デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「……零弥、お姉様……」
『四糸乃……』
四糸乃は信じられない光景を見ていた。
あれだけ優しかった零弥が今では街を破壊し、機械の龍を蹂躙している。
いつも四糸乃や皆に向けてくれていた優しい笑みなどそこにはなくただ目の前に現れるものを全て壊し、その表情は黒い兜によって窺い知ることが出来ない。
現在艦内は非常に静かなものになっている。十香の反転時も士道が生きていたからこそどうにかすることが出来た。
しかし反転してしまった精霊を三人止める夕騎がいなくなってしまったから何も手出しが出来ないのだ。
艦内に『諦め』という雰囲気が流れる中、四糸乃は考える。十香は反転した二条を止められると信じて立ち向かうことを決意し、今も二条と戦っている。
それならば自分はどうするべきなのか――言わずとも四糸乃の決意をよしのんはじっと見てやがて頷く。
『そうだね四糸乃。ボク達はずっと零弥お姉さんにお世話になってたんだ。だから今度はボク達が――』
「零弥お姉様を、助ける番……」
そう。零弥にはいつも守ってもらってばかりだった。
それだけではない。四糸乃はずっと守って貰うばかりだった。
士道にも、零弥にも、夕騎にも、皆にも、だから受けた恩は返さなければならない。
まずは零弥に――
「四糸乃っ! 待て!」
誰にも何も言わず艦橋を飛び出すようにして出て行った四糸乃はすぐに追って来た士道に肩に手を置かれて両肩を震わせるがそれでも四糸乃ははっきりとした意志を持って士道の目を見て、
「わ、たし、零弥お姉様を、助けるんです……」
「だけどお前は――」
『他の精霊よりも弱いって士道くんは言いたいんだろう? わかるよ、現にボクと四糸乃は他の精霊さん達よりも弱いよ』
四糸乃は今までのどの精霊よりも危険度が低く、好戦的ではないために戦闘能力は他の精霊に比べて低い。
その四糸乃は零弥と戦おうと考えているのだ。士道の心配は当たり前のもの、だがそれでも四糸乃の意志は揺るがない。
「でも、零弥お姉様は、苦しんでるんです」
『そんな零弥お姉様を放っておくわけにはいかないよ!』
これだけはっきりとした意志を示す四糸乃は初めてで士道もどうすればいいか困惑しそうになるがそこに現れる影二つ。
「いいじゃないですか、兄様。四糸乃さんがここまで言うなら見送るのが男ってもんでやがりますよ」
「私達もどうせ外に出ますし!」
現れたのは行方を眩ませていたはずの真那と最近<ラタトスク機関>に配属することになったきの。
二人はすでに準備を終えているのかワイヤリングスーツに身を包んでいて準備万端のようだ。
「いやぁ悪い予感がして戻ってみてみればこのザマでやがりますよ。全くこの街には困ったものです」
「私と真那ちゃんは月乃さ……じゃなくて美九さんを止めに行こうと思っています」
「お前ら……」
「勝手に死んだ<精霊喰い>はバカでやがります。だけど弔ってやるには全員いなきゃならねーですよ。だから行ってくるんです」
「命を懸けるにはそれで充分なんですよ、ほら四糸乃ちゃんも行きましょう!」
二人共夕騎の死を哀しんでいるはずなのにそれでも前に進もうと士道の制止を聞かずに四糸乃を連れて死地へ歩き出していく。
それを見送ることしか出来ない士道は歯痒さで奥歯を噛みしめる――
○
「……零弥、お姉様……っ!」
『零弥お姉さん!』
真那達に零弥の傍まで送って貰った四糸乃は零弥の名を口にすると目の前にいる漆黒の鎧を纏った零弥が四糸乃達の方を見て何か言う前に大剣を振るう。
「っ!」
斬撃はつい数瞬前まで四糸乃がいた場所を断ち切ってはさらにはるか後方まで裂き、その一撃から一切容赦がないことが見て取れる。
『零弥お姉さん! ボク達のこと覚えてないの!?』
「……四糸乃、です。こっちはよしのん……ですっ!」
いつもか細い声の四糸乃が必死に大声を上げて零弥に言葉を伝えようとするが零弥はそんなもの知ったものかと息を吐く。
「……あなたなんて知るはずないじゃない。それに何その人形は? お人形遊びなら他所でしなさい」
零弥の口調は反転する前と何も変わらないのに、言葉には冷酷さがあった。
まるで四糸乃には興味がなく有象無象を扱うようにして『よしのん』に至っては『人形』としか扱われていない。
『酷いなー零弥お姉さんは。あんなに一緒にいたじゃないかー』
「今すぐその薄気味悪い腹話術をやめないと殺すわ」
「……っ!」
四糸乃はすぐにでも零弥の発言が本気だと理解してしまう。だから喋ろうとする『よしのん』の口を塞いで止めるが零弥はその光景を嘲笑う。
「見たところあなたは精霊みたいだけれどなるほど。そんな人形と話すことでしか『自分』を保てないのね。哀れ、としかいいようがないわ」
「人形、じゃないです。よしのんは、よしのん、です……」
「名前なんてどうでもいいわ、それであなたは私の前に現れてどうする気?」
「零弥、お姉さまを止め、ます」
「つまり『敵』ということね」
凍てつくような零弥の言葉に今にも泣きそうになってしまう四糸乃は何とか涙を堪え言葉を紡ぐ。
「零弥お姉様は、『友達』です。だか、ら……私が止めるんです」
その言葉に零弥は一言だけ「そう」と言えばいつの間にか四糸乃の眼前にいて大剣を振り上げる。
「邪魔よ」
「――<
容赦なく振り下ろされる凶刃に四糸乃は身が竦みそうになるが自らの奇跡の名を叫ぶ。
すると吹雪が渦巻き、迫り来る大剣の刃を凌げばその場に現れたのは巨大なウサギのパペット。四糸乃はそのウサギに跨るようにして乗っていて距離を取ると零弥は兜の中から双眸を光らせ、
「――どの道殺すわ。私にとって
空に舞うは蝿の軍勢、そして滴るは霊力の雨。
最愛の友人を助けるために気弱な精霊は自らが忌避する戦闘に身を投じる――
○
反転した美九に挑むことになった真那ときのは早くも苦戦を強いられていた。
「<
拡声器からスタンドが地面に突き刺さったかと思えば何倍にも増幅された悲鳴が辺り一面に響き渡り、真那ときのは耳を手で押さえてその場を離れる。
「く……やかましいでやがりますね」
「しかも
美九に半径五メートル以内に近付いたものは何でももれなく悲鳴に砕かれ、そしてさらに地面が蠢いたかと思えば――
「ッ!!」
あれだけ離れていたというのに真那ときのの身体は真っ逆さまに地面に落とされ
「真那ちゃんこれ沈んでますよ!」
「わかってやがります!」
地面に触れた身体が徐々に地面の中に沈められていくのを感じてきのは焦りを見せるが真那は冷静に思考を働かせると<ヴォルフファング>を構える。
「きの二等兵ちょっと
「え、あ、はい!」
まるで泥のように沈んでいく中で真那はきのに身体を密着させると
「本気でいかせてもらいますよ!」
魔力砲を最大火力で撃ち放った真那はその勢いで美九から距離を取り地面に着地しないように浮上して再びきのと合流する。そのうちにも迫った砲線に美九の魔王は溶けて拳に纏われる。
「【
砲線をいとも容易く殴り返したかと思えばその砲線は上空へと舞い上がり地上へ降り注ぐ。
「地に空に忙しいでいやがりますね!」
「ここは私が防ぎます!」
きのが真那よりも上に行き
「これはやべーです!」
被弾した箇所から剣が生まれ、切っ先が全てきの達に向かって飛んでくる。反射的に回避行動に移ったのが功を奏し避けられはしたもののいくつか身体を掠め、二人共嫌な汗が流れるのを感じる。
「……これはまともに戦っても勝ち目がない、ですね」
「普通こういう時には諦めるなって言ってあげたいところですがこればかりは無理でいやがります」
打ち倒してからどう反転状態から戻すか考えるつもりだったがこれはどうも先にどうやって戻すかを考えた方が賢明なようだ。
「本当に賭けになりますけど……真那ちゃん乗りますか?」
「この際何でもいいですよ、試せる可能性のあるものは全部してやりましょう」
『きの、こっちも援護するわ。それで何をするつもりなの?』
「それは――」
夕騎もいなくなってしまった現在、美九の支えになっていたものと言えば一つしかない。その大切なものを思い出させるためにきのはある作戦を提案する――
○
「これで二度目、だね兄貴」
夜三に時を停められたあの時と同じように夕騎は薄暗い世界で横たわっていた。
前に立つのは夕騎の妹――夕陽。
その目は悲哀に満ちているようにも見え、彼女は言って身を屈めて夕騎の目を見つめる。
「零弥に斬られて意識を失って一度目。そして、今回の撃ち抜かれたので二度目だよ――
「…………」
何か問おうにも前回と違って夕騎は横たわった姿勢のまま動くことすらままならずに夕陽を見上げることしか出来ない。
その間にも夕陽は夕騎の頭に手を置き、
「兄貴は絶対に覚えてないけど、ここで私と約束したんだよ――『俺があと二回死んだ時、お前の好きにしていい』って。兄貴のおかげで私の天使の【
「……でも」
「知ってる。今は反転体が三人、世界が崩壊してもおかしくないんでしょ?」
「……頼む夕陽、約束のことは本当にわからない。何を返すのかもわからねえ。でももう一度だけ、もう一度だけ俺に時間をくれ。わがままを言っているのはわかる。だから――」
「わかってるよ、兄貴がそんな性格なのは良く知ってる。いいよ、どうせ今の世界に何しても私の目的が果たせるわけじゃないし」
「夕陽……」
夕騎の懇願に夕陽は応えるが「でも」と指を二本立て、
「――二日、本当に最後の時間だよ。本来ならこの一件が終わればすぐにでも――と言いたいところだけど後味が悪いからね」
「ありがとな、夕陽」
「何の条件もなく二日、じゃないよ。きちんと兄貴にはして貰わないことがあるからね」
「…………?」
「それはね――」
夕陽は条件を語った。
それは夕騎にとって途方もなく残酷な条件だったが、その条件を飲まなければこの時点で夕騎という存在は終わってしまう。
夕騎はふと息を吐けば、頷く。
「ああ、わかった」
「つらくないの?」
「つらいさ、でもよ。今何も出来ないまま終わる方がもっとつらいんだ。だから俺はどんな形であれアイツらのことは守る」
「……そう。それじゃあ頑張って、私の
「ありがとう夕陽、いってくる」
夕騎と夕陽、二人は軽く手を合わせれば夕騎は光に導かれるまま最後の戦いへ赴いていく――
○
「……貴様、その程度でオレの前に立ったのか」
「く……」
肩膝をついているところに大鎌を首筋に突き立てられた十香はすでに肩で息をしていた。
一方反転体となった二条には傷一つついておらず、その態度からはまだまだ余裕が見られる。
「貴様が誰かは知らん。だがオレの前に現れたということは敵だということだ。それに先ほどから他の<魔王>を感じる。貴様に構っている時間はないということだ」
反転体同士が味方、というわけではなくむしろ二条は他の反転体にすら敵意を抱いていてすでに十香に対しての興味を失っているようにも見える。
「どこを見ている……?」
遠くを見ていた二条の耳に響く低音の声。
あとは大鎌を少し進めるだけで首を刎ねることが出来るというのに威勢の良い声を上げる十香に二条は少しだけ興味を戻すがすぐに持ち手を強く握り、
「そうだな、まずは貴様を殺すとしよう」
首を切り落とせば如何に精霊だとしても死ぬと絶対的優勢な状態の二条は大鎌で十香の刎ねようとするが十香が手で刃を握り締めるとそこからピクリとも動かなくなってしまう。
「……何だと」
「――私はまだ生きているぞ、だから余所見をするな!!」
繰り出された拳は二条の鳩尾を的確に捉え殴り飛ばす。
そのまま次に十香は刃に触れたことで血が滴る右手で〈
十香の力を侮ったが故に貰った一撃に二条は屈辱と恥辱を味わうがすぐにでも体勢を戻して次の一撃に備えるつもりだったがすでに十香は眼前まで迫っており――
――まずいっ!
大鎌の間合いの内側に入られ、迎撃することは叶わない。
しかし二条は咄嗟に大鎌を捨てると拳を突き出して十香の腹部に一撃を浴びせるも違和感に襲われる。
――防御しないだと?
何故か十香も己の武器である〈
それ故に直撃し、苦悶の表情に満ちるが十香はその鈍痛に堪えそのまま二条の身体を抱きしめる。
「貴様……っ!!」
「私には二条をどうすれば元に戻せるかもわからない。だがどうか元に戻って欲しい、元の優しい二条に。我が友である二条に……」
(……閉じ込められていた時間は取り戻せない、だがこれからは違う。これからは色んなところへ行って色んな思い出を作ろう。私達はもう『友達』だ!)
(『友達』……。ふふ、ユーくんに続いてボクに二人目の友達が出来ましたね)
脳裏を過ぎたのはすでに消え去っているはずの表の記憶。
反転体となった今の二条には何の覚えもないはずだが、この時確かに二条はうろたえる。
「…………十香」
不意に浮かんだその名を口にし、一度は制止した二条だが足を引っ掛け体勢を崩させれば十香を強引に投げ飛ばして距離を取る。
「く、二条!! 私の言葉を聞いてくれ!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ!! オレを誑かすな!!」
もうあの少女――十香の言葉に耳を傾けてはならない。
自身がこの世界に顕現したのは憎しみを晴らすため、そのためには何もかもを殺し尽くす。
それなのに十香という精霊を見ているだけで本来抱くはずのない別種の感情が芽生えてくる。
『トモダチ』――憎しみしか抱いていないはずの二条の頭にはその言葉が浮かび上がる。
疑問を抱いてはならない。考えてはならない。
ただ闇雲に、戦え。そして殺せ。
二条の頭の中ではその目的だけがインプットされ、目的を執行するために思考をやめる。
「次で殺してやる」
そう言って二条は十香から距離を取ると散々街を食い荒らしていた蝿の軍勢が二条の頭上へ集まる。それと同時に輪からはさらに蝿が顕現されていく。
聞く耳を持たなくなった二条に十香はもう一度〈
「すまない二条、少し痛くする」
〈
十香は【
「【
「【
互いに絶対なる一振りを振りかざし、必殺の一撃は交錯する――