デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「アンタ、いつからそんな精霊の真似事ができるようになったのよ?」
『察しの悪い女は嫌いだゼェ? オレ様の超ハイクオリティな能力に不可能の二文字はねえんだぜぃ? いや三文字だったかぎゃははははははははははッ!』
いまだに疑問が謎解かれていないシルヴィが問うがパペットが口汚く答え笑い飛ばす。
形成が逆転したとばかりに少女の姿をした夕騎は笑みを浮かべ、
「ハッ! これが〈精霊喰い〉の新たな可能性、その名も〈精霊化〉さ!」
夕騎は零弥の霊力を封印したあと、士道と
それから常日頃思っていたのだ。もしかすれば夕騎の意志で士道の中に封印されている精霊の霊力を借りることができるのではないか、と。
いつか試そうとばかり思っていたが狂三が来てからは忙しく、琴里たちにも内緒で行いたかったのでなかなか実行することができなかったのだ。
だが、いまは緊急事態。ぶっつけ本番だったが上手く成功した。
全身に力が漲るのを感じる。それもそうだ、現在夕騎の身体には合計精霊一人と二分の一の霊力が入っている。
霊力を使えば使うほど使用した霊力は士道の身体に戻されていくが、ここまでの量の霊力ならば使い切る前に倒せるだろう。たとえ相性が最悪な超人であっても。
ただし、琴里は自身の霊力ですら完全に制御できていない。精霊でもないただの人間である夕騎がこの上体を長時間続ければどうなるかは半ば明白なことだが、夕騎本人は――
「いまのうちにCR-ユニット全部纏って本気出したほうがいいぞ。さ・も・な・い・と」
「――ッ!」
目の前にいたはずの夕騎の姿がブレたかと思えばシルヴィの認識外の速度で姿を消し、
「死んじゃうゾ☆」
口元を歪めて笑みを作っていた。
シルヴィの視界から外れている側頭から具足による霊力の加速爆破を行い、目にも止まらぬ速度での蹴りを薙ぎ払うように放つ。
自動防御に設定されていた残り四本のチューブが腕輪から放たれ、ギリギリのところで四重
蹴りの空振りだけで近くのプールの水面の波は荒れ、水飛沫が空中に投げ出される。
『ギャハハハハ! コレで終わりなわけねえだろうヨイサッ!』
「モード〈ハーミット〉ッ!」
ドーベルマンのパペットが下品に笑い、口を開ければそこから凍てつく息吹が放とうとする。
それは四糸乃が使っていたもので触れたものはたとえ
「ホンットに『化物』みたいね」
凍てつく息吹の対象にされたシルヴィは悪寒に襲われて咄嗟にチュ-ブをパペットの口に巻き付ければ息吹を出させないようにし、今度こそ夕騎との距離を空ける。
「どういう原理かは知らないけどさすがに全力でいくしかないか……」
「そうそう、出し惜しみの方が死亡フラグさ」
「なら――覚悟しな」
シルヴィを纏う雰囲気が一気に変貌する。
まるで戦場を駆け巡っていた頃を取り戻すかのようにシルヴィの双眸はとても冷めたものとなり、静かな殺気が夕騎にまで伝わってくる。
これが訓練時にはまったくなかったシルヴィの本気の状態だ。
夕騎が切り替えるために一瞬の瞬きをしたあとに気づけばシルヴィの全身に機械の纏われていた。
その姿はまるで『蜘蛛』だった。
全身は紫という毒々しい色で彩られていて、背中にはスラスターとともに獲物を切り裂くための刃が三対合計六本。右手の手首には先ほどから着けられていた七本のチューブが出る腕輪、左手のすべての指には爪のような刃が備え付けられており、全身鋭利な刃物だと言わんばかりな形状をしている。
「それが新型」
『ヴェノム状態のスパイダーマンみてえな毒々しさだぜぇ!』
「〈デッド・アラクネア〉。アタシも見た目は嫌だったけどさすが新型、乗り心地はイイ感じよッ!」
機械の鎧を纏ったシルヴィは地を蹴る。
チューブがねじれるように合わさればそれは『砲』となり、魔力の塊を連続で撃ち出す。
「こんなチンケな魔力弾」
『どぅってことないのよねぇーっ!!』
いまの夕騎はバラバラで統一感はないが確かに霊装を纏っている。
この程度の攻撃はビクともしないはずだが、シルヴィの狙いはそこではない。
乱発する魔力弾に隠してチューブの一本を紛れさせていたのだ。
「メンドくせぇな」
空高くからみればまだこの戦闘に気づいていないのか一般市民たちは結構残っている。
『さて、どう思っちゃうとか聞いてみちゃったり?』
「――邪魔だったり! モード〈プリンセス〉!」
一般市民たちを邪見した夕騎は手を合わせ、そこから両手を引き離していけば中心にまるで十香の天使――〈
「そんでもって〈フォートレス〉を足してみましょう!」
零弥の天使――〈
「おいおい、まさか――」
空中に飛び上がり夕騎のもとまで飛んでいこうとしていたシルヴィはその長大な大剣を見て、思わず声を上げる。まさかその大剣を地上に向かって振るう気なのでは、と夕騎の正気を疑うような眼差しだった。
だが、精霊化した時点で夕騎の正気はすでに多大な霊力に呑み込まれていた。
「
無性に苛立ちを抑えきれない。幸せそうにしているのが許せない。
何をここまで自身が憤りを感じているのかわからないが、振るわなければならないと夕騎は思った。
構えられた長大な大剣。
この距離ではシルヴィには止めることができない――
「夕騎さんッ!」
狂三が夕騎の名を呼んでも――
「【
振るわれし大剣、そのとき――ありえない過負荷に空気が啼いた。
あまりに巨大過ぎた霊力の奔流によってオーシャンパークのプールゾーン全てが光に包まれていた。
生存者がいるかわからないほどの一撃。
光の奔流の合間を縫ってまず現れたのは無傷の夕騎、怪我こそないものの一度にあれだけの霊力を使用したために両肩で息をし、呼吸を整えていた。
光の粒子が消えて行き、やがて見えてきた大地は根こそぎ剥ぎ取るような一撃を受けたためにそこにプールがあったのかわからないほどの荒れようだった。
夕騎のいる場所から真下の床を中心にまるで爪を全方向に突き立て掻き毟ったかのようなクレーターができており、シルヴィもとてもではないが無事では済まないだろう。
精霊に仇なす敵を倒した、巻き込まれた一般市民は死んでいたっとしても仕方がないだろう。
このときの夕騎はどうしてかわからないほど考え方が狂っていた。
大量に取り込んだ霊力が原因なのか、そもそも夕騎が心の中に秘めていた悪意なのか、それはわからないがとにかくこの惨劇を生み出したのは確かだ。
「くくく、ははははははははははははははははははッ!! 死んだ、死んだ! ざまあみろざまあみなさいざまあみてくださいはははッ!」
惨劇を見た夕騎は高らかに哄笑する。
何故かはわからないが気分が高揚して仕方がないのだ。
自身がいま暴走状態の琴里と同じことをしてしまっていることにも気づかず、ただ高笑いをしているのだ。
だが、
「……?」
不意に、夕騎の笑い声が止まる。
地上にいた一般市民の死体がないのだ。取れたパーツでもあれば良いはずだが、まるで発見されない。
代わりにちらほら見えるのは〈
まるで一般市民を全員庇うように白盾が配置されていて、隙間からのろのろと出てきた一般市民たちは怪我はしているもののどれも軽傷だった。
琴里の方へ向かったはずの零弥が守ったのか、そんな疑問が頭に浮かんでいると――
「夕騎さんが、庇われましたのよ」
いつのまにか夕騎の影から出て背後から寄りかかっていた狂三が口を開く。
「おかしな話ですわよね。地上にいる人々を殺そうとしたのは夕騎さん、ですが守ろうとしたのも夕騎さん。矛盾した話ですわ」
誰よりも驚いているのは夕騎自身だ。
いままで自身は何をいていたのか。
精霊を守るどころか、これではシルヴィが言っていた『人間に害を成す存在』そのものだ。
唐突に狂三は問う。
「夕騎さん、
狂三からの質問の意図が読めない。思考が正常に機能していないのだ。
「私、は……?」
「私の知っている夕騎さんは、そんな女の子の顔をしておりませんわ。もっと男らしかったですわよ?」
狂三の霊力を過剰摂取したときもそうだったが精霊化しているときは何故か夕騎の容姿は少年から少女のものへと変貌を遂げてしまっているのだ。
そして、
いつのまに、一人称が『私』になっていたのか。
「いや、違う」
思考が徐々に定まっていく。
「俺は、月明夕騎だ」
「はい、そうですわ」
改めて自身の存在を確かめれば容姿は元に戻っており、夕騎はもとの海パン姿に戻っていまでは狂三に支えられながら空中で静止していた。霊力は士道のもとに戻ったのだろう。
狂三の助力もあって荒廃した地面に降りれば精霊化による疲労か精神的に疲れたのかそのまま座り込む。
「シルヴィはどうなったんだ? もしかして死んだか?」
「いいえ、生きておりますわ。あの斬撃の中でも冷静に防御態勢を整えて何とか防いでいましたもの。さすがはDEM社出身の魔術師、一級品ですわ。いまは多分回復のために身を潜めているでしょうけど」
「そうかい」
夕騎は自身の両手を見つめる。
両手は震えていた。自身でしたことなのにいざ目の当たりにしてみれば思わず悪寒が止まらなくなる。
精霊を守ろうとした行動は間違えていたのか、考えてはいけない思考が頭をよぎりそうになる。
そのたびに手の震えが酷くなる。
そんな怯えた両手を包み込むようにして支えたのが狂三。
「あなたは精霊を倒す力を持っていながら精霊を守ろうとする稀有なお方、自分を見失ってはいけませんわ。私はあなたにとって何なのか、もう一度考えてみてくださいまし」
「俺の嫁」
即答した夕騎に狂三は満足げに笑みを浮かべ、
「はい、わたくしにとっては満点の答えですわ」
狂三は震えが止まった夕騎の手を放せば両腕を夕騎の首にまわし、
「シルヴィさんはもうすぐ治療を終えるでしょう。ですから元気のない夕騎さんにわたくしからの選別です」
そっと、自らの唇を夕騎の唇に当てた。
柔らかな感触とともに狂三の唇から温かいものが夕騎のなかに入ってくる、それは先ほど使い方を誤ってしまった霊力。
狂三は一度は失敗した夕騎にもう一度挑戦する機会を与えてくれたのだ。
唇が離れれば狂三は熱の篭った夕騎の目を見つめ、
「夕騎さんが敗北してしまえばわたくしはとっても悲しみます。ですから――絶対に負けないでくださいまし」
でも、と狂三は付け足す。
「もし敗北として夕騎さんが死んでしまってもわたくしたちは一心同体になりますから安心してください」
「いちいち怖い」
彼女なりの応援を受け取った夕騎は拳を握り締めながら立ち上がり、
「まあ影の中で見ていろ――今度こそ俺の勝利を」
「ええ、期待していますわ」
そう言って歩き出した夕騎の背中を、心強く思いながら狂三は夕騎の影の中へと身を潜めていった。
「かぁーイッタイなチクショウ。あんな隠し玉を持っているとは」
絶大なる一撃をチューブをすべて身体に巻きつけ
シルヴィが思っていた以上に夕騎が持っている〈精霊喰い〉は超人に対しても脅威だったようで、読み違えたことを少々後悔していたが
〈デッド・アラクネア〉も少々破損しているが戦えないことはない。
すると、誰かがシルヴィのもとへ向かってくる気配を感じる。
シルヴィは呆れた表情を作り、
「一時的にだけど精霊と同じ力を持って暴れた感想はどうだったかな――ねえユウキ?」
現れた来客に、立ち上がったシルヴィは問いかける。
「あーやっぱり精霊は好きだけど自分がなるってのは最悪の気分さ。精神が死にそうになる」
右手の指に〈精霊喰い〉の牙を装備して現れた夕騎は心底嫌そうな表情をしながら答えればシルヴィはふっと鼻で笑い、
「やっぱり精霊とはどう上手く立ち回ろうが根本的なところでは相容れないのさ」
「何だそれ、俺の嫁をディスってるんですか」
「〈ナイトメア〉の方ならやめといた方がいいって。精霊を愛するなんていつか絶対に後悔する」
「それならシルヴィが言う『いつか』が来るまで俺は精霊を信じ続けるさ」
「そうかい、意見がとことん合わないし。これ以上話しても無駄だよね」
「そうだな」
唐突にシルヴィの右手からチューブが放たれる。
タイミング的にも夕騎が油断するであろうタイミングを狙っていた完全な不意打ちだった。
だが、夕騎は知っている。
「ッ!」
伊達にシルヴィから訓練を受けていたわけではない。
一日中叩きのめされていたのでシルヴィがどんなタイミングで不意打ちを放ってくるか時が経ったいまでも体が覚えていたのだ。
気づけば夕騎はシルヴィに向けて真っ直ぐ走り出していた。
チューブの対策はもうできている。確かに分割して
なら展開する前に霊力による加速爆発で一気に射程外から出る。
愚直に突き進む夕騎に、チューブを引っ込めてドリルとして構えた右手の狙いを定める。
スラスターを駆使してシルヴィも自ら前に激突するような勢いで飛び出す。
両者ともに一撃に渾身の力を込めて、
「ユウキィッ!」
「シルヴィッ!」
互いの名を呼び合い、
「【一天墜撃・竜爪】ッ!!」
互いに一撃が交差し、背を向け合う。
――…………。
何も耳に聞こえることはなかった。
だが、決着は着いた。
「ぐッ!?」
爪として〈精霊喰い〉の牙を装備していた夕騎の右腕が肩口からドリルで抉られ風穴が空いた状態で千切られ、べちゃりと潰れたような音とともに床に落ち、さらにスラスター付近に備えられていた刃にも斬られていたのか遅れて身体のところどころが裂かれ血が吹き出てその場に倒れそうになる。
だが、夕騎は片腕がもがれようとも倒れなかった。
「…………諦めが悪いね。アンタは永遠に私に勝てない――」
一方のシルヴィは余裕そうにしていた。
つまり――
「――って、思ってたわ」
振り向いたシルヴィは目を伏せ、突然笑い出す。
「は、はは。何だ、そうか」
やがて納得したように、シルヴィは「かはっ……」と口から血を吐く。
見ればシルヴィの腹部に爪による一撃で風穴が空いていたのだ。
「……強くなったね、ユウキ」
まるでいまは亡き弟に告げるように、シルヴィはそう言い残し、倒れた。
「弟子はいつか師から卒業して超えていくモンなんだよ、ヴァーカ……」
夕騎の身体も限界が来たのか、そのまま床に倒れて両者ともに動かなくなった。