デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第五八話『幸せ』

 「と、いうわけでよろしく士道っち、いや士織ちゃん! みんなの貞操はキミ達にかかっているそれではサラバ!!」

 「ちょ、ちょっと待て!!」

 「お願い深く事情を聞かないで! オレのためだと思って!!」

 「思えるかぁ!!」

 翌日の放課後、昨日美九の家ですでに約束してしまった決闘内容を士道改め士織にサッと話して即座に逃げようとしたのだが走っているうちに捕まえられ、

 「どういうことだよ!」

 「だから説明したでしょ! オレ及び他の精霊の貞操はキミにかかってるんだって! オレは盟約上ステージに立つこと出来ないし今からすることがあるの、じゃあね!!」

 「お、おい!! ――って逃げられた!!」

 捕まれた状態ではどうすることも出来ないと夕三は勝てば美九の霊力は封印出来ると伝えられたしそれさえ伝えられればオーケーと影の中に退散していったのだった。

 

 ○

 

 「また随分と勝手な真似してくれたわね夕三も」

 <フラクシナス>の艦橋で琴里はやや苛立たしげに床に靴底をコツコツと当てて音を立てていた。

 苛立つ理由は無論昨日本来のプランなら士織が行くはずだった美九の家にお呼ばれされた挙句にその中で勝手に自身と現段階で霊力を封印している精霊全てを賭けられたということを士織から聞いて漫画的表現なら怒りマークがそこら中に出ていてもおかしくはない。

 「司令、こうなっては仕方ありません。とりあえず床ではなく私のことを踏んで落ち着きげぼらぁ!」

 「うっさい。まったく夕三って精霊が私が知ってる『バカ』と被って見えてくるわね」

 茶々をいれてきた神無月には手厚い鉄拳を鳩尾に浴びせておき一息ついた琴里は改めてモニターを見ると珍しくカメラを破壊されていないのか夕三の映像が映し出されている。

 「これは、何をしているのかしら?」

 映像では夕三は士織と別れた後屋上に来ており、何やら開いているノートパソコンを目の前にして三角座りをしながら顔を俯かせて凹んでいる。

 怪訝に思った琴里が夕三の精神状態を見てみるとかなりメーターは沈んでおり、今までそういう素振りを見せなかったのでさらに怪訝そうに思っていると令音が口を開く。

 「……彼女の様子を見る限りまるで『冷静に考えてみれば口喧嘩の時思った以上に酷いことを言ってしまった』状態に陥ってるようだね。美九との賭け事が決まる前に一悶着あったのだろう」

 「殿町にすら優しい夕三でもそういうことあるのねぇ」

 「……それにしても琴里。夕三の攻略は進めなくていいのかい?」

 「耶俱矢と夕弦の時とは違ってタイプがまるで違うし行動をずっと共にしてるわけじゃないから流石にこの二人を同時に攻略するのは無理なのよ。それで今は危険度が高い方の美九を優先してるのよ」

 美九は極端に男を嫌い、士道も初めて会ったときには話しかけただけで高感度はゴキブリ以下に。最後には声の衝撃波で攻撃すらされてしまった。だから今士道は女装して士織として活動している。

 「士道の封印能力を知っての賭けたのか、夕三も何かすると他の精霊の霊力をその身に宿せるのか……夕三もちょっとキナ臭くなってきたわね」

 「……シンに対してもあのデパートの接触時以外不機嫌になっていないようだし、精霊と話す時はもっとも好感度が高い。むしろカンストしているぐらいにね」

 「ほんっとうに誰かさんみたいね。今はどこで何をしてるのやら……早く帰ってきなさいよ」

 いない者のことを言っても仕方がないと前に士道に言っておきながらあれだけ騒がしいのがいなくなれば少しばかり寂しくなる琴里だった。

 

 ○

 

 『これより第二五回、天宮市高等学校合同文化祭、天央祭を開催します!』

 九月二三日の土曜日。とうとう待ちに待った天央祭がアナウンスと声と共に始まりを告げる。

 正面入り口近い一号館二号館には飲食関係や模擬店、三号館四号館には研究発表やお化け屋敷などの簡易アクションが集められている。

 夕三が現在いるのは二号館。来禅高校の勝敗を握る重要拠点とも言える飲食ベースで夕三は看板を前に来禅高校必勝策を見ていた。

 『メイドカフェ☆RAIZEN』

 夕三自身も現在濃紺に近い色のロングドレスにフリルがたくさん付いたエプロンを着て見るからに『ザ・メイド』といった格好をしており、周りを見てみると――

 「おお! ひらひらだな!」

 「ぷ、くく……おなごの格好もなかなか似合うではないか」

 「不覚。失笑を禁じ得ません」

 看板を前に何やらメイドカフェが衝撃的だったのか膝を付いているメイド――士織に同じメイド服の装いの十香や八舞姉妹はそれぞれの反応を見せているとメイド服を着た狂三が現れる。

 「夕三さん、とっても似合っておりますわ」

 「おう、狂三も似合ってて超可愛いな。黒ニーソがまたエロいぞってあれ? 零弥は?」

 うぇーいと夕三は両手を挙げてから狂三に抱きついていると零弥がいないことに気付くと狂三はくすくす笑い、

 「零弥さんも客寄せなのですから早く外に出ていてくださいまし」

 「……こ、こんな格好恥ずかしいわ」

 「…………えい、ですわ」

 蚊の羽音のように耳を澄まさなければ聞こえない小さな声で零弥は入り口から顔をトレイで隠してもじもじして一向に出てこないのでしびれを切らしたのか狂三は零弥の手を引いて強引に外に出す。

 「ゆ、夕騎にも見せたことないのに……」

 外に出てきたのはいいものの零弥はすぐにしゃがみこんで顔をトレイで隠したままである。夕三もさりげなくトレイを取ろうとするがよほど恥ずかしくなって顔を真っ赤にしているのか初めて会った時以上にガードが固く、伸ばした手はすべてすぐさま叩かれ弾かれる。

 「な、なんという防御力……」

 「も……もう帰っていいかしら……?」

 「いいわけありませんわ、水着は着れていましたのにどうしてメイド服でそこまで恥ずかしがるんですの?」

 「わからないけど無性に恥ずかしいのよ……」

 夕三も夕騎の頃はよく零弥に着てくれと様々な服を試してどれも体良く断られ続けたが今を逃してしまえばもう零弥のメイド服を拝むことは出来なくなってしまうだろう。

 だからこそ、説得しきる――夕三はそう心に決め、零弥と視線を合わせるようにしゃがみ込むと零弥の肩に手を置く。

 「あのな、零弥。お前は今何も恥ずかしい格好をしてねえぞ、むしろ恥ずかしいと思うこと自体今から店で頑張ろうとしてるみんなに失礼だぞ」

 「……どういう意味かしら?」

 「メイドカフェにおいてメイド服は正装なんだ。学校に合わせて制服を着るのとおんなじ。それを恥ずかしいって言うならこの店のみんなが恥ずかしいことをしているように見えちまう。みんな真剣に一丸になって最優秀賞を狙ってる。それなのに零弥だけそんなに恥ずかしがってたら頑張ろうとしてるみんなが困っちまうだろ? だから頑張ろうぜ、零弥」

 その言葉を聞いてトレイで顔を隠していた零弥の顔は徐々に元に戻っていき、大きく頷く。

 

 「……私が間違えてたわ、夕騎(、、)

 

 零弥はこの瞬間に――気付いた。

 トレイで顔を隠しているおかげで夕三の容姿は見えず、しかし聞こえる言葉はまさに夕騎のものだった。例え歯が犬歯でなかろうとも何の確証もなくても零弥にはわかったのだ。

 「おかえりなさい、夕騎」

 「やぁっと気付いてくれたのか零弥。こんなところで気付くとはぶっちゃけ思わなかったけどただいま」

 メイド服の恥ずかしさなんて一瞬で消え去り立ち上がった零弥は夕三を抱きしめる。唐突に自分が夕騎だと気付いてくれた零弥に思わず夕三も目を丸くするがすぐに零弥に腕を回す。

 「すごく心配したわ、もし帰ってこなかったらどうしようって毎日不安に駆られて」

 「ごめんごめん、帰ったけどって説明する前に……超可愛いから写真撮る!!」

 影の中に収納していた撮影用のカメラを取り出すと写真を撮ろうとするが至って普通の様子のように見える狂三だがどことなく変化を感じ、

 「ど、どした狂三?」

 「少しだけ残念ですわ。このまま零弥さんが気付かなければもう少し夕三さんを独占出来ると思いましたのに」

 「それなら記念に天央祭巡ろうぜー、どうせオレ他人頼りで賭けしてるモンだから客寄せも出来ないし。零弥、客寄せ頼んだぞー。頑張って貰わないとオレも他の精霊の貞操もヤバイからな!」

 「……え? それはどういう意――」

 「もう一回言うけど可愛いぞ零弥!」

 二度と見られないであろう零弥のメイド服をフィルムに写しておくと夕三は狂三の手を引いて走り出す。

 その二人の背中を見つめるとこれ以上聞くのは野暮だと思ったのか零弥は笑みを浮かべ、

 「仕方ないわね、任せておきなさい」

 両頬を軽く叩いて気合を入れた零弥は十香達と一緒に客寄せを始める――

 

 ○

 

 「そういえば兆死は?」

 「あの子なら『分身体(わたくし)』と一緒にこの天央祭に来ているはずですわ。派手なものや人だかりが出来るものが好きですから」

 「へぇっと、おっ射的か」

 狂三と二人肩を並べて他愛のないことを話しながら進んでいると『射的』の出店を見つける。

 「狂三って射的得意そうだよな、俺超苦手だけど」

 「ふふ、それはもう銃を扱っていますもの。せっかくですしわたくしの腕を披露しますわ」

 と言って狂三は店番をしている生徒に一度分のお金を渡しては射的用の銃とコルク弾を受け取って装填し、構える。

 その構え方は当たり前だが様になっていて夕三も感心していると狂三は撃つ前に照準を変え、夕三の額を撃つ。

 「おっふぉ!? ふ、普通に威力あるなそれ!」

 コルク弾が見事命中した夕騎はさりげなく狂三のスカートの中身を見ようとひっそりと屈んでいたので命中と同時に体勢を崩して尻餅をつく。

 「夕三さん、わたくしが構えていることをいいことにスカートの中身を覗こうとしないでくださいまし」

 「お、女の子同士だからちょっとだけって思ったんですがごめんなさい! だからさりげなく<刻々帝(ザフキエル)>の銃出すなって!」

 こんな公の場で歩兵銃を顕現する狂三に夕三は両手を前に出して降参ポーズをすると狂三は一息吐いてもう一度構えなおして撃つ。

 そのコルク弾は立てかけられるようにして置かれていた髪飾りにヒットして見事に撃ち落とすと狂三は満足そうに笑み、

 「あまり欲をかいて大きなものを狙ってもコルク弾では倒れませんし、そもそも錘で固定されているかもしれませんしね」

 店番をしている生徒がネコの抱き枕のようなぬいぐるみを一瞥するとピューピューとわざとらしい口笛を吹いて目を逸らす。そのうちにも狂三は倒した髪飾りを受け取ると夕三の髪に触れ、着ける。

 「これは夕三さんへのプレゼントですわ」

 「おーさんきゅ」

 髪飾りが飾られれば思いのほか似合っているのか周りの生徒から「おぉ……」と感嘆の声が上がり、夕三もこうなっては何かお返ししなければならないと思い、お金を払って銃とコルク弾を受け取る。

 「お返しにあのネコ取ってやんよ。狂三ネコ好きっしょ?」

 「ですがあれは――」

 「まあ任せろ」

 ただでさえ射的は苦手そうなのにどうするのかと狂三は夕三に注目すると夕三は至って普通に構えればネコのぬいぐるみに向かって放つ。

 当然そのままでは倒れないと店番の生徒も思っているだろうが夕三はにこりと笑み、

 「思った以上に軽いみたいだな」

 コルク弾の着弾直後、店番の生徒からすれば不自然に三発ほど何かがぶつかると大きなネコのぬいぐるみが舞い上がると夕三の手元に落ちてきてキャッチし、

 「ほらよ狂三」

 「あらあら夕三さん、お上手ですわね。ありがとうございますわ」

 狂三は見ていた。撃ち出される直前にコルク弾は霊力を纏っており、その衝撃で夕三は【三鳴衝撃】を同時に発動させてゴリ押しでぬいぐるみを打ったのだ。

 精霊にしかわからないまさかのイカサマだったが『自分のために取ってくれた』その事実がたまらなく嬉しく狂三は自身の身長にも近いネコのぬいぐるみを抱きしめる。

 「何だそんなに嬉しかったのか?」

 「ええ、わたくしは嬉しいですわ。夕三さんが頑張って取ってくれたのも、こうして何気なく過ごせるのも」

 嬉しそうにしながらもどこか寂しげに見える狂三の笑みに夕三は射的の店番をしている生徒に手を振ってから狂三の手を握って歩き始めると周りの風景を眺め、

 「狂三が何をしたくて行動してんのかオレにはわからねえけどよ、一つだけ言っておくさ」

 「……?」

 「お前がどれだけ人に危害を加えようが何をしたとしても――」

 夕三は優しい微笑みを狂三に向ければ、

 

 「――お前は(、、、)幸せ(、、)()()()()()()()()()

 (――あなたは(、、、)幸せ(、、)()()()()()()()()

 

 「っ!」

 夕三の笑みが、言葉が、あの時と情景と――被ってしまった。

 「狂三、どうした? 泣いてるのか?」

 「……え?」

 怪訝そうに表情を伺う夕三に狂三は初めて自分が涙を流していたことに気付く。

 普段なら絶対に見せない涙に狂三は動揺し、夕三から一歩後ずさる。

 「……わた、くしは……」

 何を言いたいのかはわからなかったが狂三は夕三に背を向けてどこを目指すわけでもなく一直線に走り出した。突然走り出した狂三に夕三も困惑し、

 「ちょ、狂三!?」

 慌てて追いかけるも曲がり角を過ぎた途端に狂三は忽然と姿を消したところを見ればすぐに影の中に姿を消したのだと理解する。

 影の中に入られればもう追うことも出来ず、何故唐突に狂三が逃げてしまったのかわからないまま来禅高校のメイドカフェ近くまで戻ってきてしまい、せっかくなので見てみれば――

 「さあ入っていくのだ! 楽しくて美味しいぞ!」

 「今なら写真撮影も中でしていますので是非洗練されたメイド達の働きを見に来てください」

 「くく、課金制の地獄で苦しみもがくがいい!」

 「掲示。こちらがメニュー及び詳しいシステム内容です」

 まともにメイドらしく客寄せというものをしているのは零弥と夕弦くらいに見えてしまうのが不思議なものだがそんな呼びかけのおかげで客は次々に人が入り、今では行列すら出来ている。

 「頑張ってるな」

 片手を挙げて近寄ると零弥が気付き、

 「夕騎、狂三はどうしたの?」

 「よくわからんがどっかいっちまってよ、あとここでは『夕三』って呼ぶこと」

 「わかったわ。狂三は相変わらず神出鬼没ね」

 「はは、まあそうだな」

 軽く会話をすると夕三は中の様子を見てみればどこも満席なのは当たり前だが流石に訓練されているだけあってテキパキと働き効率がいい接客をしている。

 「ねぇ夕三」

 「ん?」

 中の様子を見ていれば零弥が壁に背をもたれさせると夕三の方を見つめてくる。

 「今は<精霊喰い>の力を使えないのよね?」

 「ああ、見事に使えねえな。どうも身体が精霊になってるようでよ」

 「怖くないかしら、今まで当たり前のように使えていた力が使えなくなるのって」

 「怖いさ、超怖い。精霊との繋がりが一気に消えたみたいでよ」

 同じように壁に背を預けた夕三は本音を打ち明けると零弥は手で夕三の頭にそっと触れると自らの肩に寄せ、

 「誰だってそう。今まで普通に出来ていたことが急に出来なくなるのは不安で怖いわ。それは美九も同じよ」

 零弥は<フラクシナス>で美九のことを見ていたので美九のことは情報としてある程度知っている。

 「力を喪失する不安感、その不安をどう拭うのか。美九攻略の鍵はそれよ」

 「何でそれをオレに言うんだ?」

 「隠さなくていいわ、美九を助けるつもりなんでしょ」

 「……ははは、お見通しってわけか」

 まったく零弥には隠し事が出来ないなと心底思いつつも夕三は笑い、

 「オレは知っちまったんだよ美九の過去を。だからアイツがどうして男嫌いになったのかも知っちまったしそこまで知ったなら放っておけねえ」

 「<精霊喰い>の力は使えないのよね。どうやって霊力を封印するつもり?」

 「まあガッツで何とかするさ。零弥の時も半分くらいガッツだったしな」

 「何よそれ、でも夕騎らしいわ」

 「だから今は夕三だっての。まあいっか、それじゃあちょいと行って来るか」

 「いってらっしゃい夕三」

 壁から背を浮かせれば零弥に背中を押され勢い余って歩き出した夕三の先にいるのは今回のステージに幻のアイドルが出てくるという噂を聞きつけやってきたたくさんの取材陣を連れた美九。

 悠然と歩き、夕三の姿を見ればにこっと笑み美九に夕三も笑い、

 「さあオレの戦争(デート)を始めますか」

 拳と掌をぱんっと当てて気合を入れなおした夕三は真っ直ぐに美九の方へ歩き出した――


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