デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「どうやらここも外れのようですわねぇ……やはり夕騎さんが言っていたポイントを探してみるしかなさそうですわね」
瓦礫に溢れ残骸となったビルの上で狂三は此度の二番目の精霊捜索の結果は察しの通りだった。
夕騎から聞いた二番目の精霊情報が過去のままであれば間違いなく居場所は判明している。今回の士道を使っての調査は一応のためだったのだ。
「それにしても、兆死はどこへ行ったのでしょう」
分身体から聞いた話によれば
「生まれた間もないが故に利用しやすかったのですが残念ですわね」
身体は大きいが精神年齢は幼く狂三の言うことなら何でも聞いていた兆死はその天使の強さもあってとても有用だったがこうなっては仕方ない。確かに『娘』のような愛着を持っていたものの見失ってしまった以上無理に分身体を割くわけにもいかない。
それに聞く話からすれば今狂三が兆死の前に姿を現せば確実に<
「きひひ、縁の切れ目というものですわ兆死。『親』から独立するのが少し早まっただけですわ」
そう言って狂三はタン、タンとステップを踏むように瓦礫を踏みしめれば影の中へ消えていった――
○
「ふぁぁ……くっそ眠い」
九月二十五日、天央祭三日目にして丸一日眠っていた夕騎は現在天宮スクエアを歩いていた。
分身体の狂三によって傷は全て回復したものの体力までは回復出来なかったのと強制魔力生成剤の過剰投与をしたおかげで士道と共に<フラクシナス>で入念に検査を行われたのだ。
結果は全回復していたこともあってか身体に異常はなかったものの過剰投与の件については令音にも琴里にも叱責され続けてしまい、その話を聞いた零弥にも散々怒られる羽目になった。つい先ほどまで怒られていたのだが半ば逃げ出すように地上に逃げてきた。
ともかくこうして一人で行動している夕騎は周りを見渡すと一日目に比べれば人通りが少なく、考えてみれば納得出来た。
天央祭三日目は参加校一○校の生徒だけが文化祭を楽しむ言わば後夜祭のようなものなのだ。しかし明日には美九の一件やDEM社の騒動で中止になってしまった二日目を執り行うのでよくわからないスケジュールになっているが生徒の様子を見るに気にしている様子はないようだ。
「よ、夕騎」
「おう、青いの」
メイドカフェの前を通れば八舞姉妹と会話していた士道が夕騎の姿に気付いて手を軽く挙げる。
「名前で呼べよ!」
「悪い悪い、そういえば十香は? まだ出てこれないのか?」
「まだ検査だってよ。あんなことがあったんだし、仕方ないよな」
十香が見せたあの姿――魔王になったことは<ラタトスク>にとっても最悪のケースだったのだろう。厳重に検査を受けるのは仕方のないことだ。
「まあ無事ならいいさ。ちゃんと守れたみたいでよ」
「ああ、みんなのおかげさ。それにありがとな、美九を説得してくれて」
「なぁに大したことはないって。美九おっぱいデカかったろ」
「ぶふっ!? おま、いきなりなんだよ!」
「言ってみただけだって、やっぱり男は一周回ったら
八舞姉妹が近くにいるというのにおっぱい連語した夕騎はそう言ってから拳を前に出して士道の拳に当てればケラケラ笑い、
「お互いお疲れ様ってな」
「ああ、お疲れ」
「――夕騎! 見つけたわよ!」
「げ、零弥!?」
あまりにも一つの場所でゆっくりしていたせいか走って夕騎を探していた零弥と目が合い夕騎はまた説教を受ける前に逃走を図ろうとしたが八舞姉妹が瞬時に捕まえ、
「なっ! 何をするだァーッ!!」
「くく、おとなしくするがいい。あまり無様に逃げれば後の方が怖いぞ」
「同意。先に怒られた方が身のためです」
一○メートルは離れていたというのに一歩で夕騎達がいる方に跳んで来た零弥が着地すると夕騎はあわわわわと恐れ慄くような表情を見せていると零弥は一枚の便箋と紙袋を差し出し、
「えっと、何これ……?」
「美九からの手紙と、彼女用の服よ。<フラクシナス>で渡しそびれてたの」
「あー、そうだったのか。てっきりまた怒られるのかと思ったぜ」
便箋と紙袋を受け取った夕騎が何気なくそう言うと零弥はバツが悪そうな顔をし、
「わ、悪かったわよ……少し言い過ぎたわ」
軽く拗ねた様子でむっとして口を尖らせる零弥に夕騎は先ほどの跳躍を思い出し、そういえば零弥は完全に霊力を取り戻したためにもう一度封印しなければと零弥の頬に触れ、
「な、何かしら……?」
「ちゅー」
「――ッ!?」
顔を近づけていきなりキスをすると零弥の身体は大きく震えて<精霊喰い>の力で霊力を完全に吸い出す頃には床にへたり込んでしまってどうやら本当に腰が抜けたようで立ち上がれない。
「し、しれっとそういうの出来るのが士道と違うんだね……」
「敬服。士道も見習うべきです」
八舞姉妹が何やら言っているようだが夕騎は気にせずに便箋を開けて中の手紙を取り出すと、
「えーっとなになに、『月明夕騎さま。天央祭三日目の二時五○分にセントラルステージの楽屋に来てください。来てくれないと怒っちゃいますからね! あなたの美九より』」
あろうことか手紙の内容を朗読した夕騎は手紙の内容を見るとうーんと頭を悩ませる。
「これはあれか……果たし状か!」
「そんなわけねえだろ!」
ツッコミ役の零弥は頭から蒸気が出るほど顔を赤らめているので現在完全に思考停止中なので代わりに士道がツッコミを入れるが士道自身も疑問が浮かぶ。
「それにしてもまるで別人みたいな手紙だな……あなたの美九って」
「俺嫌われてるからますます怖いんだけど……」
「……え?」
「……『え』って何だよ。れーちんもそうだけど何その俺の知らないところで何かが進んでる感じ! それに士道っちに言われると何か腹立つ!」
「まあとりあえず行ってこいって、後五分だぞ」
「マジか!!」
時計を見てみればちょうど二時四五分を指し示されていてここからセントラルステージに全力で向かっても間に合うかどうかだが士道に背中を押された夕騎は走り出す。
「それじゃあいっちょ行ってくる!!」
よくわからないがとにかく遅刻するのはマズイとさらに走る速度を上げたのだった――
○
時間内にかろうじてセントラルステージに辿り着いた夕騎は扉を開けると中から賑やかな曲調と熱気に包まれた観客達の大歓声が聞こえてくる。
ちょうどステージに立っているのは美九で霊装を着ており、持ち前の『声』を響かせている。
夕騎が到着した時にはもう曲の終盤だったようでバックミュージックは徐々に消えていき美九が一礼する。
『ありがとうございます、皆さん!』
万雷の拍手に包まれた美九はそう言ってステージから立ち去っていく。観客に名を呼ばれ、拍手を送られ、それらの音が響き渡る。
このままでは美九と話が出来ないなと思い、一度ステージから出て裏手の関係者用の入り口から中へと入り控え室の前に立つとコンコンコンと三度ノックする。
『はい、どうぞー』
中から立ち入り許可を貰って夕騎は扉を引いて入ろうとするがどうやら押し扉のようでガシャンとなるだけで扉は開かず、少しだけ恥ずかしくなるが改めて中に入ってみると中は豪華な設備もなく簡素なもので美九がパイプ椅子に座っているだけだった。
検査中に聞いた話だがDEM社での一件後、美九は『声』を取り戻しても抵抗する意思は見せずに事後処理に来た<ラタトスク>機関員の指示に従っておとなしくしていたらしい。むしろ仕切りに夕騎の安否を心配し、切断されていた右腕や片足を抱きしめていたそうだ。
夕騎の安否を心配する際に精神状態が不安定になりそうだったらしいが一度安心すれば胸を撫で下ろして先ほど読んだ手紙を書いたのだろう。
実際、夕騎が入室してくればタオルで汗を拭っていた美九は目を輝かせ――
「来てくれたんですね、だーりんっ!」
「……ダージリン?」
「それは中心都市ですよー」
呼称が急激に変わりすぎて一体何が起こったのかわからない夕騎は難聴キャラになりかけたが美九はすぐに夕騎に抱きつき、夕騎は頭に大量の疑問符が浮かぶ。
「……俺は夢を見ているのでしょうか」
「いいえー、夢ではありませんよだーりん。だーりんは私の命の恩人、特別な人なんですからぁ」
いつの間にこんなに好感度上昇していたのか可能な限り思い出そうとするがあまり実感がないうちにも美九はさらに夕騎に身体を寄せる。豊満なバストが押し付けられこれはこれは……と夕騎は細かいことは置いておき服の上から感触を堪能しておく。
「あ、俺の腕と足」
少しの間その感触に堪能していたがテーブルの上に見間違えることもないあの時ワンナに切断された自分の腕と足を発見すれば声を上げ、美九もそちらに視線をやる。
「ふふ、<ラタトスク>の人にお願いして防腐処理をしてもらったんですー。だーりんが私を命懸けで守ってくれた証で私の宝物なんですー」
「お、おう」
何だかさらりと凄いことを言われた気がするがとにかく美九は宝物にしていることはわかったので、あの足に履いている靴はお気に入りのものだったが無理に返してもらうことはないと新たな靴を買うことを決めていると美九は夕騎の顔を見つめる。
そんな目を見て夕騎は何か話そうとした途端美九は不意に顔を近付け、夕騎の唇に自身の唇を合わせる。
「――ッ!」
唐突なキスに夕騎も驚くもののキスしている最中でも冷静にもしかしたらこれは純粋な愛情表現かもしれないと霊力を吸収するのをやめておくと唇を離した美九は怪訝そうな表情をし、
「……? もしかして違いましたかー? 零弥ちゃんからはこうして霊力を封印すると聞いていたんですけどぉ」
「霊力封印のこと、聞いてたのか?」
「はい、聞いてましたよー」
美九の発言に夕騎は目を丸くする。
つまりだ。美九は自らの霊力が封印されると知って夕騎にキスしてきたのだ。
あれほど『声』に固執し、『声』を失うことを恐れていたのに。
「だーりん言ってくれたじゃないですか、霊力がなくなっても未来永劫ファンであり続けることを決めたって。『声』をなくしてもファンだって、あれは……本当ですよね?」
「ああ、当たり前だ」
「……あなたは本当に命を懸けて私を守ってくれましたー。あなただけは、信じられます。『声』がなくなっても、みんなが私の声を聞いてくれなくなっても、あなたがいればそれでいいです。その時はあなたのためだけに私は歌います」
「はは、ありがとな」
美九の心からの言葉に夕騎は彼女の頭をそっと撫でてやると美九は笑みを浮かべ、やがて目を閉じて顔を夕騎の方へ向けてくる。
「霊力を封印しないといけませんからねー、今度はだーりんの方からお願いしますぅ」
「わかったわかった」
「あ、甘噛みで霊力を封印した時は物凄く怒りますからねー」
「うぐ」
さりげなく甘噛みして「また今度な」で済まそうとしていた夕騎だったが美九に釘を刺されこれも零弥に聞いていたかーと夕騎は心の中で少しばかり悔やむ。どうにも自分からキスするのは慣れないもので狂三と零弥の二度してきたが緊張は走る。
「それじゃあいくぞ」
「はいー」
いつまでも待たせるわけにはいかないと夕騎はそう言って美九の唇に口づけする。
身体の中に温かい霊力が広がるのを感じると美九が着ていた霊装は光の粒子となって空気に溶けて消えていく。
唇を離せば互いに何も言わずにしばし抱きしめ合っていると何やらステージの方から観客達の大声が聞こえてくる。
『『『アンコール!! アンコール!! アンコール!!』』』
どうやら美九のアンコールをしているらしい。
夕騎はその声にふ、と微笑を零すと美九の身体を離して零弥に渡されていた紙袋を出来るだけ美九を見ないように差し出す。
「さあファンがお前のことを求めてるぞ。着替えはこの中に入ってるから」
「ふふ、そうですねー行かないと。ねえだーりん――見てて、くれますか?」
美九の目に見えるのは途方もない不安を上回る強い意志の光。夕騎はそれを見ればもう特別な『声』がなくとも大丈夫だと思いながら大きく頷き、肯定の意を見せる。
「ああ、見てるよ。――いってらっしゃい」
「いってきます」
パンッと手をハイタッチして夕騎は控え室から出て行った――
○
ステージにスポットライトが照射されれば会場が一瞬のどよめきと共に静まり返る。
『はーい、皆さんまた会いましたねー。でも駄目ですよぉ、アンコールは嬉しかったですけど運営の人が困ってましたよー』
零弥が用意してくれた着替え――メイド服姿の美九が現れれば観客は歓声を上げ、口々に「ごめーん」と謝るような声が聞こえてくる。
あれから夕騎はステージの方へ戻り、美九が立つステージ全体を見られるように少しばかり美九の霊力を使って場所を譲って貰って一番良く見える場所に立って見守っていた。
『アンコールにお答えしまして今日は特別に私の大切な歌を歌おうと思います』
そう言って美九が指を鳴らせばアップテンポな曲が流れ始める。
その曲の前奏の時点で夕騎は何の曲か瞬時に理解した。きのに勧められてアイドルにまるで興味がなかった夕騎が一瞬にしてハマってしまった宵待月乃のデビュー曲。
夕騎が知らないところだが零弥は宵待月乃と誘宵美九が同一人物だと気付けば<フラクシナス>のメンバーに頼んで音源を用意して貰い、紙袋の中に入れていたのだ。
頑張った夕騎のためにこの曲を歌って欲しい、とメッセージも添えて。
もう長らく歌ってなかっただろうに美九は軽やかに歌い始める。
霊力も篭っていない美九本来の『声』で歌われる大好きな曲に聴いていた夕騎もうんうんと頷きながらいつの間にかその目からは感動で涙を流してしまい、拭うことも忘れて熱狂した。
やがて曲が終われば大きな拍手に大きな歓声。
例え霊力がなくとも美九の歌は、『声』は、みんなにしっかりと届いているのだ。
夕騎も万雷の拍手と歓声を送っていると歓声に溢れる観客席を見て美九もマイクを握り締めながらぽろぽろと涙を流し始めてしまう。
『皆さん……ありがとう、ございまひゅ……っ』
突然泣いてしまった美九にざわめく客席から「泣かないでー」などの美九を元気付けるような声がいくつも響き渡って来る。
「なあ美九、良かったな。宵待月乃の時は手酷い目に遭って
もらい泣きで涙が溢れて美九の姿が見えなくなりそうだが拭ってしっかり美九の姿を目に焼き付けていると涙を流し続ける美九は――
「ありがとう……ございます。だいすき……だーりん……っ!」
最後の最後でアイドルから出てしまった意味深長な一言に会場は先ほどとはまた違ったどよめきが走り、この雰囲気で「俺も大好きだよハニー!!」なんて言えば命はなくなるだろうなと思いつつ静かに退散していった――