デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第六七話『一撃』

 一条の光だけが頼りの暗い道をシルヴィは真っ直ぐ歩いていた。

 自分は仇である<リッパー>と戦っていたはずなのに、次に目を覚ませばこんなところを歩いている。どうしてこんな状況になっているのかはわからないがシルヴィの足は本人の意志とは関係なく歩みを進めていた。

 「……アタシは何でこんなところに」

 頭を手で押さえてみれば回想される出来事。

 最後、ナイフが<リッパー>に届く寸前に身体に何かが通り過ぎたような感覚がしたと思えば――

 「ああ、そうか。アタシは負けたんだっけ」

 身体をバラバラにされ随意結界(テリトリー)でもどうにもすることが出来ずに無残に地面に散らばったのだ。今あちらでは何が起きているかわからないがともかくあの傷では助からない。

 結局<リッパー>が扱う天使については何もわからなかった。それに仇を討てなかった時点でシルヴィの死は無駄死にになってしまったのだ。

 どうにも人間に勝てる相手ではなかったらしい。

 どれだけ強化されて超人になったところで『人間』という枠に留まっているのでは人外の『精霊』には敵わない。死んで改めて思い知らされた事実だ。

 シルヴィには何も残らなかった。だが、そんなシルヴィの手をそっと握り締める者がいた。

 「――姉さん」

 「……お前、イアン……か?」

 シルヴィの問いかけに相手は大きく頷く。

 ブロンズの短髪に仕事で鍛えられた肉体。それでいて優しげな目を持ち、どこかシルヴィの面影を感じさせる青年。

 間違いない<リッパー>に惨殺され、齢一八にしてこの世を去ってしまったシルヴィの弟――イアン・アルティーだった。

 「もう、いいんだよ姉さん」

 「何がいいんだよ、お前はあんな殺され方したんだぞ」

 「俺は復讐に走る姉さんをもう見たくないんだ。でも、嬉しかったよ。姉さんはいつも無口で何も話してくれなかったからさ、家族なんてどうでもいいと思ってたけどあんなに悲しんで、怒ってくれて嬉しかった」

 イアンは正直な感想を言えば改めて目を丸くするシルヴィの手をもう一度握り、

 「――ありがとう。そしておかえりなさい、姉さん」

 引かれる手、もう二度と来た道を後戻りすることはなくシルヴィは手を引いて歩くイアンの後姿を見て人知れず目尻に涙を浮かべる。

 どれだけ自分は遠回りしていたんだろうか、<リッパー>を殺しきれなくてもシルヴィは今やっと帰ってきたのだ。長い長い道のりをひたすら遠回りしてこうして帰って来れたのだ。

 「……ああ、ただいま」

 そうして一筋の涙を流したシルヴィは微笑むと自らの死を受け入れ、イアンの先導のもとにいつの間にか光に包まれている道を歩いてその生涯に終わりを告げた――

 

 ○

 

 数分前――

 「真那ちゃんよ!」

 「何でやがりますかこんな非常時に!」

 「何か全然集中出来ないから適当に喋ってていいか!? そうするうちに話の種なくなって自然に集中出来ると思うし!!」

 「その間こっちは全然戦闘に集中出来なくなるってことでやがりますね!!」

 相変わらずこちらの戦況は芳しくないようできのがエレンを押さえていてくれている分相手の戦力も減ったが未だに危機なのには変わりない。

 「真那ちゃん結婚したら子供何人欲しい!? 俺専業主夫になるけど!!」

 「ふざけんなです! 男は外で働いて女はその間家を守る、これがあたりめーですよ!」

 「現代じゃ共働き多いらしいけどな! それで何人欲しいの!?」

 「強いて言うなら二人! 女の子と男の子がベストでやがりますね!!」

 こんな戦闘時に何を話しているのかと真那は一瞬考えるがこれも戦闘のために必要だと襲い来るジェシカの集中砲火を随意結界(テリトリー)で防ぐと身体を捻って方向転換し、右手のレイザーエッジ<ヴォルフテイル>でワンナのレイザーブレイドの束による爪撃を逸らす。

 「真那ちゃん意外とそういうの考えてるんだな! 感心したから俺もちゃんと働くゥ!!」

 「だからそれがあたりめーですって! てゆーか何で私が<精霊喰い>と結婚することが決まってるみてーな口振りでやがるんですか!?」

 「それ俺も思った!」

 途中からこんな話してるのが零弥や狂三にバレたら絶対に何か言われるかわからないがとにかく聞かれたらマズイなぁと考えていれば突然真那にジト目で睨まれ、

 「<精霊喰い>は前から零弥さんと同居してると<フラクシナス>で聞きましたが手は出してねーでしょうね?」

 「……どのくらいのレベル?」

 何度もキスをしたし入浴も一緒、寝る時も一緒。これを手を出していないとは言えないので夕騎は問い返すと真那はさらにじとぉっと夕騎を睨みつける。

 「……もしかしてもう零弥さんのお腹に新たな生命がー的な展開はねーでしょうね?」

 「ねえよ流石に!!」

 「うっそくせーでやがりますねー」

 全く信じてくれない真那に夕騎は確かに『娘』のような精霊――兆死はいるが零弥との子供はいないと声を上げて反論する。

 

 「――だから真那ちゃん、俺に子供はいねえって!!」

 

 この発言が不安定だった兆死をどれだけ傷つけることになったのかも知らずに――

 

 ○

 

 兆死は姿勢を低めてあてもなく飛んでいた。

 道を阻害する者は何であれ<死生爪獣(サリエル)>で斬り捨て闇雲に暴れていた。【死士(ライツェ)】も本体である兆死の精神状態の不安定によって黒い(ホール)に飲み込まれて強引に消され、魔術師(ウィザード)達も驚いていたが兆死は何にも反応を示さなかった。

 (――だから真那ちゃん、俺に子供はいねえって!!)

 頭を過ぎるのは夕騎から発せられた言葉。

 どれだけ速度を出してもその言葉が振り切れず、思い返せば出るのは涙ばかり。

 愛されていない、兆死が殺したシルヴィが言っていた言葉。兆死は愛されている証拠が欲しかったのに叩きつけられたのは残酷な現実。そして考え直してみればあまり賢くない兆死は無知なのを良いことに利用されていたのだ。

 愛情を見せる振りをして狂三にも夕騎にも、双方からただ利用されたのだ。

 「ママも、パパも……大好きだったのに……大嫌いっ!!」

 歯を食い縛り、目の前に現れる敵はすぐに斬り捨てながら進んでいた兆死はさらに現れた瓜二つの少女二人を<死生爪獣(サリエル)>の一撃で葬ろうと必殺の一撃を放つが――

 「あっぶなー、何かわからなかったけどとりあえず凌げたし」

 何も見えなかったものの纏っていた風に何か(、、)が触れた気がしたので八舞姉妹は互いに凄まじい風圧で防護すると風に煽られた兆死は翼で思うようにバランスが取れずにぼーっとした目を持つ方の少女――夕弦の方へぶつかる。

 「注意。きちんと前を向かないと危ないですよ」

 夕弦はそう注意しながら兆死の顔を自身の胸に埋めるようにして受け止めていて、耶俱矢は兆死の背中から生えた多種多様な形をした翼や黄金の石版に浮かぶ目などを見て中二心をくすぐられる。

 「安堵。大丈夫なようですね」

 「ちょ、ちょーかっけー……うちもこんなの欲しかったし」

 「予測。耶俱矢、先ほどまでいた人形の群れを操っていた精霊だと思われます」

 「言われてみれば消えたね、あの人形達も」

 あれだけ初見殺しだった兆死の天使による初撃を防がれたことに兆死は驚愕するもののすぐに離れれば後ろに下がり、

 「……キザシは愛されてないんだ。必要とされてないんだ……だからもういらない。パパもママもいらない!!」

 八舞姉妹の言葉は兆死の耳には聞こえておらず、ブツブツと独り言を紡げばすぐに翼を羽ばたかせこの敷地内から飛び出していく。

 誰にもわからない兆死の孤独。

 残された八舞姉妹は互いに顔を合わせ、

 「あの子、泣いてなかった?」

 「肯定。泣いてました」

 突如として現れ唐突に姿を消した兆死に耶俱矢は首を傾げて怪訝そうにしているが兆死の涙を見た夕弦は飛び去っていった方角を眺め、

 「呼名。兆死……」

 ただならぬ悲しみを持つ兆死に夕弦もどこか胸の内で彼女のことを気にし始めていた――

 

 ○

 

 「ぬぐっ!」

 「出力は感心しますが技術はまだまだ稚拙。私には到底敵わなかったようですね」

 あれから随意結界(テリトリー)を繋げたままエレンに剣技で勝負を挑んだものの純粋な戦闘力で差が出た結果きのは首を掴まれ<エイン>は両方手放されてしまっている。

 「戦闘技術を誰に教わったか知りませんが師が悪かったですね。あなたの潜在能力は私に匹敵するものだというのにこれでは宝の持ち腐れですよ」

 「……私は自分のことはどう言われても構いませんが『師』である先輩を、夕騎先輩を侮辱されるのは大っ嫌いなんです!! ――私は大丈夫ですから撃ってください!!」

 「っ!」

 不意にきのの耳元から落ちたインカムにエレンは目を見開き、誰かと連絡を取っていたことを即座に察知してきのの随意結界(テリトリー)から自身のを引き剥がそうとするがその時にはすでに時遅く暗雲に包まれた空を引き裂き光が降り注ぐ。

 <フラクシナス>に備え付けられている武装、魔力収束砲<ミストルティン>。個人では到底出せないだろう火力の砲線が一直線にエレンときのがいる屋上へと突き進み、どうにか対応しようとするがきのが一箇所だけ穴を空けていた箇所から砲線が随意結界(テリトリー)内に侵入する。

 「相討ちするつもりですか……ッ!!」

 相討ち覚悟の一撃にエレンは焦りを隠せないが冷静さは失われていなかった。

 大剣<カレドヴルフ>で屋上の床面を砕くと一階分下に降り、斜めに食い込むように撃ち出された射線上の内側。ちょうどきのの真下に位置する方向へスラスターを駆動させ<ミストルティン>を回避する。

 一瞬の隙、そう。エレンはここで一瞬だが隙を見せたのだ。

 超火力を目の前に回避に集中、その隙をきのは逃さなかった。

 (敵に手加減するこたぁねえ、全力でブチのめせ!!)

 「だぁりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 幾度となく繰り返した過去の訓練時に夕騎に言われた言葉通りきのは<エイン>を拾えば両手に強く握り締め今日の魔力を全てこの一撃に込め、真下に向かって振り下ろす。

 濃密な魔力は飛ぶ斬撃となって屋上の床を砕き安堵の息を吐こうとしていたエレンへと飛来し、直撃したエレンは勢い死ぬことなく建物の最下層まで斬撃と共に叩きつけられる。

 「が、ぐ……ッ!!」

 斬撃が身体に触れた瞬間に随意結界(テリトリー)を張っていたので致命傷は逃れたが負傷はしてしまった。

 「……やってくれますね、あの魔力砲がどこのものか大体見当はつきましたがそれを囮にするとは」

 「……これで倒れてくれないなんて流石人類最強ですね」

 再び屋上に戻ってきたエレンは大剣の切っ先を膝をつくきのに称賛を送るが見逃す気はないらしい。肩で息をするきのはこれ以上動けずに抗うことが出来ない。

 「あなたは素晴らしい魔術師(ウィザード)だ。誇っていい、ですが仇なす者を見過ごすわけにはいきません。若き才能の芽を摘むのは些か遺憾ですが、ね」

 胸元から撫で下ろすように傷が出来たエレンは自身の傷を見てはそう言いきのを斬り捨てようとするがそこで今まで魔術師(ウィザード)を相手にしていた零弥が遠くから霊力加速で肉薄し、エレンの大剣を蹴りつける。

 その美しい容姿に思わずきのは見惚れ、 

 「あなたは……?」

 「<フォートレス>……ッ!」

 憎々しげにエレンは零弥のことを睨みつけるが零弥は背を向けてきのの身体に触れ、優しく抱きしめる。

 「よく頑張ったわね、後は任せなさい」

 「え、あ、は、はい……」

 あまりにも綺麗な人が急に現れて急に抱きしめられればきのは顔を真っ赤にしてあたふたし、零弥はその様子を微笑ましく思いながらもエレンと相対する。

 「この子を討ち取りたければまず私を討つことね、あなたに出来るかしら?」

 「……」

 どうするべきか、エレンは思考する。

 正直なところ万全な状態であれば零弥に勝てない要素など何もない。前回の或美島でもCR―ユニットの性能を強引に下げられた故に零弥の動きについていけずに敗北を喫した。今回はその対策も出来る。

 あの時の零弥は力を温存していた節があるが正面から戦えば負ける相手ではない。

 万全の状態であれば、の話だ。

 「――アイク」

 悩んでいるとエレンは耳元から聞こえる音声に視線を集中するように動かせばいくつか言葉を交わすと第一舎の方へ視線を向ければ言葉を発する。

 「……リベンジはまた今度のようですね」

 零弥に背を向ければすぐにでもスラスターを駆動させて飛び立つエレンを見てきのは撤退してくれたことに安堵の息を吐く。

 「あ、あの……ありがとうございます!」

 「礼を言うのは私の方よ、夕騎のためにエレン・M・メイザースと戦ってくれてありがとう」

 「い、いえ、そんなことはなななな、ないでしゅ……っ!」

 霊装を纏っているのと容姿で一瞬で精霊と理解出来たきのは緊張で噛みまくってしまうがそれでも零弥はくすくす笑い、

 「自己紹介が遅れたけれど私は零弥、あなたは未季野きのね。夕騎からいつも話を聞いているわ、立てる?」

 「あ、あの……腰が抜けちゃって」

 人類最強と戦うよりも初めての精霊との会話に緊張しすぎて腰が抜けてしまったきのの膝はがくがくと震えており、零弥もあまりに緊張してしまっているきのを見ると彼女の身体をお姫様抱っこする。

 「ここはまだ危険だから<フラクシナス>に転送して貰いましょう」

 「は、はわわわ……わぁ……」

 「……きの? え、もしかして気を失ってるのかしら? えーっと……琴里、転送早くして!」

 突然気を失ってしまったきのにどうすればいいかわからなくなった零弥は慌てて琴里にメーデーを送るのだった――

 

 ○

 

 「――アイクに向けられる剣は全て私が折ります」

 士道と美九は十香が捕らわれている場所に辿り着き、強化ガラス越しで十香と再会していた。

 その場にはDEMインダストリー業務執行取締役のアイザック・ウェストコットもいて士道は腹部に違和感を感じるとそこでレイザーブレイドの刃に貫かれていることに気付く。

 「ぐ……」

 光の刃が引き抜かれると同時に士道も体勢を保てなくなり強化ガラスに血の痕を残しながら床に倒れる。

 『シドーっ!! シドーっ!!』

 強化ガラスの壁を内側から何度も叩く十香だが士道はそれに応えることが出来ない。いくら琴里の回復能力があれどここまでくるのに治癒力を使いすぎたのか回復がいつもよりも遅い。

 「おや、また怪我を負っているようだねエレン」

 「またと言わないでください。それよりも上空に<ラタトスク>の空中艦がいます」

 「ほぉう、それはそれは」

 「それにユウキが<精霊喰い>として完全に覚醒しつつあります。早く手を打たなければこちらの計画にも――」

 「くくく、ますますあの女の手の上だというのか。全く困ったものだ」

 動かなくなってしまった士道に十香は視界が真っ黒になるような感覚に襲われる。

 エレンやウェストコットの会話など聞こえてこない。見えているのは伏した士道だけ。

 一度こんなことがあった。五ヶ月ほど前、十香と士道が初めてデートしたあの日。十香を庇って折紙の凶弾を受けた時の状況に似ている。

 『シドー……』

 立ち上がらない士道にますます不安に駆られる十香にウェストコットはさらに追い討ちをかける。

 「ようやく役者が揃った。ヤトガミトオカ、これから君の大切なイツカシドウを殺そうと思う。止めるのは自由だ、邪魔はしない。君の力で今から振り下ろされるエレンの刃を止めたまえ」

 エレンのレイザーブレイドは士道の上ですでに構えられている。次に一撃を喰らえば士道は確実に死んでしまう。美九も『声』で阻止しようとはするものの随意結界(テリトリー)内では効くわけもなく今にも本気で振り下ろされようとしている。

 今の窮地から士道を救うには〈鏖殺公(サンダルフォン)〉では足りない。

 天使では、足りないのだ。

 『やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』

 どんなものでも構わない。この壁を切り裂き士道の窮地を救えるのであれば自分はどうなっても構わない。

 瞬間、意識が途切れるのと同時に天使ではないものが呼び覚まされた。

 その光景にウェストコットも哄笑が止まらない。

 十香の身体が闇に包まれるように黒く輝いたかと思えば強化ガラスを泥のように溶かし、闇が全方位から吹き抜けていく。

 この光景にエレンも驚くがウェストコットは両手を広げ、万感の思いで呟く。

 

 「<王国>が反転した。――魔王の凱旋だ」

 

 途方もない闇が蠢き始める――


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