デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第三四話『思わぬ再会』

 七月一七日、夕騎たち来禅高校二年生を乗せた飛行機はおよそ三時間かけて太平洋に浮かぶ島にたどり着いていた。

 「こ、これが海か!」

 空港から出た十香が物珍しそうにあたりの絶景を眺め、感想を口にする。

 道路と砂浜の向こうにはこれでもかというほどの大海が広がり、天と地を分かつように水平線が伸びている。

 「これはいい景色ね」

 十香と違い何度か海は見たことがある零弥は爛々と輝く太陽の光に少し眩しそうにしながら目の上で手を傘のようにしている。狂三もその後でやってきてこの光景を珍しそうに見ていた。

 「狂三は海見たことないのか?」

 「いえいえ、海は見たことありますけどここまで綺麗なのは初めてですわ」

 「へぇ、かといって俺も指で数えられる程度しか海行ったことないんだけどな」

 或美島。伊豆諸島と小笠原諸島の中間あたりに位置する島で三○年前ほどに起きた連続空間震の被災地でもある。北部を削り取られ近年観光地として改修されたらいく、そのあたりでは夕騎たちが住んでいる天宮市と似たような過去を持つ場所だ。

 それに改修されたことによって他の再開発地域の例に漏れずに完璧な災害対策をされている。この島は海の美しさや場所の珍しさから日本人を含め外国人からも多数の観光客を得ている。

 沖縄と比べれば足りない部分はあるかもしれないがこの島はこの島で良いことがある。

 「ねみぃ……」

 そんな美しい光景も何のその。夕騎は正直言って来るべき時まで眠りたいと思っていた。

 昨日は琴里と連絡を取ってからエレンの連絡を受け、色々と今回の作戦について話されていたのだが戦艦を連れてくる以外ぶっちゃけ聞いていなかったのでエレンは何やら怒っていたが途中で連絡を切った。

 それでようやく寝れるかと思えば零弥や狂三が修学旅行の前日は心の中で密かに楽しみにするタイプだったようで思うように寝付けないと言われ会話しているとあまり眠れなかったのだ。

 飛行機の中では零弥たちとトランプやUNOなどのカードゲームで盛り上がっていたので興奮して眠れずに現在に至る。

 「ぬ…………?」

 「どうした十香?」

 「いや、誰かに見られていた気がしてな」

 何やら十香が妙な気配を感じたらしく周りをきょろきょろと見始め、士道も怪訝そうにしているが何も気付かない。少し離れた位置にいた夕騎にはすでにカメラを構えたエレンの姿が見えたので落ちていたビー玉サイズほどの小石を持ち、ひょいっと軽く投げる。

 「イタッ!?」

 士道が首を傾げたあたりでカメラのシャッターが切られたかと思えばその寸前に小石がエレンの後頭部に直撃し、見事にカメラの写真がブレたようでエレンが涙目で夕騎の方を睨む。

 「あー、士道っちごめんごめん。カモメが飛んでたから捕獲して食べようかなーって思って投げたら当たっちまったよー。ごめんごめん、許してちょんまげ」

 「どんな野生児だよ!! というか俺じゃなくてこの人に謝れよ! だ、大丈夫ですか!?」

 「む、大丈夫か石を当てられた人」

 「だ、大丈夫です……」

 士道や十香に心配された小石を後頭部に当てられた人類最強は痛みに悶えながらも士道と十香の写真を撮る。

 「し……失敬。クロストラベルから派遣されて参りましたエレン・メイザースと申します。今日より三日間、皆さんの旅行記録をつけさせていただきます……うぅ」

 割とクリーンヒットだったのかエレンは自己紹介を終えると後頭部を手で押さえて再び夕騎を睨みつけてくる。夕騎はぷぷぷと嘲笑いながら両手でピースしてアホ面を向けて挑発する。

 エレンは多分邪魔をするなよりも先にこう言いたいのだろう――とりあえず石をぶつけたことを謝れ、と。

 しかし精霊のこと以外まるで鈍感な夕騎は涙目の訴えにはぁ? といった態度でとにかくむかつく顔をしている。

 自分は夕騎よりも上司であるはずだ。それなのにどうしてここまで舐められなければならないのかと思いながらエレンは零弥と狂三の姿を捉える。

 ――あれは<フォートレス>に<ナイトメア>? <フォートレス>はともかく奔放に世界各地を動いている<ナイトメア>が何故ここに……?

 とにかく写真に撮らねば――

 「って、どうしてあなたが入ってくるんですか!」

 「いいじゃねえかよぅ、旅行記録の半分くらい俺の旅行記にしてくれてもいいんですよ!!」

 「もう邪魔ばかりして!!」

 士道や十香たちからしてみれば口論に発展している二人に不審そうにし、怪しまれれば作戦は失敗する可能性が高くなるのでエレンは夕騎の襟を持って歩き始め、

 「少し借りていきます!!」

 昨日の打ち合わせをやはりほとんど聞いてませんでしたねと呆れながらエレンは夕騎を連れて行き、残された他のメンバーはとにかく進むしかないようなので進み始めたのだった。

 

 

 

 「今私はとても怒っています、どうしてかわかりますか?」

 「ワタシ、ニポンゴスコシシカ、ワカリマセーン」

 「そのふざけた言葉遣いをやめなさい! あとこっちを見なさい! 私が怒っているのだから怒っている人の方を向きなさい!!」

 「ぶぇー」

 「ようやくこちらを向いてくれましたね、昔からあなたはそうです。仕事は要領良くこなせるのに普段会話にならないのが残念なのです」

 目標から少し離れた位置にある空港の物陰でDEM側の会議は始まっていた。というよりもこの話は昨日の夜にしたのにこうして重複して伝えなくてはならないのはとても時間の無駄だ。

 「まずは謝りなさい、私に石をぶつけたことを」

 「あーいとぅいまてーん」

 「ふざけないでくださいと伝えたはずですが……?」

 「もう謝ってるじゃないのーいつまでも怒ってると仕事進まないぞー?」

 「誰のせいですか誰の!」

 「そりゃあババアの要領の悪さでしょー」

 「むきぃ!! もうアイクに言いつけて減給してもらいますからね!! 謝ってももう遅いですよ!」

 「ごめんなさいお金はライフラインに関わってくるのでどうかご容赦をエレン嬢」

 「お、お金になったらこの潔さ……ま、まあ謝ったからいいでしょう。あなたはそうしておとなしくしていれば弟のように可愛く思えるのですけどね、一応私もあなたに戦闘訓練を施した身ですし」

 「………………」

 「せめて何か言いなさい!! あなたは極端すぎます!!」

 ここまで夕騎を引っ張ってきたのと大声を張り上げたことで疲れたのかエレンはぜぇぜぇと荒い息遣いで呼吸する。さすがに哀れと思ったのか夕騎は先ほど自販機で買っておいた未開封のスポーツドリンクを差し出し、

 「くれるのですか?」

 「うむ、仕方ないのでやろう」

 「ではお言葉に甘えて……ふぐ、ぐぐ…………」

 握力がいまいち発揮出来ないのかエレンはペットボトルの蓋を開けるだけでも苦戦し、夕騎はどうせこうなると知っていて渡したのでゲラゲラと笑う。

 「だっせぇ!! 人類最強がぺ、ペットボトルの蓋にすら手こずるなんてぶふぅ!!」

 「なっ! あなた知っていて未開封の渡しましたね!?」

 「わかってなきゃ渡してねえよヴァーカははははははははははは!!」

 「く、屈辱です!!」

 仲が良いのか悪いのかわからない二人だがエレンはもう話にならない夕騎よりも先に報告するところがあったのか息を正せば通信機を耳に当てる。夕騎も会話内容を聞くためにエレンの肩越しに音を拾い始める。

 「六番カメラの北街区にある赤流空港にカメラを合わせてください」

 『こちらからも確認。<プリンセス><フォートレス><ナイトメア>です』

 『存外拍子抜けだが、まさかここまで精霊に似た者が集まるとは』

 「なあなあ」

 「何ですかもう、通信中ですよ」

 「誰と連絡してんの?」

 エレンに肩にもたれかかって聞く夕騎にまた話を聞いてなかったのかとエレンは呆れるがこのまま無視すれば鬱陶しいほど邪魔しそうなので答えておく。

 「<アルバテル>ですよ、DEM社製五○○メートル級空中艦の。今は或美島の上空二○○メートルに浮遊しています」

 「中で指揮取ってんの誰?」

 「ジェームズ・A・パディントンです。第二執行部大佐相当の」

 「あれ、アイツ俺の記憶じゃあ結構なおっさんだったはずだけど……ぷぷぷ、自分の娘ほどの年齢のババアにあごでこき使われてるのかよチョーカワイソーなんですけどあのおっさん!!」

 「笑ってはいけません。優秀な者が指示を出す、DEM社において彼より私の方が優秀なだけです」

 「大佐相当ってことは俺より下じゃんかぷぷうチョーウケー!!」

 『聞こえているんですが第二執行部部長補佐』

 「あ、カメラもあるの? ピースピース! パットンくん見えるかね? 元気にしてるぅ? 出世して……あっ察しでございますぅぅぅぅぅ!!」

 『とりあえず私はパディントンなのですが……』

 <アルバテル>にいるパディントンはおそらく内心で腸が煮え繰りそうなほど腹が立っているだろう。

 エレンでさえ親子の年齢の差ほど離れているというのに加えてさらに下の夕騎に馬鹿にされ挙句の果てに名前まで間違われるとは。ウェストコットの情婦と噂される女に人並み離れた力を持つ男。どっちにしろ立場の差から文句を口には出さないが苛立たしいものだ。

 『それで精霊を捕獲するにあたってどうしますか? <バンダースナッチ>の部隊を使えば小娘ごとき捕獲するにはそう時間はかからないかと』

 「そう甘くはないでしょう。まずは電波通信を遮断してください」

 『了解』

 「何で通信遮断すんの?」

 「島の中で何が起きようともASTの介入をさせなくするためですよ、彼女らは我々にとって邪魔な存在とも言えますから」

 「ふぅん、てかさ。さっきから天気悪くなってね? 何つうか、風が強くなってきたというか」

 「……言われてみれば妙ですね。先ほどまであれだけ晴天だったというのにまるで攪拌されたかのように天気が悪くなってきています」

 「…………そんじゃあ俺みんなのところに戻るわ。あんまり空けると疑われるし」

 「そうですね、それがいいでしょう。何分無理矢理連れてきましたから同伴していた方々も不審に思うでしょうし」

 「そんじゃあな、また何かあったら連絡よろー」

 「精霊捕獲の際はあなたにも手伝ってもらいますからそのつもりで、それでは――」

 天候が悪くなってきたことと何やらこの現象にに見覚えがあるのか夕騎は零弥たちが心配になり、エレンと別れを告げればそのまま走っていった。

 

 

 

 つい先ほどまであんなに晴れ渡っていたというのに灰色の雲が渦巻き始めたかと思えば恐るべき速度で辺りの様子が変化していく。波は荒れ、そよ風は烈風となり、体勢を低くしなければ風に煽られて吹き飛ばされかねないほどの風力だった。

 士道はたった一分で変化してしまった光景に驚愕するがそれ以上に驚くべきことがあった。

 飛んできた金属製のゴミ箱にぶつかって気絶してしまった十香を支えながら何とか予定していた資料館に避難しようとした士道の前に空から降りてきた二人の少女。

 年齢は士道たちとそう変わらない。燈色の髪、水銀色の瞳。何より視線を集めたのはその服装。

 暗色の外套に身を包み、身体の各所をベルトのような拘束具で締め上げている。おまけに右手右足首には錠が施されており、その出で立ちは罪人か、はたまたマゾヒストか、そのどちらかのようだった。

 突然現れた二人は何をしているのかというと――

 「う、うるさい! 当たったことあるし! 馬鹿にすんなし!」

 「嘲笑。下駄の裏表とそう性能が変わらない運試し程度の魔眼。失笑を禁じ得ません」

 「わ、笑うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 思い切り口論をしていた。

 一方の活発そうな少女――耶俱矢の発言におとなしそうな少女――夕弦が煽っている。そんな状態だった。夕弦にフスーっと小馬鹿にしたような態度に耶俱矢は最初は中二病的口調だったのだがそれを忘れ今では地団太まで踏んでいる。

 耶俱矢が顔をりんごのように真っ赤にさせて叫ぶとあたりの風がより一層激しく荒れ狂い、二人共少しばかり距離を取れば互いに武器を構えれば視線を交わし、

 「漆黒に沈め! はぁあッ!!」

 「呼応。ていやー」

 「ちょ、待てっ――」

 何はどうであれ目の前で巻き起こる争いは止めなければならない。

 士道が止めに入ろうとした途端、嵐の中から今度は街灯が槍のように飛び出す。

 「何っ!?」

 「驚愕。何者ですか?」

 その街灯は上手いこと耶俱矢と夕弦の間に割り込むように突撃していき、二人は不意な出来事だったが持ち前の反射神経で躱すと飛んできた方向を睨みつける。

 

 「何だかんだと言われたら……答えてあげるが世の情け」

 

 「……ぬ、この声どこかで聞いたことがあるぞ」

 「同意。奇遇ですね、夕弦も聞き覚えがあります」

 「おいおい久しぶりの再会だってのに相変わらず仲が良いこったなお二人さん! 俺のこと覚えてる?」

 嵐の中から平然と現れたのは夕騎、一応飛んできたものに気をつけるために道中で手に入れた看板を盾にしてきたようで超笑顔で耶俱矢と夕弦に向かって手を振っている。

 夕騎の顔を見て耶俱矢は「げ」と言わんばかりな表情で見ており、夕弦の方は夕騎と同じように懐かしい人物にあったという表情をしている。

 「あ、あんたどの面下げて私たちの前に現れたし!!」

 「だってこの天候の変化っぷりに風の中に霊力も感じたしこりゃあビンゴだなぁって思って。あとこの面下げてきましたイエーイ!! 挨拶代わりのハイタッチー!」

 「挨拶。お久しぶりです、夕騎。いえーい」

 「夕弦もノリノリでハイタッチすんなし!」

 「お、おい夕騎、知り合いなのか?」

 突然やってきてよくわからないうちに夕弦とハイタッチしている夕騎に士道は恐る恐る問いかける。

 夕騎も耶俱矢も夕弦もここで初めて士道の存在に気付いたようで、

 「うぃっす士道っち、災難だったな。あ、十香に至っては気絶してるし」

 「質問に答えてくれよ……こっちはさっきから状況がわかんねえんだけど」

 「ああそうか、知らないのか。いや知らなくて当たり前か。えーっとな、この二人は風の精霊。耶俱矢に夕弦、元々は一人らしかったが何だかんだあって二人に、それでどっちが真の八舞に相応しいかーってアホみたいな決闘を延々と続けてるんだよ。俺も昔会ったことがあって決闘に巻き込まれたさハッハー!!」

 「やっぱり、精霊だったのか」

 「アホって言うな!」

 士道が納得しているうちにも耶俱矢にグーで殴られても夕騎はノーダメージのようでケラケラと笑っている。しかし、決闘という不穏な響きに士道は眉を顰めるが士道の表情を見た耶俱矢は何か思いついたように頷く。

 「くく、夕弦よ。どうやら我々の幾千もの決闘の中でまだ競っていないものがあるな」

 「疑問。それは何でしょう?」

 まるで品定めをするかと言わんばかりに士道の上から下までくまなく視線を這わせた耶俱矢はくくく、と含み笑いを漏らす。

 「へ…………?」

 「士道っち、これ一○○パーセント巻き込まれるパターンだぞ。まあ頑張れっ少年!!」

 「他人事みたいに言うなよ!」

 「いやだってそんなこと言われても今回俺超忙しいし……何て言ってらんねえ!! よぉし何でも言うといい少年よ!! この我がどうにかしてみせんよう!!」

 「ちょ、私の真似すんなし!!」

 士道は嫌な予感を感じるがどこまでも楽観的な夕騎に笑うしか出来なかった。


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