デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「はっくちゅ……っ!」
再び廃工場に戻ってどう見ても不釣合いな高級なインテリアで暗い工場内を飾った夕三はソファの上で大きいくしゃみをしていた。
「あらあら夕三さん、風邪ですの?」
ポケットティッシュを一枚取り出した分身体の狂三はそれを夕三の鼻に当てて拭ってやる。
むむむ、と何やら不満そうな表情をしている夕三はううんと首を横に振り、
「誰かがオレの噂してんじゃねーのん。多分<ラタトスク機関>が」
「うふふ、士道さんも夕三さんが急に不機嫌になってしまいましたから困惑してましたものね」
「タイミングが悪いんだよタイミングが。もしかしたら狂三の裸エプロンが見れたかもしれないのにッ!」
「下心が丸見えですわ夕三さん……」
しかもそのことを想定していつの間にかエプロンまで盗ってきていたことに狂三は感心すべきか呆れるべきか微妙な表情をしていると夕三はふと疑問を抱く。
「なあ狂三」
「何ですの?」
「二度目の空間震警報って狂三が出したヤツ?」
「いいえ、それはわたくしではありませんわ。おそらく本当に精霊が現れたのでしょう」
「いってきまぁす!」
「あ、ちょっと夕三さん! 場所はわかっていますの?」
新たな精霊だと聞けば夕三はいきなり立ち上がって今にも外に向かって駆け出しそうになると狂三がそれを抱きとめる。
言われてみればそうだ。いつもは<フラクシナス>から精霊の位置を正確に教えられ転送されていたがバックアップなしでは居場所なんてわかるわけがない。
夕三はその場で膝をつき、
「あ、新しい精霊を見れるチャンスなのにこんなことってアリかよ……」
「そう気を落とさないでくださいまし。すでに別の
「こっちですわ、夕三さん」
「さすが狂三愛してる!」
新たに別の
「こうしているのもいいのですが早く行かないと見失ってしまいますわよ?」
「おおっとそれはマズイな、よぉしレッツゴー!」
狂三の先導により影の中に潜った夕三は精霊が出ていると情報が入った場所へ一直線に向かっていく。
○
「あなたの存在が目障りなんですよー。さっさと消えてくれませんかぁ?」
「くっ……」
士道は現在、精霊が出現したアリーナのステージに懸命にしがみつきながら悠然と佇み、その身に光の粒子で縫製された煌びやかな衣を纏った精霊――<ディーヴァ>に冷然と見下ろされていた。
こうなってしまったのも士道が話しかけた途端に好感度がゴキブリ以下に減少し、挙句の果てには精霊から大声が発せられ、それが衝撃波となって士道は弾き飛ばされ現在のステージ端に追い詰められている。
落ちてしまえば複雑骨折は免れない高さ、どうにか上がろうともがく士道に<ディーヴァ>は余計に不愉快そうな表情になる。
「どうしてあなたの手を踏んで落とさないのかわかりますかぁ? それは例え靴裏ですらあなたに触れたくないからですよー」
美しい声音で繰り出される罵詈雑言。とても優しい表情とは思えないがそうしているうちにアリーナが妙に揺れ始めたかと思えばASTが突撃してくる。
「まぁ、まぁっ!」
士道と接していた時とはまるで別人のように手を合わせて乱入者を見て喜びを表す<ディーヴァ>。ASTといえば女性隊員しかいない、それに対して<ディーヴァ>は目を輝かせる。
「やはりお客様はこうでないとですねー」
場が女性だらけになれば<ディーヴァ>は士道に目をやることもなく飛び出す。特にASTの中でも容姿が好みなのかようやく謹慎から解放された折紙の元へ行ったりASTの攻撃を躱したりと途端に大忙しになる。
「何なんだ一体……」
未だに上りきれていない士道が懸命にしがみついているとそこに新たな乱入者が現れ、屈んで士道を見下ろす。
「そんなトコで何やってんの? SASUKE的なことしてんの?」
「ゆ、夕三!?」
先ほど会った時と同じように制服で士道からは完全にパンツが見えてしまっているのだが本人は一切気にした様子はなく怪訝そうに士道を見ている。
だが、もしかしたらということもあるので夕三は一応問いかけてみる。
「もし危ない状態なら助けよっか?」
「あ、ああ、頼む」
「ほいよー」
夕三は士道の手首を掴むと軽く引き上げステージの上へと上げる。見た目にそぐわない腕力の持ち主のようで士道が驚くもその思考を察していないのか夕三はすでに<ディーヴァ>の方を見ていた。
「どうかしたのか?」
「ん? ああ、おっぱい大きいなって思って」
「……へ?」
何やら真剣な表情で<ディーヴァ>のことを観察していた夕三に士道が問いかければ夕三が真顔でそう答え、士道は軽く困惑するが構わずに夕三は続ける。
「オレって今までのトレンドがお尻からの脚だったんだけどやっぱり一周回ったらみんなおっぱいに帰ってくると思うんだ。士道もそうだろ?」
「そ、そうだろって言われても反応に困るが……」
困り顔の士道に夕三は「んーわからないかー」と適当に呟くとこちらに向かってくる赤毛の女性が目に入る。夕三の記憶が間違っていなければDEM社のアデプタス・ナンバー3のジェシカだ。手には大きなスタンロッドを携えており、明らかに夕三か士道を気絶させようという狙いが見える。
他にも見ればDEM社のメンバーらしき者が見え、どうやらウェストコットは本格的にASTに介入してきているようだ。
――狙いは士道か。
或美島にて精霊の力を使ってみせたということを<フラクシナス>で聞いた夕三はDEM社が精霊以外にも士道を狙っていることをすぐに察し、咄嗟に士道をジェシカに向かって投げ飛ばす。
「え……?」
「ハ……?」
一瞬で肉薄してしまった二人は互いに声を漏らすが夕三は士道を影にしたその間でステージから飛び立つとジェシカの横側まで瞬間的に移動し、
「とうっ!!」
ジェシカには何が起こったかわからないだろう。
目標が飛んできたかと思えば側頭部に衝撃を受け軽々と吹き飛ばされていたのだ。
「さてと士道」
向こうで砂煙が上がる中、投げ飛ばされ後は落下するしかなかった士道の手首を掴んで着地させれば夕三は改めて警告する。
「今ASTにはDEM社から何十人か追加で導入されてる。これはDEM社が本格的に動き出したってコトだな、これからはより一層気をつけた方がいい」
「どうしてそんなこと知ってるんだ……?」
「まあオレにも色々事情があるんだってーのん。本当ならあの精霊をもう少し見ていたいんだがそろそろ撤退の時間。DEM社やASTがオレに気付いちまった」
ジェシカが一蹴されたことで特にDEM社がこちらの方を視認し、<ディーヴァ>を置いてこちらに来ようとしている。
「じゃあな士道、また明日!」
夕三は士道をステージに着地させるとそう言って手を振りながら身体を影の中に沈めていき、撤退していく。
『士道、これ以上この場にいても狙われるだけよ。転送するわ』
「あ、ああ」
少しだけ『夕三』という存在に違和感を感じた士道だったが結局答えが出るわけでもなく転送されていった――
○
「ふぁぁぁ……ねむ……」
<ディーヴァ>出現から一晩明けた土曜日、夕三は物凄く眠たそうにしながら歩いていた。
昨日廃工場に帰ってから「明日は土曜日! つまり休み!」なんて思って分身体の狂三達と共に徹夜で麻雀をして結局太陽が昇るまで対戦を繰り返し、一睡もしていないのだ。
それにしてもどうして土曜日に無理してまで外に出ているのか、それは天央祭に関係することだった。
何せ土曜日に合同会議が行われるらしく、その会場までわざわざ歩いていっているのだ。前には夕三と同じく眠たそうにしている士道が十香と折紙に挟まれて覚束ない足取りで歩いている。
「夕三さん、とても眠たそうですわね」
「うーん、眠たい」
隣で夕三の腕に自身の腕を絡ませているのは
ちなみに本来なら亜衣麻衣美衣も来るはずだったが天央祭のステージ部門でバンドをするらしくその練習のために行けないだとかで付き添いを用意したらしい。
おかげで士道は寝不足そうなのに両手に姦しい花を持つことになっていて今だけは不遇そうに思える。
「それにしても凄い豪華な学校ですわね」
「ん、ああ、如何にも私立の女子高! って感じな風体だな」
半ばボーっとしていたところで狂三に話しかけられて見てみればいつの間にか合同会議の会場となる学校が見えていた。
赤煉瓦で構成された校門に鉄製の格子が広がり、青々と茂った生垣が覗いている。
その奥に存在するは校舎、というよりももはや『城』のような風格を放っているもので休日だというのに天央祭開催も近いためか生徒がちらほらと行き来している。
「私立竜胆寺女学院、名家の子女も多く通う名門校らしいですわ」
「狂三も来禅高校よりもコッチの方が雰囲気的にあってたんじゃないの?」
「うふふ、そう言っていただけるだけでありがたいですわ。でも、わたくしは学校に通い勉学に励むのが目的ではありませんでしたから」
来賓用の昇降口から校舎内に入り、事務局で許可証を貰えば目的地である会場にたどり着く。
会場に入ってみれば長机が四角く配置されておりまだ時間があるせいか席に座らずに談笑している生徒も多く、無駄に立つのも疲れると思ったのか夕三は『来禅高校』のプレートを立てかけられている席に座る。
士道たちもつられて座っていくとすぐに扉からコンコンとノック音が室内に鳴り響く。
他の生徒たちが一斉に扉に視線を集めたことに士道も夕三も自ずと扉を注視する。
『失礼しまぁす』
するとやけに間延びした声と共に扉が開かれる。
入ってきたのは一人ではない。誰もが濃紺のセーラー服に身を包んだ少女の一団だった。
そして大名でも迎えるのかという勢いで二列に並んで頭を垂れ、呆気に取られているうちにも少女たちが作った道の真ん中をゆっくりと歩く少女が一人。
透けて紫紺に輝く長髪に銀色の瞳。着ているのが同じセーラー服でも別次元のような容姿には夕三も士道も同じくして見覚えがあった。
「――こんにちわーみなさん。はじめまして、天央祭実行委員長を務める
昨日出会った<ディーヴァ>そのものだった――
○
「良かったのですか夕三さん、あの美九さんという方は精霊なのでしょう?」
美九が精霊であれだけ人間の生活に馴染んでいるところを間近で見て会議なんてまるで頭に入ってこず、あれから会議が終われば夕三は狂三と共に商店街にやってきていた。
「いいんだよ、
「何かご用事でもおありなのですか?」
「現在進行形だってーの。狂三とデート、二人きりってのは初めてだよな」
「ええ、水着を選ぶ際には零弥さんもいましたしそれに夕三さんは何かと忙しそうでしたわ」
「悪い悪い、あれはまあ士道とかが現れちまったからなぁ」
「別に気にしていませんわ。それに今こうして二人で出かけられていますから清算してもお釣りが出ますわ」
「そう言ってくれるとありがたいぜ」
美少女二人が歩いていれば自然と視線を集めるものでただ歩いているだけだというのに視線が何だか痛い。
気に食わなさそうな表情をする夕三に狂三はくすくす笑い、
「周りの視線が気になりますの?」
「むむ、狂三は気にならないのか。オレら普通に歩いてるだけなのによー」
「ふふ、気付かないところも何だか夕三さんらしいですわ」
合同会議に行くときと変わらず腕を絡めているのは相変わらずでそこからさらに手を恋人繋ぎしているのだ。それが美少女同士なのだから否が応でも視線を集めるのは当然で周りではひそひそと「あっちの女の子が彼氏役か」などと聞こえてくる。
「聞いたか狂三! オレらカップルに見えるらしぞ!」
「くすくす、単純なところも夕三さんらしいですわ」
彼氏などと聞いてしまえば夕三のテンションは上がり、狂三は空いた手を口元に当てて上品に笑う。
つられて夕三も笑うと狂三の表情を見て言う。
「ようやく元気を取り戻してきたって感じだな」
「……え?」
「いんや夜三の件で何があったかオレは知らねえけど狂三が元気ないなって思ってたからさ」
「ふふ、夕三さんって鈍いかと思えば唐突に鋭くなるときがありますわよね」
「当たり前だろ、将来はカウンセラー志望だからな。小さくても精神状態の変化には過敏なのよん」
一瞬目を丸くして驚いた狂三だがまた笑みを浮かべると頭を夕三の方へ預け、
「ん、甘えたくなったのか?」
「……ええ、夕三さんがあまりにもお優しいですから」
「男は女に甘くてオレの場合精霊には尚甘ちゃんなんだよー」
「今はどう見ても女性なのですけどね」
「それ禁句! 英語で言うとタブー……タブー……タブレッション?」
「無理に英語で言わなくてもよろしいですわ」
英語能力が些か残念な夕三に狂三は心底可笑しそうに笑っているとアイスを売っている露店を発見する。
如何にもザ・ノーマルなアイスクリーム店だが意外にも種類は豊富そうなので夕三は露店を指差し、
「アイス食う?」
「夕三さんがお食べになるならわたくしも食べますわ」
「じゃあ買ってくるよ、狂三はあの噴水近くのベンチで座っててくれ。それと味はどうする?」
「夕三さんにお任せいたしますわ」
「おう」
夕三と狂三は一旦離れると建物の間から一人の少女がそんな二人の様子をずっと見ていた者が顔を出す。
「――やっと会えた!」
しかしまだ出る時ではないと思った少女はゆっくりと再度路地裏へと姿を眩ませていく――
○
「ほい」
「ありがとうございます」
数分もせずに購入を済ませた夕三は両手に持っていたアイスのチョコレートの方を狂三に手渡すと隣に座る。休日ということもあってか人通りは多い方で人だかりにあまり慣れていない夕三は人酔いしそうなほどだ。
「わざわざスプーンまでありがとうございますわ。わたくしがスプーンで食べるのを知っていたのですか?」
「なーんとなく勘だな」
プラスチック製のスプーンでアイスを掬って食べる狂三はどことなく絵になっており、夕三も狂三が食べ始めれば自身もアイスを口にする。
しばし無言で食べ進めれば狂三は少しだけ暗い顔をし、
「夕三さん、一つ質問よろしいですか?」
「おう、いいぜ」
「夕三さん……いえ、夕騎さんは――」
すっかり重くなってしまった口をどうのか開いて狂三は問いかけた。
「わたくしか零弥さんか、もしどちらかを選ばなければならない状況になればどちらを選びますか?」
珍しく何の余裕もない真剣な表情で問いかける狂三に夕三は――
「……くっ、く……はははははははははははははは!」
笑った。それも場違いなほどに。
「な、何を笑っていますの! わたくしは真面目に――」
「あははははははは、悪い悪い。狂三もそういうこと気にするんだなって思ってよ」
「何か無性に小馬鹿にされている気分ですわ!」
「ごめんって機嫌悪くならないでくれよ」
ぷんすかと憤りを示す狂三に夕三はぽんぽんと頭を撫でながら宥めると「そうだなぁ」と天を見上げ、
「真面目に答えるとオレは『選ばない』ってのが答えだ。未来のオレは無理に選んだせいで失敗し、結果的に何もかも失う結果になった。だからオレはオレの周りにいる大切なモン全部を幸せにする。狂三も零弥も誰一人不幸になるコトなんてねえ世界にする、って言いながら何も上手い方法を思い浮かんでねえんだけどな」
「……そう、ですか」
「『浮気は極刑』って言わねえのか? 明らかに今の重婚発言に近いモンだと思うんだけど……?」
恐る恐る問いかけた夕三に狂三は首を横に振り、
「夕三さんが初めて出会った頃から変わったようにわたくしも少しだけ変わりましたの。それに夕三さんはわたくしを見捨てる選択をしない、そう知れただけで今は充分ですわ」
「それなら良かったさ、アイスも溶けるし食おうぜ?」
「ええ、そうですわね」
と言ってアイスを一口食べようとしたところで夕三と狂三は不審そうな表情に変わる。
アイスが持っていたコーン部分を除いて綺麗になくなっているのだ。
「パパ、ママっ!!」
そして夕三たちに何かの影が重なった途端に聞こえた少女の声。
見上げてみればそこには二メートルを超える超長身、軍用の眼帯、赤色に塗れたセーラー服、血で染めたかのような深紅の髪を伸ばした少女が一人、口元をアイスで汚した顔で夕三と狂三を見下ろす。
「久しぶりパパ! そんで割と最近ぶりママ!!」
「お、お前まさか……兆死?」
少女が兆死だと気付いた夕三は震える指で指差すと兆死はにこっと笑い、
「うんそうだよ、キザシはキザシ! パパに会いたくなっちゃったから来ちゃった!」
最凶最悪の精霊はこうして一つの場に集ってしまった――