デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「てゆーか何でついてきてんのさ」
狂三の死体を喰い終えた夕騎はASTの隊員たちに事後処理を任せて、これ以上遅くなれば零弥も心配するだろうと思いおとなしく寄り道せずに帰り道を歩いているのだがその後ろには狂三を殺した真那がついてくるように歩いていたのだ。
パーカーにキャロットスカートというラフな格好をしている真那は心外だと言わんばかりに言う。
「私はそっちに用があってたまたま同じ道を歩いてやがるんですよ。好き好んでついていってるわけじゃねーです」
この妙に敬語になっていない口調は誰に教わったかわからないがとりあえずロクでもないヤツだと仮定して夕騎は「ふぅん」と頷いて歩みを進めていく。
それっきり会話がなくなった二人。そもそも仲は良くないので会話が続かないのだ。
「つーかコッチになんかあるか? 俺ってば士道っちの家ぐらいしか知らねえぞ」
その言葉に真那がピクッと反応したのを夕騎は背中越しでわかった。
「目的は士道っちか?」
「知ってやがるんですかッ!?」
小走りで追いついてきてグイッと顔を近づけ先ほどとは違って随分と過剰な反応である。夕騎は急に絡んできた真那に困った表情をしながら言う。
「だって隣の家に住んでるし。同じクラスだし?」
「そうでいやがりますか! で、で、兄様はクラスではどんな感じで過ごしてやがるんですか!?」
士道の話題となればグイグイと聞いてくる真那の顔を払いながらとりあえず事実を述べてみる。
「別に普通だぞ。殿町っていう『おホモだち』がいて、十香っていう美少女や鳶一を連れ回してるな」
「話だけ聞くととんでもねージゴロになっていやがるんですけど!」
事実だけを述べたつもりだったが真那は『兄様』の話を聞いて困惑気味に眉を顰める。
「大体、兄様って何? どこの皇女ですかアンタは。いやアレは『お兄様』って言ってたか」
「〈精霊喰い〉には関係ねー話でやがりますよーだ」
「うわ腹立つ、生意気なのはこのオクチですかァッ!?」
夕騎は年上らしからぬ態度で真那の両頬を両手で抓る。
「
仕返しをしようと真那も手を伸ばしてくるが夕騎には届かない。腕を限界まで伸ばして離しているからだ。
「年上をあまり馬鹿にしてはいけませんってエレンのババアに教わらなかったか真那ちゃぁん」
夕騎は真那の腕が届かないのを確認するとニタニタ笑いながら勝ち誇る。
それを見た真那はうぬぬ……と唸り、やがて何か思いついたのか夕騎の腕を掴む。
そこから夕騎の腕を軸に下半身を上げて脚を夕騎の首に巻きつけるようにして絡め、そして一気に身体をぐるんと回転させて地面に倒れる。その反動で真那は夕騎の首を脚で締めながら背後を取り、完璧な絞め技が炸裂している。
「調子に乗りやがりますからこうなるんですよ!」
「げふッ! 生脚とか気にしねえのか小娘め!」
こうしてまた喧嘩をし始めたDEM社二人組、すでに絞め技を喰らった時点で夕騎の負けが半ば決定しているのだが夕騎は余裕の笑みで舌を出す。
「ふ、精霊じゃないのが悔しまれるが……【
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!? マ、マジで舐めやがらないでくださいよ!」
中学生の生脚をリアルに舐めるという暴挙としか言いようのない変態行為に出た夕騎は真那の脚による締めつけが弱まったところで肩車するように立ち上がり、走り出す。
この状況、真那が通報すれば確実に真那の勝利である。
羞恥で顔を真っ赤に染めた真那はプルプル震えながら必死に堪えている。
夕騎はというともう色んな意味で勝ったので肩車しながらスキップしながら走っている。
すると前方に見たことがある二人が買い物袋を持ちながら歩いてくる。いまの状況を見られては通報されかねないがとにかく真那への嫌がらせのために夕騎はそのまま進む。
「よー士道っち」
「よう……って何やってんだよおまえ!?」
士道は夕騎が見知らぬ女の子を肩車しているのを見て驚き、真那も士道の姿を見ればすぐさま夕騎から飛び降りて士道のもとへと走り出す。
何だと思って見ていると真那はそのまま士道に抱きつき、押し倒して士道の胸に顔を埋めながら言った。
「――兄様……ッ!」
士道もこれにはさらにびっくり仰天。真那のことはまったく知らなかったのである。
夕騎はこれ以上この件に関わると零弥が怒りそうなので真那が切に語りだしたところで自らの家に避難していったのだった。
「夕騎!」
やっとの思いで帰宅した早々エプロン姿の零弥がリビングから玄関まで飛び出してきて慌てた様子で夕騎に抱きついて身体に異常がないか細かくチェックしていく。過保護は前からのことなのだが狂三が転校してきた時から零弥の過保護っぷりが急上昇しているので夕騎も少し困っている。
「大丈夫だった?」
「大丈夫だっての。逆に何をそんなに警戒することがあるんだよ?」
「そんなの時崎狂三のことに決まってるわ」
この通り零弥は狂三が転校してきた時から警戒心剥き出しなのだ。おかげで夕騎は机に押し倒されてまで早く帰ろうと言われ、非モテな男子たちから殺気を浴び、女子からは色々と噂されてしまうのだ。夕騎は別に構わないのだが零弥が困ってしまうだろう。
「つーか零弥がそんなに警戒する意味がわかんねーし? 狂三きゃわいいし?」
それを聞いた零弥はグリッと踵で夕騎の脚を踏みながら言う。
「警戒するに決まってるわ。私は一度、時崎狂三に会ったことがあるのだから」
「え、零弥会ったことあんの?」
「ええ、どこでかは思い出せないけど会ったことがあるわ」
零弥が狂三と会ったのは零弥という存在が誕生し、精霊を守ると決めてから少し経ったあたりだった。
狂三も零弥同様に静粛現界ができるようで何の警報もなしに現界したのだ。零弥は街中で狂三を発見した時は精霊だとはわからなかったが直感的に見て周りの人間と比べて狂三は異質だった。
類稀なる容姿もだったが狂三が人間に向ける視線が餌場を見つけた獰猛な獣のようだったのだ。
零弥は狂三を尾行してみることにした。なるべく距離を空けて気づかれないように。
すると徐に狂三は建物の中に消え、その後を追うと――
建物の中は血の海と化していた。だが不思議なことに死体はひとつもない。
(――あら、あなたは一体? 見たところ普通の人間ではなさそうですけど)
狂三は零弥をひと目見ただけで人間ではないと察した。霊装を身に纏っていて明らかに故意で人を殺めている。
掴みどころがない影そのもの――零弥が狂三に抱いた印象はまさにそれだった。
「だから私は何を考えてるかわからない時崎狂三と夕騎が接触するのは好ましくないのよ」
「零弥の言い分もわからなくはないけど……そのあとはどうなったんだ?」
「そのあとは確か……」
(……名前はまだないわ。それよりあなたはどうして人を殺める必要があるの?)
零弥は自然とそんなことを問いかけていた。目の前でこういう惨状になっていれば問いかけたくなるのも無理はないが狂三は至極当然のように答えた。
(あなたに必要なくともわたくしには必要不可欠なことですわ)
「その言葉を聞いて私は猛烈な悪寒を感じたわ。そして――」
(息の根を止めてやりますよ〈ナイトメア〉)
その場に機械の鎧を纏った中学生くらいの少女が現れた。
狂三はその少女を知っているようで微笑むだけだが少女の方からはとてつもない殺気を感じた。
「善と悪の区別がつかなかった私はとにかく時崎狂三を逃がすために力を使ったわ。結果的には逃がすことは成功して私もその場から退散したわ」
人を殺めていたとしても精霊は精霊。守らなければならない理由はあったので零弥は少女の魔の手から狂三を逃がした。
「よくやった零弥たん! さすがラブリーマイエンジェル!」
本来ならこの話を聞いて夕騎に危機感を持って欲しかったのだが夕騎は逆に零弥が狂三を守ったという功績を讃えて零弥の頭を撫でている。
「ああもう!」
伝えたいことが全然伝わっていないことに零弥は苛立たしげに声を荒げるが夕騎の手を振り払うことはしない。
「まあそんな心配すんじゃねえって。俺様は最高最強だからな、戦闘で死ぬことはねえよん」
「私との戦いの時は死にかけてたくせに」
「バカめ! アレは死にかけてたんじゃなくてちょっとヤバかっただけですぅー! ほら生命の危機ってヤツだよ」
「それを死にかけって言うのよ」
結局、零弥は夕騎に狂三の危険さを教えることができずに他愛のない会話になってしまう。
「とにかく俺は零弥の前からいなくならねえよ。誰かが俺を必要としてる限り死なない、約束する」
「――ッ! もう、もう、もう! 馬鹿ッ!」
これが惚れた者の弱みなのか零弥は耳まで紅潮した顔を隠すために言葉のたびに夕騎の肩に頭突きを浴びせる。制服をグイグイと引っ張られながら頭突きを喰らっている夕騎はわけがわからないといった表情でただひたすら肩が痛かった。
翌日。狂三は遅刻してきたが何事もなかったかのように登校してきた。
ASTの立場で狂三が真那に殺されたという事実を知っていた折紙は驚いていたがすでに分身の存在を知っている夕騎にとっては特に驚くことではない。
四限目終了の時刻である一二時二〇分のチャイムが鳴って皆がそれぞれ昼食の準備をしている際に士道は何やら用事があるのかそそくさと教室を立ち去っていき、十香は零弥に任せて夕騎はまた立ち入り禁止であるはずの屋上に来ていた。
教室にいる狂三とはクラスメートの視線や折紙の視線があるので少なくとも今回の件が終わるまでまともに話すことができない。今回の件が終わってしまえば士道は狂三に物理的に食べられることになるのだが、そこは夕騎が何とかするしかない。
「て言っても俺戦うことしかできねー脳筋ボウヤだからなぁ……」
快晴な青空を眩しいのか半目で見上げる。
それに何故夕騎がわざわざ屋上で昼食を摂っているのかというと――
「今日も天気がいいですわね」
目の前でもう一人の狂三が購買で夕騎が買ってきたパンを美味しそうに頬張っているからだ。
教室の狂三とは話をできないがこちらの狂三とは会話ができる。
本来なら弁当を用意してあげたかったのだが零弥にもう一人分の弁当を頼むと物凄く怪しまれるので購買でパンを買ったのだ。狂三自身はそこまで気を遣って貰わなくてもいいと言っていたのだが夕騎は狂三がパンを頬張る姿が見たいがために来禅高校購買四天王(三人しかいなかったが)と激戦を繰り広げ、特に苦戦することはなく完勝したのだ。
「折紙さん、別のわたくしの姿を見て不思議そうでしたわね」
「そりゃそうだろ。死んだと思ったら次の日に当然のようにやってくるんだぜ? 俺なら狂三が死んだと思ってマァナちゃーんを殺しにいってるわ」
「愛されてますわね、わたくし」
「あったりまえよー」
夕騎はそう言うと普段から耳元に着けているインカムをコンコンと指でつつく。
すると〈フラクシナス〉との通信から士道のインカムから聞こえる音声を聞くことができるようになり、耳を澄ましてみる。もしかしたら昨日の件で琴里に呼び出されているかもしれないので士道の動向を把握しておくのも悪くないだろう。プライバシーの侵害とかは置いておき。
『――――』
士道がインカムをポケットか何かに入れているせいか聞こえてくる音が少し遠い。
だが小さく聞こえた声からでも琴里の声だと理解し、近くにいる狂三には静かにと人差し指で合図し、さらに集中して会話を聞いていく。
『狂三が生きている以上、作戦は続行よ。明日は開校記念日みたいだし、今日中にデートに誘いなさい。狂三からかなりぐいぐいきてるみたいだし、運が良ければこの一回で力を封印できるかもしれないわ』
どうやら昨日の件で狂三は何らかの条件を以て蘇生できるという仮定を得たらしい。狂三とのデートを急いだのは彼女が次も殺されたとして蘇生できるかわからないのでまあ常套手段だろう。
それにしても――
――何で俺は呼ばれなかったわけ?
昨日の狂三の死体を真近に見ている夕騎に話を聞いてもおかしくはないのだがどうやら琴里たちには夕騎を疑う何かがあるようだ。
『夕騎には話さなくて良かったのか?』
士道がふとそんなことを聞く。
ナイス質問と思って続きを聞いてみると夕騎の疑問が解消されることとなった。
『ええ、今回夕騎は完全に裏方を担当してもらうわ。彼が裏で狂三と関係があるかもしれないし、うっかり口を滑らせて作戦を狂三に話されても厄介だし』
確かに言われてみれば疑われる要素はあった。
夕騎が転校してきた際の自己紹介でいった発言を士道が覚えていれば狂三とそれ以前に会っていることがバレるし、死体を何の躊躇いもなく喰ったのも何かしら疑われる要因となる。
――ちょいと迂闊だったな……。
「あまり気にすることはありませんわ」
渋った顔をしていると何となく状況を察したのか狂三がこちらの顔を見ながら優しく言う。
夕騎はケラケラしながらインカムの電源を切り、両手を軽く上げて大きな欠伸をする。
「気にはしてねーけど疑われるのはまあ仕方ねえし、現にいまもこうやって狂三と会話してるし」
「それもそうですわね。そろそろお昼休みも終わりますし教室に戻りましょう。あんまり帰りが遅いと零弥さんが心配するでしょうし」
「おう」
狂三は所定の位置である夕騎の影の中へと戻ると、夕騎は弁当を包みに仕舞って立ち上がる。
屋上から階段に向かうための扉に手をかけ、開けた瞬間に聞き覚えのある声が聞こえてくる。それは先ほどまで一緒に食事を摂っていた狂三とは別の狂三だった。
「折紙さん。鳶一、折紙さん。あなた――とても、いい、ですわよ。すごく、美味しそうですわ」
狂三の足下を中心に広がった影からは無数の白く細長い手が出現していて会話相手である折紙を壁に磔状態にしていた。手は折紙の右足を伝うようにして這わされ、スカートをまさぐろうとしている。
これは一体どういった百合プレイなのか、夕騎はふと考えながら扉を再度閉めようと思ったのだが、薄暗い屋上前の階段に光が入ってきたので狂三と折紙の視線が同時に夕騎に集中する。
夕騎はさぞ気まずそうな表情を作りながら言う。
「いやー一体二人がどういった関係でいらっしゃるのはご存知上げませんが俺様は早急にこの場から立ち去るのでどうぞ続きをなされてくださいござれまされ」
こういう場面に遭遇した場合にどんな顔をすれば良いのかわからなかった夕騎はとりあえず適当な敬語で誤魔化して立ち去ろうとするが影から伸びた一本の手に足首を掴まれて豪快に転ぶ。
「イッターイ! 何よ何なのさ!? 俺チョー気ぃ遣ったじゃん!」
打った額を涙目でさすりながら夕騎は狂三に反論する。
「夕騎さん、このことはくれぐれも口外なさらないでくださいまし」
「わかってるってー、士道のことを狙ってるのは前から知ってるしそのこと自体まだ誰にも話しておりません」
「それならよろしいですわ。折紙さんも夕騎さんも士道さんのあとでいただくことにしますわ。それでは――もっと、もっと美味しくなってくださいまし」
そう言って狂三は折紙や夕騎を拘束していた白い手を影の中に戻し、踵を返して立ち去っていく。
何気に巻き込まれてしまった夕騎は散々な目に遭ったと言わんばかりに大きく嘆息し、立ち上がろうとすると次なる尋問が待ち構えていた。
立ち上がろうとした夕騎に折紙が咄嗟に肩を掴んで押し倒し腕を手で取り押さえた上で問い詰めてくる。
「あなたと、時崎狂三はどんな関係?」
いきなり取り押さえられてこんなことを聞かれるなんてと夕騎は踏んだり蹴ったりな思いになりながら数秒思案して答える。
「しょ、将来を誓い合った仲……?」
「ふざけないで」
ふざけてもいないのに折紙は冷たい一言で取り押さえる力を強くする。
「どんな関係って言われても困るって、狂三が何を考えて士道っちを食おうとしてるかなんて本人にしかわからねーし。今回、俺関係してるけど無関係の部類だし?」
もうすぐ昼休みが終わるというのに何故こんな場所で取り押さえられなければならないのか怪訝に思う夕騎に折紙は第二の質問をする。
「……時崎狂三が言っていた『士道の力』って何?」
士道の力と言えばキスすることで精霊の霊力をその身に封印すること。
知っていながら夕騎はとぼける。
「俺が知るわけねーっしょ。士道っちは一般人じゃねえか」
狂三の目的を考えるのは一旦やめておき、夕騎は折紙に提案する。
「そんなに士道っちのことが心配だったら明日デートにでも誘って一日中一緒にいれば安心じゃね? お家に招いておけば外敵の心配もなしってね」
確か明日士道は狂三を誘ってデートの予定だがあえて夕騎は火に油を注いでおく。
折紙はその提案を聞いて思案に暮れる。夕騎は確信した。
――この女、
と。