デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第五三話『不思議』

 「まさか帰り道に精霊と直接会うなんて思ってなかったわね」

 「俺も驚いたけどあれって精霊だったんだよな?」

 「当たり前じゃない、令音からも報告されたんだし」

 <フラクシナス>の艦橋で琴里と士道は今日間近で出会った精霊について話し合っていた。

 霊力反応にも反応していたのを令音から通信で知らされ、しかも反応は<ナイトメア>に近いのだが<ナイトメア>ではないらしい。

 空間震なしに静粛現界する精霊はこれ零弥、狂三に次ぐ三人目。

 「でも何か違う気がしたんだよな」

 「何よ、令音の判断が間違えてるとでも言うの愚兄?」

 「愚兄言うな。まあ何の確証もないんだけどな」

 「それならそんな態度あの精霊前で絶対にしないことね。不安要素を持ったまま向き合うとろくなことがないし。それに今回はあまりに急なことで監視カメラを出したけど壊されて現在位置も不明になったから追跡は不可能だから次に備えるわよ」

 「おう」

 何とも言えぬ違和感を覚えながら会議は終了されていく。

 

 ○

 

 「むむむ、完全に独りになっちまったな……」

 街外れの廃工場で座って壊れていたパソコンを修復し、宵待月乃の曲を振り付け付きで聴いて励まされながら夕騎はふと声を漏らす。

 あれから霊装すら解除出来ないので表立って動くとASTに見つかることもあるのでそうなればさらに面倒なことになるのでこうして避難しているのだ。

 あたりは当たり前だが電気も通っていないので暗く、窓から差し込む月の光だけが光源だった。

 何とも言えない孤独感に見舞われている夕騎だったがその前に一つの人影が現れる。

 「夕騎さん」

 「…………え?」

 未来から帰ってきてからは誰も呼んでくれなかったその名に夕騎は俯かせていた顔を上げてその人物を見てみれば――

 「狂三!」

 そこにいたのは狂三。

 手には何やらコンビニの袋を持っていて夕騎を見れば小さく手を振る。

 「オ、オレだってわかるのか……?」

 「ええ、わかりますわ。だってわたくし、夕騎さんの影の中に入って共に未来に行きましたから」

 「……く、狂三ぃ!!」

 「きゃっ!?」

 本体の狂三ではなくいつも一緒にいた分身体の狂三に夕騎は感涙し、イヤホンを置いて狂三の胸に飛び込んで抱きつく。体勢を崩した狂三はそのまま夕騎と共に床に倒れて砂埃が舞う。

 「好き大好きマジ愛してる! ホントに独りになったかと思って泣きそうになった!!」

 「ふふ、夕騎さんは甘えん坊ですわ」

 狂三の胸に顔を埋めとにかく喜びを全身で表現する夕騎のその絵面は傍目から見れば百合要素満開で漫画的表現ならハートマークがあたりに散らばっていることだろう。

 狂三は夕騎の頭を撫で、

 「さぞかし不安だったことでしょう。ですから今は存分に甘えてくださいまし」

 「世界に忘れられるってハンパなかったぞ、全然アハ体験にはならねえ……」

 ある程度落ち着いたのか狂三の胸から顔を上げた夕騎はそのまま問いかける。

 「そういえばオレと本体の狂三って経路(パス)で繋がってるはずだよな。それだったらどうして気付かなかったんだ?」

 「それは――」

 本体の狂三は分身体の狂三を夕騎に喰べさせることによって経路(パス)を形成し、いつでも居場所を把握できるようにしていた。しかし今は夕騎は霊結晶(セフィラ)を体内に取り込んだことで精霊化し、<精霊喰い>の力が機能不全に陥っているのだ。

 だから経路(パス)は途切れ機能しておらず本体の狂三は夕騎が夕騎だということに気付けない。

 説明するのは簡単だがそれでは何だかつまらないと狂三はにこりと笑み、

 「それよりも夕騎さん。これからのことを考えましょう。このままでは夕騎さんは本当は男なのに士道さんに懐柔されキスを迫られることになりますし解決しなければ一生ものの傷になりますわ。それに本体に夕騎さんが夕騎さんだと気付かせるためにわたくしに良い案がありますの、聞いてくださります?」

 「おうおう聞く聞く!」

 分身体代表としてこの狂三は最近負け続きで女としても零弥に負けそうな本体にご褒美だとある作戦を提案した――

 

 ○

 

 夏休みが明けた九月八日のホームルーム前。

 士道の属するクラスでは何やらざわめきに包まれていた。

 「ん、何だこのざわめき」

 「何だ知らないのか五河」

 周りの騒ぎに覚えのない士道が戸惑いを見せていると殿町が士道の席にやってくる。

 何やら士道が知らないところで噂が広まっていたらしく反対に知らない方がおかしいと言わんばかりな殿町の口調に士道は何故かやや苛立ちを覚えてしまう。

 「何かあるのか? 天央祭だけの盛り上がりじゃなさそうだし」

 「そりゃあ今日このクラスに転入生が来るからだろ! それも女の子らしいぜ!?」

 「あーなるほど、転入生? ……またか!?」

 つい最近隣のクラスに八舞姉妹が転入してきたばかりだというのにまた転入生とはどうみても頻繁すぎる。

 不審に思った士道は殿町に「ちょっと席外す」と言って廊下に出れば耳に付けているインカムで<フラクシナス>と通信を始める。

 『……どうしたかね、シン』

 「令音さん、また転入生が来るんですけどそっちで何か情報入ってないですか?」

 『……少し待っていたまえ、すぐに調べる』

 すると向こうで調べているのかキーボードのカタカタ鳴る音が響いたかと思えばすぐに調べ終えた令音から再び声が聞こえる。

 『……どうやら情報は入ってきていないようだ。本当にただの転入生なのかもしれないね』

 「シドー! こんなところで何をしているのだ?」

 『……おや、十香が来てしまったようだね』

 「はい、それでは切りますね」

 『……また何かあれば連絡してくれ』

 「ん? どうしたのだ、シドー?」

 「べ、別に何でもない。ほら教室入るぞ」

 「うむ!」

 ホームルームまで本当に時間がなかったために少々急いで十香を連れて教室に入り席につけばその数秒後に担任のタマちゃんが教室に入ってきてホームルームが始まる。

 「はぁい、みなさんおはよぉございます。今日はみなさん知っている通りまたまた転入生がこのクラスにやってきまぁす。しかも女の子でぇす!」

 タマちゃんがそう言った途端に騒ぎ出す男子達。毎度毎度飽きず騒ぐ連中だが実際、今まで転入してきた女子は全員が全員容姿が整っていたために自然とハードルが上がる。

 「それでは入っ――」

 「どーもーっ!!」

 「ちょ、フライングですよぉー!」

 タマちゃんが言い切る前に勢い良く扉を開け放ち現れた少女にクラスメートは一同に目を奪われる。

 長い髪はさらりと腰辺りまで伸び、身体は全体的に細い印象を見せてくるがそれでも胸は主張されており、決して細いだけではない。

 にこにことした笑顔が眩しく整った容貌はクラスメートの男女問わず魅了し、士道も思わず見惚れてしまうほどだった。

 「はじめまして! オレの名前は月……じゃなくて時刻夕三(ときごくゆみ)、苗字は言いにくいんで気軽に『夕三』って呼んでねー。それか『ゆみりん』でも可、仲良くしてくれれば嬉しいよ」

 すごく親しみやすい雰囲気を持った夕三の挨拶にクラスメートの男子諸君はそれぞれに盛り上がっているがすでに夕三と出会っていた零弥と狂三の表情は軽くフリーズしている。

 何も知らない殿町は自己紹介を終えた夕三に挙手し、

 「はーいゆみりん質問!」

 「ん、どした殿町?」

 「うぉ! 俺の名前知っててくれるなんて運命感じる!」

 「オレは感じない!」

 「はっきりとフラレて残念すぎる! けどめげない! ゆみりんって今好きな子いますか!?」

 「います!!」

 「ものすっごいいい返事!?」

 何だか雲行きが怪しくなってきたと士道は心の中で思うがそんなことは構わず夕三はタマちゃんの指示も聞かずに勝手に席の方に向かうと狂三の席で止まり、

 「――?」

 狂三は怪訝そうな目でにこにこと笑みを浮かべる夕三は両肩を持って半ば強制的に起立させる。

 「何をさせたいんですの?」

 「ちゅーっ」

 「「「――ッ!?」」」

 夕三は狂三の質問に答える前に両肩を持ったまま顔を近づけ、不意打ちで唇を合わせてキスをしたのだ。突然のことにクラス中の誰もが目を見開いて驚き、声を上げる。

 「ま、まさか百合っ子だったとはゆみりん!」

 殿町も興奮気味の声を上げているうちに夕三は今も影の中で分身体の狂三に言われた言葉を思い出す。

 (とにかく初めに本体(オリジナル)にキスしてあげてくださいまし)

 (おお、それで霊力か何か送って気付かせるのか?)

 (いいえ、霊力を送ったところで『不思議な精霊』のレッテルを貼られるだけでしょう)

 (じゃあ何でキスすんの?)

 (後ほど夕騎さんが元通りになってからキスされたことを思い出させるためです)

 (あんまり意味がわからないんだけど気付いてどうするの?)

 (夕騎さんは本体からキスされたことはありますがしたことはありませんわよね?)

 (ん、まあそうだな)

 (結果を言えば後でその事実に気付いた本体(オリジナル)が照れますわ)

 (何だそりゃ!?)

 ――と、いうわけでキスしたわけだが狂三が照れるところなんて想像出来ないんだけどなぁ。

 むしろキスするのに不慣れな夕三の顔が真っ赤になりそうなのだがここで見てられなくなった零弥が二人を引き離し、

 「ふ、不純同姓交遊よ!」

 「(まあどっちかと言えばそうなんだけど本当は不純異性交遊)」

 「何か言ったかしら?」

 「イイエ、何デモアリマセン」

 キッと睨まれれば夕三は零弥から大きく目を逸らすとその先ではタマちゃんが顔を真っ赤にしており、

 「だ、だだだだだだだだだ駄目ですよ時刻さん時崎さん! お、女の子同士でちゅーだなんて!!」

 「大丈夫ですタマちゃん!」

 「何が大丈夫なんですか殿町くん!?」

 「見方によれば合法です!!」

 「意味がわかりませんよ!!」

 殿町の謎のフォローによってタマちゃんの視線が殿町の方へ向き、その間に騒然とするクラスの中騒ぎの要因となった夕三は何事もなく空いていた狂三の隣の席に着席すると狂三の方を見てみる。

 「…………」

 何やら手を口元に当てて狂三にしてはかなり珍しく呆けており、夕三は狂三の表情を見ながらやっぱり可愛いなーなどと思いつつ一限目を迎えていった。

 

 ○

 

 『昨日見た精霊がクラスに転入してきていきなり狂三とキスしたですって? それなんて百合漫画よ』

 「そうであったらどれだけいいんだろうな……」

 昼休み、士道は教室から少し離れた渡り廊下で琴里と連絡を取っていた。

 話を聞かされた琴里もにわかに信じられないといった声音だったが士道の今にもため息を吐きそうな声に琴里も仕方なく信じ、

 『それが本当なら夕三は百合っ子、しかもかなりガチじゃないの』

 「さらに言えば今のところ女子でも狂三にしか興味ないって感じに見えるし、クラスの男子は友達以上にはならないって明言されて何か知らねえけど軽いアイドル扱いになってるし」

 『全く脈がないって最悪な状態じゃない。でも今まで十香も最初はまるで脈なしだったしとにかく話してみない限りわからないわね。それでターゲットは今どうしてるの?』

 琴里は今学校にいるために<フラクシナス>から監視カメラの映像を見れていない。だから詳細を求めているのだろうと察した士道は、

 「転入生らしくずっと誰かに話しかけられてるよ。気さくで話しかけやすいってことから百合っ子ってことも含めて男女共に話しかけられてるし。何かみんな慣れてるって感じがするのかな」

 今は未来に行ったということで行方不明になっている夕騎もそうだった。

 転入してからその気さくで明るい性格からあっという間にクラスに馴染んでいったのだ。

 何だか懐かしく思えてしまう光景を思い出していると琴里は通信越しで悩んでいるような声を出し、

 『んー、せめて「ぼっち」になっていてくれればそこに士道が手を差し伸べてころっとイケたかもしれないのにねぇ……』

 『……あまり悩みすぎていてもいけないな』

 「令音さん!?」

 突如として聞こえてきた気だるげな声に士道が驚いていると令音は変わらずのトーンで話し始める。

 『……驚かせてすまない。今までも出来たのだがこうして割り込み機能を使うのは初めてだね』

 『令音の言う通りとにかくターゲットと接触してみない限りわからないことが多いわ。今はちょうど昼休み、混じって一度話しかけてみなさいよ』

 「まあすするしかなさそうだしな、とりあえず行ってみる」

 『……ああ、我々も<フラクシナス>からサポートする』

 「ありがとうございます、それじゃあ行ってきます」

 そう言って一時的に通信を士道は両手で頬を叩くと改めて気合を入れ直し教室へ戻っていった。

 

 ○

 

 「いやぁ五河、ゆみりんっていいな」

 教室に戻ってきた途端に殿町に言われた一言がまずこれだった。

 「どうしたんだよ殿町、そんな救われて悟りを開いた顔は……?」

 「俺ってさ、今までまともに女子と会話出来た節なかったろ?」

 「まあそうだな、下手したら名前覚えられてるかすら怪しいし」

 「だろ? 夏休み前なんて月明繋がりで時崎さんに話しかけたんだが……『あら、あなたは確か……殿様さん、でしたかしら?』なんて言われて挙句に『今は夕騎さんと話していますの。どこかへ行ってくれませんこと? さもないとわたくしそろそろ真っ赤なものを見たくなってしまいますわ』なんて言われて心折られたしな!」

 「ま、まあ仕方ないな」

 同じクラスにいる狂三は本体(オリジナル)の分身体で夕騎と同棲するぐらい中が睦まじく、士道でさえ夕騎と話している時に話に混じろうとしたが体良く追い払われたことがある。殿町よりかはマシな追い払われ方だが。

 ちなみに士道は現在この場にいる狂三が本体だということは知らない。

 「でもゆみりんは誰でも分け隔てなく笑顔を向けてくれるんだよ!! 何て天使なんだ!!」

 「お、おう……」

 熱弁する殿町に少し気味悪そうな顔を向けてしまう士道だったがあの殿町にさえ優しく接してくれるのだから夕三は今まで現れた精霊の中でも一番友好的かもしれない。

 現に今も男女問わずに囲まれており楽しそうに笑いを起こしながら会話している。

 士道もその輪の中にさりげなく入り込もうとすれば――

 「ちょーっと待った五河くぅん!」

 「十香ちゃんというものがありながらまぁだ毒牙を振るおうというのかーっ!」

 「マジ引くわー!」

 その行く手を阻んだのは十香親衛隊――いや亜衣麻衣美衣の三人。

 絶対に行かせないと某超次元サッカーアニメで出てきた必殺タクティクス『ボックスロック・ディフェンス』で士道の周りを囲み一歩たりとも動かせない。

 「さあおとなしく十香ちゃんのもとに帰るといい!」

 「これ以上犠牲者を増やしてなるものですか!」

 「マジ引くわー!」

 「だぁーくそ! 全方位囲まれてるから帰るにも帰れねえよ!」

 完全に懐柔されてしまっているのか亜衣麻衣美衣は本気で士道を夕三に近づけないようにしており、士道はそのまま十香のもとまで本当に追い込まれ解放される。

 十香は心配そうな表情をし、

 「シドー大丈夫か?」

 「ああ、大丈夫だけど」

 「すごい人気だな、ユミは」

 「でもおかしな点があるのよ」

 士道と十香が話している中、現れた零弥は素直な疑問を口にする。

 「昨日、彼女は夕騎の家のリビングに現れたの。そして自分は月明夕騎だって言ってて落下のショックかわからないけど記憶が混濁しているようだったわ」

 「言われてみれば私もユミにユーキの面影を感じたぞ!」

 「でも夕三はどう見ても女の子だろ?」

 「むむ、それも言われればそうだな」

 楽しそうに会話している夕三を見れば夕騎の面影を感じるものの性別がまるで違うので本当は夕騎だ、などと言うことは出来ない。

 「あ、確かめる方法ならあるわ」

 零弥は唐突に夕騎についてあることを思い出した。

 「どうしたのだ、零弥?」

 「夕騎って戦闘時に<精霊喰い>の力を使って歯を大きな牙に変えるのだけど普段から夕騎の歯は全て犬歯っていう尖った歯なの。歯科検診の時に医者に全部犬歯だったことに驚かれたって夕騎が言っていたわ」

 「おお! それを確かめれば良いのか!」

 「でもどうやって確かめればいいか……」

 悩んでいても仕方ないと零弥は人の輪の中心にいる夕三に近付くと静止し、怪訝そうに首を傾げる夕三の両頬を持つ。

 「唐突だけど今から歯占いってのをするからじっとしてて」

 「お、おっけー」

 よくわからないが緊迫した表情の零弥に夕三も圧され、大人しく口を口を開かれ隅々まで歯をチェックされる。

 「……歯並びが綺麗ね、それだけ」

 「それだけかよ! 占いですらない!!」

 零弥が覗いた夕三の歯は――歯並びが綺麗な一般人と何ら変わりない歯の構造だった。


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