デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第二八話『救いの牙』

 「どういうことだよ、それ」

 夕騎は頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする。

 「そのままの意味」

 「だから、それがどういう意味か聞いてるんだって」

 珍しく真剣な面持ちの夕騎に対し、シルヴィは不敵に笑みを浮かべたまま顎に手を添える。

 「思い出せないの?」

 「この頃記憶喪失気味なんでねえ」

 ふぅん、と夕騎の言葉を聞いて意外そうに目を丸くすれば一息つき、

 「それを忘れた理由さえも忘れてそうね。自分で都合の悪いことは記憶喪失させてんじゃないかって思うわ」

 「はっ、それならシンプルに思い出せるように説明してくれよ。俺がシルヴィの質問に何て答えたのかを」

 「何だ、じゃあ教えてあげる」

 隠そうともしないシルヴィはゆっくりと過去について話し始めた。

 

 

 

 (アタシもユウキに聞いてみたかったことがあるんだ。アンタは精霊が好きって言うけど何で訓練を受けているのさ、殺す気なんてサラサラないくせに)

 シルヴィが投げかけた質問にユウキは迷うことなく答えた。

 (それは――違うな)

 意外にも、夕騎はまず否定の言葉から入った。

 (違うって何がよ)

 これにはシルヴィも怪訝そうにし、夕騎の顔を覗き込むがその双眸は一種の強迫観念に駆られているようで世界のどこも見ていない。

 ドラム缶の湯が波紋を描くなかで、夕騎は唐突に口を開く。

 (この世で一番好きだからこそ、俺の牙で殺してやりたいんだ)

 (…………は?)

 (精霊は世界を殺す災厄で、正体不明とされた化物、俺と同じさ。俺も人知を超えた正真正銘の化物、精霊と変わらない)

 DEM社に引き取られてからは毎日そんな眼差しばかり見ていた。

 『化物』。

 精霊にCR―ユニットなしで立ち向かえることができ、霊力による攻撃を無力化、霊装でさえものともしない攻撃力。そんな牙を持った人間がいればたとえ子供であっても他者から見れば『化物』と言わざるを得ない。

 シルヴィは夕騎がDEM社に来て少し経ってから出会ったのでどんな対応をされていたのかを知らない。自身は普通に接しているが、他の人間たちはそうはいかなかったのだろう。

 (俺は二番目の精霊に会ったことがあったんだ。そのときに、霊力による攻撃を喰ったあと精霊は俺のことを何て言ったと思う?)

 (さぁね)

 (『人間にしては凄い』って褒めてくれた。どんなに人間から『化物』扱いされようとも精霊だけは俺のこと『人間』として認めてくれたんだ。だから俺は、俺を認めてくれた精霊を愛するようになった)

 (それなら殺す理由なんてないじゃないか)

 (『救い』だよ、精霊をこんな理不尽な世界から救うために殺してやるんだ。他の誰でもない〈精霊喰い〉であるこの俺が、牙をもって殺して救ってやるんだ)

 夕騎の双眸は慈愛と殺意に満ち溢れていた。

 世界の歪みがこんな幼い子の価値観を変える。

 その双眸を見てシルヴィは心の底から静かに気味が悪いと思った。

 精霊に対して歪んだ愛を持ってしまった夕騎こそ、精霊が引き起こす災厄によって世界の環境が生み出した『化物』だと思えたのだ。

 (……そうしてもし精霊を皆殺しにしたあとどうするのさ)

 シルヴィは静かに疑問を口にする。

 すると夕騎はようやく世界を目にする気になったのか夜空を見上げ、

 (もう世界にやり残したことがないから死ぬだろうな。最後の精霊と相討ちってのが一番かな)

 (ガキのくせに死ぬだなんだ言うんじゃねーよ)

 (あイタッ!)

 キリのいいところでシルヴィは夕騎の頭に手刀を叩きつけ、自身が聞いたことだが軽く後悔しながらその話題を終えた。

 

 

 

 「ぷげら昔の俺病みすぎだろクソワロタンバリンシャンシャンカスタネットタンタンプップクプーシャンシャンブーチリリリリリリリン」

 シルヴィから自らの過去における発言を聞いた現在の夕騎は腹を抱えて大笑いしていた。先ほどの真剣な面持ちはどこへやら床に拳をダンダン叩きつけながら抑えきれない笑いに抗えずにいた。

 「アンタねえ……」

 話したことを軽く後悔しているシルヴィは床を笑いながら転げまわっている夕騎をジト目で見ながら呆れた声をため息のあとで出していた。

 「何殺すことが救いってクハハハハハハハハハ! 痛い痛すぎるぜ過去の僕ちん!」

 「いや目を虚ろにしながら言ってたし」

 「ヤンデレ! この俺様にヤンデレ属性なんてあったとはマイラブリー狂三たんと若干キャラ被ってんじゃねえか! 酷い酷いべこりゃあ傑作だははははははははははははははははははははは! 笑い殺す気かちくせう!」

 「もううるさい!」

 「ごべふっ!」

 あまりにも過去のことを笑う夕騎が騒がしく鬱陶しくなったシルヴィは床を転げまわっている夕騎を蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた夕騎はプールに着水してガバガバと溺れる。

 「ごほっげぼふっ! 俺泳げなげふぉ!」

 「あ、ユウキが泳げないの忘れてた」

 現在進行形で溺れている夕騎を見て思い出したシルヴィが水中から救出すればげほげほとむせながら夕騎はえずき、

 「マジで鬼かこの女……完全殺す気だったぞ……」

 「いやいや殺す気なら助けてないって」

 荒くなった呼吸と激しくなった動悸を抑えた夕騎にシルヴィは手を貸しながら起き上がらせると彼女は途端に真剣な目になり、

 「本当に殺すべきなのは精霊たちさ。生憎ここには五人もの精霊が集まってる。こんな精霊が集まるときなんてもうないって思えるぐらいのチャンスよ」

 「……それマジで言ってんの?」

 零弥、狂三、四糸乃、琴里、十香、どこで調べたのかはわからないがシルヴィが示した数は今このオーシャンパークにいる精霊全員を示していた。

 真剣な面持ちのシルヴィの発言に夕騎の面持ちも真剣なものになり、その双眸は明確な敵意と殺意で満ちている。そんな夕騎に臆さずにシルヴィは己の覚悟を述べる。

 「当たり前じゃないか、そのためにアタシはDEM社の新型CR-ユニットを奪って裏切ってわざわざこんな辺境の島国までやってきた。全ては私の家族の命を、弟の命を、奪った精霊を皆殺しにするために」

 シルヴィの眼はとても冗談を言っているわけがなかった。

 本気で、精霊を殺そうとしているのだ。

 「あのなシルヴィ、もし弟さんが空間震で死んだなら逆恨みに近いぞ」

 「何言ってんのよ、仮に空間震で死んだとしても逆恨みにはならない。だってそれは精霊がいるからこそ引き起こされる災害。意図して起こしていなくても精霊は人類に対して害にしかならないの」

 「話し合ってみろよ、イイヤツばっかだぞ精霊は。人間だって長所短所あるだろうが、それと同じで精霊にも欠如している部分はある」

 人間を自らの意思で殺す精霊――狂三でさえ優しさを持っている。だからどんな精霊にでも良い部分はあるのだと夕騎は言うがシルヴィはその言葉に対して首を横に振り、憎々しげに言葉を吐く。

 

 「――わざわざ磔にして内蔵が出るように腹をカッ捌いて人間を嬲り殺しにするような精霊にイイ部分なんてあるわけないじゃないか。私の弟はそうやって殺された。〈リッパー〉にしても〈ナイトメア〉にしても……アイツらはただの殺人鬼、殺すべき精霊なのさ」

 

 「〈リッパー〉……?」

 識別名〈ナイトメア〉は狂三のことを指しているが〈リッパー〉という名は今まで聞いたことがない。

 反芻するように夕騎が不審そうに呟くとシルヴィは一息つき、

 「何だ知らなかったの。〈リッパー〉は世界中を駆け巡って人間を自らの快楽のために殺しまくる最低最悪の精霊。人間を殺すときは必ず十字架に磔にして嬲り殺すのさ。戦闘能力に関しては今まで観測されている精霊のなかでもトップクラス、捕獲を試みたDEM社の精鋭部隊ですら四度行った捕獲作戦は全て五分未満で皆殺しだったよ。天使の能力は未だに解明されていないし」

 「……そんな精霊がいたのか」

 狂三は正直言って天使の能力が知られてしまえば二度目の戦闘からは圧倒的に不利になる。対象の時間を止める【七の弾(ザイン)】ですら一度タネが知られてしまえば随意結界(テリトリー)や身体能力を駆使して躱せば何の障害でもない。

 だが四度も戦闘しておきながら未だに天使の能力を解明されていない〈リッパー〉という精霊は聞く限り底がしれない存在である。実力も未知数、能力も未知数、正直聞いていて精霊好きな夕騎ですら背筋に悪寒が走るほどだ。

 「そんな危険な精霊にシルヴィは勝てるってのか?」

 「さあね、アタシもまだCR-ユニットの扱いに慣れていない部分があるし」

 苦笑いで言うシルヴィだが、でもと付け足す。

 「ここには幸い多種多様な精霊がいる。〈リッパー〉を狩る前の経験値稼ぎとしてイイ相手になるわ」

 「ふざけんな」

 「ふざけてない。〈ナイトメア〉もいるみたいだし、ここで殺しておくのも人類のためってね」

 さすがに数を知っているだけあって狂三がここにいるのも把握しているらしい。

 「俺は反対だ、精霊を失うわけにはいかねえ」

 夕騎はそう言って身構える。

 戦闘態勢を整えたシルヴィは少し悲しそうに、寂しそうに、その構えを見れば過去のことが頭のなかで流れるも一度目を伏せて最後に問いかける。

 「随分と物好きね、ホント。そうやって身構えてるということはアタシに敵対するってこと?」

 「……ああ、そういうことになるな」

 「訓練のときの手加減してたアタシにすら勝てていないとしても?」

 「当たり前だろ。いまの俺は訓練のときとは違って成長してるんでね。それに――ここで守るべきものすら置いて逃げたら俺は『男』どころか『人間』でもねえ」

 「……そう」

 シルヴィは自身から離れていく夕騎の成長を内心で喜びつつ、再会を喜び懐かしむのはこれで最後だとまだCR-ユニットは纏わずに自身も身構えて夕騎と相対する。

 「死んでも後悔しないように」

 「お互いにな」

 同時に繰り出した拳。

 かつての師と弟分、切っても切れない繋がりを持った二人がいま互いの信条を懸けてぶつかり合う。

 

 

 

 夕騎を殴り飛ばしたあと零弥はオーシャンパークにあるフードコートのテーブルに俯いて声もなくただジッとしていた。

 ――馬鹿、夕騎の馬鹿……。

 俯いてからずっと頭をよぎるのは夕騎の姿ばかりだった。

 狂三が来禅高校に転入してきて夕騎が狂三によって消息を絶ち、零弥の前からいなくなってしまったときはもう世界が終わったと思えるほどだった。

 零弥にとって夕騎はそれほどまでに重要な存在だったのだ。

 精霊を守るために心を擦り切ってまで戦い救おうとしていた自身を救ってくれた。それは文字通り零弥の世界を一変させてくれたのだ。夕騎は霊力を失った零弥でも優しく接してくれた、精霊のために尽くしてくれている夕騎が本当に格好良く思えた。

 消息を絶ったときは頭が真っ白になった。あのときは十香が宥めてくれたおかげでどうにか意識を取り戻せたがあのまま身を委ねていればどうなっていたか零弥自身わからない。

 でも帰ってきてくれたことは嬉しかった。それなのに。

 その裏では実は影のなかで狂三の分身たちとイチャイチャしクンカクンカモフモフカリカリジュルジュルしながらオリジナルの狂三のパンツを見ていたと聞けば心配していた自身が本当にバカのように思えてくる。

 途方もない怒りと零弥のことよりも狂三のことを優先したことについての嫉妬というのだろうか、とにかくいろんな感情が入り組んでどうしようもなくなったのだ。

 だから思い切り殴ってしまった。

 いま冷静に考えてみれば間違った選択をしてしまった。

 精霊の霊力を喰うことができる牙を持っているだけで夕騎は少し力が強いだけのただの人間。そんな夕騎を一時的なものとはいえ精霊の思い切りの力で殴ってしまったのだ。

 すぐにでも追いかけようと思ったのだが最悪の場合を考えてしまえば追いかけるにも追いかけることができない。

 そう、もし死んでしまっていたら――と考えると足が竦んでしまうのだ。

 そんな零弥の前に座ったのは――狂三だった。

 「零弥さん、いつまでそうしているおつもりですか?」

 「…………あなたには関係ないわ」

 狂三の問いかけに零弥はか細い声で雑に答える。

 その様子に狂三は一息つきながら自身が買ってきていたジュースが入ったストロー付きの紙コップを零弥の方へ差し出し、

 「コーヒーでよろしかったでしょうか?」

 「……要らないわ」

 「まあそう言わずに」

 諦めずに差し出す狂三の手を振り払い、狂三の手から離れたコップが床に落ちて内容物を撒き散らす。

 別に悪いことをしたとは思わない。零弥は謝ることもなく顔を伏せたままだ。

 「あらあら、あまり散らかしてはいけませんわ」

 それでも狂三は柔和な笑みを浮かべながら落ちた紙コップを拾い、テーブルに置くと零弥の背後に回り込む。

 そして零弥の身体を後ろから優しく抱きしめる。

 「……何がしたいのかしら」

 「ふふ、ちょっとしたコミュニケーションですわ。わたくしも少し反省していますの」

 「…………」

 無言の零弥に対し、狂三は少しだけ本音を吐露する。

 「実はわたくし、零弥さんに嫉妬していましたの」

 「……どうして?」

 「夕騎さんのファーストキスを貰ったこと、いつも夕騎さんとともにいること、夕騎さんに優しく接して貰っていること。分身体を通して聞いていましたが羨ましくて仕方がないのですわ」

 「……どうしてあなたはそこまで夕騎にこだわるのかしら。精霊の天敵である〈精霊喰い〉の力を有してるから?」

 「それもありますね」

 狂三はそう言ってふふふと笑う。

 「わたくし、独占欲が強いのです。だから誰よりも愛している夕騎さんを一度食べましたわ、他の誰にも取られないように。結果的には食べきれていませんでしたけども。そんなことをしても夕騎さんはわたくしを憎まないでくれました」

 「……私が夕騎を切り捨てたときも自分が悪かったって私を憎むようなことはなかったわ」

 「夕騎さんは精霊なら誰にでも分け隔てなく優しすぎるのです。その優しさのせいでどれだけ危険な目に遭おうとも命を落とそうともきっと夕騎さんは最期まで精霊を憎むことはないでしょう」

 「そうね」

 零弥の声が少しずつ活力を取り戻していく。

 声音の変化に気づいている狂三は抱きしめた状態でまたクスクスと笑みを浮かべ、

 「それに夕騎さんは生きていますよ」

 「……え」

 伏せていた顔を上げたと思えば零弥は狂三がいる方へ向くと狂三は首肯し、

 「夕騎さんの影にいる分身体(わたくし)には夕騎さんの身に何か起こったときはすぐに報告しなさいと指示を出しているのですが報告をしに来ないということは間違いなく生きています」

 「良かった……本当に」

 狂三の発言を聞いて零弥は心底安堵する。嘘という可能性はないだろう、零弥は狂三が夕騎のことについてはやけに正直だということはさっきの吐露でわかっているからだ。

 すると、零弥のこめかみに何かが押し当てられる感覚が襲う。

 まさか銃口かと思ったが、それは狂三が手を銃のように構えただけで押し当てられているのは銃口代わりの人差し指だった。

 「どういうつもり?」

 「宣戦布告、ですわ。いつか夕騎さんは(、、、、、)わたくしだけのもの(、、、、、、、、、)にしてみせます。だからそのための宣戦布告ですわ」

 わざわざ零弥を励ますような真似をしたのは宣戦布告したかったのだろう。狂三は言葉にせずとも零弥をライバルと認めているようだ。

 だからこそ零弥も言う。

 「だったら私も言っておくわ。夕騎はもうあなたに食べさせないし、貞操も私が守るわ。だって私は何か守るために生まれた精霊、誰かを守るのに誰よりも向いているもの」

 「ふふ、それは上等ですわ」

 少し前までは零弥はあれだけ狂三を敵視していたというのにいまでは互いに認め合い、笑い合える関係になっている。夕騎が見れば確実に喜ぶだろう。

 「夕騎には謝らないとね」

 「わたくしもついていきますわ」

 完全復活を遂げた零弥は立ち上がると背中を向け、狂三はその後ろをついていこうとする。

 刹那――二人のすぐ隣を何かが物凄い勢いで通過した。

 通過したものはゴシャンッ! とテーブルに激突し、倒れ込んでいる。

 「……何?」

 零弥が間の抜けた声を上げる。

 狂三は何も言わずにテーブルに倒れたものを確認するとそこにいたのは――

 

 血に塗れている(、、、、、、、)夕騎だった(、、、、、)

 

 「夕騎、さん……?」

 零弥に殴られたときは何も手傷を負っていなかったはずの夕騎。

 まさかこんな形で再会するとは思っていなかった二人はこの状況に困惑を隠せなかった。


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