デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第七五話『優しい言葉』

 「おーい二条、いつまでそうしてるつもりだってばよー?」

 「にゃぁぁぁぁぁぁ……」

 素を出してしまった二条はあれから夕騎の身体に顔を押し付ける形でずっと引っ付いており、真っ赤になってしまった顔を隠している。それは家についてからもそのままで今はソファに座っているのだがべたぁと引っ付いている。

 「私は薄々勘付いていたけどどうしてあなたは自分の性格を偽っていたのかしら?」

 「そんなのユーくんに嫌われたくなかったからに決まってるよ!」

 もはや失ったキャラを取り繕うことなく素のままでバッと起き上がった二条はバンバンと夕騎の膝を叩きながら熱弁する。

 「初めからこんな感じでいったら幼いユーくんに引かれると思ったの! だからあの部屋に来る金髪の言葉遣いを真似てたのにそれでユーくんとも仲良くなれてたのにこれで嫌われたらおっぱいモンスターのせいにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「全然嫌ってないからとりあえず膝パンやめろって地味に痛ぇ!」

 「ホント!? ボクのこと嫌いにならない!?」

 「ならないならない! ホント! マジで!」

 流石に膝が限界に達してきたのか夕騎がギブギブと止めれば二条は涙ぐんでいた目が爛々と輝かせ、

 「よかったぁ……」

 「ま、まあ良かったのはいいとして美九のことをおっぱいモンスターっていうのはやめときなさいって。仲良くしてくれ」

 士道のところのように犬猿の仲である十香や折紙のような状況を引き起こして欲しくないために夕騎は二条の手を借りると珍しくおとなしくしていた美九の手と触れさせて握手を求める。

 「はい、仲良しー」

 まるで幼稚園の先生のような声音で宥められた二条はやや不満そうだが握手をするとようやくここで美九が口を開く。

 「いやぁ可愛いですねぇ。やっぱり精霊はどの子も私好みですー」

 「何この人目が怖い!」

 漫画的表現なら目にハートが浮かんでいる美九はうっとりとした表情で二条の容姿を眺めており、貞操の危機を感じた二条は逃げようとするがこういう時だけ美九の力は強く振り切れない。

 「大丈夫ですよー、怖くないですからぁ。さ、一緒にお風呂に入りましょー」

 「ぎゃー! 食べられる! 風呂場に連れて行かれて性的に食べられりゅ! ユーくん助けて!」

 「……浴場で欲情ってか」

 「……夕騎、今のは本当に面白くなかったわよ」

 「……正直頭に浮かんだ時点で面白くねえなって思ってた、ごめん」

 「せめて話を聞いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 恍惚に浸った表情の美九に二条はそのまま浴場の方に連れてかれてしまい、扉が閉まる寸前に伸ばされた手は何と言うか『デーモンハンド』に似た絵面だった。

 他の精霊と仲を深めるのも悪くないとあえて助けなかった夕騎は一息つくと今度はインターホンが鳴り響き、零弥が行こうとするが夕騎が先に玄関の方へ行って扉を開けると――

 「どらぁ!!」

 「あべしっ!?」

 いきなり少女のドロップキックが飛んできて避けきれずに蹴り飛ばされる。

 一応靴を脱いで玄関に入ってきた少女――琴里は如何にも怒っていますよと言わんばかりな雰囲気で夕騎を踏みつけ、

 「何を勝手に行動しているのかしら、ユ・ウ・キぃ?」

 「こ、ことりんか、うぃっす」

 「『うぃっす』じゃないの! また勝手な行動してどれだけこっちが焦ったと思ってるのよこのウスバカゲロウ!」

 後ろには士道や十香もいて士道の頬にも赤々と手形がつけられている。何かあったかはわからないがあちらも何か鉄拳制裁されたのだろう。

 「いらっしゃい三人共」

 零弥が玄関まで来た頃には琴里に踏まれている夕騎に何やら申し訳なさそうにしている士道にきょろきょろとしている十香と意味が分からない状況だがとりあえず三人分のスリッパを用意して招き入れた――

 

 

 

 「それで夕騎、これはどういう状況? はっきり説明してちょうだい」

 「俺にもよくわかんねえんだけどDEM社に捕らわれてた二条はチャンスがあって脱出出来たみたいでここまで来たって感じ?」

 「DEM社に捕らわれていた、ねぇ」

 琴里が視線をやるとソファの方では十香と二条がまずは鉛筆の持ち方を練習していて零弥と美九はその様子を微笑ましく見ている。

 「こうやって持つのだ!」

 「こう、かな?」

 「もう少しこのあたりをだな――」

 十香は割と人見知りする方だが二条とはすぐに仲良くなっていて二条も楽しそうに十香から持ち方を教わっていた。二条も素の自分を隠すのをやめて最初は少しギャップを感じた十香だがすぐに慣れてしまっている。

 そんな様子を見て琴里はDEM社のウェストコットやエレンのことを思い出すと難しそうな顔をし、

 「DEM社だし簡単に逃がしてくれそうにないと思うのだけれどね」

 「これはことりんに話すよりも前だけど狂三に二条の話をしたことがあってさ。もしかしたら狂三が関わっているのかもしれねえな」

 「狂三に会っていたなら報告しなさいよ!」

 「ふぉ、ふぉめんなせえ……」

 狂三と接触していたことも琴里に報告していなかったのでそのことも叱責されて頬を抓られる。

 士道も美九の件では狂三の助力を得ていたためにその力を知っている分どこか納得したように頷き、

 「確かに狂三だったら相手がDEM社でも太刀打ち出来るだろうし」

 「まあこの家にも狂三は沢山いるんだがそこは置いといて二条本人に聞いた方が早いな」

 「「え?」」

 この家に狂三が沢山いると聞いた士道と琴里は二人揃って不審そうな目であたりを見回すが夕騎はあっ……といった表情になる。分身体の狂三を身体に吸収してからというものの分身体の狂三の居場所は全て把握出来るようになってしまったのだ。

 例えば夕騎家は特に多く配置されていてどの部屋にも一人は配置されている。管理願望が強い狂三に萌えを感じつつも勉強中の十香と二条の方へ行くと問いかける。

 「なあ二条、勉強中悪いけどちょっと質問に答えてくれないか?」

 「ん、何ユーくん?」

 「お前がDEM社から逃げ出せた時って他に誰かいたか?」

 問いかければ二条は少しだけ過去を思い出すように人差し指を額に当てて考えるとすぐに思い出したのか指を立てる。

 「いたよ、黒い精霊かな。何人も分身がいたような気がしてボクに何か聞きたがってたんだけどユーくん優先して置いてきちゃった」

 「もしかしてこんな精霊?」

 夕騎はそう言ってネックレスにしていた黒色の霊結晶(セフィラ)を葉巻のように咥えるとソファの影に手を突っ込んで狂三の分身体の一人の首根っこを掴んで野菜感覚で抜き出す。

 「あらあら夕騎さん、大胆ですわね」

 「うわっ!?」

 「き、貴様狂三か!?」

 その姿を見た途端に二条は驚いて下がり、十香は警戒心を剥き出す。見慣れている零弥はともかく士道も琴里も驚き、美九は驚きでさりげなく零弥に抱きついている。

 「そんな驚かなくてもよろしくてよ? わたくしは本体(オリジナル)に夕騎さんの監視を命じられているだけで士道さん達に危害を加えるつもりはありませんの」

 「はっ、まるで信用出来ないわね」

 「まあまあ、炎の精霊さんは手厳しいですわね」

 士道を一度食べられかけたことで分身体であろうともまるで警戒心を緩めない琴里はさておき、夕騎は分身体の狂三を指す。

 「二条、見たことあるか?」

 「うん、この精霊だったよ」

 「おお、そうか。ありがとな、狂三もありがとよ。これで二条のDEM社からの脱出には狂三が関わってるってわかったみたいだってばさ」

 「いえいえ」

 聞き終えれば夕騎は霊結晶(セフィラ)を口元から離し、分身体の狂三を元のソファの影に戻す。

 唖然とする状況だが美九はやや不満そうに夕騎の背後まで移動するとそのまま抱きつき、

 「さっきの子は誰なんですかー?」

 「俺の嫁ー」

 「…………」

 即答した『俺の嫁』発言に美九や零弥から一瞬黒色のオーラが出たような気がするが美九はにこにことした表情で腕にきゅっと力を込め、

 「その話もっと詳しく聞かせてくださいよー」

 「え、いや、その……」

 この後めちゃくちゃ尋問された――

 

 ○

 

 「くくく、我が半身夕弦よ。今宵の晩餐は如何様にするか?」

 「返答。オムライスにしましょう」

 日が暮れた頃、八舞姉妹は少しばかり遅くなってしまったが夕食の買い物に来ていた。

 四糸乃のように士道の家でご馳走になることもしばしばあるのだがこうして自炊することの方が多い。幸い二人共決闘の中で料理勝負をしていたために料理もこなせるので調理の最中に爆発事故、なんてこともない。

 並んで歩く八舞姉妹だが夕弦はふとすれば何か考え始める。

 「…………」

 「どうしたの夕弦? 体調でも悪いの?」

 急に黙り込んでしまった夕弦に思わず素の声で話しかける耶俱矢。

 「否定。いいえ、そうではありません。大丈夫です」

 DEM社の一件以来夕弦はこうしてたまに考え込むようになってしまったのだ。

 何を考えているのか、半身である耶俱矢には何となくわかる。

 「あの精霊のことだよね、夕弦が気にしてるの」

 (……キザシは愛されてないんだ。必要とされてないんだ……だからもういらない。パパもママも、何もいらない!!)

 DEM社で出会ったあの精霊――兆死が去り際に言っていた言葉は夕弦の心の中でどこか突っかかっていたのだ。

 耶俱矢の言葉に夕弦は頷く。

 「肯定。もし耶俱矢がいなければ夕弦もああなっていたかもしれないと考えると兆死に同情の念を抱いてしまいます」

 「そうだね、あたしも夕弦がいなかったらどうなってたかわかんないし」

 「仮想。もしかしたら『八舞』という精霊がこうして耶俱矢と夕弦に分かれたのもそういった『孤独』を抱かないようにするためだったかもしれません」

 そう言われれば耶俱矢も納得するところが多々ある。精霊はそれぞれ『孤独』を負っている。士道や夕騎と出会うまではそれぞれ誰も味方がおらず『孤独』に甘んじていた。

 八舞姉妹はずっと一緒に行動していたために感じることはなかったが十香は士道に出会うまでずっと『孤独』だった。それでも十香が今笑ってられるのは士道が救いの手を伸ばしたからだ。

 「あたしには夕弦が考えてることわかるよ。士道があたし達に手を伸ばしてくれたみたいにあの子にも手を伸ばそうとしてるんでしょ?」

 「首肯。はい、夕弦は兆死を助けたいと思っています」

 愛されてない、何もいらない、そう言った兆死を『孤独』から救ってあげたいと思ってしまったのだ。

 「だったらあたしも手伝うし。あたしらは二人で一人、でしょ?」

 「同調。その通りです」

 互いに微笑み合う八舞姉妹に一陣の風が吹く。

 風の精霊である八舞姉妹にはその風の流れも把握することができ、さらにその風のにおいまで理解することが出来る。

 だからこそ、二人共顔を顰める。

 「ねえ夕弦、このにおいって……」

 「解析。血、ですね」

 風に乗って流れてくるこの独特な鉄臭さ、それも一つや二つではない。多くのものが混ざっている。

 気付いた時には八舞姉妹は二人揃って走り出していた――

 

 ○

 

 「何で、こんなことに……」

 路地裏を進んだ先にある溜まり場で一人の少年は苦痛に顔を歪めながらも痛みよりも何故こうなっているのか頭が状況を理解しきれていなかった。

 今日はいつも通り仲間達と溜まり場に集まって夜通しで遊んでいるはずだったというのに一人の少女が現れてから五分も経たないのに少年以外の仲間は皆殺されてしまった。

 血で染めたような赤い髪、高身長な身体に携えられているのは身の丈ほどの長刀。長刀からは血が滴り、地面は水溜りのように血が広がっている。

 「…………」

 赤い髪の少女は何も話さない。まるで呼吸するような自然さで次々に人を殺したかと思えば彼女の周りだけ空間が歪むように揺れ、出てきたのは何着もの着ぐるみだった。

 着ぐるみは蠢くように地面を這い、死体となった少年の仲間に纏わり付いたかと思えばゴキメキと不快音を奏でながら骨組みに組み込んでいくように飲み込むと二足で立ち上がり産声ならぬ呻き声を上げる。

 「どうしてキザシはキミだけを生かして残したと思う?」

 髪から血を滴らせ少女――兆死はわざと生かしていた少年へと目を向ける。【死士(ライツェ)】となった仲間達も同時に赤い双眸を光らせて少年に視線を集める。

 「キザシの存在を鮮明に刻むためだよ。キザシが人間を殺すのは『恐怖』として刻み込んで、死んでも思い出せるようにするため。でも今回はキミだけ特別なところに案内してあげる」

 少年の足下が水面のように揺れたかと思えばそこから飛び出してきたのは夥しい数の腕。狂三のものとは違ってどれもこれもが血塗れで欠損が見られ、酷いものでは血肉から骨が見えているものが一斉に少年を掴めば叫ぶ暇さえ与えずにどこかへと引き摺り込む。

 「【死士(ライツェ)】の中でも特別製にシテあげる……」

 虚ろな目を浮かべる兆死は猫背になっていた上体を反るようにして起こすと思わぬ乱入者達に目を向ける。

 「はじめまして、じゃないよね。で、キザシに何か用?」

 現れたのはDEM社で見た気だるそうな目つきをした少女と活発そうな少女の双子の精霊。

 兆死の初見殺しの天使――<死生爪獣(サリエル)>の初撃を防いだ初めての存在。

 精霊が人間を殺す場面を初めて見てしまった耶俱矢は純粋な疑問を抱いてしまう。

 「あんたどうしてそんな風に人を殺せんの?」

 「理解できないってカオしてるね。キザシのことは理解できないよ……誰にもね」

 「呼名。兆死、こんなことはもうやめましょう」

 「どうして?」

 「意味ないじゃん。殺しても誰かと繋がりを持てるわけじゃないんだし」

 耶俱矢の一言に兆死の肩は揺れ反応を示す。そして俯いて前髪で見えなかった容貌だが手で掻き揚げればその目には強い殺意が垣間見え、

 「……独りじゃないキミにはわからないよ。何もないキザシにはこの繋がりしかないんだ……っ!」

 「否定。いいえ、あなたの視野は狭まっているだけです。今あなたの目の前にいる夕弦や耶俱矢は新たにあなたと繋がりを持とうとしています」

 夕弦は耶俱矢とどちらが真の八舞に相応しいか決闘し続け二人共互いに生かそうとしていた。どちらかが生きてどちらかが消滅する。二人共その発想しか出来なかったが或美島で士道は第三の選択肢を与えてくれた。

 兆死も今過去の八舞姉妹のように一つの発想に囚われ過ぎている。

 「誰かと繋がりを作るのに殺す必要なんて絶対にない。あたしらはあんたに手を伸ばす」

 「同調。士道は夕弦達にそうしてくれました。だから今度は夕弦達があなたを救います」

 「…………」

 伸ばされた二つの手、兆死はその手を見れば八舞姉妹の表情を窺いやがて顔を再び俯かせる。

 やがて一息吐けば――

 

 「……キザシはもうそんな優しい言葉に騙されない!!」

 

 歪んだ次元から兆死は巨大な鋏を取り出したかと思えばその場から跳躍し、左右の壁を伝って八舞姉妹の頭上から開いた鋏で伸ばされた手を切り落としに掛かる。

 「夕弦!」

 尚も伸ばし続けようとする夕弦に耶俱矢は兆死が本気で夕弦の手を切り落とそうとしているのがその身に纏う殺意で理解し、咄嗟に夕弦の身体を抱き寄せるようにして回避行動を取る。

 コンクリートの地面に斬撃まで刻み込んだ兆死は追撃することはなく反対に八舞姉妹から離れたかと思えば両腕をだらりと下げ、

 「キザシは誰にも救われない! 誰にも愛されない! そんなことは知ってるもん!! だってキザシは人を殺す精霊だから!」

 巨大鋏を手放し次元に手を突っ込んだ兆死は掴んだものを引き抜くとそれは八舞姉妹の前に着地する。

 一言で例えるならばそれは――人面の獅子。

 何人もの人間を無理矢理繋ぎ合せ、無理矢理獅子の形を取っているが肉は腐り落ちており、だが死ぬことはない。腐臭に塗れた息を吐き、呻き声を上げながら八舞姉妹に視線をやる。

 気味が悪い、抱いた感想はそれだった。

 どれだけの悪意を持てばここまで人間を化物へと変貌させることが出来るのか。

 「【死士・獅子(ライツェ・レーヴェ)】、ついさっき出来上がった新作。さあ――あの二人を殺して」

 兆死は幽鬼の如くゆっくりとした動作で指示を出せばその動きよりもはるかに速く地を蹴って八舞姉妹へと肉薄した―― 


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