デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第四九話『償い』

 「やけに詳しいと思ったんだよな。俺の名前もそうだし、他のことも何でも知ってる感じな口振りだった。もし<刻々帝(ザフキエル)>に時間を遡って過去に行ける能力があるのなら実現は可能だろうし」

 何も答えない夜三に夕騎は何となく言った発言の説明を補足し始める。

 「さっき俺のことを『先輩』って言ったよな、今まで『月明夕騎』だったのに。きのとは髪形も違うが素が出てみればどこかきのの面影を感じる。何より初めて出会って夜三が身構えた時、俺がきのに教えた通りの構え方だったんだ」

 「……もういいですよ、説明しなくて」

 夜三はそう言って痛みを感じながらどこか肩の荷が下りたのかふぅと一息吐き、

 「そうです、末時夜三は私が勝手につけた名前。本当の名は未季野きの、そこにいる女の未来の姿ですよ。こうして会うべきではありませんでしたけどね」

 「本当に私、なんですか……?」

 「ええ、未来で先輩の死を止められなかった女です」

 皮肉っぽく言って夜三は虚しそうに笑う。

 「それから私はすぐに未来の時崎狂三を殺し、霊結晶(セフィラ)を奪いました。そのおかげで髪は変色し身体付きも少し変わってしまったんですけどそんなことはどうでも良かった。もう未来はすでに人間の住める地ではなくなっています」

 「どういうことだよ」

 「先輩が殺されたのを<フラクシナス>はモニターで映していたんです。そこに零弥さんもいました。零弥さんは見たんです、先輩が殺される瞬間を」

 未来では夜三はすでにASTを退職し、<ラタトスク機関>へと所属を移していた。だから精霊と会話することもあり、中でも零弥は夕騎という繋がりがあってすぐに仲良くなれたのだ。

 「私以上にただ見ることしか出来なかった。きっと私の何倍も後悔したでしょう、死にに行ってしまった夕騎さんを止められなかった自分に。そして零弥さんの心は脆く崩れました」

 霊力の逆流、なんて甘いものではない。

 極限の闇が心の均衡を崩した零弥の身体に纏わり付いたのだ。

 「それによって<フラクシナス>は半分以上消し飛びました。私は<フラクシナス>が撃墜し、火柱が上がるのを見たのでおそらく誰も生き残ってないと思います」

 そして夜三は地獄を見た。

 「撃墜した<フラクシナス>の火炎はすぐに闇に飲まれ、それからは私もよく覚えていません。まるで津波のように闇が広がり人々を飲み込んでいったんです。飲み込まれた建物は崩れ去り、人間はまるで亡者のように呻き声を上げ地面に這い蹲るだけ。一瞬で地獄に変わったんです」

 「それで零弥の姿は見たのか?」

 「わかりません。昼夜問わず世界全土は暗いままで視界も悪くて何が何だかほとんどわからないんです。誰が生きているのか、零弥さんがどうなったのか。とにかく私は元凶となった時崎狂三を殺さなければならないと思って未来を変えるためにこの過去へ来ました」

 「……そうだったのか」

 夕騎は夜三から話を聞き終えると彼女の身体を手で支え、

 「一つ聞かせてくれよ、どうしてこの時を選んだんだ? 未来で俺が死ぬ寸前に戻って狂三を殺せば良かっただろうに」

 「……確かにそうですけどね、でも喝を入れてあげたかったんですよ。過去の先輩にも、過去の私にも。特に過去の私なんて先輩の背中ばかりを追っていただけで何も出来ませんでしたし。これを機に変われるようになって欲しかった、とでも言いましょうか」

 「お前はやっぱりきのだな、バカ正直で優しい俺の後輩だ」

 「先輩……」

 乱雑に頭を撫でられた夜三はどこか懐かしいものを感じ思わず涙が流れ落ちる。

 夕騎は撫でながら覚悟が決まったのか目つきが変わり、

 「未来の俺が覆水を床に零した、だったら過去の俺がそれを盆に返すしかねえよな」

 「……え」

 「なあ未来きの、お前はどうしたら未来に戻るんだ?」

 「【一二の弾(ユッド・ベート)】……過去に戻るための弾には時間制限があります。もうすぐその時間が来ると思いますが……」

 「だったらこう密着してれば俺も巻き込まれて未来に行けるか、それとも噛んで密着度を上げておくか」

 「ちょ、ちょっと先輩!?」

 ビクンと夜三の身体が大きく揺れたかと思えば夕騎は夜三の身体にがっちりと絡みつくように抱き付いており、おまけに首筋に少しばかり<精霊喰い>の牙を食い込ませる。

 「先輩、何してるんですか!?」

 きのもその行動に驚き、目を見開いて驚くが夕騎は構わずに密着し続け、きのに向かってにっこりと笑顔を向けると言った。

 「ちょっと未来を救って来るんだよ」

 すると目の前がまるで酔ったように大きくブレ始め、徐々にその感覚が強くなっていく。夜三が未来に戻るのに便乗する方法はどうやらこれで正しかったらしい。

 「先輩!!」

 手を伸ばしたきのの手は届かず、夜三と夕騎の姿は未来へと消えていった。

 

 ○

 

 「――っと、時間飛ぶのはこんな感じなのか吐きそう……」

 「ぜ、絶対吐かないでくださいよ!?」

 着地した夕騎は何とも言えない吐き気を催して今にも吐きそうになるが周りの風景を見れば今にも吐きそうだった気分が戻り、唖然とする。

 「何じゃこりゃ……」

 「これが未来の世界ですよ」

 夜三と夕騎は建物の屋上らしき場所に着地しており、あたりを見渡してみると夜にしても異様に暗く街灯の明かりさえない世界が延々と広がっていた。

 廃墟となった街をうろつくのは呻き声を上げて動き続ける亡者共。

 夜三が言う通りまさに未来は何の希望もない絶望だけが蔓延する地獄と化しているのだ。

 一人を除いて、だが――

 「ぎゃははははははは!! 世紀末みてぇ!」

 「全然笑い事じゃないんですけどね、先輩」

 この光景を見ただけで心が折れそうになる夜三に対しただ一人ゲラゲラと笑ってお気楽モードな夕騎。

 過去も未来も肝心なところ以外子供でこの点は何も変わらないと夜三も呆れてため息を吐きたくなる。

 「てか夜三、さっきからお前動いてねえけどそんなに身体痛むのか?」

 問いかければ夜三は首を横に振り、

 「そうではありませんよ、ただちょっと疲れただけですから」

 「ん、そうか」

 「ちょ、きゃっ!?」

 夕騎は端的に言って頷くと夜三のことをお姫様抱っこで持ち上げるとその場から大きく後方に跳ぶ。

 すると間髪入れずに先ほどまで夕騎や夜三がいた場所には泥のように滑り気がある闇が邪気を撒き散らしながら着弾する。

 「ありゃ明らかに当たったら終わりなヤツだな」

 「はい、あれに触れた時点でその箇所から侵食され亡者の仲間入りになります!」

 「だったら借りるぜ夜三!」

 跳んで闇がない場所を選んで着地した夕騎は夜三の腕を齧り、霊力をその身に宿すと今まで呻き声を上げるだけだった亡者は敵を見つけたかのように闇に覆われた赤い眼を光らせる。

 「見せたな、敵意」

 夕騎はにんまり笑みを漏らすと口を大きく開き、

 「見せるぜ新技――【霊音(レイ・ノイズ)】ッ!!」

 けたたましい音と共に夕騎の体内で練られた霊力が声帯をスピーカーとして広範囲に放たれる。

 その怪音波は衝撃波となり闇に覆われた亡者の群れを丸ごと吹き飛ばしていく。さらに再び動き出そうとする亡者は体内に電気が帯電したように何度も痙攣し、その場から動けなくなる。

 「かっかっか! ザマァみろと言ってやりてぇが増えてきたからドロン!!」

 しかし尚も集結してくる亡者に夕騎は回れ右してダッシュを開始。

 「どこにも逃げ場はないんですよ! どうするんですか!?」

 「知らねえ! とにかく零弥の居場所がわからねえ限り手立てがないのが正直な話!」

 「下見てください先輩!」

 「うおわっ!?」

 回避に必死になっていると下からは闇が夕騎に向かって何本も伸びていた。反応が遅れてしまったせいで回避が間に合わない。

 最悪触れた箇所を切り落とせばいいので覚悟を決めた夕騎は夜三を守るために強く抱きしめるが異常な事態は止まらない。

 

 「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!!」

 

 「どわっ!?」

 横殴りの暴風に闇共々吹き飛ばされた夕騎はそのまま廃墟の壁にめり込んでしまう。

 「む、少しやりすぎてしまったか」

 「嘘……」

 その容姿を夕騎よりも先に確認した夜三は信じられないものを見たかのような愕然とした表情で現れた女性を眺める。

 「誰だコ……ヴェエ!?」

 「久しぶりだなユーキ!」

 現れたのは未来では生死不明とされていたはずの精霊――十香。

 夕騎が生きている時代とは違って大人びた雰囲気を漂わせているが口調は過去のままでギャップが物凄い。

 その身には霊装を纏っており、手には大剣〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が握られてる。

 「マジで……マジなんですか……?」

 「ん、どうしたのだユーキ。そんなに驚いて私は何も変わっていないぞ、むしろユーキは何というか幼くなったな!」

 「いやいやだって俺過去の人間だし! 普通に今は十香の方が年上でしょ!」

 「過去の人間? 何をおかしなことを言っているのだ?」

 状況をイマイチ理解していない頭が乏しい十香は首を傾げていると夜三が夕騎の代わりに説明する。

 「十香さん、あなたがどうして生きてるのかわかりませんが私は過去に行って未来を変えようとしたんですけど失敗したんです。その代わりに過去の先輩はこの時代に来てくれたんですよ」

 「……そうだったのか。やはりもうユーキはこの時代にいないのか」

 そう言って十香は顔を俯かせて拳をきゅっと握り締める。何かと仲が良かっただけあって夕騎の死は十香にも影響を与えていてこればかりは夕騎にとっても意外だった。

 「……とにかく、私だけではなくシドーたちも生きてる! 今からユーキたちをそこに連れて行く、だからしっかり掴まっていろ」

 頭を振るってしんみりとした雑念をどうにか振り払うと夜三を持った夕騎ごと抱えた十香は浮いて来た道を逆走していく。

 亡者の鈍い速度では到底到達できないほどの速度で十香は街を駆け抜けていった。

 

 ○

 

 「ここだ、それにしても大丈夫か?」

 「と、とんでもねえ風圧でマジで変な体勢で身体捻ったかもしんない……」

 「い、以下同文です……」

 十香がひたすら速度を上げてやってきた場所は天宮市から少し離れた場所に位置するシェルター。

 外壁を包むように防護随意結界(プロテクト・テリトリー)が常に展開されていて闇の侵入を物理的に防いでおり、ここだけが絶望に飲み込まれた世界で唯一人間が生きられる環境になっている。

 入り口から通路に入ればそこは広く、やけに小綺麗なので夕騎も知識程度にしかしらないがここは空間震や他の災害によってシェルターでの避難生活を余儀なくされる場合に使われる特別なシェルターのようだ。

 その通路を歩いていくうちに何か広場に繋がっているであろう扉の前で一人の幼女が立っていた。

 幼女は十香の姿を見つけるとパァッと天使のような笑みを浮かべ、トテトテと走り寄って来る。

 「あ、ママおかえり!」

 「何だ香織、わざわざ待っていたのか」

 「うん!」

 十香は優しく香織と呼んだ幼女を抱きしめるとそのまま手を繋ぐ。

 その光景を目の当たりにした夕騎はどこか十香や士道の面影を感じ、額に手を当て「ちょっと待って、本当に待って」と言わんばかりに脳内をフル回転させ何とか言葉を絞り出す。

 「え、えっと十香……いえ十香さん」

 「どうした急に改まって」

 「大変野暮な質問でございますけどその子は一体……?」

 「シドーと私の子供だが」

 「あ、ゆーきおじさんだ!」

 「ガッデム!!」

 いとも容易く突きつけられた事実に夕騎は大きく弓なりに仰け反り天井を見上げる形になってからそのまま頭が床につく勢いで思い切り反れる。

 「先輩、一応言っておきますけど未来ですよ。確かに出産にしては周りより少し早かったですけど士道さんはもう二○代でいい年頃です」

 「だよなぁでもこういざ見せ付けられるともう士道くん、いえ士道さんはユニコーン系男子からゼウス系男子に昇華しちゃっているわけでショックを隠せないというか……」

 「ユーキの言うことは相変わらずわからないことがあるな」

 「わかる人にはわかるからいいんだよ……」

 「まあいい、みんな中にいるぞ」

 何故か肩を落とす夕騎に十香は小首を傾げるが構わず扉を開けるとそこに広がっていたのは――

 「<フラクシナス>の艦橋……?」

 「ええ、そうよ。まったくつい最近死んじゃったかと思えばもう再会だなんて運命ってのはよくわからないわね」

 「その声はことり――ん……?」

 過去の琴里とはまるで違う大人に近い声に夕騎は声が聞こえた場所に振り向いてみれば――

 「私以外に誰がいるのかしら?」

 「どへぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? え、ちょ、ま、誰!? 俺の知ってることりんじゃないんですけど!!」

 そこにいたのは軍服を身に纏い、髪を一つ括りにした一人の女性。

 胸もあれほどまでにぺったんこで影ながら未来もないと思っていたほどぺったんこだったというのに今ではボンッと強調され、ボンキュッボンを完全に体現した容姿となっている琴里が仁王立ちしている。

 「うわぁぁぁぁぁ劇的ビフォーアフターしすぎぃ!! 大人な女性すぎて怖い! 成長って何より怖い!! あの時の可愛いまな板ド貧乳ことりんを返し――ぎゃふぅ!?」

 「誰が貧乳よ、もう私はあの頃と違う。第二次成長期が凄まじかったのよ」

 「しかも履いてる靴はヒールってこれまたえげつねえ!」

  踏みつけられた夕騎はぐおぉと苦悶の声を上げながら不幸を嘆いているとそんな夕騎をしゃがんで眺める白髪の幼女が一人。

 「……大丈夫?」

 「え、ああ、大丈夫だけど」

 白髪の幼女は踏みつけから解放された夕騎の痛みを分散しようとしてくれているのか踏まれた箇所を何度も撫でてくれる。

 「お、おうありがとな。優しい子だなぁ、お名前は?」

 「……千代紙です。ゆうきおじさんとは何度も会ってます」

 「おうおうごめんな、一応の再確認。千代紙ちゃんか、もしかしてだけど母親は折紙って名前かな?」

 「……はい」

 「これはほんっとうに冗談半分で聞くけど父親はもしかして士道って名前?」

 「……はい」

 千代紙から返答を聞いた夕騎は徐に立ち上がると「へーそうなんだー」とまるでどこかのCMのようにわざとらしい相槌を打ちつつ少しばかり離れると、思い切り叫ぶ。

 

 「まさかの一夫多妻制ッ!! それでいいのか鳶一折紙!!」

 

 「一向に構わない」

 「どへぇまさかの本人登場!」

 不意に肩越しで現れた折紙の顔にびくっと震えた夕騎はズザザァっと下がるとそこには髪を長く伸ばし大人となった折紙の姿があった。

 「と、十香と喧嘩とかしないの?」

 「私と十香はもう家族、何の諍いもなく過ごせてる」

 「お、おう、それならいいです……」

 もはやそれを言われてしまえば何も言うことが出来なくなる夕騎は誰か過去と何も変わっていない者はいないのかと何故かこの時点で折れそうになる心を懸命に留めつつあたりを見渡す。

 「ん?」

 するとその中で目があった途端にそそくさと隠れてしまった子を発見。

 「ほら織音(おのん)もあいさつする!」

 「え、あ、あう、う。こ、こんにちは、ゆうき、おじさん……」

 「……まさか」

 雨色の髪におどおどとした口調。明らかに夕騎に対して緊張した態度で様子を伺うその姿。

 そこから香織に背中を押されて無理矢理夕騎の前に立たされ今にも泣きそうな織音の表情に物凄く見覚えがある。

 「よ、四糸乃の子、なのか……」

 「……は、はい……」

 「も、もうそろそろ驚きにも耐性がついてきたと思ったが士道の野郎……。見たところ香織や千代紙よりかは割と年下みたいだがことりんとタメぐらいの子を孕ませてたとは未来の士道アグレッシブすぎるだろ……母体大丈夫だったのかよ」

 呆れるなどよりももう何だか純粋に未来の士道に引いてきた夕騎だった――


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