デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
第五四話『百合っ子精霊』
昼休憩を終えた後、体育館は熱気に包まれていた。
『とうとうこの時がやってきたな皆の者。昨年はしてやられたが今年度の我々は違う!! 敗北という辛酸を舐めさせられ屈辱の泥土に這いつくばることになり、多大なる恥辱を味わった我々の牙は一年かけて研ぎ澄まされた!! いざ参らん!! 騒然たる戦場へ!!』
「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
壇上に立っているクラスメートの亜衣はマイクを手に空いた手であらん限りの力でグググと力を込めながら熱弁していた。
天央祭――そう呼ばれる合同文化祭、その行事こそここまでの熱狂を作り出している要因となっていた。
夕三達が暮らしている天宮市では三○年前に受けた南関東大空災で壊滅的被害を受け、一帯が再開発された地域である。今でこそ相応の人間が暮らしているが再開発当初では人口が限りなく少なく、そうして過疎化の一途を辿っていたところで行われたこの天央祭。
初めはささやかな祭典だったというのに今では天宮スクエア大展示場を貸切で三日間にわたって行われる高校にしては大規模な一大イベントなのだ。
テレビの取材も多く受けており、市外からの観光も多いために気付けば天央祭は天宮市でも一年に一度の名物だと言っても過言ではないほどに成長している。
『今年こそは我らに栄光を、王者の栄冠を手にするのだーっ!!』
天央祭は模擬店部門、展示部門、ステージ部門、などの優勝校を一般人達による投票により決して最優秀賞に選ばれた学校は一年間『王者』として君臨する。
これには普段心の奥に眠っている闘争心が呼び覚まされ、現在のように体育館全体が熱気に包まれた状況になるのだ。
夕三はその雰囲気を見ながらすごいなーと感心していると前の方にいる士道の方に目が行く。
するとそこには十香や折紙は無論のこと隣のクラスの八舞姉妹までもがその輪に混じっており、仲睦まじいというよりも軽い修羅場のようになってしまっている。
零弥は他の女子生徒と何やら話しており、楽しそうにしているので夕三は自分がいなくても目立った取り乱し方をしていない分安定しているなと一先ず安堵する。もし姿を消したのが夕騎ではなく士道だった場合まず間違いなく十香の霊力が逆流し、四糸乃も不安定になることは間違いない。
そういう点において零弥が冷静でいてくれてよかったと思っていると背後から不意に耳元に息を吹きかけられる。
「ふぁっ!?」
「――夕三さん、少しお話よろしいですか?」
身体をビクッと震わせた夕三は声で狂三だと理解し、ちょうど後ろの出席番号後ろだったと両手を夕三の肩に添えている。
手を添えている時点で逃がす気ないでしょ……なんて夕三は思いつつ、
「うん、いいよ。どした?」
「とても不思議なことを申しますがわからなければわからないと言って下さいまし。――夜三さんはどうなりましたか?」
「……死んだよ、それでオレは
「そう、ですか」
狂三はそれ以上夜三については何も言わず、全部悟ったかのように頷けば夕三は問いかける。
「いつ気付いたの?」
「初めは正直気付きませんでしたけれど今日出会って夕三さんが自身の名を言いにくそうにしていたのを見て違和感を感じましたの。そして今確かめさせて貰いましたわ、初めから説明してくださればもっと早く気付けましたのに」
「せ、説明出来る状況じゃなかったしな」
宵待月乃グッズがまさか家に郵送されているとは思っていなかった夕三は逃げ出してしまったので言葉を濁すことしか出来ないままいると狂三はにこりと笑みを浮かべ、
「でェも、まさか夕騎さんからあんなに大胆なキスをされてしまうとはわたくし照れますわ。恥ずかしいですわァ……」
「わ、悪いとは思ってます……」
「いえいえ嬉しいんですの、いつになく積極的な夕騎さんはとても良かったですわ」
「それなら良かったんだが今は夕三ってことにしてくんない?」
「ええ、わかりましたわ夕三さん。それでもう一つお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」
「ん、何?」
狂三は手を夕三の方から上半身の方に這わせ、何とも官能的な触り方で触れながら耳元で囁く。
「――家に宵待月乃さんという方のアイドルグッズがたァくさん届きましたの。夕三さんのものではございませんわよねェ? だって夕三さんは精霊にしか興味ございませんものねェ?」
何故か静かな言い方のはずが言葉にとんでもない威圧感を感じ、ここで素直に「曲を聴いて一目惚れしたんです!!」なんて言えば今すぐにでも『浮気は極刑』を執行されかねない。
「あ、あのぉそのぉえーっと、こ、後輩が宵待月乃のファンなんだよ! んで何か気分でプレゼントしてやろうかなーなんて……」
「本当のところはどうですの?」
「すみません、一曲聴いて完全にハマって買い揃えましたごめんなさい」
「夕三さんが嘘を吐きましたわ、零弥さんには吐かないと約束したそうですのにわたくしには吐きましたわ。悲しいですわ。泣いてしまいますわ」
途端に両手で顔を覆いうえーんなどとわざとらしい泣き真似で泣き始めてしまった狂三に夕三は心底慌てた様子になり、
「ど、どうすれば許してもらえますかね……?」
「元に戻るまで零弥さんには夕三さんが夕騎さんだとは伝えずに独占させて欲しいですわ。……駄目、ですの?」
「今の上目遣いがすっげぇ可愛いから快諾ゥ!」
周りが熱狂している間に夕三は狂三をぎゅっと抱きしめ何だか甘ったるい百合雰囲気を醸し出す。
そうして抱き合っている間に何故か場が静かになっていき、抱きしめあったまま夕三と狂三が壇上を見てみれば今はどうやらストレスで倒れた会長などの実行委員の代わりを探しているようでそれを皆避けるように亜衣から視線を逸らしている。
「議長!!」
『何ですか殿町くん』
「天央祭の実行委員に五河士道くんを推薦します!!」
「なっ――」
何やら士道の方では士道を取り合うように十香や折紙はもちろんのこと八舞姉妹もそれに参加しており、周りの男子から見れば間違いなくハーレム状態を形成している。殿町もそれに嫉妬したのだろう。
他の男子からも次々に推薦の声が上がり、反論しようにも士道の声など届くわけがなく亜衣は壇上でうんうんと頷くと、
『皆の想い、しかと受け取った!! というわけで五河士道くんを天央祭の実行委員に任命します!!』
行き詰っていた議論はこれで解決し、生徒達も一斉に胸を撫で下ろす。
その中でも夕三はふと手を挙げ、
「はいはーい!」
『ん、どうしたのゆみりん?』
「オレこういう行事の実行委員の会議とか何話すのか気になるからオレもしたい!!」
『え、いいの? 実行委員はあのセクシャルビースト五河くんだよ?』
「その二つ名浸透させんのやめろ!」
「別に誰だろうがオレは気にしなーい。だからするする!」
『くぅ! その心意気買った! ゆみりんも実行委員に任命します!』
実行委員が一気に決まったので静まりそうになっていた場はもう一度盛り上がり、夕三の近くの生徒からは「頑張って!」「何かあったらすぐに言って!」「あの男学年でも有名な野獣らいいから気をつけて!」などと補佐だというのに物凄い心配をされ夕三は何だか微妙な表情になったしまった。
○
「いやぁひっさしぶりに事務的なことして働いた働いた。今無職だけど」
「お疲れ様ですわ、夕三さん」
現時点で潜伏先にしている廃工場に帰ってきた夕三は身体を伸ばしてかたパイプ椅子に座ると影から狂三の分身体が現れて労う。本体の狂三は零弥が怪しまないようにと夕騎家に帰っており、今は分身体の狂三と二人きりだ。
「そういえば本体の狂三ってどこか行ってたんだろ? わざわざ戻ってきたけどその用事はいいのか?」
「確かに本体はDEM社の人工島で兆死と共に精霊と戦ったのですが返り討ちにされてそこで連絡を受けて戻ってきましたの。あちらにいても進展はなさそうでしたし、それにこちらにも夕騎さん以外に目的がありますの」
「なーるほどね、DEM社か……。或美島の件もあるしシャチョーやエレンのババアが黙っておとなしくしてくれるわけなさそうだしな」
今回の天央祭は大規模な祭り。
市外からの観光客も多いらしいのでほぼ間違いなくDEM社も介入してくることになるだろう。
それによって夕三も動くことになり、そう考えれば今の少女の姿は好都合だとも言える。
「ふぅむ……」
「どうしましたの?」
「何かソファ欲しいかなって思ってよー。狂三もパイプ椅子じゃ座り心地悪いだろ、いつ壊れるのかもわからねえし」
「
「オレさ、そういうの嫌だな。分身体でも狂三は狂三、変わりねえ。だから自分の品位を下げるようなことを言うなよ」
「夕三さん……」
「まっ、ともかくここで生活するんだから必要なモンは揃えないとな」
目を丸くして驚く分身体の狂三に当然のことを言ったまでの夕三は特に返すこともなく立ち上がると身体を伸ばし、
「とりあえず街に出てみるか、近くにデパートとかあるしそこからパクって住みやすいようにここコーディネートしてやろうぜ!」
「くすくす、夕三さんは意外と悪なんですわね」
「かっかっか、せっかく影の中に収納スペース出来たんだし有効に使わないとな! 行くぞ狂三!」
「ええ、参りましょう」
えいえいおーっと拳を高く掲げた夕三はそのまま廃工場の入り口の方へ向かおうとすると不意に狂三が夕三の背中にもたれかかり、手を肩甲骨あたりに添えてくる。
「ん、どした狂三?」
「……わたくし幸せ者ですわね。たかが数いる分身体の一人だというのに、こんなに想っていただけるなんて……」
「何言ってんだよ、さっきも言ったろ。狂三は狂三だって」
「それでも、嬉しいのですわ。ですからきっと、この幸せの分をお返ししますわ」
「別に気にすんなってーの。ほら行くぞ、早くしないと欲しいのなくなっちまうぞ」
「ふふ、そんなに急がなくても盗人はそんなに多くありませんわ」
夕三が先を歩き、分身体の狂三がその後を追っていく。
やがて二人の姿は月明かりに照らされ、闇の中へと消えていった――
○
「おぉすっげぇな、シャンデリアもあるぞ狂三!」
「気分が高揚するのは仕方ないかもしれませんがもう少し静かにした方がいいですわ。わたくし達こんなに堂々としておりますが盗人ですのよ?」
「おっとそうだったな、さっさと持って帰るか」
狂三の助力もあって空間震警報を発令した夕三はデパートの中でも如何にも高級そうなインテリアが展示されているコーナーに来ていた。おそらく<フラクシナス>でもASTからも霊力反応から場所は察知されているだろうがカメラの侵入は一切許していないので士道かASTが来る前に撤退するつもりである。
今は高級なソファやシャンデリア、キングサイズベッドを影の中に仕舞っている作業の最中。何故わざわざ高級なものを選んでいるのかというと「どうせ手に入れるなら高級な方が良くない?」なんて発想を夕三が抱いたからである。
「あとはテーブルと食器だな、ついでに惣菜コーナーから弁当もパクるか」
「そんなに欲張ると招かれざる来客が来てしまいますし、影から吐き出してしまう危険性も上がりますわよ」
「大丈夫大丈夫」
影の中に仕舞ったものの形を維持しておくためには影を展開したままにしておかなければならないのが難儀なもので少しでも影が損傷すれば中身が全て出てくるらしい。
心配する狂三を他所に夕三は余裕の表情でフードコーナーの方へ上機嫌そうにスキップしていく。
上機嫌な夕三の気分を害したくないと狂三はその後を追っていき、まだ動作しているエスカレーターから一階分降りるとちょうどフードコーナーがそこにあった。
「狂三は何弁当にするー? まあ夜だから種類はそこまで多くないけど」
「いえいえ夕三さん、そんなお弁当では栄養が偏ってしまいますわ」
「でもオレ料理出来ないし」
一度だけキッチンに立ってハンバーグを作った経験がある夕三の記憶ではあれを見てハンバーグとわかる人間の方が少ないくらいのクオリティのハンバーグを完成させてしまっている。
「わかっていますわ、ですからわたくしが夜食を作ろうと思いまして」
「……マジで?」
今まで狂三に食べられたことはあっても狂三の料理は一切食べたことがない夕三は目を輝かせる。
その様子を微笑ましく思う狂三は口元に手を当ててくすくす笑い、
「それでは食材を見に行きましょ――」
「――ん?」
突然影に引っ込んでしまった狂三に不審そうにする夕三だったがその理由はすぐにわかった。
夕三から少し離れた位置に一つの人影が立っている。
ああ、間違いなく……なんて夕三が考えているとその人影の主が話しかけてきた。
「何してるんだ?」
「…………別に」
せっかく狂三が自分のために料理してくれると期待していたというのに士道がバッドタイミングで現れ、夕三は頬を膨らませて明らかに不機嫌モードで応答する。
その不機嫌さを<フラクシナス>で感知されているのか士道は耳元に手を当てて何やら叱責されているようで、夕三はその間に帰ろうとする。
「ま、待ってくれ!」
「待てって言われてもねぇ士道くぅん。オレに待つ意味なんてないしむしろ士道っちは大変な邪魔をしてくれましたー、ベリーベリーファ○キュー」
テンションガタ落ちな夕三は振り向けば士道に中指を立てて士道に背中を受けて帰ろうとすれば――
ウゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ――ッ!!
ここで新たな空間震警報が鳴り響く。
士道は勿論のこと予想していなかった夕三さえも驚いていると士道が耳元に手を当てて<フラクシナス>から指示を聞きながら夕三の顔を見てくる。
何を言われているのかはわからないがとにかく逃げるなら今のうちだ。
夕三は士道とは逆方向に向かって全力で走り出し、壁に突き当たれば影を通してデパートから逃げ去っていく。
残された士道がその逃げ足の速さに呆気に取られていればインカムから琴里に叱責される。
『何してるのよ士道! 逃げられたじゃない!!』
「わ、悪い」
『もう追いようがないから仕方がないけれど第一接触は最悪ね。士道が現れた途端に明らかにメーターが不機嫌極まりなくなったわ。やっぱり男じゃ駄目なのかしら?』
「そんなことはないと思うけどな、学校では殿町ともまともに会話してるみたいだったし」
『だったら
「ぐ」
殿町以下、そう言われてみればショックを隠せない士道。
しかしそうへこたれているばかりではいられない。何せ空間震警報が立て続けに鳴ってしまったのだ。
つまり夕三以外にも精霊が現れてしまったということ。こんな時にこそ
零弥も口では平気そうにしているが夕騎がいなくなってからというものの精神状態が微妙に安定していないらしい。
「一体どこで何してんだよ夕騎……」
『いない人のこと考えても時間の無駄よ、早く外に出ないと空間震の余波を受けることになるわ』
「わかった」
琴里も口では素っ気なく言うが心配しているのには変わりない。士道はすぐにでも駆け出してデパートから抜け出していった――