デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第七七話『殺戮群蝿』

 夕暮れだというのに暗雲立ち込める空を見上げ、建物の屋上で様子を見ていたウェストコットは嗤う。

 「くくく、こうも簡単に堕ちてくれるとは」

 正直二条を乗せた輸送機が襲われるのは予想外だったもののこうなってしまえばむしろ輸送機を襲ってくれた犯人には感謝したい気持ちでいっぱいだ。

 前回の夜刀神十香の反転はウェストコットに大きなヒントを齎した。だからこそ今度はこんなにも簡単に二番目の精霊を反転化させることに成功したのだ。

 これでもうウェストコットの計画は大詰め。後は場を整え、自分自身が決めるだけだ。

 「さあ行け、機械仕掛けの龍共。私の願いを叶える為の礎になってくれ」

 黒き空に舞うのは<ヴァンフェイルバンテ>の群れ。しかもDEM社でワンナが乗っていた物よりもさらにサイズは大きくなり、一機ですら空を覆えるほど。そんなものが大群で空を舞う。

 ウゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ――ッ!!

 どれだけ被害を街に齎そうとも構わないが万全を期して邪魔な者達は排除しておく。

 <ラタトスク機関>との抗争もこれで最後だ――

 

 ○

 

 空間震警報が鳴り響く。

 だが士道はそれどころではなかった。

 「十香っ!!」

 二条から闇が噴出し、それに近寄ろうとして吹き飛ばされた十香を何とか受け止め引き摺られるように地面に着地した士道は闇から現れた二条を見た。

 周りにいくつもの輪のようなものが構えられ、手に持っているのは歪曲した刃を持つ大鎌。着ている霊装も含め、全てが漆黒に染め上げられ全身黒のその姿は何もかもの接触を拒絶しているようにも見える。

 「放せシドーっ!! 私は二条を止めなければならないのだ!!」

 すぐにでも二条を止めなければならないと十香は士道の制止も聞かずに飛び出そうとするが士道は反転した二条が放つ悪意に満ちた威圧感に悪寒が止まらない。

 少しでも近付けば殺される、士道はあの時反転した十香よりも濃密な殺気を身に纏う二条に本能は警鐘をひたすら鳴らして近付くのを拒んでいた。

 幸い二条は十香達の存在に気付いていながら見てすらもいない。まるで意に介しておらず、夕騎のことを撃った<バンダー・スナッチ>を見据えている。

 「何故かオレは憎しみを抱いている。何を失ったわけでもないはずなのに、心に空洞が出来たようだ。ここがどこかもわからないが憎しみは晴らさなければならない」

 大鎌を手放し大きな音を奏でるようにして手を合わせれば周りの輪が蠢動し始める。

 輪は不気味に光輝き、次の瞬間には真ん中の空洞から夥しい『何か』の群れが放出されていた。

 それらは一瞬にして<バンダースナッチ>を飲み込んだかと思えば何度か火花を散らしてすぐに離れ、残されたのは見るも無残に食い尽くされた<バンダー・スナッチ>の残骸。

 一瞬で<バンダー・スナッチ>を砕き、辺りに漂うのは蝿の群れ。

 「喰い滅ぼせ――<殺戮群蝿(ベルゼブブ)>」

 大鎌の柄頭を地面に突き立てればさらに輪は揺れ、中からもはや空の色を変えてしまうほどの数え切れないほどの蝿の群れが飛び出す。

 そのあまりの大群に士道も十香も呆然としてしまいそうだがインカムから声が響く。

 『何ボサッとしてるのよシドー!! <フラクシナス>で回収するから十香を連れてすぐにそこを離れなさい!』

 「あ、ああ、わかってる!」

 「……琴里、それは出来ない」

 手を引いて二条から少しでも離れようとする士道だが十香がそれを拒む。

 「士道は避難してくれ。私は二条を止める」

 『何を言っているの十香! 霊力もないあなたじゃどうにもならないのよ!?』

 「そうだ十香、もしお前までいなくなったら――」

 親友を失った直後で気が狂ってしまいそうな士道はそれでもどうにか踏みとどまって冷静に十香を宥めようとするが十香は伸ばされた手に背を向け、

 「二条は苦しんでいる。友達の私が見捨てるわけにはいかないのだ。それに私は零弥からとっておきの呪文を教えてもらった」

 DEM社での一件があって十香は自らの非力を悔やんだ。だからこそ零弥に霊力の能動的取り戻し方を聞いた。

 (零弥、教えてくれ。どうすればもう一度〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を完全に使えるようになるのだ?)

 (簡単よ、士道というクローゼットから霊力を引っ張り出すイメージをするの。どうしても感覚的な説明になってしまうけれど、もっとわかりやすく言うわ。もし本当に必要なら叫びなさい。自分が何をしたいのか、自分の願いを。そうすれば必ず力は応えてくれるわ)

 零弥の言葉を思い出し、十香は一度目を伏せれば――

 

 「――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉、友を(たす)けるために力を貸してくれッ!!」

 

 十香の叫びに力は応える。

 煌びやかな霊装、身の丈ほどの大剣――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉。

 酷く懐かしい感覚だ。今までは限定的な解除だったがこうして完全に顕現するのは五ヶ月前のあの日、士道に霊力を封印されて以来だ。

 だが懐かしんでいる暇はない。今にも街に向かって飛んでいる蝿の群れに〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の斬撃を飛ばして散らせば二条は首を動かして十香を捉え、

 「…………何者だ、オマエは」

 「私は夜刀神十香。二条、貴様の友達だ」

 「二条とはオレの名か?」

 「ああ、そうだ。私は貴様を何があっても止める」

 「…………」

 二条は十香と対面し、一瞬顔を逸らして地面に倒れている夕騎の姿を見た。

 反転した今の二条には倒れている人間が誰だかわからない。しかしどれだけ憎しみは心の中で渦巻いていようともこの人間だけは憎むことが出来ない。

 「……オレは全てを喰い滅ぼす。それだけだ、誰にも止めることは出来ない。――ついてくるといい、場を変えるぞ」

 明らかに反転した二条はこの場で戦うことを避け、街の方へ向かって飛んでいく。

 これには十香も士道も気付いた。反転していたとしても二条の中では反転する前の記憶が残滓のように残っているのだと。

 「十香……」

 「案ずるなシドー、私なら大丈夫だ。だから先に避難していてくれ」

 士道の方へは振り向かなかった。

 見てしまえば自らが抱いている一抹の不安を士道に悟られてしまうと思い、そうしたのだが士道も何も出来ないのは嫌だと十香の背中に手を当てる。

 「俺はやっぱり何も出来ないけど夕騎だったらこうするかなって思ってさ。十香、二条を救ってくれ」

 「……ふ、礼を言う。少しばかり身体が軽くなったようだ。これでもう私に負ける要因はない」

 靴底が地から離れていけば十香は二条を追って街の方へ向かって飛んでいく――

 

 ○

 

 目の前で起こったことが信じられなかった。

 あれだけ楽しく過ごしていたというのに今では映像の中で夕騎を中心に血が溢れ、映像越しでもどうにもならないことがわかってしまう。

 「……だー、りん……?」

 同じく映像を見ていて夕騎が撃たれる瞬間も共に見ていた美九はようやく事態を飲み込み始めたのか小さく声を漏らす。

 嫌でも状況を理解してきてしまったのか美九はそのまま床に膝をつき、手を口元に当て目からは大粒の涙が流れ始める。

 「そんなの、嫌ですよ……」

 涙を流す美九に零弥は不思議と涙は流れなかった。

 どれだけ重傷を負おうとも夕騎はなら大丈夫だと。今までがそうだったのだ。今回だってきっと――

 しかし、いくら信じたところでモニターに映し出された夕騎のバイタルは『0』という数字を浮かべてそれ以上何も変動することがない。

 「……夕騎」

 死、それがどれだけのものなのか今の零弥には受け止められなかった。

 受け止めて、認めてしまえば夕騎はもう二度と自分達に笑みを向けてくれなくなってしまう。

 そして押さえきれなくなる――心の中で渦巻くこの憎しみを。

 きっと零弥の心を繋いでいるこの最後の鎖が解けてしまえば自分も二条のように反転し、今の自分とは別人になってしまう。

 「……零弥、お姉様……」

 傍で心配そうに零弥の表情を窺う四糸乃はそっと零弥の手を握り締めるが零弥にはその手を握り返す気力さえなかった。

 どうして、そんな疑問の声が頭を巡っては答えが出ない。

 私はどうすればいいのか、答えてくれる人はもういない。

 そんな時だった――

 『グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 「――ッ! 司令! <ヴァンフェイルバンテ>と思われる機体が四機こちらに向かって接近してきています!」

 「何ですって!? く、DEM社も今度は本気ってワケね、総員戦闘配置!」

 士道を回収しきれていない状況でやってきた敵に琴里は奥歯を噛みしめるがすぐにでも艦員に指令していると不意に<フラクシナス>の通信に突如として乱入してくる者がいた。

 

 『――やあ、夕騎を喪った気分は如何かな?』

 

 酷く平坦な口調で映像と共に声を発したのは――アイザック・ウェストコット。

 幾度となく精霊を狙っては<ラタトスク機関>を含め、士道や夕騎と相対してきたDEM社の実質的ボス。

 『見る限りまだ<フォートレス>は反転していないようだね。どうだい、愛する者を失った気持ちは? 私のことが憎いだろう、殺したいだろう?』

 「零弥、耳を貸しては駄目よ。美九も耐えて」

 明らかにウェストコットは憎しみを煽って一人でも多くの精霊を反転化させようとしているのだろう。

 それはわかっているが美九の方は憎々しげにウェストコットを睨みつけ、殺すべき敵を見つけた眼をしている。もう琴里の言葉など耳に届いてすらいないだろう。

 『おや、<ディーヴァ>も夕騎に想いを寄せていたとは。くく、ますます好都合だ。来るといい、君の最愛の人物を殺したのは私だ。何も我慢する必要はない』

 「……そうですね、殺してあげますよ。絶対にッ!!」

 美九の身体からは闇が稲妻のように迸ったかと思えばその姿は一瞬にして消える。もしやとモニターを見てみれば外にはまるでオペラ座の怪人のような仮面で顔の半分を覆い隠し、この世の全てを拒絶するような漆黒の霊装を纏った美九が空中に立っていた。

 その双眸は酷く虚ろでいつも陽気な彼女とはまるで正反対の強い憎しみを心の内に燃やしているのが感じられる。

 完全に反転し、『基礎』が堕ち天使とは別種の力を手に入れた美九の手には一本のマイクに似た形状の拡声器が持たれていた。

 

 「……死に誘え<邪歌滅鬼(リリス)>」

 

 構えた美九が声を震わせれば拡声器がそれを何十倍にも威力を増加させ、随意結界(テリトリー)越しですら<フラクシナス>の艦内を破損させるほどだった。

 それは歌とは程遠い、悲鳴。絶大な威力を持ったその『声』は一番近くにいた<ヴァンフェイルバンテ>の重厚な装甲をいとも容易く砕き、その中から出てきた魔術師の顔を握り締める。

 「……死ね」

 憎しみ以外何も覚えていない美九はそう言って魔術師の頭を握り潰せば他のもやってくる<ヴァンフェイルバンテ>に向かって飛んでいく。

 夕騎を喪い、二条、美九、二人が反転してしまったことで零弥の心を繋ぎ止めていた鎖が――解かれる。

 「ふふ、ははははははははははははははっ!!」

 「っ! れ、零弥お姉様?」

 「何よ、どうして踏みとどまっていたのよ私は……っ! こんなに誰かを殺してやりたいと思ったのは初めてよ、本当に。初めてで――最悪な気分よ」

 自嘲するかのように高笑いした零弥は四糸乃の手を振りほどいて踵を返して艦橋から背を向けて出て行く。

 「待って零弥っ!!」

 琴里の制止も四糸乃が再び零弥の手を取ろうとしても零弥はまるで相手にしなかった。相手にしても夕騎が死んだことには変わりないとわかってしまったからだ。

 殺してやりたい、自分のしたいことをすればいいと夕騎は言ってくれた。

 「必ず殺してやるわ、アイザック・ウェストコット……ッ!!」

 <フラクシナス>から飛び降りるように出た零弥は憎しみに全てを委ねる。

 もう世界なんてどうでもいい、守るものなんてどうでもいい。

 

 「……殺して<魔鎧天剣(ルシファー)>」

 

 己を抱きしめるようにして腕を回した零弥は天使以上の力を求め、堕ちていく――

 

 ○

 

 「……こんなのどうしろっていうのよ」

 日下部燎子は突如として発生した災害を目の前に頭が狂いそうになっていた。

 現れたのは精霊なのかさえわからない者。その者が発する蝿の群れが映像越しで街を食い荒らしている。幸い空間震警報が蝿の群れが現れる寸前に鳴ってくれとおかげで住人の被害は抑えられそうにあるがこのまま暴れられればシェルターもただでは済まない。

 一人ですら勝てる気がしないというのに三人と来たものだ。勝てるわけがない。

 さらに街には機械仕掛けの龍も暴れていてあちこちで火災が巻き起こり、まるで地獄絵図のようだ。

 「隊長、私に行かせてください」

 「駄目よ、こんな状況で誰を出してもみすみす死なせるだけよ」

 映し出される映像全てがもはや人間が介入出来る場所ではなく、飛び込むように監視室に現れた折紙を燎子は宥めるがその中でも気になる映像がいくつか見える。

 「これは……<プリンセス>?」

 精霊かもわからないが蝿の軍勢を呼び出している者の前に立ちはだかるようにして立っているのは自分達がさんざん手を焼いた精霊――<プリンセス>。

 さらにもう一つの映像で見えたのは見間違えるはずもない少年が倒れている。

 「……夕騎」

 絶命するしかないほどの出血量で倒れている夕騎の姿に思わず燎子は声を漏らす。

 何も理解出来ていない状況でただ出来事だけが進んでいく。

 すると夕騎の傍に現れる影一つ――

 「あれは……」

 それは燎子も知っている、あの精霊――

 

 ○

 

 「…………パパ」

 街の風景は一変して黒く染め上げられた世界で兆死は寂しげな表情で夕騎を見つめていた。

 人間を幾多も殺してきた兆死には見て理解出来てしまう、その人間に命の灯火が灯っているかどうかを。消えていれば無論、死を意味している。

 今の夕騎にはまるで灯っていない。つまり完全に死んでしまっている。

 だが兆死は夕騎の元にしゃがみ込んでは手を触れ、時間が経てば腐っていく身体でもせめて綺麗なまま終えて欲しいと傷口を霊力で塞ぎ始める。

 「……何で死んじゃったの」

 大嫌い、兆死はそう言ったが心から嫌いになったわけではなかった。むしろ今でも大好きなのだ。

 だからこそ、いつかは――

 「キザシのこと、認めて欲しかったのに」

 兆死の心に絶望はなかった。

 生まれてからというもののずっと楽しいことばかりで絶望といった負の感情を知らずに育った兆死はこの状況においてどうすればいいのかわからない。

 泣いたこともないから涙が出ることもない。だが、どことなく虚しい気持ちでいっぱいになる。

 どうしていいかわからない兆死は静かに手を離して夕騎の隣に屈むと夕騎の姿を眺め、やがて何かを思いつく。

 「……そうだ、【死士(ライツェ)】にすれば」

 【死士(ライツェ)】は人間の死体で創り上げている。

 いつもは兆死特製の着ぐるみの中に人間の死体を入れて作っているのだが人間の身体そのまま傀儡にすることも出来る。

 「――これで、ずっと一緒に」

 死体に手を触れさえすれば夕騎を容易く【死士(ライツェ)】にすることが出来る。兆死はそっと手を伸ばして夕騎の身体に触れようとするが――

 「制止。やめてください、兆死」

 「――っ!」

 あと少しのところで何者かに手首を掴まれた兆死は目を丸くしているとそこにいたのはまたも瓜二つの双子精霊の片割れ――八舞夕弦。

 「……何しに来たの?」

 と問いかけておきながら兆死は不意にもう片方の手を夕騎に伸ばそうとするがその手は耶俱矢に止められる。

 「あんたを止めに来たのよ、兆死」

 「キザシの邪魔しないで」

 「拒否。そういうわけにはいきません、夕騎の死を哀しむ人達がいます。夕弦達だってそうです。だから夕騎の身体を操らせるわけにはいきません。それにこの前の話は終わっていません」

 「……別にキザシはキミたちと話すことないし、意見も合わないから――殺すね」

 不可視な<死生爪獣(サリエル)>の一撃は風を裂いて相手の喉を狙うが風の流れを読む八舞姉妹はそれぞれ寸でのところで一撃を躱し、夕騎の身体を持って兆死から離れる。

 「やっぱり今のままじゃ話聞いてくれないね、夕弦」

 「肯定。そうですね」

 「……やっちゃう?」

 「同調。やってしまいましょう」

 八舞姉妹も前回の反省点を生かして零弥に霊力を取り戻す方法を聞いてきた。

 ぶっつけ本番という形になってしまったが八舞姉妹はそれぞれの願いを心に浮かべ手を重ねれば――

 

 「――<颶風騎士(ラファエル)>ッ!!」

 

 殺戮という形でしか何かを見ることが出来なくなった一人の子供を救うために。

 八舞姉妹は拘束具のような霊装を纏って具現化した奇跡――天使を振るう。

 「へぇ、それがお姉さんたちの天使……いいよぉ。まとめて殺してあげるッ!!」

 殺意の塊となって霊力を荒ぶらせる兆死は足を地面に叩きつけるようにして跳躍する――


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