デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「か、艦長! これ以上高度を下げれば一般市民に気付かれる可能性があります!」
「黙れ!! そんな悠長なことを言っている暇はない!!」
<アルバテル>の艦橋でクルーの悲鳴じみた声が響くが焦燥感に満ちた表情のパディントンは一喝して黙らせる。この艦は先ほどまで<ラタトスク機関>が保有する空中艦<フラクシナス>と戦果を狙って戦闘したのだが惨敗し、各部破損を抱えながらこうやって逃げるようにして高度を下げているのだ。
一般市民に気付かれる危険性などとうに承知している。だが、パディントンはあえて下げたのだ。
DEM社にしろ<ラタトスク機関>にしろ秘匿性を重視している。そのために今も<フラクシナス>は高度を下げた<アルバテル>を追尾することもなく高度を一定に保って距離を離している。
しかもただ秘匿にするだけではなく島の被害のことも考えているのか手負いの<アルバテル>を追撃しようともしない。精霊を救うなど守るなど酔狂で馬鹿なことを考えているだけはある、要するにツメが甘いのだ。
しかし、パディントンは今窮地に立たされている。
<アルバテル>は今回の命令では<バンダースナッチ>を使って第二執行部長であるエレンの援護をすることを第一に配置されていた。それなのにパディントンが戦果を求めたがために今回の全体的な指揮を取っているエレンに無許可で<フラクシナス>と戦闘したこともそうだが惨敗したというのが問題なのだ。
ろくに仕事もせずに失態だけを増やすパディントン、こんな彼を上層部の連中はどう思うだろうか。決して快く思うはずがない。これで本懐の精霊捕獲の失敗になればウェストコットの情婦であるエレンは何もないだろうが<アルバテル>の指揮官であるパディントンは間違いなく責任を追及される。
「一度の失態を帳消しにするためにはそれに余りあるほどの戦果を得なければならない!!」
パディントンはモニターに映し出された二人の精霊を血走った眼で睨みつける。あれは今回の捕獲目標とされている<プリンセス><フォートレス>ではないが<ベルセルク>と称される精霊。他の
「残っている<バンダースナッチ>をすべて起動させろ!! 何としてでも精霊を捕獲するのだ!!」
「しかし……」
「何だ貴様、上官の命令が聞けないのか!?」
己の失態を補うために撤退する場面でも撤退せずに尚も戦果を求めるパディントンにクルーたちは奥歯を噛みしめる。もしここで反抗し、コントロールから逃げ出すことがあれば必ずパディントンは後日責任を擦り付けてくる。
失敗したのは部下が責任を放棄したから、だと。
クルーはあまりの無力さにコンソールに八つ当たりするように拳を叩きつけようとするが――
『あー、あー、<アルバテル>の艦内聞こえてる? 俺だよ俺俺、第二執行部長補佐の月明夕騎。聞こえてたら返事してくれ』
「何だこんな忙しい時に!!」
自分の上司だろうがもはや関係なく苛立ちをぶつけるように怒号を飛ばすパディントンの声を聞いた夕騎は艦内にも聞こえるほどの音量でため息を吐いたかと思えば言葉を紡ぐ。
『その様子だと惨敗したくせにまだどうにかなると思ってるパターンだな』
「何を言うか! <バンダースナッチ>や<アルバテル>が動けるうちはまだ負けていない!!」
『そうかい、ならこうしようか。――<アルバテル>乗組員に告ぐ、命が惜しければ今すぐに退艦せよ。繰り返す、命が惜しければ今すぐに退艦せよ』
「貴様、何を勝手に指示を出している!! <アルバテル>の指揮官は私だ!! 私が精霊を捕獲しろと命令したんだ、何をしてる貴様ら!! 早く<バンダースナッチ>を起動しろ!!」
パディントンよりもさらに地位が上の夕騎の撤退命令にクルーたちはパディントンには一瞥もせずに艦橋から出て艦の後方に積まれている脱出よ用の中型艦に向かって走り出していた。ここでパディントンと心中するような真似は誰もしたくないと思っていたのだ。それを夕騎は救ってくれた、クルーたちは夕騎に感謝の念を抱かずにはいられなかった。
部下に見限られた、ただ一人艦橋に残ったパディントンは自分以外に誰もいなくなったことにさらに憤りを強くし、
「貴様、自分が何をしたのかわかっているのか!? 精霊を捕らえる機会を捨てたのだぞ!!」
『自暴自棄に近い一パーセント未満の成功率の作戦についてくるヤツは誰もいねえよ無能が。お前も逃げていいんだぞ』
「誰が逃げるか! こんな好機を貴様のように捨てるわけにはいかん!!」
誰も味方がいない状況でパディントンは自ら<アルバテル>のコンソールで手動操作をしようとするが今まで何十人もの人数で動かしていたのだ。そんな代物を一人で操りきれるわけがない。
憤怒と焦燥感、思考が詰まるように頭をめちゃくちゃに掻き毟るパディントン。彼の自尊心がこの場に思い留まらせているのか、何にせよちょうどクルーたちが退艦した瞬間に終わりは訪れた。
耶俱矢と夕弦が互いに手を合わせ放った<
「ほら、言っただろう? 汚い花火だと」
「ああ、ホントきったねえな。パットンもおとなしく逃げれば良かったのによ」
少しだけ哀れむように言う夕騎に砂浜で横たわる夕騎の頭を膝枕をして支えていた女性は自身の口元に指を当てて言う。
「仕方ない、その人間は傲慢だったんだ。艦体の性能と欲に負けて成果を求めなければこんなことにはならなかった。選択を誤ったとしか言いようがない」
爆炎が空に描かれ花火のように夜空に溶け込み消える中、夕騎は一度だけ息を吐く。
「さて、私はそろそろ行こうかな。早く戻らなければ目覚める可能性もあるしね」
「ん、もう行くのか?」
夕騎の頭を持ち上げてゆっくりと砂浜に置いた女性は立ち上がると身体を伸ばすような仕草をすると背を向ける。夕騎が寂しそうな声音で話しかけると女性はふふと笑みを漏らし、
「きっとまた会えるさ。私たちは繋がっている、再び会うのはそう遠くないよ」
そう言って女性は海と反対方向に進んでいく。夕騎は引き止めるような真似はせずに見守るが結局女性のことを思い出せなかったのと顔が見れなかったと残念に思い、最後までその背中を見送った。
完全に一人になれば女性はさらに笑みを浮かべ、
「ああ、やはり初めて出会ったときと変わらないね。純粋で、真っ直ぐで、優しくて、むしろ今は多くの精霊と出会って過ごすうちにもっと幸せになったのかな」
くすくすと笑いながら軽い足取りで歩みを進める女性は我が子の成長を見守るように優しい雰囲気で包まれているが一方で底が知れない捉えようのない雰囲気も醸し出している。
「でも残念だね、
夕騎本人すら知らない夕騎の秘密を知っている女性は最後に誰に言うわけでもなく言葉を残し、夜の闇に消えていった。
エレン・メイザースを難なく撃破した零弥はようやく海上から元いた海岸に戻ってくると霊装を解除して
「…………?」
いつもなら簡単に戻せていたはずなのにいくら戻そうとも戻る方法がわからない。
まさか全ての霊力を自分の元に戻してしまえばもう一度霊力を封印されない限りどうしようも出来ないのではないのだろうか。
つまり夕騎ともう一度キスしろ、ということだ。
「……どう言えばいいのよ」
零弥は夕騎に酷いことを言ってしまい、喧嘩をしてしまっているのだ。今さらどんな顔をして会いに行けばいいのか、もういっそのことこのまま島を出て霊力を取り戻したのだからまた世界を巡るのも悪くないかもしれない。
ただまた前のように独りに戻るだけなのだ。
「……夕騎」
自分のわがままのせいだとわかっていながら涙が出そうになってくる。
すると――
「はーいお嬢さん、呼んだかな?」
「!?」
また俯きそうな零弥の肩を叩いたのは他の誰でもなく夕騎だった。ところどころに火傷のような痕が見られ、衣服も煤けて崩れている部分が多く見られる。間違いなく夕騎も誰かと戦っていたのだ。
「夕騎……」
思わず零弥はあれだけのことを言ってしまったのと今泣きそうなのを見られたくなくて夕騎から顔を逸らしまう。ぷいっと顔を逸らした零弥に夕騎は気にした様子もなく隣に座ると勝手に話し始める。
「この際だから言うけどさ、俺DEM社に所属してんの。今回十香や零弥を攫おうとした連中の一員なワケ、どうだ悪いだろ? 本当はずっと零弥や士道たちのことを騙してたんだぞ、この修学旅行の行く先が或美島になったのもDEMの謀略。ココに来た時点で貴様らはすでに罠にかかっていたのだフハハ!!」
一度聞いたことがある気がするが改めて聞かされた事実に零弥も驚く。その反応を見てなるべく悪そうに夕騎は口元を歪ませ笑みを作り、高笑いしながら饒舌に言った。一通り高笑いすれば途端に虚しくなったのかため息を吐き、
「だからよ、零弥が関わるなって言ったのは正解。何も間違えてない。DEMバレした俺は高校もやめるしラタトスクも辞める。姿を消して二度と関わることはないから安心してくれ、まあ会うとしても敵同士って感じになるな」
零弥の望みを考慮し夕騎なりに思い浮かんだ最善の方法が『絶縁』だった。
夕騎もこの方法だけはしたくなかったが零弥が関わらないでと言ったのだ。精霊の望みを叶えてあげたい立場として、もう嘘を吐かないと約束したため、私情を捨てて自らDEM社に在籍していることを告白した。
つまりこれで自分は零弥の『敵』になったということだ。
心が痛むがそれで零弥が満足するなら夕騎もそれで良かったのだと思う。
「あとババアから士道たちを守ってくれてありがとう、どうしても去る前に言っておきたかったから。じゃあな、今までありがとう」
最後にそう言えば夕騎は立ち上がると身体の痛みに苛まれながら旅館の方へと歩き出す。最後ぐらい部屋で殿町たちクラスメートと他愛のない会話でもして少しでもましな修学旅行最後にして高校生活を終えようと思ったのだ。
――これで、終わりか。
ふとそんなことが頭を過ぎる。
零弥との出会いから短くも濃密な毎日を送ってこれただけで充分な幸せ者だった。これ以上は求めては強欲というものだ。精霊と生活を共にした、それだけで満足なはずなのに――
「は、はは……ひっでえなこりゃ」
目からは大粒の涙が零れていた。寂しさなのか、はたまた何かに安堵したのか、よくわからない感情がごちゃ混ぜになって涙が止まらない。
あれだけ戦闘時は頼もしかった夕騎の背中は孤独に塗れていた。そんな背中を振り向いて見た零弥はつまらないことで意地を張っていたことが馬鹿らしくなり、後ろから思い切り夕騎に抱き着いて砂浜に押し倒す。
反動で砂浜に顔面を強かに打ち付けた夕騎は「ふごぉ!?」と奇妙な声を上げれば零弥の方を向き、
「な、れ、零弥……!?」
「……泣いてるじゃない、本当は高校も<ラタトスク>も辞めたくないくせに
「だって関わるなって言われたし……」
「だったら言うわ、ごめんなさい。構ってもらえないからって言い過ぎたわ、あなたはあなたなりにずっと努力をしてくれていたのにわがままを言ってごめんなさい。何も間違えてないなんてない、もっと言い方があったのにあなたの優しさを知ってたのに激情に任せて責め立ててしまってごめんなさい」
夕騎の胸元に顔を埋め、心の底から謝罪する零弥。その目からは夕騎と同じように涙を流しており、夕騎もつられて涙を押し殺すことが出来なくなり、さらに涙を流す。
「俺こそごめんなさい、色々と一人で抱え込んで。精霊に傷ついて欲しくないって思ってのことだったけど零弥も俺に傷ついて欲しくないって思ってることを考慮してなかった、ごめんなさい。寂しい思いをさせて、ごめんなさい」
「……謝ったのなら次は互いに罰を与えましょ、そうしないと互いにどこかで不満を抱くかもしれないわ。現に私は謝罪だけでは満足出来ないから夕騎からお願い。私はあなたが思ってる以上に罰を与えるつもりだから容赦なく言っていいわよ」
零弥の発言に夕騎は目を丸くするが零弥の双眸から冗談ではないと思い、うーんとしばし考えれば言う。
「罰、というより約束事になるけどさ。俺が本当に追い詰められてたときさ、俺を助けてくれないか?」
「わかった、約束するわ。私はどんな立場にあってもあなたの窮地を救ってみせる」
「ん、ありがと」
「それだけ、なの? もっと言っていいのよ?」
「いざ言われるとなかなか浮かばないモンなんだって」
「もっと、こう、肉体的なことでも、いいのよ……?」
「んー、あ、霊装全部解除してるってことは士道から全部霊力取ったのか。ならもう一度封印しないと、ちょいと甘噛みするから首筋あたりを――どはぁ!?」
肉体的と言われて夕騎は零弥の身体を上から下まで眺めると相変わらず霊装と合わさればさらに綺麗だなと思いつつ、霊装を限定的ではなくすべて解除していることに気付く。零弥が未だに霊力を士道に返していないということはもしかすると霊力をすべて取り戻せば再封印しない限り霊力を持ち続けると思った夕騎はサクッと零弥の首筋に甘噛みしようとするが寸前に殴り飛ばされ吹き飛ばされれば抗議する。
「え、ちょ、おま! 容赦なく言っていいって言ったのに殴り飛ばすっとどういうことですか!?」
「……ダ」
「……はい?」
「……甘噛みなんてヤダ。キスがいい」
「おいおい零弥たん、上目遣いは卑怯だぞ」
容赦なく殴り飛ばされた夕騎は上目遣いでこちらを見たあと目を閉じキスを待つ零弥の表情に心臓の鼓動が早くなる感覚を覚えつつ、零弥の両肩に手を置く。
一度目の封印時は零弥が自らキスしてきたので今回は初めて夕騎の方からキスすることになる。妙に緊張して肩に置いた手が震えそうになってしまっているが何とか堪え、
それでも零弥は今か今かと待っており、
「……いくぞ」
「……うん」
そこにいつもの大人びた零弥の姿はなく、年相応に頬を赤く染め、二人の唇は触れ合った。
しっとりと濡れていて触れた唇から温かいものが夕騎の身体に流れ込んでくる。流れ込んだ傍から夕騎が霊力を士道の元へ送っていると数秒して零弥から霊装が光の粒子となって消えていく。
「きゃっ、み、見ないで……」
一糸纏わぬ姿となった零弥は胸元と腕で、股は太ももを寄せて隠す。一瞬だったので夕騎は見ようにも見れずに少しだけ残念に思うが、いつの間にか近くに置かれていたコンテナに行くと中からスクール水着を取り出し、
「ほら替えの水着、何かおまけでついてきてたからよ」
「あ、ありがと」
「んじゃ、着替え終わったら言ってくれ」
なるべく零弥の身体を見ないように渡すと零弥は顔を赤くしながら少し胸元がキツめのスクール水着を着ると夕騎の方に向き直り、
「着替えたわ」
「おっ着替えたな。胸がいい感じに際立っていてえろい、うん。これだけで俺満足」
「私からの罰を忘れてないかしら?」
「……うん、ちょいと忘れてた」
学校ですら男女別なので見られない零弥のスクール水着姿に感嘆の拍手をしていると零弥がジト目で睨むと夕騎はわざとらしい口笛で顔を逸らす。
「まあいいわ、私があなたに与える罰は今夜は寝ずに私に構い続けることよ」
「え、それだけでいいの? 罰というかむしろご褒美?」
「いいのよ、私がそれを望んでいるのだから罰よ罰」
夕騎の反応に不服そうに口を尖らせた零弥は早速罰として夕騎に近付くと腕を回して抱きつき、
「早速罰を開始するわ、早く私を抱きしめて」
「へーい、ぎゅー」
「頭撫でて」
「へーい、なでなで」
「愛してるって言って」
「愛してる零弥、ホントに」
こんな調子で抱きついたままの体勢で零弥が満足するまで構い続けているとあっという間に朝を知らせる陽が昇り始めていたのだった。