デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第六四話『師と弟子』

 「大丈夫ですの、士道さん」

 「ああ……何とか」

 【一の弾(アレフ)】の力で加速して移動した重力は凄まじく気を抜けば血を吐いてしまいそうな速度だったので少し足元がふらついたものの堪えて地に足をつける。

 「それでは行きま――」

 言葉の途中だった。

 狂三の頭は宙を舞い、突然のことで何が起こったかわからなかった士道だがすぐに狂三の頭があった場所から温かい血が噴き出て士道の身体に飛び散ったことでようやく理解する。

 「うわぁぁぁぁ!? く、狂三!?」

 「やれやれ、ようやく見つけましたよ兄様」

 「ま、真那……?」

 何もかも突然のことだが現れた少女に士道は後ずさるがよく見れば見覚えがあった。

 髪を一つ括りにし、気の強そうな双眸。しかしどこか士道の面影を感じさせる顔立ち。

 間違いなく来禅高校の屋上で狂三にやられ重傷を負って入院していた自称士道の妹――崇宮真那。

 纏っているのは見たこともないユニットで青と黒を基調としており、左手には狼の顎を模したような武装が特徴的だった。

 「真那……真那だよな? 怪我はもういいのか?」

 「はいです! 真那はもう全快でいやがりますよ!」

 相変わらずの疑問符が浮かぶような敬語だが真那が士道に抱きついているうちに殺されたと思った狂三が壁面の影から姿を現し、

 「きひひひひ。あらあら、相変わらず手荒なご挨拶ですわね」

 「ちっ……生きてやがりましたか。その薄気味悪い笑い声を消してやれたと思ったのに」

 「言ったではありませんの。あなた程度(、、)では無理だと」

 再会して数秒足らずで早くも敵意と殺意に満ちた視線を交わして一触即発の雰囲気を醸し出す二人に士道は緊張感で背中に湿った汗を流しそうになるがどうにか二人の間に立つと宥めるように言葉を紡ぐ。

 「二人共待てって! 今狂三は協力してくれてたんだ!」

 「協力……?」

 「そういうことですわ、でも真那さんが現れてくれればこちらとしても好都合。私はここで別行動にさせてもらいますわ。でも安心してくださいまし、兆死は止めても満足するまでは戦うでしょうし陽動の方は万全ですわ」

 「狂三っ!」

 呼びかけるも構わずに狂三は影の中に姿を潜めていき姿を完全に消す。姿を消したのを見れば真那はふんっと鼻を鳴らし、

 「どんな約束事をしたか知らねーですがあんな悪魔と協力するだなんて正気の沙汰とは思えねーです。これでよかったんですよ」

 「お前な……」

 狂三のことは一切信用しない真那はむしろ悪魔から兄を救ったことで誇り高く思っているのか慎ましい胸を張って誇示している。士道もそれを見て息を吐きたくなるが続いて謎の飛来物が士道のすぐ隣の壁に激突し、めり込む。

 「うわっ!?」

 派手な音を立てて激突してきたために腕をガードするように構えていた士道だが砂煙が晴れる前に真那が呆れた息を吐き、

 「まったく何をしてやがるんですか……<精霊喰い>」

 「うっせえ! 好きで飛ばされたんじゃねえ!」

 「ゆ、夕騎!?」

 ようやく砂煙が晴れ士道がその姿を視認すれば壁にまるで非常口のマークのようなポーズでめり込んでいる夕騎の姿がそこにいた。

 「お前帰って来てたのか!」

 「おー、士道っちか。割と前から帰ってきてたんだけどまあそんなことは今はどうでもいいか。と、とりあえず引っこ抜いてくんね? 結構深くめり込んで抜け出せねえんだけど……」

 「お、おう」

 士道からすれば久しぶりの再会だが何だかしまらない夕騎にこんな状況だが少し笑いそうになってから真那と共に壁にめり込んだ夕騎を抜こうと力を込める。

 「ちょ、イタ!? 真那ちゃんてめえ何か左手付いてんだろ! いたたたたたた!」

 ちょうど今の真那の左手には狼の顎のような武装を装着しているので夕騎の身体を持とうとすれば当然噛み付かれるような形になり夕騎は抗議するがそんなのは知ったものかとぐいぐい引っ張る。

 「助けて貰えるだけありがてー話なんですよ。それにこんなところで何してやがるんですか? もしかしてアイザック・ウェストコットに兄様を捕まえて来いと――」

 「んなワケねえだろ、俺は前から<ラタトスク機関>側。ワンナが生きてたからもうDEM社に裏切りは知れただろうしそうなれば出向先のASTもおさらばサヨナラな状況だよ!」

 「奇遇ですね、私も今は<ラタトスク>に世話になってやがるんですよ」

 「マジか、どこまでもついてくるなんて俺のことホント好きだな真那ちゃんは! もう! 困っちゃう!」

 「二秒以内にその気持ちの悪い裏声をやめねーとこのまま引き千切ってやりますよ?」

 「ごめんごめんごっと抜けたァ!!」

 ようやくめり込んでいた状態から抜け出した夕騎は窮屈だった場所からようやく広い場所に立てたので身体を伸ばしていると士道は疑問を口にする。

 「夕騎は何してたんだ?」

 「美九達を連れて十香を助けに来たんだよ、分身体の狂三にもそう言伝頼んでたろ。まあ邪魔が入ってこの通り吹っ飛ばされたんだが」

 「美九がここに来てるのか!?」

 「ふふふふのふ、協力してくれるってよ!! 俺の交渉術見て欲しかったくらいですわなーっはっはっはっは!!」

 鼻が伸びんばかりに天狗になる夕騎だが実際見てもらえばもうただただ根性(ガッツ)を見せた交渉術でもし零弥があのまま洗脳が解けなかったらもっと大怪我を負っていただろう。

 そんなことはもう過ぎたことと身体を反らして「褒め称えよほれほれ」と士道に催促している間に真那はどこからか通信を受けたのか耳元に手を当てて何度か頷くとポーチのようになっている腰パーツからインカムを二つ取り出し、

 「兄様、<精霊喰い>、これをどーぞ」

 「これは……インカムか?」

 「なっつかしー」

 二人共受け取れば右耳に着けると夕騎にとっては懐かしくも思える琴里の声が聞こえてくる。

 『……士道、夕騎、聞こえる?』

 「ああ、聞こえてるよ。正気に戻ったんだな、琴里」

 『悪かったわよ、その……死ねなんて言って……。本心じゃないから』

 「わかってるよ、そんなこと」

 夕騎は知らないことだが美九が<破軍歌姫(ガブリエル)>を顕現した際に<フラクシナス>で音を聴いていた琴里達も操られてしまい、危うく士道に攻撃仕掛けていたようだ。

 「それよりどうして美九の洗脳が解けたんだ?」

 兄妹水入らずな雰囲気に夕騎は周りに目を通しながらインカムの電源を落としておこうかと思ったが令音の声が聞こえてくる。

 『……一度気絶させて真那の随意結界(テリトリー)で洗浄して貰ったのさ。それに今では四糸乃達の洗脳もユキの説得もあって美九自身が解いたよ。だけど皆が操られた際に通信設定を滅茶苦茶にされてね、今まで連絡出来なくて済まない』

 「いえ、そんなことは……」

 令音はそう言うと士道の方だけ琴里に代わり、夕騎だけに向かって令音は話し始める。

 『……ユキ、また随分と無茶をしたね』

 「あー、見てたか」

 『……あんな無茶な交渉、下手をすればあのまま殺されていたかもしれない。今回は零弥に救われたがあのまま攻撃を受け続けていれば確実に死んでいた。私も琴里も肝を冷やしたよ、それに真那も心配していたよ』

 「マジか、あの真那ちゃんが? チョーありえないんですけどー!!」

 げらげら笑っていると令音は『……まあ信じるか信じないかはユキ次第だ』と言って話を終えると夕騎は笑いを収めてせっかく通信が回復したのだからアドバイスを貰おうと思い、

 「まあこれから好感度どう上げるかが問題だよなー。何かアドバイスない?」

 『……?』

 「え、何その反応?」

 唐突に述べられた夕騎の言葉に令音も一瞬何を言っているのかわからなくなってしまい、一応言葉の真意を確かめてみる。

 『……それは本気で言ってるのかい?』

 「……はい?」

 『……君は本当に鋭いのか鈍いのかわからないな。まあ頑張りたまえ、君は君らしくいればいい』

 「何その丸投げ!? ちょ、れーちん! き、切られた……」

 令音は意味深長な態度で言われた後珍しく一方的に通信を切られた夕騎は目が点になりそうだったが切られてしまえば夕騎は何だかおかしくなって少し笑うと真那の前に行き、

 「真那ちゃんが士道を守ってくれてたのか?」

 「まあついさっきのことでいやがりますけど、それがどうかしやがったんですか?」

 「……ありがとな」

 かははと笑みを向けて頭をぽんぽん撫でられれば真那は頭を片手で押さえて不審そうな目を向け、

 「今日の<精霊喰い>はやけにおとなしいでやがりますね。ボコられすぎて頭がおかしくなったんでやがりますか?」

 「いんやそういうわけじゃねえさ。どんだけ生意気でも真那ちゃんの実力は本物だからな、そういう面は信頼してる」

 「ふん、わかってるじゃねーですか。だったら強い真那が兄様だけじゃなくて弱い<精霊喰い>も守ってあげてもいいんですよ?」

 「ははは! 調子に乗るんじゃねえよ!」

 「アイタ! 何しやがるんですか!」

 今回は喧嘩しないと思えばまた互いの頬を引っ張り合って不毛な争いを繰り広げる二人だがしばし続ければ同時に噴き出して笑い、

 「こんな状況で何やってんだか!」

 「まったくでやがりますよ!」

 「まあとにかくだ」

 夕騎はそう言って真那の隣を過ぎていけば背を見せ、こちらに向かって飛んでくる敵影を見つめると――

 

 「――士道のこと、俺の代わりに守ってやってくれ。任せたぞ」

 

 「<精霊喰い>……?」

 『ユウキィィィィィィィィィィィィィィィィ!! 見、み、ミ、見つけたァァァァァァァァァァッ!!』

 真那が何か言葉を発する前に夕騎は飛び出せば飛んでくる<ヴァンフェイルバンテ>を装備したワンナに向かって真っ向からぶつかり合いそのまま士道達から引き離すようにし、

 「行け!!」

 最後にそう言って夕騎はワンナと共に戦火の中心となっている場所へと戻っていった――

 

 ○

 

 「だぁーくそが!!」

 <ヴァンフェイルバンテ>はそもそも<ホワイト・リコリス>の火力を超えていたのにそれをさらにスケールアップし重火力にしているのだ。本来二人乗りであるはずのその武装に一人で乗っている負荷は計り知れないがそれでもあまりにも濃密過ぎる魔力に夕騎は苦しめられていた。

 夕騎の攻撃が全く通じないのだ。何を放とうにもその強烈な随意結界(テリトリー)に強引に捻じ伏せられ軌道を変えられてしまい、未だに一撃すら浴びせられていない。

 身体の中に未来の精霊達から受け取った霊力はまだ残っていると思ったが今までの治療に用いていたせいかあれだけ満ち溢れんばかりの霊力が少なくなっている。

 「これだから対人戦は……ッ!!」

 新技を試そうにも今回のはほとんど<精霊喰い>の力を使うために霊力の消費は少ないが準備するのに何せ時間が掛かる。しかも集中するために準備している間は動けないときたものだ。自分で思いついたとはいえ何とも実戦向きではない技を考え付いてしまったものだ。

 「三分あれば準備出来るってのに!」

 そうぼやいているうちにもワンナは一回転し尻尾の先についた巨大なレイザーブレイドを叩きつけようと振り下ろしてくる。

 夕騎は咄嗟に懐に仕舞っていた魔力強制生成剤が入った注射器を一本取り出してそれを打ち込んで迎え撃とうとするが、

 「使い慣れてないのに使えば相手に随意結界(テリトリー)侵食されて終わるってーの」

 「……え?」

 腕に注射器を打ち込もうとした寸前に突然どこからか伸びてきたチューブが巻きついて引っ張られ強引に回避させられる。外れたレイザーブレイドの一撃は地面に直撃し、大地を割って衝撃で味方であるはずのDEM社の者も吹き飛ばしながら【死士(ライツェ)】を消し去っていく。

 その一撃を真っ向から受けようとしていたのだから相変わらずだと夕騎を助けた者はため息を吐き、

 「……ったく、あんな一撃正面から受けようとすんのが間違いなの。力のゴリ押しじゃない戦法もちゃんと教えるべきだったね」

 自分を助けた者を見れば夕騎は目が飛び出さんばかりに驚く。

 「シ、シルヴィ!? アイエェ!? 何でここに!?」

 ブロンズヘアーに容貌は美人としかいいようがなくスラリとくびれがある身体はワイヤリングスーツの上からでもはっきりわかる曲線美。蜘蛛を模したような黒のユニットを身に纏ってるのは夕騎の師でもある――シルヴィア・アルティー。

 名を呼ばれたシルヴィは夕騎の襟を持ちつつ、

 「何でってわざわざ助けに来てあげたんでしょうが、感謝しろよバカ弟子」

 「そ、それはありがとうございますだけど! 怪我は!?」

 「んなモンこの時代なら簡単に治るっての、<ラタトスク>から色々聞かれたけど全部話してようやく解放されたワケ。心配しなくとも今のアタシはアンタの味方よ」

 『じゃ、マをするなァァァァ!!』

 「ふん、無駄にデカイだけの馬火力が調子に乗ってるみたいね」

 攻撃を躱された<ヴァンフェイルバンテ>が体勢を戻しレイザーブレイドの牙で噛み付こうとしてくるが夕騎があぶない、と言う前にシルヴィはチューブを三本<ヴァンフェイルバンテ>に伸ばし随意結界(テリトリー)に触れればシルヴィは中指を立て、

 「ただデカイだけのゴリ押しじゃ敵わないんだよ半熟」

 『――ッ!?』

 すると途端にワンナは制御を失ったのかその大きな機体が乱回転し地面に勢い良く激突して引き摺られるようにして仰向けに倒れる。

 「す、すげえ。何したんだ今の?」

 「なぁに簡単なことさ、相手の随意結界(テリトリー)に自分のを絡めて操作感覚を狂わせただけ。図体がデカイ分一つの脳じゃ制御仕切れてない箇所があるのよっと!」

 地上に落ちて【死士(ライツェ)】に襲われながらも爪や尻尾でそれらを薙ぎ払いながらワンナはシルヴィ達の方へマイクロミサイルを次々に撃ち出す。

 「それにしてもウェストコットも容赦ないわねぇ、<ホワイト・リコリス>ですら三○分で廃人になるのにあんなの乗せれば死ぬとわかってんじゃないの」

 「それでもワンナはヨマリを殺した俺が許せないんだろうな、刺し違えてでも殺す覚悟で来てやがる」

 「ふーん、殺したのねヨマリを」

 ヨマリのことを一応見かけて知っていたシルヴィだが夕騎と仲良さそうにしているのは知っていた。それでも殺せたというなら精霊への愛はそれほどまでに深かったからだ。

 それに夕騎の覚悟が本物なのかは師である自身も腹に風穴を空けられよく知っているためにシルヴィはそれ以上言及するような真似はしない。

 迎撃し、旋回して躱していけば夕騎の身体を持ち直し、

 「まっアンタが選んだ道をアタシがどうこう言うつもりはないさ。それより三分さえあればーとか言ってたけど手立てはあんの?」

 「あるよ、超必殺技がさ!」

 「ホントどっから湧いて出るのさその自信は! 精霊化で暴走してたくせに!」

 と言いながらも【死士(ライツェ)】を振り切り追撃してきたワンナにシルヴィは距離を取る。

 「バーロー! 人は日々成長する生き物なの! 俺はもう暴走しねえしコントロールしきってるからな!!」

 「だったら――チッ!! 来やがったか!!」

 <ヴァンフェイルバンテ>が二門の砲口をこちらに向け魔力砲を撃ち、続いてマイクロミサイルや翼に装備された対精霊用の機銃を乱射してくる。シルヴィはそれを広範囲に拡大して対処しようとするが冷たい手でそっと背中を撫でられるような悪寒が走ると悪態をついてすぐに回避行動に切り替える。

 互いの随意結界(テリトリー)が侵食し合う感覚、シルヴィも初めての体験だがそうも言ってられず、シルヴィと夕騎がつい数秒前までいた場所には大剣の斬撃が過ぎ去っていった。

 「襲撃者の中に何人か手練れがいると感じていましたがあなたたちでしたか」

 白金のCR―ユニットを身に纏った碧眼の女――エレン・M・メイザース。

 「裏切り者のシルヴィア・アルティーはともかくユウキ、あなたは何をしているのですか?」

 「ワンナから聞いてんだろ、俺も裏切り者だってよ」

 「ええ、聞いていますよ。<ラタトスク>に属していることもすでに耳にしています」

 「だったら俺も裏切りモンだろうよ」

 「……今、謝って<ラタトスク>も抜ければ今回の件は不問にしてあげます」

 「……は?」

 エレンならウェストコットを裏切ったと知れば真っ直ぐに斬り捨ててくると思ってはいたが先ほどの一撃も夕騎に当たらないように配慮されていたようにも見える。

 「マァァァァァァァァナァァァァァァァァ!!」

 軽く困惑しているうちにも誰かの怨恨に満ちた声が聞こえてきたかと思えば<ホワイト・リコリス>の姉妹機<スカーレット・リコリス>に搭乗したジェシカと士道を守っていたはずの真那がこちらにやって来て、

 「エレン……しかも厄介な二人が集まってやがりますね」

 <ヴァンフェイルバンテ>と<スカーレット・リコリス>の重火力な二機と人類最強、分が悪い状況になってしまうが新たな敵の出現にも構わずエレンは夕騎の目を見据え、

 「今なら怒りませんから帰ってきなさい、ユウキ」

 「……お前は俺の母ちゃんかってーの」

 流石にこの状況には危機感を感じながら夕騎は額に一筋の冷や汗を垂らした。


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