デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第四六話『時間を支配する者』

 「本当に強いですわねェ……」

 人工島にて新たな番外の精霊(エクストラ・スピリッツ)と戦闘していた狂三だったが現在は別の島にいた。

 あれから兆死と連携して挑んだものの地の利は圧倒的に相手にあり、大地を操るあの天使の前ではいくらものを壊そうとも戦況がこちらに傾くこともなく同じことを繰り返すだけで消耗するだけだった。さらに最終的には何の攻撃を受けたかも分からず人工島から追い出されてしまったのだ。

 人工島の方角を見てみればそこには島など見る影もなく、代わりに上空に浮かんでいるのは先ほどまで海面上に浮かんでいたはずの人工島。あの精霊は狂三と兆死を追い出した後に人工島をそのまま上空に浮かべ、誰にも侵入されないようにと濃密な霊力で防護壁を人工島全体に張ってしまった。

 再度侵入するのは事実的に不可能。しかも兆死とも分断されてしまったために先ほどの兆死がいた状態ですらあの戦力差。それから考えてみれば狂三はあの精霊に対し有効打を持ちえていない。

 「今回の戦闘で少しばかり分身体を消耗してしまいましたね、最近わたくしに相性が良いお相手と出会った節がありませんわね……」

 士道を食おうとする以前からそうだった。まず夕騎、まともに戦ったわけではないが<精霊喰い>の能力からして愛称はあまり良いものではない。次に炎の精霊<イフリート>である琴里、数の利で圧倒していたはずだが再生能力という厄介な能力のせいもあって大敗した。

 そして今回の精霊。あの精霊はどんな精霊であっても不利な状況に陥るだろう。

 何故なら彼女を相手にするということはあたりの大地の全てを相手にするということ。自由自在に形を変えて矛先を向ける大地には苦戦を強いられるだろう。それに彼女はまだ天使を全開にしていない。

 「全くわたくしの悲願はまだまだ遠そうですわ」

 一息吐くと狂三は立ち上がる。とにかく人工島に侵入することは不可能になってしまったので兆死を探さなければならないからだ。

 「あの子はどこへ飛んでばされてしまったのやら」

 「――本体(わたくし)

 「あら、分身体(わたくし)

 砂埃を払っていれば近くの影からもう一人の狂三が現れると本体の狂三はその焦った様子に小首を傾げ、

 「どうしましたの、そんなに焦って」

 「それが――」

 分身体の狂三は夕騎たちがいる天宮市で起こったことをありのまま話した。

 狂三と同じ天使を扱い、ASTを夕騎共々瞬殺した精霊――夜三のことを。

 夕騎はそれが原因で今は意識不明だということを。

 その夜三が狂三の殺害を目的として行動しているということを。

 そして現在士道が人質に取られているということを。

 「……そうですか」

 話を聞いた狂三は顎に手を当てて考える。

 その夜三という少女が<刻々帝(ザフキエル)>を持っているということで考えられることは一つ。あまり考えたくないことだが<刻々帝(ザフキエル)>の能力を考えれば事実上可能である。

 しかし、夜三は狂三とは別の道に<刻々帝(ザフキエル)>を進化させている。

 さらに夕騎を瞬殺したということは狂三がこのまま向かってはただ殺されに行くようなもの。

 「聞く限り夜三さんは夕騎さんに何か縁があるのでしょう。となれば彼女は夕騎さんを殺さない。士道さんが死んでしまっても……いいえそれではわたくしの計画に支障を来たしますわ」

 夕騎と士道、この二人は狂三の始まりの精霊を討つという悲願においてかならず必要になってくる。

 士道は複数の霊力の器となっているので言わば霊力の貯蔵庫として、夕騎は始まりの精霊の絶対的有効打として。

 霊力をその身に宿すことが出来るのは士道だけではなく夕騎も宿すことが出来る。だが夕騎の場合霊力を一定以上取り込んでしまえば暴走してしまう。いやあれを暴走と称するのは少し違う。

 今回狂三が調査しようとしたのもその暴走の真実の裏を取るためだったが魔術師(ウィザード)だけならまだしもあんな精霊までいたのは本当に予想外だった。

 そして夕騎から離れているうちのこの事態、予想外のことが続いてしまって狂三も少し困惑しているところだ。

 このまま狂三が夜三の前に出なければ士道は殺されてしまい、計画にも支障を来たすことになる。今はそれ以上に狂三は夕騎のことが心配になっていた。

 「……夕騎さん」

 意識不明だと聞いた狂三は夕騎の顔が頭を過ぎる。

 はっきり言って夕騎は何だかんだ苦戦しながらも負けることはないと思っていた。

 楽観的な性格だがやるときにはやる、だから今まで対人戦は苦手だ何だと言いながら負けなし。

 士道を狙い来禅高校の生徒全員を巻き込んだときは誰も味方なんていないと思っていたのに夕騎は一度喰われたというのに狂三を炎の精霊から守ってくれた。

 そのときからだったのだろう、本当に月明夕騎という存在を意識し始めたのは。

 初めはただあの人(、、、)にどこか似ているから、という曖昧な理由が始まりだったがどんなときでも自分を想って守ってくれる夕騎の内面を知るにつれて徐々に狂三の気持ちに変化を齎していた。

 だから敵の実力が未知数だというのにどれだけ非合理的であっても狂三の中ではすでに天宮市に戻ることの決意が出来ていた。

 「……分身体(わたくし)、あなたにはこのまま兆死を見つけて貰ってあの島を見失わないように追跡しておいてくださいと伝えてくださいまし」

 「本体(オリジナル)はどうしますの? やはり――」

 「ええ、そうですわ。少し予定外ですが夕騎さんが恋しくなったので戻りますわ、それでは頼みましたよ」

 「きひひ、余程夕騎さんのことが気になるようですわね。わかりましたわ、こちらは任せて置いてくださいまし」

 分身体の狂三が軽く手を振れば狂三は頷き、空へと舞い上がる。するとその身体は天宮市に向かって真っ直ぐ進み出し、それを見送ると分身体の狂三は一息つき、

 

 「本体(わたくし)はわかっているのでしょうか。その感情が自身を変え、悲願から遠ざけていることに」

 

 そう言ってまるで他人事のようにくすくすと笑えば兆死を探すために分身体の狂三もまた空へ舞い上がっていった。

 

 

 

 そこは酷く暗い世界だった。

 「えーっと、ここどこだ……?」

 夜三の天使に意識を刈られ気がつけばこんな暗い場所に立たされていた夕騎は怪訝そうな顔を浮かべて周りの様子を探っていた。

 周りは本当に何があるのかわからないほど暗く、しかし視界には一筋の光が見える。まるで夕暮れを見るようなそんな感覚の光が一条差し込んでいるのだ。

 それはこの暗いに世界唯一の光源、その光がなくなってしまえばこの世界は本当にただ暗い世界だっただろう。

 「とりあえず進むしかねえよな」

 ここがどこなのかまだ全然理解出来ていない夕騎だがとにかく進んでみなければわからないと一歩踏み出し、その光に向かって歩き出す。

 「狂三ー、零弥ー、誰もいないのかー? いやこれでいたらおかしい気がするんだけどもー」

 声を掛けながら進んでみるも当たり前だが誰も返事するわけでもなくこの空間に夕騎の声だけが山びこのように虚しく響くだけだった。

 「だぁークソ、やっぱり誰もいないのか。てかここもしかして三途の川的なアレか? もしかして俺すでに死んじゃったパターンか?」

 不安のせいでやけに独り言が大きくなるのと饒舌になる夕騎。

 あれから結構光の道を進んで近付いていると光が大きくなっているのでもしかしてこれは天に召されてしまうのかと思い夕騎はその場で踏みとどまる。

 「待て待てこのままじゃ俺心残りがありすぎるんですけど!! 精霊のこともそうだし、何より女性経験がないってのも男的な心残りもあるし!! うぉお危なかった、このまま進んでたら危うくマジで召されるところだったわけか!」

 何だちくしょう騙しやがったな! とさらにわけのわからないことを口走りつつ夕騎はその場でUターンしようとすると爪先にコツンと何かがぶつかるような感触がし、

 「つ、次は何だ死神か!?」

 思わず身構える夕騎。しかし目の前には何もおらず不審そうに首を傾げ下を見てみれば――

 「ん? 何してんだ?」

 「…………」

 そこにいたのは三角座りで顔を俯かせている一人の少女。

 やけに派手なマントで身を包んでおり、詳しく服はわからないがとにかくこんなところにいるのに加えて全身が淡く発光しているのだから普通の人間ではないことは確かだ。

 「おーい、聞こえてる?」

 「…………」

 「く、無視か、割と傷つくぜ……」

 完全に無視された夕騎は少しばかり傷つきながらとにかく人に会えたことに内心喜び、何気なく隣に座ってみる。

 「…………」

 「…………」

 しばしの間無言のままだったが無言に慣れていない夕騎はどことなく気まずさを感じ始め、

 「えーっと、そっちは一人?」

 「…………」

 まるでナンパをする風体の軽そうな男のような発言になってしまったがこれも完全無視。

 流石に今までこれほどまでに無視してくる人とコミュニケーションを取って来たわけではないので夕騎はむむむと必死に会話内容を考えるが零弥たちと違って感覚がわからないので無理に考えるのはやめにし、

 「まあ帰り方もさぱらんし、ここにいるしかなさそうだな」

 「…………いなくなったの」

 「……ん?」

 「……私の前から皆いなくなったの」

 また無視されるかと思っていた夕騎だったが意外にも少女は座った夕騎の服の裾を掴んで初めて話しかけていたのだ。

 「……お父さんもお母さんも兄貴も皆いなくなったの」

 「俺もそうさ。気付けば家族は全員いなくなってたし一人になった。そんでよくわからん会社で訓練受けて気付けば実戦投入されて、気付けば色んなところに所属するようになっていたな」

 「……つらくないの?」

 「まあつらいっちゃつらかったな。でも一人だった俺の周りにいつの間にか色んな人がいるようになって一人じゃなくなってる。訓練のときなんてどうして生きてるのかさえわからなかったのに今では俺は生きる意味を貰ったんだ」

 「……恵まれてるんだね」

 「ああ、恵まれてる。家に帰れば今まで誰も出迎えてくれることはなかったのに今じゃ出迎えてくれる人がいる。かけがいのねえモンをいっぱい貰ってきた」

 「……私は恵まれなかった。気付いたら家族は殺されて、憎んだ相手も討てなかった。どこにも居場所がなくなった私はずっと一人なんだ」

 「少なくとも今は一人じゃないだろ、俺がいるんだし」

 「――っ!」

 今暗い世界には少女一人だけではない、夕騎も入れて二人いる。そのことを改めて伝えられた少女は顔を俯かせながらだが驚いたような反応を見せる。

 「少なくとも帰るまでは一緒にいるさ、いや帰れるかどうかもわからねえけど」

 「……ありがと」

 それから互いに何も話すことはなく、服の裾で繋がった二人は共に時間を過ごしていく。

 

 

 

 「むぅ、今回はやけに長いのだな」

 「そうね、何だか様子がおかしいわ」

 天宮市の避難用地下シェルターで十香は不満そうに声を漏らし零弥もそれに同調していた。

 腕時計を見てみればすでに時刻は午後八時を過ぎた頃。

 何せ普段は一時間もあればこの場所から解放されるというのに今回に至っては避難してから半日以上経過している。シェルターにいる他の人間たちも滞在期間の長さに不安を持ち始めているのか徐々に口数も少なくなっていた。

 ――士道も夕騎も避難していないってことは確実に精霊は来てるはず。しかも精霊がこんなにも長い期間現界しているのもおかしいわ。

 「おおそうだ!」

 「どうしたの十香?」

 「これがあったのだ、ケータイでんわー!」

 まるで某有名なアニメの青狸のようなイントネーションでポケットから携帯電話を取り出したことで零弥も思い出し持っていた鞄から同型の携帯電話を取り出す。

 「前に支給されたものね。これなら連絡が取れるはずだわ」

 二人は納得しそれぞれ士道と夕騎に連絡するが――

 『ただいま電話に出ることが出来ません。ピーッという通知音の後で――』

 「き、貴様シドーではないな! 何者だ!!」

 「十香、それは留守番電話の案内よ……。とにかくこれで二人は今電話に出られない状況にあるってことがわかったわ」

 「零弥の力でどうにかここから出れないのか?」

 「霊力を取り戻せば簡単だけどシェルター内で放てば余計に混乱することになるな」

 「くくく、困っているようだな」

 「聴傍。話は聞かせて貰いました」

 困っている十香と零弥の前に現れたのは最近霊力を封印された精霊――耶俱矢と夕弦だった。衣服はすでに霊装ではなく、まだ私服を購入出来ていないのか制服に身を包んでいた。

 「かような籠に半刻も閉じ込められていれば外に出たくなるのも分かる。我ら颶風の巫女もいい加減飽いてきたところだ」

 「同意。正直言って夕弦も耶俱矢もかなり暇を持て余しています」

 「しからばいっそ外界に出てやろうではないか。いつまでも籠の中の辛気臭い雰囲気もおさらばだ」

 「それでいい方法はあるの?」

 「「…………」」

 「ないのね、よくわかったわ」

 「ちょ、そんな呆れたみたいな顔すんなし! 零弥がずばーんとドア吹き飛ばせばいいんじゃないの!?」

 「だから十香にも言ったけどそれでは他の人間も巻き込むことになるわ。もし本当に外が危険ならば巻き込むことは避けた方がいいわ」

 「了承。行動するにはまず外の様子を知るべきですね。知ることさえ出来れば零弥の力でズドンと」

 耶俱矢が壁のようなポーズを取り夕弦が何かロケットランチャーのようなものを構えたかと思えば「ずどーん」とセルフな効果音と共に耶俱矢が吹き飛ぶ真似をする。

 半ば茶番のようなものを見せられた零弥は額に手を当て、

 「結果的に他の人間を巻き込むつもりね……あとさっきから私のことを何だと思ってるのよ」

 「「「何でも壊せる人?」」」

 「失礼ね!」

 十香、八舞姉妹の三人が口を揃えて言ったことで若干不安になる零弥だが三人に軽めに手刀を食らわせていると携帯電話の着信音が突如鳴り響き、

 「夕騎からメール?」

 着信名には『夕騎から一件のメール受信』と記されており、零弥は携帯電話を操作してメールを読む。

 「……わかったわ夕騎」

 「ん、どうしたのだ零弥?」

 「外界の様子がわかったのか?」

 十香と耶俱矢が液晶画面を覗き込むように顔を覗かせるが零弥はそれを掌で押しのけると携帯電話をスリープモードにし、

 「外に出ずにシェルターで大人しくしといて、ですって。どうやら今回の空間震で現れた精霊は厄介な精霊のようね」

 「ならばなおさらシドーたちが心配だ」

 「私もだけど今は大人しくしましょ。私たちが外に出ることで夕騎たちの邪魔になるかもしれないし」

 「同意。夕弦もそれに賛成です。それに四人も集まればトランプするにもバリエーションが増えます」

 「くくく、そうと決まれば早速始めるか」

 「助言。耶俱矢はババ抜きではへなちょこですよ、すぐに顔に出るので必見です」

 「バカッ、何で言うし!」

 「確かに十香と耶俱矢は顔に出そうなタイプよね」

 「さりげなく私のことまで侮ったな!」

 わいわいと騒ぐ十香、零弥、耶俱矢、夕弦、この中の誰もが疑問に思わなかった。

 今も意識不明の夕騎がどうやってメールを送ったのか――と。


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