デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「……んあ?」
夕騎は識別名〈プリンセス〉と遭遇する寸前に謎の狙撃によって空中から撃ち落とされたはずだったのだが目を覚ましてみれば身体に何の痛みもなかった。
――もしかして……死んじまった?
あの落下によって自分は情けない死に方をしてあの世へと送られたという考えもなくはなかったが身体に妙な浮遊感が感じられるのでまずは原因を確認してみることにする。
「何だこりゃ、
地面すれすれで夕騎のクッション代わりとなっていたのは西洋騎士が剣と共に構えるような盾の裏側だった。
その盾は夕騎が目覚めるのを見計らっていたように丁寧に地面へと着地させて浮遊しながら持ち主の元へと戻っていく。戻っていった盾は持ち主を守護するために浮遊している他の盾と連結し固定され、全体はドーム状になっている。
どうやら持ち主はドーム状に連結している盾の中央にいるようで姿は一切確認することはできない。芸術などには微塵も興味がない夕騎でさえ持ち主を堅固に護っている盾の装飾は素直に『美しい』と感じられた。
盾のひとつひとつの中心にはそれぞれ違う色の宝玉が埋め込まれており、凝られた装飾は見る者を皆魅了するだろう。
『夕騎、聞こえてる? あなたがいま遭遇しているのは精霊の中でもかなりレアな精霊よ』
「……精霊だとは思ってたけど見たことねえな、識別名は?」
耳に装着しているインカムから恐らく〈フラクシナス〉にいるであろう琴里から言葉が届いてくる。
『識別名は〈フォートレス〉、その名の通り本当に堅固な盾に守られていてASTがいつも以上に相手にならないほどの強さを持っているわ』
「レアってどういうことなんだ?」
『彼女……かどうかはまだわからないけど〈フォートレス〉は精霊が出現する際に起こるはずの空間震を起こさずに現界するの。しかも現界するのは他の精霊が現れた際のみで単体では現れないわ。これまでに日本で現界した時には必ず〈フォートレス〉以外の精霊がいた。さらに――』
琴里はそこで一拍開けて言った。
『〈フォートレス〉はね、精霊でありながら他の精霊を
その言葉を聞いて夕騎は一瞬、キョトンとしてしまう。
『まあ私たちの予想だけど、〈ハーミット〉が現界した時には彼女を護るように〈フォートレス〉はASTを退けていたわ。いまの状況と同じ、〈プリンセス〉を護るためにASTを駆除してる』
「俺だっていまはASTの一員だぜ?」
『制服を着ていたから一般市民に見えたんじゃないかしら。ちょうど連行されてるように見えたしぷぷぷ……』
「笑うなよ……本人だって運搬方法には納得してねえんだから」
『適性がないってのも皮肉なものね、まあとにかくいまは〈プリンセス〉じゃなくて〈フォートレス〉と接触してみてちょうだい』
「何で?」
意味深に言う琴里に対して疑問げに問いかける夕騎だったがすぐにひとつのため息とともに言葉が返ってくる。
『これが例外的な出撃よ。精霊が同時に二体以上現れて士道だけじゃ対処できない場合、ASTの仕事を放り出してあなたに動いてもらうわ。これは司令官命令よ。早く行きなさい、そうじゃないと減給するわよ?』
「イエッサー司令!」
これ以上ひもじい思いをするのは限界なので夕騎はそれ以上疑問を口にせずに〈フォートレス〉が悠然と構えているデパートの屋上を目指す。行く先行く先で瓦礫がそこら中に積もっていて足場が悪く、それに加えてASTと精霊との戦闘も激化しているので思った以上に進行速度が遅くなる。
「日本のASTもっとガッツ見せろよ……蚊トンボみたいに落とされてるじゃねえか」
苦戦しながらも進んでいく夕騎だったが空中では〈フォートレス〉に撃ち落とされたAST隊員が黒煙を纏いつつ地面に落下していく姿が多く見られている。まあ着ているCR―ユニットのおかげで軽傷で済んでいることだろう。精霊を第一に考えている夕騎からすれば些細なことだ。
悪戦苦闘しつつもたどり着き、デパート内に足を踏み入れる。デパート内は戦闘の際に生じた衝撃波によってガラス諸共ショーケースが破壊されていて惨劇と成り果てている。
エスカレーターも当然止まっていて地道に進んでいくしか方法はないだろう。エレベーターなど以ての外だ。
――今回の〈フォートレス〉ってのはやっぱり女の子なのかな、それなら俄然テンションは上がるんだが。写真とかも撮りてえな、狂三ともプリクラ撮りてえし俺ってばもしかしてすげえリア充?
いつも通り独断行動を取っている夕騎は暇なので物思いにふけてみることにする。時々デパート全体が揺れるほどの衝撃が起こっても夕騎は何一つ気にしていないと言わんばかりに妄想しながらにへらっと緩み切った顔をしている。
デパートは無駄に階層が多く、上がっても上がってもまだ階段が終わらない。
もうそろそろ苛立ってきた夕騎だったが数分進んでようやく目的地である屋上へと上り詰めた。
屋上は小さな遊園地のようになっていたのだがいまとなってはメリーゴーランドの馬の首はへし折れ、マスコットキャラクターも全焼されて見る影もなくなっている。
それよりも。
ようやく〈フォートレス〉と遭遇することが出来た。
近くで見ると〈フォートレス〉の身を堅固に護っている盾は遠くで見るよりもはるかに美しく、それとは逆に他者を一切寄せ付けないような剣呑な雰囲気も醸し出している。
幸いなのか相手はまだこちらに気づいておらず、迫り来るAST隊員と先頭を繰り広げていていままで前線を持ち堪えていた隊員たちは『精霊喰い』である夕騎の姿を見て一瞬だが安堵の表情を見せる。本人の目的は彼女たちの目的とは正反対なのだが救世主登場といったところだろう。
「やほほーはじめまして〈フォートレス〉」
話しかけた途端にこちらに気づいたのか〈フォートレス〉を守護している盾の宝玉は光り輝き砲門を顕現させ、約三丁ほどの砲口が夕騎に向けられた。よほど警戒されているのだろう。
『ここはあまり相手を刺激しないように両手を挙げなさい』
〈プリンセス〉の件で取り込んでいたはずの琴里がこちらに指示を出す。夕騎は言われるがまま両手を挙げ、相手に敵意がないことを示そうとする。〈フォートレス〉もそれを理解したのか警戒したまま無闇矢鱈に撃ってこようとはしない。
こうしている間にもASTからの攻撃は続行されているのだが〈フォートレス〉自身は意にも介しておらず、いまは視線を夕騎に向けている、気がする。何しろ盾に囲まれていて中にいる相手がどこを向いているのかなどとわかるわけがない。
二人の間では沈黙が続くがやがて警戒心がほんの少し薄れた〈フォートレス〉側から声が聞こえてくる。
『……あなたはさっきのASTに捕まっていた少年ね』
それは盾越しでもわかる澄んだ少女の声だった。
――やはりそう思われていたか!
どうやら琴里の言う通り本当に捕まっていたと思われていたらしい。『精霊』から見てASTは明らかな敵。ASTと一般人(正しくは違うが)の見分けがついているということは彼女は人間について少しは知識があると思われる。
ここはどう答えるべきか、そう悩んでいると耳元のインカムから琴里の声が聞こえてくる。
『ステイよ、夕騎』
〈フラクシナス〉の艦橋にある特大のスクリーンでは盾に囲まれて容姿が全くわからない〈フォートレス〉と人類最後の砦ともされている〈精霊喰い〉が対峙している。
スクリーンには精霊の『好感度』をはじめとしたありとあらゆるパラメータが表示されており、これは令音が
そのギャルゲーさながらの画面にはAIによって二人の会話がタイムラグなしでテキストに起こされ、画面下部に表示されている。
その画面を数多くの者から選りすぐられたクルーたちが真剣な眼差しで確認しているとひとつのアクションが起きた。
『……あなたはさっきASTに捕まっていた少年ね』
その言葉と同時に画面が明滅し、三つの選択肢が画面に表示される。
まさか〈フォートレス〉がASTという組織名まで知っていたとは〈フラクシナス〉のメンバーも驚きを隠せなかったが琴里は冷静に夕騎をステイさせ、AIが出した精霊の心拍や微妙な脳波の変化を観測して対応パターンを眺める。
①「あの時は助かったよ。俺の名は月明夕騎、そっちの名は?」
②「そうだけど、お前はどうして姿を隠しているんだ?」
③「いざ尋常に勝負で御座る!」
「選択して早く!」
警戒しきっているいまの状況では一発アウトもある。不幸なことにも〈フォートレス〉の機嫌は少々不機嫌に向いている。
彼女が向けている砲口、盾全てがあの形態になれるのならば〈精霊喰い〉であろうと一斉放火はかなり危険だ。精霊の力を持っていない状態では〈精霊喰い〉であろうがただの人間。ここは穏便にすませたいところだ。
クルーたちが手元のコンソールを手早く操作すると琴里のディスクに結果が報告されていく。
「やっぱり無難に①が多いわね」
「②も正直気になりますけど好感度がゼロのいまでは死亡フラグかもしれませんね。もしかしたら〈フォートレス〉は深い事情を持って盾の中に篭っている可能性もありますし」
「③は完全に死亡フラグですよコレ」
神無月や他のクルーたちが言うようにいまは好感度がない状況だ。あまり無茶なことはさせられない。そう思った琴里は再びインカムから夕騎へと連絡する。
『夕騎、私の言う通りに言葉を発しなさい』
「あの時は助かったよ。俺の名は月明夕騎、そっちの名は?」
陽気に話しかけてみるも相手から返事が返ってこない。まだ警戒されているのだろうか、また二人の間で沈黙が起こる。
『怪我は?』
数秒の間があって口を開いたかと思えば名を言うのではなくこちらの身を心配する言葉だった。
「へ?」
いきなりの心配に夕騎は思わず呆気に取られてしまう。
『だから怪我はないのかって聞いてるのよ。聞こえなかったの?』
「いや……聞いてたけど、心配してくれるんだなって思って」
『無関係な人間は巻き込まないわ。わかったのならここから早く立ち去りなさい、いつまでも守ってあげられないわ』
〈フォートレス〉の言葉で夕騎は改めて周りを見渡してみると盾以外にも空には盾同様に装飾がかなり凝られている西洋剣が何十本も浮遊していて気付かなかったのがおかしいと思うほどだ。その西洋剣の動きはAST隊員が放つ銃弾が盾に跳ね返って夕騎に跳弾しないように相手の銃口の角度を上手く誘導していたのだった。
会話をしながらあそこまで繊細に武器を扱う〈フォートレス〉に夕騎は心底感動を覚えていた。いま姿が見えていたのならばセクハラ覚悟で抱きしめているほど。
「マジハンパねえな……」
『そうかしら。何度も戦っていれば自ずと戦い方がわかってくるもの、ワンパターンすぎるのよね』
自嘲気味に戦うという言葉を使う彼女に夕騎はどこか寂しげなものを感じる。
「それにしても、どうして盾で身を
護る、ではなく隠すという単語を使った夕騎に対して〈フォートレス〉は全方位盾に身を護らせたまま答える。自分でも人間と話すのは久しぶりなせいか饒舌になっていると感じる。
『敵に姿を見せても利益はないし、見せたところで無価値だわ。どうせ戦うだけだもの』
「俺にもダメえ?」
『甘えた声で言っても無駄よ。この盾は私の「絶対防御」、何人足りとも破ることはできないわ。でも私が
「おぉ! いるいる!」
『そう……それならあれは邪魔ね』
久しぶりに少し機嫌が良くなった〈フォートレス〉は砲口をいきなり残りのAST隊員に向けて掃射した。
「少し機嫌メーターが良くなりましたね。このまま
神無月がモニターに注目しながら報告する。
AST隊員への掃射を終えた〈フォートレス〉は口数が少ないものの夕騎と他愛のないことを会話している。こちらとしてはボロを出さないことを懸命に祈るばかりだが。
いままで夕騎がASTの一員であることがバレていないからこそ普通に会話出来ているもののいざバレれば黒煙を纏いつつ地面に激突する運命を辿ってしまう。いざとなれば〈フラクシナス〉から回収できるものの今後のことも考えて出来るだけそれは避けなければいけない。
「〈フォートレス〉……ますます謎が多い『精霊』ね」
「……明確に自らの無害と有害を見分けている。だから無害と認めたユキと普通に会話できる。いまの〈プリンセス〉とはまるで違った反応だよ」
別モニターにてAST隊員の一人である鳶一折紙と戦闘を繰り広げている識別名〈プリンセス〉の様子を見つつ言う令音に対し、琴里は指でチュッパチャップスの棒を弄りながら意味深に呟いた。
「番外の精霊……〈フォートレス〉か。神無月、
「了解しました司令!」
『もうそろそろ時間ね』
自分の
身体よりも先に天使であろう盾が消えていく。〈フォートレス〉は話し相手だった夕騎に背中を向け、屋上からの景色を眺める。
――綺麗だな……。
夕騎は盾がなくなった後ろ姿を見ながら感嘆の意を心中で示していた。
黒い長髪を風に靡かせる長身の少女。全体的には何の物質か判断がつかないボンテージのようなドレスに片袖しかないもの身につけていて、手や脚には橙色を基調とした籠手、具足を装備しており、具足には
そのどれもが美しく、また儚げで、艶やかでありながら虚しくもあった。
「さようなら、また会うことがないように」
自らに言い聞かせるように拒絶の言葉を吐いた精霊の少女は突然屋上から飛び降りる。反射的に落ちない程度に身を乗り出して落下していった下方を見てみるがすでに
「わーお……」
驚きの声を上げていると屋上に何やら落下して崩れる音がいくつか響く。どれもこれも先ほどの西洋剣で貫かれた痕がある〈フラクシナス〉が用意した監視用のカメラが全て撃墜されている。おそらく〈フォートレス〉が自分の姿を捉えられないように
〈プリンセス〉の方も