デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第八○話『霊結晶』

 「なわわわわわわわわわわっ!」

 反転体となった美九と対峙しているきのと真那は防戦を強いられていた。

 容赦なく襲い来る怒涛の攻撃。街は破壊され、きの達の身体も無傷とは言えない。

 CR―ユニットも損壊し、身体のあちらこちらから出血している。

 『きの! 真那! もう少し耐えて!』

 インカムから<フラクシナス>である準備をしている琴里から激励の声が飛ぶ。

 現在きのの立てた作戦は着実に進んでいる。しかし、それが間に合うかどうか微妙なところだ。

 すると他の艦員から知らせを受けた琴里は少しだけ息を漏らす。

 『こんな状況だけれど一つだけいい情報よ。四糸乃のおかげで零弥が元に戻ったわ』

 「零弥さんがですか!」

 「それは良かったでやがりますね!」

 これで残るは美九と二条の二人。

 だが琴里からの情報によれば二条は十香と戦っていたのだが互いに極大な一撃をぶつけ合った直後から余波で監視カメラが壊れ未だに状況を把握しきれていないらしい。

 どうなったかは不明だが空に蠢いていた蝿の群れが消えたということは確実に変化が訪れている。

 それならばきのや真那は目の前のことに集中出来る。

 きのが立案した作戦が上手くいくのかはわからないが今全員がきののことを信じて行動してくれている。

 「裏切るわけにはいきません!!」

 スラスターを駆動させ、きのは空を舞う。

 魔力は光の粒子となって翼となり、神々しき姿が闇を照らす。あまりの速さに残像が光の軌跡を生み、美九の目を撹乱させる。

 「真那ちゃん! まずは近付いて美九さんの口を塞ぎます!!」

 「近付くことすらできねーんですよ! きの二等兵も知っていると思うんですが!」

 近付こうにも美九は声を発し続け、接近を拒んでいる。近寄れば随意結界(テリトリー)など関係なく身体がバラバラに分割されてしまうのだが回避しながらきのは見ていた。

 「人は永遠に発声することは出来ません。それは今の美九さんも同じです! 初めの頃に比べてだいぶ声量が落ちてきています!」

 言われてみれば戦闘をし始めた頃に比べ美九の声は小さなものへと変化している。

 DEM社での一件の時もそうだ。美九は天使を長時間使用し声を酷使し続けたせいで一時声が出なくなってしまっていた。

 つまり<邪歌滅姫(リリス)>は<破軍歌姫(ガブリエル)>と同じで長期戦には向いていない。

 持久戦に持ち込めば充分に動きを封じることが出来る。

 「言われてみればそうでやがりますね」

 「人類の意地ってものを見せてあげましょう!」

 「了解っ!」

 二つの軌跡が駆け巡り、美九はますます目に追えないものとなっていく。

 このまま声を出し続けている限り相手は近づけないが呼吸しなければならないタイミングが必ず来る。

 「……小賢しい」

 そしてタイミングが来てしまい、美九は発声するのをやめる。

 機会を窺っていたきのと真那は好機と考え一気に攻めてこようとするが二人は気付いていなかった。

 例え同種のものであろうとも<邪歌滅姫(リリス)>と<破軍歌姫(ガブリエル)>ではある一点において明確な違いがあることを――

 「…………ふ」

 美九は一度だけ笑んだ。わざわざ近付いてくれるとはこれほどまでにトドメを刺しやすい状況に自ら突っ込んできたのだ。

 突き刺したマイク型の拡声器は形を変え、まるでアンプのような形になればそれが四方八方に展開される。

 「<邪歌滅姫(リリス)>――【追想狂詩曲(ラプソディ・ハウリング)】っ!!」

 「「――ッ!!」」

 <邪歌滅姫(リリス)>は<破軍歌姫(ガブリエル)>と違って今まで発していた美九の声を全て録音出来るのだ。

 【埋葬曲(グラーヴマル)】、【剣舞曲(シュベアタンツ)】もその中に当然含まれており、その全てが放たれればどうなるか。今までその二つの技を見てきたきのと真那の二人ならわかる。

 確実に――死ぬ。

 

 「あらあら、そんなお顔をするものではありませんわ」

 

 『死』のイメージを覆したのは美九の騒音のような悲鳴の声ではなく、どこからか聞こえてきた少女の声だった。

 真那は誰の声なのか一瞬でわかったがきのにはわからない。だが絶対的窮地の状況はすぐに覆される。

 「これは……っ!」

 騒音を発していた<邪歌滅姫(リリス)>の拡声器は驚くほど簡単に地面に広がる闇の中へ飲み込まれていく。音を発する前に飲み込まれてしまえば殺人的な爆音は解き放たれることなく、残されるのは美九の身一つ。

 「まさかあなたに助けられるとは思ってもなかったでいやがりますよ、<ナイトメア>」

 影をそのまま纏ったかのようなフリルが多く付いたドレスの霊装を身に纏い、影から現れたのは――狂三。

 「きひひ、別に真那さんを助けたわけではありませんわ」

 「――っ!」

 すぐ傍に現れた狂三に美九は何かしようとするが複数の分身体が美九の身体を拘束し、声を発せぬように口を手で押さえる。元々力が強いタイプの精霊ではない美九には狂三達を振り払う力はなく、抵抗するものの狂三にとっては些細なものだ。

 「わたくしはそこにいるきのさんに一度助けてもらいましたの。だから今回はその恩を返しただけですわ」

 「あ……」

 きのも狂三の顔を見れば思い出す。

 夜三との一戦で追い詰められていた精霊だ。名前を聞く暇がなかったが真那が言っていた<ナイトメア>という識別名なら知っている。

 「あの時はありがとうございました。あなたのおかげで命拾いしましたわ」

 「い、いえ、あの時は私も必死で……。助けて貰ってありがとうございます!」

 「ふふ、やはり可愛いですわね。夕騎さんが気にかけるのもわかりますわ」

 「ふぁ!?」

 狂三はゆっくりきのに近付くと不意に頬にキスをする。

 いきなりの行動にきのは肩を震わせていると真那は敵意剥き出しな表情で狂三のことを見ている。

 「何しに出てきやがったんですか<ナイトメア>」

 「本当ですわね、あなただけでしたら確実に見殺しに出来ましたのに。あなたもきのさんを見習って礼を言うべきなのでは?」

 「ぜってー言いませんよーだ!」

 「可愛くないですわねぇ」

 くすくすと笑う狂三は真那のことを不愉快だと思っている節はなく、今回の介入に関しては何も目的がないように思えるがきのは挙手する。

 「あの、何か目的があるんですか?」

 「いいえ、特に今はありませんわ。ですから今回はきのさんに免じて協力しようかと思いまして」

 「何の気まぐれかは知らねーですけどきの二等兵。こんな悪魔の言うこと信用しねー方がいいでいやがりますよ」

 「真那ちゃん、この人は夕騎先輩が信用してる人ですから大丈夫です!」

 「ますます信用できねーですよ!」

 『きの、真那、狂三は信用出来ないけどもう準備出来たから今回ばかりは信用して。今回は狂三よりも反転体の美九の方が何をするかかわからないわ!』

 「了解!」

 「……了解」

 やけに不満そうな真那を見て狂三はまた笑み、真那はバツが悪そうな表情を浮かべるがそうしているうちにも上空から巨大な液晶ディスプレイは降り注ぐ。

 きのはそれを随意結界(テリトリー)を使って受け止めると今も狂三の分身体に抑えられている美九に向けて映像を再生する。

 「…………?」

 「これは美九さんがアイドルとしてライブに出ていた時の映像です!」

 不審げに自身のライブ映像を見る反転体の美九にきのはここで押し切らなければならないと理解していた。だから相手に身に覚えがなくとも何かを思い出すきっかけになればいい。

 「美九さんの歌は人を幸せにするものです! 私も落ち込んでいた時もあなたの歌を聴いていつも励まされました! ですからあなたの歌は絶対に人を傷つけるものではありません!」

 ライブの映像は流れていく。

 画面の中に映っている美九は楽しそうに歌い、踊り、その歌声は数多の観客を喜ばせる。

 今の光景を見ればどうだろうか。笑顔などどこにもあるわけがなく、代わりに広がっているのは無数の残骸。

 ライブの光景と今の光景に疑問を抱いたのか、狂三は抵抗する力が若干弱まっているのを感じていた。

 「………………」

 「そんな仮面で現実から目を逸らすなんて卑怯です! 何もかもから心を閉じて別の力に頼ろうとするなんて卑怯です!!」

 随意結界(テリトリー)で液晶ディスプレイを浮き上がらせればきのは拳を握り締める。

 「あなたは! みんなのアイドルなんです!! そして何よりあなたのファンである夕騎先輩の一番弟子である私が今からあなたを元の誘宵美九さんに戻してみせます!!」

 何発も受けてきたきのは知っている、夕騎がどうやって拳骨を打っていたか。

 取り押さえられている美九の顔を半分覆っている仮面にきのの拳骨が音を立てて炸裂する。

 「現実から、逃げないでください!!」

 華奢な美九の身体は狂三の拘束を抜けて殴り飛ばされ、大の字になって倒れる。

 後から仮面が割れる音が響き、美九は呆然と天を仰ぐ。

 そこに差し伸べられる小さな手――それはきののものだった。

 「――夕騎先輩ならこうするかなって思いまして」

 「……夕騎…………だーりん…………」

 反転体の美九の霊装が解けていく。元通りになり、服装も普段のものと変わらなくなっている。

 もう大丈夫だと感じた狂三は真那に何か絡まれる前に吉報を知らせることにした。

 「夕騎さんは死んでいませんわ、わたくしとの経路(パス)は今も繋がっていますし美九さんもお気づきなのでは?」

 狂三の言葉に美九は胸に手を当てて何かを感じると止めどころなく涙を溢れさせ、何度も頷く。

 「…………はい、はい。感じます、だーりんは生きてますぅ…………」

 「ふふ、それならもう暴れる意味はありませんわよね。それではわたくしはこれまでに、ごきげんよう皆さん」

 「あ、待ちやがれです!」

 真那が何かする前に狂三は分身体を率いて影の中へと姿を消していった――

 

 ○

 

 「く……意識が飛んでたか…………」

 戦闘の余波でクレーターだらけになった場所で二条は身体を起こしていた。

 手を見れば大鎌に変化していたはずの<殺戮群蝿(ベルゼブブ)>は柄だけになっており、砕かれたことがわかる。

 「アイツは……?」

 あたりを見渡し今まで対峙していた敵――十香を探せば少し離れた瓦礫の上で〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の柄を持ったまま倒れている。

 「相討ちか」

 互いの武器が砕かれているということはそれぞれの技がぶつかり合って相殺したのだ。

 それはあれだけ差があると思っていた実力に差がなかったことを如実に示しており、反転体の二条の自尊心を深く傷つける。

 「く、こんなヤツに手間取るとは……」

 破壊された魔王を修復するには少し時間がかかる。ここまで破壊されたのなら尚更時間がかかってしまう。

 そのことを不快に思い、<殺戮群蝿(ベルゼブブ)>の柄を放り投げると改めて十香へ目を向ける。

 「オマエは何なんだ」

 誰も答えるはずのない疑問を二条はぶつける。

 友達などと戯言を抜かし、自分を殺す絶好のチャンスを自ら捨て今こうして目の前で倒れている。結局何がしたかったのか、二条にはわからなかった。

 「――友達だ」

 「っ!」

 念のために霊力を束ねた手で十香の命を絶とうとした途端、その手首が掴まれる。

 今まで倒れていたはずの十香の目には光が灯っており、振り払おうにも力強く掴まれているせいで振り払えない。

 「く……っ! しつこいぞ!!」

 「どう言われても構わない、それで二条が元に戻れば構うものか!!」

 「どこからこんな力が……っ!」

 両手首を掴まれ二条はそのまま押し倒される。

 どうしようが力は十香の方が上で抗おうにも上から押さえられ、ただジタバタするしか出来ない。

 「少し眠ったおかげでシドーは最初に私が力を暴走させた時にどうしてくれたかを思い出した。今からそれを試す」

 「は……?」

 十香が士道と初めてデートをしたあの日、士道は今の夕騎と同じように折紙に撃たれ倒れた。

 初めて出来た友の死に憤慨した十香は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の操作を誤り、莫大な力を持て余していたところで何故かはわからないが復活していた士道に助けられた。

 もしかすればあの時の方法を使えば二条を助けられるかもしれない――そう十香は信じ、実行した。

 「――――ッ!?」

 自身の唇を二条の唇に押し当てる――唐突なキス。

 突然の行動にわけがわからない二条は暴れるも抵抗虚しく十香は離れない。土が剥き出しになった地面に二条の踵で引かれた線が増えるばかり。

 「んぐ、が……っ!」

 線を増やしながら瓦礫という背もたれまで引き摺るように下がった二条は足を上げて十香の腹部に押し当てれば蹴りこむように無理矢理引き離す。

 「げほっ……がはっ……。何をするんだオマエは……」

 「……駄目だったか」

 やはり士道のように上手くいかない。どうやらあれは精霊に共通して出来る行為ではなく士道だけの能力らしい。改めて確認させられると二条は口元を拭う。

 「オマエは何故オレにこだわる……? 何故オマエはそこまでしつこいんだ……?」

 「友が苦しんでいるのなら助けるのが当たり前だ。理由はそれだけで充分、他に理由なんて必要ない」

 「オレに助けは要らない……。救いは要らない……」

 「だったらどうして泣いているのだ」

 二条自身知らぬうちに二条の目からは涙が溢れ出ていた。

 頭を過ぎ去る覚えのない思い出が駆け巡り、その中に十香の姿があった。顕現した時、傍に倒れていた少年の姿もあった。過ごした時間は短かったがどれもかけがいのない思い出ばかり。

 「オマエを殺せば――」

 「いやその涙は私を殺したところできっと収まらない。ずっと虚しさだけが残るものだ」

 「………………オレは……ボクは……」

 記憶が、感情が、混濁していく。

 自身は世界を殺すために顕現した災厄の化身、それなのに目の前にいる一人すら殺せずにこうして追い詰められている。

 どうすれば正しいのか、どうすれば涙が止まるのか、もうわからない。

 自身が何者かさえ見失いかけた時、十香が二条に向かって手を伸ばす。

 「シドーは過去の私にこうしてくれた。だから今は――私の手を握るだけでいい」

 「…………っ」

 何もかもわからなくなった二条の手は徐々に十香へと伸ばされていく。

 自分自身、何を信用して十香に手を伸ばしているのかわからない。だがこの手を握ればどこか救われるのではないか、二条の心の中で淡い期待が抱かれる。

 あと少し、あと少しで二条の手は十香の手に――

 

 「――すまないね、君に戻られては私の悲願が達成出来ないんだ」

 

 「…………?」

 十香は奇妙な光景を目の当たりにしていた。

 二条から伸ばされた手は血塗れでその手はちょうど二条の胸の真ん中から飛び出している。

 「が…………っ! く、そ…………」

 糸が切れた操り人形のように二条の身体は倒れていく。

 代わりにそこに立っているのは――

 「貴様……」

 「やあ<プリンセス>、どうやら君に礼を言わなければならないようだ。君が二番目の精霊を弱らせてくれていたおかげで私は労せず霊結晶(セフィラ)を手にすることが出来た」

 アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット。

 十香もDEM社での一件で会った異様なまでに精霊を絶望させることに執着していた男。

 その男が今手にしているのは血に塗れた灰色の霊結晶(セフィラ)

 本来二条の中にあるはずのものが、何故――呆けた表情を浮かべる十香にウェストコットは見せ付けるように霊結晶(セフィラ)を掲げる。

 「これで手に入った、私の宿願を叶える――願望機が」

 十香が何か反応する前に霊結晶(セフィラ)はウェストコットの身体へと埋め込まれていく。

 蝿が再び溢れ出す、それはまるで世界の終焉を物語っているかのように――


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