デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第四二話『守るべきもの』

 「…………ここは?」

 夕騎たちがいる海岸とはかなり離れた海岸でどうにか意識を取り戻したエレンは砂浜に打ち上げられ天を仰ぐようにして大の字で倒れていた。身体は各部負傷しているのか痛み、身に纏われていたはずの<ペンドラゴン>は周りにガラクタのように散らばっている。

 初めはぼーっとしていたのも束の間徐々に意識を取り戻していけば意識を失う前に自分が何をしていたのか鮮明に思い出す。

 完全敗北。

 人類最強の魔導師(ウィザード)と謳われる自分がまさか精霊に完全敗北するとは思っていなかった分、エレンの心に大きなショックを与えてくる。

 言い訳をしようとすれば出来る。例えば相手の天使がどんな能力か把握しきれていなかったこと、戦闘方法が変わっていたこと。それらに対策出来ていれば結果は変わっていたはずだ。

 だが『最強』とはどれだけ小細工を仕掛けられようとも圧倒的な力で敵を捻じ伏せられること。言い訳など出来るわけがなかった。

 「……<アルバテル>、こちらアデプタス1。応答してください」

 負けたからと落ち込んでばかりではいられない。まずは<アルバテル>の安否から確認しなければ、しかしいくら通信機で呼びかけたところで<アルバテル>からの返答はない。

 九分九厘破壊されてしまったのだろう。それで乗組員が全員死亡しているのならいいが<アルバテル>を<ラタトスク>に渡してしまうことだけはならない。

 もし鹵獲されていた場合、いよいよもって何も言えなくなる。そんなことを思っているエレンに通信機から聞き覚えがある含みのある笑い声が聞こえてきた。

 『その落ち込みよう、ふふ……作戦は失敗してしまったようだねエレン。君にしては珍しいじゃないか』

 声は聞き間違えることはないウェストコットのものだった。

 「<アルバテル>を失い、私自身も<ペンドラゴン>を完全破損させました。申し訳ありません、私の責任以外の何物でもありません」

 口ではそう言いながらエレンは<アルバテル>に関してはそう思っていない。あれは身に余るものを与えられうかれて戦果を求めたあの無能のせいである。

 『さらに珍しいこともあるようだ。君が敗北してしまうなんて、誰にやられたんだい?』

 「……<フォートレス>です」

 『ほう、<フォートレス>はこれで精霊だと証明されたということだ。それで<プリンセス>の方も精霊だったかい?』

 「はい、確認しました」

 『それならいい、今回はその情報さえ得られれば充分さ。君が死ななくて良かったよ、早く帰還しておいで。<ペンドラゴン>もまた作り直しだ』

 「……はい」

 報告を受けたウェストコットは満足そうに声を上げるが、エレンは不服そうにする。通信越しでもそれがわかったのかウェストコットは問う。

 『不服そうだね、そんなにも悔しかったのかい?』

 「それもそうですが、一つ確認しておきたいことが」

 『ほう、言ってごらん』

 「精霊の力を扱うことの出来る人間が――ユウキ以外に存在すると思いますか?」

 

 

 

 「迎撃準備、第一部隊は私に続け!!」

 世界地図には描かれていない人工島で一人の分隊長格の女性魔導師(ウィザード)が警備にあたっていた他の魔導師(ウィザード)たちが十数人ほど集まらせ隊列を組んで侵入してきた二人を迎え撃つ。

 「きひひ、DEM社が管理する人工島とはいえやけに武装しているお方が多いですこと」

 左目が金色のオッドアイで瞳に時計の針のようなものを映し、髪を二つ括りにしてドレスを纏っている少女――時崎狂三は桜色の唇を舌なめずりして品定めをするように向かってくる魔導師(ウィザード)を眺める。

 ここはDEM社が管理する人工島。五年ほど前に設立されてからは表には公表されずに秘匿とされ続けていたが人工島を囲うフェンスにドクロマークが記された警告が張られていれば中で何が行われているのか気になるのも無理はない。

 「ママー、キザシがやろっか?」

 品定めする狂三にその隣に控えている血塗れのセーラー服を身に纏い二メートルを超えたあまりにも高身長な赤い髪を持つ少女が顔を覗き込んで問いかけてくる。名は兆死、精霊の『渇望』する『想い』から生まれた精霊。

 二人共自ら望んで人殺しをすることから全世界から危険視される精霊なのだ。

 「いいえ兆死、お気持ちは嬉しいですけれど時を補充するのにちょうど良いですしわたくしが狩りますわ」

 狂三は自身よりも凶悪な兆死にまるで人形のように抱きかかえられており、ふと降りれば短銃と歩兵銃を構える。それに合わせ拡大された影からは魔導師(ウィザード)の数を上回るほどの分身体を出現させ、

 「それでは分身体(わたくし)たち、どうにか彼女たちを地面に降ろしてきてくださいまし」

 「ええ」

 「わかりましたわ」

 「本体(オリジナル)のわたくし」

 現れた狂三の分身体たちはきひひ、と一度笑みを零せば蜘蛛の子を散らすように空に飛び上がると細かな動きで魔導師(ウィザード)たちを周りを浮遊して錯乱させると一気に飛びかかり、身体に纏わり付き始める。

 そこからがおぞましい光景だった。

 「あぎぃ、ぐっ!」

 「や、やめっ!!」

 魔導師(ウィザード)に纏わりついた狂三の分身体はまるで人形のパーツを外すかの気分で魔導師たちの腕や脚を引き千切り地面に捨てていく。数の暴力とはまさにこういうことだ。一人振り払おうとも別の狂三が現れては押さえ込み、千切る。

 「編隊を崩すな! 撃て撃て!!」

 分隊長から指示も飛ぶが同じ顔の精霊が襲い掛かってくる上に捕まれば腕や脚を引き千切られることに恐怖を覚え、部下たちは恐慌状態に陥ってしまっている。抵抗しようとも分隊長も徐々に狂三に覆われその中から分隊長のものと思われる腕や脚が乱雑に放り投げられ、部隊は早くも壊滅に向かう。

 血が滴り落ちる地獄絵図の光景に兆死は気分を高揚させ、狂三も顔を歪めて笑っている。

 「これで下準備は済みましたわ」

 恍惚とした表情で狂三が眺める先に広がるのは腕や脚をもがれ抵抗する意欲すらなくなった魔導師(ウィザード)が影の上に陳列されている光景。手足がないために逃れようと芋虫のように這い回る姿は滑稽で狂三の嗜虐芯をさらにそそってくる。

 「はい、いただきますわ」

 抵抗することは出来ずに魔導師(ウィザード)たちは<時喰みの城>によって死ぬまで寿命を奪われる。<イフリート>戦から久方振りに思い切り時間を補充することが出来た狂三は時間を補充し終えれば手を合わせ、

 「ご馳走さまでした、本当に久しぶりに思い切り時を補充することが出来ましたわ」

 「よぉーし、ママもお腹いっぱいになれたみたいだしはりきって行ってみよー!!」

 お腹を擦って満足感に浸る狂三に兆死は大きく拳を突き上げて進もうとしたところ、二人の前に一人の男性が現れる。

 「ん待ちなさぁーい、そこのお二人さぁーん」

 「…………何?」

 手を繋いで遠足気分で進もうとしていたのを邪魔されて気分を害したのか不機嫌そうな視線を向けると男性は鼻息をフンッと漏らし、

 「んここはDEM社が管理する人工島で俺――ダバディが任されている場所でもあるの。んあなたたちのような精霊さんたちが来るべき場所なんかじゃない。んおとなしく元いた場所に帰りなさぁい」

 喋り方の割にダバディの肉体は鍛え上げられており、ワイヤリングスーツでさらに際立つほどの筋骨隆々とした屈強な身体を持っている。その身に纏うはまるでラグビー選手が纏うようなCR―ユニット。丸太のように太い腕には巨大な柄だけの武器を携えている。

 「あらあら、ここの責任者さんですか」

 「んそういうことね、今なら見逃してあげるから退きなさぁーい」

 「それはこちらの台詞ですわ。今なら半殺しで許してあげますから早く退いてくださいまし」

 「ん交渉決裂ねぇ」

 「そういうことですわ」

 次の瞬間、狂三と兆死の視界に暴力的な光の本流が広がる。

 あの巨大な柄から放たれたということを理解せずまま狂三たちの身体は光に飲み込まれ、そして過ぎ去ったあとには塵も何も残らずダバディはそれを見届けると息を吐く。

 「んこれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、いくら霊装を纏っていようともこの一撃には逆らえない。ん逃げてれば良かったのにお馬鹿さんたち」

 ウェストコットから精霊と遭遇した場合はなるべく捕獲するように言われている。だが今の精霊たちは捕獲してもこちらに害しか及ぼさないと思ったからこそダバディは処分したのだ。

 

 「そんじゃ殺すね」

 

 ダバディが死体となった部下を埋葬してやろうと動いた途端、背後から軽快な声音での殺害予告が届く。慌てて背後に向き武器を構えるとそこにはつい先ほど消したはずの二人が立っており、

 「意外でしたわね、まさかこの島にわたくしたち以外に精霊がいるなんて」

 「うん! どんなのか早く見てみようよ!」

 「はいはいわかりましたからそんなに焦らないでくださいまし」

 傷一つ負っていない狂三と兆死はすでにダバディなど見てすらもおらず、背を向けて歩き出していた。

 「ん舐めるな!!」

 「……まだ生きてたの? すごいね、気付かないなんて」

 武器を構え再度霊力を放とうとしたダバディだが兆死の言葉で自身の違和感に気付く。

 視界が右目と左目でズレているのだ。それに肩も、身体も、何もかもズレている感覚がする。

 「――あ」

 気付いたときにはすでにダバディの身体は引き裂かれていた。その身体にはまるで獰猛な獣の爪で切り裂いたかのような五本の斬撃の痕が斜めに撫で下ろすかのように刻まれていて、引き裂かれたパーツはゴロゴロと地面に落下する。

 「はい、お『死』まい」

 パンっと手を叩いた兆死は狂三のあとを追っていくのだった。

 

 

 

 狂三と兆死、二人は人工島のちょうど中心に位置する研究所の中を探りある部屋へとたどり着いていた。

 その部屋内は壁や天井一面が白で如何にも病室といった印象を与え、何があるかといえばベッドが一つ、背もたれが付いたパイプ椅子があり、置くには治療に必要な機器が置かれているだけで私物らしいものは何も見受けられない。

 狂三たちから見えるのは二人、二人のうちパイプ椅子に座っている少女は狂三たちを見ることもなく言う。

 「……あなたたちの侵入は島に入った時点でわかってた。ここまで来た理由は何?」

 もう何年も髪を切っていないのか髪は床に広がるように伸びており、ただ一点を見つめる瞳には僅かながらに敵意が見られる。来客としてあまりにも歓迎されていない雰囲気だ。

 狂三は敵意を向けられることに慣れているので構わずに言う。

 「あなたにも興味深いものを感じますけど今のわたくしは『そのお方』に用がありますの」

 指された人物は少女が今も手を握り締めているベッドで眠り続けている者のことだった。

 「……」

 しばしの間少女は黙ったあとようやく狂三たちの方へ向き、

 「この人は私が生まれる前から動けない、だから用があっても会話は出来ない」

 ベッドに眠る者は全身を包帯で巻かれ身体には腕がないなどの欠損も見られる。口元につけられた呼吸器がなければ呼吸することすらままならないのか、それでも浅くしか呼吸出来ていない。

 いつ死んでもおかしくない、狂三から見ればそう思えるが少女はそう思っていないようだ。

 「私が生まれてからずっとこの人は眠っている。私は何があってもこの人を守らなければならないの」

 握っている手がさらに握られれば少女の手が淡く発光し、その光が眠っている者の全身に纏われればまるで治癒しているかの如く苦しげだった呼吸も安定したものとなる。

 「一つ質問なのですが、どうしてそこまでそのお方に執着しているのでしょうか?」

 「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「人間の『想い』から生まれた精霊……? そんなことありえるのでしょうか、いえ現に目の前にいるのだから事実なのでしょうけども俄かに信じられる話ではありませんわ」

 零弥や兆死は精霊の『想い』が本人の意図していないうちに霊力として放出され積もり積もった結果霊結晶(セフィラ)となって肉体を作り出し、生まれたのが番外精霊(エクストラ・スピリット)

 しかし『想い』が霊結晶(セフィラ)になるわけでもない人間の心から生まれたなどありえるのだろうか、狂三の疑念は払拭されない。

 そんな心を読んでのことか、少女は狂三とは反対に興味がないような表情をし、

 「信じたくなかったら信じなくていい。だけどこの島でこれ以上何かしようと言うのなら、私はこの人を守るためにあなたたちを消さないといけない。だから早く消えて」

 「いえいえここまで苦労してやってきたのですからそれ相応のものを得なければなりませんわ。わたくしたちは『そのお方』のお顔を確認しに来ましたの、ですから確認しない限りは帰れませんわよねェ……」

 「…………そう」

 短く言った少女は握っていた手を放し立ち上がると眠っている者の頬に手を当て、

 「絶対に守るから、誰もあなたに触れさせない」

 少女の中で狂三や兆死は完全に『敵』と認識したようで立ち上がると何もない空間から細剣(レイピア)のように刀身が細い天使を顕現し、

 

 「踊れ――<土寵源地(ゾフィエル)>」

 

 まるで指揮棒(タクト)を振るうように優雅に細剣を振るえば床が隆起し形を変えていく。その他にも壁や天井も生き物のように蠢き始め、形を変えていきそのすべての矛先が少女の敵意を明確に示すように狂三たちに向けられる。

 「きひ、ひひひひひ、シンプルな答えでいいですわねェ。地の利は圧倒的に相手にあるということはわたくしたちは圧倒的に不利、こういう刺激も悪くありませんわ」

 「ママ、この人も殺していいの?」

 今まで狂三の後ろに控えていた兆死は前に出ると口元を歪ませ、強敵の出現に心から喜ぶ。

 「殺してはなりません、と言いたいところですが彼女相手にそれほど余裕は抱けませんわね。殺すつもりでも死なないようにしてくださいまし」

 大地を操るというのはまだ狂三の中での仮定であり、本当にそれだけとは限らない。まだ奥がある気がしてならないのだ。

 「了解、じゃあ全力で死なないようにする!!」

 狂三の警戒を他所に笑みを浮かべたままの兆死は一番に飛び出していった。

 

 

 

 「なあ狂三」

 「はい何ですの、夕騎さん」

 修学旅行最終日、帰りの飛行機が飛び立ってからその機内で夕騎は隣に座っている狂三に話しかける。零弥は一睡もせずに夕騎と遊んでいたので今では方に寄りかかって眠っており、その表情はとても安堵しきったものだ。

 それと相変わらず士道の元では何やらハプニングが起きているようだが放置。帰りの飛行機ぐらいゆっくりしたいのだ。

 「一つ聞きたいことがあるんだけど今の狂三って本体(くるみ)の分身体なわけじゃん?」

 「ええ、そうですわ」

 「狂三の分身体ってどれも狂三の人生のどこかの時間を切り取って作ってるじゃん。だからさ、今俺が喋ってる狂三はどの時期の狂三なのかなって純粋な疑問」

 「そのことですか」

 純粋な興味の質問に狂三は顎に人差し指の第二関節を当て、

 「そうですわね、夕騎さんがこのまま眠らずにわたくしとの他愛のない会話をしてくれると言うのでしたら教えて差し上げますわ」

 「うおう、まあいっか。オーケー、その条件飲むでごわす」

 「ふふ、交渉成立ですわね」

 何気に修学旅行の間、夕騎は構ってくれずに最後の夜は零弥に構いまくっていたので少し寂しくなっていた狂三は嬉しそうに微笑むと何の偽りもなく教える。

 「わたくしがいたのはちょうど――年前、ですわ」

 「…………ふぇ? マジで?」

 「嘘はつきませんわ、本当に本当です」

 「マジか、狂三って結構……その、先人のお方だったんだな」

 「それ以上年齢について話そうというのでしたらこの割り箸に入っていた爪楊枝で物凄い拷問をすることになりますがよろしいでしょうか」

 「ごめんなさいごめんなさい」

 昼食用に前もって弁当が配布されており、その割り箸の中にあった爪楊枝を持って何やらあまりにも不穏なことを言う狂三に夕騎は冷や汗が額を伝う。

 爪楊枝を割り箸の中に仕舞った狂三は何か話すわけでもなくまずは夕騎の肩に持たれかかり、

 「ん、どした。狂三も眠いのか?」

 「いいえ、わたくしも夕騎さんに甘えたくなっただけですわ。それよりも何から話しましょうか」

 「んーそうだなぁ……」

 「そういえば夕騎さんはあの八舞さんたちとお知り合いなのですわよね? どういった経緯で知り合ったのでしょうか?」

 「ああ、耶俱矢たちが決闘してるところに俺が一度割り込んだことあってさ。それでその時は二人共『男』っていう性別知らなくてな」

 「それで夕騎さんはどうなさったのですか?」

 「俺の股間に備わった宝刀見せて『これが男の証だ!!』って見せつけたんだよ」

 「夕騎さんはやはり行動力があるお方なのですわね」

 狂三は話を聞いてくすくすと笑い、こうして最後だけはまったりとした雰囲気で夕騎は修学旅行を終えられたのだった―― 


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