デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

22 / 110
第二○話『ボディガード』

 「なーんでこんなことになってるのやら……」

 夕騎は開校記念日の日に何故か黒のスーツ姿できっちりと身なりを整えて天宮駅の改札口から少し離れた位置に身を潜めていた。黒いサングラスを掛けているその姿はまさにボディガードのようで良くも悪くも目立ちそうな格好だった。

 何故夕騎がこんな場所でこんな姿でこんなことをしてるのかというと。

 『あなたの今日の任務は士道の護衛。士道の身に何か遭った時に〈フラクシナス〉にいたら即座に反応できないじゃない。だから夕騎には一番重要な狂三の見張りをしてもらうわ』

 この指令がモーニングコール。琴里は人使いが荒くなる時がある。

 夕騎は何も予定のない休日は日頃の疲労を癒すために自然に目覚めるまで睡眠を摂るのだが今日は強制起床でまだ眠たさが残っている。

 スーツは零弥が任務に行く前に宅配便で受け取っていたらしく、要するにこれを着て行けということだろう。琴里はたまに雰囲気を作りたがるところもある。

 しかし、士道は罪な男だ。

 まさか十香、折紙、狂三とのデート日がすべて被ってしまうなんて。

 十香はどういう経緯でデートすることになったかは知らないが折紙を仕向けたのは夕騎自身だがまさかこんなことになるとは思っていなかった。ちょっとした悪巫山戯が起こしてしまった悲劇だ。

 「せめてこの護衛だけでもきちんとやってやろう……」

 改札前にある時計は午前一〇時三〇分を指そうとしている。狂三はきちんと一〇分前に到着していて夕騎は遠目だが感激して心の中で拍手を送っていた。

 狂三の服装は高級そうなブラウスにロングスカートという出で立ちでそれらすべての色が黒なので喪服のようなイメージが湧くが狂三はやはり黒が似合っている。

 心の中でさらに賛美していると近くにいた小学生低学年ぐらいの少女が夕騎のスーツの袖を引っ張り話しかけてくる。

 「おにーさん、『とーそーちゅー』してるの?」

 『逃走中』とはたまにテレビ番組でやっている番組でそれを観ていた零弥は「きっと周りにいるカメラマンのせいでハンターに気付かれてるわ」などと評価していたがハンターもそこまで鬼ではないと夕騎は思っている。

 ちなみに零弥は〈フラクシナス〉で四糸乃の相手をしている。休日になれば零弥は四糸乃の様子を心配なので見に行っているのだ。たまに五河家で食卓を囲むこともある。

 夕騎は怪訝そうにしている少女と視線を合わせると、どう返せば良いか考える。

 「お兄さんはハンターではなくボディガードってヤツだよ」

 「だれの?」

 この小学生、意外と食いついてきてしまった。

 いや袖をぎゅっと掴んで物凄い食いつきっぷりだ。ここまで食いつかれるなら逃げておけば良かったかもしれない。

 『夕騎くん、健気な少女の疑問は解決してあげるべきですよ』

 インカムから神無月の声が聞こえてくる。気のせいか息遣いが荒い、間違いなく不審者だ。

 だが小学生の目は爛々としていて答えるまで逃がしてはくれないようだ。親はいないのかこのガールと思いつつ夕騎は答える。

 「お兄さんはあの黒い服を着た女の人を影から護衛しているんだよねえ」

 士道が生憎まだ来ていないので狂三を指して答える。

 「おにーさん、もしかして『すとーかー』?」

 「断じて違う! あの人はな、実は物凄いお嬢様なんだよ。ここだけの話……いつ命を狙われてもおかしくない」

 嘘のように思えて事実を話す。少女はそれを聞いてテンションが上がったようでさらに質問してこようとするが夕騎の肩を後ろからトントンと叩く者がいたので夕騎はそちらに振り向くといま一番会いたくない少女が不審そうな目で夕騎を見ていた。

 「何してやがるんですか小学生相手に……通報しますよ?」

 「待てコラ誰が不審者だコラ」

 そこにいたのは同じDEM社からASTに出向の身となっている真那だった。

 服装も私服で前のと似たような服を着ている。

 「そんなスーツ姿で小学生と話してる輩なんて不審者に違いねーですよ」

 「言ってくれやがるべ中学生が! このちっぱいが!」

 「会うたびに胸のことばかり言うのは失礼でやがりますよ!」

 「男子たるもの誰だって女の胸に興味が行く時期だってあるさ! 貴様の兄もおっぱいおっぱい言ってた時期はあるんだざまァ!」

 「に、兄様の侮辱は許さねーですよ!」

 小学生を放置してまた言い合いになる真那と夕騎。小学生の方はというと保護者が来てきちんと連れて行ってくれた。

 『そうなの夕騎? もしかしてお風呂でも私の裸を……』

 胸のことで言い合いになっているとインカムから怪訝そうな声音で零弥が問いかけてくる。心なしか声が少し冷たい気がするが。

 夕騎が精霊からダシが出るのかどうか調査しようとしているので零弥が対策として夕騎と一緒に入浴しているのだが、洗髪し終えたあとでシャンプーを流そうとしている隙に何度かは零弥の上半身を凝視したことはあるが湯気で上手く見えず断念したことはある。

 「(……ちょ、待ってください零弥さん。確かに見ようとしたことはありますけども! 違うんです! いまのマイブームは精霊のヒップなんですってば!)」

 『だから学校でも階段を上がる時に自然と私の後ろを歩いていたのね……』

 『……ドン引きだわ』

 零弥と琴里のダブルパンチを喰らってインカムでの通信を切られた夕騎は真那に言い返す気力がなくなっていく。

 言い返してこなくなったことに真那は不審に思い、

 「どうしやがったんですか?」

 すっかり擬似賢者モードになってしまった夕騎は肩をがっくり落としながら問いかける。

 「……何でもナッシブル。つーか何でマァナちゃーんはここにいんの?」

 「今日はたまたま非番で暇を持て余してやがるんですよ。で、歩いてたら何やら小学生相手に不穏な動きを見せてるのがいやがったんで見てみればあなただったんですよ」

 「逆に絡まれてたのはコッチだっての」

 「こちらから言わせてみれば黒スーツにサングラスの時点で充分に怪しいんですけど。何してやがったんですかここで」

 今度は真那が問いかけてくる。ここで馬鹿正直に「狂三の護衛をしてたー」なんて言った時にはまた真那が襲いかかって狂三が殺されてしまう。

 ――てか狂三たちは!?

 真那との言い合いですっかり視界から外れていた改札口前に視線を戻すと狂三の姿はもういなくなっていて、おそらく士道と合流してデート地に向かったのだろう。真那がいるこの状況ではありがたいのだが琴里も一言ぐらいいってくれても良かっただろう。

 携帯電話の液晶画面を見てみると選択肢がすでに表示されていてデート地はランジェリーショップと表示されている。

 ――いまから向かうって言っても男であるランジェリーショップに入るわけにはいかねーし、狂三の下着姿を見ようだなんて士道っちめ……何と羨ましい!

 「……早く質問に答えてやがってくださいよ」

 『いま真那を狂三に近づけさせるわけにもいかないし、かといって放置しておくのも危険だわ。夕騎、真那をデートに誘いなさい』

 ――ぐぇぇぇぇぇぇぇ……マジですか……。

 人生二度目のデートがまさか真那とはこちらから願い下げなのだが、琴里の言う通りにこの状況ではそうするしかない。

 「ん、別に俺も暇だったんだっつーの。どうせ暇なら一緒にデート行こうぜ真那ちゃーん」

 「え、嫌で――」

 「レッツゴォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 断ろうとした真那の背中を押して強制的に人生二度目のデートが始まったのだがすぐに詰まる。

 「大体デートって言っても何しやがるんですか」

 確かに真那の言う通り

 「さあねー、互いに退屈しのぎだし何ならマァナちゃーんの下着でも選びにランジェリーショップにでも――」

 「きめーです」

 「デスヨネー」

 いままさに狂三を連れてランジェリーショップに旅立った実の兄にそれを言って欲しいものだと夕騎は心底思いながらも真那の背中を押しながら道を進んでいく。

 「真那は日本に来て食いたいものとかねーの?」

 何のプランも練っていなかった夕騎はとりあえず真那に聞いてみる。まず食べ物前提で話をしているのだが真那もそこはツッコむことはしない。

 「そうですね……たまにはアイスクリームでも食べたいです」

 「ぷぷ、子供(笑)」

 「そ、そっちが聞きやがったんでしょう!」

 夕騎が口元に手を当ててぷぷぷと含み笑いをすると真那が顔を少し赤く染めて反論してくる。

 必死に反論してくる真那にいつもとは違った年相応の少女に見えた夕騎はかつて自分にもいた妹の影とも思えて自然と真那の頭をぽんぽんと撫でていた。

 突然頭を撫でられた真那は不審そうな視線で夕騎を見る。

 「急にどうしやがったんですか? 頭なんて撫でて」

 「……ははは! 気分だボケェ! さっさと行くぞ! どこにあるかは知らんが!」

 「相変わらずわけわかんねー人でやがりますね!」

 互いに道も知らずに走り出していく。何だかんだで仲が良いかもしれない二人だ。

 

 

 

 「…………」

 「あ、あの……零弥お姉様……?」

 『れ、零弥おねーさん……?』

 士道が女子三人相手に時間配分をきちんとして何とか順調にデートし、夕騎は士道たちに真那を接触させないためにデートをしているのだが零弥は夕騎が真那とデートしている様子が映し出されている画面を絶対零度の視線で眺めていた。さすがにその姿を見ている四糸乃と『よしのん』は気まずげに声を掛ける。

 「四糸乃、よしのん、どうしたのかしら?」

 零弥が四糸乃たちの方へ顔を向けて微笑む。四糸乃は零弥の笑っている顔が好きなのだがこの笑顔は逆に怖い。

 「別に何も思ってないわ。これは必要なデートなのよ? それなのに私が嫉妬するわけないじゃない」

 時刻は三時三〇分過ぎになっていて夕騎は昼食を終えたあと真那と映画を観に映画館へ行き、上映五分で二人もたれ合って見事に爆睡してしまっている。仲が睦まじい姿を堂々と見せつけてくれるものだ。

 零弥は別に怒ってはいない。この前、夕騎を映画に誘ったのだが「映画って眠たくなるじゃん」と言ってやんわりと断られたというのに真那とは行くのね、なんて微塵も思ってはいない。画面に小さく表示されている零弥の機嫌メータが下落しているのも気のせい。

 「ゆ……夕騎さんは士道さんのデートのため……に時間を稼いでくれてる……ので怒らないであげてください」

 『そうだよー。夕騎くんも寝ているようで士道くんのデート成功を祈願して頑張ってくれてるんだからそんなカッカしないで』

 「わかってるわ。……それに怒ってないし」

 少しむっとした顔で言う零弥に四糸乃は不覚にもドキッとしてしまった。

 「心配しなくても夕騎ならきっと埋め合わせをしてくれるわよ。もしかしたら埋めすぎて隆起するかもしれないぐらいに」

 琴里がさりげなくフォローする。このままでは精霊の力が零弥に逆流してしまう危険性があったのだが、いまの一言で零弥の機嫌値が安全圏まで一気に上がる。夕騎のことはわかっているつもりなので零弥は納得し、画面に視線を戻すと狂三の方で異変が起こっていた。

 士道が目を離している隙に狂三が姿を消したのだ。しかも狂三を追っていたカメラの映像は途絶えてしまっている。

 「司令! 微弱ですが、公園東出口付近の路地裏に霊波反応! この反応は間違いありません、時崎狂三です!」

 その報告を耳にすると状況はわからないが琴里は士道に現地に向かうように指示し、次に聞こえたのは士道の悲鳴だった。

 「夕騎くん起きてください! いますぐに近くにある公園東出口付近の路地裏へ!」

 映像は途絶えてしまってわからないが神無月はすぐに夕騎に指示を送るとバッと夕騎が目覚める。

 『ん、ああオッケー!』

 隣にいたはずの真那はいつの間にか隣から消えているがそんなことに構っている暇はなく早々に映画館から走り去っていった。

 

 

 

 「だぁークソ! こんなことになるなら映画館で睡眠摂ろうだなんて言わなきゃ良かった!」

 夕騎は自らの行動に後悔しながら走っていた。

 狂三が士道の力を求めていたのは知っていた。最初から食べようとしているのも知っていた。

 なのに夕騎はそのことを狂三の『お願い』だからと誰にも話さなかった。

 狂三の狙いはおそらくだが士道の力そのものではなく士道がその身体に溜め込んでいる何人もの精霊の霊力。

 どんな目的で使うのかはわからないが止めなければならない。

 とにかく全速力で夕騎は走り続けた。指定された場所まで最低でも一〇分は掛かる。

 真那はすでに士道のもとにたどり着いて狂三の分身体を殺害しているかもしれない。だが、それはあくまで可能性の話だ。もしかしたら士道はすでに狂三によって殺されているかもしれない。

 そんな焦りばかり募っていく。

 「狂三、出てこい!」

 珍しく焦燥に駆られた夕騎の声に影の中から狂三が足下を影に残したまま現れる。

 「どうなさいましたの夕騎さ――」

 会話をしている場合ではなかったので夕騎は無言で狂三の霊装の一部であるコルセットを強引に剥ぎ取ると〈精霊喰い〉の牙で霊力を吸収し、霊力による爆破加速でスピードを上げていく。

 「ちょ、ちょっと夕騎さん!?」

 「ゴメンだけどいまは話してる余裕ないし!」

 狂三が何か言いたげに話しかけようとするが夕騎は狂三を影に押し込み、壁などそのままタックルで突き破って指定地である路地裏にたどり着いた。

 「ぜぇ……ぜぇ……」

 激しい動悸に荒くなる息遣い。深呼吸を幾度となく繰り返し、冷静に状況を見てみると凄惨な光景が眼前に広がっていた。

 立っている少女以外に見えたのは夥しいほどの血の海に地面に散らばっている死体の数はおよそ五つ。見ず知らずの人間の死体は四つ、そして残り一つは――

 「真那……士道は…………?」

 「……随分と遅かったでやがりますね。すでに〈ナイトメア〉は私が始末しました。それに兄様は避難させましたよ」

 残り一つの狂三死体の近くに立っていた真那は酷く疲れた様子で夕騎を眺めていた。何故ここに士道がいたのを知っているのか、などと聞いてくる気配はない。

 狂三の分身体が死んだことは残念だが士道が生きていてくれて良かったと心の底から思った夕騎はとにかく狂三の死体の前にしゃがみ込み、少しの間黙祷をしてから死体を喰らった。

 その様子を何の感情もなく見ていた真那は昼間とはまるで別人のような声のトーンで夕騎に問いかけてくる。

 「〈精霊喰い〉……私のやり方は正しいんですか? 〈ナイトメア〉を、人を殺す精霊を、人を守るために、殺し続ける――私のやり方は間違ってやがるんですか?」

 士道に何か言われたのか、真那の目には迷いが見えた。迷いがなければ真那が夕騎に答えを求めるなんてことはしない。

 そんな真那を見て夕騎はふぅ、と一息つくと話し始める。

 「正義と悪の基準を――真那は知ってるか?」

 「え……?」

 「正義と悪の基準なんて所詮ソイツ自身の匙加減にすぎねえんだ。だからどう正義を全うしようとしても他者から見てはソイツは悪になるかもしれない。たとえば殺人を繰り返す悪を正義が殺す、無関係なヤツからすりゃあ両方ただの人殺しの()だ」

 「……だったらどうすればいいんですか!?」

 ユニットを纏ったままの真那が夕騎の胸元に額を当ててくる。夕騎は真那の頭に手を置きながら答える。

 「他人のやり方に誰も間違いだなんて指摘できない。だって本当の意味で正しいやり方なんて誰も知らない(、、、、、、)からだ。俺が言えるのはただ一つだな、自分で考えろ。悩め。自分が最善だと思うやり方を信じろ。他人にどうこう言われて迷うならそれは導き出した答えを真那が自己採点した結果間違えてるって思った証拠(、、)だ」

 「何ですかそれ……」

 「ま、次に会う時には小生意気な口を元に戻しておけよ。反論してこねーマァナちゃんなんて面白くないからな」

 そう言って夕騎は真那の頭を乱雑に撫でるとASTの増援が到着する前に路地裏から出て行った。

 

 

 

 「くあー……ちょっとキザっぽかったか? あんなことを言うなんて俺ちゃまチョー恥ずかしいヤツじゃねえか」

 帰り道、夕騎は先ほどの発言を振り返って恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。ここまで羞恥心が出てくるのは案外久しぶりかもしれない。

 自分でも何故あんなことを言ったのかはわからないが、とにかく真那自身が出した答えに迷って欲しくはなかったというのが夕騎の本心だろう。

 精霊以外にあんな真摯な対応をするなんてと反省しているとふと先ほどの場所とは違う路地裏が目に入る。

 「路地裏ってこええよな……最近、路地裏にイイ思い出ねえぞ」

 夕暮れで奥がどうなっているか見えないくらいに暗くなった路地裏を見ていると――

 

 突如として伸びてきた白く細長い手が夕騎の四肢を拘束し、強引に路地裏へと引きずり込んだ。

 

 「ぐえッ!?」

 そのまま奥の壁に押し付けられた夕騎は肺から空気が一気に漏れ出す。衝撃でインカムは耳元から外れて地面に転がり、白い手に握りつぶされてしまった。

 その白い手には見覚えがありすぎる。昨日も見たほどに。

 「はじめまして(、、、、、、)、夕騎さん」

 真近に迫った少女の表情。相手の両手はそれぞれ夕騎の顔の隣にある壁に触れていて視線を相手から逸らすことさえできない。

 「く、る……み…………?」

 「ええ、そうですわよ。夕騎さんが会うのを待ち焦がれていた――本体(オリジナル)の時崎狂三ですわ」

 姿形はいままでの分身体(くるみ)と同じなのだが、身に纏う雰囲気は圧倒的に何かが違う――夕騎は本能的に理解した。

 これが本体(オリジナル)の狂三なのだ、と。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。