デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第二話『クビ』

 「えっと……あの、何言ってやがるんですか……?」

 真那は非常に困惑していた。

 〈精霊喰い〉とは精霊を狩るためだけに対精霊部隊に派遣されていると聞いていたので〈ナイトメア〉も当たり前のように狩るかと思えば、実際は全くの逆だった。

 目の前に見える光景は実に不思議なものだった。〈精霊喰い〉はターゲットである〈ナイトメア〉を庇うように抱き寄せて「僕のなんだもん!」などと言わんばかりに子供染みた表情をこちらへと向けてくる。

 ――これはリサーチ不足でした……何てバカなんでしょう〈精霊喰い〉は。

 真那が〈精霊喰い〉と同じ部隊に配属されたのは一週間ほど前、現地の隊員からの不満の声はてっきり隊員達よりもはるかに優秀な月明夕騎に嫉妬したものだと思っていたが違ったようだ。

 ――力を持ちながらまるで精霊に敵意を持っていねーんですね。これが不満の原因、ようやくわかりやがったです。

 DEM社で一応面識があったものの彼女は夕騎のことをよく知らなかった。ここに来てようやく理解したもののこれではまるで戦力にならない。

 しかし彼女が装着しているユニットは他の隊員の装備よりも一世代進んでいるもので、たとえ〈精霊喰い〉が攻撃を仕掛けてきたとしても精霊の力を充分に吸収していない今の状態ならば簡単に無力化できる。

 「大体、いまの現場指揮は俺に移っているはずだ。俺の判断で動いていいんだっつーの。呼んでもない増援にとやかく言われたくねえよ」

 「何ねむてーこと言ってやがるんですか!? いまこそ〈ナイトメア〉を狩るチャンスでしょう!」

 「だってほら……可愛いじゃないか狂三」

 「本当に大胆なお方ですわ夕騎さん」

 「俺的には狂三が現界している間はトークしていたいんだが……ダメえ?」

 男のくせにかわいくおねだりする夕騎に真那は口元をヒクつかせては半ばキレ気味で言う。

 「あったりめーですよ! 本当に何考えていやがるんですか!? もうバカってところはわかってしまいやがりましたから下がっててください!」

 「ことわァあああああああああああああああああるッ!!」

 「もう気絶でも何でもいいからさせて強行突破させてもらいます!」

 こうして何故か味方同士である夕騎と真那が激突する事となってしまった。

 顕現装置(リアライザ)の扱いでは世界で五指に入るとも言われている真那に対して〈精霊喰い〉の力以外生身の夕騎の勝ち目はゼロと言っても過言ではない。

 もう少し狂三から霊力を奪っていれば話は違ったが今さら遅いだろう。

 だが夕騎の〈精霊喰い〉の力は吸収した精霊の力によって属性(モード)を変える事が出来る。属性は精霊ごとによって効果が異なり、また制限時間というものがある。

 狂三の属性はまだ試していないので全くわからないが真那は背中のスラスターを駆動させ、一気に距離を詰めてくる。

 狙われているはずの狂三は〈精霊喰い〉の力を見るためか背後に隠れて夕騎の出方を見ている。

 ――ええいままよ! どうにか状況を打開できる属性(モード)であってくれ!

 「属性(モード)〈ナイトメア〉!!」

 自分でも叫ぶのはどうかと思うが叫ばないと使えないのだ。

 そして左目は狂三と同じく金色になって瞳に時計のようなものが浮かび、吸収していた霊力を中で増幅させて口から勢いよく飛び出したかと思えば直後の全身をくすぐるような生暖かい感覚に支配されて周りの風景が変わっていた。

 「んー……結界かこりゃ?」

 「そのようですわね」

 広域結界。それが〈ナイトメア〉の属性だった。

 空を見てみれば時計のようなものがあり、いまも時計の針は回り続けている。

 「わたくしも結界を使う時もありましたし、恐らくは〈精霊喰い〉はそこを再現したのでしょう。わたくしの結界とは少し異なりますけど見たところ時計の針が制限時間を示しているようですわ」

 「話している暇なんてねーですよッ!!」

 「わ、わわわ!? ストップ!!」

 夕騎の意識を刈り取るために突貫してきた真那の拳は夕騎のすぐ眼前で突如として静止した、というよりもまるで真那の時が止まったように動かなくなっている。

 「……あれ? 止まってる?」

 夕騎が怪訝そうに真那の方を見ていると狂三が何食わぬ顔でペタペタと真那の体に触れていく。今は夕騎を食べることよりも未来を想定して〈精霊喰い〉の力を把握するのを優先しているのだろう。

 「どうやら、わたくしの天使の能力と類似しますわね」

 「へー、どんなの?」

 「残念ながら、そう易々と口にはしませんわ。何せ不便なものですから、あまり外部に情報が漏洩するのは避けたいですもの」

 「少しぐらいいいじゃねえかよーと言いたいところだけど狂三が嫌がるならやめとくぜ」

 「ふふふ、懸命な判断ですわ」

 狂三の天使がわからない以上は夕騎は属性を判断するのに必要なのは己の推測だった。

 ――さっきは『ストップ』と言ったからアイツの時は止まった。判断材料にしてはまるで足りてねえが試してみるか……。

 

 「狂三のスカート舞い上がれ!」

 

 「え、ちょ、きゃんッ!?」

 間の抜けたような声と共に真那の観察をしていた狂三の残り僅かの長さになったスカートが下から風を浴びているように舞い上がる。

 夕騎は本来なら厳重に守られているはずの布地を手を合わせて拝みながら言う。

 「ありがとーございます」

 「れ、礼なんていいですから早く風を止ませてくださいましッ!!」

 「わかったわかった」

 会ってから初めて余裕がなくなった声音で訴えてくる狂三に夕騎はヘラヘラ笑いながら解除する。

 すると狂三は真那の観察をやめて近づいてきたかと思うと短銃のグリップでごつんと夕騎の頭を鈍く叩く。先ほどの行為が少し頭に来たのだろう。

 「女性に対してああいう行為はあまり好まれませんわよ?」

 「い、痛いほど反省しております……」

 「以後気を付けるようにお願いしますわ」

 ふん、と鼻を鳴らすと狂三は構えていた短銃を消して空に浮かんでいる時計に視線を向ける。

 時計はあと何周かすれば時計の長針と短針は共に『XII』の数字を指す。恐らく、それが結界の限界時間なのだろう。

 霊装も一部喰われ、結界が無くなれば確実に真那に殺される状況であっても狂三の思考に焦りはなかった。

 元々、今回の目的は〈精霊喰い〉の様子見。それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 「夕騎さんはわたくしを殺さずとも良いのでしょうか? この結界の中であれば、あなたの思い通りですのに」

 狂三は〈精霊喰い〉という人物をもう少し知るために問いかけてみる。

 すると夕騎は腕組みして一度、うーんと考えてから言った。

 「むぅ……俺はお前に一目惚れしたみたいなんだって。精霊は全員好きだけどな」

 「〈精霊喰い〉ですのに?」

 「別に精霊を殺す牙を持ってても好きなモンは好きなんだよ。まあさっきの断るっつったのも上官に聞こえてただろうしお前とはもう会えないかもな」

 「そんなことはありませんわ」

 そこで狂三は考えつく。〈精霊喰い〉の場所をいつでも把握できる方法を。

 まだ推論だが成功してもしなくても狂三自身には大きな得となる。

 「わたくしは結界が解かれれば殺されてしまうでしょう。ですが安心してくださいまし。今のわたくしは本体から生まれた分身体の一人。『わたくし』が死のうともオリジナルには何のダメージもありませんわ」

 「マジか、でも今のお前はいなくなるんだろう? それは嫌だね」

 「悲しむことはありませんわ。今から言う手順に従ってくれれば、オリジナルのわたくしと出会えますわ」

 本当に夕騎が自分に対して好意を抱いているかはよくわからないが今はそれを利用させてもらう。いつかオリジナルが準備を終えて〈精霊喰い〉を本格的に取りに行く時のために伏線を用意しておく。

 「まずは、わたくしの霊装を喰らってくださいまし。あ、さすがに全裸まではいけませんわよ」

 「クッ……」

 「……露骨に悔しそうな顔ですわね」

 夕騎は相手の言葉を疑いもせずに狂三の霊装を喰らい始める。何というかシュールな光景だった。

 「で、次は何をすればイイんだ?」

 霊装の必要最低限以外全てを喰らったあと、スナック菓子を食べる感覚でヘッドドレスを食べている夕騎が問いかけると狂三はすでに考えていたのか流暢に答える。

 「あとはわたくしが殺されれば死体を食べて貰えば結構ですわ。夕騎さんと霊力での経路(パス)をより強く接続するためですわ」

 その様子はこれから死ぬ者とは到底思えないほど落ち着いているものだ。

 「まあ死体を霊力に変換してからだったら抵抗はなくせる気がするが……経路(パス)を強くしてどうするんだ?」

 「先ほど霊装を食べられてから夕騎さんの位置が大まかにわかるようになりましたの。どうやら〈精霊喰い〉と霊力を奪われた精霊とでは見えない経路(パス)が繋がるようですわね。今はぼんやりとした感じでしかわかりませんが分身体を丸ごと食べればもう少しわかるはずですわ」

 「精霊喰い(おれ)側からしたら全くわからないんだが……」

 「とにかく、わたくしの死体を一つの肉片残さず食べてくださいまし。わかりました?」

 「結構キツイけど頑張らせてもらおう!」

 「ふふふ、その意気ですわ」

 頭上にある時計は、あと少しで『XII』を指す。結界が解ける、それがいま目の前にいる狂三との別れの合図だ。

 「それではごきげんよう、夕騎さん」

 「一先ずサヨナラだな、狂三。別れの言葉代わりに言うけど――愛しているぜ」

 「あらあら……」

 結界が解ける寸前にそう伝えると、気のせいか狂三の顔が赤くなっていた――気がした。

 本当に分身体なのか、まだ狂三の天使を知らない夕騎はわからないが惚れた女を信じる。まだ惚れたかどうかは微妙なところだったが些細な問題だろう。

 結界が解かれる。

 そして一分も経たぬうちに分身体である狂三の首が胴体から離れ、宙を舞っていた。それを追う赤い線。分身体と頭ではわかっていてもとても気分が良いものではない。

 「まったく……〈精霊喰い〉というのは名だけじゃねーですか」

 嘆息しながら狂三をいとも簡単に殺し終えた真那が言うと、何となくむかっとした夕騎は落ちてきた狂三の頭を手に持つ。

 「小娘が……〈精霊喰い〉の捕食がどんなモンか見せてやるぜェええええええええええええええええッ!!」

 そのまま狂三の頭部を真那に見せつけるように捕食し始める。

 真那の表情は時間が経つにつれてどんどん青ざめていき、最後辺りは夕騎に背中を向けて懸命に嘔吐をこらえていた。

 正直、勢いで捕食しているが夕騎は割と平気だった。前述通り、霊力に変換しながら喰っているので見た目こそグロテスクだが本人的にはセーフなのである。

 真那が後ろを向いている間に地面に倒れている胴体も食べ終え、若干吐き気を催している顔で夕騎は言った。

 「ハッ……〈精霊喰い〉は文字通り精霊を喰うんだよ……。わかったか、マァアアアナァアアアちゃぁああああん!」

 「わ、わかりましたから今はこっちに向かねーでください! 絶対口元がスプラッター状態になってやがってますから!!」

 「そんなん言ったら見せてやるよ!」

 「ぜってー嫌ですよ!」

 それから任務を終えた二人は割と本気で追いかけっこをしていると、通信が来たのか真那は逃げるのをやめて応答し始める。何やら重大なことで、ある程度話が終わったと思えばこちらに通信機を投げてくる。

 大体何を言われるか想像はついていたが仕方なく上官の声に耳を傾ける。

 「……?」

 

 『クビだ――』

 

 それは上官の声ではなく、DEM社の実質的トップ――アイザック・ウェストコットのものだった。

 『というのは冗談で――君には無期限で日本のASTに出向してもらう』

 日本、という単語から後半はよく聞こえなかったがそれでも全身で喜ぶ。

 「日本に帰れる!! マジキタコレッ!! さっすがシャチョーさん話がわかってるねえ!!」

 「全然話を聞いてやがりませんね……」

 日本に帰る事が出来ると聞いた夕騎に真那の言葉は一切聞こえなかった。

 

 

 

 「ふふふ、何て可愛らしい方なのでしょうか」

 それは誰かに向けて言った言葉ではなく、少し大きめの独り言だった。

 「〈精霊喰い〉は精霊とまともに戦う気がない……何て滑稽なのでしょう」

 その少女は、あまりにも自分の狙っていた通りにことが進んだので満足そうに笑みを浮かべている。

 「わたくしの悲願も〈精霊喰い(ちから)〉に関しては存外容易にクリア出来そうですわ。だって夕騎さんは、精霊(わたくし)のお願いなら何でも聞いてくれそうですもの。まだ食べることには素直に頷いてくれませんけど」

 少女ーーオリジナルの狂三は自分の分身体をあえて(、、、)喰わせる事によって経路(パス)を強引に繋ぎ、『精霊喰い』の位置をいつでも把握出来るようにするのが狙いだった。だが予想を越えたのは夕騎が自分に惚れたと言ったことだ。

 「精霊好きとは奇特なお方ですわ、ええ本当に」

 そう言って狂三は片手を銃のように構え、月が浮かんでいる夜空に向ける。

 「わたくしも愛していますわ、食べちゃいたいくらいに。首輪を付けたワンちゃんは簡単には逃げられませんわよ」

 そしてばーん、と口で言って狂三は闇に溶け込むように、その場から立ち去っていった。

 

 

 

 「何年振りだろうな、日本は……」

 人生二度目の飛行機での旅を終えた夕騎は空港に降り立っていた。周りには人通りも多く、何だかまだ空港から出ていないにも関わらず日本の雰囲気が感じ取れている。

 DEM社からは脱退出来た訳ではないが、これである程度の自由は約束されたも同然だ。〈ボルテウス〉は残念ながら実験材料としてDEM社に押収されてしまったものの、本人からしてみれば些細な問題だ。大剣がなくとも日本では平穏で暮らせる。むしろ持ってこようとすれば飛行機の荷物検査で引っ掛かり、挙句の果てには重量的にアウトと見なされてしまう。

 それより日本に帰国したのは良かったが、今の夕騎にはまず家がない。五年前のある出来事によって夕騎の両親と家は火炎に飲み込まれ、焼き尽くされたのだ。

 ――まずは物件探さねえと。その後で勝手に入学手続きされてる高校の情報でも見てみるか……。つーか、高校を手配してくれるなら家もどうにか確保してくれってんだ。

 両親について考えるのはそこまでにして夕騎は心中で愚痴りながら歩き始める。

 すると背後から気配を感じる。人通りも多いために当たり前の事なのだが、少し違う(、、、、)

 ――帰国してすぐに何だってんだよ……。

 その気配からは確実にこちらの様子を見るような視線を感じる。こんな視線を送ってくるのは九分九厘、自分の力を知っている者だろう。

 ――鬱陶しいな。

 自分には分身体の狂三の霊力がある。たとえ戦闘になったとしても奪った霊力を中で増幅する事もできる〈精霊喰い〉に敗北はありえない。真那クラスの者が現れれば別の話だが、その可能性は考慮しなくていいだろう。

 自分の様子を見てくる視線の位置は大体数メートル離れたところから来ている(気がする)。どうやら、どこかへ誘導したいようで巧みに距離を図ってくる。ここまでの手練れなら相当優秀な探偵かストーカーになれるものだ。

 追跡(ストーカー)されるがまま、空港から出て夕騎は人気(ひとけ)がない場所まで歩いていく。

 

 「何の用?」

 

 もういいだろうと思って背後に振り向いて話しかけてみれば物陰から一人の男が現れる。

 「はじめましてですね〈精霊喰い〉――いいえ、月明夕騎さん」

 現れたのは長身の青年。ウェーブの髪に日本人離れした容姿で漫画にでてきそうな男だ。

 「んー……まずは名乗ってくれよ。怖くてうっかり攻撃しちまいそうだからよ」

 そう言う夕騎の左目は金色になっていて時計が浮かんでいる。あとは属性(モード)を言うだけで結界を張り、目の前にいる不審人物を証拠も残さずに殺す事が可能だ。

 それを察したのか青年は一礼し、改めて自己紹介を始める。

 「申し遅れてすみません。私は〈ラタトスク〉の副司令官を務めています。神無月恭平(かんなづききょうへい)と申します。以後お見知りおきを」

 〈ラタトスク機関〉、夕騎は都市伝説か何かだとずっと思っていたがそうではなかったようだ。精霊に対して武力を以て解決しようとするのがAST、そして精霊に対して対話による空間震災害の平和的に解決を目指して組織されたのが〈ラタトスク機関〉だ。

 「そんなトコロの副指令が俺に用ねえ」

 「私は〈精霊喰い〉だからといって会いに来た訳でありません。あなたの『精霊愛』の強さを見て是非〈ラタトスク〉へと勧誘しに来たのです。〈フラクシナス〉で司令があなたを待っています」

 どこで自分の『精霊愛』を見ていたかは不明だが精霊愛護団体(ラタトスク)に勧誘されたのなら夕騎的にも本望である。

 「俺の代わりに優良物件探してくれるってんならいいぜ」

 〈ラタトスク〉にいる事で狂三との再会も近くなると思った夕騎は自分を陥れる罠の可能性も否めないがそう言い、それに合意した神無月と共にどこかへと転送されていった。

 

 「これが……司令官?」

 

 〈ラタトスク〉の司令官に出会って夕騎が開口一番に言ったのがそれだった。

 何故なら眼前に悠然と艦長席に座っているのは真紅の軍服を肩に羽織った――少女だったからだ。


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