デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第三二話『偶像』

 「……この医務室にも随分と世話になってるな」

 夕騎はシルヴィと決着をつけたあとのことは知らないがどうやら回収されていたようで今いるのは〈フラクシナス〉の医務室で隣のベッドには琴里がすやすやと眠っている。

 「右腕がある……」

 上体を起こして布団から腕を上げてみると両腕が揃っている。

 意識を失う前にシルヴィの攻撃で捻り斬られたはずだがどうにも狂三が持ち前の天使で戻してくれたらしい。本人の姿は見えないが次会ったときにはお礼を言うべきだろう。

 「ッ……」

 右腕が元通りになっているということはそれまでの怪我も治っているということのはずだが、今回は少し毛色が違うようで全身が感電しているように痛みが続いており、何より倦怠感が酷い。

 これは〈精霊化〉の影響なのか、頭も重く二日酔いを二倍以上にしたような倦怠感だ。

 立ち上がるだけで足下がフラつき、倒れそうになる。

 頭を抱えながら医務室から出ようと先に入室してきた零弥と視線を交わす。

 零弥は心底心配している表情で見るからに顔色が悪い夕騎の様子を見て言う。

 「夕騎、もう動いて大丈夫なの? 顔色が優れてないようだけど……」

 「……おう」

 いつものふざけた口調もできない夕騎を見た零弥はますます心配になり、慌てて肩を貸して夕騎の身体を支える。

 「大丈夫じゃないでしょ。ほら、まだ休むべきよ」

 「いや、艦橋に用事があるんだ」

 本格的に休む前に色々確認しておかなければならないことがあるのだ。

 止めても行くと言わんばかりな夕騎の眼差しに零弥も根負けしたのか肩を貸したまま一歩踏み出す。

 「どうせ止めても聞かないんだから行きましょ、私も行くわ」

 零弥の力を借りて歩き始めた夕騎は艦橋に続く道を通っているとふと礼を口にする。

 「ありがとな、零弥。琴里を守ってくれて」

 たとえ〈精霊化〉によって憔悴していても夕騎はきちんと零弥を見ている。

 零弥の身体にわずかなかすり傷や包帯が巻かれているのを見て、折紙との戦闘が決して楽なものではなかったのだと感じたのだ。

 いつものように小さな子供のようにふざけた口調でもない素の夕騎に礼を言われた零弥は赤らめてしまった顔を逸らすと、

 「あなたこそ辛かったでしょ、私たち精霊のためにかつての師と命懸けで戦ったなんて」

 「……ハハ、誰から聞いたんだろうな。もっとカッコ良く勝てたら良かったんだが、こんなのじゃカッコ悪いな……」

 バツが悪そうに呟く夕騎に零弥は空いていた手で夕騎の頬をつまみ、

 「何を言ってるの。格好いいに決まってるじゃない。誰かのために命懸けになれるってことは本当に格好いいことよ」

 「零弥……」

 「でも、あなたがいなくなれば悲しむ人がいるってことも絶対に忘れないで。あなたの命はあなた一人だけのものじゃないのだから。夕騎は独りじゃないの」

 「……ああ」

 夕騎は笑みを零す。

 誰かにここまで言ってもらえるのは嬉しい限りだ。

 自分の命は自分だけのものじゃない、そんな風に心配されたのは初めてで気を抜いてしまえば泣いてしまうほどだ。

 「艦橋、着くわよ」

 いまにも出てきそうな涙を堪え、前を向くと零弥が言ったとおり艦橋へ繋がる扉の前まできていた。

 夕騎は目を強く閉じれば涙を押し込め、開くとできるだけいつもどおりの自分へと引き戻す。

 「ああ、ありがとな」

 もう礼を言って夕騎と零弥の二人はゆっくりと艦橋へと足を踏み入れた。

 

 

 

 「やっほー士道っち、元気ー?」

 「夕騎! 誰かと戦ったって聞いたけどおまえこそ大丈夫だったのか?」

 艦橋に入ると士道と令音が何か話していたようだが、指導は夕騎を見ると話していたことを一旦中止にして話しかけてくる。

 怪我もなさそうな士道を見て一安心したのか夕騎は一息つくと零弥の肩貸しは必要ないと一人で立ち、独特のポーズを決めれば大声で言う。

 「俺は士道っちと違って強くて頑丈でカッコイイのさ!」

 ババンッと音が鳴っていても不思議ではなく、先ほどまで自分のことを格好悪いと行っていたのはどこへやらこれには零弥も少し呆れた目で見ている。

 「はは、それなら良かった」

 士道は言って「何だそのポーズ」と言いながら笑って夕騎もつられて笑うがやがて士道はいきなり夕騎に向かって深々と頭を下げる。

 その行為に夕騎は頭に疑問符を浮かべて怪訝そうにするが指導は構わず言葉を述べる。

 「琴里を守るために戦ってくれて、本当にありがとう。夕騎や零弥、十香に四糸乃、みんなの力がなかったら俺は琴里を守ることはできなかったと思う。だから本当にありがとう!」

 深々と頭を下げられてキョトンとしている夕騎はにんまりと笑って士道の頭をバスケットボールのドリブルのように何度もダムダムと乱雑に叩くと背もたれを求めるように後ろに下がる。

 「俺はことりんに世話になってるし、士道っちにも世話になってる。俺は不器用だから戦うことしかできないから俺は俺のできることで返しているだけさ。何て言うのこういうの、人助けしたときに言うような……そう! 当然のことをしたまでなのさ!」

 両腕を広げて大仰しく言うと夕騎は一息つく。

 人の支えなしでは立つこともままならないのだ。危うく倒れそうになるところを士道が慌てて支え、夕騎の体調が万全ではないと理解すれば問いかける。

 「お、おい! 本当に大丈夫なのか!?」

 「ははは、何言ってんのさ。俺が大丈夫だって言えば大丈夫なのさ」

 「……嘘はあまり良くないよ、ユキ」

 夕騎の無理した様子を見かねたのか令音が口を開く。

 「……一時的とはいえ精霊一体分以上の霊力を身体の中に留めて、使っていたんだ。留めることはできても一気に使うことに慣れていない分それ相当の負荷を君の身体は受けているんだ。下手をすれば命に関わってくる」

 「おーいおいおい言わないでくれよ。士道っちが余計なこと考えるじゃねえか」

 「余計なことなんかじゃねえよ! 何でそんな無茶を……」

 「さっきも言ったとおり俺は俺にできることをしたまでだっちゅーの」

 「でもよ!」

 長引かせると意識が朦朧としてきそうなのだが士道は納得いかないようでまだ何か反論してこようとする。

 すると、不意に艦橋に入ってから今まで黙っていた零弥が夕騎の顔を拳で軽く殴る。

 「零弥!?」

 これには士道も艦橋にいた誰もが驚いた表情を作る。

 いつもの夕騎ならこんな軽い拳、何の苦もなく受けることができるのだが万全ではない今受けてしまえばそのまま後ずさりし、冷たい床に尻餅をついてしまう。

 零弥は拳を握り締めたまま言う。

 「さっきも、言ったじゃない。夕騎の命は夕騎一人だけのものじゃないって。どうしてわかってくれないの?」

 つい先ほどのことだ。零弥がこのことを言ったのは。

 夕騎は零弥が発した言葉の意味を少々軽く見ていたのかもしれない。

 精霊のためなら夕騎はどんなことでもできる。たとえ自身の命を投げ出すことになっても本望だ。

 夕騎にとっては当たり前で、零弥にとっては絶対に当たり前ではならないこと。

 零弥は身を屈めて夕騎を抱きしめると小さく嗚咽を漏らし始める。

 「私は、あなたがいなくなったらきっとこの世界を呪ってしまうわ。だから私と約束して、誰かのためだからって簡単に自分の命を捨てるような真似は絶対にしないで。お願いだから――」

 そう言って涙を流す零弥の背中は触れていてとても弱々しいものだった。

 涙を流して懇願する零弥に夕騎は頷き、

 

 「善処します」

 

 グーで殴られた。

 吹っ飛ばされ冷たい床に胴体から着陸する夕騎。零弥の双眸はこれまでにないほど冷め切ったもので夕騎の胸倉を掴めばさらに見下ろす。

 「今から私はあなたが『もう二度としません』そう言えるまで殴り続けるわ。あなたが泣いても、私は、殴るのをやめない。わかった?」

 「す、すでに今の流れの中で二、三発は殴られたんですけど……」

 「言っておくけど手加減は期待しない方がいいわ」

 「ちょ、ちょいタンマ! わかりました! わかりましたから拳を振り上げるのやめて!」

 「その前に言うことがあるんじゃないかしら?」

 「れ、零弥やりすぎだって! 夕騎が死んじまうぞ!」

 外傷はないが内面では大怪我をしている夕騎を容赦なくボコスカ殴る零弥。その絵面はリンチそのものでこのままでは夕騎が発言する前に挽肉(ミンチ)になると思った士道は零弥の両脇を抱えて必死に止める。

 「ごっふぅ……も、もう二度としません……」

 士道が羽交い締めにしたことによってようやく発言の隙が出来たがボコボコにされた夕騎は瀕死の状態で何とか言葉を絞り出す。

 その言葉を聞けばようやく零弥は安堵の息を吐くと力を緩め、士道から羽交い締めを解除されると夕騎の身体を抱き寄せ、

 「殴ったのはここまで強行しないとあなたは言うこと聞いてくれないからよ。わかった?」

 「こ、これが最善策だとは夕騎くん的に思えないんですけどね」

 肉体的にも精神的にも瀕死な夕騎はそっと差し出された令音から氷嚢を受け取って患部に当てながら抗議するが今日の零弥はツンツンしているので全く取り合ってくれない。

 夕騎はやれやれとズタボロの身体を起こし、やっとの思いで立ち上がれば令音に問いかける。

 「れーちん、シルヴィはどうなったの?」

 「……彼女なら無事さ、風穴が空いていたが今の医療技術ならどうにでもなる。だけど彼女の身柄はこちらで拘束させて貰うよ。聞きたいことがいくつかあるからね」

 「そっか、無事か。それなら良かった」

 例え敵対していたとはいえそんな簡単に師弟の仲は裂けない。

 シルヴィの無事を聞けば夕騎は少しばかり嬉しそうに笑みを作り、

 「ことりんも無事っぽいし俺はちょっと休憩させて貰おうかね、今回はホント疲れちった」

 「ああ、もう安静にしてろよ」

 「へいへい、じゃあな」

 士道は尚も心配そうな表情で夕騎を見るが当の本人はケロッとした顔で何事もなく艦橋から退室し、通路を歩いていく。

 一人になれば自分の掌を見つめ、ふと過去を省みる。

 確かに精霊化による肉体の不可はとてつもないものだった。だが、得られる力は相当なもの。これから戦闘することを考えれば『二度と使わない』という選択肢は限りなくないに等しい。

 零弥に嘘はつけない、少なくとも彼女の見ている範囲内ではもう二度と使えないということだ。

 「まあそう考えれば見られなきゃイイって話になるんだけどな」

 こんな後日にまで響く反動を受けておきながらも夕騎の中では人知れず余裕があった。

 誰にも言っていないが精霊化において一つ重要かもしれない身体の変化に気付いてしまったのだ。

 一つは身体の内部、感電するような激痛が走り酷い倦怠感がある一方で不思議と身体の仕組みが変わっているような気がするのだ。起きて時間が経つにつれて痛みは徐々にマシなものになっている、零弥から受けた打撃はまた別の痛みだが。

 つまりこれは夕騎の予想でしかないのだが<精霊喰い>の力か、夕騎の身体は徐々にだが霊力に適した身体に作り変わろうとしているということ。

 後どれくらい掛かるかはわからないが夕騎の中で自信が湧いてきた。

 いずれ自分の身体は霊力に適し、より精霊に近付ける。精霊を愛する身として精霊に近付けば近付くほど自分が精霊の役に立てるのだと嬉しくなってくる。

 「俺もしかしたら精霊の王……精霊王になっちゃったりして、何てなアルカディアスかってんだ」

 自分で言ったことに自分でツッコミながら夕騎は薄暗い通路を進んでいった。

 

 ―○―

 

 「ねえママ」

 「何ですの?」

 夕暮れの刻、血で染めたかのような赤い髪を持つ精霊――兆死は不満げに声を漏らしていた。ちょっとしたことで不機嫌になる一面はとうに知っている狂三はビルの屋上にある縁に座り込みながら視線をやる。

 「どうして死ぬまで寿命奪わないの?」

 狂三や兆死の周りには数人の人間が倒れており、ビルの内部でも同じような光景が広がっている。兆死が不機嫌になっているポイントは倒れている人間が気を失っているだけで死んでいないということ。

 そもそもこのビルに足を運んだのは今回の件で時間を大量に消費してしまった狂三の補充のため。それなのに中途半端にしか時間を取らないことに兆死は不満げにしているのだ。

 狂三は兆死の考えを大体読み取っているのか首を横に振り、

 「確かに時間を早く補充することに越したことはありませんわ。ですが、あまり大胆に殺してしまってはASTやあの赤い精霊に嗅ぎつけられる危険性がありますの、ここは穏便にしておくべきですわ」

 「赤い精霊ってキザシのこと? やっだなぁママ、キザシがママを傷つけるわけないじゃんかー」

 「ふふ、この流れで自分のことを真っ先に思い浮かべるあたりあなたらしいですわ。炎の精霊、と言えば伝わりますわよね」

 「あー知ってる、半端者の精霊だよね(、、、、、、、、、)

 暇つぶしに倒れた人間の手をプラプラさせながら兆死は興味なさげな態度を示す。

 「でもエーエスティーや半端者が両方来たってキザシがママを守ってあげる。パパも私が守るもん。キザシは誰にも負けないし」

 「それは心強いですわね、きひひ」

 兆死の精霊としての強さ、無邪気さ故に殺すことに対する躊躇のなさ、そのどちらも知っている狂三にとってその発言は頼もしい限りだ。

 笑みを浮かべながら狂三は自身のこめかみに【八の弾(ヘット)】を撃ち込み、分身を作り上げていると、不意に声が響く。

 【やあ、元気にしてい――】

 声が全てを言い切る前に斬れた。

 狂三が反応するよりも速く気配を察していた兆死が容赦なく声の主を一時も迷わず切り捨てた。だが、狂三は一息吐くと声の主が現れていた方を向き、

 「やめなさい兆死、無駄ですわ」

 未だに警戒している兆死だったが狂三は誰だか一応知っているようで呆れながら言うとシルエットとしかわからないほど解像度の粗い『何か』が立っていた。

 【酷いね、いきなり攻撃してくるなんて】

 その姿は酷く曖昧なものだが狂三は『何か』について少しだけ知っている。ひと月ほど前に狂三に『精霊の力を蓄えた人間』士道について教えたのは隠すこともなくこの『何か』なのだ。

 【しかし、凄いね。躊躇いのなさも褒める点だけど見えないのは不思議だ】

 「何ならもう一度喰らってみる?」

 【いいややめておくよ、君ら番外の精霊はそれぞれの『想い』によって力を増大させるあまりにも未知数な存在だからね。出来れば相対したくないよ】

 「それであなたが現れたということは何かわたくし達に話があるのでしょう? 用件は早く済ませてくださいまし、わたくし達は忙しいのですから」

 【それじゃあ率直に言っておこうかな】

 不規則に揺らめきながら『何か』は本当に率直に言った。

 

 【君達はこれからあの人(、、、)に会おうとしているのだろう? やめておいた方がいい、はっきり言ってあの人(、、、)は君達を歓迎することなんてまずないよ】

 

 「……そうですか」

 狂三は不快そうに一度眉を寄せたかと思えば握っていた短銃の銃口を『何か』に向ける。

 【おやおや、もっと話したいことがあったのだけど今回はこれまでのようだね】

 迷いなく撃ち放てば『何か』はまるで蜃気楼のように蠢きながら消えていった。


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