デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第二四話『過去』

 ただ燃えている。

 そうとしかたとえることのない光景が目の前に広がっていた。

 家が燃え、町が燃え、突如として地獄絵図と化していた。見慣れていた街が炎によって蝕まれていく。そんな光景が延々と繰り広げられている。

 その中でずっと少女は涙を流しながら走っていた。母と買い物に出ていたのだが、その途中でこの火災が何の前触れもなく引き起こされ、破砕音とともに飛来してきた大きな瓦礫から少女を庇って母は見るにも堪えない姿へと変貌してしまった。

 死体となってしまった母の遺体は炎によって燃やされ、そこに留まっていれば少女の命も危うかった。

 (兄貴……っ! お父さん……っ!)

 だからただがむしゃらに走った。家にいるはずの自分と同い年の兄と父の安否を確認するために少女はただ走る。

 無謀な行動、さらに言えば兄たちはすでに避難している可能性もある。

 だが、少女はどうしても自分の目で確かめたかった。母を目の前で失ってまだ混乱している、だからこそ自分の目で兄たちの生存を確認したい。

 頭の中で色んな考えが駆け巡っていく。紅蓮の炎に包まれた住宅地はいるだけで火傷を負いそうなほどの空間と化していたが少女はそれに耐えてとうとう自分の家だった場所にたどり着けたのだ。

 (兄貴っ! お父さんっ! いたら返事して!)

 猛火の残滓が残る家の扉を蹴り飛ばして少女は中に入る。ただ叫び、ただ呼ぶ。

 家の中はほとんど瓦礫と化していてとても家と呼べるような場所ではなかったが、それでも少女は叫び続ける。

 (…………夕、陽……)

 (お父さんっ! どこにいるの!?)

 (こ、こだ…………)

 兄の姿は見えなかったが父の声が聞こえた。少女――夕陽はふと安堵するが、父のいた場所は絶望するしかない救いようなのないところだった。

 (逃げ、ろ……早く…………)

 父は倒れてきた本棚や様々な木材の下敷きになっていてとても動ける状態ではなかった。見たところ釘か何かによって出血も見られる。一刻も早く医者に見せなければ命に関わる怪我だとまだ幼い夕陽でも理解できた。

 (待っててお父さん! いま助けるからっ!)

 そんなことを言っても少女に瓦礫を持ち上げる力などどこにもない。どれだけ力んだとしても数ミリも動かせない重量が父を押しつぶしている。

 瓦礫のせいで上体しか見えない父は首を横に振って言う。

 (もう、いい……どの道、助からない。夕騎は公園に行く、と……言って出て行った。行けッ!)

 (喋らなくていいからっ! 絶対に助けるんだからっ!)

 (も……うじきこの家は完全に、崩れる。それに、下半身の感覚が……ない)

 (嫌……嫌よお父さん! お母さんも死んじゃって、お父さんも死んじゃったら私……!)

 すると突然父は涙を流しながら懸命に父を助けようとする夕陽を力なくその場から押し出した。不意だったので夕陽はそのまま後ろに尻餅をつき、抗議の声を上げる。

 (何するのッ!)

 咄嗟に立ち上がった夕陽の目の前に屋根だった木材が降り注ぐ。もし父があと数秒気づくのが遅ければ夕陽は父もろとも瓦礫に押しつぶさていただろう。

 父は夕陽を庇って死んだ。夕陽の表情はもう涙を流す余裕もなくなったものとなってしまう。

 あんなに幸せだったのにこの火災のせいで夕陽はもう両親を失ってしまった。

 (あ、あああ……ああ…………)

 もうここで何もせずに死んでしまってもいいのではないかと思うくらいに絶望が感情を飲み込む激流となって襲いかかってくる。

 だが、夕陽には最後の希望があった。

 (兄貴……まだ私には兄貴がいる……)

 兄は公園に遊びに出かけてると父は言っていた。いま公園にいるかはわからないが夕陽はへたり込んでいた体勢から立ち上がるとただの崩壊して瓦礫となった家から飛び出し、兄がいる公園へと目指した。

 夕陽は足が速く、運動会のリレーではいつも一位を取っていた。両親は足が速いことを褒めてくれて兄はヘラヘラ笑って「ゴキブリみたいだな(笑)」とか言ってきてよく口喧嘩していた。

 だが、もう夕陽を褒めてくれる両親はいない。

 残るは兄だけ。

 公園に足を踏み入れると人影が見つかった。遠目だったが一目で兄だとわかった。

 (兄貴、兄貴っ!)

 (おー……夕陽か、お前も無事だったんだな)

 ようやく会えた家族に夕陽は涙を流しながら力いっぱい抱きしめる。もう嬉しくて嬉しくて枯れたと思っていた涙は再び溢れ出てきてもう感情を抑えきれなかった。

 いつもはヘラヘラしてむかつく兄だが、唯一の家族に会えた。夕陽はさらに抱きしめる力を強くする。

 (イデデ、んな強く抱きしめんなっちゅーの……)

 (ご、ごめん! どこか怪我してるの……?)

 (にゃははは、ちょいとさ泣いてたチビっ子を慰めてて、そのあと一緒にブランコで遊んでたらいきなり炎が飛んできてこのザマだべ)

 言われて夕陽が夕騎の怪我に目を向けるとそれは凄惨なものだった。

 顔をきちんと確かめずに抱きしめていたのだが夕騎の顔は右側が炎に焼かれていて潰されており、右腕は黒炭のように燃やされていて身体には裂傷なども見られる。夕陽がこの傷を負っていたのならば意識どころか下手をすればショック死をしてしまうほどだ。

 (いやー、なんだったんだろーなアレ)

 (兄貴……?)

 (ゴメン、何だか眠たくなってきたからちょっと寝るわ。ホントは家で寝たかったけどこんなコトだし家もヤベーっしょ)

 そう言って夕騎は目を閉じていく。夕陽はこのまま寝たら夕騎が死んでしまうと思い、肩を力いっぱい揺らして起こそうとするが夕騎の目は開くことはなかった。

 (お願いだから……私を、独りぼっちに、しないでぇ…………)

 憎たらしい兄だったがそれでも家族だった。

 夕陽は夕騎が眠りについたことで完全に独りとなり、小さな声で嗚咽とともに泣き喚き続ける。

 【――ねえ、自分の家族を殺した精霊(、、)が憎くない? 殺したくない?】

 そんな時だった。夕騎を抱き抱えた夕陽の頭上から声が聞こえたのは。

 (だ、れ……?)

 【質問してるのはこっち】

 それは形状できないものだった。もしくは認識ができないものだった。

 ノイズに近い何かが夕陽に語りかけてくる。

 【お母さんやお父さん、お兄ちゃんを殺した精霊(、、)は憎くないの? 殺したくないの?】

 もちろん憎いに決まっている。

 もちろん殺したいに決まっている。

 夕陽からかけがえのない家族を奪った誰かを許す気はない。

 精霊というものが何かわからないが、黙ってノイズらしき者の言葉に夕陽は頷いた。

 【――これは君のための特別製(、、、)だよ】

 『何か』が夕陽に向けて掌に乗せた小さな黄色の宝石のようなものを差し出してくる。

 【この力さえあれば君は家族の仇を討つことができる。君は他者よりも先へ、他者よりも強く、最高最強(、、、、)になれるんだ】

 (最高……最強…………)

 夕陽は意を決して虹色の宝玉に手を伸ばし、触れてしまった。

 瞬間、虹色の宝玉は夕陽の掌に染み渡るようにして溶け込んでいき、夕陽が着ている服にも異変が起き始めた。

 服は消えていき、新たなものへと再構成される。

 全身は多彩色の装飾が凝られたボディースーツのようなものに包まれ、その上から布か金属かもわからない材質のドレススカートが腰に顕現し、拘束具のようにベルトがクロス字で全身に巻きつけられる。そのすべてを覆うように光の膜でできたマントのように靡くジャケットが夕陽の身体を三六〇度覆う。

 (な、にこれ……?)

 バチバチと自らを中心にして荒ぶりながら起こる電撃のようなものに状況を飲み込めきれていない夕陽は困惑していたが『何か』は淡々と告げる。

 【おめでとう、これで君は今日から最高最強だよ】

 そう言って『何か』は姿を消し、夕陽は一人取り残される。

 (やるしか……ないよね……)

 いつまでもめそめそ泣いていても仕方がない。家族を奪った張本人を殺す、そのために夕陽は跳躍して犯人を殺すために飛び立っていた。

 

 

 

 「ん……ああ……」

 夕騎はそこで目が覚める。寝起きの気分はあまり良いものではなく、ふと天井を見上げる。

 天井は見慣れない天井だった。

 あれから夕騎は頭痛に苛まれながら〈フラクシナス〉に士道たちとともに転送され、頭痛の次は酷い睡魔に襲われて診断もろくに受けずに医務室のベッドで寝てしまったのだ。

 頭痛は完全には消えていないが夕騎はとにかくベッドから上体を起こす。

 夕騎の隣にはベッドが等間隔で並べられていて間仕切り用のカーテンが纏められている。

 ――士道っちたちはまだ起きてねえようだな。

 仕切りのカーテンを少し開けて隣のベッドに寝ている士道やそれに付き添ってベッドに上体をもたれさせて寝ている十香などを見て夕騎はベッドから立ち上がる。

 狂三の霊力は本人に返したことで元の体格に戻っていて再生した右腕の痺れも完全に抜けきっていた。

 夕騎はふと思い出した記憶について考えていく。

 ――夕陽が精霊になっていた……? しかも、あの時の記憶が何で夕陽の視点(、、、、、)だったんだ? 普通なら俺の視点のはずだが……。

 謎は深まっていく。確かに夕騎は夢で過去を見ていた、しかもいままで知らなかった事実も知った。だが不審なのは夕騎が自分自身の姿を夕陽の視点で見ていたということだ。

 ――意味わかんねえぞコレ……。

 妹である夕陽は『何か』から虹色の宝石を受け取り、霊装を纏ってもいた。

 夕騎はあの時すでに右腕を失い、致命傷を負っていた。そして多分、命を落とした。

 それなのにいまは生きている。だが過去で精霊となっていた夕陽は死んだことになっている。

 しかも一番不思議なのが自分が曖昧でも覚えていた過去とまるで違う(、、、、、)

 「夕騎……?」

 記憶に頭を悩ませていると零弥が起きてしまったのかぼーっとした視線で夕騎の姿を見ている。

 「起こしちまったか?」

 「……夕騎? 夕騎……なのよね?」

 零弥は何度も確認するように手の甲で目を擦ってから問いかける。それもそうだ、間違いなく死んだと思った人間が目の前にいれば思わずこんな対応をしてしまう。

 「んだよー、俺は俺しかいねーってば」

 「夕騎ぃッ!」

 夕騎だと理解すればすぐさま零弥は夕騎に抱きつき、もうフルパワーで抱きしめる。

 「本当に心配したんだから……っ!」

 涙ぐみながらも馬鹿力で抱きしめられている夕騎はギブアップと言わんばかりに零弥の背中をタップしている。身体が鯖折り状態になっていて限界も近い。

 「ちょ、落ち着け、死ぬ死ぬ! トドメ刺される!」

 「……あ、ごめんなさい。つい嬉しくて……」

 ようやく鯖折り状態から解放された夕騎はとりあえず零弥の頭を撫でて言う。

 「ゴメンな心配かけたみたいで。それに傷もまだ癒えてねえだろ、おとなしくベッドで寝とけ」

 「……夕騎も一緒がいい」

 「……何この可愛い生物」

 いつもはお姉さん気質な零弥が甘え全開の上目遣いで見てきたので夕騎は思わず胸キュンして一緒に寝てしまおうかと思ってしまったが、夕騎は士道が起きてわーぎゃー言い出す前にやっておかなければならないことがある。

 「でも俺はコレからことりんに用があるしなぁ……わかったわかった。わかったからその上目遣いやめて。零弥が眠るまでて握っといてやるからそれで我慢してくれ」

 「ついていくのは駄目かしら……?」

 「まー聞かれたくない話だ。でも、いつか話せるようになったら話すさ。零弥は怪我のこともあるし今日〈フラクシナス〉に泊まっとけ」

 「わかったわ」

 零弥は夕騎の言うことをおとなしく聞くと夕騎が寝ていたベッドに寝て夕騎に手を伸ばしてくる。夕騎が優しくその手を握ると零弥は安心したように目を閉じる。

 影の中から狂三のパンツをガン見していた夕騎には計り知れないが相当不安がらせてしまっていたようだ。零弥は夕騎の手を両手で包むように握っており、すぐに寝息を立てる。

 それから数分間零弥の手を握り続け、零弥の手から力が抜ければ夕騎はふと笑みを漏らして医務室から出て行く。出て行くとすぐに栗鼠色の軍服を纏った令音と出会う。

 「……起きたんだねユキ」

 「おう、ところでことりんは起きてるか? どうしても士道っちが起きる前に聞きたいことがしたいんだけど」

 「……起きているが、一体何を聞くんだい?」

 「まーまー、起きてるなら案内してくれ」

 いつものふざけた口調だがいつもの夕騎とは何となく違うことを察した令音は言われた通りに夕騎を琴里がいる部屋へと案内していく。

 部屋がガラスで二分割にされている場所だった。手前側は実験室を思わせるほど機材がびっしり積まれているが奥の方はマンションの一室のように調っている。その一室には椅子に座った私服姿の琴里も見られる。

 「……こちらの声はあちらには届かない。行ってくるがいい」

 「ん、あんがと」

 夕騎は令音に礼を言ってガラスにあった扉から琴里のいる部屋へと入る。

 「よぉことりん、ご機嫌麗しゅう?」

 「あまり気分は良くないわ」

 夕騎は空いていた椅子に座ると、琴里から話しかけてくる。

 「生きていてくれて良かったわ」

 「ははは、心配かけたみたいだな。てか、ことりんも精霊だったんだな」

 「正確には精霊になった(、、、)っていうのが正しいわ」

 「五年前――だよな?」

 夕騎の発言に琴里の眉がピクリと反応する。

 「どうして五年前が出てきたのかしら?」

 「知ってるくせによ、炎の精霊が引き起こした五年前の火災。俺が記憶喪失気味になってる時の話さ、あの時の火災の原因はことりんだったんだろ?」

 「……ええ」

 「まあそのことを責めるつもりはないけどよ、俺が聞きたいのはことりんが俺の妹に会ってないかってコトだよ」

 夕騎の夢で見た記憶は妹の夕陽が雷の精霊となって家族の仇を討つために炎の精霊を目指して飛び立って言ったところで終わっているが、おそらくそのあとは琴里と何かしら接触していると思ったのだ。

 「わからないわ。私も五年前の記憶が曖昧なのよ。精霊になったってことは漠然と覚えてる、だけど細かい部分は覚えていないのよ」

 「そうか……真相はわからずってか」

 「夕騎の妹がどうかしたの?」

 「さぁな、会ってなかったらそれでいいんだ。じゃあな、俺は疲れたし家に帰って寝るわ。俺自分のベッドじゃないと安眠できないタイプだし」

 「待って、頼みたいことがあるの」

 夕騎が部屋から出ようとすると不意に琴里が夕騎の服を掴んでこの場に留める。

 「精霊の力が返ってきた時から時折、とてつもない破壊衝動に襲われるの。狂三の時もそう、夕騎に止めてもらっていなければ士道もろとも殺していたかもしれないわ」

 「……確かにあの時のことりんは様子がおかしかったしな」

 「他に頼みたいことは、もし士道が私の霊力を再封印できなくて私が暴走して手がつけられなくなってしまったら――私を殺して」

 「重たいな! つーか大丈夫だろ、お前の兄は優秀だから安心しとけ。それで無理だったら望み通りに全力で止めてやるよ」

 「任せたわよ」

 夕騎はヘラヘラ笑いながら退室し、一人になれば大きな溜息を吐く。

 影の中から見ていたが士道も精霊の姿となった琴里を見て驚いていたことは知っている。どうせ夕陽のことを聞いてもわからないだろう。

 だが一つだけわかったことがある。

 「三人とも誰かに記憶を消されてるって可能性が高いよな……」

 そう言って夕騎はもう一度大きな溜息を吐いた。


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