デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

81 / 110
第七九話『魔鎧天剣』

 「あははははははははは!! それそれそれそれぇ!!」

 無邪気な殺意の塊が暴虐の爪を振るう。

 その爪は見えないが相対している八舞姉妹は風の流れで軌道を読み、暴風で防ぐか躱すかを繰り返している。

 幾度となく攻防を繰り返す中で八舞姉妹は薄々兆死が扱う天使――<死生爪獣(サリエル)>の正体に気付いてきた。

 「ねえ夕弦、あの子の天使ってさ」

 「応答。はい、夕弦にも大方予想することが出来ました」

 兆死は<死生爪獣(サリエル)>での攻撃以外にも霊装を展開し、黄金の石版からは何条もの霊力による砲線が繰り出される。八舞姉妹はその砲線にも対応しつつ距離を取っては再び合流し、

 「『見えない手』、だよね?」

 「同調。夕弦もそう思います」

 風の流れで大まかな形は掴んでいたがここにきて確信を得た。右手のような形をしており、爪は大きく伸びている。一撃で遥か後方まで切り裂いているのはまた他の可能性が考えられるがとにかくこれで兆死の天使の正体は露わになったというわけだ。

 「怪訝。しかし夕弦が推定するに爪の長さはあって二メートルほど、それであれほど後方を切り裂くのはまだトリックがあると思われます」

 「とにかく今の状態で防いでるんだしそろそろ攻めるよ夕弦!」

 様子見は終わりだと八舞姉妹は一斉に加速し、持ち味である速さで兆死に的を絞らせないように周りを飛んで撹乱する。

 「速いねェ!!」

 速さでは自信あった兆死だが流石にこの小回りで生み出される速度は追いつけないと思い、目が追いついた先では常に残像が織り成されていてとても目で追えない。

 「降れ降れ降れ降れ!!」

 目で追えない速度で動いているのならば追いつく速度まで減速させてやればいい。

 八舞姉妹の頭上の次元が歪んだかと思えばそこから夥しい量の【死士(ライツェ)】が降り注ぐ。

 耶俱矢は突撃槍で、夕弦はペンデュラムで激突を凌ぐがそれでも減速は免れない。

 「見ィつけた!!」

 耶俱矢のに比べ突破力が低い夕弦の方が減速するタイミングが早く、その時を逃さないと兆死は<死生爪獣(サリエル)>の爪を振るう。

 爪の一撃は横薙ぎで【死士(ライツェ)】を引き裂きながら夕弦に向かって襲い掛かる。

 「にゃろ!」

 【死士(ライツェ)】が思いの外邪魔をし回避行動に移れない夕弦に対し耶俱矢は突撃槍を投擲。矛を回転させて迫り来る敵を裂き突き進んだ先で<死生爪獣(サリエル)>に突き刺さる。

 「……へぇー」

 「夕弦大丈夫!?」

 「感謝。助かりました、耶俱矢」

 夕弦はそのまま呆けたような表情を見せる兆死に突貫し、蹴りの一撃を浴びせる。いくつもの建物を貫通して兆死の身体は飛ばされる。<死生爪獣(サリエル)>の手は離れてしまっていて防御に回せなかったのか、とにかくこれが八舞姉妹の初撃だった。

 「…………」

 飛ばされた先で自身の場所に戻した兆死は突撃槍が突き刺さっては血のような液体を見せる<死生爪獣(サリエル)>の手に凄絶に笑み、

 「スゴイ、すごい、凄いよおねえさんたち! こんなのはじめてだよ!」

 いつも兆死は『狩る側』だった。

 人間はどれだけ武装しても脆い。今までの人間は<死生爪獣(サリエル)>の正体を考えるどころか振るうだけで死んでいた。

 だが兆死と同じ精霊では話はまるで別だ。こうして精霊とまともに戦い合うのは初めてだが今初めて『戦っている』と実感出来る。

 「右手だけじゃ足りないなぁ(、、、、、、、、、、、)

 その言葉で空気は一変する。

 兆死の<死生爪獣(サリエル)>は何も手だけではない。手はほんの一部分、真の姿は兆死にしかわからないのだ。

 「うーん、今回はこれでお開きかな。【死士龍(ライツェ・ドラグオン)】」

 あれだけ嬉しそうにしていた兆死だが呟くとその目から気力がなくなったようになり、代わりに歪んだ次元から現れたのは死体が束ねられて創り出された汚物の龍。

 「待ちなよ!!」

 「じゃあねおねえさんたち、次会う時はおねえさんたちも本気で来てよ。()()()()()()()()()()()()()、ね」

 意味深長に述べた兆死は【死士龍(ライツェ・ドラグオン)】と入れ替わる形で歪んだ箇所に飲み込まれるように姿を消していく。

 「復唱。一人になって、ですか」

 「夕弦! 今はそれよりも来るよ!」

 兆死を追う術はなく【死士龍(ライツェ・ドラグオン)】は咆哮の代わりに呻き声を上げ、突進する――

 

 ○

 

 「ほら避けないと死ぬわよ」

 「っ!」

 容赦ない斬撃が<氷結傀儡(ザドキエル)>の身体を掠め、巻き起こった暴風が四糸乃を襲う。

 それはおおよそ『戦闘』と呼べる物ではない。一方的に反転体となった零弥が攻め、四糸乃は常に防御を強いられる。

 暴風に流されながらも<氷結傀儡(ザドキエル)>の口が開けばそこから無数の氷柱が零弥に向かって放出される。

 しかし、攻撃に転じたところで零弥は躱すまでもないと四糸乃の放つ氷を全て鎧で受けては距離を詰める。

 距離を詰めれば空いている手で<氷結傀儡(ザドキエル)>の首を掴んではビルに叩きつけ、そのまま引き摺るようにしてビルの壁面を駆ける。

 「私はあなたのように『弱い』存在を嫌悪する」

 壁から引き離しては<氷結傀儡(ザドキエル)>を蹴り飛ばせば零弥は憤りを露わにする。

 『四糸乃っ!』

 よしのんが掛け声を上げると雨を氷としてではなく雪のように展開して衝撃を殺すもののすでに零弥は<氷結傀儡(ザドキエル)>の頭に乗っていて四糸乃のことを冷然と見下ろす。

 「何も出来ないくせに、私の前に立つな」

 四糸乃の首を掴み大剣の切っ先が頭へ向けられる。

 圧倒的な実力差を見せ付けられ頭に過ぎるのは大剣が突き刺さって死ぬイメージばかり。

 「弱者は淘汰される。弱さは罪、あなたは存在するだけで悪。だから、死になさい」

 「…………そ、れは、違い、ます」

 反転体となった零弥の言葉を四糸乃は即座に否定する。

 「……何ですって?」

 「……零弥お姉様は、弱い私に、言ってくれたんです」

 それは過去のこと。

 四糸乃が人知れず自身の弱さについて悩んでいる時に零弥が言ってくれたのだ。

 (弱いことは悪いことではないわ。それに私は知っているもの、四糸乃の強さを)

 (私の……強さ?)

 (ええ、あなたはどれだけASTに傷つけられようとも相手を傷つけようとも決して戦わなかった。私なら現れる敵は全て排除していたもの。あなたのその優しさは私にはない確かな『強さ』よ。――誇りを持ちなさい。あなたは弱くなんてない、私が保証する)

 零弥はいつも自信がなく弱々しく何かに怯えるような話し方しか出来ない四糸乃に――確かな自信をくれた。

 (それにもっと四糸乃は自分の意思をはっきり伝えないとね。誰だって言葉にしないとわからないことは当然あるもの)

 「――死になさい」

 「――め、です」

 迫り来る大剣に四糸乃は小さく声を漏らす。

 その言葉はまるで聞こえなかったがそんなもの構うことはないと零弥は何一つ躊躇うことはなかった。

 しかし、それは一度目の話。二度目は違った。

 「そんなこと言っちゃ、めっ!! です!!」

 今まで絶対になかったほどの声量で四糸乃が声を上げる。

 途端猛吹雪が零弥の身を襲い、大剣は四糸乃に到達する寸前に自身と共に吹雪に飛ばされ四糸乃から強引に距離を取らされる。

 「私が憧れた零弥お姉様はみんなに優しい人でとても綺麗な人なんです! だから、そんなこと言っちゃ、ダメです!!」

 心の内に秘めていた言葉が糸が切れたかのように飛び出す。

 「優しい零弥お姉様に! そんな黒い鎧なんて纏っていない元の綺麗な零弥お姉様に! 私とよしのんが戻すんです!!」

 『そうだね四糸乃! いこう!!』

 「うん!!」

 喉が張り裂けんばかりに叫んだ四糸乃の声に<氷結傀儡(ザドキエル)>が応える。

 神々しく光り輝く<氷結傀儡(ザドキエル)>に思わず零弥は兜越しに手を目元に当て一度後退する。

 そのうちにも吹雪は四糸乃の感情に荒れ狂い周囲を漂い光すら消すほどの濃度へと変わる。

 「この、霊力は……っ!」

 反転体となった零弥ですら一瞬戸惑うほどの霊力の濃さを放ち、吹雪が解き放たれる。

 現れた四糸乃と<氷結傀儡(ザドキエル)>は先ほどまでの姿とはまるで違った。

 四速歩行型の傀儡人形はまるで鎧のように四糸乃の霊装に纏われ、肩には先ほどまでの傀儡人形の頭部を模したものがもたれかかっている。そしてあたりに浮遊するのは六本もの氷塊を携えた大槌。

 <氷結傀儡(ザドキエル)>――【凍鎧雹槌(シリョン・ミョーシム)

 「零弥お姉様から自信を、貰いました。いっぱい、助けて貰いました。だから、今度は今も苦しんでいるお姉様を、助けるんです」

 「…………」

 圧倒的霊力を纏った四糸乃に零弥は大剣を翳す――

 

 

 

 ――私が苦しんでる……?

 目の前に現れた敵は零弥のことをそう称した。

 反転体となった零弥が苦しむようなことなど顕現してから今まで起きていない。それなのに目の前の敵はそう称したのだ。

 わけがわからない、零弥の思考が困惑する。

 多方から攻めてくる大槌を大剣で薙ぎ、四糸乃に剣を向けようとするが吹雪に阻まれ見ることすら拒まれる。

 猛吹雪に阻まれ、見えぬ攻撃を受け、零弥は次第に防戦一方になっていく。

 <魔鎧天剣(ルシファー)>に盾など存在しない。守るべきものを放棄し、自らを守るためだけの鎧、敵を殺すためだけの大剣。それらだけを顕現したものなのだ。

 近接戦闘を主としており、今のように撹乱されてしまえば如何に零弥としてもなかなか対応することが出来ない。

 さらに四糸乃の狙いは相手の視界を撹乱し、大槌の一撃を浴びせるにあらず。

 零弥は徐々に自らに起こっている違和感を実感し始める。

 ――鎧が、凍らされている。

 大槌を防ぐたびに、吹雪の中にい続ける毎に、零弥が纏っている鎧が関節部分を中心に凍らされてしまっている。

 それによって零弥の動きは鈍くなり、次第に大槌の一撃が防げなくなる。

 四糸乃の姿はすでに見えない。この隔離された空間で一人、零弥は動かなくなった右手から大剣を持ち替えて尚も剣を振るい、戦い続ける。

 ――何の、ために……?

 身体が冷え、思考までも冷やされた零弥の頭に不意に疑問符が浮かび上がる。

 何故自分はこんなにも戦うことを止めようとしないのか。

 何のために戦っているのか。

 零弥はわからなくなっていた。

 思い出そうとすればまるで何かが突っかかっているように思い出せない。

 思い出せるのはこの世界に顕現した時。頭に『戦え。敵を殺せ』、気付けばそう刷り込まれていた。

 零弥はその言葉に従い、目の前に現れた敵を従順に排除していた、そのはずだ。

 だが今の零弥の頭に過ぎるのは一人の少年の姿。

 「誰……?」

 わからない。

 だけどその少年は良く笑っていた。

 (零弥)

 優しく、自分に向けてその名を口にしていた。

 (――――)

 嬉しそうに、自分も少年の名を口にしていた。

 過去の憧憬、そうとも言えるものが反転体となった零弥の頭の中でどんどん繰り返される。

 反転体(いま)の自分にはまるで実感がないものばかりだが自分はその少年と共に幸せそうに笑っている。

 その他にも色々な人物が零弥の周りを囲んでいた。

 その中には今も対峙している敵――四糸乃の姿もある。

 「何なの、よ……っ!」

 わからない。わからない。

 四糸乃の霊力によって凍って脆くなっている鎧に大槌の一撃が直撃すればその部分は虚しく砕けていく。

 まるで現実から目を逸らし、殻に閉じこもって眠ろうとする零弥を起こそうとするように。

 大剣を振るう速度も徐々に遅くなっていく。

 もう身体が動かせないほど鎧が凍らされてしまっているからだ。

 そうでなくともすでに零弥の中で戦意は喪失していた。

 「――夕騎……」

 思い出せなかったその名は零弥にとって何よりも大切な名だった。

 反転体になってしまったとしても忘れてはならない名前――夕騎の名を口にすれば零弥はそっと目を伏せた。

 大剣を捨て、鎧も捨てる。

 そう心に決めた途端に猛吹雪は突如として止んだ。大槌の一撃も来ない。

 気付けば零弥はどこかの建物の屋上に立っていた。どことなく懐かしいものを感じる。

 「……そう、ここは」

 ここは夕騎と初めて出会ったあのデパートの屋上。

 過去と違って空には暗雲が立ち込め、とてもあの時と同じ光景とは思えないが零弥には確かにわかった。

 「……零弥、お姉様……っ!」

 零弥が制止したのを見て少し離れた場所にいた四糸乃が駆け寄ってくる。

 まだ大剣も鎧も纏っているというのに何の疑いもなくこちらへ向かってくる四糸乃に零弥は思わず大剣の切っ先を向ける。

 「敵なのにそんな簡単に近付くなんて、警戒心を持っていないのかしら」

 「い、いえ。もう零弥お姉様は、戻ってます、から……」

 四糸乃にはわかっていた。

 先ほどの攻撃は零弥が抱いている『敵意』が消えるまで攻撃し続ける。そういうものだった。

 つまり攻撃が止んだということは零弥に『敵意』がなくなった証拠。

 戻っている、その言葉に零弥は兜の下で笑んだ。

 「そうね、あなたのおかげで思い出せたわ」

 大剣の切っ先からヒビが生まれていく。それは徐々に広がり、終いには鎧にまで達して砕けていく。

 誰かを殺すためだけの大剣は砕け散り、自分のみを守る鎧は霧散した。

 「――ありがとう、四糸乃」

 「零弥お姉様……っ!」

 鎧を砕かれ、元の零弥に戻れば両腕を広げて四糸乃を招くと四糸乃は零弥の胸に飛び込んでくる。

 「怖かったはずなのによく頑張ったわね。四糸乃、よしのん」

 「大丈夫、です……」

 『零弥お姉さんすっごい怖かったんだからねーっ!』

 「ごめんなさい。夕騎を喪ったからって現実から目を逸らしてしまったわ」

 「いい、んです……零弥お姉様が戻ってくれて、本当に、良かったです……」

 四糸乃の小さな身体を零弥は撫でる。これほど傷だらけになってどれだけ怖かったことだろうか、零弥には計り知れない。

 改めて実感させられる。夕騎を喪っても零弥には守るものが存在するのだ。どうでもいいなんて決して思ってはいけない。

 何故なら彼がずっと命を賭してまで守ろうとしていた存在なのだから――

 「四糸乃、少し下がっていて。私にはしないといけないことが出来たわ」

 「……?」

 怪訝そうにする四糸乃から零弥は手を離すとその身体を自身の聖剣白盾(ルシフェル)の白盾で覆い隠す。

 見上げればそこに敵がいるからだ。四糸乃は消耗している。戦うのが嫌いな四糸乃をこれ以上巻き込むわけないはいかない。

 それに今回の相手は自分を標的としている。

 だからずっと待っていたのだ。本来なら反転体となっていた方が都合が良いはずなのにそれでも反転体ではない零弥との決着をつけるために、待っていたのだ。

 

 「――待っていましたよ、<フォートレス>」

 

 「エレン・M・メイザース」

 人類最強の魔術師(ウィザード)――エレン・M・メイザース。

 或美島で零弥に敗北し、それ以来戦わずして来た因縁の相手。

 「これは任務ではありません。あくまで私情、アイクから許可は得ています。すでに私が手を出す必要もなくアイクの悲願は達成されるのですから」

 「あなたたちの目論見は失敗するわ。何故なら――夕騎は生きているもの、夕騎は必ずあなたたちを止めるわ」

 零弥は今確信していた。士道を伝った経路(パス)でどうしてかはわからないが夕騎が息を吹き返しているのを。

 途端――突如として雷鳴が轟く。

 「――これは!」

 この雷鳴にエレンもいつもは冷静な表情が崩れる。

 一般人が聞けばただの雷鳴。しかし、知っている者にはわかる――それは復活の産声だと。

 「彼女(、、)が目覚めた……? それならすでにあの女(、、、)が動き出すはず、まだ完全に目覚めていないとすれば――」

 思考を巡らせるエレンだがそんな考えは捨てる。

 「失礼しました。それではリベンジと行かせて貰いましょう」

 「ええ、構わないわ」

 人類最強と精霊最強、三度交われば必ずどちらかが死ぬ――


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。