デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
真っ向からぶつかり合った剣戟、火花の代わりに魔力を飛ばし二人の間は淡く輝く。
力は拮抗。見越していたのか、そうでないのか、それはわからない。しかしきのと夜三、二人は剣戟が合わさったと同時に砲口を互いに向け合っていた。
放たれる魔力の奔流。
魔力砲は相殺し合い、その場にいた狂三は巻き込まれる形で余波を受けて地面を転がって両腕がないために踏ん張ることすら出来ずに壁に打ち付けられる。
その様子はすでに視野になく互いに向き合って斬撃を繰り広げる二人は互いに正面からぶつかる。
「自分が甘かったせいで大切なものを失った!! だから私は先輩のために他の全てを切り捨て突き進むことにした!! 何も切り捨てられない甘いあなたに負ける道理はない!!」
剣を振るう夜三の脳裏に過ぎるはあの時の光景。
『先輩』と称した人間が狂三に撃たれ、死亡したあの場に密かに隠れていたのだ。
(俺はきっと心の中でどこかで無理だと思ったんだろうな、お前のことを幸せにすることは出来ないって。だから俺はお前から逃げるように零弥を選び、士道に後のことを任せてしまった)
双眸から光を失い、霊装の形も変化していた狂三を前にして『先輩』は狂三の虚ろな目に自分の視線を合わせ向き合っていた。
(でも今は違う。俺は今度こそお前を救いに来た。狂三、俺が狂三に何をしてやれるかわからないけど――もう俺は二度とお前を見捨てない)
『先輩』は狂三を優しく、それでいて強く抱きしめた。それは暗にもう見捨てない、もう離さないと体現していた。
だが、その言葉はすでに狂三には通じなかった。
狂三は抱きしめられている状態で手にしていた拳銃を『先輩』の額に押し当てる。
押し当てた後、狂三は小声でまるで呪詛のように呟く。
(……死んで、しんで…………)
涙を流し、ずっと同じ言葉を繰り返す。壊れたラジオテープのようになってしまった狂三に『先輩』は抵抗することはなく、小さく頷く。
(狂三がそう望むなら、それでお前が救われるなら、いいよ。撃ってくれて)
狂気に飲み込まれてしまい今にも引き金を引きそうな狂三を『先輩』は昔のように受け入れる。
壁に隠れていた夜三はこのままでは『先輩』が本当に殺されてしまうと飛び出そうとしたが夜三が隠れて見ていたことをわかっていた『先輩』は首を横に振り、声には出さなかったが口を動かして最期に言ったのだ。
(――後のことは任せたぞ)
乾いた音が静かに木霊した。
人間の人生を終わらせるのに天使だとかCR―ユニットだとか、そんな大仰しいものなんて必要ではない。
たった一発の弾丸。
どれだけ人外な能力を持っていたとしてもそれだけで終わってしまったのだ。
狂三の身体を抱きしめながら『先輩』の身体は徐々に地に膝をつけ血溜まりを作っていく。
(あ、ああ……せ、先輩……)
糸が切れてしまった操り人形のようにピクリとも動かなくなってしまった『先輩』の姿に夜三は未来永劫後悔することになる。
あの時、何故制止を振り切ってでも止めに行かなかったのか。
どうして自分は棒立ちしているままだったのか。
無限の責め苦に苛まれそうになる夜三だったが、その前にすることがある。
(……これで、一緒。ずっと、一緒、――さん)
動かなくなった『先輩』を抱きしめ、満足そうに笑みを漏らす狂三を見て夜三の中で何かが切れた。
言葉にならない声でひたすら叫んだ。
身体は勝手に動いた。
手にはレイザーブレイドを、もう柄を持っていたのか刃を持っていたのかさえわからない。とにかく殺さないといけないと思った。
『先輩』の命を奪った
「あなたが言う先輩が誰だかわかりません!! ですが私の先輩は精霊のことを心から愛してます!! 殺されればきっと立ち直れないほど悲しみます!! あなたの言う通り私は何も切り捨てられない甘い人間です!! ですけど私はその甘さを捨てずにあなたに勝ちます!!」
剣戟、砲撃、
これではどれだけぶつかっても決着はつかないと思われるがそれでもきのと夜三の間では一つだけ差があった。
「出力は互角でも技は私の方が上!!」
「ッ!」
不可視なものがきのの足首を掴んだかと思えば強く引っ張られ、嫌でも体勢が崩されてしまう。
――これは
自らの
このままでは続く一撃で斬り落とされる、そう思ったきのだったが夜三はわざわざ長針の剣を握っていない手を握り締め拳で殴りかかってきた。
一瞬の隙だったがその隙を逃さずにきのは<ヴァルキューレ>のスラスターを限界駆動。あまりの魔力放出量は光の翼に見えるほどできのはそのまま身体を半回転させ、携えられていたもう一本のレーザーブレイドで袈裟斬りの要領で斬りかかる。
「くっ!」
夜三は機体の手甲を魔力放出で無理矢理パージして斬りかかってくるきのの手首に直撃させる。少しでもブレさせれば
「わ、た、しは負けないッ!!」
今も病院で眠っている夕騎のためにも負けられない。
<ヴァルキューレ>の装備【エイン】は二本共手放しているためにもう近接用の武器はないかと思われたがきのにはもう一本だけ武器は存在した。それもとっておきの。
「<ナジェージダ>!!」
希望を繋ぐ一振りの剣――ナジェージダ。
夕騎が使わなければただの剣だがきのはお守り代わりに持ってきていたのだ。
夜三は両手で振るったがためにレイザーブレイドは下に下がり、きのが振り終えるまでにガードは間に合わない。きのはあらんかぎりの力を振り絞って<ナジェージダ>を引き抜き、振り下ろす。
軌道上で
迫る刃に初めて焦りを見せた夜三は咄嗟に<
「【
夜三を中心にしてドーム状の何かが一斉に広がり、そのドーム内にあるもの全ての時間が静止する。
指定したものの時間を停め続け、夜三だけが動けるようになる世界。
【
今も夕騎の時間を停めている能力だがこの力は消耗が激しく決して連発は出来ない代物だ。そもそも夜三は夕騎の時間を停め続けているせいで本来の力を発揮できていないのだ。
夜三は二重の反動で肩で息するほど消耗したが発動すすればこちらのものだ。
「もうあなたに構う必要はありません。時崎狂三、あなたを殺せば全て終わる。先輩も死ななくて済む……」
振り下ろし夜三の身体に届く寸前で静止しているきのの隣を過ぎ去ろうとしたその時、異変は起こる。
「ッ!」
<ナジェージダ>が淡く、やがて強く発光し始めたのだ。
本来夕騎が使わなければ決して<精霊喰い>の力は発揮されないというのに、そうだというのに――
夜三ときのの視線が交錯する。
すでにきのの身体は時間の停止を受けてはおらず、身体は自然と夜三を追尾していた。
「――どうして」
夜三からは素直に疑問の声が上がる。その答えをきのは持っていない。
「私にも、わかりません」
一閃。
<ナジェージダ>による斬撃は夜三の身体を切り裂いた。
だが驚くべきことがもうひとつ。
斬られたというのに夜三から血が噴き出ることはなく、霊装やCR―ユニットだけを砕いたのだ。
「でも――聞こえるはずのない先輩の声が聞こえました。負けるなって、だから私は負けません」
時間は再び動き出し、一瞬の出来事だったが夜三は倒れ、きのは地面に膝をつく。
「ああ、私は結局……私に負けちゃうのか」
どこか寂しげな表情で天を仰いだ夜三はそっと目を閉じ、気を失っていった。
○
「それで<
忍び込んだ病院の一室。
夕騎が眠るように目を閉じているベッドを前にして士道は狂三に問いかけていた。
「簡単な話ですわ。【
「でも狂三がそれを使って時を戻すのは大体怪我した直後に戻してるけど夕騎は半日以上前なんだぞ、そんな長時間大丈夫なのか?」
「そのための士道さんなのですわ。さあつべこべ問答をしているうちにも時間は過ぎていきますわ、早く始めましょう」
「あ、ああ」
狂三は手を翳すと影が士道の方に広がり、<時喰みの城>を起動させて士道の中に眠っている霊力を自分の身に抽出していく。何となく士道の身体にも徐々に倦怠感が襲ってきて抽出されていることを実感する。
「<
分身体でありながら天使を顕現させて『Ⅳ』の文字から銃弾を装填、それを夕騎に撃ち込む。
「流石に一発では戻りきりませんわね。連発しますわ、士道さん覚悟してくださいまし」
「ああ、大丈夫だ。どんどんやってくれ!」
今も尚眠り続ける夕騎に狂三は再び銃口を向け、
「夕騎さん、戻ってきてくださいまし」
何度も何度も撃ち続けた。
○
「…………」
暗い世界で夕騎は少女の隣に座ってただ暗い風景を眺めているだけだった。
あれから互いに何も話すことはなく時間という概念があるかどうかさえわからない世界だが夕騎にとってそれほど窮屈に感じる場所ではなかった。
しかし、居心地は悪くないがここから早く出てみんなのところに戻らなければと考えている。
精霊、友人、後輩、フラクシナスのメンバー、夕騎の心残りは過去に比べてむしろ増えてしまった。
昔は精霊さえいれば後はどうでも良かったというのに、削ぎ落とせたというのに、今では目に焼きついてしまって離れないのだ。
士道や琴里たちとの何気ない会話、食卓を囲んだ光景、くだらないことで笑ったりはしゃいだり、そんな他愛ないものが夕騎の中でいつしか大切なものになっている。
だからそんな他愛のないものをDEM社や他の何者からも守るには士道やフラクシナスのメンバーだけでは頼りない。まだまだ夕騎が頑張ってやらないといけないのだ。
「……ごめん、いつまでもここにいてやることが出来なくなった」
「うん、わかってるよ。必要とされてるんだね」
「ああ、俺のことが恋しいのかせっかくの休憩中でも呼び出して来るんだよなぁ」
静かなこの世界の中で夕騎には聞こえていた、何度も何度も自分の名を口にする者たちの声が。
気付けば夕騎の手首には光の糸のようなものが巻きついて元来た道を引き返させようと懸命に引っ張ってくる。
「一緒に行こうぜ、いい加減外の空気が吸いたくなってきたろ?」
少女に向かって手を伸ばしてみるが俯いた姿勢のまま少女は首を横に振るった。
「私はまだここから出られないの」
徐々に二人の間は離れていく。夕騎の意思とは関係なく道を引き戻っているのだ。
そしてある程度まで離れ、夕騎の手が少女に届かなくなったところで少女は徐に立ち上がると最後に夕騎にその容貌を見せる。
「――夕陽……?」
「うん、そうだよ兄貴」
見間違えるわけがない。
今まで時間を共にしていた少女は夕騎の妹――夕陽。
「兄貴、短い時間だったけど一緒にいれて嬉しかったよ。でも、これだけは忘れないで――」
夕陽は兄に笑みを向けつつ、最後に言った。
「――血が繋がってなくても兄貴は私の本当のお兄ちゃんだから。あの時はごめんなさい、酷いこと言って。だからいつか必ず――迎えに来てね」
「……はは、どんなに罵詈雑言浴びせられようが俺がお前の兄であることに代わりはねえ!! 必ず迎えに行く、絶対絶対だ!!」
「うん、待ってる」
互いに最後は笑い合って夕騎は暗い世界から抜けていった。
○
両腕を失い地面に這い蹲ることしか出来なくなった狂三は
夜三に言われた言葉が胸に刺さってしまってとても動く気にはなれないのだ。
何より自分でも驚くのは悲願が未来でも達成されないという言葉よりも誰にも愛されないという言葉が響いてしまっている。
現在夜三は気を失い、きのも膝を地面につき肩で息をしている状態でとても動けるようには見えない。
「夕騎さん……」
どこかで考えてはいた、自分よりも零弥を選ぶ可能性を。
その名を口にしても答えてくれる者はここにはいない、そう思った時――
「はーぁーい、呼んだか狂三たん」
「――え」
「え、じゃねえよ。呼んだのに返事が返ってくるとは思わなかったか?」
不意に聞こえた声に振り向いて見ればそこには前と何も変わらない夕騎の姿があった。
思わず涙が零れ出た狂三は呆けた表情で夕騎を見てしまい。
「夕騎さん、夕騎さん……」
「はいはい、まずはその腕治そうな」
夕騎は狂三の華奢な身体を抱きかかえると分身体の狂三から借りてきた【
「分身体の狂三が助けおぼごっ!?」
何が起こっているかわからないだろう狂三に説明しようとした瞬間、勢い良く狂三が胸に飛び込んできたので夕騎は驚きと衝撃で思わず口から息が漏れる。
「どうした狂三、怖かったか?」
「…………」
返事はなく夕騎の胸に顔を埋めて抱きついてくる狂三はそのまま首を横に振り、ただ甘えるように引っ付いてくる。
普段なら絶対見せない弱みを見せる狂三に夕騎はきょとんとした顔をするがすぐに狂三の頭に手を置くと、
「大丈夫、俺はここにいる。だから泣くなって」
「……泣いてなんていませんわ」
「わかってるわかってる。本当なら一日中でも甘やかしてやりたいけどもうじきここにASTが来るだろうし俺はまだすべきことがある。だから何か用事があるなら早くこの街から出てそうでなけりゃ俺の家に避難してくれ」
「……わかりましたわ。それではお家の方でお待ちします」
「おう、気をつけてな」
狂三はわがままを言うことはなかったが名残惜しそうに離れるとそのまま影の中に入っていき、姿を消す。
姿が消えたのを確認した夕騎は次にきのの方へ歩み寄り、頭を優しく撫でる。
「先輩、私、頑張りました!」
「ああ、知ってる。見てはないけどな、それとその鎧カッコイイな」
「<ヴァルキューレ>って言うんで――痛っ!」
空元気で話していたきのは傷口が開きそうになったのか痛みで蹲り、夕騎はそっときのの身体を抱きしめる。
「ありがとう、狂三を守ってくれて。お前は俺の、自慢の後輩だ」
「せ、先輩……嬉しいですけど痛いです……」
「すまんすまん、傷はきちんと治しておけよ」
嬉しさと痛みが混じった微妙な表情をするきのに夕騎も苦笑いし、身体を離すともう一度撫で最後に向かったのは夜三が倒れている場所。
「おう夜三、半日振りか。気分はどうだ?」
「……最低最悪な気分ですよ。誰よりも無能だと思っていた者に敗北し、絶対に達成しなければならない目的を果たせなかった。私は何も救えなかったんですよ」
すでに意識を取り戻していたようで夜三は目元に手を当てて心底悔しそうに呟く。
「教えてください、どうしてあなたは時崎狂三を助けるんですか……?」
「俺は精霊を愛してるから、理由はそれだけで充分だ」
「それで死ぬとしてもですか?」
「死んだとしても本望だろうよ」
「先輩にとって本望でも残された人たちは誰も先輩が死ぬことなんて望んでない!! 先輩は周りを見ていないんですよ!! 私は知っています、何もかも一人で抱え込んだ結果先輩は時崎狂三に殺されるんです!! だから――」
懸命な声を出す夜三に夕騎は思わずクスリと笑みを零し、
「これは勝手な俺の予想なんだけどさ。夜三って実はさ、未来のきのなんじゃねえの?」
唐突に述べられた言葉に夜三は身体を硬直させることしか出来なかった。