デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
第三三話『修学旅行への準備』
「先輩、今日ですね例の会議」
「例の会議? 何かあったっけ?」
夕騎は珍しく天宮駐屯地にあるASTの訓練所にいてASTの後輩である未季野きのの接近戦戦闘訓練に付き合っていてそれが終わり自動販売機の前で休憩していた。
本気で何も知らなさそうに言う夕騎にきのは本当に興味ないんですね……と言わんばかりにきのは説明し始める。
「鳶一先輩のことです。例の<ホワイト・リコリス>ってユニットを勝手に持ち出して精霊相手にドンパチしちゃって今頃会議で処分を言い渡されていると思いますよー」
「あーあれね、でも鳶一が自ら望んでしたんだから本望じゃないのぉ? 俺アイツ苦手だしむしろいなくなってくれた方がイイっつうか」
折紙は両親の仇だと炎の精霊<イフリート>である琴里に討滅兵装を無断で使ったのだ。良くても悪くても懲戒処分には変わらないとわかっていた夕騎は別段興味なさげに言うときのは顔をぐいっと近付け、
「薄情者ですよ先輩! 同じASTに所属する仲間じゃないですかもっと心配しましょうよ!!」
「正確に言えば俺DEM社からの派遣社員なんだけどね」
「それでも今はASTの一員なんです!!」
「へいへーい、悪かったですぅーでも興味ないのは本当なんですぅー」
「先輩ですけど少し腹が立ちますよその言い方! 先輩、訓練の時は格好いいのに普段は子供っぽくて残念です!! 残念な格好いい人です!!」
「はいはいありがと、俺は普段無駄なエネルギーを使いたくないの。てか身体も本調子じゃねえし」
「何かあったんですか?」
「五月病だ五月病」
「もう七月なんですけど……」
きのにわざわざこちらの事情を話す必要がないと思った夕騎は適当にはぐらかしていると夕騎のポケットに仕舞われていた携帯電話が鳴り響く。しかもその音はダ○スベ○ダーの曲であまり良い相手ではない時に鳴り響く着信音が鳴り響いていた。
「……シャチョーかよ、きの悪いな。先に行く」
「え、あ、はい。わかりました!」
きのの元気一杯な表情に見送られ夕騎がその場から席を外して歩き始めると通話ボタンを押し、
「やっほーシャチョー、何か用?」
『やあ元気にしていたかい』
「そういう社交辞令的なのはいいから用件はよ、こう見えて俺チョー忙しいんですけど」
『それはすまない、まさか自動販売機の前で後輩と仲良くしていることがそれほど忙しい用事だとは思わなくてね』
「……やっろー、見てたならわざわざ電話しないで欲しいんだけどって話。俺の携帯電話シャチョーさんと機種違うから通話料かかるんだからな」
『それは大丈夫だよ、通話料はかけた方にしか請求は来ないよ』
「マジか、初耳だぞ」
「というかすでに背後にいるのですが……」
「うげ、エレンのババア!?」
声をかけられ後ろに振り向いてみれば見慣れた顔が二人並んでおり、片方の金髪の女性は夕騎の発言をアイアンクローで黙らせる。
「あなたは本当に目上の人に対する言葉遣いを覚えなさい。アイクからも何か言ってあげてください、あなたが甘やかすからこんな失礼な子に――」
「ババアにババアと言って何が悪いんでしゅかー? へいへい悔しかったら若返ってこーい!」
「このっ!」
「まあまあ落ち着きたまえエレン。大人げないよ」
「やーいババア、シャチョーに怒られてやんのー」
「アイクの前でババアババア言うのはいい加減にしなさい!!」
「これでは話にならないな……」
夕騎とエレンが互いに頬を引っ張り子供じみた喧嘩を始めたのを見て漆黒のスーツに身を包んだ三○代半ばほどの男性――サー・アイザック・レイ・ペラム・ウェストコットは呆れ気味に額に手を当てる。
夕騎とエレンの関係は夕騎が小さい頃からこんな感じなのだ。何が気に入らないのか夕騎はエレンのことをずっと『ババア』と呼んでおり、いつまでも大人の対応が出来ないエレンはこうして毎度会うたびに喧嘩になるのだ。
「そろそろやめたまえ、話が出来ないじゃないか」
「ババアが放したらな」
「ユウキが放したら放します」
「ならもうそのままでいいから話を始めようか、夕騎には聞きたいことがあるんだ」
「俺に聞きたいこと?」
もう互いに放す気がないことに気付けばウェストコットは放置して会話を切り出す。
「君は<プリンセス>を知っているかな?」
「<プリンセス>? ピーチ姫のことか?」
「誰もキノコ王国の話はしていません。あなたの大好きな精霊の話ですよ」
「ああ、へいへい。ASTで何度か見たことあるけどそれが何か?」
「その<プリンセス>が姿を眩ませたのと同時期に夜刀神十香という少女が君も通っている高校に入学しているんだが彼女について何か知らないかね。ASTの鳶一一曹は一度上に精霊に似ている者だと報告しているのだが君の牙は反応したかい?」
「何かって言われてもなぁ会話するけど精霊って感じはしねえなぁ。つうか俺の牙は精霊に対するセンサーじゃねえって戦う専用なのコレは!」
ウェストコットは妙に勘が鋭いところがある。夕騎は夕騎なりに慎重に言葉を選んでとぼける。
「それは残念だ。しかし、試す価値はある。今度エレンを中心に彼女を上手くいけば捕獲してもらおうと思っていてね。夕騎にも手伝って貰おうと思っているんだがどうかね?」
「えーババアとペア組んで仕事とかお断りですしおすし、そもそも精霊であるかもはっきりわかっていない夜刀神さんを捕まえようとしてるって非人道的じゃない?」
「根拠はそれだけじゃあない。<プリンセス>の他に<フォートレス>に似た少女も確認されている。他人の空似にしては偶然が二つ重なるなんて不思議だと思わないかい?」
「へえ<フォートレス>に似た少女がねえ」
「しかもその少女は君と同じ住所に住んでいると耳にしたんだが、どうかね?」
ウェストコットの言及は核心に触れようとしている。このままもし夕騎がボロを出せば十香だけではなく零弥にも危険が及ぶ可能性が出てくる。いや、すでに出ているだろうが。
「俺の住んでる場所はそもそも零弥の家で無一文で彷徨っていた俺をルームシェアさせてくれてんだよ。どこかのケチなシャチョーさんが俺を何のアテもなく日本送りにしたからこっちは家探しでどえれー苦労したんだってばさ」
「それは済まなかったね、まさか本当にアテがなかったとは。可愛い子には旅をさせろと言うが保護者として少しやり過ぎたようだ。家はまた手配しよう」
「いいよ別に、ルームシェアも楽しいし」
「人間の女性が苦手なあなたが珍しいですね、一人の女性に執着するなんて」
「うるせぇババア、人間は常に成長してんだよ。人類最強の
「言ってくれるじゃないですか、表に出なさい。礼儀を叩き込んであげますよ」
「上等だコラ、そのクールな顔を乳首引き千切って歪めてやる……」
「やめたまえ醜い争いは」
夕騎とエレンのあまりにも仲の悪さにウェストコットは人選を間違えたのかと少々自分の判断を見誤ったのかと疑いたくなってきた。
―○―
「終わったな」
チャイムが鳴り響き、後ろの席で士道が机に突っ伏して煙でも出ているのではないかと思う中、夕騎は周りの状況を見てみるとみんな疲れたような雰囲気を醸し出していた。ここのところ休校が続いていたのにも関わらずにテストの期間は一日たりとも変動しなかったのでご覧の有様だ。
「夕騎、どうだったかしら?」
「んー、まあまあだな。わからなくて白紙ーなんてところはなかったし全部解けたからまあまあの点数でいいだろ。零弥は?」
「私もまあまあなところね。理系科目は難しいわ」
十香は当然の如くダウンしていて零弥は至っては多少疲れてはいるようだが頭から煙を出すほどでもなく普段からの勉強の甲斐あってテストは大丈夫そうだ。十香は知識ゼロの状態で勉強を始めているが零弥は精霊だった頃からこの世界の知識をつけていたので現代文や日本史などの文系科目では夕騎以上に点数を取っている。
皆がダレていても答案用紙は集められ、担任のタマちゃんは答案用紙の束を持って一度教室から出て行く。
「夕騎さん」
「おっす狂三、そっちは大丈夫だったか?」
「ええ、おかげさまで良い結果が残せそうですわ」
「くっそぅその自信ありげなのがむかとぅくーおっぱい揉ませろこのヤロー」
「夕騎さんが望むなら、はいどうぞ触ってくださいまし」
「マジで!? それじゃあ遠慮なく――」
「夕騎?」
「……わかっています、はい。ごめんなさい」
夕騎が触りやすいように接近してきた狂三に夕騎はすっかりその気になったところで零弥が止める。家では別に構わないのだがここでは人目がある。時と場合を考慮しなければならないのだ。別に狂三の胸にテンションが上がった夕騎に腹が立ったわけではない。
「というよりあなた、どうしてここにいるのかしら?」
「安心してくださいましわたくしは『分身体』ですわ。夕騎さんの様子を見張るためだけに影の中にいるつもりでしたが夕騎さんがせっかくなら学校に通うべきだって言ってくださったのですわ。それにあまり仲良くするとオリジナルのわたくしから殺すと脅しをかけられていますのでそう仲良く出来ませんわ」
「それなら今現在進行形で胸に抱きしめている夕騎を放しなさい。死期が早まるわよ」
「きひひ、バレなければ大丈夫ですわ」
零弥は思わずため息を吐きたくなる。狂三がどれだけ危険な精霊か説明しても夕騎は大丈夫大丈夫の一点張りで話を聞いてくれず今は狂三の胸に顔を埋めて狂三成分(夕騎名称)を補充している。一応言っておくが零弥成分もあるらしい。
「そういえば修学旅行がもうそろそろありますわね」
「そうだな、ああ。タマちゃんが残れって言ってたのもそれ関連か」
「多分みんな忘れてるわよ」
「ぶっちゃけ今言われるまで俺も忘れてたし」
「あらあら夕騎さんは忘れん坊さんなのですね」
「あなたのオリジナルがやらかしたせいでもあるのよ」
「その件については
集団昏睡事件……狂三が原因で引き起こされたものだがそれに加えての期末試験、その他諸々の出来事で学校の一大イベントを忘れるには充分な出来事ばかりだった。
それから会話していると教室がざわめき始め、何かと思えばまた士道が何かやらかしたようだ。しかし、タマちゃんがやってきたおかげで静かになった。
「はぁーい、それでは修学旅行の部屋割りと飛行機の席順を決めたいと思いまぁす。――と、その前に少しだけ残念なお知らせがあります。修学旅行の行き先が変わったんですよ」
「どこになったんですかー?」
殿町がすぐにでも質問する。
本来の旅行先は沖縄だったはずだ。白い砂浜、透き通った海、口に合わない料理の数々。覚えていた頃の夕騎もそれなりに楽しみにしていた場所だ。
それがどこになったかというと――
「……或美島です」
或美島、そう聞けばクラスはまたざわめくがグレードダウンはしたものの海は失われていないので大まかに納得したのを見るとタマちゃんは言う。
「とにかく改訂のしおりは後で配布する予定ですから今はとにかく部屋割りを決めたいので好きな人四、五人でグループになって先生に言いに来てくださいねー」
タマちゃんの合図でクラスの生徒たちが自由に動き始めて部屋割りのメンバーを決めていこうとしている。
夕騎はどうするかとまあ殿町あたりのグループに入れてもらうかと立ち上がろうとした時、何故か難しい表情をしている零弥が視界に入る。
「ん、どした零弥。そんな難しい顔して、抱きしめてやろうか?」
「いえ、『好きな人』と組めと言われたのだけど好きな人って友達と呼べる人達のことを言うのか異性で愛してる人のことを言うのかわからないの。後者なら夕騎しか組める人がいないのだけど」
「零弥さん、そう想いをはっきり告げてくるのは嬉しいざんすけど、むしろ恥ずかしいけど。けどまあ前者だ前者。仲良しな子たちと組んできなさいな、これ絶対男女別だし」
「そうね、十香たちはまた何か揉めているようだけど」
何やら男女別だというのにまた十香と折紙が士道と同じ部屋になろうとして揉め事を起こしている。こういう行事があるたびに揉める十香と折紙にタマちゃんもそろそろ慣れてきてしまっているのか今では割り込むベストタイミングを図っているほどだ。
「零弥さん、わたくし零弥さんのことが好きですから同じ部屋になってくださりませんか?」
「やめてその言い方、何か怖いわ」
「まあいいではありませんか、わたくしたち仲良しでしょう? 共に住んでいるわけですし」
「そのあなたと同じ部屋割りってほとんど家と変わらない気がするけどいいわ。組みましょう」
「それじゃあ俺は殿町に声かけてくるから残りのメンバー探しとけよー」
「ふふ、わかっていますわ」
そう言って夕騎は騒ぐ士道たちの一悶着が終わったのを見ると同じ部屋割りに誘いに行ったのだった。
―○―
『私よ、聞こえてるかしら?』
「ことりんか、聞こえてるよ。どうした?」
あれから部屋割りと飛行機の席順を決め終えた放課後、いつもの通り天宮駐屯地にいた夕騎は突然の通信に応対していた。相手は<フラクシナス>の艦長である琴里で声音から真剣な用事だと感じられる。
『修学旅行の行き先変わったらしいわね』
「ん、ああ。沖縄から或美島にな」
『調べてみたらどうにもそれがきな臭いのよ。修学旅行のひと月まえに突然学校側に旅行会社が接触してきたり沖縄の宿泊先として予定されていた施設が突然崩落したり、修学旅行には念のために<フラクシナス>も随伴するけど夕騎の方も気をつけなさい』
「……なるほど、そこで来る気だな」
『夕騎?』
ウェストコットの口ぶりから近いうちに仕掛けてくると思ったがまさかこんな早くに干渉してくるとは少しばかりDEM社の影響力を侮っていた夕騎は苦笑する。
「ことりん、さすがお偉いさんなだけあって勘が鋭いな」
『まさか……』
「ああ、間違いなくDEM社の手引きだな。多分或美島にはDEM社の戦艦も来るだろうし万が一に供えておいた方がいい。まあ士道や十香、零弥のことは俺に任せておけ。嫌なババアもいるしどこまで止めれるか知らねえけどとにかく頑張るさ」
『士道たちのために尽力を尽くしてくれるのは嬉しいことよ。でも、絶対に死なないこと。あなたが死ぬことによってあなた以上に残された人たちが苦しむことだってあるのだから』
「わかってるさ、今回は前みたいな無茶はしねえよ。対人戦において色々考えたし、まあ大丈夫だろ」
『私たちも尽力を尽くすわ。出来るなら穏便に終わりたいわね、せっかくの修学旅行なんだし』
「まあこうなっちまったにも仕方ねえっしょ、間が悪いとしか言いようがねえってさ。あ、ところでお土産は何がいい? <フラクシナス>のメンバーにも聞いておいて欲しいんだけど」
『これから争い不可避って時にほんっとうに楽観的ね』
夕騎の質問に通信越しで琴里は笑い、つられて夕騎も笑う。
「何だよ急に笑ってよ、今から気負いすぎてもダメっしょ。俺に至ってはDEM社も騙しつつ士道たちを守らないといけねえんだぞ? 無理ゲーじゃろ、笑うしかねえじゃろ?」
『それを何とかするのがプロってものよ、頑張りなさい』
「へいへーい、わかってまっすよーだ。あ、ところでことりん」
『何よ』
「俺も普段超ツンツンしてるのに気持ち聞かれたら素直に『お兄ちゃん大好き!』って言われたいモンだよねぇ。今のメールの着信音のたびにシミジミ思うわけよははははははははははっ!!」
『……へぇ、いい度胸してるじゃない夕騎…………』
琴里が少々力みすぎているような気がしたのでちょっとだけ映像で見てそのまま着信音にしていた話をするとまさかそれが死亡フラグだとは思いもしなかった。
完全に余計なことを口走ってしまった夕騎だった――。