デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第八話『二度目』

 「あれが〈プリンセス〉か、やっぱり精霊見ると癒されるわー」

 空間震が収まるまで〈フラクシナス〉に一時避難し、AST隊長の燎子からの通信で夕騎はつい先ほどまでいた来禅高校の正門あたりで半壊した校舎の様子を見ていた。

 校庭に浅いすり鉢状のくぼみができており、その周りの道路や校舎の一部も綺麗に削り取られている。

 〈プリンセス〉は校庭に出現後、半壊した校舎の中に入り込んだのを視認した。士道や〈ラタトスク〉メンバーにとっては非常に好都合な展開である。

 何故ならASTが扱うCR―ユニットは狭い屋内での戦闘を目的として作られていないからだ。遮蔽物が多く、通路も狭い建物では機動力も殺される。だからこそAST隊員は来禅高校付近を浮遊しているわけだ。

 まあそういった屋内での戦闘に長けている者がここにいるのだが。

 『夕騎、あなたが校内に入って〈プリンセス〉をいぶり出しなさい!』

 ――ほらきた。

 全くもって予想通りな命令が下される。

 「やだもんねー。下手に行動して被害デカくすんのはコッチの本望じゃねえし、いぶり出したところで倒せるワケっスか?」

 『そ、それは……』

 返事を濁すのも無理はない。現状のCR―ユニットではよほど上手い戦法を取らない限り〈プリンセス〉は倒すことができないだろう。

 それにいまはおとなしくしているのだからこのまま消失(ロスト)を待った方が下手に攻撃するよりも無難、これがASTとしての夕騎の意見だ。

 ――本当は士道を動かしやすくするための言い分なんだけどねえ。

 DEM社からの出向の身である夕騎は全ての対精霊部隊において独自権限を与えられているのでAST隊長である燎子の命令など別に聞かなくていいのだが、ここは年長者を立てているのだ。少し格好良く言えば一人で軍隊扱いだ。

 「いま隊長たちにできんのは〈プリンセス〉の見張りじゃないっスかね? あとは上からのいぶり出しの許可を待つか、どちらにしろ俺はこれからよほどのことがない限り勝手に動くんでグッバーイ」

 『ちょっと待ちなさ――』

 〈ラタトスク〉から支給されたインカムとは逆の耳に着けていた通信機を外しては指で摘んで壊すと、改めて〈プリンセス〉の姿を鑑賞する。

 布なのか金属なのかよくわからない素材が、絵本などに出てくるお姫様のようなフォルムを形成している。さらにその継ぎ目やインナー部分、スカートに至っては、物質ではない不思議な膜で構成されていた。

 紛れもなく美しい。

 しばしの間、遠目ながらに〈プリンセス〉の容姿に見惚れる夕騎だったが危うく今回の目的を忘れかけていた。

 「神無月くーん、反応出た?」

 『いえ出ていませんね。〈フォートレス〉が出現するとなればもう一度空間震が起こっても不思議ではありませんし』

 それは夕騎が現在のターゲットにしている〈フォートレス〉。

 「でも前に言った静粛現界ってのをしてるかもしれないし、ことりんはいま士道っちのアドバイスで忙しいだろうから一応のためコッチで確認取ってみるわ」

 『観測機を一つ回しましょうか?』

 「んにゃ、いない可能性の方が高いし……ほら士道っちも〈プリンセス〉に接触し始めたし神奈月くんはソッチに集中してくれ。ごめんなこんな時に話聞いてもらって」

 『同じ〈ラタトスク〉に所属しているのですからこれくらい全然構いませんよ。あとで軽く司令の良いところを聞いてもらえればありがたいのですが』

 「おけっと切るね」

 校舎よりも上空にいるAST隊員たちには見えないが士道は何とか〈プリンセス〉との接触に成功していた。何度か壁が粉砕するような音がこちらまで聞こえてきた気もするがどうやら第一段階はクリアしたようだ。

 自分の耳元に着いているインカムの設定を〈フラクシナス〉通信モードから士道のインカム盗聴モードへと切り替える。

 『おまえは、何者だ』

 『っ……ああ、俺は――』

 盗聴してみると少し話は進んでいて名を答えようとしたところで士道の言葉が途切れる。おそらく琴里からのステイが入ったのだろう。

 ピロロロロロ――と夕騎の〈ラタトスク〉から支給された携帯電話が着信音が小さく響く。タッチパネルの液晶画面を確認してみると早速第一の選択肢が三つ用意されていた。

 ①「俺は五河士道。君を救いにきた!」

 ②「通りすがりの一般人ですやめて殺さないで」

 ③「人に名を訊ねる時は自分から名乗れ」

 見たところ②は論外。残るは①と③、先ほどの〈プリンセス〉の対応からして素直に名乗って欲しそうなのだが、ここはあえて③を選択してみる。

 『――人に名を訊ねる時は自分から名乗れ。……って』

 〈フラクシナス〉にいるメンバーも夕騎と同じく大多数が③を選んだようだが何だかマズイ気がする。

 『ぃ……ッ!』

 案の定、士道からの呻き声が聞こえてくる。大方、〈プリンセス〉からの攻撃を何とか躱したのだろう。衝撃音やら炸裂音やら破砕音などが続いて聞こえてきた。

 どうやらこの選択肢は間違っていたようだ。

 続いてもう少し盗聴を続けようと思った矢先、ひとつの視線が背後からこちらに向いていることを夕騎は察知する。野生の勘とも言えようか、いま確実に視線を感じたのだ。

 一般市民は全員避難シェルターに避難しているはず。

 ならば、

 ――もしかすると……。

 恐る恐る振り向いてみるとすでに後ろ姿を見せながら遠ざかっている人影が目視できた。

 薄い青紫色をした薄手のガウンを身に着け、ジーンズにブーツを履いている。前は霊装だったがあの黒く艶やかに腰まで伸びた長髪は忘れるはずもない。

 

 「この前振り……だよな?」

 

 その背中に夕騎が話しかけてみると歩みを進めていた少女はふと止まり、振り向かずに答える。

 「この前、私は言ったはずよ。また会うことがないように、と。なのにどうしてあなたはまたこんなところにいるのかしら。おとなしく避難しておけばいいのに酔狂で馬鹿な男ね」

 彼女の口振りには全体的に刺が見られる。

 「いやいやソッチこそわざわざ自分の身を顧みずに他の精霊を助けようとすなんて酔狂で賢明な女だな」

 逆に夕騎は嬉々として相手を褒める。その声はいままでの誰との会話よりも心が躍動しており、いまの精神状態をモニタリングすれば数値がカンストしていることだろう。

 相手の声からしても間違いなく〈フォートレス〉だ。彼女はレアと琴里が称していたが夕騎や神無月の仮説が証明されたことにより、それは否定される。

 〈フォートレス〉はずっと静粛現界をして他の精霊を見守っていたのだ。空間震を引き起こしての現界の方が稀だったのだ。今回はASTが戦闘行為を行なっていないので様子見といったところか戦意は感じられない。

 「精霊……確か人間(あなた)たちが私たちを総称していっていたものね。でも二度も会うなんてさすがに偶然とは思えないわ。あなたは一体何者? 私に近づいてどうする気なの?」

 「ははは、なんだその質問は!」

 悲観的な彼女の態度に夕騎は唐突に笑い飛ばし、

 「俺の名前は月明夕騎、前にも言ったろ。何者と言われても俺は俺。ただの精霊好きの命知らずなだけのボーイだぜ? 前はスルーされたが今回はソッチの名を聞かせてもらう! つーかいい加減にコッチに向いてくんねーかな」

 ビシッ! と相手の背中に指をさすのだが〈フォートレス〉はこちらに振り向かない。だが距離を取ろうとしないのはそれなりに夕騎の言い分を聞いてくれているようだ。

 「私の名前は零弥(れや)。この世界に現界してから自分の名前がないのは不自然だと思ってつけたの」

 「零弥か、イイ名前だ。改めてよろしくな、零弥」

 「ええ、短い付き合いになるだろうけどこちらからもお願いするわ。それよりもまだ質問に答えてもらってないわ」

 「零弥に近づいてどうする気、だったな。そりゃあまずは『トモダチ』になるのが目的っしょ、そのあとにはお前を救うんだ」

 「そう」

 零弥はその言葉を聞くと一度は肯定し、自らの言葉を続ける。

 「あなたは精霊が人間にとってどんな被害を齎すのかわかって言ってるの?」

 「知ってるさ、それでも俺は精霊を愛してる。空間震で建物が潰されたってあとで簡単に直せる。だから気にすんな」

 「どうしてそこまで精霊の存在を肯定するのかしら。人間にとって精霊(わたし)たちは害悪そのもの。ASTのように明確な敵意を持っていても不思議じゃないわ」

 「あんまり自分を卑下するなって。後ろ姿だけでもわかるが零弥は綺麗な顔してんだろ。強く気高く美しい、もしブスだったとしても俺は零弥のことを愛せるぜ?」

 「……外見なんて私には不要よ。精霊のために力を振るい、精霊を守るためだけに存在する。それが私なの。これが存在意義なの。だから私はあなたに顔を見せないわ、絶対に」

 自らの存在意義を決め付ける少女の後ろ姿は確かに凛々しい。

 だが、

 「そんなワケねえだろ、もっと他にもやりたいことがあるはず――」

 「ないわ」

 夕騎の否定する声を、零弥はさらに否定する。

 

 「私は――精霊の想いから生まれた精霊、精霊を守ることのみが私のやりたいこと。いまの私には何かを想う感情すら不要よ」

 

 だったら何故、そんなに悲しい表情をするのだろうか。

 いや、夕騎の位置からは彼女の表情は見ることができない。それでもわかるのだ。

 声には出さないが零弥が悲しんでいるのだと。

 精霊の想いから生まれた精霊――その事実が彼女の精神に楔を打ち込んでしまっている。

 まずは、その前提から否定しなければならない。壊さなければならない

 「何かを想う感情すら不要? ――んなワケあるかバカが! 俺は感情があるお前と話をするためにここにいるってんだ!」

 『俺は……ッ、おまえと話をするために……ここにきたッ』

 インカム越しで士道の声が聞こえてくる。幸いこちらの声は通信状態にしていないので音漏れの心配はない。

 〈プリンセス〉、〈フォートレス〉の二人は士道、夕騎の言葉を怪訝そうに聞くと意味がわからないといった様子で眉をひそめる。

 「……あなたの言いたいことがわからないわ」

 『……どういう意味だ?』

 夕騎は一度深く息を吸い、

 「つまりだ、感情を不要と言ったのを……」

 一拍空け、

 いままで誰にも手を伸ばしてもらえなかったであろう孤独の道を歩んできた少女たちに二人の少年は言うしかない。

 「俺は――お前を、否定する」

 『俺は――おまえを、否定しない』

 ――んんん? ああ、士道っちの方は肯定しちゃってんのか。まあ〈プリンセス〉の方は肯定した方がイイ空気っぽかったし、通信切っとかねえと話がややこしくなる危険性があるな。

 耳元のインカムの盗聴モードをオフにしていると、しばしの間沈黙が場を支配する。

 そして零弥はそのあとでそっと口を開く。

 「夕騎、と名乗ってたわね。どうして……あなたは否定するの?」

 「つまらねえからに決まってるっしょ、簡単な話だってばね。落下してた時に助けてくれた時点でお前は優しいよ、無関係な人間は巻き込まないって決めてんだからちゃんとした感情がある。本当に無感情なら間違いなく俺を見捨てていたはずだぞ、あっさりと。そんでもって見捨てられた俺はいまごろ病院で治療されてるだろうな」

 「別に優しくないわ。それにあなたを助けたのは気まぐれよ」

 「気まぐれでも助けてくれたんだ、他のヤツだった場合もお前は助けてたざんす。ただの人間である俺の話を聞いてくれているだけで優しいんだよ」

 「……、」

 「俺が最初に零弥が優しいヤツだと思ったのはお前が他の精霊を守るために現界して戦うってのを知った時からだな。苦しんでるお前を俺は見逃せない」

 苦しんでいるお前を見逃せない、そう聞いた零弥の肩がビクッと大きく震える。彼女の中で何らかの変化が起きたのだろうか。零弥はあることを問いかけてくる。

 

 「もし、普通の人間が本当に困っていたとしたらあなたはどうする?」

 

 「精霊じゃないんだったらなぁ……気分次第だな」

 試すように問いかける零弥に夕騎はいともあっさり答えた。

 「気分次第ってあなた……」

 「俺は精霊にとことん尽くすのさ、一般人は一般人で自分で進んで行ける。俺の助力なんて必要ないのさ」

 「だったら私は助力を必要としていないと言うわ。あなたの力がなくても私は進んでいける」

 なおも拒絶する零弥に夕騎はもう一歩踏み出す。

 「それならなんでASTに砲撃する時も虚しそうな顔してんだっつーの」

 「……ッ!」

 見抜かれた、そう言わんばかりな反応に夕騎は言葉を続ける。

 「それくらいは見えなくても何となくわかったぞ」

 「私のことを理解した風に言わないで」

 「ああ、理解してねえよ。まだな(、、、)

 含みのある言い方にさらなる疑問が高まる零弥だったが突如、校舎を凄まじい爆音と震動が襲った。

 ――うわマジでいぶり出しの許可出ちまった!?

 けたたましい音とともにASTから校舎に向けて放たれた銃弾が窓ガラスを砕いていく。

 この様子からして間違いなく許可が出てしまったようだ。あの頭が固い知恵の輪マン(夕騎が上司につけたアダ名)が許可を出すとは思ってもみなかったが、ここで困るのは……。

 『夕騎くん! 彼女を止めてください!』

 インカムから突然神無月の指示が伝えられる。

 すぐさま校舎から零弥の方を見れば彼女はすでに校舎に向かって駆け出そうとしていた。夕騎は神無月の意図はわからないが彼の指示のもと背後から零弥を抱きしめ、地面に靴の踵をめり込ませては勢いを殺していく。

 「は、放しなさい!」

 「放さねえよ! いまはダメ(らしい)!」

 「だったら……ッ!」

 さらに力を込めて突き進もうとする彼女に持ち前の馬鹿力で耐えるがさすがは精霊といったところか少しずつだが押し返されている。

 『いま士道くんたちが良い雰囲気で話が進められているのです。ここでASTと〈フォートレス〉の戦闘になれば〈プリンセス〉を刺激してしまうかもしれません。もう少し耐えてください、もしくは彼女の興味を夕騎くん自身に切り替えてください』

 ――めっさ無茶ぶりだしッ!

 このままでは零弥に振り切られてしまう。そこで夕騎はひとつの行動に出る。

 右足を零弥の片足に絡め腕の移動時間をまずは稼ぎ、その間に両腕を相手の脇から通して首の裏でロックして残りは足を腰辺りに絡ませて後ろに倒れる。これはチョークスリーパーの夕騎バージョンである。多少の衝撃はあったものの零弥の軽さもあってか「げふ!」と息を漏らすだけで他に異常はない。

 「このッ」

 零弥はジタバタと暴れるがこれがなかなか外れない。他人目からみれば物凄くシュールな光景なのだが本人たちは一瞬も力が抜けない真剣な状態なのだ。

 「いま介入したらややこしくなるっしょ! てか、いま使われてるのはたぶん精霊をいぶり出すために使われる対精霊用じゃないガトリングのはずだぞ! 零弥も精霊だからわかるだろ、あんなんじゃあ精霊は傷つけられないって知ってるだろうが落ち着けコンチクショウ!」

 「だからと言って放ってはおけないわ。早く放しなさい!」

 「そんなに放して欲しけりゃコッチが出す『お願い』を一つ叶えて欲しい!」

 「……は?」

 夕騎の提案に絞め技を現在進行形で喰らって動きを妨げられている零弥は不審そうに声を上げる。それもそうだ、いきなりチョークスリーパー(零弥は名称を知らない)をされて放す交換条件が願いを叶えろと言われれば誰でも反応を躊躇う。

 だがしかし、この状況では従わざるを得ないかもしれない。下手にいま霊装を纏えば夕騎が衝撃に巻き込まれて怪我をしてしまう。こんな時でも他人の心配をする零弥は、本人は認めないものの本当に優しいのだ。

 「条件を言いなさい。何でもじゃないけど聞いてあげるわ」

 暴れるのをやめ、相手の言葉に耳を傾ける。

 「え、マジで聞いてくれんの?」

 「あなたが言い出したんだから早く言いなさい。気が変わるわよ」

 この時夕騎が顔を見せろ、と言えば零弥は間違いなく断っただろう。

 「おまえは精霊を守ることだけが自分のやりたいこととか言ってたよな。でもさ、俺的にはそれ以外にも零弥がやりたいことを見つけて欲しいと思うんだよねえ」

 「……、」

 「だからさ――」

 彼の表情は零弥からは見えない。また逆も然り。

 

 「――俺とデートしてくれ、零弥」

 

 「……は?」

 先ほどと同じような反応をしてしまった自分に零弥は少し赤面する。デートという単語は知っているのだが、どうしてそれが自分のやりたいことにどう繋がるのか。

 人間の心情はつくづくわからない。それでもこちらには急ぎの用がある。

 「わかったわ。でも一つだけこちらにも条件があるわ」

 「え、マジでデートしてくれんの?」

 ――自分から言っておいて何なのかしら本当……。

 心底呆れるようなため息を吐いてしまったが零弥は自分の思う条件を言う。

 「私の顔を見ないって約束するのなら構わないわ」

 「よっしゃー! 人生初デートが精霊とだなんて俺超幸せモンじゃーん!」

 「話を聞いてるのかしら……? まあいいわ。私が次にこの世界に来るのは明後日。時間は昼過ぎ、ここの近くを歩いてくれればこちらが見つけるわ」

 「ん、了解。頑張れよん」

 「ええ、それじゃあ明後日に」

 「ああ!」

 パッと零弥の体を放すとすぐに彼女はASTとの戦闘を始めた。

 あとひとつ言うのなら、

 「……時間稼ぎってこれで充分だったのか?」

 何やらインカムから聞こえていた気もするが彼は満足な笑みを浮かべて軽く崩壊する校舎を見上げていた。


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