デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第三話『司令官』

 「まだ信じがたいんだが……」

 〈精霊喰い〉の力を宿している少年は元々の持ち場だった対精霊部隊を出向という名のクビにされ、日本に帰国していた。帰国して間もなく神無月と名乗る男から空間震を引き起こす原因となる精霊を武力ではなく対話によって対処する秘密組織〈ラタトスク〉への勧誘を受けて空中に姿を隠して潜んでいる彼らの母艦〈フラクシナス〉に転送されてきたのだが、司令と紹介された人物に違和感を覚えてしまった。

 「それは仕方ないことだけど現実を受け止めてちょうだい。私は五河琴里(いつかことり)、〈ラタトスク〉の司令官を務めているわ。よろしく夕騎」

 淡々と自己紹介する司令官は夕騎のイメージとはまるで違った。

 夕騎が想像していた司令官とは、もっとこう……たとえるならば宇宙戦艦的なものの艦長席に悠然と座っていて何かあれば頼り甲斐があるダンディーな初老の男性かと思っていた。

 だが、目の前にいるのは『司令』などという言葉とは程遠い可愛らしい少女だ。大きな黒いリボンで二つに括られた髪に小柄な体。口にはチュッパチャップスを咥えている。どう見ても夕騎より年下だが、司令らしい独特な雰囲気を全身から発していた。

 「ドッキリかなって思ったがどうにもマジみたいだな」

 「理解してくれてありがと。――さっそく本題に入って良いかしら?」

 「ああ、どうぞ」

 夕騎がそう促すと琴里は座っていた艦長席から降りて手を差し伸べては言った。

 

 「月明夕騎、〈ラタトスク機関〉に所属してみないかしら?」

 

 「うん、いいよー」

 即答だった。

 夕騎は差し伸べられた手とは握手せずに琴里の両脇下あたりに手を伸ばし、俗に言う『たかいたかい』を友好の証とした。

 「ちょ、ちょっと! やめなさい!」

 「司令に何て羨まし……いことを!」

 「言い切っちゃうのかよ、てっきり誤魔化してくると思ったけど」

 『たかいたかい』されながら小動物のように暴れる琴里とその光景を見て羨ましがる神無月を見て、〈ラタトスク〉って案外ユルいな……と思いながらプンスカ怒っている琴里を解放する。

 「つぉおおい!!」

 「ごもらッ!?」

 すると琴里から放たれたエルボーが見事に夕騎の腹部を直撃し身悶える。

 「ふん、ごもらだって。ジョンスン島にでも生息してなさい」

 あまり調子に乗るとこういう目に遭うらしい。夕騎はそこで学んだ、次からは適度にやろうと。

 「それより〈ラタトスク〉の活動内容について説明するわ」

 「はい質問」

 「まだ質問権すら与えてないんだけど何かしら?」

 出鼻を挫かれた琴里は少し不機嫌な態度で聞くと夕騎は首を傾げながら言った。

 「俺さ、いまDEM社からASTに出向っつうことになってんだけど?」

 「そんなことで悩む必要はないわ。〈ラタトスク〉としてはDEM社とASTの内部事情も少しぐらい把握しておきたいし、スパイみたいな感じで頑張りなさい」

 「ざっくりとした指示ありがとーございます」

 こうしてDEM社とASTに対してスパイという仕事という何かと重大な任務を課せられた夕騎は特に動じることなく、二〇歳くらいの女性がどこからともなく持って来たホワイトボードに視線を移す。

 「彼女は解析官を務めている――」

 「……村雨令音(むらさめれいね)だ。以後よろしく頼むよ」

 軍服らしい服を身に纏った女性の目の下には分厚い隈があり、髪を無造作に纏めていて軍服のポケットから傷だらけのクマのぬいぐるみが顔を覗かせている。

 「さて、活動内容についての説明を始めるわ」

 そう言って琴里はホワイトボードに黒ペンを走らせていき、いかにも中学生らしい丸っこい字で『〈ラタトスク機関〉の精霊対処法』と書いた。

 そして書き終えると黒ペンで夕騎を指して問いかける。

 「〈ラタトスク〉についてある程度知っているみたいだけど具体的にどうすると思う?」

 「どうするって会話して……どうするんだ?」

 「はいアウトー」

 琴里が指を鳴らすと突如天井から落ちてきたタライが夕騎の頭部を直撃し、地味な痛さに夕騎は頭を押さえて叫ぶように言う。

 「イッタ!? 何コレ!?」

 「その程度の情報じゃ全然正解をあげられないわよ、このセイタカアワダチソウノヒゲナガアブラムシ」

 「まず知らねえよ! 名前なげえし!」

 「ちなみに三月下旬から十二月にかけて出現しますよ」

 「アブラムシの追加情報なんて要らねえ!」

 「しかし司令、内部事情を一切伝えていない彼にいまの質問は難しかったのでは?」

 神無月が意見を言うと、琴里は神無月を手招きしては片手をチョキの構えにして目潰しを繰り出す。

 「ぎゃふんッ!?」

 「ふん、私なりの洗礼ってやつよ。仮に知っていたら逆に夕騎を怪しまないといけなかったし」

 「も、申し訳ありません司令。あと、ありがとうございます!」

 チョキがかなり効いたのか神無月は恍惚とした表情を浮かべながら床をのた打ち回っている。ここにきて一〇分も満たない夕騎だったが現時点ですでに神無月は変態だということは理解出来た。

 「とりあえず答えを教えてくれよ、ことりん」

 「……会ってすぐに、しかも司令官に対してアダ名を付けられるなんて大した根性ね。まあいいわ、話を進めましょ」

 神無月はダウンしたままだが特に説明には支障はないので琴里は改めて説明を始める。

 「空間震ってのは精霊が出現する時の余波だってのは知ってるわね?」

 「直撃した経験があるから、そこは大丈夫。あの時はマジ死ぬかと思ったぜ」

 「普通死ぬわよ、それ」

 冷静なツッコミは置いておき、話を進めるのを催促する。

 「〈ラタトスク〉の精霊の対処法ってのは精霊と対話して殺さずに――恋をさせるの」

 「わーお」

 つい最近、逆に精霊に一目惚れしてしまった夕騎にとっては思わず外国人のような驚き方をしてしまう対処法だった。

 「その交渉人として第一候補に選ばれているのが私の兄でもある五河士道(いつかしどう)。そして第二候補が月明夕騎、あなたよ」

 「はい、質問。その士道ってヤツが第一候補の理由を知りたいでーす」

 別に不満がある訳ではないのだが夕騎は質問してみる。精霊との対話は下手をすれば命を落としてしまう可能性もある。たとえば不意打ちで顔面に銃を撃たれるとか。あれは牙で受け止めたから良かったものの夕騎でなければ死んでいる。

 ともかく精霊の対処は死と隣り合わせ。一般人が関わるとロクな目に遭わないと夕騎は言いたいのだが琴里は心中を察したのか琴里は心配ご無用と言わんばかりに補足する。

 「士道も夕騎と同じように特別な力を持ってるから心配しなくていいわよ」

 「その士道っちも〈精霊喰い〉の牙とか持ってんのか!? まさか〈精霊殺し〉とかいう右手を持ってたりとか――」

 「それ完全に他作品よ」

 「ですよねー」

 「安心しなさい、〈精霊喰い〉なんていう追剥みたいな能力を持っているのは世界中どこを探してもあなた一人よ」

 「苛烈な評価ありがとーござんす」

 「士道の能力については見れる時が来るかもしれないし、実際に見てもらった方が理解してもらえると思うわ。それより私からの質問なんだけど夕騎は精霊の力を身体に封印できるかしら(、、、、、、、、)?」

 夕騎もそれほど鈍感ではないタイプなので琴里の意図は大体理解出来た。士道という男は恐らく条件付きで精霊の力を封印できる能力なのだろう。

 「さあな、試したことなんてねえからサッパリわかんねえよ」

 「それもそうね。あと伝えるべきことは……あなたの仕事は精霊との交渉中に士道の身に危険が及んだ時よ。精霊と対峙した場合は絶対に殺さないこと、これはAST活動時も同様。それ以外は基本、士道の選択肢に対するサポートかAST側の細かな動きを把握してもらうわ。例外的な出撃もあるから一応夕騎にも明日から訓練を受けてもらうし覚悟しておいて」

 「ラジャった。つーか、これからASTの方に挨拶しに行かなきゃなんねえからこれにて失礼。優良物件の話はなるべく早く頼むぜ? 日本に帰国して早々野宿なんて笑えねえし」

 「あなたがASTに挨拶を済ませて帰宅する頃には準備しておくから安心して言ってきなさい。せいぜいASTの連中に舐められないようにね」

 琴里はグッと親指を立てて言い、夕騎は「ああ」と返事して〈フラクシナス〉から地上へと転送されていく。

 夕騎が立ち去ったあと、いままで控えていた令音が唐突に口を開く。

 「彼は本当に精霊が好きなようだね、ユキが第一候補でも良かったんじゃないか?」

 どうやら何かの伝えミスなのか令音は夕騎の事をユキと呼んでいて、少し疑問に思った琴里だったが特にツッコまずに質問に答える。

 「〈精霊喰い〉の能力は把握しきっていないし、霊力を完全に封印できるか明らかになっていないわ」

 「それは君の兄も同じだろう。いくら話に聞いていても実物を見ていない限りは疑うよ」

 「見るのはそう遠くないわ。夕騎には戦闘以外での出撃は必ずあると思うし」

 先ほど言っていた例外的な出撃、それこそが〈ラタトスク機関〉が夕騎を勧誘した理由の半分だった。

 残る半分は神無月が言っていたように夕騎の精霊に対する愛だ。

 「さーて、夕騎にとって精霊は本当に愛すべき存在なのか……見物(みもの)ね」

 琴里は舐め終わったチュッパチャップスの棒を天井に向けながらクスリと悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

 

 ――ふっざけんじゃねえええええええええええええええええええッ!!

 現在、夕騎は自分でもよくわからない状況に陥っていた。

 自分はASTに軽い挨拶をしに来ただけだったのだが、ASTの隊長である日下部燎子(くさかべりょうこ)一尉が急に「よし、それじゃあ〈精霊喰い〉の力とやらを見せてもらいましょうか」などと言い出した挙句に五人対一人のもはやリンチとしか思えないルールで演習場にて実戦訓練が始まったのだ。

 相手は無論、全員着用型接続装置(ワイヤリングスーツ)を着用していて随意領域(テリトリー)を張っている。

 随意領域(テリトリー)とはワイヤリングスーツに搭載されている基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)から使用者の周囲数メートルに展開される使用者の思い通りになる空間のことである。

 どんな衝撃でも緩和することが可能で、内部の重力さえも自由に設定できる。これによってCR-ユニットを纏っている者は誰でも超人になれるのだ。

 「隠れてないで出てきなさい!」

 夕騎を探す隊員の声がどこからか聞こえてくる。そんな超人相手に少し常人離れした力と〈精霊喰い〉の牙を持っているだけの少年ではまるで戦闘にならない。精霊の力を利用しない限りは。

 ――これで負けたらパシリ決定になるかもしれねえな。それだけは勘弁だ、精霊に頼まれたことならまだしもASTの連中の命令なんて絶対聞きたくねえし。

 いま夕騎はというと、完全に隠れていた。

 あまりにもこちらが無勢なので敵が散らばって捜索し始めるのを待っていたのだ。精霊に対してなら有効的な能力も超人相手ならかなり不利になる。

 そして挑戦的な物言いをしてきた隊員の位置をこっそりと見てみれば単独行動をしているようで、いまなら撃破できるかもしれない。

 「属性(モード)〈ナイトメア〉」

 そう唱えると左目が金色に変色し、狂三と同じように十二の文字、二つの針が浮かび上がる。

 本来なら口から放たれた霊力で時計が空に現れるはずが自分の背後に身の丈よりも少し小型な時計が現れ、霊力の燃費を視野に入れて発動したせいか現時点の結界は随意領域(テリトリー)並の大きさになっていた。

 「……まあいいか」

 夕騎は狂三がして見せたように自分の影から短銃を取り出し、それを単独行動をしているAST隊員に向かって発砲する。

 「ッ!」

 完璧なタイミングでの不意打ちだったが、これだけでは随意領域(テリトリー)を貫くことはできない。

 短銃から放たれた銃弾はAST隊員に届かずに弾かれるが、その頃には何故か夕騎は相手の背後に回り込んでいた。

 「なッ!? どうして!?」

 「教えるかバーカ、戻れ随意領域(テリトリー)

 夕騎が結界内に入った相手に命じると展開されていた随意領域(テリトリー)は時が戻ったようにして消え、AST隊員の身体がガードなしのガラ空きとなる。

 狂三の属性(モード)はどうにも何でも思い通りに命令できるものではなく、どうやら時間が関係するものだった(日本に帰国途中に暇だったので『時計』という単語と真那や狂三に対して行った命令内容を照合した結果、この線が一番可能性があった)ようだ。

 まとめると真那が動かなくなったのは真那の時間を止めたため。狂三のスカートが舞い上がったのは彼女の周りに吹いていた風の時間を急速に早めたため。つまり、この結界を利用して狂三にえっちぃなポーズを取らせようと思っていた夕騎の計画がすべて宇宙の彼方まで吹っ飛んでしまったということだ。

 夕騎は愛しさと切なさとその他諸々を込めてAST隊員に向かって勢いづいたドロップキックを放つ。

 「まずは一人ィッ!!」

 「涙を流している理由(わけ)がわからないけど、私は囮よ!」

 AST隊員の言葉を号令として夕騎の両サイドから光の刃を携えた他のAST隊員が挟み撃ちで刃を全力で振り下ろす。忘れているかもしれないが夕騎は生身なので刃を受ければ間違いなく集中治療室送りである。

 夕騎は自分の時間をドロップキックを放つ前まで戻しては挟み撃ちしてきた隊員二人の手首を掴んでは随意領域(テリトリー)を戻されたAST隊員へと叩きつけ、攻撃するタイミングがズレてしまった残り二人も加勢しに来たが夕騎は自分の時間を速めて即座に距離を取り、少し離れたところで手に霊力を集中させる。

 「これは〈精霊喰い〉としては初歩的な技だから覚えとけよ。――【霊力砲(レイ・メギド)】」

 掌に集中された霊力が放たれれば無数に分散し、隊員たちの随意領域(テリトリー)をいとも簡単に砕いては演習場に五つの光の柱が天へと伸びていった。

 「対人戦はこれだから苦手なんだよ……人間相手には加減できないからな」

 これにより相手のCR-ユニットを大破させてしまい、実力的には圧倒的な差を見せたものの入隊初日から隊長からユニット大破についてこっぴどく怒られてしまった。

 

 

 

 「……これはどういうことですの?」

 狂三は自らの天使を利用して結界を張り、その中にいた人間から『時間』を補給していたのだが終わってみれば逆に自分の『時間』が減っている。

 考えられる可能性は二つ。一つは自分が知らないうちに天使を使用していたか、いやそれはない。

 もう一つは経路(パス)を繋いでいる〈精霊喰い〉が自分の天使に限りなく近い能力を使い、代償であるはずの寿命を何故か夕騎ではなく自分が賄ってしまっているという可能性。

 確実に後者だろう。別に自分の霊力を使われたとしても何のデメリットもないと思っていた狂三だったが、これは色々とまずい。

 何せ自分の寿命が使われていると知らない夕騎がこれからも際限なく使ってしまえば狂三の補充が間に合わずに寿命が尽きてしまうかもしれない。

 「本当なら分身体を向かわせて夕騎さんに注意を促したいところなんですが、いまは夕騎さんを信じてみましょう。――あとで一心同体になるのですから心を広くしないと」

 それはまるで無邪気な子供を見守る母のような言い方だったが、その表情は恍惚としていてメインディッシュを待つものの顔だった。

 

 

 

 夕騎はASTで胸焼けするほどこってりと怒られた後、〈ラタトスク機関〉の者から夕騎の住む場所が決まったという連絡を直接受けたので案内された場所で呆然と立っていた。

 正直、優良物件と言ってもマンションの一室だろうと思っていたのだが眼前には二階建てほどの家が待っていた。明らかに一人が住むには広すぎるほどである。

 『どう? すごいでしょ』

 案内役の者から手渡されたインカムから司令である琴里が自信満々に言ってくる。

 「確かに凄いんだが、これローンとかどのくらい?」

 『そこは〈ラタトスク〉が負担しておくから心配しなくていいわよ。ASTの給料も大したものじゃないし』

 「下手したら初任給から減給されてるかも」

 『え、もう問題起こしたの!?』

 さすがの琴里でさえ驚きを隠せない声で言ってくるが、夕騎はヘラヘラ笑いながら言葉を返す。

 「いやー、模擬戦でCR-ユニットを大破させて五人病院送りにしちまった。ダメだな、精霊には手加減できるんだが人間相手にはサッパリだぜ」

 『……明らかに故意でしょ』

 どこからかジト目で見られた気がするが夕騎は気のせいと思い、そのうちに家の鍵と綺麗に包装紙に包まれた箱が渡される。

 『引っ越してきたんだからお隣さんには挨拶しなさい、近所付き合いは大切よ』

 「へいへい」

 琴里に言われた通りに隣に建っている家のインターホンを押すと、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

 『はーい』

 

 「隣に引っ越してきた月明夕騎という者なんですけ……んん?」

 その声に思わず途中で言葉が詰まる。

 怪訝そうな顔をしているうちに隣家の住人が玄関扉を勢いよく開けて現れる。

 「初めまして! 五河琴里といいます! よろしくねー!」

 現れたのは大きな白いリボンで髪を二つ括りにしたいかにも活発そうな少女だった。〈フラクシナス〉での高圧的な態度はどこへ行ったのやら、いまは逆に不気味に思えるほど目を爛々としている。

 「……何してんの、ことりん」

 夕騎は冷静になって隣家の表札を確認してみると表札にはきちんと『五河』と書かれていた。


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