デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第三六話『すれ違い』

 DEM社の魔導師(ウィザード)ヨマリとワンナを撃退してから日が明けて修学旅行二日目。

 結局あれから夕騎は目覚めることがなかったので一夜を海面で過ごし、目覚めれば元いた島の海岸かどうかすらわからないところにたどり着いていた。

 「…………ここどこスかねぇ」

 眠っていたらいつの間にか無人島に漂着していた、なんてタイトルの短編が書けそうな状況に陥った夕騎。

 自分の格好を見てみれば海パン一丁。ヘルメットは海面に捨てた覚えがあるのだがライダースーツまで脱いだ覚えはない。多分無意識に自宅感覚で脱ぎ捨てていたのだろう。

 砂浜で一人体育座りをしながら静かに波打つ海を見つめる。観光客なんて当然誰一人おらず、もうこの島にいるのは自分だけなのでは、もしかしたらあれから数日眠りっぱなしだったのではよ一抹の不安が頭を過ぎる。

 「ん、夕騎?」

 「………………士道っち?」

 孤独感に苛まれこれからどうするかと真剣に考えようとしていたところ誰かに声を掛けられ振り向いてみればそこにいたのは士道だった。

 ようやく孤独感から解放された夕騎は士道が女で精霊であれば惚れていたところだが男なので立ち上がって固い握手を交わす。

 「マジで良かったぁ……もう世界に俺しかいないと思ってたべ」

 「随分と大袈裟だな、というか昨日旅館で一切姿見なかったけどどこに行ってたんだ? 零弥たちも心配そうにしていたって耶俱矢たちから聞いたけど」

 「おっ、えっとだな、大人の事情だ大人の。子供の士道っちたちはおとなしく修学旅行や精霊攻略に勤しむがいいのだよふははははは!!」

 「大人って、お前も子供だろ」

 そう言って夕騎と士道は互いに笑い合う。

 互いに忙しい立場にあるがこうして同じ苦労を持つ者として笑い合うのも悪くない。DEM社の目論見を失敗させるために常に気を張っている夕騎もこうして笑うことが久しぶりのように思えたのだ。

 「つうか士道っち、ここどこよ? マジで人いなさすぎなんですけど」

 「あー、ここは或美島の北端の赤流海岸ってところ。俺たち以外に誰もいないのはここが令音さんが手配したプライベートビーチらしいぞ。何でも他の生徒がいると攻略の邪魔になる可能性が高いらしくてわざわざ用意したんだってさ」

 「ふぅん、それじゃあお邪魔しちゃう感じだな。すまんすまん。ちょい休憩したたみんなのところに戻るってばさ」

 「いや謝らなくていいって、俺もあんまり状況飲み込めてないし」

 「そりゃどうも、てか士道っち引っかき傷みたいなのあるけどどうした? やんちゃなネコにでも遭遇したのか?」

 士道の身体にやけに新しい引っかき傷のようなものが見られたので純粋な興味として聞いてみると士道はどこか遠い目をし、

 「これは、だな。まあ色々説明省いて結果だけ話すと耶俱矢たちから逃げようとしたら全裸でタマちゃん押し倒してしまってスラッシュファングを食らったんだ」

 「ぶふぅ! 何それチョーウケるんですけど!」

 「わ、割と笑えないからな! 令音さんのフォローがなかったら俺そのまま修学旅行で警察行きかもしれなかったんだぞ!」

 「そんときにはネットで呟いてくれよ『担任にゾウさん丸出しにして警察なう』って」

 「シャレになってねえ! 社会的に死ぬじゃねえか!!」

 夕騎はさぞ愉快そうに腹を抱えて笑い、笑いすぎて苦しそうに呼吸していると――

 「何をしているのだ貴様らは」

 「質問。男同士の密談……何だか卑猥な響きですね」

 「いやそんなんじゃねえよ!!」

 背後に現れた水着姿の八舞姉妹に訝しげに見られている士道は慌てた様子で誤解を解こうとしているうちに夕騎は休憩時間は終わりだと思いつつ、

 「それじゃお邪魔虫は退散させてもらうわ、耶俱矢に夕弦頑張れよ。士道は殿町っつう男子と何度かホモ疑惑かけられてる野郎だからな!!」

 「士道、貴様同性愛者だったのか!?」

 「戦慄。流石に夕弦もこの事実に慄きを禁じえません」

 「アイツ最後に爆弾投下していきやがった!! ちょ、待て勘違いするな!!」

 夕騎の茶目っ気で投下された爆弾に八舞姉妹は士道から一歩下がり、少しばかり引いてしまっている。フォローするのは自分の役割ではないと夕騎は爆弾をブチ込んだまま海へと飛び込み、向かい側の海岸に向かって泳いでいった。

 

 

 

 「け、結構遠かったな……普段から運動してなかったら途中で力尽きてるぞ……」

 赤流海岸は三○年前の空間震によって島が削られて出来た海岸であり、上から見ればなだらかな弧を描いているということで別名『三日月海岸』とも呼ばれている。その中でクラスメートたちがいるのは先ほどいた場所から考えると端と端、なかなかの距離だった。

 それを泳ぎきった夕騎は昨日から取れていない疲れのせいもあってかぜぇぜぇと息を荒げ、その場に膝をついて呼吸を整える。

 「おう月明じゃないか、そんな息を荒げてどうした? もしかして何かえっちなハプニングでもあったのか?」

 「殿町かよ……そんなえっちなハプニングがあればぜぇぜぇじゃなくてはぁはぁだろ」

 「そりゃそうか」

 夕騎の返しに納得した殿町は何故か首だけを出して身体は砂に埋められており、首から下には変なポーズを取った身体が形取られている。

 「何してんのこれ?」

 「見ればわかるだろ、羞恥プレイだ」

 「そうハッキリ言い切れるところはお前のイイところだと思うぞ、うん」

 夕騎はそう言いつつ砂浜に形取られた身体の股間部分の砂をさらに盛っておく。もっこりさせれば何か昔にマリモのキャラクターでこんなのいたなぁ……と髣髴させると殿町を埋めたであろう亜衣麻衣美衣が話しかけてくる。

 「月明も埋めてやろっかー?」

 「今ならガチムチに作ってあげるよー!」

 「マジ引くわー!」

 「待て待て待て、にじり寄ってくんな!! 俺は忙しいんだって!」

 「またまたーそう言って零弥ちゃんや狂三ちゃんたちのところに行く気でしょ!!」

 「二人の水着姿みたいだけでしょ!」

 「マジ引くわー!!」

 亜衣麻衣美衣い加えさらに他の男子生徒数名まで徐々に寄ってくる。このままでは埋められてガチムチにされる――そう脳裏に過ぎり諦めかけた瞬間、不意に手を取られる。

 「夕騎、こっち!」

 「れ、零弥!?」

 夕騎の手を取って軽くお姫様抱っこで走り出したのは水着姿の零弥だった。颯爽と現れて救出してくれたのはまさしく王子、いや零弥は女性だが。とにかく格好良いもので夕騎はその姿にときめき、

 「素敵! 抱いて!」

 「何言ってるのよ夕騎、早く逃げるわよ!!」

 「あー!! せっかくのガチムチ材料を!!」

 「零弥ちゃんマジ足早っ! ボルトですら顔負けのスピードなんですけど!!」

 「マジ引くわー!!」

 亜衣麻衣美衣の三人が追いかけるも精霊の零弥の脚力に及ぶわけもなくどんどん距離を離していき、少し走ったところで夕騎は砂浜に降ろされる。

 「いやぁ助かった助かった。危うくガチムチにされるところだったべ、ありがとな零弥」

 「え、ええ、別に私も夕騎に用があったし助けたのはついでよ」

 「用って俺に何かあんのか?」

 「……それは、その」

 あれだけ颯爽と現れて助けてくれたというのに用となれば急に口ごもり始める零弥。

 その様子に夕騎はただ首を傾げ、

 「零弥たんハッキリ言ってくれないと俺わかんないんだけどどうしたんだ?」

 「その……日焼け止め」

 「日焼け止め?」

 零弥がもじもじしながら見せてきたのは瓶に入っているタイプの日焼け止め。もしや、と夕騎は淡い期待を抱きつつ遠回しにしてではなく直球で聞く。

 「その日焼け止めで俺にどうして欲しいんだい? さぁ声を上げて言うんだ!! 俺に、その、日焼け止めで何をして欲しいんだ!?」

 「だから、塗って欲しいの!!」

 「よっしゃぁ!! もしも、仮にだ。俺が零弥に日焼け止めを塗っていたときに横乳に触ったりお尻を揉んだりしても日焼け止めを塗るために致し方ないことだからな!! わざとじゃないからな!! 不可抗力だからな!!」

 「わ、わかってるわよそこまで大声で言わなくても……それに、恥ずかしいけど夕騎になら触られてもいいと思って頼んでるのよ……」

 顔を赤らめ恥ずかしがる零弥に夕騎の中でテンションボルテージがフルマックスに到達する。とうとう士道ですら至っていない精霊の胸に直に触れるチャンスが来てしまったのだ。

 ちょうどその場にはビニールシートと日除けのパラソルが設置されており零弥はそこで寝そべって水着の紐を外して夕騎に見せる。

 見るからに滑らかな背中、柔らかそうな肌。

 とうとう<精霊喰い>が精霊を別の意味で食べちゃうときが来てしまったのだ。

 日焼け止めを少し多めに手に出すと両手に広げ、指をわしゃわしゃさせると夕騎の口元は笑みで歪み、

 「殿町すまないな、えっちなハプニングが来ちゃったみたいですよデュフフフフ……」

 「……夕騎、目が少し怖いわ」

 「俺だって男だ、野獣になることがある……それでは月明夕騎!! 気合い! 入れて! 塗りまぁ――」

 『アデプタスシークレット、聞こえますか?』

 今からルパンダイブする勢いで零弥に日焼け止めを塗ろうと本当に良い場面でエレンから通信が入ってしまう。思わず夕騎は動きを止めると零弥は怪訝そうにし、

 「ど、どうしたの夕騎?」

 「よ、用事が出来た!! ごめん零弥、本当にごめんな!!」

 「え、ちょ、ちょっと夕騎!?」

 零弥の制止も聞かずに夕騎はどこかに向かって走り去っていってしまった。取り残された零弥はきょとんとした目でそれを見送るといつの間にか傍らには狂三が現れており、

 「零弥さん、日焼け止めならわたくしが塗ってあげましょうか?」

 「……ありがとう、時崎狂三」

 走り去っていった夕騎には全くもってわからないところでの話だが零弥はこのとき、一瞬だけ表情を曇らせていた。

 

 

 「はぁ……」

 海岸で今回の最重要ターゲットである夜刀神十香を監視しつつ空いた手で肩を揉み解しながらため息を吐いていた。夕騎の知らないところで昨日は散々な目に遭ったのだ。

 ターゲットが部屋に入ったので<アルバテル>に<バンダースナッチ>を部屋の前に待機させ捕らえようとしていたが三人の女子生徒――亜衣麻衣美衣の三人に部屋の中に引き込まれ強引に枕投げに加わることに。夕騎に救援要請をしたのだがそんなときに限って応答しないので結局ターゲットと共に夜遅くまで枕投げをしてしまった。そんなこんなで疲れてしまい挙句にはターゲットと共に眠るという失態までしてしまったのである。

 随意結界(テリトリー)なしに激しい運動をしたのは久しぶりで身体の節々が痛みを訴えている。これは間違いなく筋肉痛の症状だった。

 今日こそは捕らえると張り切って監視をしているわけだがなかなか一人になってくれる機会は訪れない。念のため夕騎に召集をかけたもののやはり夜にならなければチャンスはないかと思っていると変化が訪れる。

 「ババアてめえほんっとうにイイときに呼びつけやがって!! 何の用だゴラァ!!」

 「……えらく荒れていますねユウキ。そんなに怒ってどうかしましたか?」

 「とにかく用を言え! 何のために俺を招集したっべらちゃ!?」

 「日本語になってませんよ、それ。……まあ呼んだのはターゲットが動いたときの念のためです。それ以上のそれ以下でもありません」

 「コッチはキャッキャムフフえっちぃなハプニングを捨ててまで来てやったというのにまさかそんなクッソどうでもいいことだったとは!! シャチョーに言ってやる、無能な上司のせいで青春の貴重な第一ページが潰されましたってさ!!」

 「だ、誰が無能ですか! 私はきちんと指揮を取っています、それでも失敗したのならそれはあなたたちが私の指示どおりに動いていなかったということです!!」

 「出ました無能上官特有の責任転嫁!! 自分の持ち駒すらロクに扱えないくせに保身だけは一人前って人類最強の魔導師(ウィザード)さんが聞いて呆れますわぁ、情けないですわぁ!!」

 「何ですってこのアイタタっ! き、筋肉痛が……」

 取っ組み合いになるかと思えば前日の枕投げの筋肉痛が響き、蹲る人類最強。

 蹲って動けないエレンに夕騎は悪い笑みを浮かべ、

 「俺の手に付着しているこの液体何だかわかるか?」

 「ひ、日焼け止めですか……?」

 「イエス、あまりにも下位互換だが腹いせに塗るついでにマッサージしてやるよ人類最強のババア」

 「誰がババひやっ!? ちょ、急にやめ、イタタ!! ユ、ユウキあなたわざと筋肉痛の部分を強く揉んでんぐぅ!!」

 「ふははははははははははははは!! この捌け口がなくなってしまった性欲(リビドー)の恨みを思い知れクソババア!!」

 「あ、謝りますからやめっ! ひぎぃ!! 本当に痛いですから!!」

 謝ろうが目尻に涙を浮かべようが知ったことではない。拷問に近いマッサージは一○分以上に及んだ。

 そうしてどうにかマッサージが終わり、あられもない姿でぐったりしているエレンが海岸を見てみれば夜刀神十香や明月零弥がいなくなっていることに気付く。

 「ア、<アルバテル>、目標はどこへ向かいましたか!?」

 『か、確認しました。向かい側の海岸に向かっている模様です。プライベートビーチらしいですがそこには男女三名ほどが確認されています』

 「わかりました、アイタタ……行きますよユウキ!! 今なら生徒たちの証言で行方不明になったことに出来ますしチャンスは今で――」

 「気合注入ッ!!」

 「ぐにゅっ!?」

 立ち上がった瞬間にエレンの尻に衝撃が走る。

 何かで突かれたのは間違いない、振り向いてみれば夕騎が指を立てて構えており俗に言う小学生の『カンチョー』をされたのだと気付く。

 「な、何するのですかあなたはふぎゃん!?」

 エレンはあまりにもクリーンヒットした『カンチョー』にお尻を手で押さえて倒れそうになるのを何とかこらえながら何歩か進むと今度は踏み外した感触が足に伝ったかと思えば予め掘られていた落とし穴に転落する。

 「いえーいエレンさん捕獲完了!」

 「まさか自分から引っかかりに来てくれるなんてねー!」

 「マジ引くわー!」

 そこに待っていたのは昨日エレンを枕投げに無理矢理参加させた亜衣麻衣美衣の三人組。そこからエレンの身体は首から上以外完全に砂で埋められ、亜衣麻衣美衣は嬉しそうにハイタッチして喜ぶ。

 「く……早くここから出してください!」

 「ふ、完全優位なこの状況でわざわざ出すわけないじゃん!」

 「おとなしく砂浜の芸術(アート)になるがいい!!」

 「マジ引くわー!!」

 亜衣麻衣美衣は手馴れた動きで砂浜にエレンの砂の身体を形成していく。あまりにも手際よく形を作っていくのでエレンも驚くがすぐに夕騎の方を見て、

 「ユウキ、早く助けなさい! 今なら怒りませんから!!」

 「はっはっはー!! 罠に掛かった獲物を自ら解放するなど愚の骨頂、その哀れな姿に我も失笑してしまうわぶわっはっはー!!」

 「何ですかその喋り方は!!」

 エレンはもがくことすら出来ずに砂の身体が作られ、殿町の作品と組み合わされればエレンが鞭で四つん這いになった殿町を調教しているような絵面になり、夕騎は亜衣麻衣美衣と成功を称えてハイタッチしていく。

 「あ、せっかくだからシャチョーに送っとくか」

 「え、何故あなたが私の携帯を!? ア、アイクには送らないで――」

 「さっきついでに上着からパクっといたんだべ、ハイチーズ。おーけーいイイ笑顔だ、これを添付して送信っと」

 「うわぁあああああああああああ!! 本当に送りましたねユウキ!?」

 「俺の日焼け止め塗りのチャンスを踏み潰した罰だこのヤロウめ!! ふはははははははははははは!! 愉快愉快ダイヤモンドユカイぶわっはっはー!!」

 本当に愉快そうに笑って夕騎はエレンの制止を無視して歩いていってしまったのだった。


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