デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第三七話『あっちいけ』

 「あーなっかなか難しいなコレ」

 エレンを埋めてから少し経った後、夕騎は武器を詰め込んであるコンテナを置いた場所に来ていた。赤流海岸から少し遠い場所にあったので移動にも時間がかかったが大きく置かれたコンテナは顕現装置(リアライザ)によって透明化されていたおかげで誰にも触れられていない。コンテナはアクセス権限がある夕騎にしか見ることが出来ないようになっているのだ。

 その中で何をしているのかというと武器の調整。昨日は自分用に調整せず適当に使ったためにミサイルランチャーに至っては暴発しかけた。その反省を活かしてのことだ。

 ヨマリとワンナは多分今夜あたり再び戻ってくる。エレンもこのままおとなしくしていてくれるような女でもない。

 例の注射器――強制魔力生成剤も使うのは本当に危ないときに限る。細胞を削って無理矢理魔力を作っているのだ。取扱説明書にも一度に八分の一程度しか服用して徐々に慣らさなければならないと書いてはいたもののまあいけるだろうと軽い気持ちで踏んで結果無茶をしたと自分でさえ感じた。あれは本当に死にかねない。

 一方、士道から霊力を借りることも出来るが多すぎては暴走する。前はオーシャンプールだったから良かったもののもう一度暴走してしまえば今度こそ島一つを消し飛ばしかねない。

 暴走しないギリギリを、かといって借りる霊力が少なすぎても歯が立たない。

 持ち前の<精霊喰い>の牙は人間相手にはただの牙。

 どこを取っても決定打にならないのでそのために武器を用意してもらったのだ。

 「と言ってもなぁ……なーんかしっくりこねえな」

 コンテナの中で少し休憩するために横たわった夕騎は数多い武器の中でこれじゃない感を心に抱いていた。

 「マジ随意結界(テリトリー)さえなければなぁ……せめて知覚を遅らせれば――ああ!? あるじゃねえか知覚を遅らせるの!!」

 横たわった体勢でブツブツを独り言を言っていると不意に思い出す。

 確か天宮駐屯地で真那と模擬戦を行った際夕騎は随意結界(テリトリー)に対抗して作り上げた狂三の霊力を利用した狂三領域(クルミリー)がある。あれは随意結界(テリトリー)において一番重要な知覚を遅らせることが可能で夕騎もそれがあって真那に勝利した。

 これならイケるか、と思ったが問題があった。

 「結局寿命使うじゃねえか!!」

 狂三領域(クルミリー)を使うということは霊力の持ち主である狂三の寿命を減らすことになる。何故かは知らないが狂三の能力を使用した際には使った夕騎ではなく狂三の寿命が減ることになる。夕騎自身のであれば全然構わなかったのだが狂三のが減るのは申し訳がない。

 「つうか俺どの戦いでも完勝したことねえしなぁ……ことりんのときは一応完勝か」

 未だに無敗の強さを見せているものの大抵はボロボロになっている夕騎は自分の戦闘を省みれば自ずと戦い方の欠点が見えてくる。

 どれだけ負傷しようにも勝てればいい、これが夕騎の主な戦い方なのだ。

 強制魔力生成剤や精霊化を迷いなく使えるのは勝った後のことをまるで考えていないから。

 戦う前はこうして冷静に考えているもののいざ必要になれば躊躇いなく使う、良く言えば豪快なのだが悪く言えば雑なのだ。

 心配する方はどれだけ心配しても足りないほどに夕騎の戦い方は刺し違えても構わないという危うさを持っている。

 「本職は精霊と戦うことだったモンなぁ、まあそこは工夫して乗り越えますか」

 休憩を終わらせどれだけあるかわからない武器の調整を再びし始める。元から電池のように仕込まれた魔力を持ち手に備えられたボタンを押して使えるレイザーブレイドを発見して調整すれば夕騎はコンテナの中をさらに漁っていく。

 『ねえ夕騎、聞こえてるかしら?』

 しばらく調整しながら進めていくと不意に通信機から声が聞こえてくる。DEM社の方ではなく<ラタトスク機関>から支給された方だ。声の主は零弥で、零弥の声だとわかれば夕騎は返事をする。

 「どうした零弥、また何かあったのか?」

 『何かってほどじゃないけど、今から十香や耶俱矢たちとバレーをしようとしてるの。良かったら夕騎も参加しないかしら、楽しいわよきっと』

 「んー……嬉しい申し出だけどちょっと今手を放せなくて無理だな」

 『………………そう。それじゃあ切るわ』

 「ああ、楽しめよー」

 『………………』

 零弥にしては珍しく最後の「楽しめよ」という夕騎の言葉を無視して唐突に通信を切ってしまった。彼女らしくない対応に夕騎は首を傾げ、

 「んん? どうしたんだ零弥は、やけに不機嫌そうだったような気がするが……まあいいか。この作業終わらせないと旅館に帰れないし帰ったところで夜はヨマリやワンナの対応で忙しいし、あーみんなは青春の締めくくりと言っても過言じゃねえ修学旅行で俺は何をしてるのやら」

 まあ零弥たちが楽しんでくれればそれでいいか、と夕騎は作業を進めていくのであった。

 

 

 

 「零弥よ、ユーキは呼べたのか?」

 「……いいえ、夕騎は用があるらしいから無理って」

 「そうか、残念だなそれは」

 クラスメートたちがいる海岸の向こう側に位置する海岸で十香は零弥の言葉を聴いて少しばかり残念そうにする。

 この場にいるのは士道、十香、耶俱矢、夕弦、令音、折紙、零弥、狂三の八人。しかし狂三は出来るだけ士道たちとは関わらないように本体(オリジナル)に言われているので今は零弥の影の中に姿を隠しているので事実上は七人だ。

 「しかしユーキの奴、いくら何でも忙しすぎないか? この島に来てからずっとせわしなく動いているような気がするぞ」

 「気にすることはないわ」

 気にすることない、零弥の言葉は十香に向けられているように聞こえるが聞く人によれば零弥が零弥自身に言い聞かせているようにも見える。

 「……じゃあチームを決めようか。私はこのメンバーでゲーム終わりに生きていられる気がしないから外れるとして、みんなこのくじを引いてくれ。これで三人一組のチームに分かれる」

 ちゃっかり審判という安全地帯を入手した令音を士道が横目で見るが令音は気にする素振りすら見せずに浜辺に設置された見事なビーチバレーコートのポールから筒のようなものを取るとそれを十香たちに向ける。

 このビーチバレーでは耶俱矢と夕弦と士道の結束力を上げる魂胆が隠されている。

 だから必ず耶俱矢、夕弦、士道の三人でチームを組まなければならないのだがどうにもくじでは運が関わってくるような、と士道が疑念を抱くがそんなこと気にせずに十香から順にくじは引かれていく。

 このくじに何か細工がされているに違いない、そう考えた士道は引いたくじの先端を見れば数字でも記号でもなくよくわからない劇画調の男が描かれていた。

 「……ではグレゴォル、ジャクソン、スペンサーを引いた人はこちら側のコートに、アレクサンドル、マイケル、ラットンを引いた人は向こう側のコートに言ってくれ」

 令音あらそう説明されるがどれがどの名前なのか令音以外まったくわからないので全員が全員不思議そうな顔をしてくじを眺めている。

 「令音、これはどちらなのだ?」

 「これは?」

 「知名度が低すぎて誰が誰だかわからないのだけど……」

 たまらず十香、折紙、零弥が令音に質問する。令音がどのキャラか伝えるとどうやら十香や折紙、零弥はチームで向こう側のコートらしい。すると余った士道、耶俱矢、夕弦がチームでこちら側のコートだということになる。

 士道はもう一度だけ劇画調の男を見てみるがどれも正直言って同じで違いがまるでわからなかったが多分そういうことなのだろう。士道はくじの絵はよくわからなかったがとりあえずこれは仕組まれたチームだと頭で理解しつつコートに立つ。

 「よし! ではいくぞ!!」

 元気いっぱいにボール片手に声を上げたのは十香。どうやら初手は十香がサーブをするようだがどうにも嫌な予感しかしない。

 嫌な予感がしなければ零弥と折紙がすでにコート外にいるのはおかしい。明らかに暴球が襲い掛かってくることまったなしだ。

 「そいやぁ!!」

 高く投げられたボールは十香の手に触れた瞬間、ありえない形になってネットを突き破り士道たちのいるコートに向かって襲い掛かってきた。士道は危機感を感じて咄嗟に身体を横にズラすとつい数瞬前までいた場所にボールが砂浜に抉りこむようにめり込んでいた。もし士道があの場に留まっていれば間違いなくボールにミンチにされていたであろう。

 「よぉし先制点だ!」

 「……いいや○点だ」

 「むむ、何だと!?」

 十香がそんな馬鹿なと言わんばかりに目を見開いて驚くがさほど驚いていない耶俱矢はめり込んだボールを取ると、

 「ふん、他愛ない。次は我の番ぞ、我が破滅に打ちひしがれる業球(ヴァンデッド・ノヴァ・ストライク)を受けて灰燼と化すがいい!!」

 サーブ位置についた耶俱矢から放たれたサーブ。十香ほどの馬鹿力が込められているわけではないがそれでも回転は凄まじいもので狙いを澄まされた零弥の目の色が変わり、明らかに本気モードになる。

 「鳶一折紙!」

 「夜刀神十香」

 「ほいさぁ!!」

 零弥が回し蹴りで逆方向にボールと同じ威力で回転を入れて衝撃を相殺しそのまま折紙に上げ、折紙がそのボールをさらに上げて最高打点で十香が敵陣にボールを叩き落す。

 「ハッ! かような球、我にかかれば――」

 「捕捉。このような球、夕弦が――」

 「「ふぎゅ!?」」

 互いにボールに飛び込んでいったせいで両方が頭をぶつけ、ボールの着弾と共に砂浜に沈む。

 あまりにもチームプレイのなさに士道は呆れそうになるが令音が何やら十香たちに耳打ちすると途端に煽り始める。

 「ふん! へにゃちょこにもほどがあるぞ!」

 「この程度で私たちに挑むなんて一○○年早いわ」

 「これが地上の洗礼よ、八舞姉妹」

 激突時の額の痛さで悶えていた八舞姉妹だったがここで退けば八舞の名が廃ると思ったのか立ち上がるとその双眸には確かな闘志を持っており、

 「…………言ってくれるじゃん。夕弦、一時休戦、やっちゃおっか?」

 「同意、やっちゃいます」

 俺たちの戦いはまだまだこれからだと言わんばかりな二人に士道はこのゲームが終わるまで生き残れるのかと少し真剣に考えるのだった。

 

 

 

 「だぁー終わった終わった」

 武器すべての調整を終えた夕騎はずっと同じ体勢で凝ってしまった身体を温泉で癒して歩いていた。士道たちの方はどうなっているかまるで知らないが上手くいっているだろうと信じて先に庭に置いていたコンテナを回収しに行っていた。

 コンテナを回収すればいつ戻ってくるかわからないヨマリやワンナの見張りをするためにまた出るつもりだった。

 すると通路で零弥に出会う。

 「ねえ夕騎」

 「ん、零弥か。バレーはどうだった? 楽しかったか?」

 夕騎はにこっと笑ってそう問いかけてみれば零弥は何も答えずに夕騎の目を見て言う。

 「…………夕騎、夜の海を一緒に見に行かない?」

 突然の誘い。もうすぐ教師が見回りに回る時間帯だろうに真面目な零弥がどうしてそんなことを言い出すのかわからなかったがじっと夕騎がどう返事をするか見ている。

 本心なら零弥と共に行ってやりたいのだが、今の夕騎にはすることがある。

 「悪いな零弥、俺忙しくってよ。それに出来るなら今日は部屋でおとなしくしててほしーな、なんて」

 「……………………馬鹿」

 それだけだった。

 零弥はそれ以上なにも言わず夕騎に背中を向けて部屋とは逆方向に立ち去ってしまった。

 「ちょ、零弥!? 部屋でおとなしくしてほしいって聞こえ――ああ、もう待って待って!!」

 立ち去ってしまった零弥に夕騎は急いで庭に置いてあるコンテナを持ち上げるとすぐに零弥のあとを追いかけていった。

 

 

 

 追いかけていき、零弥はすぐに見つかった。

 旅館を出て少し歩いた先の海岸の砂浜で一人三角座りして顔を俯かせている。波の音だけが聞こえてくる中、夕騎は砂の上にコンテナを置くと零弥に近付こうとするが――

 「……来ないで」

 残り数メートルのところで零弥から静かに言葉が発せられる。静かだが怒気を含んだ、拒絶の言葉だった。

 理由は何となくわかる。夕騎が士道や精霊を守るためとはいえ零弥のことを蔑ろにしてしまった節があるからだ。

 だが、夕騎にもわかっていて欲しいことがある。

 「零弥、確かに俺はこの修学旅行中全然構ってやれないけどそれは精霊(おまえ)たちのためであって別に疚しいことなんて何一つねえから」

 「精霊(わたし)たちのためって言うならまず精霊(わたし)に説明して。具体的に説明されないと私は納得出来ないわ」

 「……説明することは出来ないんだって。でも安心してくれ、お前たちがこのまま何事もなく修学旅行が楽しかったって思えるようになるからさ!」

 具体的に説明してしまえば零弥は必ず心配する、もしかしたら首を突っ込んでしまうかもしれない。それを防ぐために何があっても隠し通さなければならないのだ。

 だが、その一言が反対に零弥の中に渦巻く苛立ちを膨れ上がらせる。

 「何よそれ、そんな言葉で私が安心して残りの旅行楽しめると思ってるの? 夕騎がいつ危険な目に遭うかわからないのに私には何もするなって……? 部屋でおとなしくしてろって? ………………ふざけないでよ、ふざけたこと言わないでよ!!」

 心の底から沸き立った怒号に夕騎は一歩引くと零弥は立ち上がり、怒気を纏った双眸で睨みつける。

 「だったら言ってあげるわ、修学旅行なんてつまらない。つまんないつまんないつまんないつまんないぃ!!」

 駄々っ子のように砂浜に何度も靴裏を叩きつけ、いつもの冷静な零弥らしからぬ子供が癇癪を起こしたかのような怒りに夕騎は目を丸くして驚く。

 「夕騎に話しかけてもまともに返してくれなくて何かしようと誘っても用があるとか忙しいとか言って全然相手してくれなくて!! 士道は耶俱矢や夕弦の霊力を封印しようとしながらも十香のことを気遣っていたわ!! それなのに夕騎は何してるかもわからないくせに私や時崎狂三よりも旅行会社のカメラマンの方に行って何してるのかわからなくてさっき誘っても用事があるって何なの!! 何してるのあなたは!! 何で私に教えてくれないの!! 私は修学旅行楽しみにしてたのに全然楽しくない!! 楽しみにしてたのが馬鹿だった!!」

 我慢していたものがすべて外れたように涙を流しながら零弥は感情を吐露し続ける。おそらく<フラクシナス>のモニターで映し出されている零弥の数値は不安定極まりないものになっているだろう。

 「れ、零弥、あのな、俺は……」

 「うるさい!! あっちいけ!! 夕騎なんて嫌い大っ嫌い!!」

 何て言葉をかければ良いかわからなくなった夕騎に零弥は拳を握り締めて胸元を弱く叩いてくる。いつもの零弥とのあまりの差に驚きを隠せないのは当たり前のことだが、考えてみれば零弥は精霊の『想い』で生まれた精霊。

 大人びた雰囲気や身体から思いもよらなかったがまだ生まれて間もない子供のようなもの。だから今まで敵には感情を隠せてきたが一度気を許した相手には寂しいなどの感情をどう表せばいいか、加減を知らないのだ。

 「あっちいけ!! もう私に関わらないでっ!!」

 最後に零弥に突き飛ばされた夕騎は先ほど置いていたコンテナに背中を激しく打ちつけそのまま砂浜に尻餅をつく。

 (もう私に関わらないでよ!! 本当の兄貴じゃないくせに!!)

 その衝撃で少しだけ自分と妹のことを思い出した。

 天宮市で起きたあの大火災が起きる前に夕騎は妹――夕陽を何かあって注意したら関わるな、血も繋がっていないくせに、散々な言われようをされ、母親が夕陽を気分転換に買い物に連れて行ったのだ。

 「…………」

 夕騎は何も言わずゆっくり立ち上がるとコンテナを持ち上げて零弥に背中を向け、

 「ごめんな、零弥。でもこれだけは信じてくれ、俺はどれだけ精霊に忌み嫌われようが俺は精霊を守る。だから出来るなら部屋にいてくれ、みんなといれば安全だと思うから」

 もう零弥の表情は見なかった。見ないまま立ち去る。

 たった一人の戦いが今、始まる――


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