デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第二二話『深影の精霊』

 「うふふ、完全に霊装を纏えていないというのにわたくしに勝てると思っていますの?」

 細緻な装飾の施された古式の短銃を向けながら狂三は余裕そうに言った。

 零弥はそんなハンデを気にした様子はなく淡々と返す。

 「ええ、思ってるわ」

 「あらあら、それは困りましたわ!」

 黒い軌跡を描きながら一発の銃弾が零弥に向かって迫ってくる。

 零弥は籠手を纏っている左腕を盾にするように構えると閃光ののちに籠手から白盾が顕現されていて銃弾を弾いていた。

 「白盾は籠手に仕舞われているの、だからこうやって自在に顕現できる。いまの力だと聖剣一本に白盾一つが限界だけれどあなたには充分よ」

 と言っていきなり零弥は狂三に白盾を思いっきり投擲した。夕騎との戦いでは肌身離さずに白盾を自らを守る堅固な立てとして使っていたのにも関わらず大胆すぎるシールドアタックだ。

 「きひひ、血迷いましたの?」

 狂三は造作もなくその投擲された白盾を躱し、ガラ空きとなった零弥に向かって発砲しようとするのだがすでに零弥の動作は糸をたぐり寄せるかのような動作をしている。

 「私の〈聖剣白盾(ルシフェル)〉はこういった使い方もできるのよ」

 その瞬間、狂三の背後から衝撃が伝わる。とても鈍いが響く一撃、振り返ってみれば投擲された白盾はブーメランのように戻ってきていて狂三に激突していたのだ。

 ぶつかった衝撃で狂三の身体は零弥の方へ吹っ飛ばされ、零弥は次の行動に移っている。

 「【二地(にじ)発勁(はっけい)】」

 夕騎に敗北する原因となった一撃を狂三の腹部に本気で叩き込む。零弥は夕騎に敗北し、霊力を封印されたあとで夕騎には秘密裏に零弥との決闘の映像をひたすら見直して夕騎がどうやって発勁を放ったかを護身術として練習したのだ。何度も見続けたのでいまでは【一天墜撃】も再現できる。

 重心を極限にまで下げて放った霊力込みの発勁を喰らった狂三は軽く吐瀉し、地面に倒れ伏せる。

 「げほっ……げほっ……」

 「さて勝負はついてしまったようね時崎狂三」

 それでも落とした短銃を拾おうとする狂三に零弥は聖剣を短銃に突き刺して抵抗の余地をなくしていく。

 「さて場も整ったことでしょうし、そろそろ聞かせてもらうわ。夕騎はどこにいるの?」

 聖剣の鋒を向けて零弥は真剣な面持ちで問いかけるが狂三は発勁の衝撃で苦しみながらもクスクスと笑みを絶やさない。

 「ふふふ、それを知ってどうしますの……? すでに夕騎さんはわたくしの手中にありますのに」

 「……どういうことなの?」

 「言葉の通りですわ。どうしても真相が知りたければ屋上に向かうといいですわ。屋上はとても面白いことになっておりますし」

 狂三はそう言うと影の中に姿を消してこの場から逃走していなくなる。どこに行ったかはいまの発言を聞く限りは屋上だと思える。

 

 

 

 士道は来禅高校の屋上で狂三と相対していた。

 狂三が学校に張り巡らせたのは狂三の影を踏んでいる者を対象とした結界〈時喰みの城〉。狂三の影を踏んでいる人間の『時間』を吸い上げるものだ。

 狂三が扱う天使は狂三自身の『時間』を膨大に消費するという代償が大きい代物で、自身の『時間』を補充するために時折〈時喰みの城〉で人間の『時間』を奪っているらしい。

 狂三にとって人間とはただの餌。それ以上でもそれ以下でもない。

 「ああ――でも、でも、士道さん。あなたは別ですわ。あなたは特別ですわ。あなたと一つになるために、わたくしはこんなところにまで来ましたの」

 「一つになる……?」

 「そのままの意味ですわ。あなたを殺すなんて意味のないことはせず――夕騎さんと同じように食べて差し上げるのですわ」

 『食べる』という表現が比喩なのかどうか――なんてことはどうでもいい。

 狂三は、いまとんでもないことを言わなかったか? 士道の脳裏に最悪の考えがよぎる。零弥は昨日行方不明になった夕騎を懸命に探していた。〈フラクシナス〉からも夕騎は発見できなかった。

 「ど、どういうことだよ……夕騎はもうおまえに食べられてるのか…………?」

 士道は全身が総毛立つような悪寒に駆られながらも起こった現実を否定するために問いかける。

 狂三はそんな士道に少し呆れるような態度で返事をした。

 「わたくしが嘘をついても何の利益もありませんわ。夕騎さんはわたくしと永遠に愛し合うために運命を共にすることにしましたの。これで〈精霊喰い〉の力はわたくしのものですわ。最期の一言お聞きになられます?」

 士道が首肯すると狂三は夕騎の最期を思い出して言う。

 「I'll be back……そう仰っていましたわ。いまとなってはすでに叶わない夢になっていますけど」

 「俺が、目的だっていうなら、俺だけを狙えばいいじゃねえか! なんでこんな!」

 「夕騎さんだって目的の一つですわ。それにそろそろ『時間』を補充したかったですし」

 何故狂三がここまでするのか。朝に士道が狂三に言った『救う』という一言のせいだった。

 それから狂三の言動は士道に狂三を救うと言ったこと撤回させようとし始める。撤回すれば〈時喰みの城〉を解除するらしい。

 「……結界を、解いてくれ。だけど、おまえを救うことは諦めない」

 狂三からすれば意味不明な言い分だ。取引自体を覆そうとするような発言、士道の聞き分けのなさに狂三は次の手として空間震を零弥と同じようにして自発的に引き起こそうとする。

 近隣の住人は空間震警報が発令されればシェルターに非難することができる。だが〈時喰みの城〉の圏内にいる生徒や教師たちは気を失っていてとてもじゃないが避難できる状況ではない。

 心臓が高鳴る中、士道は一つの疑問を浮かべる。

 何故、狂三はここまでして士道の言葉を撤回させようとするのだろうか。

 疑問に思う士道に令音からの連絡が鼓膜を震わせる。

 『……狂三の精神状態が変化している。まるで君を……恐れているかのような数値だ』

 その言葉を聞いた士道は疑問が解決した気がした。

 そうなれば士道の取る行動はただ一つ。

 自分自身を人質とすることだった。追い詰められた犯人のような短絡的な考えだったが確かな効果はある。

 狂三が挑発したところ、士道は本当に身体をフェンスの向こうへ投げ出した。

 本当に飛び降りた士道を狂三は影を伝って抱き留め、再び屋上まで駆け上がり士道を放る。

 これで士道の人質の価値を証明してしまった。士道はそのまま言葉を畳み掛ける。

 「空間震を止めて結界も解いてもらおうか! 夕騎も返してもらう! さもないと舌を噛んで死ぬぞ!」

 先ほど躊躇いもなく身体を投げ出した士道は本当に実行しかねない、狂三は士道の出した条件を仕方なく呑んでいく。

 狂三にとって空間震や結界を解除することは造作でもないことだ。

 だが、夕騎は――

 「夕騎さんは……これくらいしか(、、、、、、、)ありませんわ」

 狂三が影から取り出したのは夕騎だったもの(、、、、、)の右腕。

 それを狂三は士道の元へと放り投げる。その右腕は生々しく、士道はぎりっと歯を食いしばった。

 この事実を聞けば零弥はどれだけ悲しむだろうか。

 もっと早くに狂三の霊力を封印できていれば、そんな後悔の念が募っていく。ただいまは悲しむよりも先にやり遂げなくてはならないことがある。

 「じゃあもう一つ――聞いてもらおうか。狂三、おまえに一度だけやり直す機会を与えさせてくれないか」

 「まだ言いますの? はっきり言ってありがた迷惑ですわ」

 右腕だけになってしまった夕騎(しんゆう)のためにもやりきらなければならない。

 時崎狂三を――救うということを。

 「殺すことも殺されることもない平穏な生活をおまえは好きになるかもしれない。だから一度でいい、俺にチャンスをくれ」

 「でも、そんなこと……」

 「俺にならできるんだよッ! おまえが俺の親友を食べ(ころし)たとしても、おまえがどんなに間違っていようとも! 俺がおまえを救っちゃいけない理由にはならない!」

 その言葉を聞いて狂三は混乱したように目を泳がせ、何か言おうとした瞬間。

 

 「――駄ァ目ですわよ。そんな言葉に惑わされちゃあ」

 

 どこからともなくそんな声が響いたかと思えば士道の目の前にいる狂三の胸から一本の赤い手が伸びていた。

 その赤は血で彩られており、士道が状況を理解する頃には狂三は地面に倒れ伏していた。

 「こんなことで狼狽えて、この子には困ったものですわ。わたくしの夕騎さんを勝手に外に持ち出した上に雑に扱って……この頃のわたくしは若すぎたかもしれませんわね」

 狂三を殺した狂三(、、)は血で濡れた右手を払いつつ、士道の近くに落ちていた夕騎の右腕を拾い上げて大層大事そうに抱き抱える。

 「もう間怠っこしいのはやめにして早く終わらせましょう。夕騎さんもそれを望んでいるようですし」

 物言わぬ夕騎の腕を狂三は悦に浸ったような表情で軽く頬ずりし、士道の足下からは白い手が現れて動きを止める。

 「――これで終わりですわ」

 狂三が士道に触れようとした瞬間に狂三の右腕は何者かに切断され、くるくると宙を舞って地面へぼとりと落とされる。

 一瞬苦悶の表情を見せた狂三だったがバックステップで士道と距離を取り、士道の前に降り立った一人の少女へと目を向けた。

 「――また、危ねーところでしたね兄様」

 ワイヤリングスーツを身に纏い、姿を現したのは士道の実妹である真那だった。

 両手には巨大なレイザーブレイドを構えていて狂三に対してすでに臨戦態勢を取っている。

 「く、ひひひひひ。あら、あら……またあなたですの? 私の霊装をこうも簡単に切り裂くなんてさすがですわねえ――でぇ、もぉ……わたくしだけは殺させて差し上げることわけには参りませんわねぇ」

 「……その腕は」

 真那は狂三がいまも左腕に抱えている夕騎の右腕を見て小さく声を漏らす。

 狂三は余裕に満ちた妖しい笑みで揚々と答える。

 「きひひひひひひひッ、気づいてしまいました? 気づきますわよねぇ? 夕騎さんはすでにわたくしの手中にありますわ。羨ましいでしょう? 悔しいでしょう? そうですわよねぇ真ァ那さん」

 「……いますぐその減らず口を黙らせてやりますよ、精霊」

 真那らしからぬ憤怒に染められた表情。

 それとは真逆に狂三は心底愉快そうにリズム良くステップを踏んだかと思えば手を天高く上げ、

 「おいでなさい――〈刻々帝(ザァァァァフキェェェェル)〉」

 狂三がそう叫ぶと彼女の影から身の丈の倍はあろう巨大な時計がゆっくりと姿を現した。そして狂三の左手には細緻な装飾がなされた短銃が構えられる。

 天使、精霊が持つ絶対にして最強の武器。またの名を『形を持った奇跡』。

 「すぐに【四の弾(ダレット)】でわたくしの腕を元に戻しても良いのですけれど……こうした方が真那さんには面白そうですわ」

 そう言って狂三は夕騎の腕を自らの傷口に接合部を当てると夕騎の腕は見事に癒着し、狂三は手の感覚を何度か確かめる。

 「……何ですかその気持ち悪い手品みてーなのは?」

 見事に癒着した腕を見て真那は侮蔑の目で狂三を見ると狂三は自慢気に腕を見せながら言う。

 「くひひひひ、手品ではなく愛が成せることでしてよ? ほォらこれで満足に遊べますわ」

 さらに時計から古式の歩兵銃を右手に収めると狂三は腕をクロスさせて構える。

 「大した狂愛でやがりますね。……〈精霊喰い〉も自分の腕がこんな風に使われて悔しいがってやがるでしょう。貴様を殺し尽くして死体を手向けにしてやりますよ!」

 「あーらあら、大したお仲間意識ですこと。でも、あなたにわたくしを殺しきることは絶ェェェェェェッ対にできませんわ!」

 狂三は左手にある短銃を天へ向けると、

 「〈刻々帝(ザフキエル)〉――【一の弾(アレフ)】」

文字盤の『Ⅰ』の部分から影が伸び、狂三が握る短銃に込められるとその銃弾を自分の顎に向けて撃ち出す。

 瞬間移動。それに近い速度で狂三が真那の目の前に現れたかと思えば古式銃の引き金を引き、真那の身体を空中に投げ出す。

 「このッ!」

 真那が狂三の方を見た時には狂三の姿はなく、背後を取った狂三の蹴りが真那の背中を捉える。

 随意領域(テリトリー)は知覚さえできれば相手を捉えることができる。真那が次の行動を取ろうとした時にはすでに狂三は新たな銃弾を装填していた。

 「【七の弾(ザイン)】」

 『Ⅶ』の数字から伸びた影が装填され、猛進してきた真那に放つ。

 「無駄で――」

 真那の動きがそこで止まる。それはまるで時を止められたかのようにピクリとも動かなくなる。

 「え……?」

 士道が呆然としているうちに狂三は次々に真那の身体に銃弾を撃ち込んでいく。

 銃弾は撃つたびに影から再装填され、数秒経ったあとには真那の身体は鮮血を噴き出していた。

 「はァい、これでトドメですわ」

 古式銃を握っていた狂三の手にはいつの間にかナイフサイズに成長した〈精霊喰い〉の牙が爪のように装備されており、士道は全身に悪寒が走った。

 「真那逃げろッ!」

 「きひひひひひひひひひ、遅いですわァ! 【一天墜撃・竜爪】ッ!」

 夕騎の技を模した狂三の一撃は真那の身体を確実に捉えて屋上に叩き落とす。狂三は空中から屋上へと舞い戻ると、

 「もう終わりですのォ? 残念ですわねェ」

 狂三が勝ち誇っていると後方の扉が荒々しく開かれ、十香、折紙、零弥の三人が姿を現す。

 「あらあらあら、みなさんお揃いで」

 「狂三、勝負の途中で逃げ出すとは!」

 「もう逃がさない」

 「時崎狂三、言われた通り屋上に来たわ!」

 三者三様に言って互いに怪訝そうに顔を合わせる。その表情はまるで狂三が何人もいるような反応だった。

 「こんなか弱いわたくしに、こんな多勢で襲いかかろうだなんて物騒ですわ、恐ろしいですわ。でも、今日のわたくしは本気ですの。ねえ――わたくしたち(、、、、、、)

 奇妙な物言いに士道たちは眉を顰めるが影から出ていた白い手が一斉に姿を現したことで全員が驚きを隠せなくなる。

 影から現れたのはすべて狂三。霊装を纏った狂三が影から這い出てきたのだ。

 「これはわたくしの過去。わたくしの履歴。様々な時間軸のわたくしですわ」

 本体(オリジナル)の狂三がそう語る。

 真那が狂三を殺しきれなかった理由もこれだった。

 「終わりに、いたしましょう」

 どれだけ抵抗しようが狂三は圧倒的な人数で真那たちを押さえつけ、士道を抵抗できないように拘束する。

 夥しい人数で押さえつけた狂三は暴れる十香たちの前を横切っていき、士道の前へと歩み寄っていく。

 「待っ、て……」

 零弥は押さえつけられていようが構わずに狂三に問いかける。狂三の華奢な肉体には合わない筋肉質な右腕、零弥の見間違いでなければあれは間違いなく――

 「そ、の腕は……?」

 「うふふ、すでに勘づいているのでしょう? 夕騎さん風に言えば運命同化体ですわ」

 狂三の言葉を聞いて零弥の繊維は完全に削がれた。顔を地面に伏せて完全に動かなくなる。多分、狂三たちの拘束がなくても零弥はもう動かないだろう。

 「これでようやく士道さんをいただけますわ。その前に零弥さん同様に抵抗する気も起こらないように絶望させてあげますわ」

 右腕を掲げると再び空間震警報が鳴り響く。今度は士道が狂三を誑かさないように狂三の分身体が士道の口の中に指を突っ込んで封じる。

 来禅高校の周囲から凄まじい音が響き、自身のように空気が震える。

 耳障りな高音、狂三の高笑い。

 絶望的な状況だったが数秒経っても何も起こらない。

 「零弥が言っていたことを参考にさせてもらったわ。空間震に同程度の空間震をぶつけることによって相殺する、はじめてだったけどぶっつけ本番で上手くいったのは僥倖よ」

 「誰ですの……?」

 狂三の不審そうな声とともに空を見上げてみれば炎の塊が浮遊していた。

 その炎の中に一人の少女が見える。

 少女の着ているものは和装のようで袂は炎と半ば同化するように揺らいでおり、腕や腰に絡みつく炎の帯は天女の羽衣のようだった。

 頭部には無機的な角が二本。だが、片方の角は何故か欠けて(、、、)いて非対称になっている。

 その少女は士道が知っている――

 「琴、里……?」

 そう。士道の妹で〈ラタトスク〉の司令官。

 「――少しの間、返してもらうわよ」

 炎をその身に纏いしその少女――琴里は持っていた巨大な戦斧を軽々しく振り回すと狂三に向けて言う。

 

 「さあ――私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 


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