デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第七三話『約束』

 (キミの名前を聞かせてもらえますか?)

 (夕騎、月明夕騎)

 (月明……夕騎、それでは『ユーくん』と呼ばせて貰いますね)

 (お、おう)

 他人行儀な言葉遣いだが名前を聞いた途端にすぐ愛称をつけられてどっちなのかわからない夕騎だが入室すると扉が閉められる。

 (そんなところに立っていないでもう少し近寄ってください。先ほどは申し訳ございませんでした、ここに入れるのは本当に二人だけだったので。ユーくんからは敵意が感じられませんし絶対に攻撃しません)

 物腰柔らかに拘束具さえなければ詫びの礼をしているぐらいの申し訳なさそうにし、怪我もしていない夕騎はそこまで謝られていることもないので相手の言う通りに近付く。

 (ボクはずっとここに閉じ込められていてとても暇をしていたのです。良ければユーくんのお話が聞きたいです)

 (そりゃ別にイイんだけどさ、二番目は俺のこと『化物』って思わないのか?)

 (……? どうしてですか?)

 精霊を殺す力を持った<精霊喰い>の牙を持つ夕騎は人間からも精霊からも『化物』だと思われるのが当たり前だと思っていたが二番目の精霊はそんなことを全く思っていない様子で首を傾げる。

 (ボクには人間の価値観はわかりません。自分と違う特別な力を持っているからといって『化物』なんて失礼じゃないですか。ボクはユーくんを否定しません)

 (二番目……)

 今までDEM社にいた人間達から向けられていた目とは全く違う精霊の優しい目で見つめられれば夕騎はそれ以上何も言うことが出来ずにいると二番目の精霊は拘束されて動かせないがとにかく指で自分の膝元を指差す。

 (ボクの膝に座ってください。もっと近くで話しましょう)

 (おう!)

 この時点で夕騎の中では自分の存在を認めてくれた精霊という存在が人間を軽く凌駕して今ではすでに頭の中からエレンなどの存在は消えてしまっている。

 膝の上に乗った夕騎に二番目の精霊は頭に顔を近づけてにおいを嗅ぎ始める。

 まるで『夕騎』という存在を記憶に刻み付けるかのようににおいを嗅ぐ二番目の精霊はしばらくすると満足したのか顔を離す。

 (ユーくんから何か焼けたようなにおいがします)

 (ああ、多分火事の時に付いたんだな。服着替えてシャワーも浴びたんだが取れてなかったか)

 (火事?)

 (俺が住んでた天宮市っつうところで火事があったんだ。そこで俺はほとんど覚えてねえけど家族を失ってシャチョーやエレンに拾われたんだ)

 (……ユーくんは一人になってしまったのですね)

 拘束具さえなければ思い切り抱きしめてあげられるというのにそんなことも出来ない二番目の精霊は歯痒さを感じるが夕騎は気にせずににかっと笑い、

 (今はこうして二番目と二人だから大丈夫さ。俺はこう見えて図太いんでね、どこでだって何だかんだで生きてられるし! こんな話よりももっと違う話をしてやんよ!)

 (ありがとうございます。それではどんな話を聞かせてくれるのですか?)

 (まずはそうだなぁ――)

 それから夕騎は時間を忘れたかのように二番目の精霊に色々な話をした。

 夕騎の故郷である日本の話。夕騎の家族の話。他の国の話。今の夕騎には記憶が混濁している部分があって多くは思い出せなかったものの二番目の精霊はどれも興味津々な様子で聞いてくれた。

 時計がないためにどれだけ時間が経ったかはわからないが二人にとって初めて出会ったというのにそれはもう仲睦まじく過ごしたのだ。

 (まだ聞いてなかったけど二番目はどうしてここに捕まってるんだ?)

 (ボクにもわからないのです。ボクがボクとして顕現した時からこのように拘束されているのですよ)

 (ここから出たいと思わねえのん?)

 (そうですね、今まで出ても目的がありませんでしたからここに留まっていましたがユーくんから聞いた世界が見たくなってきました。この拘束具さえ解ければ出られるのですが)

 (むむむ……)

 二番目の精霊から降りた夕騎は拘束している拘束具を見てみると鍵穴というもの見当たらず分厚い鉄製で夕騎の力ではどうにも砕けそうにない。しかし歯を<精霊喰い>の牙に変えてとりあえず噛んでみる。

 (な、がが……かてぇ)

 (ユーくんの力はどうにも精霊以外には全くの無意味のようですね)

 (むぐぐ、こうなったらこの島のどこかからこんな枷ブッ壊せるようなモン持ってくる!)

 例えそんなものが見つかったとしても子供の夕騎に使うことが出来るのかと二番目の精霊は少々疑問に思うが当の夕騎は張り切って拳を握り締める。

 (絶対助けてやるからな! 二番目はもう『友達』だからな!)

 (とも、だち?)

 (そう『友達』、親しい人物のこと。友達の基準って何? って言われたら答えようねえけど基準はソイツ自身で決めることさ)

 (だったらボクにとってもユーくんは『トモダチ』です)

 (そんじゃあ次はコレだコレ)

 夕騎はそう言って自らの小指を立てて二番目の精霊の小指と絡めると二番目の精霊は怪訝そうな表情を浮かべ、

 (これは?)

 (『指切りげんまん』、古来の日本より伝わりし伝統の約束を果たすという誓約を交わす儀式であーるる! えーっとつまり、俺が二番目を必ず助けるっていう誓約を立てたのさ!)

 (約束……誓約……)

 太陽のような笑みを見せてくれる夕騎に二番目の精霊もその単語を復唱すれば顔を俯かせて上がる口角を隠すようにし、何度も頷く。

 (はい、はい……約束ありがとうございます)

 (おいおい礼はここから抜け出してからだろ)

 (――それは私が許せません、ユウキ)

 扉を開けていざ何か拘束具を壊せるようなものを探しに行こうとした途端にそこにはエレン・M・メイザースが悠然と佇んでいた。

 (エ、エレン、何でここに……)

 (それはこちらの台詞ですよ。まさか輸送機に紛れてこんなところに来てしまっているとは。それに私のカードを使って精霊にまで会ってしまっているとは少しでも目を離した私の責任ですね)

 エレンはその美貌を悩ましげに歪ませつつ一息吐くと夕騎を捕まえて空いている手を二番目の精霊の方へと翳し、

 (ユーくん!)

 (あなたは黙っていてください、二番目の精霊)

 (ぐ、うぅ……)

 身動きが取れない状況でエレンの随意結界(テリトリー)の重圧を受けた二番目の精霊は苦しげな声を上げ、夕騎は手を伸ばそうとするがそれもエレンの随意結界(テリトリー)に阻まれる。

 (あなたならそんな重圧容易に中和出来るでしょう。苦しんでいる真似をしてユウキの同情を煽るのはやめなさい)

 (放せババア!)

 (バっ……私はババアではありません!)

 いきなり『ババア』と呼称が変わったエレンは軽く困惑と狼狽を見せているうちにも随意結界(テリトリー)内でジタバタ暴れるがそもそもこれが何かも理解していないので抜け出すこともままならずに次第に疲れてぜぇぜぇと息切れする。

 そんな様子に二番目の精霊は首を横に振り、

 (ボク、待っていますから。いつかユーくんがボクのことを助けてくれるって信じていますから……っ!)

 浮かべられた二番目の精霊の笑みに連れ出されていく夕騎はどうにか頷くとそのまま無理矢理本社の方へと帰還させられた――

 

 ○

 

 あれから数週間、エレンは食堂で頭を悩ませていた。

 二番目の精霊の一件があってからというものの夕騎は一切懐いてくれず挙句に呼称は『ババア』。尊敬の念も憧れの念も微塵も抱いておらず近付くだけで嫌そうな顔をされる。

 (こ、こんなはずでは……)

 本来ならネリス島にさえ行かずに精霊とも出会っていなければ今頃とても懐かれていてエレンの言うことなら何でも聞くいい子に育っていたはずなのに今では正反対なことになってしまっている。

 人間にはまるで興味がなく訓練を受けさせているもののそれ以外は資料室で精霊の情報をずっと見ていて話しかける隙なし。

 (うぃーっす、人類最強ともあろう女がこんなところで何を悩んでるのさ)

 (……シルヴィア・アルティー)

 悩むエレンの向かい合う席に座って昼から随分と重い肉料理ばかりを皿に乗せ、スーツの着こなしがどこかだらしない女性が座る。

 女性――シルヴィはエレンよりも後輩なはずだがまるでそんな上下関係を気にしていないのか周りはエレンを軽く避けるように座っているというのに堂々とした態度でエレンの悩みを見破る。

 (あーわかった。最近この会社に来た子供が思うように懐いてないんだろ)

 (なっ……何故それを)

 (だってアンタの顔が子育てに悩む母親の顔のそれだったからな、はははは!)

 (わ、笑い事ではありません!)

 最強の魔術師(ウィザード)がまさか子供一人に四苦八苦していると考えればシルヴィは大笑いする。

 (ま、まあ悩んでるなら話してみろって。アタシが聞いてズバッと解決してやんよ)

 (わかりました。それでは――)

 エレンは他の者の意見も取り入れた方が賢明かと思い今までの経緯を説明すると最初は真面目な表情で聞いていたシルヴィは途中から笑いを堪え始めて最後には噴き出す。

 (ぶふぅ! 明らかに悪いのアンタじゃんか!)

 (ぐ……)

 (アンタはほとんど秘書としての仕事をしてるから知らないだろうけど。ずっと影で『化物』って言われてるんだぜ。酷い場合だったら言葉通じてないからって表立って言うヤツだっている。アタシも気になって見てたけどユウキはどこかそれを知っている。だからここの人間を嫌ってる節がある)

 夕騎の方を見ていれば一人で昼食を食べていてエレンとは違った避けられ方をされている。

 そんな様子を見てシルヴィはテーブルに肘をついて見つめ、

 (ただでさえ劇的に暮らす環境が変わったっていうのにそこに味方はいないと来たもんだ。どんな会話をしたにせよそんな環境で唯一優しくしてくれた精霊に情が傾くのも仕方ないってーの)

 (むぐぐ……)

 エレンはそんな風に夕騎が言われているなんて知る由もなかったので今からでも間に合うかと思ったがシルヴィは思考を読み取ったのか無理無理と手を横に振り、

 (戦闘以外ポンコツのアンタには無理無理。それにほら、純粋にユウキと接しようとしてる子らがいるし)

 夕騎の方を見てみれば一人で食事をしている夕騎の周りにいつの間にか年齢が近いヨマリとワンナの二人が座っていて翻訳機を置いて話しかけている。

 シルヴィは彼女らが夕騎に話しかけているのを何度か見ているので周りが『化物』といっていても関係なく夕騎と仲良くしようとしているのがわかる。

 (今ユウキの訓練官って誰だっけ?)

 (私ですが)

 (代わってよ、アタシがユウキの教官する。何か急に弟子を残したくなったんでね)

 そう言ってシルヴィは席から立ち上がると夕騎達の方へ歩いていき、夕騎が不審げに見上げてシルヴィの表情を窺えばシルヴィはにかっと笑い、

 

 (アンタが『ツキアカリユウキ』かい? アタシはシルヴィア・アルティー、今日からアンタの教官になる女だよ)

 

 夕騎にもわかる流暢な日本語で話しかけ、握手を求めて手を伸ばしたのだった――

 

 ○

 

 「ねえ夕騎。あなたにとってDEM社で過ごしたのは嫌な思い出?」

 「まあ嫌な思い出も多かったけど楽しい思い出もあったさ。今となったら軽い地獄みたいな訓練だったけどシルヴィは優しかったよ」

 懐かしむように過去を振り返った夕騎の様子に零弥もいつもの調子を取り戻してくれたのだと感じ、夕騎の肩にそっと頭を預ける。

 「でも二番目の精霊には感謝しないといけないわね。夕騎に精霊が好きになるきっかけをくれたからこそ私達はこうして同じ時間を過ごせているのだから」

 「そうだな、それに二番目とは約束したんだ。必ず助けるって、あれから一度も会えてねえけどな」

 「二番目の精霊のことは琴里に話したの?」

 「いんや、狂三には話したけど。何かアテがあるみたいでもし出会えたならその場から連れ出すって言ってくれたし」

 その話を聞いた零弥は少しばかり不審げに顔を顰める。

 狂三は何を考えているのかわからない精霊。何か目的を持って行動しているのはわかるが何を目的にしているのかまではわからず、DEM社での一件の際も士道に協力していたらしいのだが理由はわからない。

 まだ狂三に対して警戒心を持つ零弥に夕騎は零弥の頭に手を置く。

 「そんなに警戒すんなっての。狂三は優しいんだ、俺と同じで誰彼構わず助けるタイプじゃないけどきっと狂三の目的は大切な誰かのためなんだと俺は思う」

 「……夕騎はどうしてそこまで狂三のことを信頼しているのかしら?」

 「愛してるからに決まってんだろ。信頼するのにそれほど深い理由は要らねえんだよん。もちろん零弥のことも信頼してるぞ」

 「……ふふ、そうね。何でも疑ってばかりでは進まないわよね」

 くすくすと笑むと零弥は夕騎から頭を離して立ち上がると過去のシルヴィのように夕騎に向かって手を伸ばし、

 「もう夜も遅くなってしまったわ。帰って夕飯にしましょ、ね?」

 「ああ、そうだな」

 夕騎も過去のことを意識しているのだろうなと心の中でそう思いながら零弥の手を握ると立ち上がる。

 シルヴィの元を離れ、日本に戻ってくる前まではずっと一人だった夕騎だがこうして零弥達と出会ってからのことを改めて思い返せば笑みが零れる。

 「どうしたの、急に笑って」

 「はは、幸せだなって思ってたんだよ」

 何て適当なことを言って零弥と並んで歩く夕騎の前が一瞬ブレたかと思えば突如としてコンクリートの地面が砕かれ粉塵が舞い上がる。

 反射的に下がった二人は何が起こったかわからないといった表情をしていると夜空に向かって舞い上がる煙の中に人影が映し出されればさらにわけがわからなくなる。

 「……何者っスかねぇ?」

 ただならぬ気配に敵襲かと警戒する夕騎は零弥を後ろに下げて軽く身構えるが煙が晴れてその容姿が見えてくるたびに驚きの表情に変わっていく。

 「う、そ……だろ」

 「――嘘ではありませんよ、ユーくん」

 灰色の長髪、藍色の瞳。あの頃と何も変わらない容姿。

 あの時から一切会うことが出来なかったはずの――二番目の精霊。

 唖然とする夕騎と零弥だが煙が完全に晴れる前に二番目の精霊はその場から駆け出すと夕騎の身体を抱きしめ、そのまま勢い余って後ろに倒れていく。

 「がっほぁ!?」

 「大きくなったのですね、ユーくん!」

 何が起こっているのかわからずにいる夕騎に対し二番目の精霊はあまりの懐かしさから夕騎に顔を埋めるようにして引っ付き、夕騎は地味に後頭部を打ったので鈍い痛みが走る。

 「に、二番目、どうしてここに?」

 「三番目の精霊のおかげで輸送機から脱出出来たのです」

 「狂三に会ったのか、それで狂三は――」

 夕騎はそのあと狂三をどうしたのか次いで聞こうとするが二番目の精霊はその話は今は野暮だと言わんばかりに人差し指を夕騎の唇に当てて黙らせる。

 「今はボクのことを抱きしめてください。ずっと、ずっと、会いたくてようやく会えたのですから……」

 「ああ、悪い。ごめんな、迎えにいけなくて」

 「いいのです、こうして再会出来ただけでボクは嬉しいです」

 時間を越えて再び巡り合えた二人だが零弥だけは二番目の精霊に少しばかり違和感を感じていた。別に贋物だとかそういうことではないのだがまるで本来の性格とは違った性格を演じているような、そんな何の確証もない違和感だった――


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