デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
(アンタが『ツキアカリユウキ』かい? アタシはシルヴィア・アルティー、今日からアンタの教官になる女だよ)
初めての出会いはそんな感じだったか。
スーツの着方も適当で若干だらけた着こなしをするその女性に夕騎の最初の印象は『ガサツ』だった。着こなしもそうだが全体的に見てそんな印象が垣間見えた。
(ほらほら、動きをちゃーんと見ろ! 躱せなくとも腕でも出してガードしろ! ビビんな!)
無理矢理無人島に連れて行かれて色んなことを教えてもらった。格闘術もそうだが無人島でどうやって生きていくか、食料確保の仕方など刃物などの道具の使い方まで全てシルヴィに教えられた。
姉御肌な性格もあって夕騎はDEM社の周りから『化物』と呼ばれていても何も気にすることなく接してくれてその頃は精霊だけが好きだったがシルヴィはまるで自分の『姉』のような存在だった。
厳しくとも優しい――そんな『姉』のような存在。
夕騎にとってシルヴィア・アルティーは間違いなく死んで欲しくなかった人間。
「…………」
高台の公園、夕騎はそこから夜の街をただ呆然と見ていた。
実際に死ぬ瞬間を見ていないからこそ実感はまだ湧いてこない。
そして心のどこかでまだ期待している、実はシルヴィは死んでなくてどこからかまた陽気な声で話しかけてくれるのを。
だが実感がなくとも、心は否定しようとも、頭はすでに理解し始めているのか涙だけは溢れてくる。
すると夕騎の肩に優しく手が触れる。
「……夕騎」
「零弥、お前……」
振り向いてみればそこにいたのは眠っていたはずの零弥だった。
高熱を出していたのにどうして、そんな夕騎の疑問が伝わったのか零弥は首を横に振り、
「少し眠ったからもう平気よ。それより聞いたわ、あなたの師のこと」
「……そうか、聞いちまったか。でも大丈夫さ、大丈夫。心配させちまったみてえで悪かったな」
夕騎は涙を拭えばにかっと笑顔になって公園から出ようと歩き出そうとする。
大丈夫、零弥からすればそれは自身にかけられた言葉ではなかった。まるで一種の自己暗示のように夕騎はそういうことにしようとしているのだ。シルヴィの死を受け止めきれていないというのに誰にも言わずに耐えようとしているのだ。
本当はつらいのに、泣きたいのに、そんな自分の気持ちを押し殺して今もちぐはぐな笑顔を浮かべている。
見ているだけで悲痛だった。
「――私はいつもあなたに甘えるばかりだった」
その小さくなってしまった背中に手を添え、零弥は夕騎の背に額を預けるように押し当てる。
「でも今は違う。あなたの悲しみを受け止めるわ。つらくて苦しいのに無理して取り繕おうとしなくていいの」
そう言われ夕騎は振り返らずに小さな声で心の内に秘めていたことを話し出す。
「……認めて欲しかったんだ。確かに人間に害を成す精霊はいるけれど全員がそういうわけじゃないって。それで霊力を封印すれば人間と変わらず普通に暮らせるんだって」
オーシャンプールで精霊を皆殺しにしようとしていたシルヴィと戦ってから夕騎はずっとそう思っていた。死んでも後悔しないように、シルヴィはそう言っていたくせにどこか手加減をしていた。
そのことを知って、シルヴィの優しさを痛感した夕騎は声を漏らす。
「でも、何より伝えられなかったんだ。『ありがとう』って、簡単な言葉だったのに。もうその言葉は伝わることはねえ」
「いいえ、きっと伝わるわ」
「……ああ、そうだといいな」
断言されれば夕騎も何だかそうなんだろうなと納得しているといつの間にか胸にぽっかりと穴が空いたような感覚もモヤついた気持ちも少しは晴れたのか、肩の荷が少し降りたように落ち着いて息を吐く。
零弥も夕騎が落ち着いたことを知ってか、一度離れ夕騎の前に立てば話し始める。
「でも、私はその気持ちを忘れないで欲しいと思う。伝えられなかったのは後悔が残るわ、それでも夕騎。大切な人を失ったあなたにはまだ私がいる、狂三がいる、美九がいる、みんながいるわ。だから一人で抱え込んで泣かないで」
「零弥……」
「戦う時もそう、今回は私が少しやり方を間違えたせいであなたに心配をかけてしまったけれど次は心配ないわ。少しずつ取り戻せば身体に負担は掛からないと思うの」
「そのことなんだけど零弥、もう――」
「一度倒れたからって『戦うな』は無しよ。あなたは幾度となく倒れて傷ついてきたじゃない、それに比べればたかが一度よ。だから私は何を言われても時が来ればあなたを、みんなを守るために戦うわ」
揺ぎ無い覚悟、零弥の目に宿る覚悟は本物でそう言うと夕騎の身体を抱きしめる。
「あなたが満足するまで私がこうして抱きしめているから――今は泣いていいのよ」
「――…………っ」
零弥がそう言って夕騎の頭を撫でればやがて小さな嗚咽が聞こえてきた――
「ねえ夕騎」
「何だ?」
あれから数分後、落ち着いた夕騎と零弥はベンチに座って夜空を見上げていた。
今日は天気も良いせいか星が空に浮かんでいて景色としては綺麗なものだ。
「夕騎はDEM社で幼少期を過ごしたのよね?」
「ああ、そうだな」
「どういう風に過ごしていたのか知りたいの。良ければ聞かせてくれないかしら」
「別に大して面白い話じゃないんだけどな」
どちらかと言えば大した話ではなく苦い思い出に近いものだが聞きたくて目を輝かせている零弥を前に濁すことも出来ずに語り始める。
「俺がDEM社に拾われたのは五年前、この天宮市で起こった大火災のあの日だったな――」
風景が焼け、紅蓮に輝く炎が民家をくすぶるようにして燃え盛る街中を夕騎は一人佇んでいた。
口元から一筋の血を垂らし、歯は牙のように鋭くなって淡く発光している。
母親、父親、夕陽、家族の姿はどこにも見えない。気が付けばこうして一人で立っていたのだ。
こんな火災だ。きっと家は原型すら留めていないほど焼けているのだろう。家族はどうなっているのか、助かっているのか。それはわからない。
あてもなく歩く幼い夕騎に目的地などない。この地区一帯が燃えているので今さらどこに行っても無駄だろうと終いに歩くことすらやめる。
近くにあった瓦礫に座り何となく燃えている光景を眺める。相変わらず炎は消える気配はなく轟々と燃えていて夕騎の脳裏に過ぎ去るのは『死』という文字。
特に動じることもなく夕騎はその場で横たわるとゆっくりと瞼を閉じる。どうせ死んでしまうのだからわざわざ死ぬまでこんな地獄絵図を見る必要はないと思ったからだ。
(――眠るのは少し早いようだ、ツキアカリユウキ)
もう何も考えずに眠ろうとした途端、誰かが気軽な様子で話しかけてくる。
(…………誰?)
身体を揺するわけでもなく声は正面から聞こえてきたので最期に誰かと話をするのも悪くはないと瞼を開けて見てみればそこに見知らぬスーツ姿の男性が一人とその背後にもう一人若い女性が立っていた。
(私の名前はアイザック・レイ・ペラム・ウェストコット、そして私の後ろにいるのは秘書を務めているエレン・
(初めまして、ツキアカリユウキ)
白髪で青い目をしたその男性――ウェストコットは自己紹介すれば背後に控えていた女性――エレンが一度前に出て一礼する。
名乗られても興味が湧かないが夕騎は見るからに外部からこんな危険地帯にやってきたウェストコットに社交辞令的な要素で問いかけてみる。
(……それでその、何だっけ、ああ、コットンさんは何の用?)
(ウェストコットなのだがね、私は君の能力を認め君をここから連れ出そうとしているんだ)
(……能力? 生憎俺には何の特別なことはないんだけどね)
(いいや、あるじゃないか。君のその歯、いや『牙』がね)
ウェストコットはそう言って今も淡く光を放つ夕騎の『牙』を指差す。初めは違和感を感じて触れてみたところどうにも歯の形が変わっているようでウェストコットに指摘されれば本当に『牙』になっているのだろうと自覚する。
(――君は精霊という存在を知っているかい?)
そんな夕騎にウェストコットは唐突に話を変えた。
精霊、そんなことをいきなり問われても何を言っているかわからない夕騎の不審そうな表情にウェストコットはくくくと笑う。
(すまない、話が急過ぎたようだ。しかしこの火災を引き起こしたのも、そして
(俺が、俺として……? 何言ってんだか意味がさぱらんだけど)
(…………これはこれは、あの女に先手を打たれたということか。だがツキアカリユウキ、知っておいて欲しい。隣界と呼ばれる世界からこちらの世界に現界する『精霊』と呼ばれる特殊災害指定生命体が存在するんだ)
(……へぇー)
あまり興味がない夕騎の聞き流すような口ぶりにウェストコットも苦笑するが構わず言葉を続ける。
(君の『牙』には精霊を殺す力がある。君が覚えていないだろうが現に君の『牙』――<精霊喰い>の力ですでに人類がどれだけの兵装を持ってしても傷つけられなかった精霊を傷つけている。口端から零れているのは
(……?)
確信めいた表情で言うウェストコットに夕騎はさらに不審そうな目で見る。何を言っているのかさっぱりわからない夕騎だが今まで黙っていたエレンが一歩前に出る。
(精霊を殺すことが出来るあなたはここで死ぬにはあまりにも人類に損害が大きい人間なのです。だから私達はこうして直々に会いに来ました)
(私達は君をここから連れ出しに来たのだよ。そして今日から君の居場所はDEMインダストリーとなる)
伸ばされたウェストコットの手、夕騎は寝転んだまま視線を動かすと上体を起こす。
(……あんたら怪しいとしか言いようがねえけどココに居続けても死ぬだけだしな。精霊がどんなのかも少しだけ興味出てきたしアンタらの言葉をちょいと信じてみることにするよ)
燃え盛る炎に包まれた街で伸ばされた手に夕騎は一息つくと自らの手をウェストコットに向かって伸ばした。
○
「今日は満月、美しいですわね」
夜空に浮かぶ大きな満月に霊装を纏った狂三はうっとりと見上げる。
だが狂三は月を見にこの場所にいるわけではない。見上げているのは月だけではなく、もう一つ空に浮かぶDEM社専用の輸送機。
兆死から受け取っていた情報に記されていたあの<
「
「ええ、どうぞ」
本社の中に忍ばせていた分身体の狂三が情報を得たのか戻ってきて狂三に耳打ちすると狂三の口元は大きく歪んで思わずにやけてしまい、とうとう悲願達成の大きな一歩に踏み出す歓喜に震える。
「さあ、さあ、『わたくし』達!」
短銃と歩兵銃を構えれば影が広がり、その中から夥しい数の狂三の分身体が現れる。
きひひひひひ……と分身体の狂三も本体の狂三の喜びが伝わっているのか薄気味悪い笑い声で笑い、目標は当然小型輸送機。
「あの輸送機を落としてくださいまし!!」
本体の号令にすぐさま分身体の狂三は輸送機に向かって飛び出す。
武器も何も装備していない輸送機がどうにか出来るわけがなく一方的に攻撃を受け、本体の狂三はそのうちに輸送機の中に忍び込もうとする。
「ようやく、ようやくですわ二番目の精霊……わたくしの悲願達成のために――」
しかし狂三は何かを察知したのかすぐに輸送機から一歩離れる。するとその数瞬後に輸送機は中から爆発を引き起こし、爆風に煽られ分身体の狂三達もその場から離れる。
「何事ですの!?」
「わかりませんわ、でも――」
異常事態はそれだけに収まらない。
困惑の声を上げる狂三だが輸送機の方を見上げれば灰色の何かがゆっくりと地面に向かって降り注ぎ始める。
「これは――雪、ですの……?」
手のひらで受け止めてみればそれは淡く溶け、その儚さとひんやりとした感触から雪にかなり類似していて降り注いでいるのは全て同様のものだ。
「――ッ!?」
変色した雪は狂三に触れれば異常を招く。
先ほど灰色の雪に触れた狂三の手のひらはまるで上からとんでもない圧力で押さえつけられているように異常に重たくなり一瞬で上げられないほどになり、他の分身体達も触れた箇所が同様に重たくなっているようで地面に落ちていく者もいる。
「これ、は……まさか天使……」
雪に触れた箇所から異常に重たくなっていき、本体の狂三も地面まで降りることになれば輸送機の爆煙は晴れてその中から煙を裂いて一人の少女が現れる。
端麗な容貌。灰色の髪は肩甲骨よりも少し下まで伸び、開かれた双眸に覗くは藍色の瞳。スレンダーなその身体には夜でも美しく淡い光を放つ霊装が身に纏われている。
「…………」
「に、ばんめ……」
狂三の身体はどんどん雪が触れていき、重たくなるが聞かなければならないことがある。
原初の精霊、その存在について唯一知っている二番目の精霊に聞かなければならないのだ。
しかし、そんな思いは二番目の精霊には伝わっているわけもなく緩やかに狂三の前に降り立った二番目の精霊は両膝をつき動けなくなっている狂三に顔を近付け何やら匂いを嗅ぐような仕草を見せる。
「……します。ユーくんの、におい」
懐かしむように言うと二番目の精霊は狂三から離れどこかへ飛び立とうとするがどれだけ重くなってもここで見失えば二度と出会えないと思ったのか手を伸ばし、ドレススカートの裾を掴む。
「待って、くださいまし……あなたには聞きたいことが……」
「ボクはユーくんのところに行かなければなりません。申し訳ございませんがキミの質問に答えている時間はありませんので」
杖のような棒状のものを顕現したかと思えば二番目の精霊は杖の先を狂三の手にコツンと当てる。それによって狂三の手はさらに重く圧が掛かってしまい、握っていた手は離れ地面にヒビが入るほど押し当てられるように沈む。
「ぐ……」
「安心してください、一定以上離れれば解けるようにしてあるので」
狂三のことなどまるで眼中にない二番目の精霊はそう言ってすんすんとあたりのにおいを嗅いで見回すと進むべき方角を見つけたのか靴裏が地面から離れて浮いていく。
「でも、あなたのおかげでユーくんがいる場所がわかりました。またお会い出来ればお答え出来る範囲でキミの質問に答えます。それでは――さようなら」
二番目の精霊は最後に狂三に言い、真っ直ぐ日本の方へ向かって飛んでいく。一瞬にして姿は見えなくなり、身体全体を重くしていた重力が解ければ狂三は唇を噛みしめ口端から血を滲ませた――