デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第五一話『魔王救う精霊王の牙』

 「冗談、ってわけでもなさそうだな」

 「はい、わかってしまったんです。【時計仕掛けの女神(デウス・エクス・アダド)】を二度使い、<刻々帝(ザフキエル)>の【一二の弾(ユッド・ベート)】、【宵の刻弾(アーベント・ザイツ)】を複数回使用したフィードバックは予想以上に多かったようです。おかげさまで身体的運動寿命は先に尽きて私はもう動くことすらままなりません」

 「……狂三みたいに他人から寿命は取れないのか?」

 「取れたとしても絶対にしません」

 今にも寿命を差し出す気でいた夕騎を知ってか、夜三は動けないながらもはっきりとした語気で言い切る。

 「元々は私のわがままだったんです。先輩を目の前で殺されたとき、私は何も出来なかった。後悔して、時崎狂三から霊結晶(セフィラ)を奪って、過去で時崎狂三を殺しに行って<刻々帝(ザフキエル)>を使い、夕騎先輩や折紙先輩、沢山の方々を傷つけました」

 「でもそれは未来の――」

 「結局は自分のため、だったんです。先輩がいない世界が嫌で、後悔するのが嫌で、それならいっそのこと死にたかった。先輩の背をまだ見ていたかった。だから未来とかそんな話じゃないんですよ」

 虚しげに、自嘲するように夜三はふと息を漏らす。

 「唯一の心残りは先輩を越せなかったことです」

 「何言ってんだよ、お前は俺を超えてたじゃねえか」

 「仮初の力で勝ったのでは意味がありません。正々堂々正面から、勝ちたかったですね。先輩に私は強くなったんだってもっと見せ付けたかったです」

 「確かに少し見てやれなかったがお前の力は仮初じゃねえ。本物だったさ、<刻々帝(ザフキエル)>の力も使いこなしてたし本当に強くなってる」

 「……そう言ってもらえると嬉しいです」

 夜三はようやく笑顔を浮かべ、夕騎もつられて笑みを浮かべる。

 そうしているうちに徐々に夜三の身体は光の粒子となって暗い空に向かって浮かび、淡く消えていく。

 もう夜三に残された時間は本当にごく僅かとなっていることを夕騎も感じていた。

 「――先輩」

 「何だ」

 「最期に私のわがまま、聞いてもらってもいいですか?」

 「何でも言えよ、出来る限り叶えるからさ」

 「そんな大仰しいものじゃないです。ただ最期に先輩に抱きしめて欲しい、です。……駄目ですか?」

 少しばかり不安そうな表情で夜三が言うと夕騎は何も言わず、そっと今にも消え去りそうな夜三の身体をまるでシャボン玉でも扱うかのような優しさで抱きしめる。

 「――ありがとう、きの。お前が守ろうとしたものは全部俺が守る、だから安心してくれ」

 「……卑怯ですよ、先輩。でも、ありがとうございます。私、先輩のこと信じてますから、またこの世界に光を取り戻してくれるって信じてますから……」

 「ああ、任せとけ。だからもう、ゆっくり休んでくれ」

 「はい、そうさせてもらいます……」

 それは本当に最期の言葉だった――

 

 「――さようなら夕騎先輩、先輩は私にとって最高の先輩でした」

 

 夜三の身体は跡形もなく消えた。

 浮かび上がった光の粒子は暗き空を小さく照らし、夜三が座っていた車椅子に残されたのは黒色の霊結晶(セフィラ)

 「……大馬鹿野郎が」

 誰のものでもなくなった霊結晶(セフィラ)をそっと握り締めた夕騎はそれを額に当て、歯を食い縛る。

 

 ○

 

 「夕騎……」

 屋上から降り、元いた部屋まで戻ってくると琴里や士道、その他部屋にいたメンバーは全員不安そうな眼差しを夕騎に向けてくる。

 夕騎は消え去っていった夜三については何も言わず、握り締めていた拳を開いて掌に乗せた霊結晶(セフィラ)を眺めると口を開く。

 「改めて思い知らされたさ、何が何でも未来を救わなくちゃならねえって。そんで一つ方法が浮かんだ」

 後輩が遺していった『想い』と『業』。

 その二つを継いだ夕騎は静かに目を伏せ、拳を前に突き出す。

 「みんなの力を、俺に貸してくれ」

 それはつまり夕騎の身体に今いる精霊すべての霊力を集中させるということだ。

 「無茶よ、今はまだしも過去のあなたが一気に精霊全員の力を宿せば――」

 「信じてくれ、ことりん。今の俺なら出来る、誰が何と言おうとそう思ってる」

 夕騎は一度オーシャンプールで精霊たちの力をその身に宿し、暴走している。ここにいるメンバーのほとんどが知っていることだが真っ先に夕騎の前に出たのは耶俱矢だった。

 「何の根拠があってそんなこと言えたのかわかんないけど、あたしはそういう根拠のない自信って嫌いじゃないし。結局零弥を救えるのはあんただけなんだし、夕騎を信じる私は力貸すよ」

 そう言って耶俱矢は拳を夕騎のとコツンと合わせると夕騎の体内に霊力の温かみが伝う。

 「同調。夕弦も耶俱矢と同じで夕騎を信じます」

 耶俱矢の後には夕弦が拳を合わせ、力を夕騎に与える。

 「ありがとう、二人共」

 「私も貸すぞ!」

 「私も」

 続いて夕騎の前に出てきたのは十香と折紙、十香は間違いなく精霊のはずだが折紙を見て思わず夕騎は怪訝そうな表情となり、

 「鳶一、お前……」

 「そう、まだあなたは知らないけれど私は精霊になる。だから私もあなたに力を貸す」

 「香織たちと遊んでくれたお礼も含めてだ! 存分に受け取れ夕騎!」

 「おう!」

 力強い拳と共に霊力を受け取った夕騎はにかっと笑えば今度は四糸乃が一緒に拳を合わせており、

 「私も、夕騎さんに力を貸します。だからどうか零弥お姉様を、お願いします」

 「俺に任せとけ」

 「あぁもう結局話を聞かないのね夕騎は! わかった私も力を貸すわ!」

 今まで座っていた琴里も反対勢はいつの間にか一人になっていたことに不満を抱いたのか座っていた椅子から立ち上がるとズカズカと夕騎の前に立ち、

 「でもやるからにはきちんと救ってきなさい。過去のあなたまで死んだら絶対に許さないわよ」

 「わかってるさ、俺は死なない」

 拳を当てれば炎の精霊らしい熱く煮え滾るような霊力が流れ込み夕騎の身体は大きく脈動するように震える。

 これが現時点でこの場にいる精霊全員分の霊力、なるほどと夕騎が笑みを浮かべていると最後に士道が夕騎の前に出てくる。

 「行ってこい夕騎、世界を救ってくれ」

 「任せろハーレム王」

 「ハーレム王って言うな! お前は知らないだろうけどここまで来るのにすげえ悩んだんだぞ!」

 「はっはっは! 俺もその甲斐性見習わないとな! ――そんじゃ行ってくる」

 コツンと拳を合わせ旅立つその後姿は今まで見てきた夕騎のどれよりも勇ましく、頼り甲斐があるものだった。

 

 ○

 

 「さぁて、始めますか!」

 外に出てみればすぐさま襲い掛かってきた闇を躱し、弓矢を構えるような姿勢になれば――

 「属性(モード)<イフリート>【炎霊の聖弓】」

 <イフリート>の霊力を利用した炎の矢が射出されればその一撃はあらゆるものを穿ち、灼熱の余波で闇を普く照らしながら吹き飛ばす。

 「スゲエ威力だな」

 吹き飛ばした光景と作られた炎の道を見れば夕騎は自分で放っておきながらも威力に感服し、走り出す。

 どれだけ霊力が身体に入ろうとも今回はまだ意識を保っている。オーシャンパークの時のように心の内からドズ黒い感情が湧き出ることも正気を失うこともなく完全に霊力を支配出来ている。

 「っと、油断してる場合じゃないな!」

 炎でも関係なく道に躍り出る亡者の群れに夕騎は構わず走り出し、

 「属性(モード)<ハーミット>【氷精獣の牙】ッ!!」

 螺旋状の歯車のような氷が装備された足を突き出せば歯車が高速回転すれば一気に突き進み、亡者共を一斉に蹴散らし、動けないように凍らせていく。

 目標地点はここから少し離れたデパートの屋上。そこまでには数え切れないほどの亡者がいる。

 いちいち相手にしていれば消耗するのは免れないが夕騎の頭には折紙の霊力の使い道が定義されていた。

 「属性(モード)<エンジェル>【天精の霊鏡】」

 空中に霊力が混じった光子によって創り上げられた鏡がいくつも浮かび上がったかと思えば夕騎の身体がその場から消え、亡者達もあまりに一瞬のことで夕騎を見失い首らしき関節を動かして探す。どれだけ目で追おうとも姿は一向に見えなくなり、亡者達は諦めてまた彷徨い始める。

 「…………」

 だがデパートの屋上で見ていた黒い鎧を纏った者だけは違った。

 すでにその背後には敵が現れていた。

 

 「よう、随分とイメージチェンジしたんだな」

 

 陽気に手を上げ挨拶のような素振りを見せる夕騎に黒い鎧を纏った者は振り向きもしない。

 先ほどの鏡が現れた途端、夕騎の姿は消えたかのように思えたがその実彼の身体自体が霊力に変わり、鏡を移り渡っていた。だからこんなにも簡単に接近されたのだ。

 「…………」

 「この頃無視されんの多くなってきたな俺も。つい最近妹に無視されたばかりで俺の気持ちはアンニュイからのセンチメンタルだよ、自分で言ってて全く意味がわかんねえけど。意味気になってきたから今辞書引いていい? てか今の時代電波繋がる?」

 「……」

 またもやスルーされた夕騎はとりあえず本当に携帯電話を取り出して意味を調べようとするが見事に充電がゼロで起動すら出来なくなっていた。

 夕騎はそれを見てむむ、とやや不満そうな表情をすると携帯電話を仕舞い、

 「無理でした!」

 てへぺろ☆と言わんばかりに自らを小突くポーズをするがまたもや完全にスルーされ、流石にへこたれそうになる夕騎はようやく真面目な表情になる。

 「なあ零弥、お前そんな鎧着て何してんだよ。世界が大変なことになっててみんな困ってんぞ」

 零弥、そう呼ばれれば黒い鎧を纏った者はゆっくりと夕騎の方に振り向く。

 「……何もない。私には、何もない」

 幽鬼の如き小さな呟き、しかし夕騎にははっきりと聞こえた。

 間違いなく――零弥の声だ。

 「零弥、俺はこの世界を救いに来た。未来の俺が取れなかった責任を取りに来たんだ」

 「――ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 夕騎の言葉を掻き消すような零弥の叫びと共に彼女を中心として莫大な闇が嵐のように放たれる。

 闇に飲まれ全身が思い切り叩きつけられるような激痛と共に零弥の心の叫びが聞こえてくる。

 『嫌……夕騎がいない世界なんて……お願い、私を――独りにしないで。どこかに行ってしまうなら、いなくなってしまうのなら……私も一緒に、連れて行って……』

 「ごめんな、零弥」

 謝ることなんていくらでもある。

 その中でも一緒にいられないようになってしまったこと、零弥を独りだと思わせてしまったことが最も謝罪すべきことだ。

 だが――

 「【一天墜撃】ッ!!」

 肘からの霊力爆破による加速で放たれた一撃が闇を吹き飛ばし、鎧のマスクに秘められた零弥の眼と真っ直ぐ向き合う。

 何があっても止めなければならない、夕騎は真っ直ぐ駆け出す。

 「属性(モード)<ベルセルク>【風精騎の魔突槍】!!」

 「――ッ!!」

 螺旋回転する巨大な槍による突貫、霊力の連続加速による具足の両脚蹴りが正面から激突する。

 一瞬たりとも拮抗することなく槍が砕け、零弥は続く一撃を放とうとするが――

 「ッ!?」

 次いで具足が砕け散る。

 バランスを崩した零弥はその場で膝をつき、その前には夕騎が立つ。

 「俺は未来の俺が取りこぼしたモンを全部戻しにきた。世界もそうだが、まずはお前を助けなきゃならない。そのために俺はお前を止める!!」

 気付けば互いの拳は一直線に放たれていた。

 それぞれの想いを乗せた全力の一撃、互いの胴部に直撃し衝撃がはるか後方まで駆け抜けていく。

 沈黙する場、次に聞こえたのは何かにヒビが入る破砕音だった。

 

 「――俺の勝ちだ、零弥」

 

 零弥の鎧は胴部から脆く崩れていく。

 それに合わせ暗雲に包まれていた空も徐々に雲が取り払われていき、差し込まれた光が丁度夕騎と零弥を照らす。

 「……ゆ、うき?」

 マスクも崩れ落ち、中からその美しき容貌を曝け出した零弥は唖然とした表情で夕騎を見つめる。

 光の粒子が雪のように降り注ぐ中、夕騎は優しい笑みで頷く。

 「ああ、俺――ぶふぉ!?」

 「――夕騎! 夕騎ぃ!!」

 「ちょ、零弥落ち着き、ぶはっ!」

 あまりにも懐かしく思える夕騎に零弥は涙が止まらず夕騎の言葉に耳を貸さずに強引に抱きしめ続ける。

 柔らかい感触だとか感じる前に夕騎は窒息死しそうな勢いだ。

 「あ、あのな、零弥。話さなきゃならねえことがいくつか――」

 「今だけはこうさせて、お願い」

 「む、むぅ。まあ役得だから別にいいんだけど……」

 胸に顔を埋められている夕騎はようやく窒息状態から柔らかな感触を味わうことが出来るようになり、夕騎も何だかご満悦な表情を浮かべていた。

 

 ○

 

 「ふぅ……一時はどうなるかと思ったけど上手くいったわね」

 観戦し、決着を見届けた琴里は静かに息を吐いて椅子の背もたれに背を預けて安堵しながら天井を見上げる。

 「ああ、亡者になっていた人々も戻っていってるし本当に良かったよ」

 「むむ」

 「どうしたの、十香」

 この場にいる全員がハイタッチやらして喜んでいるというのに十香だけ少々不満そうな表情をしていたので折紙が問いかければ十香はビシッと映像に映る夕騎を指差し、

 「夕騎め! 私の属性(モード)を使ってなかったぞ!!」

 「不服。夕弦も使われませんでした」

 「まあいいじゃないの、結果的には零弥を救えたんだし」

 「納得。そうですね、耶俱矢のは砕かれてましたが」

 「よ、余計なこと言うなし! 夕騎の使い方が悪かっただけだし!」

 張り詰めていた緊張の糸が切れたのかようやくここにいるメンバーは心の底から笑うことができ、そうしているうちに琴里の方では夕騎から通信が入ってくる。

 『なあことりん』

 「何、救世主さん」

 『やめろいろい、そんなのじゃねえよ。それより、一つ聞きたいことがあるんだが』

 「何よ」

 『それは――』

 夕騎から質問されたことに琴里は目を丸くすると夕騎が本当にこの世界を救おうとしていることを理解した。

 

 ○

 

 結果的に零弥は反転(琴里がそう称していた)時のことを何も覚えていなかった。さらに零弥は完全に反転してしまったわけではなくそれが今回の勝利に繋がった要因らしい。

 半端な反転でも世界を滅ぼしかけたのだ。完全に反転していた場合のことを考えただけで怖気が走る。

 零弥が覚えていたのは夕騎が死んだ瞬間、それのみでそこからは頭が真っ白になっていたと言っていた。

 覚えていなければそれでいいのだ。結果的には一般市民の死傷者は出ておらず、街が破壊されただけで通常の精霊が出て来た際とそう変わらない被害だ。三日もすれば元通りに復興する。

 それに、もし思い出せば特別罪悪感を感じやすい零弥はまた心の均衡を崩して反転してしまいそうだ。だから<ラタトスク機関>は黙っておくことに決めたのだ。

 そんなことを考えつつ夕騎が向かったのは士道達が暮らしていたシェルター内にある安置所。

 どうしてそんな場所にやってきたのか、それは――

 「いつまで寝てる気だよバカ野郎」

 未来の夕騎を再びこの世に戻すためだった。

 どれだけ言われても夕騎はいずれ過去に帰らなければならない。過去にも夕騎が守るべき者はたくさんいるのだ。

 「使わせてもらうぜ――狂三、きの」

 お守り代わりに持っていた未来のきのが遺した狂三の霊結晶(セフィラ)をポケットから取り出すとそれを胸に当てれば溶けるようにして霊結晶(セフィラ)が夕騎の身体に浸透する。

 「<刻々帝(ザフキエル)>」

 身体はオーブンで熱せられているようなほど熱くなるが服装は霊装に変わって手を翳せば巨大な時計の天使が顕現され、短銃を構えるとすでに<刻々帝(ザフキエル)>はわかってくれているのか『Ⅳ』の文字から影が這い出て装填される。

 「【四の弾(ダレット)】」

 【四の弾(ダレット)】を自身の死体へ向けて撃つ。

 死んだのはつい最近のことだったために何発かで頭の撃ち抜かれた傷は修復されていき、未来の夕騎は重い瞼を開けてゆっくりと起き上がる。

 「……ここは……?」

 「シェルター内の安置所、お前は狂三に殺されて死んでたんだよ」

 「……お前は?」

 「わかんねえのか、まあいい。とりあえず――」

 何故か過去の自分にすら気付けない未来の夕騎に拳を握り締めた夕騎は思い切り未来の夕騎の顔を殴りつける。何ら手加減もない本気の拳で、だ。

 「がっ!? 何すんだテメェ!!」

 「何すんだじゃねえよ、バカ野郎が。今のはお前の選択の間違いで死んでしまった後輩と不甲斐ないお前への怒りの分だ!!」

 指を差して怒りを示す夕騎の表情はいつもの冗談っぽい表情ではなく真剣な表情だった――


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