デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第七六話『初めて抱く憎しみ』

 「……全く無茶をするね君たちも」

 <フラクシナス>にある医務室にて令音は眠たげな眼で双子の姉妹を見ると二人共無言でつーんとした様子を見せている。

 「……兆死の精神状態はこの上なく不安定だ。無闇に近付くのは得策ではないというのに」

 「でもさ、あの子は――」

 「……でもじゃない。下手をすれば死んでいたかもしれないんだ。君達は零弥のように自在にシンから霊力を取り戻せるわけじゃない。兆死と向き合うには力が足りていないんだ」

 事の発端は路地裏で霊力反応があったとモニターに映し出してみればそこには兆死と相対した八舞姉妹の姿を発見した。今にも兆死が出現させた【死士】が襲い掛かっていてその爪が八舞姉妹の眼前に迫る寸でのところで転送したのだ。

 令音が見た限り兆死に対して話し合いはもはや不可能だと感じたからこそ<フラクシナス>で回収したというのに八舞姉妹は二人共不満そうな表情を浮かべている。

 「……まあ大事をとって安静にしていたまえ」

 八舞姉妹も思うところがあってあんな無茶をした。

 それがわかっている以上令音は干渉することはなく、そう言って医務室を退室していく。

 残された八舞姉妹は黙って背中を合わせて座っていたが夕弦は自身の手のひらを見つめ、

 「……痛感。霊力を封印することで夕弦達はこうして笑って過ごせる平凡な生活を手にすることが出来ました。ですがこうして非力さを知れば悔しいです」

 「そうだね、今の兆死と話をするには言葉だけじゃ足りないんだ」

 今の兆死には精霊をも殺す力が備わっている。その兆死を目の前に何も力がない八舞姉妹が何を言っても兆死は立場が違うと耳を貸さないだろう。

 どれだけ言葉を並べようとも圧倒的な力を目の前にすれば力づくで黙らされる。

 「でもあたし思うんだ。兆死は殺すことでしか力を振るえない自分を、そうすることでしか価値を見出せない自分を、心のどこかで止めて欲しいと思ってるんだって。だから――」

 耶俱矢は背中から夕弦を抱きしめると頷き、

 「零弥に霊力を取り戻す方法を聞いて次こそ兆死と向き合おうよ。あたしと夕弦二人揃えば出来ないことなんて何もないんだから」

 「首肯。はい……」

 悔し涙に震える夕弦を耶俱矢はそっと抱きしめ続けた――

 

 ○

 

 「ほら早く来るのだ二条! ここのきなこパンは絶品なのだぞ!」

 「うん!」

 翌日の昼過ぎ、学校は休日で二条は十香に連れられて街を歩いていた。

 今も十香が行きつけだという『パン屋』に来ていて扉越しでもわかるいい匂いを放っている。

 どうして二条は十香に連れられて街を歩いているのか、それは昨日二条が街の中を探索してみたいと言ったので夕騎が連れて行こうと思っていたが十香が率先して二条を案内したいと言い出したのだ。

 同じ精霊の十香がこれだけ率先して何かをしようとするのも初めてだったので夕騎は十香に案内する役目を譲って遠くから二人の様子を観察している。

 二条はにおいに過敏で夕騎は遠くで自分達を見守っていることはすでに承知しているが気にせずに十香とのショッピングを楽しむことにしている。

 「ほら買ってきたぞ」

 「ありがと」

 十香から受け取ったのは何とも甘い匂いがする菓子パンというもので十香は大きく頬張るとそれはそれは幸せそうな表情を浮かべ、

 「んんー、やはりいつ食べてもきなこパンは美味しいものだ!」

 「ん、美味しいです」

 二条も続いて食べてみればほんのりと甘さが口の中に広がって十香につられて二条も笑み、二人は揃って笑う。

 その様子を遠めに見ていた夕騎は我がことのようにはははと笑い、

 「見てみろよ士道っち、あの二人楽しそうだな」

 「ああ、そうだな。十香もあれだけ早く心を開くってのも珍しいし」

 二人共一応変装していて十香達にバレないようにしているがわざわざ<フラクシナス>の艦橋でも十香達の様子は見られるのにどうしてここにいるのかというと狂三の一件があったせいだ。

 あの時、公園で士道は狂三に食べられかけ真那に助けられたが現に士道は襲われてしまった。その時も尾行していたが早くも見失ってしまったためにこうして今回は二人がかりで見張っているのだ。

 そしてこうしてずっと十香と二条の二人を見張ってきた夕騎だがここまでである程度というよりも九分九厘理解したことがある。

 「さっきから行ってる場所全部士道っちと行ったところなんじゃね?」

 「そう言われればそうだな」

 十香が二条を連れて行っている場所は全て十香が士道に連れて行ってもらった場所で十香の知っている場所は全て士道と共に出かけ、士道に教えてもらったといっても過言ではなかった。

 「くぅぅ愛されてるねぇ士道っち」

 「ちゃ、茶化すなって」

 「茶化してねえって、それぐらい十香にとって士道との思い出が大きいってことなんだって証拠だろうよ」

 そう言うと士道は照れくさそうに頬を掻き、夕騎はけらけらと笑う。

 「まあ士道が精霊に何かを与える分、士道も精霊に何か大切なモンを貰ってんだ」

 夕騎は楽しそうな十香と二条の二人を眺め、精霊のこういった笑顔を守るために戦っていることを改めて感じ、あたりを見回しているとメイド服に身を包んだチラシ配りの女の子が夕騎にチラシを渡す。

 「どーぞーっ!」

 「お、新しいメイド喫茶オープンか。それにしても天央祭俺もメイドカフェ行きたかったなちくしょう。零弥や狂三に『おかえりなさいませご主人様』とか言われたかったなぁ」

 「お前その時女だったろ!」

 「女でも言われたかったさ! ついでに事故を装ってパンティーまで見てやりたかったさ!! まあ普段から割と見てたけどメイド服からのパンティーは別腹――」

 『……夕騎?』

 「……さぁて何が起こるかわからないからもっと注意して見ておこうぜわっしょーい!」

 つい口を滑らせて言ってしまったが十香達の方は勿論だがこちらの会話も<フラクシナス>の方に聞こえていて零弥から若干冷ややかな声が聞こえてくるが夕騎は聞こえないふりで無理矢理話題変更すると身体を伸ばして誤魔化す。

 「お前も大概にしておかないといつか神無月さんみたいに辺地に送り込まれることになるぞ」

 「わかってるってば」

 この時、誰もが気付いていなかった。

 <フラクシナス>や夕騎達以外にも二条達の様子をじっと見つめている者達の存在を――

 

 ○

 

 「楽しかったな、二条!」

 「うん! 十香は色んなところを知ってるんだね!」

 辺りの日は徐々に沈み、夕暮れとなった頃。色々な場所を巡った十香と二条は仲良く二人並んで帰路に着いていた。

 あれから二条は十香に連れられるまま色々な場所を案内して貰い、初めて見る物ばかりで二条の目は輝きっぱなしで十香もつられて嬉しそうに笑っていた。

 一方、一応のために尾行していた士道と夕騎だったがどうやらその心配は杞憂だったようで少し離れた場所で最後まで気を抜かずに見守っている。

 「私が知っている場所はな、全てシドーや他の者達と行った場所なのだ。どの場所にも思い出があって私はこの街が本当に好きだ。昔の私は何も知らずに来る者全てを敵と思い込んでいてシドーに救って貰ってからは本当に別世界で今でも夢ではないのかと思ってしまう時がある」

 「別世界……」

 「無論良いことだけではなく嫌なこともあった。私や他の精霊の力を狙う者達に一度私は監禁されたことがある」

 「ボクと同じだね」

 「いや私と二条は比べられない。私は一日程度だったが二条は本当に長い間捕らえられていたのだろう? どれだけの苦痛だったか私には計り知れない」

 この日の前日に十香も二条のことを夕騎から聞いていた。監禁された立場だからこそ十香の中では同情以上の『何か』を感じ、しかし二条は笑みを浮かべる。

 「でも苦はなかったよ、ずっと閉じ込められているだけで危害を加えられたわけじゃなかったし。それにユーくんと出会えただけで閉じ込められている甲斐があったんだと思うよ」

 「二条は強いな」

 十香は二条の言葉に常々その心の強さを改めて思い知らされる。

 もし十香が二条の立場だった場合、果たして正気を保っていられただろうか。

 それから士道と出会ったとしてもおそらくあの時以上の憎しみを人間に抱いていたことだろう。

 気がつけば十香は二条の身体を抱きしめていた。

 「ど、どうしたのですか十香?」

 「……閉じ込められていた時間は取り戻せない、だがこれからは違う。これからは色んなところへ行って色んな思い出を作ろう。私達はもう『友達』だ!」

 「『友達』……。ふふ、ユーくんに続いてボクに二人目の友達が出来ましたね」

 抱きしめられた二条は静かに十香の背中に腕を回すと自身もそっと十香のことを抱きしめたのだった――

 

 ○

 

 「百合してるなぁ」

 「……そこは『良かった』とかじゃないんだな。でも良かったよ、本当に仲良くなれてるみたいだし」

 結局一日中警護を遠くから続けていた夕騎と士道は十香達が友情を育んでいる姿を見ればそれぞれの感想を述べる。

 「にゃはは、十香ってぶっちゃけ社交的な性格かって聞かれればそうじゃねえしな。人見知りもするし仲良くなるには時間がかかると思ってたけどやっぱりあれだな。類は友を呼ぶってか!」

 「その使い方何かバカにしてるよな!?」

 「してないとは言いづらい! バカはバカを呼ぶって言いそうになったのをオブラートに包んだつもりだからな!」

 あまりにストレートに言ってはこの場では冗談ではなく陰口になってしまうのでなるべくバカという表現を避けていた夕騎だったが結局バカ扱いしてしまってゲラゲラ笑っていると不意に視線を感じ――

 「失礼だなユーキ! 私はバカじゃないぞ!」

 「げ、十香。聞こえてたのか」

 結構離れていたはずなのに気がつけば十香と二条がこちらまでやってきていて十香の方はぷんすかと怒りを露わにしている。

 十香の後ろにいた二条も顔を出すと怪訝そうな表情をし、

 「ユーくんと士道くんはここで何をしていたのですか?」

 素を出してからも二条は相変わらず夕騎に対してだけは初めてあった時のキャラを貫く姿勢で本人がそうしたいのであれば特に気にしない夕騎は片手を上げ、

 「はは、偶然通りかかっただけだって」

 その純粋な眼差しに『今日一日つけ回していましたてへ☆』などと流石に夕騎も言えなかったので適当に誤魔化すが二条は大して気にしていないようでむしろ夕騎の言葉を信じているようだ。

 「なあ二条」

 「……? どうしたのですか、そんなに改まって」

 二条の瞳を見つめる夕騎は小首を傾げる二条にふざけた雰囲気を一変させて言葉を紡ぐ。

 

 「もしも俺がお前の霊力を封印するって言ったらお前はどうする?」

 

 「いいですよ」

 それはあまりにも即答だった。

 あまりにも即答しすぎて言った本人の夕騎すら困惑するくらいに、即答だった。

 「それで具体的にどうすれば私の霊力を封印出来ますか?」

 「…………」

 「……ユーくん?」

 「あ、いや、何かこんなにすんなりいったことなくて普通に驚いてるだけっス」

 「今まではどうだったのですか?」

 純粋な瞳で興味津々に問いかけてくる二条に若干苦い思い出がある夕騎は遠くを見つめ、

 「……すんごいボコボコにされたな、うん」

 零弥の攻略時は嘘を吐いてしまって聖剣で斬られ、決闘時に骨折。最終決戦でも身体が思うように動かなくなるまでダメージを受けた。一ボコボコ。

 狂三には特に怪我というものを負わされてはいないものの一度食べられてしまい普通の人間なら死んでいた。二ボコボコ。

 美九の攻略時は八舞姉妹、四糸乃、零弥に散々滅多打ちにされて全身を痛めつけられてこれも普通の人間なら死んでいる。おまけに手足を切断されとんでもない重傷を負った。おそらく一番死にかけた。三ボコボコ。

 「……大変だったのですね、ユーくん」

 「ああ……超大変だった」

 士道よりも遥かに損しているような攻略の仕方を思い返しては遠い目をする夕騎に二条も何となく察したのか頭を撫でてくれる。その優しさが心に染みて労ってくれる存在がいることに泣きそうになるが先に霊力を封印しなければならない。

 「ちょっと忘れてたけど霊力封印するべ、手を出してくれ」

 「はい、わかりました」

 何の疑いもなく手を差し出した二条に知り合って間もない士道でも二条がどれだけ夕騎に対し信頼を寄せているのかはっきりわかった。

 夕騎は二条の手を取ると歯を牙に変えて軽く噛み付き、そうして数秒経てばゆっくりと離す。

 「……すごい、身体から霊力が抜けたのがわかります」

 「あれから<精霊喰い>の能力も便利になったワケだ。気分はどうだ?」

 「うーん、よくわからないですね。ボクは力に固執していたわけでもありませんし」

 他の精霊と違って力を失う恐怖を抱かないタイプの二条は霊力を失っても霊装を纏っていないので全裸になるわけでもなく変化もないので実感がないようだ。

 「ま、ともかく帰るか!」

 「そうだな、シドー! お腹が減ったぞ!」

 「はいはい、わかってるよ」

 「ほら行くぞ二条!」

 「うん!」

 十香に手を引かれて歩き出す二条。士道もその後をついていき、夕騎はその様子を少し後ろで眺めていた。

 そして少しの間眺めていると二条がこうして自分以外の誰かと繋がりを持てたことが途端に嬉しくなり、少し口角を上げては後をついていこうとする。

 だが乾いた音が響いたかと思えば一度だけ夕騎の身体が大きく震えた。

 「ユーくん、どうしたんですか? 早く行きま――」

 不思議に思った二条が後ろを振り向き、つられて士道や十香も振り向けば――

 「………………やられたな、こりゃ」

 身体の中心を大きく穿たれ大穴が空いた夕騎は苦しげに息を漏らす。

 服は一瞬にして赤い血に滲み、崩れるように膝をつく。

 「夕騎っ!!」

 「……く、るな…………」

 肺に風穴を開けられ上手く言葉を発せられなくなってきた夕騎はそれでも士道達の身を按じて突き放すように手を出す。

 血を吐きながらも見れば遠くにレンズが陽に反射するように一瞬光ったのが見えた。あれは間違いなくDEM社製の<バンダー・スナッチ>の一機、今までおとなしいと思っていたがこの時を待っていたのだろう。

 夕騎が二条の霊力を封印するのを――

 前回十香が魔王になった条件は少なくとも二つ考えられる。

 一つ目は心底絶望し、天使以上の力を求めること。

 二つ目は霊力を失い、身体に霊結晶(セフィラ)を残していること。

 今の二条はそのどちらも満たすとしている。このままでは十香の時のように魔王を降臨させることになってしまう。

 夕騎は今にも途切れてしまいそうな意識をどうにか繋ぎ止め、何とか言葉を紡ごうとするが血が喉まで上って何かを話そうにも喀血することしか出来ずにままならない。

 「ユーくん……?」

 大丈夫だ、俺は死なないと二条を安心させてやることも出来ない。

 ――駄目だ、もう意識が……。

 夕騎の身体はそのまま地面に倒れ伏し、動かなくなってしまう。

 狙撃手がまだいる状況で二条は夕騎を一点に向けて幽鬼の如く覚束ない足取りで近付いていく。

 「駄目ですよ、こんなところで眠ったら。お家で零弥さんも美九さんも待っているのですから、早くかえりましょう。ね?」

 しゃがんで夕騎の手に触れるがその手は力なく項垂れ、夕騎を中心にして血溜まりが広がっている。二条の手にはびっしりと血がこびり付き、知識がない二条でもわかってしまう。

 夕騎はもう助からないのだと、どう足掻いてももう死んでしまうのだと。

 「……これからじゃなかったですか。十香は言ってくれました。これまでの時間は取り戻せないけれどこれから沢山の思い出を作ろうって。その時はユーくんも一緒じゃないと嫌ですよ……」

 どれだけ言葉を投げかけようとも夕騎から返事が返ってくることはない。

 もうあの笑みを向けられることはないのだ。何をしても帰って来ることはないのだ。

 二条の中である感情が芽生え始めていた。

 今まで誰かに対して怒りが芽生えることなんてなかった。憎しみなんて抱くことはなかった。

 負の感情に乏しかった二条でも理解してしまったのだ。

 「――憎しみって、こうやって生まれるんだね」

 「駄目だ二条!!」

 十香の制止の声は届きすらしなかった。

 霊力は夕騎に差し出してしまったが今は力が必要だ。

 何の正当性もなくていい。どれだけ殺してしまってもいい。

 生まれて初めて――誰かを殺したいと心から願い、手を翳した二条に『力』は応える。

 何もかも殺す力を携え、『知恵』は反転する――


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