デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第四五話『お見通し』

 「月明夕騎さん、彼は重傷……というよりどうしてこうなったのかわからない、と言った方が正しいです。心臓も脈も何もかも止まっているというのに死んではいません。何を言っているのかわからないと思いますが私もよくわかっておりません、とにかく生きていることは確かです。ですがいつこの曖昧な状態から急変してもおかしくはありません」

 深夜、病院で告げられた宣告は非情なものだった。

 医師からそう残酷な通告を受けた燎子は視線を落とし、表情は曇っていた。

 「そう、ですか」

 返事も酷く暗いもので放っておけば責任感と罪悪感で押しつぶされそうなほど燎子の心は疲弊していた。

 今までも精霊に対して有効的な攻撃を出来た覚えがない。せいぜい精霊が帰るまでの時間を稼ぐ程度、正直なことを言ってそれが精一杯だった。倒すなんて名目を上層部は掲げているがDEM社の魔術師(ウィザード)以外のほとんどの魔術師は心の中でわかっていた。

 いくら魔術師になろうとも、人外の精霊には勝てない――と。

 今回の精霊ではそれが如実に表されてしまった。

 前線に出た魔術師の部隊は全滅。その全員が骨を損傷し、入院を余儀なくされているものがほとんどでその中でも折紙、夕騎は他の者以上に重傷だった。

 折紙は両手両脚を折られ、命の別状はないが治療を進めているが戦線に復活するまでにそれなりの時間が必要になる。

 一方夕騎は一番酷いものだった。

 心臓も脈も何もかもが止まっているがどうにか生きている。その原因は確実にあの新しく現れた精霊<ナイトメア>が顕現させた天使の仕業。天使の能力は今のところ何も分かっていないがとにかく対策を講じなければどうしようもない。

 医師から診断結果を聞き終えた燎子はその部屋から退室し、入院した隊員達の見舞いをしようと通路を歩いていく。すると長椅子に座って燎子以上に参ってしまっている少女の姿が見えた。

 「きの」

 「…………あ、隊長……」

 前線に立っていた部隊で唯一軽傷だったきのの目は寝ずにずっと泣いていたのかかなり腫れており、小動物のイメージとはかけ離れたものとなっている。

 燎子の姿を見たきのは明らかに作った笑顔を見せる。それが燎子にとってはこの上なく精神的に来るものだ。

 「先輩は、夕騎先輩はどうなんですか……?」

 「きのにははっきり言っておくけどかなり危険な状態よ。いつ死んでもおかしくないらしいわ」

 「……私の、せいです。私が勝手に飛び出したから、折紙先輩も、夕騎先輩も……」

 自分を責めようとするきの。確かにきのは後方支援を命令されていて勝手に飛び出したのは命令違反だった。だが、燎子はきのの表情のおかげで帰って冷静になれた。

 部下が落ち込んでいる時に上司である自分も落ち込んでいてられるわけがない。

 「いつまでもうじうじしてる暇はないわね」

 そう言って燎子は一息つくと落ち込んで今にもまた泣きそうになっているきのの頭に手を置くとこれまでにないほど乱雑に撫で回すとにかっと笑い、

 「この世の終わりみたいな顔してるんじゃないわよ。新たに出てきた新種の<ナイトメア>の反応は未だに消えていない。つまり私たちの仕事は終わっていない。対策考えるわよ」

 「で、でも……」

 「ここまでやられたんだもの。皆やられてきのだって一発くらいブチかましておかないと気が済まないでしょ、丁度いいわ。一度戻るわよ、渡したいものがあるの」

 「渡したいもの……? 何ですかそれは?」

 「まあ戻ってからのお楽しみよ、わざわざ時間かけて用意したんだから期待しておきなさい」

 「え、あ、はい!」

 燎子から強引に手を引かれたきのはそのまま後を続いて病院を後にしたのだった。

 

 

 

 「……まったく、酷い状況になったわね」

 翌日、<フラクシナス>の艦橋では重苦しい雰囲気が漂っていた。

 要因は無論昨日現界した新種の<ナイトメア>のことの中でも夕騎が手も足も出せずに瞬殺され、原因不明の症状を負ったことだ。

 正直なところ琴里は今まで精霊はともかく対人戦は苦手だと言いながらも一度も敗北をしたことがなかった夕騎に戦闘面では絶大な信頼を抱いていた。それがどこか油断に繋がっていたかもしれない。

 昨日夕騎は夜三の前に立ち塞がった時にインカムを着用していなかった。指揮を取ろうにも取れない状態だったが琴里は心のどこかで指示をしなくとも負けることはないだろうと思っていた。

 「私の、責任ね」

 夜三が危険な精霊だとASTとの戦闘ですでに理解していた。

 だが狂三とも心を通わせる夕騎ならどうにかなると、その結果がこれだ。

 「……琴里」

 「わかっているわよ令音。私がしっかりしないと全体の士気に関わるもの、対策を考えましょう」

 部下たちも気を遣ってか集まってからは何も話さない。あの神無月でさえ黙っている状況だ。

 「それで夕騎は大丈夫なのか?」

 丁度呼び出していた士道も心配そうな声音で問いかけてくる。

 「陸自の病院に搬送されたから情報は曖昧だけどとても危険な状態に違いはないわ」

 「それを零弥には……」

 「伝えてない。伝えたらきっと彼女は病院に向かうか、もしくは仇討ちをするでしょうし。零弥に夕騎のことを聞かれたらはぐらかしておいて、あと十香や四糸乃にも言わないこと」

 「あ、ああ」

 士道にそう言えば琴里はモニターに目を通す。

 モニターを見てみれば夜三は空間震警報のおかげで人一人いないショッピングモールの噴水近くのベンチに座っている。

 「目標、依然として動きなし。まるで何かを待っているようですね……」

 「彼女の目的は狂三の殺害。どうして狂三を狙うのか、どうして狂三と同じ天使を持っているのか、そんな疑問は夜三にしかわからないわ。でも――」

 いつもならすでに士道を送り込んで攻略を始めている。しかし、今回ばかりは事情が違いすぎる。

 相手は下手をすれば狂三以上に危険かもしれないのだ。狂三と同じ<刻々帝(ザフキエル)>であっても中身は微妙に変化している。例え再生能力を持っている士道であってもそんな危険な精霊の前に無策で放り出すわけにはいかない。

 夕騎の件もあってか琴里はいつも以上に慎重になっている。

 だが慎重に行動するにも今回は相手が悪すぎた。

 「――目標から音声を確認!」

 「マイクをオンにして!」

 「了解!」

 部下の一人からそんな声が聞こえ一瞬呆けていた琴里だったがすぐに意識をそちらに集中させる。

 『――てますか。そちら聞こえてますか?』

 まるでカメラの位置を知っているかのようにカメラ目線で夜三は話しかけている。

 『知っていますよ、<ラタトスク機関>。精霊の霊力を封印し、保護下に置いてASTとは違う「対話」という形で空間震の根源を絶やそうとしている秘密組織』

 「――ッ!?」

 これには<フラクシナス>に搭乗しているクルー全員が驚かされる。

 生憎こちらからはインカムがないので音声を伝えることは出来ない。それを知ってか夜三はさらに言葉を続ける。

 『霊力を封印しているのは五河士道、今は……<プリンセス><ハーミット><フォートレス><イフリート><ベルセルク>の霊力を封印しているのでしょうか、合っているはずですけど』

 さらに士道がどれだけ霊力を封印しているのかさえ言い当てる。

 どこまで知っているのかこの精霊は、艦内に緊張が走る。

 『私は五河士道に用があるんです、どうか出てきてくださいませんか? 上空の空中艦にいるのはわかっているんですよ』

 「何もかもお見通し、と言わんばかりね。ありえないって現実逃避したくなるくらいに嫌になるわ」

 「……どうするんだ、琴里」

 「…………」

 どうするか、こちらには有効な手立てがない。

 会ったとしてもあまりにもノープランなのだ。だから出来るだけ士道を地上に転送するのは避けなければならないが――夜三は有無を言わさなかった。

 「し、七時の方向から魔力砲来ます!!」

 「何ですって!?」

 直後、艦内が大きく揺れる。まるで大地震でも来たかのような揺れに琴里は危うく席から落ちそうになるが何とか踏ん張るとモニターの映像では夜三が何やら砲身のようなものを構えていた。

 『当たりましたね、なかなかの命中精度でしょう? 例え相手が透明化していようとも今の私は当てられます。無駄に考え込まないで早く五河士道を地上に転送しなさい。でないとこのまま撃ち落とします。あなたの賢明な判断を祈ります、司令官の五河琴里』

 「……どこまで知ってるのよ本当に」

 「琴里、俺を地上に送ってくれ」

 「な、何言ってるのよ士道! 相手は夕騎を――」

 「だから行かないといけないんだ。どっちにしろこのままじゃジリ貧だろ?」

 「で、でも――」

 「令音さん、お願いします」

 「……ああ」

 琴里の制止を振り切って士道は艦橋から飛び出して行く。夕騎の件といい琴里には不安しかなかったが、すでにバックに<フラクシナス>がいることがバレている今は士道を信じる以外にどうすることも出来ない。

 死地に自ら進んでいこうとする兄を琴里は見送るしか出来なかった。

 

 

 

 「来てくれましたね五河士道。あと数秒遅ければ第二射を行っていたのですが賢明な判断です」

 「…………」

 対峙して改めて思い知らされる夜三の『異質』さ。

 何もかもがお見通しなこともそうだが何よりただ座っているだけだというのに士道の中で彼女の存在は『恐怖心』を煽るものだった。まるで狂三と対峙しているかのように。

 狂三と別人だということはわかっている。しかし静かな物言いの中に微かな殺意を感じるのだ。

 緊張感が張り詰める中で士道は生唾を飲み込み、

 「お前の目的は狂三の抹殺……だったよな」

 「そうですよ」

 「なら一つ聞きたい。どうして狂三を殺したいんだ……?」

 「……」

 純粋な興味ではなく本心から士道は問いかけた。

 よほどの理由がなければ狂三を殺すために障害となり得る折紙や夕騎をあれほどまでに徹底的に叩きのめすことはないだろう。

 問われた夜三は少しの間だけ黙っていたが――

 「答える必要はありません。答えたところで私に一つも得がありませんしね」

 「そんなこと聞いてみないと――ぐっ!?」

 食いつこうとする士道に夜三は明らかに不快そうな表情をすれば人差し指を振り下ろすと士道の身体は一瞬にして地面に押さえつけられる。まるで巨大な手に全身を握り締められている感覚を受けている士道は喀血し、苦しげな声を漏らす。

 「私があなたを呼んだのはそんなことをわざわざ問わせるためではありません。まったく不愉快な人間ですね」

 夜三はそう言って地面に伏せている士道に寄ると耳元に着けられているインカムを取り、

 「どうせ盗み聞きしているのでしょう? 鬱陶しいですからカメラ共々破壊させて貰いますね」

 インカムを指で抓んで破壊した夜三は次々に指で弾いてくと周りの何もなかったところから軽く爆煙が上がり、地面にカメラらしきものの破片が落下する。

 「さて五河士道、あなたには今から『選択肢』があります」

 「せ、選択肢……?」

 「精霊を攻略する際によく三つの選択肢がありましたよね? 今回もあなたがどうなるのか処遇をあなた自身が決めるのですよ」

 夜三は指を一本立て、

 ①時崎狂三をおびき出すための『餌』になるか。

 ②単純にこのまま死ぬか。

 ③協力しやすいように五河士道の周りにいる者を全員殺してから再度選択肢。

 「さあ好きなものを選んでください。まあ③を選んだ場合は少し面倒になりますけれど」

 「ふざけんな……ッ!!」

 「ふざけてませんよ、ああそうですね。決めやすいように制限時間は一分にしましょう。もしどれも選ばなかった場合は③①②の順番で行いますから、優柔不断は罪です」

 「く……っ」

 選択肢の中から選べ、と言いながらこれは確実に①を選ばせようとしている。

 おまけにインカムを破壊されたために琴里たちとも連絡が取れない。本当に士道自身が責任を持ってこの選択の中から選ばなければならないのだ。

 「……でもよ、俺に死なれたら困るんだろ?」

 だったら士道は考える。わざわざ呼んだということは夜三は狂三の場所がわからず士道に頼るしかないのだ。

 そう考えた士道は狂三の時と同じようにハッタリをかましてどうにか自分のペースに持ち込もうとするが夜三は目を丸くするも全くといった表情を浮かべ、

 「いえいえ、困りませんよ」

 何を言っているんだと言わんばかりな声音に士道の方が驚かされる。

 「方法はあるんですよ」

 夜三は手を挙げると影から巨大な手が出現し、その手はすぐに近くの建物の影の中に入れば『あるもの』を引っ張り出して来る。

 「く、は……っ!」

 「く、狂三……」

 建物の影から引っ張り出されたのは狂三の分身体。苦しそうに呻き声を上げており、夜三は影の手を近づければ夜三はにこりと笑みを浮かべる。

 「様子を見ていたのは知っていますよ。あなた以外に少なくともこの場の近くに五人はいますね、あなたに理解力があるなら早く世界のどこかにいる本体(オリジナル)を呼んで来てください。時間制限は……今日の午後九時までに。さもなくば五河士道は死ぬことになり、あなたの悲願は達成出来なくなりますよ」

 「どうし、てあなたがわたくしたちの悲願、を……」

 「答えません、特にあなたには」

 影の手から解放された狂三の分身体は何度か咳き込むと夜三を一度憎々しげな眼で睨むが状況を理解しているのかそれだけで手を出すことはせずにどこかへ向かって飛んでいく。

 「物分かりが良いですね、それでは五河士道。午後九時まで共にいて貰いますから、まあ逃げようとは思わないでください。今一般市民はシェルターに避難しているのでしょう、あなたの友人もそこにいるのでしょうねぇ。別にこれは独り言ですから気にしないでください」

 「逃げたら殿町たちを殺すってか……」

 「そう警戒しないでください。私は時崎狂三さえ殺せれば後はどうだっていいんです、それで私の使命は……後悔は終わりを告げるんですから」

 「……?」

 「これも気にしなくていいですよ、独り言ですし」

 夜三は言い終われば午後九時までこの場で時間を潰そうとしているのか本を取り出しては栞を挟んでいる箇所を開いて読み始める。見たこともない表紙に一つでも夜三についての情報が知りたくて士道は問いかける。

 「……その本は?」

 「この本は私のお気に入りの本なんです」

 てっきりまた地面に押し付けられるかと思っていた士道だが予想外にも夜三は答えた。

 「あの人は普段本なんて読まないのに『この本暇すぎて買ったんだけど面白かったぞ』って言って私にくれたんです。面白いって言っておいてくれるなんて読み返す気さらさらない証拠ですよ、本当に」

 さぞ面白いことだったように夜三は口に手を当てて上品に笑う。今の今まで圧倒的な暴力で場を制圧しているというのに彼女は心からおかしそうに笑っている。

 士道はこの時、彼女が現界して初めて夜三自身の『本来の表情』を見た気がする。

 そんな士道の思考に気付いていないのか夜三は素の表情を見せつつ、

 「あのね、私も本はあまり読むタイプじゃなかったんですけどせっかくあの人がくれたからこうして読んでるんです。だからこの本は私にとって宝物なんです」

 「夜三はその『あの人』って人の話をする時は何か楽しそうだな」

 「――っ!?」

 その言葉で自分でも自然に饒舌になっていたことに気付いた夜三は士道の指摘を紛らわせるかのように咳払いし、

 「……べ、別にあなたには関係ない話です。あなたは時崎狂三をおびき出すための餌としておとなしくしていてくれればいいんですよ」

 「そんなわけにいくかよ、俺は夕騎の代わりにお前を止める」

 「止められませんよ、非力なあなたに」

 「やってみないとわからねえだろ」

 余裕がないこの状況下で不敵に笑む士道に夜三はそれ以上何も答えることなく静かに閉じていた本を開いた。


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