デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第五九話『チート』

 「はい夕三さん」

 「うっす、ありがとよ」

 あれから取材陣を持ち前の『声』で追い払った美九に『デート』に誘われた夕三はクレープを受け取っていた。紅茶に引き続き甘い物全般が苦手な夕三だが今はそう言ってられないので綺麗にデコレーションされたクレープを受け取る。

 美九はチョコバナナクレープを持っており、口に含むと何とも幸せそうな顔を作る。

 「美味しいですねー。お店を出せちゃうくらいですよー」

 「デコも本格的だしホントに気合入ってんな」

 「食べないんですかー?」

 「食べる食べる」

 甘い物が苦手な夕三は抹茶クリームのクレープにしていて一口食べれば口の中に何とも言えないほのかな苦味とクリームの甘みが広がり夕三にとってはちょうど良いものだった。生地の焼き加減も上手く路上で販売しているものと比べても何ら遜色がない出来栄えだ。

 「これくらいがいいんだよなー」

 むふふーと味に浸っていると美九が何の前触れもなく夕三のクレープにかぶりつき、

 「確かに甘すぎず苦すぎずでちょうどいいですねー、夕三さんも私のどうぞー」

 「お、おうよ」

 驚いているうちにも美九は自身のクレープを夕三の方に向けてくる。夕三は苦手意識を何とか抑えて促されるままがぶっとチョコバナナクレープを口にする。

 「美味しいですかー?」

 「お、おお、美味しいっスよ」

 鳥肌が立ちそうな甘さだったが何とか堪えてぎこちない笑みで返す。

 その表情を見ながら美九はくすくす笑い、

 「関節キスですねー」

 「おっと忘れてたな。アルコール消毒するか?」

 「ふふ、そんなことしたらクレープ食べられなくなりますよー」

 どこからか消毒液が入った霧吹きを取り出す夕三にこれも素なのですねーと美九は思いながら噴き出して笑いそうになってしまう。

 「ステージまで時間もありませんしもっと回りましょー」

 「はいはい了解な」

 さりげなく手を恋人繋ぎされても夕三は特にそのことについて追及することはなく残りを一口で食べ終えれば手を引かれるまま美九についていく。美九はどうにも主導権を握りたいタイプのようだ。

 「なあ美九」

 「なんですかー?」

 「美九も忙しいだろうこのタイミングで誘ったワケ教えてくんない?」

 素朴な疑問に前を進んでいた美九は相変わらずにこやかな笑みを夕三に向け、

 「だって今日で夕三さんは私のものになるじゃないですかー。だから今のうちに私のものじゃないレアな夕三さんを味わっておこうと思いましてー」

 「あはは、勝利を約束された王者の余裕ってのか。でも来禅は本気で竜胆寺に勝とうとしてんぞ。オレはまあ決闘のルールで他人に丸投げなんだがソッチもなかなかヤバイんじゃないの?」

 「ふふ、できますかねぇ?」

 「それで負けてから『他の人がちゃんとしなかったからだもん!』って駄々こねんなよー。そういうのも含めての最優秀賞を条件に組み込んだんだからな」

 「わかっていますよー。私一人の個の力と夕三さんの輪の力、どちらが強いのかそういう勝負ですものねー」

 言葉ではそう言う美九だが夕三は何となくわかっている。

 今美九の中では勝利は確定事項、これで負ければ今の美九は間違いなく負けを認めないし天使を使って無理矢理にでも場を変えてしまうだろう。

 わかっている。そういう能力の天使を持ってしまったが故に美九はそうせざるを得なくなる。

 この決闘で夕三が勝ってようやくスタート地点なのだ。

 だからそのスタート地点に立つためにも来禅高校の一日目の勝利は必須なのだ。直接協力出来ない夕三に不安はないのかと聞かれれば不安はあるが信用しないことには始まらない。

 零弥たちに希望を託し、夕三も夕三に出来ることをする。

 「美九、ごめんな」

 「……? 急にどうしたんですかー?」

 「前さ、勢いで『お前は宵待月乃じゃねえ!!』なんて言ったろ? オレさ、宵待月乃の曲しか知らなかったからよく調べてみればお前が男嫌い(そう)なのも納得できる」

 「……別に気にしてませんよー」

 美九は人間を自在に操れてしまう『声』を持ってしまっているために『人間』と会話することが出来ない。

 もはや彼女の価値観は特別な『声』によって歪んでしまい、『人間』を『人間』と見れずに『駒』か『おもちゃ』にしか見ることが出来ないのだ。

 真の繋がりから目を逸らしてこれからもそんな風に生きていくなんて、違う。

 こちらの価値観を押し付けているだけかもしれないがこのまま美九を放っておくことは出来ない。

 美九を『人間』と同じ立場に立たせるために夕三は言葉を紡ぐ。

 「だからさ、オレはお前を助ける」

 「助けるって何からですかー?」

 「過去(、、)からさ(、、、)

 「…………」

 「今日勝ってお前をもう一度(、、、、)人間(、、)()()()()()()()()()()()

 その言葉に美九はくすくすと嘲笑めいた笑みを見せる。

 「たくさん話してるじゃないですかー。それに人間なんて単純なもの、どうにでも操れちゃいますからねー。愛玩するしか能がないのに対等に話しても無駄じゃないですかー」

 「バーロー、人間ってのはそう単純じゃねえ。いつまでもおもちゃに甘んじてくれるほど都合イイ生物じゃねえんだよってーのん。どれだけ貧弱だろうが輪の力ってのは強力な個の力を上回ることだってあるし油断してると足元掬われることになるぞ」

 「だったら試してみましょうよー、本当に輪の力なんて存在するのかを。夕三さんが信じる輪の力なんて私の前では有象無象なんですよー」

 「ハハハ! お得意の『声』でメンバーを減らす気か! でもそれをしちまったらお前は痛感するぞ。お前が敵にした『輪』が広いってことをよ!」

 「……ふふ、少し名残惜しいですけれどデートはここまでのようですねー。それではまた会いましょー」

 「ああ、今度会うときはお前の悔しがる顔が見れるだろうよー」

 互いに踵を返し背を向けて立ち去っていく。明らかに妨害してくる気満々な美九のことを伝えるのも決闘のルール上出来ない夕三は気になることがもう一つあるので真っ直ぐに出口へ向かって走り出した。

 

 ○

 

 「やっぱりきやがったか……」

 天宮スクエアの屋上まで登った夕三が空を見上げてみればそこにいたのは魔術師(ウィザード)の群れ。それもASTではなくDEM社から派遣されたジェシカ・ベイリーを隊長としたDEM社所属の魔術師で編成された隊。それに<バンダースナッチ>さえも加わっている。

 狙いは天宮スクエアの中で今からステージに立とうとしている十香や他の精霊なのか。それとも精霊を含めて士道を狙っている可能性もある。

 「まあ何にせよブッ潰すがな」

 自分の賭けに士道達を無許可に賭けてしまったのだ。降り積もろうとする火の粉を払うのは当然のこと。

 <刻々帝(ザフキエル)>を顕現し、短銃と歩兵銃ではなく夜三が使っていた長針の剣と短針の剣を夥しい量を顕現させればまだ探知出来ていないDEM社の魔術師(ウィザード)に向かって一斉掃射する。

 「な、何ダ!?」

 「士道達の邪魔はさせねえぞブス共が!!」

 突然の精霊の襲来にジェシカは驚き、他の隊員も固まっていたが襲い来る剣の量に慄きながらもはやジェシカの指示を受けることもなくそれぞれの武器で一斉に撃ち落とそうとする。

 しかしそれを許すほど今の夕三は機嫌はよくなく唐突に針は直進から様々な曲線を描いて魔術師(ウィザード)随意結界(テリトリー)を紙のように貫いてそれぞれの身に触れれば夕三は中指を立て、

 「【電痺(スタン)】」

 パパパパパッと癇癪玉でも炸裂させたかのような音が響いたかと思えば針が電撃を流し込んでまるでスタンガンでも浴びせられたかのように魔術師(ウィザード)達は動けなくなる。

 霊結晶(セフィラ)を取り込んでからか夜三の一件があってからかわからないがこういった電撃系のものが使えるようになったのだ。誰の力なのかは見当がつかないが使えるものは活用させて貰う。

 「大サービスで殺しはしねえけどそれなりに怪我してもらうぞ」

 電撃を流し込んだ半数ほどの魔術師(ウィザード)や<バンダースナッチ>の体内で電撃から磁力に変換し、夕三が手を合わせれば磁力を帯びた者達は無理矢理引っ付くことになり球体を作り出せばそれをジェシカに向かって飛ばす。

 「くっ! 何なのあなたハ!?」

 紙一重で躱したジェシカだが部下半数を吹き飛ばされたジェシカはいきなり現れた不可解な精霊を睨みつけるも予想外の展開はそれだけに収まらない。

 まるで巨木がそのまま体現されたかのような魔力の砲線がジェシカの横すれすれを過ぎ去っていき、<バンダースナッチ>をさらに吹き飛ばしていく。

 「あれはまさカ……<ホワイト・リコリス>!?」

 丸太以上の太さを持った二丁の砲門を携え、様々な大型武器を搭載し、精霊を狩るための火力をその一つに集約した『最強の失敗作』――<ホワイト・リコリス>。

 そんな失敗作に搭乗しているのはオーシャンパークでも琴里を狩るために使用していた鳶一折紙だった。

 ジェシカは折紙のことを下に見ていたがこの時ばかりは下に見ることは出来ずにいた。むしろ恐れを抱くほどに。

 どう見ても味方なわけがない。どこからか今日の作戦のことを聞いてきたのだろう。間違いなくジェシカ達の作戦実行を阻む――敵。

 「――士道は、私が守る」

 覚悟を決めた折紙の目を見て夕三はそれを見上げつつ、

 ――下手したら巻き込まれそうだしドロン!

 今のまま精霊の姿でいれば攻撃対象になりかねないのでいち早く退散していったのだった――

 

 ○

 

 『ステージ部門第一位はやはり強かった! 王者・竜胆寺女学院!!』

 暗くなったいたことをいいことにステージに忍び込んでみればすでに結果発表は終わっており、ステージ部門では美九に軍配が上がっていたようだ。来禅高校は二位ということで十香や士道は落胆を隠せていない。

 「ふふふふ、ふふ……夕三さん、これが結果ですよー。仲間に期待しすぎたための敗北ですねー、メンバーを減らしたのに揃ってしまったところは輪の力を認めますが所詮この程度なんですよー」

 美九はいち早く夕三がいることに気付いていたのかいつの間にか隣に立っており、そう言えば夕三はゲラゲラと笑う。

 「なははははは! 笑うしかねえ!」

 「何にせよこれで夕三さんも霊力を封印された精霊さんたちもみーんな私のものですー」

 にやにや笑って夕三の頬に触れる美九に笑っていたのは負けた開き直りではないと言わんばかりに夕三は不敵に笑み、

 「おいおい、何を勝ち誇ってんだ。ヒトの話は最後まで聞くモンだぞ」

 『――というわけで天央祭一日目の総合一位は来禅高校に決定いたしましたぁぁぁぁ!!』

 「……………………へ?」

 親指で指し示された先にいたアナウンスの生徒が一際大きく声を上げて発表したのは来禅高校の名。すでに勝利の余韻に浸っていた美九だが疑問に答えるようにアナウンスの生徒が続ける。

 『何とも意外な結果になりましたがステージ部門で他の追随を許さない結果を取った竜胆寺でしたが今年はどうやら模擬店部門や展示部門が不発だったようですねー』

 「え…………? ちょ、ちょっと待ってください……え?」

 『一方来禅のメイドカフェは凄まじい人気を誇り、審査の際に物議を醸したらしいですがステージ部門の二位もあってか見事に一位に躍り出ました!!』

 困惑する美九にアナウンスの生徒はさらに言葉を続け、士道が十香や八舞姉妹と抱き合っているうちにも返って冷静になった美九は小言でブツブツと言い始める。

 「……こんなの、おかしいですよ。私は、誘宵美九なんですよ? 負けるわけ、ないじゃないですか……」

 「でもこれが結果だろ?」

 肩に手を置いた夕三はそう言えば美九はビクッと震え、

 「わ、私は勝ったもん……ちゃんと、勝ったもん。……他の子が、他の子がちゃんとしないからこうなったんだもん!!」

 「というかそれ言うの禁止だって言ったろ。今回は個の力に頼りすぎたな。自分がやれば必ず勝てる、確かにお前は勝ったさ。個人的に、の話だが」

 美九は個の力を選んだ。誰も信用できないから、自分がした方が確実だから、と。

 夕三は輪の力を選んだ。今まで頼らなかった分頼ろうと、不確定だが勝てると信じたから、と。

 それらの勝敗はこうして結果として出た。

 「来禅高校は一丸になって取り組んだ。お前はステージ部門で歌えば勝てると思ってみてえだが歌で敵わないなら他で補う。それをしてくれたのがお前が望まなかった仲間たちだったんだよ」

 「な、かま……。人間風情が、そんな大層なこと出来るわけ――」

 「出来たからこうしてお前は負けたんだろ。絆で繋がった輪の力は個の力を超える。痛感したろ?」

 「……だったら私も教えてあげますよ。仲間、絆、そんなもの私の前では無意味だってことを……ッ!!」

 夕三の言葉で憔悴しきっていた美九だったが再びその目に輝きを取り戻せば俯かせていた顔を上げて両手を大きく広げる。

 

 「――<破軍歌姫(ガブリエル)>!」

 

 声に鼓動し顕現された美九の天使。

 ステージ上に轟きながら顕現されたのはそれはまるで聖堂に設えられている巨大なパイプオルガン。

 夕三自身も少し煽りすぎたかと思い、周りも演出ではないことに気付いてかどよめき始めるが美九は何も気にせずに光り輝く鍵盤をさらに顕現させる。

 これはヤバイ、夕三は咄嗟にこの場にいる精霊だけでも美九に操られないようにしようとしたが初めに四糸乃を探そうとしたのが状況を最悪にしてしまった。

 「<破軍歌姫(ガブリエェェェェェェェェェル)>!!」

 メイドカフェの中を見た際に令音同伴の四糸乃を見かけているのできっと観客席にいると思ったがこんな広いステージで一人見つけようと思ったらほぼ不可能に近い。真っ先に八舞姉妹や十香にするべきだったと後悔した途端に無情にも美九が手を叩きつけた鍵盤の音がパイプオルガンを伝って莫大な音を奏でる。

 その爆音は様々な場所で反響し、拡大し、霊力で耳を防護している夕三でも身体中に震動が伝わってきてとても他者に霊力の防護をかける集中力が削がれる。

 「くっそ……」

 防護しているというのに脳内に染み渡るような音に夕三は意識を持っていかれそうになるが<刻々帝(ザフキエル)>の短銃を取り出せば霊力を込めてそのまま頭に何発も発砲する。

 「づぅぅぅぅぅ……」

 霊力を取り出して自身に戻すことをしただけで外傷はないがそれなりの衝撃を受け、かなりの気つけになった。そうしているうちにも<破軍歌姫(ガブリエル)>の演奏は終わりを告げたかと思えばむしろこれが始まりだった。

 会場にいた何千人という観客が直立不動でステージ上に視線を送ってきていたのだ。

 「美九……お前……」

 ガンガンと痛む頭を押さえて美九の方を見れば美九は余裕を取り戻したのか笑みを浮かべる。

 「所詮、こんなものですよぉ。こんなに壊れやすいものが、仲間? 絆? 私の指先一つでどうにかなる輪の力なんて本当に脆いものですよねぇ!」

 美九が鍵盤を奏でれば観客たちが一斉に動き出し、夕三と同じように無事の士織を取り押さえる。本来であればすぐにでもブッ飛ばせるのだが如何せん先ほどの短銃で頭痛が物凄く少しばかり休憩しなければ動けないようだ。

 「勝敗なんて、約束なんて、関係ないです。私の思い通りにならないものなんてあっちゃいけないんですからぁ」

 熱っぽく言い美九は光の鍵盤を割って歩く美九はまず士織の身体に指を這わせる。

 「メンディッシュの前にまずは前菜ですよぉ…………んんん?」

 下腹部に来たところで美九の動きが急に止まる。夕三と違って士織は士道が女装しただけなので股の間には男としての証が今もぶら下がっている。

 「だ、だめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 夕三はこれまでにないような女声で叫ぶが美九はまさかと指をパチンと鳴らして新たに二人追加して確認させる。

 センスのないシュートパンツを降ろされ現われ出たものに夕三は見てられないと目を逸らし、

 「ぎゃぁああああああああああああああああああ!!」

 「きゃぁああああああああああああああああああ!? お、おとととととと……オトコぉ!?」

 両名からの悲鳴に夕三は心の中で南無と思いながらも顔が真っ青になった美九は後ずさると再び光の鍵盤に手をかける。

 「――私を騙したことを死ぬほど後悔させてあげますっ!!」

 怒りに満ちた美九の声に夕三は思った以上に状況が悪くなってしまったと渋々思い知らされるのだった――


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