

 

 

 (ここは……)

 ウェストコットが次に意識を取り戻したのはどこかわからぬ土地だった。

 目の前にいるのは捕らわれていたあの精霊。

 (……ありがとう、君のおかげで出られたよ。お礼にいいことを教えよう)

 身体の各所が痛む中、精霊の声を聞きながらウェストコットが視線を彷徨わせればウッドマンの姿も近くにあった。

 それ以外生きている人間などどこにも見えない。

 (私はこれから精霊を増やしていく。そして私の理想を叶えるために色々この世界で準備をさせてもらうよ。君の『夢』を叶えたければ早く行動することだね。じゃないと君は私に利用されるだけでその人生を終えてしまうだろうから)

 そう言って最後に精霊は見せ付けるようにいくつもの宝石のような眩い輝きを放つものを顕現する。

 それこそ精霊が言っていた霊結晶(セフィラ)

 ウェストコットが何か言う前に精霊は姿を消したがどれだけ一瞬だったとしても霊結晶(セフィラ)の輝きは忘れられない。

 それからウェストコットは目覚めたウッドマンと共に掲げた理想を果たそうとするがウェストコットのやり方に不満を抱くウッドマンはそのまま道を違えることになる。

 このウッドマンこそ後にウェストコットと袂を分かち、精霊の保護機関<ラタトスク>の創設者となる者だ。

 それからウェストコットは各地を歩き、やがて戦地で一人の虚弱な少女と出会う。

 運命的な出会いだとウェストコットは感じた。この子こそ精霊を殺し得る可能性があるのだと心のどこかで確信していた。

 (……おいで、君の居場所をあげよう)

 その少女こそ人類最強の魔術師(ウィザード)となる――エレン・M・メイザースだった――

 

 ○

 

 「よう、起きたか」

 「…………これは、死に損なったのか」

 「いんやお前は確実に死ぬよ」

 瞼を開いたウェストコットが初めに見たのは夕騎の後頭部だった。そして妙な浮遊感を感じ、見ればどうやら自身は夕騎におぶられている状態になっているようだ。

 身体も妙に軽く、どこかに空洞でもあるのではないかと思えるほどだ。

 死ぬ、そう言われたウェストコットにも充分な自覚がある。

 「ふ……結局私はあの女に利用されていただけなのか」

 「利用されてたとか知らないけどさ。あんた本当は世界なんてどうでも良かったんだろ?」

 「……いきなり核心を突いてくるね」

 夕騎はウェストコットの表情を見ずにいきなり核心を突く。

 ウェストコットの目的は反転体の魔王の力をもってこの世界に蔓延る有毒物(ふじゅんぶつ)を排除して真実(ほんもの)の世界にしたいと言っていた。だがどうにも違和感を感じたのだ。

 だから夕騎は自身が思ったことを言う。

 「本当は世界とかじゃなくて、誰かに認めて欲しかったんだろ。『ここにいてもいいんだよ』って、あんたも誰かからの『愛』が欲しかったんだろ」

 「…………そうかもしれないな」

 「だったらもう叶ってただろ。エレンが傍にいてずっと支えてくれてたじゃねえか。エレンがずっと証明し続けてくれてたじゃねえか、あんたはこの世界にいてもいいんだって。だから守ってくれてたんだろうが」

 「……ふ」

 駒と称したエレンにそこまでの情があったのか、ウェストコットは夕騎の言葉に思わず笑みを零す。

 「俺はどんな目的があったにせよ、あんたやエレンに一度命を救われた。結果的に俺があんたの命を奪うことになったけど、最後に少しだけ恩を返すよ」

 「……<精霊喰い>の力でも、くれるのかい?」

 「馬鹿抜かすなよ、俺のアイデンティティだぞ。それに――もっといいモンだよ」

 歩き続けた夕騎がウェストコットを降ろした場所は――エレンが倒れている場所だった。

 瓦礫に背を当ててうな垂れるエレンの隣にウェストコットの身体を置く。

 「……随分とおとなしくなったものだね、エレン」

 震える手をエレンの手に重ねればウェストコットの手に不思議と温かさが伝わる。

 すでに死んでいるはずなのにエレンの表情は微笑んでいるようにも見えた。

 「……温かいな。これが、人間(ヒト)の温もりか……」

 最後の最後で掴んだ真実(もの)、それは今まで最も近くにいた女性から教えて貰った。

 「それが唯一虚偽(にせもの)じゃない、あんたの真実(ほんもの)だ」

 「……笑わせてくれる、本当に……笑わせてくれる。しかし、どうしてか……」

 自嘲するかのように笑んだウェストコットの肩にエレンの頭が寄りかかる。

 「――今はとても、満足している……」

 そう言ってウェストコットはそっと瞼を閉じた。

 動かなくなったウェストコットに夕騎は大きく一礼し、過去に受けた恩の礼を示す。

 するとパン、パンと軽く手を叩く音が二つ。一拍開いて響く。

 「――あんたは……」

 振り向けばそこにいたのは、或美島で出会った麦藁帽子を被った女性だった。

 「やぁ、久しぶりだね。よくウェストコットを倒し、覚醒してくれた。私はとても嬉しいよ」

 麦藁帽子を取ってどこかへ投げ捨てた女性は素顔を晒し、夕騎の身体を抱きしめる。

 「君は知らなければならない。()()()()()()を――」

 「――ッ!!」

 抱きしめられた途端、今まで失っていた記憶が全て強引に夕騎の頭の中に入ってくる。

 嫌な感じだ。このインストールされるように脳が記憶を読み取っていき、夕騎の頭の中で映像を流していく。

 強引に入ってきているのに不思議と納得出来る。納得してはならないことも全て心よりも早く頭が納得していってしまう。

 「これで、君が生まれてきた意味がわかっただろう?」

 「…………あぁ」

 もうわかってしまった――今までの『月明夕騎』という存在がどれだけ嘘に塗れていたのかを。

 全部、全部が――嘘だったのだ。

 「これから君はどうするんだい?」

 不思議と涙は流れない。納得してしまっているから、だろう。

 夕騎は女性の問いかけにすでに決まった答えを出していた。

 

 「――勿論、精霊を殺す(すくう)よ」

 

 これが真の終わりの、幕開け――


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