デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

41 / 110
第三九話『天地鳴動』

 「次で決めるやて……?」

 「そうだ、お前らは次で終わる。遺言でも考えとけ」

 不敵の夕騎の物言いに身体に衝撃こそ残るがヨマリは立ち上がると夕騎から五○メートルほど離れればCR―ユニット<ヴァルバンテ>が外れていき、同様にワンナのCR―ユニット<ファルバンテ>も装備がパージされていく。

 「それはこっちの台詞や、昔なじみやから言うてもウチらの命狙うっちゅうたらこっちも黙ってられへん。ワンナ、最高火力いくで!!」

 「りょぉかい、ヨマリったらもう<ベルセルク>戦のことを視野に入れてないけど死ぬよりかマシだしねぇ」

 パージされた装備はそれぞれ決まった場所に連結していき、ヨマリとワンナもそれぞれの位置に配置されCR―ユニットはその姿を徐々に変えていく。

 「それが、お前らの本気か」

 「ああそうや、これが速力重視の<ヴァルバンテ>と火力重視の<ファルバンテ>が一つになった姿や」

 あれだけ偏った性能を持つ二つの機体が合わさったその姿は現実世界にいるどの動物にも似通っていなかった。

 全長は二メートルほどで蠢動するレイザーブレイドの牙を持ち、ヨマリは背中に上半身を外に突き出す形で腕を組んでおり、ワンナはまるで神話で知られている蛇の身体を持つラミアのように機械の尻尾を下半身として銃器を構えていた。

 何物をも引き裂く爪、爬虫類のようでありながら翼を持っている、そのおぞましき姿は異次元に住まうとされているドラゴンそのものだった。

 「<ヴァンフェイルバンテ>、前に作られた最悪の失敗作<ホワイト・リコリス>の後継機。一人で使うと廃人になる点は何も変わらんけど二人で使うことで負担を軽減することで持続時間が延びて火力や速度は前作のよりも上らしいで」

 「使ったあとは頭痛酷いのよねぇ」

 「んなこと言ってられんやろ!!」

 機械の竜は大きく口を開ければその中から今までのどの砲身よりも巨大なものが駆動音を響かせながら魔力を充填し始める。狙いはその場から扇状にいるすべて、例え飛ぼうが何をしようが躱しきれるものではない。

 「逃げ場はないで!!」

 砲口から垣間見える魔力の塊を見れば防ぎきれるかどうか微妙なもので逃げ場はないときた。それに装甲の胸部や全身からは弾幕を張るためのミサイルポッドまで用意されている。

 一見すれば絶望的だ。

 しかし、夕騎が絶望するはずもなくその場で身を屈めればクラウチングスタートのような姿勢を取れば靴裏から霊力を爆発させ<ヴァンフェイルバンテ>に向かって駆け出す。

 「自ら向かってくるなんて血迷ったか!! 死にさらせ!!」

 直撃すれば人間の命なんてあっという間に狩るであろう必殺の一弾が放たれる。直線上に過ぎ去る寸前に砂浜には一直線なクレーターを作りこんでいき、このまま進めば夕騎に直撃するコースだ。

 夕騎は低く跳んだ。まるで新体操選手のように軽やかな前転と共に脚を突き出し、

 「【氷精獣の牙】ッ!!」

 脚にいくつもの氷の輪が並んで出現したかと思えばそのリングにはコンテナに仕舞われていたレイザーブレイド数本の柄が突き刺さってリングの高速回転と共に刃を振るい、夕騎の蹴りは一直線に魔力砲とぶつかり合う。

 速度をさらに上げるために掲げた掌では連続的に霊力を爆破させ加速し、力は拮抗する。

 「チッ!! ワンナ撃てぇ!!」

 「りょぉかい!!」

 こうなれば少しでも気を抜いた方が押し負ける。それを知っているヨマリの号令でワンナはミサイルポッドから次々にミサイルを山なりに解き放ち、魔力砲で手一杯になっている夕騎を頭上から狙う。

 夕騎はミサイルの雨に対し、何も迎撃はしなかった。むしろミサイル自体を狙っていたかのように。

 刹那、地を揺るがす爆音が響き渡る。巻き上がる黒煙にヨマリは思わず安堵しそうになったが黒煙を引き裂き、夕騎は縦回転しながら急上昇していたのだ。拮抗状態になれば必ず相手は続く攻撃をしてくる、その攻撃を利用して浮き上がるつもりだったのだ。

 狙われた、ヨマリがそう気付いたときにはもう遅い。空中ですでに夕騎は構えているのだから。

 「もう一発!!」

 【氷精獣の牙】が立て続けに放たれる。蹴りは勢いよく急降下し、まるで流星のようになって<ヴァンフェイルバンテ>に襲い掛かる。魔力砲の充填には数秒掛かってしまう、それはこの場合において致命的な弱点となった。

 「ワンナ逃げっ!!」

 随意結界(テリトリー)を展開したところでこの攻撃を防ぐことが出来ない。ヨマリは避けられないことを知って機体の爆発に巻き込まれないように尻尾をパージするが自身は高速回転した蹴りに機械の装甲が貫かれ、中から魔力が電気のように奔流し逃げ場である外へ逃げ出し、爆発に巻き込まれ宙に浮く。

 夕騎に容赦はなかった。

 着地と同時に氷のリングに付いていたレイザーブレイドを二本抜き取り、ワンナに向かって投擲する。投げ方はめちゃくちゃだったが狙いは良く、ワンナの胸元と横腹に刺さりそのまま倒れては起き上がらなくなる。

 「夕騎ぃぃいいいいいいいいいいッ!!」

 ワンナが殺られたことに激昂したヨマリはもはやCR―ユニットは崩れワイヤリングスーツ姿だというのにレイザーブレイドで夕騎に斬りかかる。

 「……」

 何も答えなかった、いや夕騎は何も答えられなかった。

 ただ黙ってヨマリの手から武器を弾き拳を弓のように引いて構え、

 

 「【天地鳴動】」

 

 【一天墜撃】。

 【二地発剄】。

 【三鳴衝撃】。

 【四動瞬閃轟爆破】。

 四つの技を間髪入れずにすべて相手に叩き込む。

 「か……はっ……!?」

 必殺の一撃をすべてその身に受けたヨマリは喀血しながら倒れこみ、動かなくなる。

 倒れたヨマリとワンナを静かに見下げた夕騎は一度だけ目元に手を当て、

 「……早く士道たちのところに行かねえと」

 一瞥し、涙を流すわけでもなく端的にそう言えば士道たちがいるであろう場所に向かって走り出した。

 

 

 

 「興醒めですね<プリンセス>」

 うつ伏せて倒れている十香の先に立つ人間、エレンはさぞかしつまらなさそうに声を漏らす。

 エレンが纏っているワイヤリングスーツやCR―ユニットはASTのものとはまるで違った。機械の甲冑とも思える白を基調としたパーツに背に装備された巨大な剣が騎士の印象を与えてくる。

 CR―ユニットの名は<ペンドラゴン>。DEM社の特注品だ。

 人類最強の魔導師(ウィザード)の名は伊達ではなく限定的だったとはいえ霊装や〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を携えた十香と天と地ほどの実力差を見せ圧倒。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の刀身をも容易く砕き、今では十香にすら興味が失せたようにしている。

 「もっと骨があると思っていましたがとてもAAAクラスの精霊とは思えませんでしたね、まあいいでしょう。早く気絶させて<アルバテル>に運んでください」

 腕を組み顔を逸らしたエレンの代わりに彼女の後ろに控えていた機械の人形<バンダースナッチ>二体が動かない十香の両腕を左右から挟むようにして持ち上げ、もう一体の<バンダースナッチ>が一歩踏み出したかと思えばその手を十香の顔へ近づける。

 「ぐ、あ…………」

 十香の苦痛に塗れた声に士道は身を捻りどうにか士道を拘束している<バンダースナッチ>を退けようとしているが動くわけもなく、

 「十香に何しやがる!! くそ、放せッ!!」

 「いくら喚こうが無駄です。ただの人間が<バンダースナッチ>の力に抗うことなんて不可能ですから」

 「くそ、くそ……っ!」

 途方もない無力感が士道の頭の中で乱れ狂う。

 結局士道は何も出来なかった。

 耶俱矢や夕弦を止めることも、今も目の前で苦痛に顔を歪める十香を救うことさえも。

 エレンが言うことは少しだけ間違っている。士道はただの人間ではない。

 キスすることで精霊の霊力をその身に封印出来る能力、ただ今の状況で何も出来ない。

 琴里から借り受けた治癒の力も、十香たちの精霊の加護も、使えなければただの宝の持ち腐れ。

 <精霊喰い>の牙を持つ夕騎は得た精霊の力を限度はあるが自由に操れることが出来る。もし、彼がここにいればこんな機械の人形なんて取り払って十香を救ってくれただろう。

 エレンは言っていた、夕騎は十香を攫おうとする組織の一員なんだと。だがあれから士道は考えたがどう考えても夕騎は敵とは絶対に思えない。夕騎は心から精霊を愛している、自分の身が滅びようともきっと最期まで守り続ける。そのことを『嘘』だと思ったことはない。

 「――っ!」

 夕騎のことを思い浮かべていれば思い出した。

 一度士道は夕騎に聞いたことがあったのだ。どうやって精霊の力を扱っているのかと。

 初めは言うのを渋ってはいたが答えてくれた。

 (霊力を使うにはとにかく思い浮かべること、自分がその力を使って何をしたいのか目的を明確なイメージとして頭に思い浮かべる)

 「……何をしたいのか、思い浮かべる……」

 夕騎の言葉を反芻するように口にする。

 十香を助けたい、そのためにはどうすればいいのか。

 力が、必要だ。士道を拘束している<バンダーズナッチ>を、十香を襲う<バンダースナッチ>を切り裂く力が。

 (次にどんな形で使うか、だ。抽象的じゃなくて具体的に思い浮かべるんだ)

 「……具体、的に…………」

 まるで柄を握り締めるかのように士道の拳が握り締められる。

 (一番重要なのは『想い』だ。そんでもって叫べ。思いっきり叫べ!! そうすれば力は答えてくれる!!)

 一度きりでいい。救うことが出来れば人生終わるまで使えなくてもいい。

 だから――

 「十香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」

 士道は喉が張り裂けんばかりの声を上げて右手を振り上げた。そして勢いよく振り下げる。

 「……や、やった…………」

 奇跡は信じる者にこそ訪れる。

 目の前に塞がっていた人形、奥で十香を拘束し連れ去ろうとしていた人形の身体が見事に切断され崩れ落ちる。

 士道の手に握られていたのは持ち主の『想い』によって光輝く剣。

 十香が持つ天使と同じ〈鏖殺公(サンダルフォン)〉だった――

 「シ、シドー……? 何故シドーが〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を……?」

 エレンが目を見開いて驚く中、同時に十香も怪訝そうな表情で士道を見つめる。

 まさか本当に具現化出来るとは、夕騎の言っていたことは正しかったようだ。

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を具現化したことによって士道の中に眠る他の精霊の力――天使が使える可能性が出てくる。エレンは今まで興味がなさそうにしていたが天使を見ればすぐに好奇の眼で士道を見て言う。

 「天使……? それも<プリンセス>のものと同じ……? そんな馬鹿な、夕騎ですら天使は未だに扱えていないというのに……いいえ彼は霊力を丸ごと有したことはないのでわかりませんが。とにかく、五河士道といいましたね。あなたは一体何者ですか?」

 「……一応人間だよ」

 「そうですか、ならあなたにもご同行願いましょう。抵抗はお勧め出来ません」

 好奇の眼をしたのも束の間、エレンは再び手を掲げると<バンダースナッチ>たちに指示を出す。残っていた<バンダースナッチ>たちに恐れなどあるわけがなく〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を持った異常な存在にさえ躊躇いなく接近していく。

 一度振るうだけで激痛が走る〈鏖殺公(サンダルフォン)〉に士道は奥歯を噛みしめながら耐えもう一度振るおうとするがその寸前に戦場に変化が起きる。

 夜空に輝く光、星かと思った瞬間に光は軌跡を描きながら地上にいる<バンダースナッチ>たちに突き刺さる。一撃で葬られた<バンダースナッチ>にエレンは再び驚かされ、

 「何者ですか!?」

 「…………」

 その少女は上空から物言わず静かに士道たちの前に降り立った。

 現れた風に黒の髪を靡かせた長身の少女。背中はどことなく寂しさを醸し出し、その容貌の美しさは相対するエレンでさえ一瞬見蕩れてしまった。

 「士道、十香、逃げなさい。ここは私が引き受けるわ」

 「れ、零弥……でも」

 「いいから行きなさい」

 「待てって!」

 士道が何か疑問を抱く前に零弥は自分と士道たちを隔てるように白盾を壁のように配置し、士道たちの逃げ道を作り出す。強制的に零弥と遮られた士道は何か言いたいように白盾を拳で叩くが零弥はまるで取り合わずにエレンから視線を放さない。

 「<フォートレス>……まさかあなたの方から来てくれるとは」

 「ええ、十香の『想い』を受け取ったから」

 倒れた<バンダースナッチ>には豪華絢爛な装飾がなされた聖剣が突き刺さっており、あまりの速さにエレンは少しばかり高揚する。まさか<プリンセス>だけではなく<フォートレス>まで単独行動をしているとはさらに功績を得ることになる。

 「空には空中艦、地上には十香を狙うあなたや妙な人形……そう」

 エレンにはわからないことだが零弥は独りでに納得していた。

 夕騎はこんな暴挙に近い方法で精霊を捕獲しようとしている連中がいたのを知っていたからこの修学旅行の期間中カメラマン――エレンの邪魔をするために動き回っていたのか。また裏で色々と動いていたのか。零弥が視認した空中艦は今<フラクシナス>と戦闘を開始している。間違いなく戦闘を想定とされた艦だった。

 すべては自分たちのため、夕騎の言葉は嘘ではなかったのだ。

 零弥は寂しさで夕騎に八つ当たりし、もう関わるななどととんでもない発言をしてまったことを悔いる。だが、正直に言えば零弥は夕騎に頼って欲しかったのだ。

 夕騎は何でも自分一人で背負おうとする節がある。自分は力を封印されるまでは精霊を守りながら戦ってきたのに、その気になれば士道の身体から自身の霊力を取り戻せる。夕騎の隣で戦うことが出来るのに夕騎は零弥を頼らない。

 もう戦わなくていいと夕騎は言うだろうが零弥は何も出来ずにただ見ている方が辛かった。

 狂三が襲来した時もそう。オーシャンプールの時もそう。そして修学旅行に来てからも。

 知らぬ間に危険に飛び込もうとする夕騎を見ること以外何も出来ない無力な自分にこの上なく腹が立つ。

 「<プリンセス>には正直がっかりでしたが、あなたはどうでしょうね<フォートレス>」

 人類最強の魔導師(ウィザード)の血が滾ったのかエレンは再び<ペンドラゴン>を身に纏う。剣を構え、不敵に笑うエレンに零弥は首を横に振り、

 「あまり余裕を抱かない方がいいわ」

 零弥はそう言って士道から自身の霊力をすべて取り戻した。

 着ていた衣服は全体的に光の粒子と共に変貌する。ボンテージのようなドレスに片袖しかないもの身につけ、手や脚には橙色を基調とした籠手、具足を装備しており、具足には推進機(ブースター)を思わせる円筒状のものが取り付けられている。

 懐かしい感覚ね、霊装に包まれながら零弥は少しばかり口元を緩めるがすぐに冷静な表情に戻り、感覚を確かめるように手を握ったり開いたりとすればエレンに向き直る。

 「準備はいいかしら?」

 「はい、いつでも構いませ――」

 言い切る寸前に零弥の姿が消える。

 一瞬で視界から消えた零弥に思わずエレンは目で追おうとするが軌道を示す霊力の粒子しか残っておらず、完全に見失う。

 「どこに――」

 「ここよ」

 次に零弥が現れたのはエレンの側頭部付近。

 エレンの随意結界(テリトリー)が零弥を捕らえる前に霊力を爆発させさらに加速。

 気付けばエレンの側頭部に普通の人間なら頭が吹き飛ぶほどの威力のドロップキックが真っ向から衝突する。

 元々抉られていた木々はエレンの身体と共に吹き飛ばされ、何バウンドしたところで地面に擦れた身体を起こすとペッと血反吐を地面に吐く。

 「当たる寸前に小さな随意結界(テリトリー)で防御しましたがそれの上からここまでの威力とは、少々侮っていましたよ<フォートレス>」

 「私は今最高に不機嫌なの、だから手加減なんてしてあげられないわ。死にたくなければ撤退しなさい」

 「これでも人類最強ですからね、任務を達成せずに退くわけにはいきません」

 「そう、それなら私は本気であなたを倒すわ。精霊を守る精霊として十香を傷つけたあなたを許さない、夕騎の代わりに完膚なきまで叩き潰す」

 『想い』を繋ぎ精霊を守る精霊――零弥はそう言って地を蹴り、エレンに向かっていった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。