デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第二五話『水着』

 「んんん……朝か…………」

 あれから家に帰宅してシャワーを浴び、霊力の過剰摂取と新技をはじめて実戦投入したことで身体に疲労が溜まっていたのかベッドですぐさま眠りについてしまった夕騎はボーッとしながら手探りで携帯電話の画面を確認するとカレンダーの日付が変わって六月二一日となっていた。

 「ん……」

 起き上がろうとしても何故か起き上がれない。まだ疲労が抜けきっていないのか身体がやけに重い、いや左腕が完全に痺れている。いまも何かの重量も感じるので不審に思った夕騎はふと左側に視線を向けてみると――

 

 夕騎の左腕を枕にして下着姿の狂三がすやすやと寝息を立てて眠っているのだ。

 

 「…………」

 ――何だ、まだ目覚めきってねえのかよ……。てか何この夢、どんなToLoveるだよ……。下着姿て、もう一回言うけど下着姿て。確かに精霊は好きだ愛してる、だけどさこんな夢まで見るのはさすがに自分でも引くな。

 見れば夕騎も上半身裸で下半身からの感覚だとおそらくパンツ一丁の姿だ。見る人が見れば明らかに事後。

 いや待て待て、と夕騎は夢(だと思っている)の中で冷静に思考を張り巡らせる。

 ――とりあえずここ最近の俺の行動を振り返ってみるか。本体(オリジナル)の狂三とはじめて会って『浮気は極刑』で影の中に食われる前にI'll be backやって右腕取れて、そこからは影の中で狂三ハーレムを堪能しながら狂三のパンツ見て、士道が俺死んだと思ってて恥ずかしい言葉吐いてて、士道たちピンチになって、琴里が精霊として来て、狂三ピンチ、俺参上、楽勝勝ち、〈フラクシナス〉で何かとやって、家に帰って就寝、起きたら事後。

 「いやいや、んなわけねーだろっ! 起きたら事後って何だよ!?」

 バッと飛び起きれば夕騎は叫ぶ。それもそうだ、もし事後だとすれば完全に一番良い場面がスキップされてしまっている。それはあまりにも無情すぎる。神がこの世にいるならやり直しを要求するほどだ。

 「……どうしましたの、夕騎さん?」

 夕騎が時を戻してくれと嘆いていると狂三が眠気眼を手の甲で擦りながら上体を起こす。

 「どうしましたのじゃナッシブルだっての! 何で狂三が俺と一緒に寝てるんだよ!」

 「零弥さんとは良くてわたくしは駄目でしたの……?」

 「ズキュン! そうじゃなくてですねむしろ光栄なんですけども何故ついこないだ撤退していった狂三さんがまた急に現れたのか手早く説明して欲しいのと一体どんなプレイをしたのかも詳しく教えて貰いたいだなんて……」

 「あんなに熱い夜でしたのに忘れてしまうなんて酷いですわ夕騎さん……この子(、、、)の責任、取ってくれますよね?」

 夕騎は目をうるうるさせて言ってくる狂三に胸キュンが止まらないのだがいまとんでもないことを口走らなかっただろうか。

 ――この子……?

 見れば狂三は大層大切そうにお腹をさすっている。まさか寝ている間に夕騎は狂三に対して物凄いテクニックを披露してしまい、一発で命中させてしまったのだろうか。だから昨日はハイカロリー消費で一日中眠ってしまったのか。

 ――はじめてだからって自分のテクニックを甘く見ていたのか……。

 ああ、なるほどと夕騎はすべて悟ってしまった。そしてあまりにもパニック状態になった夕騎の頭は思考停止(ショート)してしまい、再びベッドへ倒れる。

 夕騎の反応に狂三は目を白黒させてしまう。狂三がここへ来たのはきちんとした目的があったのだが夕騎がすでに就寝していたため起きるまで添い寝することにしたのだ。

 寝間着などなかったので下着で寝ることにし、これでは不公平だと夕騎の服も脱がした。

 まさかそれがここまで面白い反応を見せてくれるなんて狂三は心底可笑しそうに笑うともうそろそろ嘘だと言ってもいいだろうと思い、頭から蒸気を噴き出さんばかりにショートしてしまっている夕騎の身体を軽く揺する。

 「夕騎さん先ほどのは冗――」

 「夕騎、起きてるかし…………」

 ネタバレをしようとしていたところで〈フラクシナス〉から帰ってきていた零弥がノックの一つもなく入室し、狂三とバッチリ視線が合う。

 「…………」

 「…………」

 互いに沈黙。

 零弥は狂三の姿と夕騎の姿をそれぞれ見て、やがて顔を真っ赤にして聖剣を片手に鋒を狂三たちに向けながら叫ぶ。

 「な、ななななななな何をしてるのあなたたち!?」

 「俺だってわかんねぇんだってば! 昨日はすぐ寝たはずなのに狂三が熱い夜を過ごしたとか言い出して俺知らねえ間に狂三相手にハッスルしてたみたいで狂三のお腹にはすでにあ、新たな生命が! 俺責任取らないとととととととととと!」

 零弥も夕騎もテンパっていて状況は混沌(カオス)極まりないものとなっているのだが原因である狂三は愉快そうにクスクス笑って火に油を注いでいく。

 「それはそれは激しいものでしたわ。わたくし、あれだけ乱暴に身体を求められたのは生まれてはじめてでしたわ……たった一夜でわたくしと夕騎さんは互いに身体の隅々を知ってしまいましたもの。熱く……濃かったですわぁ」

 恍惚とした表情の狂三とは逆に零弥と夕騎は同時に吹き出す。

 「ゆ、うきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」

 「ま、まままままま待って! 待ってくださいまし! 俺マジで知らないですわ! 狂三は知っているかもしれないが俺狂三の身体のことまったく知らないですもの! 熱くて濃いものなんて発射したことございませんわ!」

 いまにも斬りかかって来そうな零弥に夕騎は慌てて部屋の隅に避難して両手を前にして妙に気持ち悪い裏声で抗議する。

 「狂三、嘘だと言ってくれ! さすがに身に覚えがなさすぎるぞ!」

 「はい、嘘ですわ」

 今度は零弥と夕騎が同時にズッコケた。

 「ちょ、おま、焦った時間返せ! どうやって責任取るかまで考えたぞ!」

 「焦っている夕騎さんが可愛くてつい調子に乗ってしまいましたわ、許してくださいまし」

 「まあ許すけどさ……で、狂三は何しに来たんだ? また士道?」

 「いえいえ、夕騎に恩返しをしようと思いまして」

 「「恩返し?」」

 零弥と夕騎は声を合わせる。狂三はすでに喪服のような黒い服に着替えており、夕騎も私服に着替え始めていた。

 「ええ、炎の精霊から助けて貰った恩を返せていないと思いまして」

 「そんなに気を遣わなくてもい――」

 「夕騎さんの願いなら何でも聞くつもりですわ」

 「よしとりあえずこの巫女服に着替えてもらおう話はそれからだ」

 夕騎が棚に仕舞っていた巫女服を取り出すと零弥は冷静にベッドの下からハリセンを取り出してスパァンッと夕騎の頭を叩く。

 「どういう風の吹き回しなのかしら」

 狂三に対して明らかな警戒心を持っている零弥はそう問いかける。夕騎は渋々巫女服を棚に仕舞い、拗ねた様子で三角座りをする。

 「わたくしと夕騎さんは愛し合っていますもの。愛というものはギブアンドテイク、貰うばかりではいけないと思いましたの」

 「……あなたは士道が狙いじゃないの?」

 バチバチと零弥と狂三の両者の間で壮絶な火花が散っている……ように見える。

 夕騎は顔を上げると、今度は零弥の方へ向くと素朴な疑問を口にした。

 「零弥も何か用があるみたいだったけどどうしたワケ?」

 「あ、それは……その……」

 指摘されて急にもじもじしだした零弥に夕騎は怪訝そうにしながら胸キュンしていると零弥が着ているズボンのポケットからチケットらしきものが出ていて手に取って見てみるとオーシャンパークのチケットだった。枚数は二枚。

 「何だ零弥、オーシャンパークに行きたいのか?」

 「え、ええ! せっかく夕騎も戻ってきたことだし、令音がたまにはゆっくりしろと明日の分を渡してくれたのよ」

 「へー……」

 ――オーシャンパークねぇ……。確かプール施設やら温泉やらアトラクションが多いテーマパ……はッ! これは精霊の水着を見るチャンスでは!?

 密かにテンションを上げていると狂三がちょんちょんと夕騎の肩をつついてきて、

 「あら不思議ですわ、わたくしも同じことを考えていましたの」

 狂三が手に持っていたのは零弥が持ってきたチケットと同じオーシャンパークのチケットだった。しかもこちらも二枚。

 「や、やるわね時崎狂三……」

 まったく同じことを考えていたとは思っていなかった零弥は素直に狂三を認め、狂三もクスクス笑いながら零弥のことを認めていた。

 「じゃあ三人で行くか」

 あっさりと三人で行くことが決定し、狂三と零弥はどちらかを選ばせようと思っていたのだが夕騎の精霊好きは本質的なものなのでここで抗議しても「え、何でダメなの?」などと素で言い出しかねないので二人共黙って承諾した。

 「そうだ、水着を買いに行こう」

 さらに拳と掌をポンと合わせて夕騎が閃いたことにより、今日の出かける用事もできてしまった。

 

 

 

 「と、いうわけで天宮駅前のツインビル四階にある水着ショップにやってまいりましたー」

 零弥と狂三の仲はそこまで険悪なものではなかったために十香や折紙のように口論に発展することもなく無事にやって来た水着ショップで夕騎はすでに満足そうな表情をしている。

 「色んな水着があるのね」

 「あらあら、こんなにも面積が小さいなんて」

 「そう言って私に渡さないでくれるかしら……?」

 カラフルな水着が陳列している売り場で早速二人は水着を選び始めている。

 夕騎はその風景を眺めていても良かったのだが何故か猛烈に嫌な予感がして店内を巡ってみることにする。すると聞き覚えがありすぎる声で少女がはしゃいでるのを耳にし、そちらに振り向いてみるとそこには士道、十香、四糸乃――ここまでは良かったがASTの折紙まで入店してきてしまった。

 夕騎の推測だが士道と琴里のデートにオーシャンパークが選ばれ、今日は士道が女性の水着に慣れるための訓練といったところだろう。

 夕騎や零弥は会っても問題ないのだが狂三が会ってしまうとこれまたややこしい状況になってしまう。

 ああ、楽しい水着選びはここで終了してしまうかもしれない。試着室も一箇所に集められていて士道たちも当然そこへ行く。

 ――誤魔化しきれるか……俺ッ!

 だがやるしかない。

 士道たちとの接触はできるだけ避けて――

 「あら四糸乃たちも来てたの?」

 アウト。

 零弥は四糸乃に気づくと小さく手を振ってしまった。

 「れ……零弥お姉様」

 『やっほー零弥おねーさん』

 「夕騎さん、この水着なんてど――」

 「今すぐ試着しよう!」

 そこに狂三も出現しそうになったので夕騎は急いで狂三の背中を押して試着室へと押し込む。

 「急に大胆になって、どうしましたの?」

 「えーいやー狂三の水着姿をすぐに見たかったものでして……」

 「夕騎さんからそう言って貰えるとは嬉しいですわ」

 カーテンで塞がれた試着室から衣擦れの音が聞こえてくる。この中で狂三が着替えていると考えると夕騎は生唾をごくりと飲み込み、そのまま目を細めて見えるわけがないカーテンの繊維の隙間から狂三の着替えを覗こうと集中し始めた時、不意に声を掛けられる。

 「おお、ユーキではないか! こんなところで何をしているのだ?」

 元気いっぱいに十香が話しかけてくる。どうやら試着をするようで士道が連れてきた女の子たちが試着室に入ろうとするが折紙が狂三が入っている試着室の真正面に入ろうとしていたのですぐさま折紙の腕を掴み、隣の試着室に入ろうと十香と場所を変更させる。

 「何?」

 「コッチの方が士道からして見栄えがいいべいいべ」

 「そう」

 不審げに見てきた折紙に適当な嘘をブチ込み、十香の反論は無視して試着室に押し込む。零弥も四糸乃も試着室に入ってとりあえず士道と夕騎の二人だけとなった。

 「そこの試着室に誰か入ってるのか?」

 「入ってるけど入ってない!」

 「いやどっちだよ!」

 夕騎が意味不明なことを言うので士道は誰が入ってるのか気になるようでこちらに視線を向けたまま離さない。

 「士道っちは十香たちの水着見るんしょ? だったらソッチ向いとけよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 「急にキレられても困るわ!」

 「夕――」

 開きかけた試着室のカーテンを夕騎は握り締めて止める。狂三にしたらよくわからない行為だ。

 夕騎はわずかに開けた隙間から顔を突っ込み、狂三の様子を確認すると思わず声が詰まった。

 黒いビキニを着た狂三は、いつも服に隠されている白い肌が惜しげもなく晒していて恥ずかしそうに身を寄せていて……こうちょうど腕が胸を寄せるようにしているのでプロポーションに特別魅力を感じてしまう。思わず感想で叫びそうになるが折紙がいるせいでそれができないのが悔しまれる。

 「に、似合っているでしょうか……?」

 「え、えろいぞ狂三……」

 精一杯の言葉がそれだった。もう少し工夫できなかったのかと自分でも思うが状況が状況だ。

 「夕騎、本当に誰がいるんだそこ」

 「だから誰もいませんでございましてよ!」

 「もう口調も滅茶苦茶じゃないか!」

 バレるわけにはいかないのだ勘弁してくれ、と念じながら言うが士道はその意を汲んでくれない。だが運良く士道の方でも十香や折紙が連続で試着し始めたために視線誘導される。

 すると次に試着室を開けたのは零弥だった。フリルが付いている水色の水着は零弥の雰囲気にとても似合っていてまさに天からの贈り物。神がいるなら感謝してしまうほどだ。朝はやり直しを要求したがいまは感謝しかない。

 「ど、どうかしら……?」

 「ちょー似合ってんべ零弥! 可愛い可愛いちょー可愛いよ零弥た――」

 そこで夕騎の言葉が止まる。何故ならカーテン越しに何やら背中に冷たい金属のような、具体的に言えば銃口を向けられてしまっているからだ。

 「夕騎さん、わたくしの時よりも明らかに態度が違いますわよ……?」

 やけに狂三の声が冷たく、ここでまさかまた『浮気は極刑』が繰り出されてしまう危険性が出てきた夕騎は冷や汗をかきながら弁明する。

 「早とちりだな狂三……おまえはいつも黒ばかりだ。たまには清純の体現色の白でも着てみろって、俺は白ビキニを着た狂三が見たい。えろい狂三が見たい」

 夕騎は狂三をいま試着室の外に出すわけにはいかないのでどうにか白のビキニを手に入れたいのだが、ここから商品を取りに行くのは士道たちがいるので不可能。何が起こるかわからない。

 「零弥……その手に持っているのはッ!?」

 驚愕の声にたまたま白のビキニを試着室に持ち込んでいた零弥は「え、え、何?」と言った様子で困惑している。

 「さすがラブリーマイエンジェル零弥たん! さあその白ビキニを我へ!」

 「な、何が何だかよくわからないけれど私は夕騎に褒めて貰ったのを買うから渡すわ」

 零弥は夕騎の態度に怪訝そうにしながら顔を紅潮させて白のビキニが引っ掛けられているハンガーをこちらへと投擲する。

 「ほい狂三」

 カーテンの隙間から白のビキニを渡すと中でまたごそごそと動く音がしているのでただいま試着中なのだろう。どうせなら十香たちの水着姿も見たかったが残念ながら今回はそこまで精神的余裕がなかった。

 士道たちはすでに会計をするためにレジへと行ってしまった。零弥も私服姿に着替えていて夕騎が絶賛した水色の水着を持っている。

 「いいですわよ夕騎さん」

 狂三の声。これで女神が降臨する――そう思った夕騎ハバッとカーテンを開けてみるとそこには――

 「あれ? 私服っスか……?」

 元の私服姿に戻った狂三が白の水着を持って佇んでいた。

 「ええ、試着はしてみましたわ。でも楽しみは明日……ということにいたしましょう」

 「な、何だそりゃ……」

 夕騎の頑張りと報酬が合っておらず、夕騎自身はただひたすらに疲れた買い物だった。


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