デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第八二話『掴んだ先の地獄』

 「に、じょう……?」

 十香は一人困惑を隠せないでいた。

 突如として現れたウェストコットによって貫かれた二条はあれから一度も動かずに血を流して倒れ伏している。

 目の前にいるウェストコットは尚も笑い、掲げた手に霊結晶(セフィラ)が溶け込んでいくのも見える。

 しかし、どうしても十香は動けなかった。

 愛する友が眼前で倒れたのは――これで二回目。

 あの時と同じように思考が徐々に真っ白となっていく。

 「あ……」

 前が霞んでいくような気がした。自分の身体だというのに誰か別の人格に感情を上塗りされていく感覚が、全身に張り巡らされる。

 「――はい、そこまで」

 「っ!」

 嫌なイメージが十香の脳内を支配する寸前、十香の頭をぽんぽんと軽く叩く者が現れる。

 振り向けばそこにいたのは――

 「夕騎!」

 「よっ十香」

 狙撃され命を落としていたはずの月明夕騎だった。

 どうして彼が生きているのかわからない十香は何を聞けばいいのかわからなくなるが今はとにかく二条のことを伝えなければならない。

 「二条が、二条が……っ!」

 「わかってるよ」

 今にも泣きそうな十香の声に夕騎は安心させるために笑みを取り繕って十香の前を進むとちょうどウェストコットと視線が合う。

 「……やぁ、久しぶりだねユウキ」

 「ああ、相変わらず胸糞悪いツラだな」

 見ればスーツ姿だったウェストコットの服装は変化しており、それはまさしく王たる姿だった。

 霊装をローブのように身に包み、片腕に装備された篭手。白い髪を見事に反転させたかのような漆黒を纏う。

 夕騎はそんな外見の変化には触れず二条の身体を抱きかかえれば首から下げていた黒色の霊結晶(セフィラ)を咥え、接続(リンク)する。

 「属性(モード)<ナイトメア>」

 自身の額を二条の額に当てれば<刻々帝(ザフキエル)>の力を発動させる。

 見る見るうちに空洞となっていた二条の傷は塞がっていき、一命を取り留めるものの奪われた霊結晶(セフィラ)までは戻らない。

 夕騎は呼吸を取り戻した二条にいつものおちゃらけた口調ではなく真剣な口調で囁く。

 「誰一人、欠けちゃ駄目なんだ。だから――死なないでくれ二条」

 初めて出会ったあの頃は二条のことを救えなかった。己の非力さを呪い、強さを求めた。

 今はあの頃とは違う。何よりも強くなった。

 精霊を守りたい――その一心で。

 だから誰一人として欠けてはならないのだ。

 「これからなんだ、全て。二条の人生はここから始まるんだ」

 これから難しいことは沢山あるだろうがそれ以上に楽しいことに溢れている。

 自分がいて、零弥がいて、十香がいて、みんながいて、二条はきっとこれから多くのことを学んでいくだろう。

 そんな二条の幸せな人生を誰よりも心から夕騎は願っている。

 だからこそ、許してはならない。己の欲望のためだけに二条の命を危ぶめた男を――

 「十香、二条のことを頼む。霊結晶(セフィラ)のことは俺に任せてお前は二条を連れて<フラクシナス>に行ってくれ」

 「だが――」

 「安心しろ、今の俺は誰にも負けねえよ。それに士道はきっとお前の身を心配してる。安心させてやってくれ」

 夕騎はそう言って二条の身を十香へ引き渡すと自信に満ち溢れた誰よりも頼れる背を十香に向ける。

 初めは渋っていた十香もその様子にこの場に居続けても夕騎の邪魔をすることになってしまうと感じ、頷く。

 「任せたぞ夕騎」

 「ああ、任された」

 十香は夕騎の言葉を信じ、二条の身体を抱え直しどこにあるかはわからないがとにかく<フラクシナス>へと飛んでいく。

 その姿が見えなくなれば夕騎は改めてウェストコットへと向き直る。

 「随分と勝手な真似をしてくれたな。俺らが生きてる街をこんな風にしてくれてよ」

 「ふ、私にとってこの<殺戮群蝿(ちから)>を手に入れるためにはこんな街の被害なんて些細な犠牲さ」

 「こんなことしてまで手に入れた力でどうする気だよ」

 「始めるのさ、私の夢を」

 「そうか――」

 一度だけ、夕騎は頷いた。

 すると次の瞬間、ウェストコットの横顔に夕騎の蹴りが直撃していた。

 「ッ!」

 「他の誰かを踏み台にしないと叶えられねえ夢に、価値はねえよ」

 距離にして約ニメートル。夕騎は一歩踏み出す動きもなくノーモーションで消えたかと思えばウェストコットの顔を殴り飛ばす。

 ――消えた……? いやこれは瞬間移動の類ではないな。

 攻撃を受けながらもウェストコットの頭は冷静に働いていた。

 一度目は瞬きをした途端に蹴り飛ばされていたが二度目の拳ははっきりと見えた。全体の動き、ではなく初動が。

 身を屈めた途端、霊力がまるで雷の先駆放電(ステップトリーダー)のように眩く輝いたかと思えばその姿は消え、ウェストコットの身体は飛ばされていた。

 ウェストコットはこの能力を知っている。その所持者についても。

 ――彼女(、、)が協力しているということか。

 ウェストコットが『あの女』と称する女性にも『彼女』と称する少女にもそれぞれ別の目的がある。しかし二人にとってウェストコットが成そうとしている目的は共通で邪魔となる。

 介入してくる可能性としては『あの女』よりも『彼女』の方が遥かに高いはずだが今回は見逃してきた。

 考えられるのは――

 「兄に情が傾いたのと……力の最終調整(、、、、、、)か」

 そうわかればウェストコットは理解する。今回が千載一遇のチャンスであり、同時に一度目にして最後のチャンスなのだと。

 「それならば――こんなところで踏みとどまるわけにはいかないな」

 <殺戮群蝿(ベルゼブブ)>の輪が蠢動すれば接近した夕騎に対して触れれば骨すら残さず喰らう蝿の群れを解き放つ。

 夕騎は蝿の群れに対し、拳を構えたまま避けようともしない。そして次には蝿の濁流に飲み込まれてしまい、姿は見えなくなるがウェストコットが何か反応を示す前に蝿の群れを裂いた拳が直撃する。

 「もう夕陽に借りたこの力は要らねえな。お前程度に使うまでもねえ」

 「貴様……ッ!」

 屍肉すら喰らう蝿の群れに飲まれたはずなのに夕騎には何の損傷も見られない。

 蝿が触れれば蝕まれるどころか反対にただ夕騎がそこを通るだけで蝿は消滅させられる。

 この力を手に入れるためにどれだけ時間を費やしたか、そんなこと知ったことではないと言わんばかりに夕騎はウェストコットを凌駕する。

 「どうした、せっかく手に入れた力なんだろ?」

 「くっ……」

 <精霊喰い>の牙も使わず夕騎はウェストコットの攻撃に対し、無敵性を誇る。

 「【死屍砲蝿(ビルド・ジーカ)】ッ!!」

 ゼロ距離で発射されたそれぞれ極小の槍と化した蝿の一撃を夕騎は避ける素振りすら見せることなくその身に受ける。

 「そんな程度かよ」

 群れの中から伸ばされた手はウェストコットの顔面を掴み、そのままコンクリートの地面へ叩きつける。

 人間の力で叩きつけたとは思えないほどの威力で地面がひび割れる。

 「立てよ、これで終わりなわけねえよな」

 「…………」

 ――完全に覚醒している……。

 反転体となった霊結晶(セフィラ)を取り込み擬似的な精霊となったウェストコットの攻撃が何一つ聞かないことでそう確信する。

 【霊喰竜の鎧(アイン・ハーシェル・ダァト)】を身に纏った時はまだ完全に覚醒する直前だったが二条が倒れたことが引き金となったのか、夕騎の<精霊喰い>の力は完全に覚醒している。

 こうなってしまえば精霊が精霊である限り――絶対に勝てない。

 かと言って霊結晶(セフィラ)を手放すはずがない。手放せば文字通り瞬殺される。

 千載一遇のチャンスだと思っていたがそれはウェストコットの完全な思い違いだった。

 今回『あの女』が傍観を貫いているのはこうなること(、、、、、、)を確信していたからだろう。

 ウェストコットは長い間計画してきたどれだけの犠牲を取り払っても果たすと決めた悲願が『あの女』にとっては夕騎の覚醒のためのただの当て馬に過ぎなかったのだ。

 無論、そうなる可能性を考慮していなかったわけではない。ウェストコットは夕騎の今までの戦闘データを研究し、『あの女』への対抗策として手に入れる算段までつけていた。だが完全に力が予想していたものの上を行っていたのだ。

 霊力問わず精霊の攻撃を絶対に拒絶する体質――それこそが<精霊喰い>の真価。

 ――こんな呆気なく終わるのか……?

 このままでは確実に殺される。ただ殺されて終わるだけ。何も成し得ないまま終わるだけ。

 「…………エレン」

 耳に手を当て、ウェストコットはインカムからエレンへ連絡を取ろうとする。

 エレンを呼び戻せばまだ勝機はある。魔術師(ウィザード)ならば<精霊喰い>への明確な対抗手段と成り得る。

 独断行動を許したのは彼女が<フォートレス>に勝つことを確信していたからだ。それなのにエレンからの応答は一向に来ない。声が聞こえたかと思えば――

 『エレン・M・メイザースなら呼びかけても応答出来ないわ』

 「<フォートレス>……」

 それは<フォートレス>のものだった。偶然聞いていたのか、何にせよ彼女がエレンの代わりに出たということはすでに――

 『あなたもわかってるでしょう。彼女は死んだわ』

 事実を突きつけられたウェストコットは静かにインカムを外せばそれを地面へと捨てる。

 これで援軍すら期待出来なくなった。夕騎は小さくともウェストコットと零弥の会話が聞こえていたのか一息吐けば一歩踏み出す。

 「……ババアは死んだみてえだな」

 「…………」

 「なあウェストコット、お前何がしてえんだよ。お前にとってエレンは誰よりも傍にいてくれた大切な人間だったんじゃなかったのか?」

 その問いにウェストコットは鼻で笑う。

 「彼女も所詮、私の駒に過ぎない」

 昔からそうだ。共にいた時間は短かったものの何を考えているのか全く読めない存在だった。

 比べエレンはそんなウェストコットとずっと行動を共にしていた。どんな目的にせよエレンはウェストコットのために尽力を尽くしていたことも知っている。

 それなのにウェストコットはエレンのことを『駒』と斬り捨てた。

 その発言に夕騎は眉を顰める。

 「本気で言ってんのかそれ」

 「ああ、肝心なところで役に立たなかったと心からそう思っているよ」

 夕騎はその言葉を聞いて、明確に敵だとわかっているというのにウェストコットにどこか人間性を求めていたのが馬鹿らしくなってしまった。

 「――そうか、お前はやっぱり死ぬべき人間だ」

 一度頷けば対精霊用の長剣<ナジェージダ>を構えた夕騎は徐々に振り上げていく。

 しかし、ここでウェストコットの身体に変化が起きる。

 「…………何だ?」

 「ぐ…………が……」

 ウェストコットの身体の各所が不自然に膨らみ、膨張し始めたのだ。膨張すれば破裂し、血のような黒色の液体を炸裂させてまたその傷を塞ぐように膨張を繰り返す。

 何が起こっているかはわからないが夕騎はその場から飛び退き、一旦距離を取ればウェストコットだったものはどんどん破裂し、体積を膨張させていく。

 「なる、ほど……二度『絶望』し、力を求めれば……こうなる、のか……」

 掠れていくウェストコットの声を夕騎ははっきりと聞いていた。

 反転した状態でさらに力を求めた結果――それは今眼前で起こっている現象の引き金になった。

 身体は不気味に盛り上がり、元の体積の何十倍にもなったその姿は『醜い』としか言いようがない。

 凹凸の激しい肉体に生えるは百足の如き細い腕。そして一対の巨木の如き腕。

 脚というものは存在せず、代わりに足下には蝿を出していた輪が広がっては鈍重な肉体を宙に浮かせている。

 「……暴走? 拒絶反応なのか……?」

 元々精霊ではなかったウェストコットが霊結晶(セフィラ)を取り込んだことによる拒絶反応なのか、過剰な力を求めた代償としての暴走なのか。定かではないがウェストコットの身体は完全な『化物』となっていた。

 深く抉り込むように空いた眼窟を彷徨わせ、ウェストコットだった者が呻く。

 『こノ世界ハ、有毒物(にせもの)がありスぎル。ワたしガ望むのハ、真実(ほんもの)ダけの世界……。そレを成スには……今の世界ハ、あマりにモ、邪魔ダ……』

 そこに理性はなくただ己が掲げた理想のみを追求する化物の姿があった。

 化物と化したウェストコットから放たれた黒い液体が街全体に広がったかと思えば一度大きく波紋を描き、ドーム状に形を変えて夕騎を閉じ込める。

 「…………」

 閉じ込められて尚夕騎の思考は非常に冷静なものだった。

 夕騎は少しだけウェストコットを哀れに思うがこのまま放置すれば更なる被害を齎し、二条の霊結晶(セフィラ)はもう二度と戻らなくなってしまう。

 それに今のウェストコットは最早『精霊』と呼称して良いのかわからない風体をしている。反転体と化しても精霊の攻撃を寄せ付けなかった<精霊喰い>の力だが今回ばかりはどうなるかわからない。

 万全を期して戦うことを決意する夕騎。

 「二条、俺に力を貸してくれ」

 二条の霊力は夕騎に封印されてからまだ士道の元へ経路(パス)を通じて送っていない。だからまだ夕騎の身体の中に残っているのだ。

 「【霊喰竜の鎧(アイン・ハーシェル・ダァト)】」

 纏われるは<精霊喰い>最強の鎧。

 多種多様な色をした一○本もの尾を生やし、漆黒の鎧に身を包む。

 「真実(ほんもの)だけの世界に価値なんてねえ。毒のない人生なんて、それこそ有毒物(くうきょ)なモンだ」

 『――こノ一撃は避ケても、受けテも、貴様ノ命を殺シきル……ッ!!』

 蝿なのか液体なのか、最早真っ黒で視界すらままならぬ世界でウェストコットは全ての手を届かぬ天へ掲げる。

 掲げた上から霊力か、何かわからない物質が集約されていきそれは極大の輝かしい宝玉へと変化する。

 一撃に全てを込めているのがわかり、本人の言う通り避ければ街は壊滅。受けたところで夕騎の鎧が持つかどうかわからない。

 夕騎は振り下ろされた一筋の光源となった宝玉に対し、取るべき行動は一つ。

 「打ち返す」

 出来る、出来ない、ではない。やるのだ。

 <ナジェージダ>を突き刺し、一○本の尾全てを伸ばして右腕に纏わせる。

 地面を踏みしめ握り締めるは拳。当たればどうなるかもわからない宝玉による一撃に夕騎は堂々と真正面から拳で迎え撃った。

 瞬間、暗い世界に輝く眩い光。

 尾を纏った拳が宝玉に直撃するがそれは鎧越しでもわかるあまりにも重い質量を持った攻撃だった。

 このままでは押し潰されるのも時間の問題だろう。だが、夕騎の耳にはある声が聞こえた。

 (ユーくん、負けないでください)

 それは今眠っているはずの二条の声。

 もしかすれば霊力を封印する際に繋いだ経路(パス)が二条の思いを伝えているのかもしれない。幻聴だろうが何だろうが夕騎には聞こえただけで充分だった。

 どれだけ相手が身を『化物』にしようとも二条の思いを、十香の思いを、零弥の思いを、みんなの思いを受け取った夕騎に越えられない逆境はない。

 振り切られた拳。

 絶大なる威力を秘めた宝玉がたかが一人の拳によって歪曲し、やがて放った者へと返される。

 『そ、ンなバかなァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァぁぁぁぁぁぁぁッ!!』

 文字通り全力を持って放った一撃を返す術がないウェストコットだった者の巨体は穴を空けたかのように吹き飛ばされ、ドームを突き破り、空を覆う暗雲までも吹き飛ばしていく。

 何故ウェストコットが本物を望んだのか、それはわからない。

 ただ言えることは――

 

 「――お前が望んだ真実(ほんもの)は、ただの真っ赤な虚偽(にせもの)だ」

 

 晴れゆく空に降り注いだ一つの霊結晶(セフィラ)

 夕騎はそれを受け取れば化物から人間へと戻っていくウェストコットへと近付いていった――


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