デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第六一話『夢を奪われた歌姫』

 十香に投げ飛ばされた士道は天宮スクエアから離れた街路樹に引っかかっていた。

 多少身体は痛むがそれどころではなかった。士道の視線の先には天宮スクエアの屋上から十香を抱えて飛び立つエレンの姿が見えてしまったのだ。

 これで十香は確実に攫われてしまった。そう理解すればすぐにでも士道は何とか痛む身体を動かして街路樹から下りる。

 状況は絶望的だ。四糸乃や八舞姉妹、零弥は美九の『声』によって敵に回ってしまい、十香はDEM社に捕らわれてしまった。さらに士道は美九とDEM社の両方から狙われている、ここで立っているだけではいずれにしろどちらかに捕まってしまうだろう。

 味方もいない状況でどうすればいいのか、考えている暇なんてない。

 とにかく十香を助けなければならないのだ。士道はそう心に決めるとあてもなく一歩を踏み出した途端――

 

 「やっほー! キミが『イツカシドー』かな?」

 

 「うわっ!?」

 木の枝にぶら下がっていたのか逆吊りの状態で少女が目の前にいきなり現れたものだから士道は驚いてその場に尻餅をついてしまう。

 おまけにスカートを履いているせいでパンツも丸見えで目のやりどころに士道が困ると少女はひょいっと木の枝から足を離して着地し、尻餅をついている士道の顔を地面に足をつけたというのにはるか高みから見下ろす。

 血で染めたかのような深紅の髪に赤色を撒き散らしたかのようなセーラー服、童顔な容貌に似つかわしくない軍用の眼帯。何より異質なのは少女にしてはあまりにも高身長だった。

 立っても顔を合わせることが出来ず、およそ二メートルは超えているだろう。

 片手に持ったナイフをクルクルと回しながら少女は問いかけても何の反応も示さない士道に不満そうに口を一文字にしてむぅと唸る。

 「聞こえてないの? イツカシドーか聞いてるの! キザシは無視されるの嫌いなんだけど! 殺しちゃうぞ!!」

 「ん、あ、ああ……悪い。五河士道で合ってる」

 あまりの異質さに口ごもっていた士道だったがキシャーッとまるで猫の威嚇のような声を上げたためにハッと顔を見上げて失う。ただでさえ凶器を持っている相手を刺激するわけにもいかない。

 五河士道だと認めれば少女は笑みを向け、

 「割と探したよ。キザシはキザシ、パパがイツカシドーを守ってって言ったから来たんだー」

 「そ、そうなのか」

 見たところ今は敵意が見られない。

 しかし、兆死のことを知らない士道にはいくつか確かめることがある。

 「兆死はその、何者なんだ?」

 「キザシは精霊だよ、しかもとびっきり強いから激弱なイツカシドーも守れる!」

 拳を握り締めて力説する兆死に『激弱』と言われて何とも反応しずらいのか苦笑いしか出来ない。

 「それで俺を守ってくれって言った『パパ』ってのは誰なんだ?」

 「パパはパパだよ?」

 「そうじゃなくて、名前を聞かせてくれないか?」

 小首を傾げるその仕草に士道が改めて質問すると兆死は「だったら最初からそう聞いてくれたらいいのに」と言って答える。

 「パパは月明夕騎! そんでママは時崎狂三! 二人共キザシの自慢できるパパとママなんだー!」

 「え!? 夕騎と狂三にこんな大きい娘が……」

 「――とんだ誤解ですわ士道さん。その子にとって『パパ』『ママ』はあだ名のようなもの、昔に見かけた子供が両親のことをそう呼んでいたので真似をしているのですわ」

 「狂三!?」

 続いて現れたのは狂三、闇を纏ったかのような黒と橙を混ぜた霊装に金色の片目。見間違えるはずもなかった。

 来禅高校での一戦があってからは分身体を残してどこかへ消えたと思っていたがここに現れたということは何かしら目的があるのだろう。

 一件もあってやや警戒心を見せる士道に狂三は獅子にハムスターが威嚇しているように見えてくすくす笑い、

 「そんな警戒しなくとも大丈夫ですわ。別に取って食べる気はありませんのよ?」

 「……とてもじゃないけど信じられねえな」

 「信じてくれないなんて悲しいですわ。泣いてしまいますわァ……」

 手で顔を覆い隠すようにして「うえーん」とわざとらしい泣き真似をする狂三に士道はおいおいと何かを言おうとした瞬間、濃密な殺気を感じて咄嗟に身を転がす。

 すると士道がつい数秒前までいた場所に一本の斬撃が迸り、見れば爪で引っかいた痕のようなものがここから少し離れた建物まで沿うようにして刻まれていた。

 「ママを泣かせるヤツはキザシが許さない」

 陽気な雰囲気から一変殺意が霊力として外部に滲み出た兆死がナイフを構えており、天使を使ったわけでもないのにこの威力は怖気が走るほどだ。

 これはマズイと士道が何か言う前に泣き真似していた狂三が兆死の腹部あたりに手を置き、

 「落ち着いてくださいまし、わたくしは泣かされておりませんわ。それに夕騎さんから士道さんを守るように言われているのでしょう?」

 「あ、そっか」

 先ほどの発言のことをもう忘れてしまっていたのか兆死は狂三に言われれば冷静になりナイフを仕舞うと殺意が嘘のようになくなる。士道にも緊張感が走っていたが矛を収めた兆死の前に狂三も軽く頭を下げ、

 「申し訳ございませんわ。この子はまだ生まれて間もないもので加減を知りませんの」

 「あ、ああ」

 「でもわたくしも含め、兆死も味方に加われば士道さんの十香さん救出において強力な助力と成り得ますわ」

 「お前、何でそれを知ってるんだ?」

 「士道さんも知っての通りわたくしにはたくさんの『目』や『耳』がありますの」

 そう言った狂三の背後の影から何人もの分身体の狂三が出現。一様に笑っており、確かにこの分身体たちが常に士道の周りにいると考えれば状況を知っているのにも納得できる。

 「協力してくれるのか……?」

 「ええ、そのためにわざわざ士道さんの前に現れましたもの。わたくしもDEM社には用がありますし、そのために内部の者の目を士道さんに向けていただくのも悪くありませんわ」

 「要するに囮ってか」

 「士道さんのために『わたくし』も囮になるのですから互いに利はありますわ」

 「……そうだな」

 狂三の言葉に反論することもなく協力してくれるとわかれば士道は頷く。十香を助けたいがためにこんなにも素直に提案を飲んでくれるとは正直思ってもいなかったがこうなれば早いと話を始める。

 「DEM社に行く前に美九さんと話をつけなければなりませんわね。彼女は自分を騙した士道さんを憎んで追いそうですし」

 「別に騙すつもりで女装してたわけじゃ――」

 「ともあれ美九さんが十香さん救出の邪魔をしてくるのは必至。対策をしなければなりませんわ、士織さん(、、、、)

 「おま、げほっ!」

 唐突に出されたその名前に士道が思わずむせていると影からさらに狂三の分身体が現れる。その分身体は本体の狂三が去ってから夕騎とずっと共に生活していた狂三で現れれば本体の狂三に耳打ちする。

 「ええ、ええ……わかりましたわ」

 「何かあったのか?」

 「夕騎さんからの言伝ですわ。『美九のことは俺に任せろ。必ず十香救出に協力させる、だからコッチは任せろ』とのことですわ」

 「っ! 夕騎がいるのか!?」

 「……ああ、そうでしたわ。士道さんは知りませんものね」

 「どういうことだよ?」

 「うふふ、内緒ですわ」

 夕三が夕騎だということを知らない士道に狂三は自らの唇に人差し指を合わせて取り合うことなく珍しくおとなしい兆死の方に振り向き、

 「兆死、準備は出来ましたの?」

 宙に浮かんだ黒い裂け目のような穴に手を突っ込んでいたところ声を掛けられれば血塗れの手を抜き、

 「うん! 【死士(ライツェ)】の準備も出来たし万端!」

 「ついでに聞きますが今回は何体用意出来ましたの?」

 「向こうに置いてた分(、、、、、、、、、)も含めたら一万体! 強化もしたしこれでまた国を落とせ(、、、、、、、)るよ(、、)!!」

 にこにことした表情でとんでもないことを言う兆死に思わず士道は問いかけそうになるがその前に狂三が制する。

 「あまり時間もなさそうですし準備が出来たのなら早速行きましょうか」

 暗に追及を許さないといった態度で狂三は踵を返し、DEM社に乗り込む前にすることがあると先導して歩き出した。

 

 ○

 

 「随分と幸せそうだな、美九」

 「はい、こんな幸せな空間は他にないですよぉ」

 恍惚とした表情を浮かべる美九に対極して不満そうな表情の夕三。

 二人は今ホテルで豪華な食事が並べられたテーブルに向き合うように座っている。

 美九はあれから<破軍歌姫(ガブリエル)>で街中にあるスピーカーを利用し『歌』を響かせ続けて支配領域を拡大し、疲れたために一度演奏を中止してこうして食事で休憩時間を取っているのである。

 そこに身体の傷を修復し終えた夕三も招かれ、こうして二人は対面しているのだ。

 「ふふ、私は本当にラッキーですよぉ。まさか会場で精霊さんたちが私の『声』を聞いてくれるなんてー」

 美九が振り向けばそこにはメイド服に身を包んだ四糸乃、八舞姉妹、零弥が立っていてもし何か夕三がしようとすれば全力で阻止してくるだろう。

 「まあそりゃあ幸せでしょうなー。負けたくせに駄々こねて勝敗無視して天使使ってんだからなー」

 「……ぐ、こ、この世界に私の思い通りにならないものなんてあっちゃいけないんですよぉ」

 「そうならないと『人間』が怖いから、だろ?」

 「――っ!」

 明らかに美九の身体が震えたことに図星だと感じた夕三は目を伏せ、

 「まあこっからの話は夕三(オレ)がするべきじゃねえ。夕騎()がするべきだ」

 そう言えば立ち上がると影の中からアタッシュケースを取り出して夕三は服を脱ぎ始める。髪飾りも外し、下着も何もかも脱ぎ捨てて一糸纏わぬ姿を美九に見せたかと思えばそこからケースから取り出した男性用の下着や制服を着ていく。

 その行動の意図がわからない美九は不審そうに目を向けていると夕三は胸に手を当て、

 「づ、ぐ……あぁああッ!!」

 夕三の行動に対し身体は拒絶するかのようにバチバチと火花を散らす形で霊力が溢れるが痛みなどに構わずに胸の奥に仕舞われているものを引き抜く。

 「だぁー……だいぶ体力削られた気がするぜ……」

 煙を上げる全身の中でも手に握られていたのは黒色の霊結晶(セフィラ)。完全に力押しだった分それ相応の痛みは走ったが歯に力を感じるので<精霊喰い>の力も取り戻せた。

 つまり――

 「ゆ、夕三さん、あなた……」

 「今の俺は夕三じゃねえよ、美九。俺の名は月明夕騎だ」

 未だに消えない煙の中でも美九は夕騎の姿を見れば目を丸くし驚愕するが夕騎は自己紹介すると椅子に座り直して一息吐いていると美九は夕騎を睨みつけ、

 「あなたも私を騙していたのですか……?」

 「騙してたわけじゃない、と言ってもそれはコッチの言い分だからな。それは悪かった」

 「悪かったって私のことを弄んでそれで済むわけないじゃないですか……ッ!」

 頭を下げる夕騎に美九は奥歯をギリッと噛みしめる。

 天央祭が開催される数週間前に美九は来禅高校の実行委員を務める夕三と出会った。

 初めての出会いは立ち入り禁止だったステージ上。一人で楽しそうに歌っていた彼女の姿は何とも愛らしく、それに歌声も綺麗だった。それに独特な言葉遣いで美九の周りにはいないオンリーワンなタイプだったことは鮮明に覚えている。

 でも『宵待月乃』のことを覚えられているのは異質で美九にとっても都合が悪かった。そしてあの場で『宵待月乃』に関しての記憶を消そうと思ったが士織の登場に邪魔をされた。

 結論から言えば美九は夕三のことをとても気に入っていたのだ。何気なく過ごしているだけでも楽しくそれに忘れて欲しかった『宵待月乃』に関しても覚えていてくれたことは心のどこかで嬉しさを感じていた。

 だから夕三のことを欲したのだ。

 だが、渇望の果てに待っていたのは『裏切り』。

 「これだから『人間』は嫌なんです! 特に『男』は利己的で! 自分勝手で! 下劣で、汚くて、醜くて、見ているだけで吐き気がします!!」

 「――男嫌いになったのは、『人間』を『人間』と見れなくなったのは『宵待月乃』だった頃に受けた仕打ちが原因なんだろ? それに美九は元々から精霊だったわけじゃねえ、『宵待月乃』として終わってしまってしばらく経った後ぐらいか」

 「…………どうしてそれを」

 鋭い目で睨みつけてくる、それは回答に等しいものだった。

 夕騎は天央祭開催よりも前のことを思い出し、

 「俺は宵待月乃の曲しか知らなかった。どんなアイドルでどうして引退してしまったのかを知らなかったから調べてみたんだ」

 夕騎は疑問に思ったのだ。

 男を嫌うだけではなくお気に入りの女の子に対しても美九の接し方はまるで人形を愛玩するような扱いしかしないことに。まるで自ら境界線を引いて遠ざけるように接していたことに。

 「調べていれば色々出てきたさ。男性関係、堕胎、ドラッグパーティ、どこぞのハリウッドスターかよってくらいに出てきて最後には自殺ってよ」

 夕騎の言葉に誰にも開けられたくない過去という扉を無理矢理ノックされた美九は黙って顔を俯かせ、肝は一気に冷えその額からは汗が流れる。

 「でもそれらは全部ゴシップだったと俺は思う。アイドルってのには枕営業っつうものがあるみたいだし断ればそういうのを出されるのは珍しいことじゃない。その事務所の元社長にわざわざ聞きに行ったがその事務所じゃ他の子も同じような手口でアイドルから追われた子は少なくなかったってよ」

 実行委員を務めている最中にも夕騎は調べを進めていたのだ。そしてわかってしまった。

 「何より美九にとってつらかったのは今まで自分のファンだと信じていた人間たちからの心のない声、だったんだろ」

 「……やめてください」

 「『大好き』、『愛してる』、『きみのためなら死ねる』、さんざん言葉を並べて自分のことを慕ってくれていたファンたちが急に手のひらを返した。美九の言葉よりも噂話に躍らされて、酷い言葉を掛けられれば美九の心が憔悴するのは当たり前だよな。そして『宵待月乃』としての最後のライブ、そこで最後の支えだった『声』を失った」

 【――やめてください!!】

 事実を思い出させられ耐え切れなくなった美九は立ち上がると<破軍歌姫(ガブリエル)>のパイプオルガンを顕現し、夕騎に向かって増幅させた『声』を衝撃波として飛ばす。

 襲い来る衝撃波に口を開ければ<精霊喰い>の牙を発動し、音の波に乗せられた霊力を息を吸うようにして全て吸収する。

 「人間に失望し、何もかも絶望してたところで貰ったんだろうな。ノイズのような姿をした<ファントム>に霊結晶(セフィラ)を」

 「そうですよ、私は一度命よりも大切な『声』を失いました。自殺だって当然考えました。でも、そんな私に……『神様』が現れてこの『声』をくれたんです! 一度歌えば人を虜にして、みんな私のことを『大好き』って言ってくれるこの『声』を!!」

 信じていた者達に裏切られてたどり着いた先に手に入れた『声』。

 最初は精霊だから他のものは全て劣っているのだと考えていると思っていたが違った。

 美九は怖いのだ。誰かと対等に接するのが怖くて怖くて、途方もなく恐ろしいのだ。

 信じれば騙され、託したなら見限られ、頼れば裏切られる。それならば最初から期待するのが間違い。

 天央祭一日目の決闘で個の力に頼ったことでそんな美九の心境が如実に表された。

 「お前の過去には同情する。だけど俺はお前の霊力を封印しないといけねえんだ」

 夕騎の言葉で肩で息をするほどに消耗した美九は涙を目に浮かべて感情を露わにする。

 「この『声』がなくなったらまたみんな私の『歌』を聴いてくれなくなるんです! だから私はこの(こえ)を失うわけにはいかないんです!! 私は最高のアイドルであり続けるんですよ!!」

 「…………」

 「みなさんやっちゃってください!!」

 美九の一声で後ろに控えていた零弥、四糸乃、八舞姉妹が一斉に夕騎に敵意を向けてそれぞれ天使を顕現させる。そして飛んで来る冷気、風圧、砲線。

 明確な死が迫っているというのに何も動じることのない夕騎はゆっくり立ち上がると、

 「霊力がなくなれば誰も歌を聴いてくれなくなるだって? ふざけんな――」

 腕を横に薙げば迫り来る攻撃を全て吹き飛ばして美九のことを一点に見つめ――

 

 「――ここに霊力がなくなろうが未来永劫お前のファンであり続けることを決めた俺がいる。何があろうが絶対に離れねえファンがいるってことを教えてやるよ!!」

 

 精霊のために命を懸け続ける夕騎が、何も信じられなくなってしまった美九に向かって一歩踏み出した――


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