デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「……とまあ家に連れて来ちゃったわけだがこれどうするかぁ」
「そうね、まずは琴里に連絡するべきじゃないかしら?」
「でも二番目はずっと監禁されてて『組織』全般に不信感抱いてることもありえるしー下手な真似するのもなぁ」
あれから夕騎と零弥は二番目の精霊を自宅へ連れ帰ってどうするべきかと会議をするが一向にいい方法が見当たらず、一方霊装を解除して零弥の私服に着替えた二番目の精霊はテレビを見て驚いている。
「ユ、ユーくん! こんな薄い板に人が映っています!」
「それは『テレビ』って言うんだよ。電波やら何やらで詳しくは専門的な知識がねえからわからねえけどとにかく映像が映し出されるんだ」
「すごいですね、ボクが知らないうちに文明はいくらでも発達しています」
「ずっと狭い場所に監禁されていたのだから知らなくても当然よね」
見る物全てが新鮮で驚きだらけの二番目の精霊に零弥も自分もこの世界に初めて現界した時はこんな様子だったと懐かしく感じる。
あちこち部屋の中を眺める二番目の精霊はソファに座るとぽんぽんと膝元を軽く叩いて夕騎に何か訴えるような目をしており、
「ほらユーくん、昔のようにボクの膝に座ってください。またユーくんの話が聞きたいです」
「こ、この歳になって俺が膝上に乗るってのもなぁ」
「だったら反対にユーくんが座ってボクがユーくんの膝上に座ります」
促されるまま夕騎は先にソファに座らされると二番目の精霊がその上に乗ると夕騎の腕を自身の身体に絡めるようにすると満足そうに笑む。
「懐かしいですね、本当に。それにこの部屋からはユーくんのにおいがたくさんします」
「はは、そうかいそうかい」
零弥から見れば絵面はややアウトなのだが二番目の精霊にも夕騎にもそのつもりはないので零弥は何も言わずにいると夕騎は何か気付いたのか二番目の精霊に零弥の方を向かせる。
「あの椅子に座ってるのは零弥、俺が初めて霊力を封印した精霊なんだ」
「初めまして。零弥よ、よろしく」
「はい初めまして、ボクに名前はありませんから『二番目』とでも――」
「それなら夕騎に名前を付けて貰うといいわ。せっかく外に出られたのにいつまでも名前がないのは不便でしょう、ねえ夕騎?」
「おう、確かに名前がないのは不便だ」
零弥の提案に夕騎も頷く。過去に士道も十香の命名者になっていて夕騎も密かに精霊に名前を付けることに憧れていたので大歓迎だ。
それは二番目の精霊も同じでうんうんと頷き、
「はい、ボクもユーくんに名付けて欲しいと思います」
「そうだなぁ……」
うーんと夕騎は二番目の精霊の顔を見ながら考え始める。
やがて思いついたのか零弥にノートとペンを持ってきてもらうと相変わらず達筆な字で記し、その紙をテーブルの上に置く。
「これは、何と読むのでしょうか……?」
「『
「好きだから……はい、とてもいいと思います。ボクも気に入りました」
好きだから、理由はそれだけで充分で心の底からその名を気に入った二番目の精霊――二条は零弥の方へ一礼し、
「改めて初めまして、ボクの名前は二条です。よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
互いに手を出し合って握手をすると零弥の方も二条に対して警戒心は示しておらず、何となくだが気が合いそうに見える。
「少し遅くなったけど夕飯にするわ。二人共待っていて」
握手し終えれば零弥はキッチンの方へ行ってしまい、手伝うことが出来ない家事スキルゼロの夕騎と二条は今まであったことを話し、今まで話せなかった分を取り戻すように仲睦まじく同じ時間を過ごしていった――
○
「アイク」
「ああ、もうすでに聞いているよ。二番目の精霊が輸送機から逃げ出したらしいね」
「聞いていましたか」
イギリスにあるDEMインダストリーの最上階にて夜景を眺めていたウェストコットに後ろで控えていたエレンは諜報員から送られてきた情報を口にする。
「そしてユウキとの接触も果たしたようです。ベイリーが遺していた戦闘映像では一時的に精霊となったユウキが電撃を放っていました」
「そうか、それではあの女にとって場は完全に整いつつあるというわけか」
「アイク、あなたの願いを叶えるにはもう今しかありません」
ウェストコットが『あの女』と呼ぶ者の願いを叶えるための場はすでに完全に整ってしまっている。
<精霊喰い>の力は【
役者は揃ってしまった。それに過去に仕込みをし、そこからずっと時が熟すのを待っていた『あの女』がいつ介入してきてもおかしくない状況なのだ。
『あの女』が出てきて介入されてしまえばウェストコットやエレンですら止められなくなれなくなってしまう。しかし、まだ介入してきていない今ならば話は別だ。
「そうだね」
遠い景色を眺めウェストコットはエレンの意見に同調する。
夜刀神十香の反転もその目で捉え、二番目の精霊は夕騎の思わぬ執着を見せている。二番目の精霊は夜刀神十香と近い精霊だ。反転させる方法は夜刀神十香の時とそう変わらない。
ウェストコットの悲願が達成される時はもうすぐ傍まで来ているのだ。
「――
仰々しく両手を広げたウェストコットにエレンは頷き、
「はい、仰せのままに」
途方もない純粋な悪が蠢く――
○
「……お箸を扱うのは難しいですね」
「まあ誰でも最初はそんなモンだって、ほらここはこんな感じに……」
翌日の朝、昨日の夜はあのまま食事を摂って風呂に入り、トランプなどでルール説明をしながら二条や零弥と遊んでいれば気付けば眠り込んでしまっていた。
現在二条は昨日もチャレンジしていた箸の扱いに苦戦をしており、夕騎は持ち方が乱れれば逐一それを直している。零弥はすでに夕騎と出会う前から練習していたので手馴れたもので二人の様子を眺めながら少々懐かしいものを感じている。
「私も初めは苦戦したわ。でも練習していけばある日突然使いこなせるようになるの」
「むむむ……頑張ります」
零弥のアドバイスに二条も頑張るがなかなか上手くいかないようで奮闘しており、夕騎はそれを横目にこれからどうするのかを考える。
「とりあえず二条は家に置いて学校行くか、そん時に<フラクシナス>に相談すればいいし。そこから指示を煽るか」
「そうね。二条、私達は学校に行くからあなたはこの家で留守番しておいて。退屈しのぎなら沢山あるから」
「……?」
そう言って夕騎と零弥は先に皿を洗面所の水に浸けるとどこかに行くのを察したのか二条も立ち上がり、
「『がっこう』って何ですか?」
「んー、勉強する場所だな。でも青春するところでもあるし一言で伝えきれないけど何と言うか……とりあえず『すっげー人間が集まってあれやこれやする場所』だ!」
「凄い適当な説明ね」
「ボクも行きたいです!」
「出来るなら外に出ずに留守番していて欲しいんだけどなぁー」
「……ヤダヤダ!! ユーくんと一緒じゃなきゃヤダもん!!」
「「……え?」」
夕騎の服の裾を抓んで一瞬仮面が剥がれ落ちて素の性格が出たように駄々をこねる二条に思わず夕騎と零弥は不審そうな声を上げるが二条はハッとした表情ですぐさま訂正する。
「ユ、ユーくんと離れるのは嫌です。一緒にいたいです」
慌てて訂正する二条だが零弥は何となく自身が二条に対して抱いていた違和感の正体がわかったような気がするが夕騎はそんなことよりも離れたくないと言った二条をどうするか悩む。
「こんな二条を家に一人で置いていくのも不安だしどうすっか」
「それなら学校に早く行ってそれとなく椅子と机を用具室から持って来ればいいじゃない。当たり前のように座っていれば触れられることはないと思うわ」
「意外に大胆な考えだなそれ、でもタマちゃん先生なら一人二人生徒が増えてても気付かないだろうしな。イケるか」
「制服なら私のがあるわ、サイズも近いでしょうし大丈夫よ」
「それなら二条も一緒に行くか!」
「やっ……よ、良かったです」
今絶対やったーと言おうとしていた二条に零弥は二条という精霊がどんな精霊なのかすでに掴んでしまったが彼女はそのことを一応隠しているつもりなので黙っておくことにした――
○
『あーもっしー、ことりんいるー?』
「いえ今司令は学校に行っていますのでいませんがどうしましたか夕騎くん」
<フラクシナス>の艦橋にいた神無月は珍しく自ら通信してきた夕騎に怪訝そうに問いかければ夕騎は『ことりんはいないのかー』と少しばかり考えたが数秒後には信じられない言葉を紡ぐ。
『――二番目の精霊が俺に会いに来て今学校にいるって言ったら信じる?』
「……え?」
この発言には神無月も艦内にいた誰もが驚き、夕騎の現在位置である教室内を映し出す。見ると夕騎は窓際あたりにいてインカムで話しているが周りに怪しまれないように携帯電話を耳に当てて話しており、それより目を引いたのは転入生でも来たかぐらいの勢いで一人を中心に人間の輪が出来ていることだ。
その中心にいるのは灰色の髪を伸ばした少女で周りから質問されればわかる範囲で答えていて少し困っている様子で夕騎の方を見ている。
「あの輪の中心にいる少女から霊力の反応が見られます!」
椎崎がその少女を測定すれば霊力反応があり、いつもは何事にも冷静で平坦な態度の令音ですら驚いたような顔をしている。
「いくら何でも唐突過ぎるぞ!」
川越もあまりに唐突な事態に状況を飲み込めないところもあるがとにかく司令官である琴里に通信を図ると少し経って琴里の声が聞こえてくる。
『まったくどうしたっていうのよ、今授業中よ?』
「も、申し訳ありません! ですが、精霊が出ました!」
『……場所は?』
「来禅高校です! 今月明夕騎から連絡があって私達も状況を把握できたのですが」
『夕騎に繋いでちょうだい、詳しく話を聞く必要があるわ』
「…………」
『どうしたのよ川越』
「えーっと……何と言いますか、今インカム落としたみたいで繋がりません」
『はぁ!?』
川越は夕騎に通信を繋ごうとしたがその寸前に亜衣に「だーれと通話しちゃってんのよ月明くぅん!」と茶化すように背中を押され油断していた分窓から落ちそうになって麻衣と美衣に助けられているうちにインカムを外に落としてしまったようだ。
『それなら士道に繋げてちょうだい』
「……シンは今インカムを着けてすらいないようだね」
『何なのよあの二人は!』
留まることを知らない二人のポンコツぶりに琴里は怒るというよりも呆れたという感情の方が強く出てしまい普通にツッコミを入れてしまった――
○
「なあ夕騎、あの子は一体何なんだ? 転入生ってわけでもなさそうだし」
昼休憩の時間、士道は突然教室に当たり前のようにいた二条に対して疑問を抱いていた。
ホームルームの際に担任のタマちゃんも「あれ? こんな子いましたっけ?」的な状態に陥って混乱していたが夕騎や零弥が二人揃って「いました」とゴリ押しで何とか通していたがクラスメート達は突然やってきた転入生でもない美少女に驚きを隠しきれずにいる。
夕騎はようやく周りに人だかりが少なくなってきた二条に目をやりつつ、
「精霊だよーん」
「……え?」
「だから精霊、DEM社に捕らわれていた二番目の精霊だってばさ」
夕騎はそう伝えると瞬時に驚きの声を上げそうになる士道の口に箸で抓んでいたタコさんウインナーをひょいひょいと投げ入れて黙らせるとしーっと人差し指を自身の口元に当てる。
「騒ぐなって小童よ、心配しなくても二条は危害を加えてくるような精霊じゃねえってば。ほら見てみろよ」
二条のところに変化があったのか士道がそちらに視線をやると二条の元に十香が何やら平仮名が書かれた小学校低学年生が持っていそうな下敷きを持って何やら二人で頑張っているようだ。
「零弥ー、あの二人何してんの?」
「十香が二条に読み方を教えているのよ、平仮名のみだけど」
話を聞くと現代文の授業中、夕騎が爆睡していたのだが二条はそのうちに教科書を夕騎から借りたのはいいが文字が読めずにいると同じようにちんぷんかんぷんな表情をいていた十香に読み方を聞いていたらしい。
その時から十香は二条に何か自分と共通するところを見出したのか一限目から今までで共に勉強し合う仲になったようで仲睦まじく十香が二条に文字の読み方を教えている。
「ずっと捕らわれてたから文字なんて読めるわけねえモンな。そう思えば零弥は凄いよな、すでに漢字まで読み書き出来るんだろ? 前の現代文のテスト点数俺と一点差だったし」
夕騎も文系科目は得意で科目別順位では学年一○位以内に入るほどで英語に至っては国外に住んでいたこともあってか満点に近い点数を取れている。英語の点数だけは折紙の一位を脅かせるレベルである(最終成績は授業態度も含まれるため夕騎に勝ち目なし)。
「私は静粛現界しているうちに学んだけれど十香や二条はこれからゆっくり学べばいいのよ、焦る必要なんてないわ」
「はは、違いねえ」
楽しそうにしている二条や十香の表情を見ればしみじみそう思える夕騎だったが、心の内には一抹の不安が過ぎっていた。
二条がここに現れたことはすでにDEM社にも伝わっているだろう。だからこそ、今の何も起こっていないこの状況を嵐の前の静けさとしか思えなかった。
○
「それで琴里には相談したのか?」
「相談しようとしたんだけど亜衣麻衣美衣の三人のせいでインカム落としちまってよー」
「何してんだよまったく」
インカムを落としたのとインカムを初めから着けていなかった二人はそう言って笑い合っていると後ろから駆けて来るような靴音が響いて音は徐々に近付いてきたと思えば――
「だぁりぃんっ!!」
「ぎゃぼふぅ!?」
誰か背後から飛びついてきたのか夕騎は前のめりに倒れそうになるが後頭部にやけに柔らかい感触を感じ、そのまま後ろから腕を回され目元を隠されてしまう。
「うふふ、だーれだ?」
「この感触はハニーだ!」
もはや声などではなく胸で判別していることはさておき夕騎に後ろから抱きついている少女――美九はそれでは何か不満なのか首を横に振り、
「それだけでは満点ではないですよー。具体的に言えばぁ、『ハニー』の前に何かが足りてませーん」
「い、愛しのハニー?」
「はーい正解ですー」
ちゅ、と夕騎の頬にキスをすれば美九は一旦夕騎から離れると腕に自身の腕を絡ませる。
やや前を進んでいた十香、零弥、二条も美九に気付いて振り向くと美九も新しい人が増えていることに気付く。
「あららー、新しい子が増えてますねー」
「ボクは二条といいます」
「はーい、私は誘宵美九ですー。アイドルでだーりんのハニーもしていますぅ」
その発言かどうかは知らないがやけにベタベタと夕騎に引っ付く美九に二条はむ、とした表情を見せるが夕騎は見ていなかったのか知らずに美九に問いかける。
「てか美九は何しにここに来たんだ? 帰り道ってワケでもなさそうだし」
「明日オフですしだーりんと一緒にいたいと思って来ちゃったんですよー」
「その様子だと泊まる気満々のようね……」
手にはお泊りセットだと思われる鞄を持っていてアポなしですら夕騎は一○○パーセントオーケーを出すことをわかっているのだ。
「いいけどさ、むしろウェルカムカモーン!」
「やったぁ! だーりん大好きですーっ!」
案の定快諾した夕騎に美九は抱きついてちゅっちゅしているととうとう何か我慢の限界に来ていたのか二条はプルプルと震え、それを見た十香は怪訝そうな顔をする。
「どうしたのだ、二条?」
「う……」
「……う?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ボクのユーくんから離れろこのおっぱいモンスター!!」
「ごほぉ!?」
今までのキャラをかなぐり捨てて夕騎の元へ突撃した二条はそのまま夕騎の腹部に頭突きするように飛び込むと美九から引き離し、ホールドと言わんばかりな力の強さで抱きしめると涙目で訴える。
「ユーくんはボクのなんだぞ! ちょっとおっぱいが大きいからってユーくんを誘惑するにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シャァァァと猫のような威嚇を見せる二条は語尾を思い切り噛んで本当に猫のようになってしまったがあまりのキャラのブレように誰も頭が追いつかなかった――